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未来へのトリックオアトリート

第四章中編 #X.X.xxxx 月面攻撃作戦

「とりあえず状況は分かりました。そうすると内紛ですらなく、この地球においてこの地区の正当な政府がどちらかは明らかだ、と上は判断したようです。ただ、その上でどちらにつくかはまだ判断を保留したいと、上は言っています。基本的には皆さまに与するか、あるいはこの事態については静観するのが基本にはなるかと思います。ただ、カリフォルニア政府……いえ、エヴァンジェリン側の目的がこちらの利になるようなら、そちらに与する可能性は否定できない、という事なのだと思います」
 手元のタブレットを見ながらセントラルアースの交渉を担当しているパイロット、オリヴィアが答える。
「そうか。まあ、そいつは仕方ないな」
 セントラルアースとの対応を任されたパパラチアのエンジェル、イシャンはオリヴィアのあいまいな答えを受け入れる。あらゆる組織にはその組織の思惑がある。エヴァンジェリンの目的は分からないが、その目的次第ではそちらに着く方がその組織の思惑に合致する、という可能性は否定できない。
「イシャンさん。大変です。突然、エレナさん達がクラン・カラティンの会議室に転移してきました。カラさんの転移方式です」
 そこへクラン・カラティンのオペレータを兼ねたセラドンのエンジェル、安曇が駆け込んでくる。
「なんだって!? カラがわざわざエレナ達を送り返してくれたってことか? で、全員揃ってるのか?」
「いえ、エレナさん、アリスさん、ジャンヌさん、ラインさんだけです。ユキさんとリュウイチさんはいません。これから事情を聞こうと思いますが、そちらはどうしますか?」
「わかった。俺もそっちに戻る。あんたはどうする?」
 イシャンがオリヴィアを振り返って尋ねる。
「まだこちらの立場が不透明ですからね。そちらが入れても構わないと判断したのならついていきますが」
「わかった。なら着いてきてもらえるか?」
「了解しました」
 オリヴィアがイシャンに続く。
「戻りましたか。メイヴさんもついさっき戻りまして、今は司令部で状況の確認などをしています。エレナさんたちからの聞き取りはこちらで行って、後で書面ででも教えてくれればいい、と」
 と、入ってきたイシャンに状況を報告し、エレナ達に説明を依頼する。
「リュウイチとユキは投降したわ。自分達の世界は彼らの世界改変の影響を受けないようにする、という約束と、妖精銃を変換してもらう、という約束をしてね。今は奴らのアジトで部屋を与えられているはずよ」
「そうか。お前さんたちは投降しなかったのか?」
「私達の世界が改変の影響をうけないようには出来ないからね。連中、私達とは別の魔女の集団と手を組んでいたのよ。魔女を救う、という約束をしてね」
 イシャンの問いにアリスが答える。エレナはとても傷ついていてしゃべるのも大変そうだったからだ。もちろん、アリスもエレナと変わらない傷を負っているのだが。
「そうか。しかし、魔女を救うって条件なら、お前さんたちも投降しても良かっただろうに」
「それは、誰が約束したんだ? その場にはアイツがいたか?」
 イシャンが問いを重ねようとするのに先んじて、身を乗り出してキョウヤが訪ねる。アイツとは彼の因縁の相手であるミユキのことだ。
「いえ、けれど、「神の炎」がいたわよ」
 アリスが答える。
「「神の炎」……。そうか、ならその約束は真実か。…………で、あれば。俺の契約は困ったことにここまでだ」
 その回答を聞いた瞬間、キョウヤの姿が少しずつぼやけ始める。
「契約? どういうことだ?」
 消え始めるキョウヤに驚きながらイシャンが問いかける。
「あぁ。人間が神の力を借りる時、人間は神と契約を結ぶんだ。すると、その契約の条件が満たされるまでの間、その人間は神の力を借りることが出来る。今回の場合は、「自分たちの世界が一つの神しか許されない世界になることを阻止しろ」って契約の元、アマテラス様の力を借りて、この時代、世界に来てたんだ。が、その契約が果たされたんで、強制送還ってことだな」
「少なくとも、お前さん達の世界はその心配がないってことか」
「あぁ。俺はリュウイチとユキと同じ世界から来たからな」
「ん? 話を聞いてなかったのか? 天使たちは『自分達の世界は彼らの世界改変の影響を受けないようにする』と、リュウイチやユキに約束したんだろう? ならば今回の彼らの計画で、俺たちの世界が影響を受ける事は無い。自明だろう?」
 ついでに、その場に、御使い「神の炎」がいた、というのなら、その言葉の信憑性も保証される。御使いは決して嘘をつかないからだ。
「なぜ、天使たちはそんな約束をリュウイチ達と結んだのかと思ってな。この計画で世界改変を行って、唯一神のみが支配する世界にしちまえば良い。なのになぜ世界改変の候補から外した?」
「さぁな。少なくともそれは、今回の計画においては「ついで」に過ぎなかったんだろう。だから、「ついで」のために犠牲を出す選択はしなかった、ということだろうな」
 周りがイシャンにちょっと批判的な視線を向ける。一番情報を持っているであるキョウヤは今刻一刻と消えかけている。敵側の思惑を訪ねる、といったような知っているかもわからない話を訪ねて回数を無駄にするより確実にキョウヤの知っていそうなことを訪ねて、情報を引き出す方が有用だからだ。事実、イシャンは貴重な質問二回分の時間を無駄にしたことになる。そして、キョウヤはもう今にも消えそうであった。
「キョウヤ、最後に聞きたい。神の力に関する対策とかはないのだろうか。こう、これをされたら力を失ってしまうとか。もっと簡単なものでもいい」
 視線を感じたか黙ったイシャンに代わり、カラスヘッドが訪ねる。それは神性という存在に疎い彼らにとって、必要な質問といえた。
「それは……。難しいな。まず、神性に対しては神性以外にダメージが通りにくい。神性に対する対策の大前提は神性をもってあたることだ。それから、神性が明らかであれば、その神性の弱点等が伝承されてる可能性もある、調べ上げてそこを突くといいだろう。あのヴァーミリオンがフェンリルに敗れたようにな。ただ、今回はアイツらだから、それは難しいな。最後に、神性は信仰心によって生じる。信仰心を失えば神は力を失う。聞けば、あの神秘の最後の抵抗達の出身世界はそうしたらしいな、科学信仰を極めさせ、あらゆる神性を弱体化させた。そりゃロキだって世界を変えたいと願うだろうよ。もし俺が彼と同じ世界の存在ならきっとお前らの敵だっただろうな。が、これも無理だ。アイツら二人は俺やアンジェ達の世界から来てる、この世界でどうやったって、あいつらの力の源である信仰力を失わせることは不可能だ。そんなところかな。まあ、ぶっちゃけ最大の対策は、戦わないことだな。あ、それから、さっき話した強制送還にはもう一つ条件がある。契約の力で召喚された存在は、契約が失われると強制送還される。契約は神と契約者の間、一対一なんで、契約者を殺したり、まぁ契約を果たせない状態にしてやればいい。まぁ使う機会は無いかもしれないが、覚えておくといいかもしれないな」
「……アンジェ達がいた世界まで干渉して……いや、なんでもない」
 その返答を聞いて、呟くカラスヘッド。
「こっちの世界なら疑似神性がたくさん味方にいるんだ、上手く使うことだなー」
 と、最後に言って、キョウヤは消えた。
「アオイ達はどうするのですか? 皆さんは事実上事件とは関係ない存在になりましたが」
 と美琴が、尋ねる。
「目の前に困っている人がいるのを、自分には関係ないからと、捨て置くことはできません。これまで通り、協力しますよ」
 と代表であるアンジェが答え、アオイが「もちろんです」と頷き、フェアも頷き、ウェリィが「右に同じってさ」と翻訳する。
「とりあえず、エレナは状況報告の続きを」
 と、スミスが話の続きを求め、改めてエレナはあったことをすべて報告する。エレナ達が遭遇したあれこれについては、すでに描かれているのでここでもう一度触れることはしない。
 と、そこに、オリヴィアのタブレットが震え、オリヴィアが慌てて確認する。
「あ、そうでした。そちらが捕虜にしているはずの兵士2名の返還を求めます」
「わかった。連れてかえってあげてくれ」
 完全に忘れてたんだな、と思いながら、イシャンが了承する。
「……もし一人がおかしくなっていたらすまない。自分の責任だ」
「まぁ皆さんも戦闘に必死だったわけですし、仕方ないでしょう」
 オリヴィアはそれを、カラスヘッドの魔法によるものだろう、と判断し、受け入れる。
「他に何か4人と話したいことある? ないなら、早く医務室に連れていきたいわ」
 仲間であるエレナ達を心配し、話し合いを急かすプラト。
「ああ。もう大丈夫だ、連れて行ってあげてくれ。それから、アンリに頼んで治療薬でも作ってもらおう」
「治療薬か。情報結合者と異世界人の治療は初めてだが、まぁ、任された」
 イシャンがプラトに頷き、アンリに要請する。アンリはもちろん、と頷く。
「頼んだぜ。俺はメイヴのところに行ってくる」
 と、イシャンは会議室を出て、指令室に向かう。
「あら、イシャン。報告なら安曇から今受けたけど、どうしたの?」
 指令室でモニターを睨んでいたメイヴはやってきたイシャンに気付いて声をかける。
「例の湖中基地なんだが、その後様子はどうなんだ?」
 イシャンはメイヴに状況を訪ねる。
「特に何事もなく、ね。浮上はしたけど、その後何も動きは無いわ。チハヤから重力変動発生の報告も無し」
「妙な話だな……。あれだけのブツを浮上させて何の動きもなしってか?」
「向こうにも段取りがあるんでしょ。浮上してから数日間は日の光を浴びて太陽エネルギーを集めないといけないとか。あのビームみたいに月のエネルギーかもしれないけど。まぁ今すぐ動かない理由があるんでしょうね。あるいは、私たちに見えないだけで何か動いているのかもしれないけれど」
 湖中基地を浮上させるほどの目立つ行動をとったからには、その次の行動は速やかなものになるはずだ。で、なければ、次に行動する前にその基地を攻撃される恐れが出てくるからだ。しかし、実際には全く動きが見えない。何らかの段取りがあるのかもしれないが、奇妙といえた。
「奴らが何を企んでいるにせよ、動きがないなら、今のうちにこちらが動いた方が良いかも知れねぇな」
「えぇ。少なくとも何もせず待つ道理はないわね。直接的な行動以外にも、どこかに情報収集に行くとか、行動する余地はいくらでもあるわ」
「情報収集か……。なら、ノエル達も交えて決めた方が良さそうだな。あとはアースの連中か。思った程話の通じない相手でもなさそうだし、どうにかして味方に引き込めないもんかね?」
 そしてイシャンがもう一つ気になっていたのは、セントラルアースの事だった。上空からの神性防御による軽減を行ってなおデウスエクスマキナにダメージを与えるほどの砲撃を行るアースを味方に引き入れることができれば、そんなに頼りになることはない。
「スカーレットはあのビームの集中砲撃でまぁまぁな破損を受けてる。修復まで半日はかかるし、私はここで内政もしないといけないから、その辺は任せるわ。もし助言が必要なら言ってくれたらいいけど。とはいえ、そうね……。向こうの目的は未来改変。地球優位の未来を作り出せる、とか言われたら、彼らが敵につくって可能性もあるから、何とも言えないわね。こちらから提示できるメリットは何もないし」
「これまでの話からすると、世界ごとに改変をするかしないか選べるみたいだしな。エヴァンジェリン達とアースが別の世界である以上、ふたつの未来が競合することもないだろうし、そうなると向こうの方が交渉の札は多いな」
 交渉とは、良い条件をどれだけ引き出せるかにかかっている。そして、世界改変を試みるエヴァンジェリンは、改変という手段を許容できるのであれば、とても様々な世界の可能性を提示できることになる。一方、現在集まっているメンバーは「改変を阻止したい」という目的だけで集まっており、セントラルアースを仲間に引き入れる事ができるようなカードはなかなかない。
「それ、少し気になるのよね。もし。新宇宙歴の世界が彼らの目的に関係ないなら、と言うか現状、全く関係ないのだけど、どうして、チパランドのエヴァンジェリン達はわざわざ一度新宇宙歴に移動したのかしら……」
「言われてみりゃ、確かにな。盗むべきお宝はチパランドにあって、新宇宙歴にはなかったわけだしな」
「あるいは、連中はすでに新宇宙歴の世界で既に何かを達成していたのか……?」
「分からないけど、新宇宙歴が本当に無関係、と言う可能性は低そうね」
 そう。そもそもアドボラやセントラルアースがこの事件に巻き込まれていること自体が、そもそも奇妙だった。それもまた、エヴァンジェリンの思惑に何か関係があるのだろうか。
「確かにな。それなら、それがつかめればアースとの交渉カードも持てるんだろうが」
「かもしれないわね。まぁ、気を付けて」
 イシャンは指令室から出て、再び会議室に戻る。
「次の行動を決めないと、ですね」
 イシャンが戻ってきたのを見てアンジェが切り出す。
「とりあえず、あの湖底基地についての情報だな。ノエル、リリィ、あれについて聞かせてくれないか?」
「はい。アドベンターは、自身の能力が地球では上手く使えないことに気付いたそうです。武器を手元に出現させるのは彼らの能力の一つでしかないということですね。そこで、自らの力を得るために、地上に前哨拠点を作ろうとしました。ところが、単に地上の基地は爆撃で容易に破壊されてしまいます。基地と言っても神殿みたいな見た目で防御的な観点がぜんぜんないからです。そこで、作られたのが湖中基地です」
「湖中基地は様々な湖に作られたらしい。ちなみに、月で作って湖に直接投下した、と歴史の授業では習った。この基地は定期的に浮上し、月面からエネルギー供給を受け取る。おそらく、あの青い筋がそうだろう。あのエネルギーが正常に基地に蓄えられている状態の時は、その周囲だとアドベンターは以前の力を取り戻せるらしい。以前の、と言うのはよくわからないが。だからあれはおそらくアドベンターが何らかの作戦行動をするという予兆なのは間違いないと思うが」
 リリィとノエルが解説する。
「それであのビームのあとに浮上してきたのか。だとすると、今動いてこないのは次のエネルギーのチャージ待ちか? いや、それだと前のビームのエネルギーが浮上だけで精いっぱいだったことに成っちまうが」
「おそらくそうなのでしょう。湖中基地は放棄されて久しい。エネルギーはほぼ枯渇しているはずです。そして本来エネルギーは浮上してから受け取るもの。水中だとエネルギーが大きく減衰するそうです。おそらく、浮上のためのエネルギーを供給し、浮上。今は次のエネルギー供給に備えているのでしょう」
「なるほどな。なら、次にビームが供給されるまでが最後のチャンスってわけだ。あれの再射出までにはどのくらいの時間がかかるんだ?」
「それは分かりませんね。湖中基地についてはあまりデータがないのです。十分に機能するより前に、湖中基地用の水中ナノマシンが湖に投入されましたので」
「対処の厄介な湖底基地を、水中用ナノマシンで封じちまったわけだ。だとすると、今の連中がその基地を使えてるのは、そこに潜る事が可能なエヴァンジェリンの仕業か、あるいはカラが直接基地内に手勢を送り込んだか」
 そういえば、水中用ナノマシンについて「湖中基地対策として投入された」って言っていた、水中用ナノマシンが投入されている、という時点で、その目的であった湖中基地があることは思いついておくべきだったか、と少し後悔しつつ、どのみち、それが分かっていたところでやることは湖の凍結だった可能性が高いのであまり関係はないかもしれない、と思い直すイシャン。どちらにせよ、大事なのは、それが失敗した今、次にどうするべきか、だ。
「あぁ。リブーターはナノマシンの影響を受けない。そういうことだろうな。カラの裏切りを織り込み済みだった可能性は低い」
「アドベンターが湖底基地を使うためには、エヴァンジェリンの力が必要だったわけだ。連中が手を結ぶ理由が見えてきたな」
 エヴァンジェリンたち、リブーターはナノマシンの影響を受けない。アドベンターは世界改変の手段はあっても、ナノマシンが邪魔で起動できない。二勢力の利害が一致した、という可能性は高い。
「あら? なら、そのエネルギー送信機を私達が壊しちゃえばいいんじゃないの? アースの砲撃で楽勝でしょ、多分」
 その言葉を聞き、思いついたようにオリヴィアが言う。
「たしかに。こっちには宇宙で戦える戦力が薄い。アースが協力してくれりゃ、助かるな」
「っと、口調口調。セントラルアースとしては地球の種族ではないアドベンターやルシフェルとの協調路線を求めるエヴァンジェリンと共闘することは目的に反する、と判断したようです」
「おお! そいつはありがたいな! あと、口調はフランクで敵わないぜ? オリヴィアさん」
「それは助かるわね」
 アースの攻撃を前提とした作戦を立て始めるイシャン達。そこにオリヴィアがぽつり。
「ただ、一つ気になるんだけど。私達がアドベンターやルシフェルを認めないのは、私達を読んだやつらも分かってるはずなのよ」
「それなのに、何故あんたらを呼んだのか? か……」
「そして私たちが敵に回れば、さっき話したみたいに、邪魔することはたやすい。何かしらの対策、隠し玉がありそうな気がするわね。相手が馬鹿でない場合に限るけど」
「たしかにな。慎重に動いた方が良さそうだ」

 

「それで、どうしましょうか」
 各々が話しているのをまとめるため、一度アンジェが全員に声をかける。
「ひとつには、アースの艦砲射撃による、青ビーム射出装置の破壊だな」
「あぁ。敵の狙いの一つが分かった以上、まずはそれを阻止するのは一つだろう。だが、それができるのも向こうは分かっているはず。何か相応の対策はしているはずだ。それに対する対策なしに、アースを動かせば、逆にアースがやられる、と言う可能性も否定はできない」
「アースを落せる戦力、か。俺も発案しといてなんだが、あれを簡単に落とせるとは思えないが、今回は相手が相手だしな」
 エネルギー照射装置の破壊を提案するイシャンに、ノエルが注意点を発現する。しかし、アースを落とす戦力とはどのようなものだろうか、三部隊に戦力が分かれていたとはいえ、今現在のメンバーはかなり強力な面々がそろっていたはず、それでなお、落せなかったとなると……。
「それから、そっちはアースに任せるとして、アドベンター湖中基地に侵入して奴らの企てを阻止するか、そのまえに情報収集だが」
「基地攻撃に対して言えば、こちらの戦力の大幅のダウンが痛いですね。スカーレットとヴァーミリオンが使用不能、エレナさん、アリスさん、ジャンヌさん、ラインさん、フレイさんが戦闘不能、空見が戦線離脱、さらに、リュウイチとユキは投降」
 アオイが基地攻撃の不安点を挙げる。
「混血のアーシスについては、アオイのような宮内庁のものであれば戦闘可能でしょうが、リュウイチさんとユキさんがいなくなった今、残るのはアオイだけです。私の力も、彼の召喚した存在であれば概ね対処可能と思われますが。混血のアーシス本人に有効かは少し怪しいでしょうね」
 とアンジェがさらに細くする。
「広い場所ならデウスエクスマキナもあるが、狭い場所だとそれも使えないしな。湖中基地の中での戦闘や、アース艦内に侵入された場合の対処は困難ってことだ」
 イシャンが頷く。
「それに、デウスエクスマキナを混血のアーシスに合わせれば、「神の炎」やミユキを自由にしてしまいますからね」
「えぇ。アオイの弥水でさえ対処困難な神秘プライオリティの持ち主となると、あのデウスエクスマキナ以外で対処は困難でしょうから」
 イレとアンジェがさらにそこに補足を加える。
「俺のパパラチアとメドラウドの旦那のラファエロだけじゃ、3体同時は厳しいしな」
「となれば最善の作戦は、私とアオイがアーシスを、パパラチアとラファエロがそれぞれミユキと「神の炎」を、と言ったところでしょうか」
「問題は、ミユキや神の炎が、デウスエクスマキナを使えるような場所に出てきてくれるかだな」
「ねぇねぇー、いちいち「神の炎」って呼ぶのめんどくさくない? 天使ミユキの仲間なんでしょ? じゃあ天使シラユキ、とか適当に呼んでいいんじゃないー」
 突然ウェリィがそんなことを言う。
「俺もいちいち二つ名で呼ぶのは面倒だと思ってたが、シラユキだとか灰被りだとか、ちょっと締まりがなくねぇか?」
「あれ? そういえば、お母さま以下、エンジェルの皆さんはどちらに?」
「そうー? じゃあムラクモでも、サギリでもいいけど」
「そういや、みんなどうしたんだ?」
 イシャンがそれに難色を示し、ウェリィがさらに食い下がるが、アオイが発した疑問に、イシャンの意識は持っていかれる。
「私たちは何も聞いていない、イシャンさんが知らないなら、ここにいる人たちは誰も知らないと思うけど」
 イシャンの問いかけにプラトが答える。
「ちょいと気になるな……。何もないとは思うが、一応確認してくる」
「いってらっしゃいませ」
 そしてイシャンは再び指令室に向かう。
「おや、イシャンさん、どうしました?」
 そこでは安曇が迎えてくれた、そして何より、指令室から見える格納庫には大きな違和感があった。スカーレット、マラカイト、ラファエロ、ヴァイオレット、都合4体のデウスエクスマキナが格納庫からなくなっていたのだ。
「安曇、スカーレット、マラカイト、ラファエロ、ヴァイオレットはどうした?」
「あぁ。彼らですか。いえ、先ほどメイヴさんが一人の時に、ミユキさんがいらっしゃったらしく。その後に、イシャンさんとフレイさん以外の基地にいる全員をメイヴさんが招集しまして」
 イシャンは当然目の前の安曇の問いかけ、安曇は答える。
「天使ミユキが!? どういうことだ?」
「メイヴさんが、エヴァンジェリン側に付くというので、今ここにいないデウスエクスマキナのエンジェルはそれに同意して彼女についていきましたよ。イシャンさんの方がご存じじゃないですか? イシャンさんが代表だと思って声を掛けたら拒絶されたので、司令部を訪ねた、と言っていたそうですが」
「確かに、アースとの戦闘中、あいつにコックピットの中にまで侵入されたな。ルシフェルといつまでも戦い続けるのか? とか言われたな。安曇は残ったのか?」
「でしょうね。多くの構成員はルシフェルと和解できるならその方が良いと思ってますから。まったくイシャンさんも断るなんて面倒なことをしてくれました。適当に「持ち帰る」と宣言しておいて、さも相談して総意を取ったかのように、断ってくれれば、戦い続けられたのに。もちろん私は残りました。私はこの力を自由に振るえる事こそが本望ですから。戦いが和解なんて形で終わってもらっては困る」
「和解するってことは、大勢の人間を殺した奴らの暴力を正義として認めるってことになる。そいつはできない相談だな。だが、確かに短慮だったな。くそっ……」
「和解という言葉が気に入らないなら講和、でも構いませんが。私としては助かりますけど、その思想は、どちらかを殺すまで続ける戦争にしかなりませんし、あまり一般的には賢い選択ではなさそうな気もしますけどね。というわけで、この本部に残っている現在動かせる戦力は、私とイシャンさんだけになりました。まぁ、せいぜい頑張りましょう」
 通常、戦争とは相手を滅ぼすまで行われるものではない。戦争をするには相応の理由があり、たいていの場合、それを力で解決しようとすると戦争になる。逆に言えば、その理由の部分を妥協することで戦争は終わる。それは領土だったり、資源だったり、思想であったりはするが。宗教戦争でさえ、多くの場合は聖地奪還、信者救済などの理由がある。ほぼあり得ないことではあるが、片方が聖地を譲れば、特定宗教への扱いを変えれば、そこで戦争は終わる。どれだけよくないことだとしても、乱暴にまとめてしまえば、戦争とは基本的に交渉術の一つなのだ。だから、交渉の席を用意できるかもしれない、という事態にあって、もちろん、提示された条件には到底従えない、という可能性はあるにしても、その条件を聞く前に感情的にそれを拒否する、というのは真っ当な選択とはいいがたい。それは当然同時に、「あくまで戦うことが目的だから」という理由で残ることを選んだ安曇もまた異常である、ということだが。
「俺は会議室に戻る。安曇はどうする?」
「私はここで引き続き残りますよ。私は力を振るう事さえできればいいので、私の役目が決まったらまた教えてください」
「その振るう相手が俺にならないことを祈っておくよ」

 

 イシャンは会議室に戻り、事情を説明する。
「そうですか。となると、御使い対策が問題になりますね」
「軽いな、アオイちゃん。最悪、御母上と戦うことになるかも知れないんだぜ?」
 アオイがすぐに作戦的な話を始めたのにイシャンが驚く。今の情報は、彼女の母親に当たる美琴と敵対することになる、ということを意味しているのだが。
「逆ですよ、イシャンさん。親族だから、とか、兄弟だから、とか、そのようなものに囚われて判断を鈍らせる事こそ、軽い。自身の芯を貫くことこそが重い判断というものです。少なくとも私はそう学びました。それに、たとえショックだとしても、それに心揺さぶられていては、相手の思うつぼというものです。成し遂げなければならないものがあるなら、まずは考え動かなければ、ショックを受けるのも嘆くのも、その後にいくらでもできます」
「……そうだな。悪かった。どっちが年長者かわからねぇな、これじゃ」
 しかし、アオイは逆にイシャンをたしなめる。
「とはいえ、この世界のリーダーシップであったメイヴさんが向こうに付くとなると、私達が果たすべき正義というのも少し分からなくなってきますね」
「アースからの協力も得づらくなるかもな」
「それは心配ないわ。セントラルアースが地球人類以外を認める選択を取るわけないし」
 アンジェが不安を口にし、イシャンも同調して、先ほど仲間になったばかりのセントラルアースを心配するが、オリヴィアは否定する。
「その話を聞いてると、むしろ僕らこそ、こっち側にいていいのか不安になってくるけど」
「実際、前のオリヴィアの話を借りるなら、なんで連中はアドボラじゃなく、アースに接触したのかだな。そっちなら、そもそも目的を隠さずとも同意を得られたかも知れないのに」
「それは違うよ、スミス君。確かに彼らの方法で、アドベンターやリブーター、魔女に、あるいはルシフェルさえ、救われるのかもしれない。しかし、世界を再構成するというのは言い換えればほとんどの事情を知らない人間を犠牲にするという事だ。それを認めてはいけない」
 オラルドがスミスと、イシャンに訂正する。
「そうだねー、それを認めたら、差別と見たら即攻撃、なネオアドボラと同じになっちゃうもんねー」
「ネオアドボラが敵に回ると厄介ね。あの連中、こっちのアースに対してメタ張ろうとしてるし……」
 ミアの言葉を聞いて、オリヴィアが呟く。
「あの馬鹿デカイアースに対抗する手段を持ってるって事か?」
「さぁ、戦闘中に転送されたから、机上の空論なのか、本当に出来る事なのかは知らないけどね。これまで散発的に拠点を攻撃してきた連中が、第一艦隊に直接攻撃してきたってことは、おそらく何らかの対処法を見つけたのでしょうね。あの鳩の機体とも、決着を付けられたのに……」
 オリヴィアが悔しそうにうめく。
「……妙だな。俺やメイヴにすら声をかけたミユキが、なんでネオアドボラに声をかけない?」
 鳩の機体? と疑問を抱きつつ、それより重要な疑問について悩むイシャン。
「連中の艦隊では、大気圏内に侵入できず、地表を攻撃する手段に欠けるからではないでしょうか。彼らも衛星軌道から爆撃する手段は持っていますが、アースのビーム砲撃に比べれば精密性に欠けます。防衛に向いているとは言えません」
「アースのように成層圏や衛星軌道上から砲撃して地上を抑えるってことはできないわけか」
 セントラルアースに声をかけた理由は、それのようだな。とイシャンは納得する。
「さて、あらためてどうするかだな。混血のアーシス、天使ミユキ、神の炎に加えて、デウスエクスマキナ4体。それらが相手となると力押しってわけにはいかなくなるな」
 納得したところで話を今後の方針に戻す。
「デウスエクスマキナ4体に対して、こちらが1体ではどうしようもないわね」
 プラトが頷く。
「あぁ。セラドンを入れても二機。どうあっても戦える数じゃない」
 厳密にはエンジェルが休暇中の紫水晶、アンバー、ダンディライオンはデウスエクスマキナとして格納庫には存在するが、エンジェルが存在しない以上、いないのと同じだ。
「なんかないの? デウスエクスマキナ数体に匹敵するくらいの強さを持つデウスエクスマキナとかさ。ないなら作るとかさ!
「んな都合の良いものは……いや、アンリに頼んでみるか?」
 ソーリアの発想に苦笑しつつ、イシャンは一つ可能性を思いつく。
「ん? マスター呼ぶ?」
「ああ。みんなの治療の最中だろうが、とりあえず知恵だけでも貸してもらいたい」
「はーい」
 サーテがそれに反応し、アンリを呼びに歩いていく。

 

「なるほど。デウスエクスマキナの数的不利を何とかしたい、ということだな?」
 到着したアンリがイシャンから事情を聴き、確認する。
「ああ。デウスエクスマキナのコピーの作成……は、流石に無茶かもしれないが、なにか追加兵装を作るとかでもな」
「追加の兵装に関して言えば半日時間があってようやく一つ作れるくらいだろうな。そして、流石にアレをコピーするのは今の手持ちの材料では流石に無理だ。ただ、代替案として、もう一つ手が無いこともない」
「ほう、そいつは良い情報だ。で、どんな手なんだ?」
 あぁ。申し訳ないがその方法は、流石に口外できないが、フレイに負担を強いれば、フレイを今より強い状態で出撃させることが出来るかもしれない。上手くすればデウスエクスマキナ二体分くらいの戦力にはなるかもしれないな。それ以上になる可能性もなくはないが、そこまでは予測できない」
「そいつは、フレイの身体にどのくらい負担をかけるんだ?」
「私はフレイではないから、確実なことは言えないが、すべてが終わった後、一か月程度は寝込むことになるだろうな。立ち上がりたくても立ち上がれない程度には消耗するはずだ。当然だがフレイの同意なしには使えないから、フレイが同意しなければ検討したところで無意味になるがな」
「ああ。分かった。フレイへの同意は俺が確認する」
「いや、すまない、それは待ってほしい」
「ん? 何かあるのか?」
「この方法にはフレイ本人の〝覚悟"がいる。相応のな。だから、必要になった直前に今の条件を突き付け、その上で、"あれ〟を使うと覚悟を決めて使ってほしい。今から事前に相談して時間をかけて覚悟を決められると、それが得られない」
「……分かった。なら、直前までは黙っておくことにするぜ。それで、そもそもフレイの身体の治療のほうはどんな具合なんだ?」
「あぁ、それはもうすぐ終わりそうだ。あの情報結合……あー、魔女達についてはあと半日は時間が必要そうだ」
「半日か……。三魔女を待つまでに、月のビーム塔を攻撃しないと手遅れになるかもな」
 そして、アンリの最終手段がなくても、フレイを残っている三体のどれかに乗ってもらう手もあるな、と考えるイシャン。
「かもな。それで、追加武装についてはどうする? 何か希望があるなら聞くが」
「そうだな……」
「鏡の鎧、みたいなものを作ったら、アースのパルスレーザーなんかでも反射できるのか?」
「鏡の鎧…………、それはその、殴られたら割れるぞ?」
「ガラス鏡じゃなくて金属鏡だな」
「それは……、流石にあのサイズが着ることができる鎧を作るのは半日じゃ無理だ。三日くれるなら、あらゆる光学兵器を反射する鎧を作ろう」
「さすがにそうか。武装を作るとなると、既存のパーツを組み合わせる感じか?」
「いや、ある程度ならデウスエクスマキナの素材と同じものと使って、お前たちのいう所のエンジェルオーラを使って能力の上昇を引き出せるものを作ることもできる、が、それでも武器、が限界だな。鎧は無理だ。特に希望が無いなら、今簡単に候補を三つ考えたのでそこから選んでくれてもいいが」
「そうだな。先にそいつを聞かせてくれないか? 俺も考えておく」
「一つ目、大剣に属する剣だ。あのパドマを6つ組み合わせて作るという剣には及ばないが、甲種ルシフェルの装甲を破るくらいならできる。そして、パドマ1ユニットを柄に差し込むことで、剣をエネルギーに変換し、炎や水、氷、風の任意のもので刃が形成されたチャクラムに変形させられる。刃はそのパドマに蓄えてあるエンジェルオーラを消費して形成するのと、パドマを操作するのと同じ要領で、投擲後の操作も可能だ」
 こんな感じだな、と、簡単に絵に示して見せる。デウスエクスマキナの武装は、いくつかのパターンに分かれている。その中でも投擲武器は特殊で「一回限りの使い捨ての代わりに、威力をはじめとした性能が高い」という特徴がある。そしてこの大剣はそんな投擲武器の威力に加え、近接攻撃が出来、使い捨てでもない、というのが強みになる。現在、イシャンの使う大剣はすべてのパドマを費やして使うリスキーな装備のため、別に大剣を使えるならそれ単体でも非常に有利といえる。
「二つ目、肩に装備するタイプの大型ビーム砲だ。イシャンのエンジェルオーラの低さを考慮し、やはりパドマを装着する事で、パドマのエンジェルオーラを消費してビームを発射する。パドマ一ユニットから一度に吸い上げられるエネルギーには上限があるようなので、最大6ユニットまで装着可能になっている。全てを装着すれば、そうだな、月を砕けるくらいの威力は出るはずだ。まぁ月を狙い撃つのが困難だからあくまで指針だが」
 やはり、絵にかいて示される。ビームと呼ばれる光の筋を放つ武装は、デウスエクスマキナの装備としては珍しいが、いくらか存在する。いずれも高威力だが消耗が激しい武器となっている。このビーム砲もその例外ではないようだが、直接エンジェルオーラを使うのではなく、パドマにチャージしているエンジェルオーラのエネルギーを使える、というのが強みとなるだろう。もちろん、現在イシャンが使える装備にはそもそもビーム砲がない、というのも強みの一つだ。
「三つ目。単純な多目的ランチャーとミサイルだ。ミサイルのデータはアースから提供してもらう予定だ。当然、アース由来の技術のシーカーを使うから誘導性能は新宇宙歴レベルだ。あわせてランチャー自体に錬金術で特殊な加工を施し、コックピットブロックからで狙った相手の固有の……波動のようなものを記録し続けることで、より高い追尾性を実現する。他にもクラスター爆弾やグレネードランチャーを装備する事も可能にする予定だ。これらの弾丸はランチャーにパドマを装着する事で、パドマのエンジェルオーラを使い、弾丸を生成可能だ。生成する弾丸はミサイル、クラスター爆弾、グレネードランチャー等から選べる。二つ目のビームと同種のビームも発射可能にする予定だ。この場合、最低レベルの威力しか出ないが、ランチャーに施してある加工のおかげである程度の追尾機能が付くはずだな」
 同じく絵にかいて示される。どのような局面で必要になるかわからないことを想定した武装だ。イシャンの装備に不足している遠距離攻撃能力を強化する狙いがあり、なおかつ様々な状況下で作戦展開可能なように考えられたのが、多目的ランチャーなのだった。
「取り回しの良さと属性の幅広さで1つ目の剣、火力で2つ目のビーム砲、弾幕密度で3つめのミサイルランチャーってところか?」
「そうだな。概ねその認識で構わない。三つ目に関しては、追尾性の高さも保証する、弾幕などと言わず、ミサイルの最大発射可能数12発全てを別の目標に命中させる事すら可能はずだ」
「これらの武器での攻撃でも神性防御は破れるんだな?」
「もちろん、神性はばっちり乗る。ちなみにどれの場合も、名前は、ブラフマーストラ、と言う名前の予定だ」
 と、自慢げに話したのち、
「それから、カラスヘッド、君の情報結合による概念改良能力は、「対象の恐怖の具現化」で間違いないかな?」
「ん? あぁ、間違ってない」
 くるりと、カラスヘッドに向き直る。
「分かった。もう少し使い勝手がいい杖を作れそうだ。そんなに手間じゃないし、それも作っておこう」
「助かる。性能は後のお楽しみとしよう」
「さて、それでイシャン、どうする?」
 アンリは「サーテ、この設計図をスリーと、フォーに渡してくれ、こっちの仕様書をシックスに渡せば、後はスリーとフォーをまとめてくれるだろう」、とサーテに指示を出しながら、イシャンに結論を訪ねる。
「そうだな。大型ビーム砲で頼めないか? 他の武装も最高にイカしてるが、替えが効かないわけでもない。俺にひとつ案もあるしな。だが、大型ビーム砲はそうもいかない。何より、出来る事の上限をあげられるのが良い」
「分かった。任せろ。イレ、情報記憶合金の準備をするように指示しておいてくれ。サーテ、仕様書はこれだ。フィフティーンからトゥウェンティまでに働かせる。指揮はあとから戻るイレが取る」
 イシャンの決定に頷き、イレとサーテに指示を飛ばす。
「それから、タンデムコックピットブロックをパパラチアに着けられないか? こいつは既存のものを着ければ良いから、アンリに作ってもらう必要はないが」
「あぁ、あれか。分かった。うちの娘たちを何人かにやらせよう」
 娘たちとは、彼の作り出したホムンクルスたちのことだ。
「それから、フレイが回復したら、パパラチアのカタログを見てもらうつもりだ。おそらくスダルシャナ・チャクラが載ってる筈だ」
「なるほど。わかった、フレイに話しておく」
「それからもうひとつ。アンリ、作業のついでに、ルシフェルの疑似神性核に宿る神性を調べてみてくれないか? あと、ルシフェルの遺伝子も調べて欲しいんだが、こいつはチハヤに任せた方が良さそうか?」
「ルシフェルの疑似神性? 御使いの神性だろう? さっきメドラウドが持ってきたのを見たから知っているぞ。遺伝子については私より科学の者たちに任せるべきだろうな」
「やっぱり御使いなのか……。なんとなくそんなこったろうとは思ってたがな。正規の神の側なのか? それとも堕天使なのか?」
「そもそも堕天使も御使いも等しく唯一神の神性を分け与えられた存在だ。そこにあまり別は無い。が、強いて言えば、ヴィシュヌのアヴァターラに乗るお前はヴィシュヌの側に付いている人間か? と、聞くようなものだろう。疑似神性は、所詮道具に過ぎない。誰がどう使うかで、どちらの側かなど、いくらでも変わりうる」
「わかった。なら、そこからルシフェルとミユキ達が組んだ理由は分かりそうもないな……。まあ、御使いが堕天使と組むことはないだろうが」
「それはどうだろうな。話は終わりか? なら私も作業の監督に移行したいと思うが」
「ああ。もう大丈夫だ。しっかり頼むぜ、お前さんが頼りだ」
「真理の探究の結果が何かの役に立つなら、そう悪い気分でもないな。基本的にはフレイの傍にいる。切り札を切りたいときは、この石を使って声をかけてくれ。一方的にだが私に声が届くようになってる。だが、一度使えばそれから一か月、フレイは戦闘出来なくなる。切り札の切りどころは間違えるなよ」
「分かった。どのくらいの間戦えるんだ?」
「フレイ次第だな。少なくとも戦闘が終わって、次の戦闘まで待ってはくれないだろう、というくらいか」
「わかった。勘どころを選んで切るようにする」
「遺伝子の方はチハヤの科学班に頼んでおこう。それから、ノエル、もしアドベンターの遺伝子情報を持ってたらチハヤに回してくれないか? ルシフェルはナノマシンで分解されたって話だ。となると、あれは人間かアドベンターってことになる」
「いやぁ、流石にそんなもの持ってないなぁ」
「さすがにそうか。まあ、調べて人間のものでないならアドベンターなんだろうが」
「まぁアドベンターは三本鎖DNAを持つ生物ですから、そういう意味でも、見ればすぐわかるでしょう」
「ルシフェルの遺伝子の調査については支持しておいた。またそのうち検査結果が出るだろう」
「ありがとうございます。指令」
「とりあえず、戦力の方は多少はなんとかなりそうだが、今後の方針をどうするかだな。現状、必要なのは、湖中基地の攻略、月のビーム塔の破壊、それに情報収集ってところか?」
 オラルドにお礼を言った後、改めて話を仕切りなおすイシャン。
「湖中基地は戦力が揃う半日後以降、月の塔の破壊は出来るだけ早く。ですから、今回気にするべきは月の塔の破壊ですね。アースを使うのは確定ですが、それ以外に何か用意するべきかどうか」
「するべきよ。これまでの動きから敵が馬鹿じゃないのは間違いない。それでアレに何の対策もしてないなんて、ありえないわ」
 アンジェが話を切り出し、オリヴィアが主張する。
「相手がアースを野放しにするとも思えないからな。ただ、現状じゃ相手に宇宙戦力はない。となると、想定されるのは艦内への突入だが」
「となれば艦内に戦闘員を配置するのが一番の解決法になりますね」
「最低でもアンジェが必要になるが、それだけだとミユキや「神の炎」の相手が厳しい……」
 うーん、と、全員が悩む。
「あと考えられる敵の手は、ビーム塔の近くに美琴さんのマラカイトを配置して、八咫鏡で守るって手もなくはないだろうが」
「この世界なら、歪曲ビームを使えるので、その防御を回避して砲撃することは可能よ」
 イシャンのもう一つの不安要素を告げると、オリヴィアが提案する。
「この世界なら? あれはどういう仕掛けなんだ?」
 と、イシャンが訪ね、アドボラの目を気にしたオリヴィアがこっそりと耳打ちして回答する。
「なるほどな。ちなみに、ほかにそうやって〝粒子〟を防げるやつはいるのか?」
「あー、ウェストウィッチの連中は高い粒子操作技術を持ってる。能力ではなく機械ね。連中が宇宙政府にも内緒で特殊な技術を隠し持ってたりしたら分からないわね」
「ウェストウィッチ?」
「はい。ウェストウィッチ、宇宙に進出した地球人類が初めて出会った敵対勢力です。今は宇宙政府の一員になっていますが」
「ウェストウィッチというのは、地球から見て絶対方位における西方で出会ったこと、未知の粒子技術を持っていた事、女性が戦いを担う種族だったことから生じた名前でね。正式な種族の名前はハーディンという。地球人という言い方に倣えばイファン人だ」
 オラルドが補足説明を入れる。地球中心のセントラルアースの説明は偏っているからだ。
「なるほどな。現状じゃこの件に絡んじゃいないが、一応頭に入れておくぜ。ちなみに、戦った感じからすると、アースの砲撃の命中精度は折り紙付きってことだよな? かなり遠くからでもビーム塔を攻撃できるのか?」
「そうね、余裕よ」
「なら、月面にアドベンターの防御施設があっても反撃の射程の遥か遠くから撃てるな。やはり、危険なのは艦内からの攻撃か?」
「そうね。究極外からの攻撃は全て、空間歪曲力場で防げるし。まぁ、展開中は攻撃できなくなっちゃうけど」
「とはいえ、フェアリースーツ隊にはスタンバってもらうべきか? アースの艦載機は……俺が壊しちまったよな?」
「そうね。コマンドギアはほとんどが破損。まぁ、ストラクチアとかはまだ使えるし。今外で待機してる私の相棒も、艦内に戻れば宇宙船用のフレームに換装すれば、外で戦えるしね。後は強襲揚陸艦のラルコースが残ってるくらいね」
「換装ってのは直ぐにできるものなのか?」
「えぇ。まぁ本当にすぐってわけでもないけど、半日とかかかったりするほどじゃないわ」
「アースへの帰還は安曇のヨグソトス回廊で行けるだろうし、直ぐに動けそうだな」

 

「という、配置で行こうと思うんだが」
 と、イシャンが前回の失敗を生かし、意見を求めることにした。
「ふむ。配置については不満はありません。ただ、アースが失敗した場合の次善の策については不安が残ります」
「えぇ。あの月はアドベンターの住む月です。そこにミアとスミスだけで乗り込む乗り込むというのは主に戦力差の面で不安です」
 そこに最初に不安を提示したのはアオイとアンジェ。それはアースの攻撃が防がれた場合、次の策としてミアとスミスを月に送り込む、という作戦だった。
「そうだね。どれだけ優れた個人も、集団の前には無力なことも多い」
「アースの艦載機、ラルコースや爆装のストラクチア等も攻撃に使えます。その辺の運用の検討はあってもいいかと」
 アルがそれに同調し、オリヴィアが提案する。
「そうだな。あとは、俺とパパラチア、それにミラ、アル、スペンス、ジルを載せたトブも一緒に月に向かおうと思う」
「それは難しいでしょう。アースの砲撃を防がれるという事は、アースはそれなりに大きな戦いに巻き込まれる公算が高い。数少ない宇宙戦闘の戦力であるパパラチアとトブを失うのは危険です」
「そりゃそうね。アース単艦でどうにかできる相手なら、同時にそいつを相手しながら月を砲撃するくらい余裕だわ」
「なるほどな……」
 イシャンがさらなる提案をするが、リリィとオリヴィアに反論される。
「コホン、ところで、月面での戦闘要員として、誰か忘れてないかしら?」
 わざとらしく咳払いし、オリヴィアが主張する。
「緑ロボか? しかし、あれは大半俺のパパラチアのパドマが……」
「あら、それは私と相棒だけじゃあのフェアリースーツ二人に満たない程度しか役に立たないってこと?」
「分かった。お前さんと相棒を信じよう。予備破壊は、ミア、スミス、オリヴィア&CG隊長機、無人機に任せよう」
「了解しました。それでは作戦を始めましょう」
 オリヴィアが頷き、作戦が始まる。
 セントラルアースの艦内要員は艦内で待機し、飛行ボード型パドマにさらに足を固定するため追加で2ユニット(合計4ユニット)を使った宇宙飛行モードのパパラチアと、トブがアースの牽引ビームによって固定されている。
 そして、アース艦内では、本来1961年にヒットしているはずだったヒット曲が艦内放送で流された。もちろん、この世界ではルシフェルの襲来によってそれらの音楽は誕生していないし、していたとしても広まっていない。

 

 一方そのころ、タホ湖の神殿で。
「やっほー、やっほー、二人ともー」
 ノックもなく、カラがリュウイチとユキの部屋に入る。
「カラか……、ノックしないんだったら〝裂け目〟でいきなり背後に出た方がネタになるんじゃないか?」
 リュウイチが反応する。
「あー、ごめん、〝裂け目〟の先を検知して追われてるみたいだったから、物理的に視界から逃れるしかなくてね」
 その言葉から皮肉のようなニュアンスを受け取ったカラは、少ししょんぼりと謝罪しながら、
「ちょろっと、悪いんだけど。そのベッドの下貸してくれない?」
 と、依頼する。
「かくれんぼか……なら いないって言っていうのもセットでやった方がいいか?」
「あ、よろしくよろしく、んじゃー」
 リュウイチの言葉に喜びながら、ベッドの下に潜っていく。直後、扉がノックされる。
「何か用か? 今更俺たちがどうこうする事も無いと思うが」
 リュウイチが応じ、
「虹野カラが来なかったか?」
 カボチャ頭が顔を出す。リーダー以外がしゃべっているのを見るのは初めてだ。
「……知らない」
 ユキが返答し、それを聞いたカボチャ頭が後ろのカボチャ頭と言葉を交わし、
「そうか、失礼した」
「カラがどうした…… あー なんか色々引っ掻き回されたか?」
 という質問には答えず、退室していく。
「行った? ふぅー、助かったよー、ありがとねー」
「何……やったの?」
「ん? あぁ、あいつら、本物のカボチャ頭じゃないんだよ。おかしいと思わなかった? あいつら、基本的にリーダーの指示に従うだけの普通のリブーターのはずなのに、カボ以外の言葉を話すどころか、カボチャ頭同士で言葉を交わしてたでしょ?」
 確かに、と頷くリュウイチ。
「超人研っていう組織のスパイみたいなんだよねー。結構たくさん入り込んでるみたいで―、頑張ってこっそり掃除してるんだけど、ちょっと下手うっちゃってさー、追われてるんだよねー」
「……つまり、エヴァンジェリン勢力とこっちの勢力のほかに 別のが混ざってるって認識でいいのか? しっかり取引約束は履行されるんだろうな……」
「スパイ達が好き放題したら守ってもらえなくなるかもしれないよー。と、いうことで、さ。ちょろーっと協力してくれない? リーダーたちには話通しておくしさ」
 リュウイチが少し不安そうに尋ねるのを、煽るようにカラが答える。
「こっちに被害が出ないなら向こうで勝手に潰し合ってくれるのは良い気もするが……。俺の預り知らないところで問題が発生したところで俺の責任ではないし最後に残った方を叩けそうなら叩いて返すもん返してもらえれば……。いや お前を放置する方が厄介になりそうな気もするから付き合うってのもアリではあるのか……」
「まぁ、任せるよー、君達にとっては妖精銃と自分達の世界さえ無事ならいいんだもんね。超人研が妖精銃なんかに興味持つとも思えないし、そしてあのリーダーが拉致されれば、君達の世界は無事だし、ね。うん、認めるよ。君達がカラちゃんに協力するメリットは何もない。そのうえで聞いてる」
「超人研……嫌な人?」
「あー……、放っておいて後に変なことになりそうなタイプか?」
 ユキが訪ね、リュウイチがより細かく言い直す。
「ううーんとね、興味深いなと思った人間を同意なしに拉致して、解体したり電極刺したりして、調べ上げたりするやつらだよ。あ! あ、あのさ、君達の世界の日本にさ、タモンさんって人が行方不明になったでしょ? 霊害関連と目されて、君達にも通達があったんじゃない? 三か月くらい前かな。あれ、超人研に拉致されたんだよ! あと、あとね、コトハちゃん……は、この世界じゃないし、超人研は関係ないか、後はえーっと……」
 カラが説得のチャンス、と必死で情報を頭の中から取り出す。
「あー……見逃すのは後味が悪いか……」
「でしょ? ね、協力してよー」
「……まぁなんだ、乗ってやる。しかしカラ、一つ気になったんだが 超人研にバラされるのは良くないけど世界を混ぜ合わせる事に関してはOKってどういう判定なんだ?」
「貸し一つ……?」
「んー? 世界が混ざっても誰も覚えてないから苦痛は感じないし、別に困らない、その上、リブーターや魔女が救われる。でも、超人研にばらされたら、リブーターや魔女は救われないし、バラされた人は苦しいよ。片方はいい事しかない、片方は悪い事しかない。全然違うよ」
「今知っているやつが変わってしまうのは……まぁ確かにその人にとっては関係ないのか こっちの主観ってだけか」
「とりあえず、行こう! 計画は移動しながら話すよ」
「わかった 一応言っておくができないことを要求されても困るからな?」
「……いつでも動ける」
「だいじょーぶだいじょーぶ、流石に人を切るとか、血なまぐさい事は私がやるからさー」
 その後、カラの作戦に従い超人研の偽カボチャを倒した直後、上空が明るく光り、見ると、アースが、何かの集団と光の筋を撃ち合っていた。

 

「前方から、タキオン・ジャンプの兆候。総員、第一種戦闘配置! 対艦戦闘用意!!」
 艦内放送が響き、BGMの再生が止まり、艦内が赤いランプ、常夜灯に切り替わる。
「前方に、戦闘艦艇複数ワープアウト。艦種識別、艦隊中央の大型艦はチャールズ・ブース級航空戦艦ヘレン・ハリス・パールマン。ネオ・アドボカシーボランティアーズ第三艦隊旗艦です」
「ネオアドボラの連中か!!「奴ら、結局セントラルアースにもネオアドボラにも声をかけてやがったのか? いや、単にこっちに呼んでアースと鉢合わせさせただけって可能性もあるか。もともと敵対者同士だしな」
 とイシャンがコックピット内で一人推測していると、敵からの無線が入る。
「前方のセントラルアース及びそれに同調する武装組織に告ぐ。我々ネオ・アドボカシーボランティアーズは、アドベンター、リブーター、魔女、ルシフェルの保護を表明する。それに反発するものはなんであれ排除する」
「イシャン、向こうは第三艦隊、ほぼ総出でいらっしゃってるわ。流石にアース一隻では厳しいと言わざるを得ないわよ」
「第三艦隊ってのはそんなに手強いのか?」
「まぁ、いくら何でも艦隊総出でビームを撃ち込まれたら、流石のアースの防護フィールドも厳しいわね」
 オリヴィアからも通信が入り、イシャンに情報を与える。
「歪曲フィールドじゃ守れても攻められないしな。だが、リブーターや魔女はともかく、ルシフェルの味方をしようって連中を野放しにしたら、世界改変をされてもされなくてもこっちの世界は大事だぜ」
「まぁ、予定通りの戦力で宇宙戦すれば、最終的には勝てるわよ。ただ、月面攻撃は予備部隊の投入が必要ね」
「わかった。なら、それで行こう。フェアリースーツ隊とお前さんのCGを安曇のヨグソトス回廊で転移。トブとミラは……まだ待機させても行けるか?」
「準備オッケーです!」
「こっちもいけるわ!」
「では、予備破壊部隊、出撃を頼む」
「それから、アース指令に、なるべく派手に暴れて注意をこちらに引き付けましょうと伝えておいてくれ。オリヴィアたちが狙われたらアウトだ」
「了解。あ、あと、ネオアドボラへの返答は、あなたに任せるって。今回、セントラルアースはあなた達に協力してる側だからね」
 と、オリヴィアが最後の通達をしたのち、オリヴィアも「さぁ、行くわよ相棒」と気合を入れて出撃していく。
「こちら、クラン・カラティン代表代行のイシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナだ。この世界の地球と人類の守りを預かる者としてルシフェルに味方する勢力には味方できない。貴艦およびその所属艦隊がただちにこの宙域およびこの世界より離脱しないかぎり、こちらにも応戦の構えがある。以上だ!」
「ネオアドボラは全宇宙の平等のためあらゆる差別権力と戦う。貴組織が従わないというのであれば、徹底的に排除させてもらう」
「敵、艦載機隊を発進。過去の交戦データと同じ、SF-19の改造と思われます」
「パパラチアもアースの護衛に回る。宇宙戦は初めてだが、はりきらせてもらうぜ!」
「ストラクチア部隊、発艦開始。右舷カタパルトよりアメリカ隊、左舷カタパルトよりロシア隊。次いでイギリス隊、フランス隊、誘導を待ち、機内で待機せよ」
 パパラチアとアースの艦載機がアースから発進する。
「しかし、こいつらも無人機なのか?」
「いや、有人機だろうね。ネオアドボラは「自身の意志で戦う者以外を戦わせるのは差別である。人工知能も同様」として、あまり無人機は使っていないからね」
「そいつはまた念入りなこった……。なら、腹据えてかからないとな」
「こちら月面部隊。その、翻訳機が効かない言語で白い人型生物からしゃべりかけられています。口調から警告とみられます」
「あ、イシャン。艦載機隊の戦闘を切ってる鳩のエンブレムの機体には気を付けて。そいつに仲間を何人もやられてる」
「了解した。見つけ次第、十分に警戒の上、俺が直接当たる」
「鳩のエンブレムの機体、フォーカス完了しています。パパラチアのコックピットブロックのレーダーにデータリンクさせます」
 イシャンの宣言を聞き、アースのオペレータが即座に反応する。
「こちらイシャン。その白い人型生物ってのはルシフェルとは違うのか?」
 そして、敵との交戦までの間に、オリヴィアに対応する。
「羽根の見た目は似てるけど、それ以外はそんなに……。目も人間と同じ二つしかないし」
「分かった。できるなら無駄な戦いは避けたい。基本は無視してエネルギー供給装置を攻撃。ただし、向こうから攻撃してきたら自衛の範囲で反撃してくれ」
「了解」

 

 月面のエネルギー送信装置の近くでは、アドベンターと呼ばれる種族たちであふれかえっていた。
「ワヂアホダギナナンヒハヒヅウヌロイヂヂヤヤガ」
 その言語はセントラルアースやアドボラの持つN.U.A.246年の翻訳装置には登録されていない言語のようだった。
「イシャンは、可能な限り交戦を避けて、エネルギー供給装置の破壊を優先しろと!」
「了解! んじゃ、破壊はスミス君、私が足止めを!」
 と、ミアが手元に〝粒子〟のナイフを展開する。
「ノノグギグヌロイナナヂンヂヂンウギワナヂナニマログユグゾグルヅンナナニジユユグホハザラヂヂヤヤハギザ」
「ルゾグマヤウジナナヤウヂザハギ」
 アドベンター達も武器を手元に出現させ、ミアと向かい合う。
「ええい!」
 にらみ合っている間に、スミスは塔のように高くそびえたつエネルギー供給装置に全力の〝粒子〟ビームを発砲するが、バリアのようなもので防がれる。
「もっと接近しないとダメみたいね」
 オリヴィアがそう判断し、さらに前進する。スミスも続く。
「ヨゼロワエアホダギナナンノノグレギヂヤヤノマギゲユウダンドドヂンヂヂンウギ」
 発砲の様子を見て、ついに、アドベンター達が武器を手に前進する。ミアの左右に控えるラルコースがスタングレネードをランチャーから発射し、相手の動きを停止させる。
「行くよ!」
 そこにミアが突っ込んでいく。〝粒子〟ナイフで敵の攻撃を受け止め、もう片手のスタンショットと呼ばれる非殺傷銃で相手を眠らせる。
 一方、背部のミサイルポッドからミサイルを発射しつつ前進するオリヴィア。
「かたいバリアね。発生源を特定した方がいいかも」
「いえ、私がバリアの内側まで一気に飛んで、内部から破壊します」
 スミスがフェアリースーツのメインスラスタを全力で吹かし、妖精のような青い翼を展開しながら、一気に突っ込んでいく。防衛設備らしき砲台が稼働したのを見逃さず、オリヴィアがそれをミサイルで破壊する。

 

 パパラチアはパドマを残った二つのパドマのうち一つを10の刃に分解し、自分の周りを浮遊させる、そして、もう一つのパドマを同じく10の刃に分解し、鳩のエンブレムの機体に向かわせる。
 パパラチアに挑んできた10機の飛行隊は、その半数を周囲を取り巻く刃によって破壊され、慌てて離脱、その後、戦艦級の相手とみなされたのか、対艦ミサイルが何発も放たれるが、10の刃を一つにまとめて盾形態に変形させることで防ぐ。
「神性防御はルシフェル以外の相手だと強いアドバンテージだな」
 改めて再認識したイシャン。敵機の接近がないことを確認すると、鳩の機体に向かっているパドマに集中する。
「なんだあれは!? 空間機雷の一種か?」
 鳩の機体のパイロット、地球人とハーディンのハーフである手塚ココは見たことないそのパドマの10の小片に驚きつつ、空中機雷をよける要領で、各部スラスタをうまく使って回避する。
「追尾性能まであるのか?」
 ココは機体に搭載された空間機雷を後ろにばらまくが、その程度でパドマは破壊できない。
「嘘だろ!? 誘導を切るしかないのか……」
 機体から今度は、IRデコイと、フラッシュバンを発射する、それぞれ赤外線誘導と画像認識誘導を欺瞞できるはずだ。
「くっそ、効いてない……。いや、この動き、手動操作タイプか……」
 10の小片が自身を包囲するような動きをしているのに気づき、手動で操作していると判断したココ。
「ピジョン1、エヴァンジェリンから情報の共有があった、そのパドマと呼ばれる武装は本体パパラチアからの手動操作だ。そしてパパラチアともども非常に硬い。だが、〝粒子〟ビームの集中砲火であれば、ダメージを与えられる余地があるようだ」
 見ると、空母メアリー・リッチモンドに艦載機が戻っていっている。装備を換装するつもりのようだ。
「っと、包囲が完成する前に……」
 前方に小片が迫るより前に前方のスラスタを前回、正面に腹を見せて、まだ包囲が完成していなかった相対的な上に向かって、一気に加速して離脱する。
「くぅ、やるなぁ、さすがエース」
 イシャンはそれをみてただ感心する。
「敵空母メアリー・リッチモンドより、艦載機隊発艦。先ほどの帰艦は装備換装の為と推測。換装艦載機隊、パパラチアに接近」
「なんだ?」
「全体の艦載機の半分程度が、少しずつリッチモンドに着艦している模様」
 とりあえず、10の刃を近づきつつある編隊に差し向ける。すると、10機の編隊は一つの小片にビームを集中照射、小片1つを破壊し、残り9の小片により全滅させられる。
「1片やられたか。結構オーラ高いんだからな? あれ」
「メアリー・リッチモンドから順次発艦中の艦載機、全員、パパラチアに向かっています。鳩の戦闘機、換装艦載機隊に合流し、先頭につきました」
「やっかいな奴が来やがったな」
「ココ、持ってきたわよ」
「おう、ニュー、いくぞ」
 ココに通信が入る。ココの隣に、折り鶴のエンブレムの機体、新見リディアの戦闘機が並ぶ。そして、リディアの戦闘機が、ハードポイントに装備していたビームポッドを分離、ココも同じくハードポイントに装備していた対戦闘機ミサイルを分離。そして、即座に上下に交差して、お互いの装備をハードポイントに装備しなおす。ほぼ不可能としか思えない無茶な曲芸を二人はたやすくやってのけた。
「じゃ、ココ、やっちゃって」
「おう、ニューも、引き継ぎ頼んだぞ」
 リディアが別の作戦エリアに飛行していく。先ほどまでココがいたエリアだ。
 その、50もの飛行編隊が、19の小片と二度激突し、戦闘機隊も大きな損害を受けつつ、実に14もの小片を破壊。
「逃したか…良い腕してるな、あの鳩。どうせなら戦闘機でやり合いたかったぜ。古女房にゃ荷が重いだろうが」
 鳩の機体が、アースと敵戦艦ヘンリー・リチャード・リーの撃ち合っているコース内に侵入しつつあるのを確認し、パドマが二隻の艦艇からの砲撃により損耗させられることを期待しての行動だと理解し、追撃をあきらめる。

 

 そして、一方、エネルギー供給装置の根本。
「これは……まるで、祈るための祭壇だ」
 というより、そのものに見えた。祈祷師らしき装飾を身に着けたアドベンター達が塔を囲んで必死で祈りをささげているように見える。
「でも、ここなら、壊せる」
 ここが祈りの場を兼ねているのなら、破壊することは少し申し訳なくはあるが、だからといって、この装置を壊さないわけにもいかない。
 スミスの全力射撃が、今度こそ装置を襲い、その塔をぽっきりと折る。
「エネルギー送信装置の破壊を確認! 撤退します。転送を急いで!」
 オリヴィアが叫び、転送が開始される。

 

「イシャン司令、作戦目的は達成しましたが、どうしますか?」
「司令……ってな。まあ、いいや。目的は達した。撤収だな。パパラチアもこれ以上の戦闘はちと厳しい。着艦する。着艦後、トラクタービームでパパラチアを固定してくれるか? そうしたら、パドマをアースの防御と周りの雑魚の掃討に当てられる」
「撤退先の指示を。あの敵艦隊を振り切る場合、ミサイルとビームの応酬の可能性が残る成層圏か、すぐには追ってこれないはずの外宇宙へのワープ、のどちらかが最大候補です」
「了解。なら、先にカラスヘッド達艦内チームをポッドに入れてクラン・カラティン基地に転移させてくれ。艦内チームの撤種が終わったら、パパラチアもクラン・カラティン基地に戻す。タイミングを合わせてアースは外宇宙に撤退してくれ」
「その場合、本艦は次回以降の作戦に参加できませんが、構いませんか?」
「ああ。構わない。アースの戦力は惜しいが、地球をこれいじょう戦闘には巻き込めない……だろ? オリヴィアの回収にはきてくれよ? フランク過ぎてうちじゃ手に余りそうだ」
「了解しました。ナルセ・アラート。本艦はナルセ航法に入ります。衝撃に備えてください」
 パパラチアの足元に歪な五芒星が出現し、パパラチアがそれに飲み込まれる直前、イシャンは、光の筋となってかなたに消えるアースを見た。

 

 一方、神殿。
「んでんで、お礼は何がいいかにゃー?」
「そうだなぁ…… 降伏して一抜けなんてかっこ悪い事した分の償いかなんかをしておくべきか……? この基地や作戦についての概要を俺ではなくイシャンの方に伝えつつ カラがやってもいいかなって範囲でむこうに協力してもらうとか頼めるか?」
「いいよ。イシャンが帰ってきたタイミングで今カラちゃんが知ってる情報を話せばいいんだよね。じゃ、行ってきまーす」

 

「パパラチア用の追加武装「ブラフマーストラ」については、無事完成した。これについてはそんなに手間はかからないから、今のうちに取り付けを指示しておいた」
 そのころ、本部ではアンリが追加武装の説明をしていた。
「やっぱり一度取り付けて出撃しちまうと、戦闘中に着け外しはできない感じなのか?」
「そうなるな。もう少し十分に素材を集められれば、他の武装と同じように収容もできるようになるはずだが、難しかった。お前たちの時間を一日貰えるなら、調達を頼めるんだがな」
「ちなみに、性能上、ほぼ装甲とくっついてるから、強制的な取り外しも不可能だ。砲身が邪魔になっても引きはがしたりするなよ」
「ただでさえ動きの重いパパラチアがさらに重たくなっちまうが、まあ、今回は仕方ねぇな。収容可能にするかは、あとで考えるとしよう」
「それから、カラスヘッド用の新しい杖を作ってみた。情報結合体の概念改良については詳しくないから本当に使えるのかは少し分からないし、今の状態の方が便利な時も多いだろうが、使えそうなら使ってくれ」
 杖をカラスヘッドに差し出すアンリ。
「わかった。具体的にどんな機能が?」
 受け取って感覚を確かめるカラスヘッド。先端に髑髏のついた不気味なデザインだが、カラスヘッド好みの見た目といえた。手元にボタンがあるのが分かる。
「あぁ、骸骨の左右の目に、機能を仕込んである。まず、右目には元々お前の杖に用意されていた投影機能の代わりにホログラフィック機能を追加してみた。ただ、状況次第では投影機した像より粗く見える時もある。霧を使えないような状況での緊急手段の方がメインか。そして、こっちが本命だが、左目には試作品のブレインシェイカーをセットしてみた。対象にこの光を当てることが出来れば、対象の脳が実際にそこに投影物があるように誤認させ、かつその物に対する恐怖心を呼び起こさせる効果がある。光の収束率の問題で有効射程は短いが、相手は攻撃されたことに気付かれないし、ほぼ確実に投影物を概念改良で実体化させられる。例え、ほとんど恐怖のない御使い相手であっても、な」
「おぉ、それはありがたい。色んな手段は今まで試したが、恐怖心を引き出すというのは実に素晴らしい。僕の不安定性にぴったりな機能だ」
「そういえば、情報結合体については詳しく分からないといえば、あれは厄介だな。霊薬の効果が思わしくない。より強い霊薬を投与すれば、あと半日あれば治るとは思うが、このままではいつになるか分からないな。より強い霊薬だけあってデメリットがある。といっても、軽い昏睡状態になるくらいなんだが、3人とも拒否しててな。あ、3人というか、アリスには投与しないでほしい、ということだったが。まぁそんな感じだ。判断は任せる。直接話を聞きたければ、医務室に来てくれ」
 といいながら、何か巾着を取り出す。
「それから……、リュウイチ用に、玉鋼製の刀の神秘プライオリティを一時的に高める打ち粉も作ったが……まぁ、リュウイチと合流できそうなら、渡してやってくれ。ちなみに自信作だ。一時的にだが、御使いとも渡り合えるぞ。リュウイチの刀に合わせたから、アンジェやアオイは使えないがな。半日貰えれば、その二人のうち片方は作れる。もう片方も必要ならもう半日だな」
 周りを見渡し質問がないのを確認し、
「私からは以上かな。オラルド殿からも報告があるそうだ」
「あぁ。頼まれていた、ルシフェルの解析が一通り完成したのでその報告になるね。至って普通の三本鎖DNAだったよ。遺伝子構造も、そこにいるオリヴィア君達を含む純潔系地球人のサンプルと極めて近い形になるね。あんまり君たちの参考になるデータではなさそうだ」
 オラルドが報告する。
「三本鎖ってことはアドベンターですか?」
「いや? そもそも地球人も三本鎖DNAだろう? 三本鎖というだけではアドベンターとは断定できないと思うがね」
 不可思議なオラルドの発言に一同が混乱する。オリヴィアは皆が混乱しているのを不思議そうに首をかしげる。
「それから、ネオ・アドボカシーボランティアーズの艦隊はいまだ衛星軌道上に留まっているようだ。SF-19は大気圏内での戦闘はできないはずだから、怖いのは戦艦からのミサイル爆撃くらいだね。市街地を攻撃はしないだろうから、この基地が狙われる心配はないだろうが。私からはこれくらいだね」
 とりあえず、と話を進めるオラルド。
「私の相棒はそれなりに損傷しましたが、外部フレームに留まっていますから、外部フレームを取り換えれば戦闘可能です。どうせ、今装備しているフレームは空間戦闘用のフレームなので、換装は必要ですしね。コマンドギアの各種武装やフレームはアースからカプセルで投下いただき、本部に回収済みですので!」
「ちゃんと換装パーツが送られていたのか。そいつは心強い」
「それから、何かに恐怖していましたラルフ・カーペンターはアースに送り返しましたが、サカリ・グラナドとそれから私と同時に降下したタナシス・メンの二名がこの作戦のためにここに留まります! ストラクチアをチハヤに積み込みましたので、それで出撃出来ます!」
「サカリ・グラナド少佐です。コールサインはナイル・ツー。TACネームはプライム。よろしくお願いします」
「タナシス・メン少佐。コールサインはインダス・ツー。TACネームはピレウス。よろしく」
 コールサインとは、無線上の呼び名の事、TACネームとは簡単に言うとあだ名の事だ。
「クラン・カラティンのエンジェル、イシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナだ。よろしくな!」
「報告は以上ですね」
 と、オリヴィアが言った直後、会議室の扉が開く。
「よーし、じゃあそこに私が大とーじょーってね」
「カラ!? どこから湧いて出やがった!!?」
「いや、普通に扉から来たよん。あ、そんな話はどうでもいいや。いやー、ちょっと、リュウイチ達に助けられちゃって、それにお礼をすることになっちゃってね、『降伏して一抜けなんてかっこ悪い事した分の償いかなんかをしておくべきか……?この基地や作戦についての概要を俺ではなくイシャンの方に伝えつつ カラがやってもいいかなって範囲でむこうに協力してもらうとか頼めるか?』って言われちゃってねー」
 カラがリュウイチの声真似を交えつつ、事情を説明する。
「そうか。リュウイチもいちいち義理堅いな」
「と、言うわけで、作戦ねー。私達はリブーターが生まれず、魔女が追われる事もない、世界を作ろうとしてるよ! 手段としてリブーターの力を借りる都合上、リブーターにとってもそれなりに良い世界である必要があるんだけどね。手段としては、世界の構造を分解して、統合して、それぞれの世界から要素を引き継いだ新しい世界を作るよ。リブーターと魔女を救う以上、リブーターのいる世界と、魔女のいる世界、リブーターも魔女もいない比較的平和な新宇宙歴の世界、アドベンターの勝利の目が強いこの1961年の世界、をそれぞれ使いたいみたいだよ。本当はアドベンターに力を貸してる御使い達もできれば自分が得するように2016年世界も巻き込みたかったみたいだけど、それは交渉の結果諦めたみたい。で、その為にはリブーターが力を使える必要があるから、その為にあの神殿が必要、ってわけ。とはいえ、その神殿にエネルギーを供給する手段が奪われちゃってねー。どうしようか、って悩んでるみたいだよ」
「〝アドベンターの勝利の目が強い〟? なら、ルシフェルはやはりアドベンターだってことか?」
「んで、「カラがやってもいいかなって範囲でむこうに協力してもらう」についてだけどね。カラちゃんとしては、リブーターと魔女を救う計画の妨害には手を貸せないよ。……でも、イシャン、君がこの世界を巻き込みたくないというなら、それは手伝えるよ。世界再構築が始まる直前に、アドベンターを切り捨ててあげる。そしたら、1961年の世界は世界改変に巻き込まれないよ」
「その場合、この世界のアドベンターはどうなるんだ?」
「どうにもならない。この世界のまま。あ、あの月とタホ湖はそれぞれ消えるから心配しないで。これ、悪い取引じゃないと思うよ。2032年世界の人間にとっても大戦後歴世界の人間にとっても、魔女狩りとリブーターと言う存在が消え去るだけでこれまでと変わらない生活を営めるし、アドベンターが改変に関わらないなら、新宇宙歴の世界はほぼそのままになるし」
 ふむ、とイシャンは悩む。
「カラ、そもそもおまえさんは何でエヴァンジェリンに協力してるんだ? 〝正しくて""面白い〟ことに乗っかるなら、どこにそれを感じた?」
「私は生まれながらにして苦しむ運命にある存在がいるなんてのを許容できないだけだよ。でも普通は許容できなくてもそれを救うことはできない。私の力でさえ、何人かを逃がしてあげられる程度だからね。でもエヴァンジェリンの計画ならそれが出来る。
 何より、エヴァンジェリンのリーダーは、あらゆるリブーターを自分が経験したその苦しみから逃したい、と自身の命を投げ打ってまで願っている。それに手を貸さない理由はないよ」
「つまり、エヴァジェリンリーダーの目的はリブーターの解放であり、お前さんの目的は単にエヴァジェリンのリーダーや一党を助けるだけでなくリブーターすべてを解放することにあるって受け取って良いんだな? それから、リュウイチに借りがあるとはいえ、アドベンターを世界統合から外そうなんて提案をアッサリ出してくるあたり、アドベンターの目的達成の手助けはお前さんの目的には入ってないってことで良いのか?」
「うん。だってアドベンターは今のままでも、人間と対等に友好関係を築いていけるの。あのね、ほとんどのアドベンターは戦いをやり直したいとは思ってないの。ごく一部、新人類に負けたことを認められないって人たちなんだよ、今、世界統合をしようとしてるアドベンターは。それはよくないよね、だって私欲で世界をむちゃくちゃにしようって言うんだもん。なによりそれは、せっかく和解した世界をもう一度戦争の道に戻すってことでもあるし。
 だから、アドベンターの目的達成は、カラちゃんの手を貸す対象範囲外。手を貸せるのは、その範囲だけ」
「そういや、魔女のこともお前さんの目的に入ってたんだったな。魔女たちのことはどうして助けようと思ったんだ?」
「なんで? そう生まれたってだけで追われる身分になる気持ちを考えてみたらわかるんじゃない? 少なくともカラちゃんは二度とごめんだけど」
「その答えが確認できりゃ十分だ。魔女やリブーターが関わる問題である以上、俺だけで考えるわけにもいかないな。返答はエレナ達やカラスヘッドの旦那、ノエルやリリィの話を聞いてからでも良いか?」
「はいはい、私は待つよ」
 イシャンは、さっそく医務室に向かうことにした。
「よう、調子はどうだ?」
「あんまりよくはないわね。壁を作るために一番神経を使ったジャンヌなんかぐっすりだし」
「えぇ。本当なら全治何ヶ月ってところよね。数日で治るなんて恐ろしい話だわ」
 イシャンの問いかけに応えるエレナとアリス。
「三人には薬の効きが悪いってアンリから聞いてたが、それでも随分と早く治ってるんだな。少し安心したぜ。これ以上強い薬を使いたくないってのもそれが理由か? 現状でも十分早く治ってるなら、急ぐ必要もないもんな」
「んー、というよりも…………」
 と、エレナはアリスの様子をうかがうように、見つめるが、アリスは無言を貫く。エレナはそれ見て頷いて、
「えぇ。強い薬は、昏睡してしまう副作用があると聞くしね。何らかの理由でこの基地に襲撃があった時、昏睡していたら何もできないし。そうでなければ少しくらいは役に立てるはずだし」
「わかった。身体に無理をかけるわけにもいかないしな。俺の配置のせいでここの皆には貧乏くじを引かせちまったな。申し訳ない」
「そうね。私達の部隊もミユキ対策をしていたら、結果も変わってたかもしれないわ。
 ま、それは終わってからだから言える話よ」
 イシャンの謝罪を聞き、まずは反応したのはアリスだった。
「ちょっとアリス」
「だから、フォローはしたじゃない。さ、そんなわけだから、私達の事は戦力としては考えないで計画を立てた方がいいわ。分かったら、会議室に戻ったら?」
 エレナはそれをたしなめるが、どこ吹く風、といった様子だ。
「実はまた状況が動いてな……」
 イシャンは状況を説明し、
「あらためて、お前さん達はどうする? 現状、向こうの計画通りに行っても、お前さん達に損はないが」
 意見を問う。
「正直この有様だからね。自分の力で魔女が生きていける世界を作る、というのを主張してあなたたちに戦闘を強いるつもりはないわ。だから他のみんなさえ問題ないと思うなら、私はカラの計画に従うのも止むなしと思うわ」
「そんな、エレナはその魔法で人々を幸せにするエンターテイナーになりたいんでしょ? 他の世界を基準に統合されれば、ほぼ確実にほとんどの魔女は力を失うわよ! それはきっとエレナ、あなたも例外じゃない」
 エレナの回答に悲鳴を上げるように問いかけるアリス。
「それは分かってるわ。でも人を幸せにする方法は別に魔法に限った話でもないもの。世界が変わるならきっと新しい世界の私もその世界の私が持つ力で人々を幸せにするわ」
「エレナがそう言うなら、私はこれ以上言える事はないわ」
 しかし、そのエレナの答えを聞き、アリスもあきらめるように頷く。
「〝人々を幸せにするエンターテイナーになりたい〟。そいつがお前さんの夢か? エレナ」
「んー、人を幸せにしたい、がメインね。エンターテイナーなのは、私の魔法を最大限に生かすならそうかなって思っただけ。頭が良いなら研究でも良いし、文才があったら、小説家でも良いわ」
「わかった。〝奴らの世界統合を積極的に認めたくはないけど、状況的には止む無し〟という考えだと受け止めて良いか?」
「そうね。そう言うことになるわ。本当なら、魔女であると言う個性さえ認められた世界にしたいと私は思ってるけどね。魔女が魔女のまま受容される世界、と言うことよ。でもそれが難しいのは知っているからね」
「わかった。それだけ聞ければ十分だ。療養中に済まなかったな。ゆっくり身体を治してくれ」
 その後、イシャンは会議室に戻り、次はノエルとリリィに問いかける。
「ノエル、リリィ、お前さんたちはどうする? エヴァンジェリンたちの計画が達成されればリブーターのいない世界が創られるそうだが」
「うーん、僕はリブーターが当たり前にいる世界に生まれてきたからね。リブーターがいない世界ってちょっと想像がつかないな。リブーターに頼らなくても良い世界を作れれば良いとは思うよ」
「判断しかねます。現状のマスターであるノエルに任せます」
 二人の答えは以上だった。
「さて、エレナたちはああ言っていたが、カラスの旦那はどうする? 既に聞いての通り、向こうの計画通りに行っても、旦那に損はないが」
 次はカラスヘッドだった。
「魔女の力の喪失か。僕は単に魔女狩りがいなくなるのかと思っていたよ。色々点から見ても魅力的な提案ではある。でも、どちらにせよ僕はエヴァンジェリンの作戦に乗る気はない。魔女の力がなければ、僕のパートナーがどうなるかわからない。魔女狩りがなくなれば父さんや弟がどうなるかわからないからね」
「詳しい事情は分からないが、旦那にとっては魔女の力も、いまの西暦2032年の世界も必要ってことだな」
「そうだ。魔女も魔女狩りもいる世界が僕のいるべき世界だ」
「分かった。それが聞ければ十分だ」
 イシャンはカラスヘッドの答えに頷いた。
「意見は聞き終えた? 話聞いている間に思ったんだけど、これ後出しすると怒られそうだしやっぱり言っておこうかな。アドベンター排除案なんだけど、カラちゃん一人ならできなかった理由があるの。それはね、イシャン、君の協力がないと出来ないってことなんだよね。つまり何が言いたいかというと。カラちゃんの提案に乗る場合、そのために君も動いてもらわないとならないからそこだけよろしく。ちなみにイシャン以外なら、ユキちゃんやそこのカラスヘッド君でもいいよ。その基準はなんとなくわかるでしょ? でも、イシャンが協力してくれれば一番早いよ。他二人だと少し準備もいるからね」
 戻ってきたイシャンにカラが新しいことを言う。
「アドベンターが神性防御を持ってるか、クソ高い神秘プライオリティを持ってるってことか? しかし、相手が湖中基地の中に居るならデウスエクスマキナじゃ手出しできないぜ? そもそも、アドベンターはあの湖中基地の中に居るのか? てっきり契約を通して遠くから力を貸してるだけで本人は月に居るものだと思ってたぜ」
「ううん、そういう意味じゃない。っていうか、そういう意味ではもちろん手を貸してくれないと困るよ。だってデウスエクスマキナと御使いがいるんだし。それに、他二人がどれだけ準備してもそれは覆せないしね。本当に分からない? 君とカラスヘッドと、ユキちゃんの共通点が」
「分かった。お前さんの提案にのってアドベンターを世界統合の意思決定の場から排除するためには、デウスエクスマキナの無力化と御使いや戯神の排除に加えて、俺とユキとカラスヘッドの旦那の力が必要だってことだな? 力を求められりゃ、答えるのはやぶさかじゃない。それでこの世界を今のままに保てるなら、悪い条件じゃないだろう。でもな……、それでもやっぱり、その申し出には応じられねぇな。リブーターが生まれながらに虐げられない世界、魔女が魔女狩りに追われない世界。「ただそう生まれた」という理由だけで差別される者がいない世界は、それは良いものに違いないだろう。生まれた階層カーストで差別が肯定される世界なんざクソ喰らえだ」
 一瞬、息継ぎをして、次の言葉を紡ぐ。
「だがな、エレナは魔法で人を幸せにするエンターテイナーになることを夢としてるし、カラスヘッドの旦那は魔女も魔女狩りもいる世界を自分のいるべき世界だと考えている。リブーターだって全員が虐げられているわけでも、不幸なわけでもないだろう。少なくとも俺には、ノエルとリリィが出会ったことが不幸なことであるようには思えねぇよ。世界を破壊して再構成することは、そうした想いも全て踏みにじることになる。エレナやノエルたちだけじゃない、多くの人間達が、それと知らされることすらなしに今の在り方、今の想いを捨てさせられることになる。世界統合されれば、前の世界のことは覚えていないのかもしれない。前の世界が失われたことを嘆くことすらないだろう。だが、だからってそれは、〝今ここにある想い〟を踏みにじって良い理由にはならない。それに、世界の再構成に巻き込まれるのは人間達だけじゃない。それ以外の動物たちも否応なく巻き込まれる。犬も猫も鳥獣も、皆、俺達と同じく魂をもつ生命だ。ただ言葉を話せないだけでな。でも、ただそれだけの理由で、奴らは世界の形を決める場に加わることすらできない。言葉ある者の意思で、言葉なき者の意思を踏みにじろうってのは傲慢だぜ」
 イシャンは口上を言いきって、カラを見据える。
「言いたいことはそれだけ?」
 しかしカラはそれに冷たく対応する。
「まず、一つ勘違いを正すけど。リブーターの基準をリリィとノエルにするのはそもそも間違いだよ。リリィちゃんは確かに幸せかもしれない。でもあれ、例外中の例外だって分かってる? リブーターが感情を芽生える条件は知ってる? 耐久年数を超えて稼働することだよ? 普通耐久年数を過ぎたら廃棄されるの。ルールだから。だから、感情を芽生えたリブーターは死にたくないと願いながら廃棄されるか、されないとしたら、違法に働かされるか、なの。分かる? どうあっても、感情を持ったリブーターは幸せには生きられないんだよ。私言ったよね? 力ある人間がいれば、一人二人は救うことができる、でも全員は無理って。リリィちゃんはその一人二人の部分ってだけだよね。そのたまたま救われた一人を例に出して、ほかのほぼ全員のリブーターの苦しみを無視するの? それこそリブーター達の想いを踏みにじってるよ」
 そう、リリィは特例中の特例で、生かされたリブーターだ。その彼女の幸せを前提にリブーターの幸福を語るのは、カーストで例えるなら、「王族は潤っているのだから、カーストは悪いものじゃない」というのと何が違うだろうか。
「二つ目に、魔女のこともそう。「魔法の力を使いたい」と願う魔女がいる。それは自由。でもただ自分の力を使いたいという理由だけで、他の魔法をたまたま持ってしまったが故に苦しんでる人達が理不尽に殺されるのを許容するの? それって力を使いたいって願う人のワガママじゃない?」
 これも同じこと、「王族が権力を使っていたい」という理由で、下の階層の人間を踏みつけることが許されるだろうか。
「違うと言うのなら、今すぐに破棄される寸前のリブーターや、不法にこき使われてるリブーターに言いなよ「ここに一人幸せなリブーターがいるから、そのためにお前達は我慢しろ」って。たまたま魔法を持ってしまったが故に死ぬより辛い目にあってる魔女に言いなよ「魔法を使いたいという人がいる。お前はその人のために我慢しろ」って。それを言えるって言うなら、その発言を認めてあげる。それが出来ないって言うなら。言葉無き者の意思を踏みにじる? だったら君は、たまたまここまで生き延びられた幸運な魔女とリブーターの言葉だけを聞いて、言葉にできず踏みにじられてきた者の言葉を聞かないだけの傲慢じゃない! 幸運なことがそんなに偉い? 幸運な人間だけが全てを決める権利があるの? 偶然こんな力を持って色んな危険に出会って、たまたま生き延びてきた私だからこそ、その傲慢は許せない。撤回するか、本当にリブーターや魔女の前でその言葉を言えるか試すか、選ばせてあげる。選ばないなら、ここで殺す」
 そして、そこから先は一気にまくしたてる。〝裂け目〟が生成される。カラのいる方向を除いた、全方位に、だ。これでイシャンは逃げられなくなった。カラが殺すといえば、もうここでイシャンは死ぬことになる。
「リブーターを放っておけとも、魔女狩りを放っておけとも言ってねえさ。俺は、ノエルやエレナの可能性を信じるって言ってるんだ。ノエルはリブーターに頼らなくても良い世界を作れれば良いと言っている。エレナは魔女が魔女であるという個性さえ認められた世界にしたいと言ってる。俺はそれを信じる。ノエルがリブーターに頼らなくて良い世界を作ってくれることを、エレナが魔女の認められた世界にすることを信じる」
 しかし、イシャンの口から出た言葉は的外れだった。魔女の方は良い。まだそれは確かにエレナに可能性がある。このさき、救われる可能性もあるかもしれない。しかし、リブーターは違う。ノエルはカラ案を指して「リブーターに頼らなくて良い世界を作れれば良い」といったのであって、ノエル自身がそのような世界を作ろうというつもりは別にない。そもそも、向こう100年、あの世界がリブーターを不要とすることはあり得ないと、断言できる。リブーターなしで、あの世界は回らないのだ。だから、この時点で、イシャンの言葉は聞く価値がないものとなった。「一番救うべき存在であるリブーターの救済」について代案がない時点で、何の意味もないのだから。それでも、念のため、その先の言葉も聞いてみた。それは、イシャンの言葉ではなかった。カラにはそれが分かった。別にそれ自体は良い。今の彼がそう言う存在だと知っているからこそ、彼女は提案したのだから。しかし、その内容は、元々その世界に住んでいた彼女にとって許せるものではなかった。この世で最も、憎むべき言葉だった。
「そ。んじゃ、ばいばい」
 イシャンの足元、そして、カラとイシャンの間に〝裂け目〟が生成される。完全に逃げ場がなくなった形。
 イシャンは直感した。足元は「魔女として殺される世界」だ、と。であるなら前方はリブーターとして廃棄される世界か。イシャンは最後の賭けとして、左斜め前の〝裂け目〟に飛び込んだ。
「さってと。で、カラスヘッド君は阻止派に残るんだっけ? ほかのみんなはどう?」
「はい。セントラルアースとしては最優先事項は地球外生命体アドベンターの目的達成阻止であるとしています。この目的を一番確実に達成する手段としては、カラさんたちに協力し、アドベンターに与する存在だけと対立するのが一番適当と判断しました。よって、そちらのカラさんの提案に乗るのが最適と判断します。チハヤに収容されてるストラクチアについては……」
「いいよ、協力してくれるって言うなら、私が回収しておいてあげる」
 オリヴィア、セントラルアースはカラの側につくことを示した。
「あ、プラトちゃんたちは? エレナちゃんたちはこっちにつくみたいだけど」
「私は魔女じゃなくなるのはいや。自分が分からなくなるから」
「ボクはプラトと一緒」
 カラがプラトに尋ねると、プラトとソーリアが答える。
「そっか」
「ふむ。しかし、アドベンターの目的を妨害したうえで、となると。我々としてはもうどちらに味方する事もできないね。救われたいと願うだけの集団を攻撃する事は出来ないし、逆にこちらに残る魔女達もいる以上、向こうに付くこともできない。申し訳ないが、我々は静観の立場を取らせてもらう。アドボラはチハヤに戻り、問題収束までそこに留まらせてもらうよ」
 アドボラは静観の立場を取ることを決めた。
「目的の理由はともかく、アドベンターの完全に私欲に過ぎない目的の阻止の優先度が高い、というセントラルアースの主張には、私も同意します。私はカラの側に付きましょう」
「……そうですか。私はあくまで世界統合には反対です。ここに残ります。フェアはどうするのですか?」
 アンジェが意思表明し。アオイはその反対を表明する。
「あー。フェアはさっきまで味方だった人間を撃つとかできる子じゃないからねー。あー、オラルドさん、悪いんだけど、問題収束までチハヤにおいてもらってもいい?」
「それは構わないよ。静観派のシェルターになるくらいは協力しよう」
「じゃあ僕らも静観側かな。そもそも全くこの世界に影響のない僕らがここまで意見が割れた状態で力を貸すのは流石にダメだろう。チハヤの防衛に回ります」
 そして、アル達はアドボラ側に着くことを表明する。
「私は正直真理の探究さえできればどちらでも構わないが、とりあえず、クラン・カラティンと契約している身としては、拒否したイシャンの意志を尊重し、ここに残るべきだろうな」
 最後にアンリが意思を表明し、結果は決まった。結果は、以下の通りだ。

 

・残留組(統合阻止派)
 イシャン、フレイ、安曇、カラスヘッド、プラト、ソーリア、アオイ、アンリ&イレ&サーテ

 

・カラ組(アドベンター排除派)
 アンジェ、三人の魔女、タクミ、ノエル&リリィ、セントラルアース

 

・静観組
 アドボラ、チパランド組、フェア&ウェリィ

 

「うーん…………断られたかぁ」
 カラは一番大事なファクター二つを得られなかったことで、今後の方針に悩むことになった。
「とりあえず、〝向こう〟のSNSに話しかけてみたけど、代わりになりそうな人の反応は無し。いや、カラスヘッドの干渉者が相手してくれたから、それで一つ仕込みが出来たのは助かったけど」
 カラは知っている。世界は度々「翼を持つもの」と呼ばれる者たちに干渉されていることを。そして、今、まさにイシャン、カラスヘッド、ユキの三人が干渉を受けていることを。イシャンが〝裂け目”に入る前に言ったセリフはきっと”物語”では描かれないだろう。干渉の痕跡はそうやって可能な限り周りに知られないようになっている。中には見えてしまうこともある。”物語〟に時折現れる、「なぜかそんな気がした」「なぜかやめた方がいい気がした」という、理由不明の言動は、実際には干渉によるものだ。しかし、干渉も必ずしも悪い影響を及ぼすわけではない。事実、カラの目的のためには干渉を受けている人間が必要だった。イシャン、カラスヘッド、ユキ、そのいずれかが。
 カラが、翼の世界の青い鳥のSNSにつなげたとき、反応してくれたのは、カラスヘッドに干渉している人物だった。彼はカラスヘッド自身の意思を尊重し、世界改変は出来ない、と語ったが、それでも、カラのアドバイスに従い、カラにとっても彼にとっても特になるある行動をとってくれるといった。
 カラスヘッドは今、さも「どこかで知った」かのように、カラから聞いた情報を説明し、ネバダ州にある大クレーターに向かっているだろう。そこで彼はイシャンを救出し、そしてそれは同時に、とある副次的な効果を及ぼすはずだ。
「でも新しい干渉者が現れてくれないーーーーー」
 しかし、カラの目的のためには完全に自分に協力してくれる干渉者が必要だ。
「仕方ない。ダメもとで、行こう」
 カラはダメもとで最後の希望にすがってみることにした。それは、まだ声をかけていない最後の干渉者、ユキだ。

 

「こんこんこーん、図々しくてごめんねー、一応、念のため、聞いてほしい提案があるんだけどー」
 カラが戸を叩く。
「利がある話なら乗るが 別にしなくても俺たちの立場に影響がないならやらない可能性の方が高いぞ? 一応聞くが」
 リュウイチが応じてくれる。リュウイチも副次的に干渉を受けているようだが、メインの干渉者ではない。メインはユキの方だ。
「あー、じゃあ聞いてくれないだろうなー。いやー、世界統合をするにあたって……。あ、ごめん、壁に耳あり障子に目ありってことで、ちょっと部屋に入れてもらっていい? ここで話すのはちょっと」
「ああ 分かった。立って長い時間話すってのもあれだしな」
「ん。じゃあ、まぁ……考えてみると断られるってわかってて提案するのもあれだにゃあ。えっと、世界統合するにあたって、アドベンターだけは私欲で改変しようとしてるでしょ? そこを止めたら協力してくれるって人とかもいてね。そうしたら、当然、邪魔する人がそれだけ減るから、成功率が上がるんだけど、でもアドベンターを排除するのも結構大変でねー。ついては、ユキちゃんなんかが協力してくれたら助かるんだけどなー、って。聞きに来てみたの。けど、リュウイチ君としては、統合が成功しても失敗しても目的は果たせるんだから、協力する義理ないよね」
「ああ ユキの方か…… 仕事に支障が出ない範囲なら本人の裁量で行動してもいいって話だし本人に言ってくれ 俺は関係ない」
 カラはちょっと意外な返事に驚きつつ、ユキの方に向き直り、同じ説明をする。
「なんで……私?」
「理由は二つ。まぁざっくり言うと、ユキちゃんならアドベンターの代わりができるって事なんだけど。まず一つは、ユキちゃんは……うーん、なんていえばいいかな、一時的に世界を俯瞰して見れる……ってわかんないかな。まぁ世界統合において必要な役割の一つを果たせる。そしてもう一つはその為に必要なとある要素、〝神性〟を代用する手段を利用できる存在だから」
「いや すまん。なんか想定外な話が出てきたんだが? こんな謎の塊みたいなやつの正体が一部でも分かるのか?」
 カラの話を聞いて、リュウイチが反応する。リュウイチにとって、ユキの存在は正体不明であり、それについてカラが知っているような発言をしたのが、とても驚きだったのだ。
「ざっくりとだけね。似た事例を超人研の資料で見た事あるよ。神秘が生まれる前から特定の指向性を持った情……〝器〟に満ちていた者。ってところかな」
「……俺には理解できねぇってことは分かった コレに特定の情ってのがあるようには見えないが」
 情、と言いかけてやめたのを、リュウイチは「情」という一単語だと思ったらしい。別に訂正する理由はないので、放っておく。
「まぁ、神秘を視覚的に見ることが出来る存在でもなければ見えないからね。あのムゲンのアイソトープなら見えるのかなぁ……。それにしては反応薄かったけど」
「……? 美味しい物。あと……喧嘩 しない……? アンジェと、アオイと……?」
「あー。アンジェちゃんはこっちにいるんだけどねぇ。別にユキちゃんに喧嘩してもらいたいとは思ってないよ。喧嘩が嫌なら、本当に最後の最後、アドベンターの代わりだけ務めてくれたらいいよ。……そういう事じゃない気もするけど」
「あー……今回ぶつかるかどうかじゃなくて、普段からいがみ合うなって事じゃないか? 主にあっちの方と……、緊急案件の時はしょうがないってのはユキも理解してる」
 リュウイチがユキの意図を解説する。
「なるほど。いや、別にカラちゃんとしては、アンジェちゃんとは楽しく刀のやり取りをしてるつもりだよ。アオイちゃんの方は……、ほらあれ向こうから向かってくるからさ。まぁでも、するなって言うなら、うん。この件の協力と引き換えには出来ないから、今後は最大限避けるようにはするよ」
「……わかった。どうすれば、いいの……?」
「協力してくれるの? じゃあ、早速、実際にできるか試したいから、こっちに来てくれる? あ、リュウイチ君はどうする? 一応保護者だから様子見についてくる?」
「そうだな……。不明の一端でも解れば報告書にも書けるか。行こう」
「んじゃこっちだよー」
 カラが〝裂け目〟を生成し、三人でどこかへ移動する。
 そこは、見た感じクラン・カラティン本部のどこかのようだった。構造も格納庫に似ている。しかし、たった一体のデウスエクスマキナがただ立っているだけの、その一体のためだけの空間のようだった。
「ザックリ説明すると、ユキちゃんにはこれに乗ってもらいたいんだよね。大丈夫だとは思うけど、乗れるか試してもらってもいい?」
 その黒い巨人を示すカラ。
「適正持ちでないと動かせないって話だが大丈夫なのか……?」
「大丈夫。これに乗れるの、ユキちゃん以外だと、フレイちゃんくらいだから」
 はい、じゃあ座ってー、と、ユキを案内する。
「おっけー、じゃあ、ユキちゃん。目をつぶってみて。多分、目をつぶると、この巨人の見てる視界が見えるはず」
 ユキは目をつぶる。すると、確かに巨人の視界がそこにあった。
 ――別世界の巨大人型兵器のパイロットとしての適正…… ユキは新タイプだったとか報告書に書いたら頭疑われそうだな……
 と、リュウイチがロボットアニメを思い出しながら呟く。
 それに呼応し、機体に赤黒い塗装が追加され、赤黒い霧が周囲を舞う。膨大な風がその霧を払いつつも、確かに霧は周囲を舞い続ける。
 そして、ユキが普段使っているものをそのまま大きくしたような弓が手元に出現する。
「やったね。デウスエクスマキナ・シュヴァルツ。問題なく起動だ」
 カラが笑う。これで、目的を果たせるはずだ!

 

 To be continued…

第4章後編 #X.X.xxxx 決戦前日へ

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