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塹壕の街の海老天うどん 第2章「オレンジ色のガーベラ」

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 海産物を欲するイレタは、幻の海老天うどんを噂を聞く。
 イレタは甘えるを連れて、幻のうどん屋を探し始めるのだった。

 
 

 かくして、アマエルとイレタは幻のうどん屋探しに出かけることとなった。
「でも探すって言ってもどうやって?」
「えぇ!? イレタに考えがあるんじゃないの?」
 探すと言い出したのはイレタである。まさか、探し方を自分に聞かれるとは思ってなかったアマエルはただ驚くしかない。
 まぁ、イレタには昔からこういうところがある、と、幼馴染であるアマエルは十分に知っていた。
 いつも思いつきで行動し、後先は考えない。決めるだけ決めてアマエルを巻き込んでおきながら、困ったら、アマエルを頼る。イレタとはそういう少女であった。
 そう考えれば、むしろ適当に振り回されてから頼られるより、早速、こちらを頼ってきた今の方がマシかも知れない、とアマエルは思い直す。
「とりあえず、オレンジ色ガーベラの花冠でも買う?」
 花冠。それは純人間が魔法を用いるために編み出した技術だ。魔法力の強い地で育った花を花冠にすることで、その魔法を人類のものとする技術だ。
 獣種族との混血種は固有の魔法を使うことも出来るが、花冠を使ったほうが多種多様で汎用的な魔法が使えるため、やはり花冠は広く人類に用いられている。
「人探しの魔法かぁ。そもそも探すべき相手が分かってないから難しくない?」
「確かに」
 とはいってもシチュエーションに沿った花冠を思いつけなければ、意味はないわけだが。
「やっぱ、ここは地道に足で稼ぐしかないでしょ!」
 二人で頭を悩ませることしばし、イレタが出した結論はこうだった。
「あー」
 やっぱりそうなるかー、とアマエルは軽く頭を抱えた。純人間であるアマエルにはイレタの体力についていくのは大変なのである。
「とりあえず、最外縁からぐるっと見て回りましょう」
「ほ、本当に?」
「当たり前でしょ、ほら、行くわよ」
 トランシェヴィルは内陸の地方都市だが、その塹壕に囲われたその最外縁を一周しようと思えば丸一日以上はかかる。

 

 それから、数日が経過した。
 高校に通いながらの探索では、最外縁を一周するだけでも余裕で数日がかかった。
「おう、アマエルとイレタじゃねぇか。こんな塹壕のそばまで来ると危ねぇぞ」
 塹壕で魔物や山賊の襲撃に備える兵士たちの一人である犬系混血の男性が、二人に声を掛ける。
「あ、こんにちはー。私達、幻のうどん屋を探してるんですー」
 注意されたようなものなのに、イレタは恐れずに犬系混血の男性に質問を仕掛ける。
「うどん? ヤーパンの麺類だったか」
「そうですー。なにか知りませんかー?」
「いやー、知らんなぁ。でも、そう言えば、たまに東洋人がこの街に来るのを見たことがあるぞ。なにか知ってるかもしれないな」
「本当ですかー! ありがとうございますー」
 イレタはそうお礼を返す。
「おう、でもこんな塹壕の近くに出店はしてないと思うから、あんまり近づくなよー」
「はーい」
 犬系混血の男性の注意にイレタは素直に頷き、外縁から離れるように移動を始める。
「次はもっと内側をぐるっと廻る?」
「それもいいけど、さっきの言葉、ちょっと参考になると思うのよね」
「たまに東洋人がこの街に来るのを見たことがある、ってやつ?」
「それよ。うどんを提供するなんて、きっと東洋人だと思うのよね」
「まぁ確かに、ガリア人が提供するイメージはないけど……」
 とはいえ、マリーヌのように完全にこちらに帰化した東洋人もいるので、完全には当てにならないのではないか、とアマエルは思ったが、性格上言葉には出せない。
「ってことは、よ。このトランシェヴィルにいる東洋人を片っ端から当たれば、いつかは幻のうどん屋にたどり着けるんじゃないかしら?」
「まぁ、理屈の上ではそうだけど、どうやって東洋人を探すの?」
「それこそ、人探しの花冠を使うときでしょ!」
「そっか!」
 アマエルはこの瞬間、イレタを天才だと思った。イレタはこういうところがある。いつもいきあたりばったりだが、時として最適な方法を突然思いつくのだ。

 

 一方、その頃。
 グエルシェンとマリーヌが顔を突き合わせていた。
「最近、アマエル様がいつもに増してイレタさんと一緒にいるとおもいませんこと?」
「全くだ。おかげで、イレタ君は全く私の相手をしてくれない」
 狐の尻尾を立てながら吐き出すマリーヌの言葉にグエルシェンが同意する。
 内心でマリーヌは、グエルシェンがイレタに相手にされていないのはいつものことだろう、と思ったが、口には出さない。
 なぜなら、この二人はある種の同盟関係にあるからだ。
「それで、あの二人は何をしているんですの?」
「まぁ待て。もうすぐ私の従属種が結果を報告に来るさ」
 マリーヌの問いかけに、グエルシェンは血のワインをすすりながら、鷹揚に頷く。
「そうやって、呑気にしてるから、あなたがイレタさんを手中に収められないんじゃないんですの?」
「なっ、それはお互い様だろう。いつになったら君はアマエル君を自分のものにするんだ」
 そう、グエルシェンはイレタのことを、マリーヌはアマエルのことを、それぞれ好いているのだった。
 同盟とはそういう意味で、二人は互いに恋敵を好いている身なので、互いに協力して互いの好いている相手を恋人にしようとしているのだった。
「戻りました、お頭」
 そこへ、小型のコウモリのような存在が二人のもとに姿を表し、吊るされたロープに逆さにぶら下がる。
 グエルシェンの持つ固有魔法で作り出され、擬似的な自我を与えられた「従属種」と呼ばれる存在だ。
「戻ったか。それで、二人は何をしているのかな?」
「へい。なんでも、幻のうどん屋、とやらを探しているようでやんす」
「幻のうどん屋? うどん屋というのは、ヤーパンのあのうどん屋ですの?」
「へぇ。あのヤーパンのうどんのことらしいです」
 従属種は二人の同盟のことも理解しているので、マリーヌの問いにも淀みなく答えた。
「おい、なんだ、そのヤーパンのうどん、というのは」
「ヤーパンも知らないんですの? 東洋唯一と言って良い列強国ですわよ」
 グエルシェンの問いに、呆れたようにマリーヌが肩を竦める。
「ヤーパンは知っている! 君の祖国だろう? そうではなく、うどんの方だ」
「失敬な! 私の出身はファルモサですわ! ヤーパンとの戦争の結果、植民地になっているだけで、ヤーパンではなくてよ!」
 対してグエルシェンが声のトーンをあげて反論すると、マリーヌがさらに声のトーンをあげて反論する。
 場が沈黙で満たされる。
「まぁ、それはともかく。うどんというのはヤーパンの麺類ですわ。小麦粉をねって長く切ったもので、幅と太さがあるのが特徴ですわね」
 たっぷり八秒経ってから、冷静さを取り戻したマリーヌが解説する。
「なるほど。うどんについては理解した。それと、君の出身国についても勘違いして済まない」
 だが、とグエルシェンが続ける。
「何も分からんぞ。なぜうどん屋を探しているんだ?」
「さぁ、そこまでは……」
 その言葉にマリーヌが首を傾げる。別にうどんに特別なエピソードや謂れがあるという話を、マリーヌは聞いたことがなかった。
「こういうのは二人で食べたら結ばれる、とかが定番っすけどね」
「なに?」
「なんですって?」
 従属種がそんなことを呟くと、グエルシェンとマリーヌが目を光らせながら従属種を見た。
「え……いやぁ……」
 適当言っただけですけどね、と従属種が言い訳するより早く、グエルシェンとマリーヌの言葉が重なる。
「それはなんとしても阻止せねば!」
 慌てたように二人が駆け出す。
「あー」
 今更、自分の想像でしかないです、とは言えず、ぶらさがり尽くす従属種であった。

 

「すみません。花冠を買いたいんですけど。オレンジのガーベラを……」
「あー、ごめんね。オレンジ色のガーベラは全部売り切れちゃってるんだ」
 イレタとアマエルが花屋を尋ねると、店主が申し訳なさそうに謝る。
「えぇ。もう何店舗目よ!?」
 ガーベラの花は数十年ほど前に暗黒大陸の南から伝来してきた原種がこのフラジスタンで品種改良されて多種多様な品種になった花だ。
 その花々の持つ魔法はフラジスタン人にとって使いやすいように改良されており、例えばオレンジ色のガーベラによって作られた花冠は人探しの魔法を発現する。
 だが、どういうわけか、どこの花屋に行ってもオレンジ色のガーベラだけが不自然に売り切れていた。
「どう考えてもおかしいわ」
 店を出て、イレタが憤慨する。
「でも、実際、売り切れてるんだから、仕方ないよ」
「それがおかしいって言ってるの! オレンジのガーベラなんてそんな頻繁に使われる花じゃないでしょ? それが行く先々で売り切れてる! 何者かが買い占めてるのよ」
 イレタの言葉をアマエルは被害妄想だと思った。
 そして、イレタもそれを感じ取ったのだろう。言葉を続ける。
「いいわ、被害妄想じゃないと証明してあげる。アマエル、失せ物探しの魔法が使えるようになる花冠はなんだった?」
「えと、ローズマリー?」
「分かったわ」
 再びイレタが花屋に入る。
「すみません、ローズマリーの花冠を下さい」
「そんなに花冠を買って大丈夫なの?」
 花は高い。花冠を作れるほどの魔力を持つ花となると尚更だ。
「大丈夫じゃないわ。お小遣い的に、これでもうガーベラは買えない。けど、間違いなく、買い占めた犯人はいるはず。この魔法で、それを証明するわ」
 イレタが花冠を頭に乗せ、その香りを感じながら、両手に香りを移すように花冠に掌を添える。
「サーチ! ターゲット・オレンジガーベラ」
 魔法の発動にスペルやコマンドワードは不要だが、多くの魔法使いは、魔法を分かりやすく発動するため、発声を用いる。
 花冠から魔力が放出され、イレタの視界に光点が表示される。それもひときわ強い光点が一つあった。
「やっぱり!」
 行くわよ、とイレタが走り出す。
「あ、待ってよ」
 慌てたように、アマエルが追いかける。

 

 そして、二人はある洋館に辿り着く。
「ここ、グエルシェン君の家?」
「間違いないわ、ここの一室から強く反応してる」
「グエルシェン君にオレンジ色のガーベラを買い占める理由なんてあるかなぁ?」
「あるのよ、きっと」
 そのグエルシェンから慕情を抱かれてるとは考えもしないイレタである。
「グエルシェン、いるんでしょ、開けなさいよ」
 イレタが扉の前まで突撃し、どんどんと扉を強く叩き始める。
「ちょっと、イレタ……! 親御さんとかいるかもしれないのに……!」
 慌ててアマエルが止めに入るが、それより早く、グエルシェンが応じた。
「これはこれはイレタ君。私の家を尋ねてくれるとは嬉しいね」
 扉が開き、グエルシェンとマリーヌが現れる。
「マリーヌまで!? これはどういうつもり?」
「どういうつもりもなにも、私はグエルシェンさんに呼ばれて紅茶を楽しんでいただけですわ。他意はありませんわよ」
 嘘だ、とアマエルは思った。イレタと違って、アマエルはマリーヌが自分に慕情を抱いている事に気付いている。そして、マリーヌは恋人一筋の良妻を志すと、日頃から言っている。
 そんなマリーヌが安易にグエルシェンの家に入るはずがない。
 尤も、そんなことを口に出すのは自分の傲慢を口に出すようなものだと分かっているので、アマエルは口には出さない。
「ふざけないで! ちょっとどきなさい!」
 イレタが二人の間をかき分けて、勝手に洋館に入る。
「あ、ちょっと、イレタ!」
 慌てて、アマエルがイレタを追いかける。
 ことここに至って、二人が無関係だとはアマエルも思わなかったが、とはいえ不法侵入が許されるはずもない。
「あぁ、アマエル様」
「待ちたまえ、イレタ君」
 続いてグエルシェンとマリーヌも追いかけてくる。
 イレタは迷うことなく洋館を進み、ある部屋の前で立ち止まる。
「ちっ、鍵がかかってる……」
 しかし、イレタはその部屋のノブをガチャガチャと操作するだけで終わる。鍵がかかっているのだ。
「そこまでだ、イレタ君。そこは私の私室。いくらイレタ君でも他人のまま入れることは出来ないよ」
 そこに三人が追いついてくる。
「だまりなさい、この中に、私を邪魔するために買い占めたオレンジ色のガーベラがあるんでしょ? 黙って開けなさいよ」
「……なんのことか分からないな」
 堂々たるグエルシェンだが、その横でマリーヌは静かに震えていた。
「まずいですわよ。バレてますわよ?」
 涙声の小声でマリーヌがグエルシェンに訴える。良妻を志す女性、として他人の視線を意識してきたマリーヌにとって、姑息な策略がバレるのは耐え難いことであった。
「ええい、動揺するな。まだ隠し通せる」
 グエルシェンは小声で応じてから、イレタを見る。
「どうしても、この部屋に入りたいと言うなら、私達と決闘するというのはどうかね?」
「決闘?」
 イレタが首を傾げる。
「あなた達が私達を妨害してるのに、これ以上、あなた達の言いなりになる理由がどこにあるの!」
 精神だけで魔法を制御し、イレタの手中に魔法の爪が出現する。これで、扉を壊すつもりだ。
「イレタ、やめて!」
 慌ててアマエルが止める。このままではイレタが不法侵入と器物破損の犯罪者になってしまうので、幼馴染としては見過ごせなかった。
「アマエル……」
「こんな取引はどうかね、イレタ君。君達が勝てば、君達の探しているものを我が家の伝手で見つけ出して進呈しよう。負ければ、私と結婚してもらうがね!」
「なっ!」
 思わぬ提案にイレタが思わず顔を赤くする。
「なんであんたなんかと結婚しなきゃいけないのよ。だいたい何が伝手よ、あんたが買い占めてるくせに」
「分からないか? 我が私室に入れるのは我が伴侶だけ。君が結婚してくれるなら、君は望み通り私の部屋に入れるというわけだ」
 あまりに自分勝手な物言いに、イレタとアマエルは頭がくらくらした。
 ちなみに、アマエルは、なんだかんだ、マリーヌをかばうために自分達が負けたときにも部屋に入れないという選択肢を取っているのは仲間思いだな、と感心してはいるが、だからといって、言っていることが正当化されるわけでもない。
「……いいわ」
「イレタ!?」
 イレタが応じたことにアマエルが動揺する。
 止めておいてなんだが、今はまずい流れだ、とアマエルは思っていた。完全に相手のペースに乗せられているのだ。
「な、なら!」
 だから、勇気を出してアマエルは言葉を発する。
「アマエル様!?」
 引っ込み思案のアマエルが言葉を発したことで全員の注目がアマエルに向く。
「決闘の種目は僕らが決めていいよね? 仕掛けてきたのはそっちなんだから、種目を決める権利はこちらにあるはずだ」
「え、あ……あぁ」
「ちょっと、グエルシェンさん?」
 アマエルが発言した、という事実に驚いてイニシアチブを奪われたグエルシェンは思わずその提案に頷いてしまう。
「なら決まりね!」
 イレタが勝ち気な顔で頷く。
「決闘はいつ? 決闘の種目決めるのに一日相談するとして、明後日?」
「待ってくださいまし。私、明後日から五日間……その、外に出られませんの」
 顔を赤くして両手で顔を隠しながらマリーヌが告白する。
「何を言って……って五日間って……そういうこと」
 イレタが一瞬反論しかけるが、すぐに納得したような表情を見せる。
 グエルシェンとアマエルも顔を赤くして天を仰ぐ中、イレタは言葉を続ける。
「あんた、発情期に入るのね?」
 あまりにデリカシーのないイレタの言葉に、アマエルを含む三人がくらりとする。
「あなた、デリカシーってものがありませんの!?」
「何言ってんのよ。発情期くらい生理と一緒で毎月来るんだから、普通でしょ。その間休むことになるのは公然の事実だし」
「生理とか男性の前で気安く言うんじゃありませんわ」
 二人の生々しいやりとりに思わず再び天を仰ぐアマエルとグエルシェン。
 獣混血の女性には、獣由来の発情期がある。基本的に排卵期間は純人間に準じるので、毎月五日間だ。
 その期間、配偶者を持たない混血は……いや、配偶者がいても、家に引きこもるのが通例だ。発情期の混血は、常に酩酊したような前後不覚状態に陥ってしまうため、性的な意味以外でも、大変に危険なのだ。
「分かったわ。じゃあ、マリーヌの発情期が終わり次第決闘ね。明日までに決闘の種目を決めるから、待ってなさい」
 帰るわよ、とイレタは、洋館を飛び出していく。
「あ、待ってよ、イレタ」
 慌てて、アマエルが続く。
「あ、そうだ」
 洋館を出たところで、イレタが立ち止まる。
「ガーベラ、枯れないようにちゃんと生けときなさいよ。次いつ入荷するか分かんないんだからね」
 そう言って、イレタとアマエルは洋館を去るのであった。

 

 To be continued…

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