縦書き
行開け
マーカー

三人の魔女 第1章

日本編のあらすじ(クリックタップで展開)

 ある日、天体観測を楽しんでいた魔女エレナは、重く硬い金属が鉄筋コンクリートに当たって跳ね返るような奇妙な音と悲鳴を聞く。
 困っている人を放っておけなかったエレナは座り込む少女、魔女ジャンヌを助ける。彼女は閉じた瞳の様な意匠のフードを被り、メイスのようなゴツゴツした先端の二又に槍を持つ怪しい男たち「魔女狩り」に追いかけられていた。
 エレナはジャンヌと共に逃走を始めるが、すぐに追い詰められてしまう。そんな二人の前に姿を晒したのは異端審問間のピエール。ピエールは言う。「この世界には魔女と呼ばれる生まれつき魔法と呼ばれる不思議な力を持つ存在がおり、その存在を許してはいけないのだ」、と。
 しかし、実は自らもまた魔女であったエレナはこれに反発。フィルムケースを用いた「星」の魔法とジャンヌの「壁」の魔法を組み合わせ、「魔女狩り」から一時逃れることに成功する。
 そして二人はお互いに名乗り合う。魔女エレナと魔女ジャンヌ。二人の魔女の出会いであった。  しかし魔女狩りは素早く大通りへの道を閉鎖、二人の逃走を阻む。ジャンヌの魔法を攻撃に使い、強引に大通りに突破したエレナは、魔女仲間のアリスからの連絡に気付く。それは魔女狩りの存在を警告するメールだったが、もはや手遅れ。エレナはその旨を謝罪しアリスにメールした。
 メールを受けたアリスはすぐさま自らの安全な生活を捨てることを決意し、万端の準備をして家を飛び出した。
 逃走に疲れたエレナとジャンヌは一時的に壁を作って三時間の休憩をとった。しかし、魔女狩り達に休憩場所を気取られ、再び追い詰められる。そこに助けに現れたのはアリス。アリスは自身の「夢」の魔法で魔女狩りを眠らせ、その場を後にするのだった。
 逃れようと歩く三人。魔女について何も知らないジャンヌはエレナから魔女とは頭に特殊な魔法を使うための受容器を持つ存在で、魔法とは神秘レイヤーと呼ばれる現実世界に重なるもう一つのレイヤーを改変しその影響をこの現実世界に及ぼすものである、と説明する。
 そして魔女には属性があり、その属性に基づいた魔法のみが使える。具体的な属性の魔女は決まった事しか出来ない代わりに使いやすく、抽象的な属性の魔女は様々な事が出来るが使用には工夫がいる、といった違いがある。
 そんな中、アリスもまた、衝撃的な事実を告げる。この世界で誰もが身につけているオーグギア。このオーグギアの観測情報は全て一元に統一政府のもとで管理され、秘密裏に監視社会が実現しているのだ、と。
 そして、エレナは統一政府と戦い、好きなことを好きなように出来る世界を目指すことを決意するのだった。  その決意表明を裏で聞いていた者がいた。「姿」の魔女、プラトだ。プラトはその場を逃れるため魔女狩りに扮して逃れようとするが、その場を「炎」の魔女ソーリアが襲撃してくる。
 魔女狩り狩りの常習犯としてすっかり知られていたソーリアはバッチリ対策されており、窮地に陥る。目の前で魔女が狩られるのを見過ごせないプラトは咄嗟にソーリアを助ける。そして言うのだった。「世界をなんとかしようとしている三人の魔女がいる。魔女狩りを狩りたいなら、彼女達のために戦うのはどうか」、と。
 プラトとソーリアがそんな話を進める中、三人は貨物列車に忍び込んでいた。アリスの父親の会社の貨物に紛れることを企んでいるのだ。
 しかし、早速トラブルは発生した。暗闇に怯えたジャンヌが大きな光り輝く壁を作りその中に隠れてしまったのだ。壁は天井を通り抜けており、明らかに異常な見た目をしていた。  なんとか喧嘩も納め、ようやく睡眠に入ろうと言う時、列車が止まる。  コンテナの中という袋小路で絶体絶命かと思われたが、エレナの魔法とジャンヌの魔法を組み合わせ、密かに脱出することに成功した三人は、しかし、その後の道を失い悩むことになる。
 そこでジャンヌが提案したのは、かつて仲の良かった兄のような警察官を頼れないか、ということだった。頼った相手、鈴木すずき光輝こうきはこれを快諾。脱出に使えそうな船を調べ、教えてくれた。
 しかし光輝にピエールの魔の手が迫る。プラトが彼に変身し大暴れしてしまったため、裏切りの嫌疑がかけられてしまったのだ。光輝はジャンヌの身を案じ、自らも埠頭に急ぐのだった。  またしても自身の臆病さが原因で迷惑をかけたジャンヌはエレナから魔法の制御について学ぶ。それはほんの少しの成功体験へと繋がり、彼女の自信へと繋がっていく。
 ようやく埠頭にたどり着いた三人だったが、光輝の携帯から情報を仕入れていた魔女狩りは軍用装甲パワードスーツコマンドギアと攻撃垂直離着陸機ティルトローター機を投入してきた。
 絶体絶命の三人だったが、助けに現れた光輝とソーリアそしてプラトにより三人は無事タンカーに乗る事が出来たのだった。  タンカーに乗った三人。しばらく安全で平和な船の旅が続くが、突如トリアノン、エルドリッジ、バーソロミューと呼ばれる魔女達が操る海賊船の襲撃を受ける。彼らは「情報結晶」と呼ばれるものを求めてタンカーを攻撃してきたらしい。
 砲弾の直撃を受け、海に落下する三人の魔女。その行先は……?

中東編のあらすじ(クリックタップで展開)

 海岸に流れ着いたエレナは突如としてビームを撃つ目玉のような模様の球体の攻撃を受ける。合流してきたジャンヌとの協力によりなんとか倒すことに成功する。
 その後アリスとも合流することに成功。アリスは大事なヘッドホンを無くしたことに衝撃を受け、探し続けていたらしい。
 天体の配置から現在位置をソマリアのボサソだと特定したエレナはナイル川を北上しカイロに向かうことを提案する。  その頃プラトとソーリアは中国でシベリア鉄道に乗ろうとしていた。プラトはそこにある動いていないはずの油田が何かに電力を消費していることを訝しむが、電車の到着を受けて調査を諦め、移動を優先する。
 そしてそんな二人の様子をりんごを齧りながら眺める何者かが一人。
 視点は三人の魔女に戻り、一週間後。不可解な事にアリスの消耗が異常に早い。
 原因が睡眠不足にあるのは明らかだ。三人はリフレッシュのためビジネスホテルに宿泊することを決める。
 しかし翌日の朝、海岸でエレナを襲撃してきた黒い目玉が襲撃してきた。黒い目玉は魔女を狙うわけではなくただ暴れ回っているだけの様子だ。三人は魔女狩りに目をつけられることを恐れ、混乱する町を背に歩き出すのだった。
 しかしその後もアリスの様子は変わらなかった。アリスは頑なに眠ろうとしない。  不思議に思う一行に再び黒い目玉が襲撃してくる。寝落ちしたアリスを背負いながら逃げる一行だったが、目覚めたアリスが突然暴れ出す。そしてあろうことかエレナとジャンヌに魔法を使い、一人どこかに逃げ出したのだった。
 そこに運悪く現れる魔女狩り達。追われる二人を魔女を息子に持つ父・オラルドが庇ってくれた。
 一方その頃、ヨーロッパに到着したプラトとソーリアもまた、謎の理由で仲違い。それぞれ別の道を歩きだしたのだった。  アリスが一人飛び出した理由が分からないエレナにジャンヌは自らの推測を告げる。謎の黒い目玉、アリスが「砲台」と呼んだそれは、アリスが眠ってしまうことで魔法の制御を失ってしまい生じた産物ではないか、と。その理由は魔法の制御に使っていたヘッドホンを無くしたからではないか、と。
 そしてジャンヌはアリスは中央アフリカ共和国のラウッウィーニ商会の施設に隠れているのではないか、と推測。二人はそちらへ向かう事にした。
 一方、プラトは自らの好奇心に突き動かされ、フランスの原子力発電所を調査していた。ところがそこに現れたのはソーリアと見知らぬ似非侍のような魔女。プラトは二人の攻撃に対処しきれず、退散するのだった。
 中央アフリカ共和国に向かう二人はそこで魔女の共同体と出会う。共同体の力を借りた二人は魔法を組みわせて車を作り、一気に中央アフリカ共和国に向かうのだった。
 一方、ソーリアはプラトが変身した矢を放つ謎の魔女に追われていた。そこに助けに現れたのは魔女アイザック。彼は魔女同士の会合があると言い、ソーリアを誘う。  アリスがいると目される町、ビラウに辿り着いた二人だったが、そこは既に魔女狩りに包囲されていた。
 アリスは魔女狩りに追い詰められ、死を覚悟していたが、そこに彼女と縁のある御使い・《神の命令》サリエルが姿を表す。二人は最後の抵抗を始めるが、やがてそれも終わろうとしていた。
 そこに車に乗って助けに現れたのはエレナとジャンヌの二人。エレナはヘッドホンをアリスに手渡し謝罪。ここに三人の魔女は再集結したのだった。
 一方、御使いの出現という緊急事態に、新たな異端審問官が動員されようとしていた。  元リチャード騎士団筆頭騎士・メドラウド二世が三人の魔女を追い詰める。サリエルは自身を囮とすることで、三人を逃がそうとするが、メドラウド二世はそれを許さない。
 しかし、エレナとアリスの「魔女狩りは正義なのか」という問いかけにメドラウド二世の剣は揺らぐ。結局その場は見逃してもらうことが出来たのだった。
 その頃、囮となっていたサリエルは凡百の魔女狩りを殲滅し、優秀な部下二人も殺そうとしていた。そこに現れたのは白い粒子を操る黒髪長髪の女性。彼女は人間離れした身体能力で化け物と化したサリエルを撃破した。

エジプト編のあらすじ(クリックタップで展開)

 サハラ砂漠に入った三人は、そこでプレッパーと呼ばれる反統一政府の人々と知り合う。
 ところが、彼らの中にも意識の差があり、三人の居場所が魔女狩りに知られてしまう。急いで逃げようとする一行の前に現れるのはサリエルを下した黒髪長髪の女性だった。

 

 そこに助けに現れたのは不可視の剣を操る魔女ムサシ。
 戦闘力の高いムサシの攻撃に黒髪長髪の女性は少しの間苦戦するが、すぐに形勢は黒髪長髪の女性に有利な形に逆転する。
 しかし、黒髪長髪の女性必殺の三段突きを前に、魔女達が黒髪長髪の女性の視界から消える。
 もうひとりの助けに現れた魔女アビゲイルの力だった。
 魔女アビゲイルは三人のことを知っており、定住地を持っているから来るようにと促す。

 アビゲイルに案内された一行は「空間」の魔女エウクレイデスことユークリッドの作り出した「ユークリッド空間」を通り、彼らの定住地へと向かう。

 

 その頃、三人の魔女からの言葉に疑念を抱き、神秘根絶委員会の資料室に忍び込んだメドラウド二世はついに、魔女狩りが神秘を例外なく刈り取る組織であると知る。
 そこに現れたアンジェ・キサラギと交戦するメドラウド二世は事前に協力を取り付けておいた二人の協力者、妖精使い・フェアと超越者・英国の魔女の協力を得て、脱出に成功する。

「キュレネ」編のあらすじ(クリックタップで展開)

 その戦いが終わった頃、ついに一行はユークリッド空間抜け、アビゲイル達の定住地「キュレネ」へとたどり着いた。
 そこはドーム上のユークリッド空間で隔絶された安全地帯、丘の上に築かれた見事な都市だった。
 「キュレネ」に到着し、一晩を暖かいシャワーとフカフカのベッドでゆっくり休んだ三人は、充実した朝ごはんを食べ、久しぶりに素晴らしい一日の始まりを味わった。
 しかし、少しずつ「キュレネ」への疑問を覚えるエレナ、アビゲイルを信用出来ないアリス、「キュレネ」に居住を望むジャンヌ、と三人の思想にはずれが生じ始めていた。
 三人はそんな状態のまま、かつて自分たちを助けてくれた魔女の片割れ、ソーリアと再開する。
 しかし、三人はそれぞれ自身の思惑に従って行動した結果、衝突を始めたように見え始め。三人の思惑はすれ違いを続けるように見える。
 そして、その夜。
 アリスが昼ごはんを食べた食事処に忍び込む。そこでアリスの視界に映ったのは、それを妨害せんと立ち塞がるジャンヌの姿であった。
 だが、立ち塞がったジャンヌはアビゲイルの見せる偽物だった。
 本物のジャンヌとソーリアと合流したアリスは、「キュレネ」からの脱走を目指す。
 エレナは引き続き、アビゲイルの嘘に騙されており、惑わされていたが、アリス達を信じ合流した事で、疑念を晴らす。
 エレナの機転で、アビゲイル達に勝利した三人の魔女とソーリアは、「キュレネ」を追放され、「キュレネ」に匹敵する魔女の避難地を作るための組織「魔女連合」の結成を宣言するのだった。

 

 
 

 ギリシア南部、ペロポネソス半島。
 首都アテネへと続く道を四人の少女が歩いていた。
 ただの少女ではない。彼女らは魔女であった。
 先頭を歩くのは一団のリーダーたる魔女エレナ。
 その一歩後ろ、右にややずれたところを歩くのは魔女ユングことアリス。
 その隣よりやや後ろを歩くのは魔女ジャンヌ。
 その後ろで周囲を警戒しつつ歩くのは魔女ソーリア。
 三人の魔女改め、四人の魔女となった「魔女連合」は、少しずつその道を前へ前へと進んでいた。
「ねぇ、エレナ。今更だけど今どこを目指してるの?」
「アテネよ。ギリシャの首都ね」
 アリスの質問にエレナが答える。
「ギリシャの首都? なんでそんなところに?」
「なんでって言うか、地図を見る限りこの道をまっすぐいくと自然にアテネに着くのよ」
 今エレナ達がいるペロポネソス半島はその名の通り半島であり、コリントス地峡でのみ本土と繋がっている。
 北西に進み、リオン・アンティリオン橋を進むルートもあるにはあるのだが……。
「『キュレネ』ではロクに準備もできずに出る事になったからね、大きな都市で補充をしたいわ」
「そうだよねー、ここのところ固形の携帯食料ばっかりで飽きてきたよー」
「それくらいは我慢しなさい。あなたは毎日『キュレネ』で新鮮な食材で出来た食べ物を食べてきてるからちょっと甘えてると思うわ」
 エレナの意見にソーリアが声を上げるが、アリスがそれを叱責する。
「あはは、私もちょっと携帯食料ばかりはどうかと思います……」
「むぅ、ジャンヌまでそう言うのね……」
 ところがジャンヌもソーリアに同調したものだから、アリスの言葉はトーンダウンしてしまう。
「ちょっとー、ボクへと対応が違うんじゃないのー」
 そんな様子のアリスにソーリアがぶーぶーと不満を訴える。
「すみません、ソーリアさん。私たち、ずっと三人で旅をしてきたので、お互いへの想いが強いんです。きっとすぐにソーリアさんもそうなりますよ」
「ふーん、そうだといいけど」
 ジャンヌのフォローにソーリアがよく分かっていないなりに頷く。
「まぁ、お嬢様の割に案外食にこだわりのないアリスはともかく、多くの場合、良い食事は士気に直結するわ。当面の目標であるベルギーまではアプリの単純計算で約2700km。休みで歩き続けても一ヶ月はかかる。だから……」
「ちょ、ちょっと待って、エレナ。私たち、ベルギーに向かうの?」
 エレナの言葉を遮ってアリスが口を挟む。
「? そうよ? あれ、言ってなかったかしら」
「初めて聞きました……」
 エレナが首を傾げるのに対し、ジャンヌも返答する。
「私が言うのもなんだけど、みんなよく黙ってついてきたわね……」
 アリスが半ば呆れたように腰に手を当てながら呟く。
「いやまぁ、エレナさんのことだから、何か考えがあるんだろうとは思っていたので」
 ジャンヌがほおを掻きながら笑う。
 先ほどソーリアに対しジャンヌが入ったように、三人にはこういった信頼があった。
 一方、そのソーリアはというと。
「ボクは考えるのはみんなに任せてるから」
 と、信頼というよりは思考放棄していた。
「! 誰!」
 そこでアリスが近くの草むらに鋭く言葉を飛ばす。
「ソーリア・……」
「ソーリア、魔法はダメよ」
「待て待て待て、待ちたまえ。私は同胞だ、友よ」
 草むらから小太りの男が飛び出してくる。
「同胞? 魔女ってこと?」
「そうとも、友よ、私は魔女ソクラテス、お初におめにかかる」
 エレナの問いに男は堂々と答える。魔女と言うからにはエレナ達と同年齢のはずだが、目元のシワや口元のほうれい線から少し大人びて、というかむしろ老けて見える。
「このタイミングで私たちを尾行して盗み聞きをしてたってことは、『キュレネ』の魔女?」
 一方、アリスは鋭い目つきでソクラテスを睨みつける。
「その言葉にはそうともいえるし、違うとも言えるな、そもそも私は君たちを尾行していたわけではなく……」
「さっさと結論を言いなさい。あなたは『キュレネ』の魔女?」
「違う。私は『哲人同盟』の魔女だ」
 アリスの鋭い言葉に、ソクラテスが応じる。
「『哲人同盟』? それはなに?」
「そうだな。『キュレネ』と同じく、魔女の定住地の一つだ。たまたま幹部を勤めていた魔女達が皆哲学家の名前だったので、この名前を名乗らせてもらっている。そもそも結成の起こりは……」
「いや、そこまで細かく説明しなくてもいいけど」
 ソクラテスの立て板に水の話し様に、アリスは呆れたように言葉を止める。
「じゃあその『哲人同盟』のソクラテスさんが、どうして私達『魔女連合』の様子を伺っていたの?」
「うむ。ようやくその話に入れるな」
 アリスの引き続きの尋問にもめげず、ソクラテスは我が意を得たり、と頷く。
「話は数日前に遡る。我ら『哲人同盟』の取引相手である『キュレネ』から、離反者が出たという情報伝達を得たのだ」
「『キュレネ』から!? じゃあやっぱり……」
 アリスが警戒心を強く示す。
「もし『キュレネ』から何か要求を受けて私がここにいると考えているのならそれは大きな勘違いだ。『キュレネ』からのメッセージは離反者……つまりは君達の事だが、その君達がこのペロポネソス半島で魔女狩りを刺激する可能性があるから気をつけろ、という事だった。つまりは『キュレネ』からのメッセージは彼女らの行動の結果、我々『哲人同盟』に危険が及ぶ可能性があるが故の警告だったわけだ。ちなみに我々と『キュレネ』のやり取りは……」
「あぁ、一旦ストップストップ」
 この男は放っておくといつまでも喋り続けるな、と感じたアリスは聞きたい事を聞き終えると同時に会話を遮る。
「それで? その警告を受けて、どうしてここに?」
「うむ、『哲人同盟』としては、『キュレネ』とどう言った経緯で袂を分かったとしても、同胞たる魔女であるならその存在する事は無視出来ないと考えた。そこで、最も対話に優れたこの私が情報収集とファーストコンタクトの役目を担ったのだ。本当はすぐに話しかける予定だったのだが、仲麗しく会話をしていたのでそれを遮るのは申し訳なく思ってしまい、つい邪魔をしないように隠れていたというわけだ。もちろん、結果的に君達がどこへ向かおうとしているのか、なぜそうしようとしているのかは大まかには掴めたというわけだが。おっと、盗み聞きの咎を責めようというのならお門違いだ。そもそも……」
「あぁ、良い良い。よく分かったわ」
 アリスがまたしても話を遮る。
「どう思う、エレナ」
「嘘じゃないと思うわ。そもそも、まだ『キュレネ』とはそんなに距離が離れてない。『キュレネ』に我々を確保したい意図があるなら、とっとと、自前の戦力を差し向けてきてるはずだもの」
 アリスがエレナに意見を問うと、エレナは微笑みながらそう答えた。
「そんなことより、ソクラテス、私あなたの魔法に興味があるわ。随分ペラペラの日本語だけど、それがあなたの魔法?」
「いかにも、これこそ我が魔法『対話』。普段から『哲人同盟』の名代を任せられる理由の一つだ。まぁ、そもそも『哲人同盟』結成当時からの幹部メンバーであるというのも大きな理由ではあるのだが、決して『哲人同盟』は身内優先年功序列のような組織ではなく、有用な魔女なら取り立てているので、そこは勘違いのないようにして頂きたい。具体例としては……」
「あんた、組織の名代だったの? 思ってたより偉いのね」
 ソクラテスの言葉をもはやいつものことのように遮るアリス。
「そうだ。必要であれば、君達を『哲人同盟』に加入してもらうことも考えていた。だが、その理由はないようだ。正直、いささか、いや、かなり、無謀だとは思うが、君達の意思を止める言葉は私にはないようだからな」
「どういうこと?」
「ベルギーに行くのだろう? 科学統一政府の本拠地がある国だ。そんなところに魔女が自ら赴く理由など、概ね一つしかあるまい。『魔女による被害から民衆を守る法律』を制定した科学統一政府を滅ぼそう、と」
 ソクラテスの言葉にエレナ以外の全員が驚く。エレナはそんな事を考えてベルギー行きを考えていたのか、と。
「え、違うわよ?」
 だが、その場にいる全員の視線を浴びて、エレナはきょとんとした顔で、ソクラテスの言葉を否定した。
「確かに、科学統一政府は許せないけど、それは魔女としての視点の話。魔女なんかより多い人口の殆どの人間は、科学統一政府の下で平和に生きてる。それを私達が私達の事情で否定する事なんて出来ないわ」
「なんと、そこまで考えているというのか」
「えぇ、魔女が魔女らしく生きられる事を目指すのが私達『魔女連合』だけど、それによって多くの人に迷惑をかけないのも、また大事な事だわ。そうでないと、科学統一政府の魔女狩りの理屈を肯定する事になってしまう」
 魔女は魔女らしく生きる。けれど、決して人に迷惑をかけてはいけない。
「素晴らしい。だが、魔女ルートヴィヒは今頃その見解にがっかりしている事だろうな」
「あら、そうなの?」
「あぁ、魔女ルートヴィヒは常々、魔女が魔女らしく生きる世を求めていた。その意味で、君達に期待していたようだ。だが、彼は人への迷惑を気にせず暴れたいという思想でね。とはいえ、私が派遣された理由の一つは、『哲人同盟』の中にも『キュレネ』の管理思想を離れて魔女らしく生きると宣言した君達の思想に興味を示している者がいたからだ。例えば……」
「いえ、具体例は後でいいわ。そういう事なら、まずは『哲人同盟』の定住地に案内してくれるかしら? 私達『魔女連合』への加入希望者の人達の話を聞きたいわ。彼らの考え次第では、早速仲間を増やす事が出来るもの」
「そう言ってくれて助かった。実は、アテネには行ってほしくない理由があったのだ。あそこは今、『キュレネ』を警戒する魔女狩りが集まっていてね、少々危険な状態にある。あまり好んで入るべきではない。補充であれば『哲人同盟』でもある程度都合は出来るし、『哲人同盟』の定住地からならば、リオン・アンティリオン橋が近い。そちらからユーラシア大陸本土へ上陸するといい」
 エレナの言葉にソクラテスが頷く。
「リオン・アンティリオン橋って、通行料を取るんじゃなかったかしら? 現金で通れるの?」
「無理だな。だが、そこに関してはこちらからのいくつかの頼みを聞いてくれるのであれば、『哲人同盟』が持っている協力者、輸送業者の人間なのだが、ともかく彼を紹介しても良い」
「それは助かりますね。ずっと徒歩では疲れてしまいますし、道が同じな分だけでも乗せていって欲しいです」
 エレナの問いに対するソクラテスの答えに、ジャンヌが呟く。
「そうね。一般人の協力者も可能なら増やしたいわ」
 そしてジャンヌの言葉にエレナも頷く。
「なら、話は成立ということで構わないか?」
「えぇ、アリスとソーリアも構わないわよね?」
「エレナとジャンヌがいいなら、私は平気よ」
「ボクは考え事はみんなに任せてるからー」
 ソクラテスが最後に確認し、エレナがアリスとソーリアを振り返る。
 二人はそれぞれの思いで頷いた。
「じゃあ決定ね。ソクラテス、案内をお願い」
「任された、では向かおう、我らが『哲人同盟』の定住地へ!」
 四人はソクラテスの案内に従い、これまで歩いていた道を離れて、横道へと歩いて行く。
「で、エレナ。政府転覆が目的でないなら、どうしてベルギーなの?」
 歩き出したエレナの隣まで駆けてきたアリスが問いかける。
「ソーリアのためよ」
「へ? ボクの?」
「プラトと合流したいのでしょう? ソーリアの話だと、プラトは科学統一政府や魔女狩りの秘密を追っていた。なら最終的には神秘根絶委員会の本拠地があるバチカンか、科学統一政府の本拠地があるベルギーのどちらかに向かうはず。前者は魔女が近づくには危険すぎるから、まずはベルギーだと推測できるわ」
「なるほどー。ありがとうエレナー!」
 ソーリアが後ろからエレナに抱きつく。
「あ、こら、離れなさい。エレナが歩きにくそうでしょ」
 アリスがソーリアに注意するが、ソーリアは離れる気配はない。
「まぁ、いいじゃないですか」
 その様子を見て、ジャンヌが笑う。
「仲睦まじくて素晴らしいことだ」
 背後で繰り広げられる様子にソクラテスが笑う。
 新しい目的の旅はまだ始まったばかりだ。

 

 To be continued…

第2章へ

Topへ戻る

 


 

「三人の魔女 第2部 第1章」の大したことのないあとがきを
こちらで楽しむ(有料)ことができます。

 


 

この作品を読んだみなさんにお勧めの作品

 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
 もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
 ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。
 この作品の更新を待つ間、読んでみるのも良いのではないでしょうか。

 

   退魔師アンジェ
 2014年の日本を舞台にした刀を使う少女たちのバトル作品です。
 魔女の使う「魔法」を含む神秘について触れられる他、意外なつながりを感じられるかもしれません。

 

   世界樹の妖精
 本作のキーアイテムの一つ「オーグギア」が登場する作品です。
 本作では大変迷惑なアイテムとして登場しますが、こちらでもオーグギアがもたらした変革に振り回されるような話になっています。
 オーグギアが当たり前になった世界、ハッキング行為がARにより直感的に、より遊び感覚で出来るようになった世界で、カウンターハッカーのタクミがメガサーバ「世界樹」を守るために戦います。

 

   劇場版風アフロディーネロマンス feat.神秘世界観 クリスマス・コンクエスト
 なんと言う事でしょう。本作『三人の魔女』がフィクションとして楽しまれている世界です。
 フィクションの登場人物とシンクロしその力を使えるようになる謎の不思議なアイテム「アフロディーネデバイス」と「ピグマリオンオーブ」を巡る物語です。
 主人公の成瀬 太一は本作の主人公、エレナと本当の苗字が一致しており、かつ使うオーブは本作の魔女ムサシ。
 少なくとも何かしらの関係性があるのは疑いようがありませんね。

 

 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する