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輝ける牡牛と異界の光 第1章

《2009/Taurus-11 北西州-ルプス-酒場パブ

 

「お、おいおい、アル、そんな飲んで平気かよ?」
 グビグビと麦芽酒を煽るオレンジの髪鮮やかな青年アルを見て、やや灰かかった黒髪の青年ライアーが案ずる。
「平気よー。あたは、タウラスイレン、唱和の日からねー」
「いや、俺たちに祭日は関係ないだろ」
 唱和の日とは、チパランド政府が定めた祭日の一つである。基本的には休日だが、サービス業などは書き入れ時であるため通常通り営業していたりする。アルやライアーらもカテゴリとしてはサービス業に分類されているので別に休みというわけでもないのだが、アルは休む気のようだ。
「いいや。ボクは決めたね。ゴールンタウラスはまとめて休む。もう副長にも伝えてあから」
「あぁ。そうか、分かった分かった。帰りのドライバーは俺がやるから、もう思う存分飲め」
 第二次亜空騒乱での活躍が評価されすっかり立場がえらくなってしまったアルはその環境になかなか慣れないらしい。飲みたくなるって気持ちも仕方ないか、とライアーはさらにもう一杯麦芽酒を頼もうとするアルを肯定することにした。

 

 ここはどこまでも続く黒い壁に世界を4つに分けられた異世界「チパランド」。想いを調律し原子を操作する技術「魔術」が誰でも使え、その技術を応用した蒸気機関などの発明が行われている世界。
 それらの技術の反作用か、生態系において「破壊者デストロイヤー」若しくは「循環者リディストリビューター」に分類される生命「魔物」という脅威が存在する。これに対するため、人類は戦闘のプロフェッショナル集団「コンクエスター」を組織。1500年近く人類の安全を守ってきた。
 先に登場したアルもライアーもそんなコンクエスターの一員である。

 

《2009/Taurus-12(唱和の日) 北西州-ルプス-アル邸宅》

 

「ん……頭が痛い……」
 アルが頭を抑えながら、ベッドで目を覚ます。
「楽しかったけど、飲みすぎたなぁ」
 ベッドから降りて、立ち上がる。二日酔いでフラフラする。
「ん、水……」
 よたよたと壁沿いに進み、寝室を出て廊下を歩く。
 次に階段を一歩一歩確かめながら降りる。
 また廊下を歩いて、ようやくキッチンに到着する。
「言われた通り、水差しピッチャーを買っとくんだったなぁ」
 専用の井戸から組み上げているという豪華なのか違うのかよくわからない蛇口のスイッチを押して、水の汲み出しを開始させ、出てきた水を飲み始める。
「本当、ワンルームの頃は良かった」
 この邸宅はアルの出世に伴い与えられたものなのだが、「家は食って飲んで寝て起きる場所」なアルにとって、この家は大きすぎるのだった。
「いっそ、ジルとかライアーとかに部屋を貸そうかな」
 そもそもこの家は夫婦や子持ちが使うことすら想定された家である為、一人暮らしのアルの場合、使っていない部屋も無数に存在する。アルと仲の良いコンクエスターを住まわせることも出来そうだった。
「いやでも、またアル軍団結成か? とかクーデター疑惑をぶち挙げられたらやだな」
 とにかく立っているとフラフラするので、リビングのソファに座る。
「落ちるーーーー、あーーーーれーーーー」
 ズドン。
 気のせいだろうか、外からすごい音と声がした気がする。
「……見に行ったほうが良いんだろうな」
 立ち上がる。ズキッと頭が痛む。
「くっ、グローリアに連絡……いや、自分でやれるか」
 アルは右手を頭に当て、集中する。
 魔術。原子を始めとした様々な物質を制御する技術。魔術と呼ばれてはいるが、私達の住む世界の感覚だと、念動力のような、超能力に近い感覚かも知れない。
「ふぅ、グローリアほどじゃないけど、多少はマシになったかな」
 頭痛は血管の膨張により発生する。魔術でそれを抑えれば、多少緩和させることが出来る。癒し手と呼ばれる専門職であれば完全に緩和することも不可能ではないが、アルにはそのレベルの技術はない。

さて、外から聞こえてきた音に話を戻そう。アルは敵であった場合に備えて、剣を手に取る。いつもの特別な剣ではなく、玄関先においてある非常時用の市販の騎士剣である。
 ちなみに、騎士剣とは両手剣と片手剣の中間程度の大きさの片刃の剣で。両手でも片手でも使用でき、斬撃にも殴打にも使用できる武器である。
 玄関の扉を開け、音がした方に向かう。

 

「…………まだアルコールが抜けてないのかな?」
 そこには足が生えていた。葦の誤字ではない。人間の足である。パスカルではない。
「えっと、もしもーし……?」
 もし新種の魔物だったらどうしようと嫌な想像をしながら、生えている足に近づく。
 返事がない。
「えー……」
 とはいえ、もし……馬鹿げた想像だが、もし、人間が頭の上から落ちて、今埋まったのだとしたら、このままでは窒息してしまう。昨日は雨で天気は曇り、地面はぬかるんでいる。100%ありえないと言い切れる話でもない。
「ホル」
 騎士剣を土に触れさせ、「土地に穴を開ける」といった意味の神聖語を唱える。
 土が騎士剣の先端に付着して固まり、スコップの形になる。
「せっかくのゴールデンタウラスだってのに、なんだってこんなことに」
 ゴールデンタウラスというのはタウラス月に存在する五連休のことだ。12日に始まり16日に終わる。先に示した通り、コンクエスターには無縁なのだが、アルは休みを取ることにした。
 そしてその初日は穴掘りに消費されていくのだった。

 

《2009/Taurus-13(国法制定記念日) 北西州-ルプス-アル邸宅》

 

「で、今に至る、と」
 ライアーが呆れ顔で苦笑する。
「アル様は面倒ごとをお拾いになるのがお得意なようですね」
 美しい金髪の女性、グローリアも同じく呆れ顔だ。
「オーケー、とりあえず話をまとめようか、兄さん」
 アルの兄、刑事でもあるコワスが話をまとめる。
兄さん証人は昨日の昼、何らかの落下音を聞いた。慌てて確認に行ったところ、被害者を上半身が埋まった状態で発見した。慌てて掘り起こし、ウォッシュのポケット魔術で洗浄して客間のベッドに寝かせたが、一晩経っても目を覚まさない。そこで、治療のためにグローリア嬢を、事件性の検討のために私を、そして頼りになる友人としてライアーを、それぞれ呼んだ」
「うん。それであってるよ、コワス」
「じゃ、あのバカはなんで呼んだんだよ?」
「バカとはなんだ、せめて剣バカって言え」
 ライアーの物言いに、茶色単髮の男が憤る。
「あー、ジルは、ほら、剣マニアだから。彼女、見たこと無い装飾の剣を持ってるから、ジルならなにか分かるかなって」
 彼の名はジル。アルやライアーと同じくコンクエスターで、剣マニアの槍使いだ。剣マニアでコレクターなのに使うのが槍なのは、「剣はあくまで飾って愛でるものだから」らしい。
「なら順番に処理していこう。まずは私からだが、現時点で該当するような行方不明者の情報は上がっていない。グローリア嬢、次は君の診察をお願いできるかな?」
「えぇ、おまかせを、コワス様」
 グローリアがベッドで寝かされている少女に触れる。
「……外傷はほとんどありませんね。頭の電気も正常です。単なる疲労か、私達の知識の外側にある何かか……」
「魔女とか外法とかってことか。俺も去年、空飛ぶ船を操る魔女にあったんだが、あいつも俺の想像を超えた硬さだった。何らかの外法だろうな」
 チパランドは異世界から人が迷い込みやすい。魔女や外法というのは、「異世界から来た存在」「異世界の不思議な力」を意味する。実際にはより丁寧な言い方として、「魔法使い」と「魔法」がある。
「じゃ次は俺だな! どれどれ、この剣か。ふぅむ。俺の知らない素材で出来てるみたいだな。それと不思議な力を感じる、魔法か?」
「だめ、ソル・カアリアンに触れないで……」
 少女がうわ言のように呻きながら剣に手を伸ばす。
「うぉ、ど、どうぞ」
 盗人扱いされた(と認識した)ジルは大慌てで、少女の手に剣を置く。
 直後、剣から膨大な光が溢れ、全員の視界がホワイトアウトする。
 誰も見てはいなかったが、アルの邸宅から空高く伸びた光の柱は、雲を散らし、アルの邸宅を中心に円形の晴天を展開した。

 

「ま、まぶしかったぁ」
「あ、それはごめんね。ソル・カアリアンが再起動したときに蓄積してた太陽のエネルギーを発散しちゃったみたいで」
 目のチカチカから回復しつつアルがぼやくと、いつの間にかベッドに腰掛けている少女が笑顔で謝罪した。
「えっと、その剣に秘められた魔法、ってこと?」
「うん。私の権能はこの剣に集中しててね……って、そういえばあなた達は? 見ない神だけど……」
「か、神? いや、僕らは人間だよ。僕はアル、で左から順番に、グローリア、ジル、コワス、ライアー、だよ」
「人間? そうだったの!? ご、ごめんね。普段、人間なんかと会わないからてっきり……」
「人間、人間って、それじゃあんたはなんなんだよ? 神とでも言うつもりか?」
 ライアーが尋ねる。
「うん。女神だよ」
 何に疑問を感じているのかわからないというふうに自称女神が答える。
「め、女神……。それじゃあんたはあれか?「願い」様とかと同類だっていうのか?」
「「願い」様? 私はコロトーだよ? ってあれ? そういえばコロルーはどこ?」
「わけわかんねぇ」
 コロトーなる少女の言動に肩をすくめるライアー。
「えっと、コロルーっていうのは?」
 とりあえず話を聞き出すべし、とアルが質問を引き継ぐ。
「私の妹だよ。最初は私一人だったけど、月信仰が生まれたから、出来たの」
「で、出来たっていうのは?」
「増えたんだよ? まぁ、私の主観からすると地震で目を覚ましたら既に隣にいたんだけどね」
「地震?」
「うん。えっと、人間達は確か、グランドブレイクとかって呼んでたかな?」
 グランドブレイク。アル達からするとまったく聞き覚えのない言葉だった。ただ、人神契約語で「大地の崩壊」を意味するシンプルすぎる言葉でもあった。
「アル。はっきりした。こいつはあれだ、中等寺子屋生がなるこじらせたらやばい病気にかかってる。俺らがすべきなのはこいつを早急に交番に届け、両親を見つけることだ」
「こじらせたらやばい病気?」
「所謂中等病、というやつです、アル様」
「あぁ。なるほど」
「くそ、ここにラインがいないのが悔やまれるぜ。どうせならアルのその頃のエピソードとか聞きたかった」
 ラインというのはアルの幼馴染だ。
「ちょっと、私は妄想癖のある若者とかなんかじゃないよ! 私はコロトー、光の女神だよ」
「そうかそうか。じゃ、女神様、ちょっと今から下々の世界を視察に行こうか」
 ライアーがにこやかな笑顔でコロトーを子供扱いする。
「む。じゃあ、君たちの言う中等病とやらの人間に、こんな事出来るの?」
 コロトーが中庭に出る。アル達もそれを追いかける。
 中庭は剣や魔術の修練に使えるようになっている。
「好都合」
 コロトーは頷き、ソル・カアリアンを天に掲げる。太陽の光を受けて、ソル・カアリアンは美しく荘厳に輝く。
「このソル・カアリアンは私だけが使える女神の権能の結晶、あらゆる闇を払う太陽という概念の実体!」
 コロトーが遠くに設置された魔術の練習用の的に剣を向ける。
「コロトォォォォォォォォォォォォォォォ・ビィィィィィィィィィィィィィィィィムッ!」
 剣の先端から光線が放たれ、狙った的どころか周辺一体の的すべて、否、その背後にあるアル邸宅の壁すら巻き込んで炎上する。
「あ、やりすぎた」
 テヘッとコロトーが笑うが、皆それどころではない。
「火事だー!」
「コワス、消防に連絡。ジルは水源を用意。グローリアは僕と魔術準備! ライアーはできるだけ火を押しとどめて!」
 ただ、誰もが、この少女の言うことをバカにするのはまずいということだけは理解した。

 

to be continued……

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