未来へのトリックオアトリート
第五章 #A.A.A.001
「おやおや、随分な歓迎ですね」
安曇が突入してきたラルコースを迎え入れる。
「私はあなた方に投降しますよ。元々、あなた方の元に就く予定だったでしょう?」
安曇がニコニコと笑う。
「あぁ。このポイントに向かえ。そこでアースがお前を拾う」
「御意」
光学迷彩を解除して兵士が現れ、ポイントを伝える。安曇は即座にセラドンに乗り込み、離脱する。
「あいつ、裏切るつもり!?」
「ここは我々が押さえます。お二人はデウスエクスマキナに!」
アオイとイレとサーテが敵兵士を押さえ始める。
「分かった。行くわよ、ソーリア」
「えー、ボクも戦うー」
「デウスエクスマキナに乗ってからね!」
「絶対に格納庫に入れないで!」
デウスエクスマキナは敵の湖中基地を攻撃する中核戦力である。それがここで失われれば、敗北は確定してしまう。それを避けるためには、デウスエクスマキナを操ることのできる魔女二人はデウスエクスマキナに乗り込み、ここを離脱するのが、最も求められる事であった。
「行けるわ!」
乗り込んだプラトが叫ぶ。戦っていた三人が格納庫まで離脱し、サーテが巨大な盾を召喚し、通路をふさぐ。
「プラト!」
「えぇ!」
プラトの乗り込んだ紫水晶の見た目がセラドンへと変化する。そして、歪な五芒星が全てを包む。クランカラティンの格納庫は丸ごとコンテナのようになっており、丸ごとセラドンで離脱が可能なように設計されているのだ。
一方、イシャンはというと……。
「そのまま頭の後ろで組め。妙な動きをしたら即座に射殺してよいと許可が下りている」
ブラスターを向けられ、無抵抗であることを強いられていた。
「分かってるって。この状況で下手な真似はしねぇよ」
「こちらへ来い」
「了解っと。できるなら、もう少し丁重にお願いしたいね」
それでも動じずに動けるのは、流石大物だと言えるかもしれない。そうして、一つの部屋に入る事を求められる。
「本艦フォボスはこれより、急上昇を伴う移動を開始します。艦内要員は何かにつかまってください」
「急いで部屋に入り、何かにつかまれ! 死んでも責任は取らんぞ」
イシャンは言われるがまま部屋に入り、手すりに摑まる。扉が閉まり、ロック情報を閉めるライトが赤く転倒する。直後、大きな揺れがイシャンを襲う。本来であれば、足に磁石を装備した艦内装備に加えて手すりを掴むことで耐える揺れだ。イシャンは危うく失神しかけるところだったが、何とか耐えた。デウスエクスマキナで格闘戦をした時の揺れで慣れていたからかもしれない。
「レッドアラート! 周辺よりレーダー照射、
そして揺れが収まったと思ったらそんな通信が入ってくる。
「おいおい、こんな場所で敵襲かよ?」
と、振り返り、気付く、モニターに明らかに自分に向けたメッセージが表示されていたのだ。
「はじめまして、イシャン。イシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナ。……地球語なら読めると理解しているが、読めるだろうか? 読めるなら、咳ばらいを二回連続でしてほしい」
イシャンは指示に従い咳払いする。
「よかった。私はネオ・アドボカシーボランティアーズのアセスメンター……まぁスパイのようなものだ。あなたと言葉を交わせてうれしく思う」
「先ほどのアースとの通信を聞かせてもらった。君は、世界改変ではなく、物資援助や移住援助によるエンパワメントによる救済を試みたいと主張していた。我々としても、改変ではなく本人たちの動きで事態を何とかできるのならその方がよいと考えている」
イシャンが頷き、それに合わせてモニターが切り替わる。
「今すぐにとはいかないが、なんとか決戦のタイミングに合わせて君を助け出せればと思う。ただし、我々は同時にこの世界のルシフェルも同じように救済されねばならないと考えている。彼らとこの時代の地球人は様々な要因により話し合いの土台すら作れずにいる。しかし、彼らも君たちも同じ知的生命体だ。ある程度のいがみ合いは仕方ないにしても、お互いを滅ぼしあう必要はない。ついては、この事態収束後には、ルシフェルと終戦協定、和平条約を結べるように動いてほしい。この条件に同意してくれるのであれば、我々は君とその仲間を助けるだろう。受け入れてくれるなら、咳ばらいを二回。拒否なら三回。返してほしい」
思わぬ提案に黙り込む。それは復讐を捨てるということだ。それを受け入れていいのか、イシャンはいまだに消化しきれていなかった。だが。
二回咳払いをする。魔女とリブーターの未来を引き受けたのだ。であれば、この世界も可能な限り平和な未来にするのが正しい事だ、と結論付ける事にした。
「君ならそう答えてくれると思っていた。さすが、第三艦隊の護衛艦に名前になっているだけのことはある。では、作戦を簡単に伝える」
モニターに地図が表示される。
「この揚陸艦、フォボスはこの後、アドベンターの神殿の防衛配置につく。攻撃を逃れた君たちの仲間が攻撃を仕掛けてくると予想しているからだ。そして、おそらくその予想通り、君の仲間たちは神殿を攻撃するだろう。そのタイミングであれば、今のように、艦内の警備はやや手薄になる。今の襲撃により、連中の襲撃時の移動コースは大体把握した。君はこのコースを通れば、安全に格納庫まで迎えるはずだ」
地図上に移動経路が表示される。
「格納庫にはセントラルアースの主力航空機、ストラクチアがある。君から見ればとんでもない未来の戦闘機だが、操作系統時代は今とそう変わっていない。せいぜい、HUDの代わりがヘルメットになっているくらいだ。それも西暦のうちに実現している程度の技術にすぎない。実は私は今、パイロットの一人に成り代わっている。本来私が乗るはずの戦闘機は、第一種戦闘配置であっても格納庫の中に存在するはずだ。起動キーは機内に隠しておいた。機体の位置はここだ」
大気圏内の飛行技術は今とそう大差ない。イシャンはHUDすら知らないため、ヘルメットの操作に馴染めるかだけが問題だが、操縦自体に問題がある可能性は低い。
「以上だ。時が来たら、自動で扉を開くようにしてある。それまでしばらく待っていてくれ」
「Are you ready?」
カラスヘッドの目前に青い文字が出現する。
「……OK」
小さく返す。すると扉が開き、そこにいたのはカンタレラだった。
「ほら、杖だ」
「カンタレラ……どういう風の吹き回しだ? あ、ありがとう」
「イシャンの奴がより良い条件を提示してくれてな。俺たちはデウスエクスマキナの格納スペースに向かう。場所はここだ」
杖を受け取りながら事情を聞くカラスヘッド。カンタレラは最低限の指示を伝え、地図を渡す。
「ほう。信じてみるとしよう」
「増えた方のムサシが、「制御に失敗した」って設定で反対側で暴れて、戦闘員を引き付けてる、さっさといってさっさと奪おう」
「了解した。では、急いで向かうか」
一瞬、カラスヘッドはエンジェル達(クラン・カラティン所属のデウスエクスマキナの正規パイロット達のこと)の説得も試みる事が出来ないかを悩んだが、ムサシの陽動がどこまで通用するか分からない以上、最低限の行動を優先した方が良いと判断し、まっすぐにユキの部屋に向かう。
「カラスヘッドだ。ユキはいるか」
「いる、いける」
「よし。すまないリュウイチ、少しユキを借りるぞ」
カラスヘッドがノックをすると、待機していたらしいユキが即座に扉を開けて飛び出す。チラっとリュウイチの方を見たが、
「寝てたか。……仕方ない、行くぞ」
――俺は寝てるし気付かないからな、逃げ出した場面なんて見てねぇ……なんて言い訳が聞けばいいが
リュウイチはじっと寝たふりを続けた。
「来たか。あ、そこにお前の私物が置いてある。ただ、困ったことが起きた」
「なんだ?」
私物を回収しながら尋ねる。
「あれだ」
視線の先にいたのは、カラだった、鼻歌歌いながら刀を弄っている。
「格納スペースをぶらついてる。まるでこっちの思惑を見透かしてるかのようだ」
「カラか……十中八九読めているのだろうな。関わりは薄いがカラはそういうものな気がする」
「だがあやつとてエスパーではない。どこかから漏れてない限り、我々の裏切りなんてわかろうはずもないと思うが……」
ムサシが首を傾げる。
「アビゲイルとかではないのか?」
「あぁ、それはない」
カンタレラが即答する。なぜそう思うのか、と尋ねる暇もなく、カンタレラが指を鳴らし、その姿がアビゲイルへと変化する。
「私がアビゲイルだからね。ちなみに本物はあっち。ふふん、気が付かなかったでしょう? プラトには負けないわ」
自慢げなアビゲイルにカラスヘッドがふらつく。
「本当に魔女として疲れてきたよ」
「そうなると思ったから、せめて信用しやすそうな姿にしてあげたのに」
その様子にやや不服そうに唇を尖らせるアビゲイル。
「今から本物が、毒色に着色した煙玉を投擲して、視界を奪うから、その隙に、なんとしてもデウスエクスマキナを奪いましょう」
「視界を奪うか。カラが本気出せば、全く意味がないように思えるが……。ちなみに範囲はどれくらい?」
「あの格納庫を覆えるくらいね。なら、デウスエクスマキナの奪取は諦めて、違うことをする?」
その時、カラスヘッドの頭に電流が走る。
「天啓来た」
「なに?」
「カラを増やそう。目には目を、カラにはカラだ。統合阻止派、としてのカラを作り出す」
「いいわね、それ。後々の移住も楽になるし。なら、その幻覚は私がやりましょう。「私は統合阻止派、お前を止める」と言わせれば、確実性が高いでしょう」
二人で頷く。
「じゃあ行くわよ。3……2…1」
「はぁ!」
カラの正面に”裂け目”が出現し、カラが姿を現わす。
「力が互角な以上、こっちが有利だよ! 魔女達、急いで!!」
「こ、こんのぉ!」
その間に魔女達がデウスエクスマキナに乗り込んでいく。
「カンタレラはマラカイトに、ウィリアムはスカーレット、ムサシはラファエル、アビゲイルはヴァイオレットを頼む」
「頑張ってね!」
”裂け目”が出現し、デウスエクスマキナが転送されていく。しかし、お互い互角のカラ、片方が他者の転移に時間を費やせば、それは絶好の攻撃機会となる。
「取った!」
「ぐふっ」
基地の外にデウスエクスマキナ達が出現したのを見て、クランカラティン本部に控えていたプラトも行動を開始する。歪な五芒星が出現し、ダンディライオンとセラドンが転送されてくる。セラドンは即座に紫水晶へと見た目を変化する。
「っと、元の姿に戻るシステムが備わってるみたいね。優秀だわ」
「敵襲! 敵襲! 戦闘要員は直ちには位置につけ」
イシャンはそのアナウンスを聞いて、立ち上がる。やがて扉が開く。指示通りに進むと、そこに戦闘機があった。イシャンの時代の物とは全く違うが、それでも揚力や空力を考慮したその形状はどこか似ている。
コックピットを見ると、起動キーとヘルメット、そして「起動キーを差し込んでから、このヘルメットをかぶると、システムが起動する。最後にキャリブレーションがあるから。その時は赤い交点四つを目で追ってくれ」とかかれたメモ。イシャンは指示の通り、機動キーを差し込み、ヘルメットを被る。様々なシステムの起動を通知する表示のあと、キャリブレーションが発生し、通常画面が起動する。
「なるほど。こいつは便利なもんだ」
見慣れない画面に5分ほど困惑するが、普段モニターの内容が視界に表示されているのだと理解し、頷き、指示された周波数を設定する。
「せよ。繰り返す。こちらはネオアドボラのハート・ワン。聞こえていれば応答せよ。繰り返す、こちらはネオアドボラ所属のハート・ワン。聞こえていれば……」
と繰り返し声が聞こえる。
「こちら、異界の協力者。良好だ。どうぞ」
「つながったか。こちらはネオアドボラのハート・ワン。第三艦隊航空機部隊の管制を担っている。まぁ、君らの
「了解。こちら、イシャ……”サード・カヴァーチャ”。あらためて、お助けいただき感謝する。さっそくだが、発艦のオペレートをお願いできるかな?」
名前を名乗るか悩んだが、セントラルアースに傍受されている可能性を考えると、コールサインを名乗る方が良いと判断し、先程のスパイが「第三艦隊の護衛艦」と自分について言っていたのを思い出し、「サード・カヴァーチャ」を名乗る。カヴァーチャは『マハーバーラタ』に登場する英雄カルナが太陽神スーリアから与えられた鎧の名前である。天の武器でさえその鎧を貫くことは出来なかった、と言われている。
「あぁ。お会いできて光栄だ。カタパルトまで自動誘導を開始する。その間に質問などあれば聞こう」
[Auto Pilot]の表示がヘルメットに出現し、機体が移動を始める。
「発艦後、こちらはどうすれば良い? 特に指示が無ければこのまま神殿に向かい、仲間の援護に回りたいが、命を助けられてるからな。可能な範囲でそちらに協力したい」
「むしろこちらが君に協力する形を取りたいと考えている。そちらから欲しい支援があれば、可能な限り行う。もちろん、何もなくても、その機体に乗っている限りは戦場全体を精査し、空中管制を行わせてもらう」
「では、当初通り、このままアドベンターの神殿に向かい、統合阻止のために向かった仲間に合流する」
「了解。レーダー上の表示はそれに合う形で調整させてもらう。
「
機体がガコンと揺れ、止まる。
「サード・カヴァーチャ、発艦を許可する。そのカタパルトはこの時代にはまだない電磁式だが仕組みは蒸気式と同じだ。スロットルも今の時代と同じ、左手だ」
「わかった。勝手が同じならこっちのもんだ。発進する!」
イシャンは一度フォレスタル級航空母艦サラトガから発艦した事があるので、全く問題は無かった。スロットルレバーを奥に倒し、カタパルトが起動する。
「サード・カヴァーチャの発艦を確認。サード・カヴァーチャ、
「さて、お前さんの走り、見せてくれよ」
「これより、戦闘管制に移る。3時の方向より
「了解、ピジョン・ワン、
側面から接近するストラクチアを鳩のエンブレムの機体が破壊する。
「パパラチアに乗ろうかと考えていたが……雪、何か知らないか? 別の保管庫やデウスエクスマキナが置かれている場所など」
格納庫にパパラチアが無い事に気付くカラスヘッド。そういえば神殿の地下に、と言う話を聞いた、と思い出す。
「……ある、他の。……『呼ぶ』?」
「呼ぶ?……何かあるということだな。できればそれに乗せて貰いたい、定員オーバーだし、魔女は疲れた」
「大丈夫……次は乱さない……。戦える、から……」
ユキはその言葉に頷く。そして、そこに、赤黒い機体、デウスエクスマキナ・シュヴァルツ・ユキが出現する。
「これは……」
赤黒い霧が周囲を満たしてくその異常な光景に意識を奪われるカラスヘッド。
「いや、今は乗るときだな」
カラスヘッドとユキがシュヴァルツ・ユキに乗り込む。赤黒い霧が機体に集中し、格納庫から消滅し、基地の外延部に赤黒い霧と共に出現する。
そして、赤黒い霧は機体の内部、カラスヘッドにもまとわりついていく。
「な……んだ、これ……は……」
霧がカラスヘッドの内部に侵入し、カラスヘッドを内部から「作り変えて」行く。カラスヘッドは理解する。自分はもはや「恐怖」の魔女ではない、異なる属性に自身が変質したのだ、と。そして、不愉快な音がその耳に聞こえてくる。
「ぐうぅ、他のデウスエクスマキナから……? 雪、君には聞こえているか? この、ノイズ音。スカーレットやマラカイトから聞こえるこれが……」
それはずっとユキが感じていた抑圧していた「憎悪」。生まれた時から感じ続けていた事である程度の慣れによりシュヴァルツ・ユキに増幅されていてなお抑圧できていたユキに対し、カラスヘッドはこれが初めて。その意識が憎悪に染まっていく。ユキもその強すぎる意識に、自身の意識を奪われる。シュヴァルツ・ユキが暴走する。弓に加え、カラスヘッドの「脅威の武器」のイメージ、触手が背中から何本も生える。その攻撃の対象は、味方であるはずのデウスエクスマキナ達。
「サード・カヴァーチャ、デウスエクスマキナ同士の交戦を検知。片方が6、もう片方が1、6の方がセントラルアースのストラクチアとも交戦中。状況から6を友軍、1を敵と識別して構わないか?」
「了解した。全部のデウスエクスマキナを取り戻せなかったのかもしれないしな。敵と識別してくれ」
「了解。当該デウスエクスマキナを敵と判定。現在、戦闘エリア上に展開している敵は、セントラルアース艦載機部隊・多数、敵デウスエクスマキナ・1、以上の模様」
「デウスエクスマキナの数じゃこっちが上か。敵に回ったデウスエクスマキナは何だ?」
「モニターに表示」
見るとそれはシュヴァルツによく似てはいるが、触手と赤黒い霧で異形とかしたそれは、もはや異形の何かとしか認識できない。
「例の秘密兵器か……。戦況は?」
「こちらカンタレラ。マラカイトに乗っている。ウィリアムはスカーレット、ムサシはラファエル、アビゲイルはヴァイオレットだ。そしてカラスヘッドとユキはユキの呼んだデウスエクスマキナに乗ったんだが、どういうわけか、あの通りだ」
「ユキとカラスの旦那が…? どうなってやがる。ここにきて裏切り? いや、ねぇな」
「あの通り、なんてもんじゃないわよ。こいつらが持ってるはずの神性防御とやらが全然働いてない。あのSF連中の攻撃が普通に効いてる! こいつで無双出来ると思ったのに!」
アビゲイルが悔しそうに声を上げる。
「どういうことだ!? まずいな……」
イシャンは一瞬考えこみ、
「みんな、頼みがある。今から俺が通信で喋る言葉を、通信回線や、スピーカー、何でもいい、出来る限りの手段を使って可能な限りあたり全体に広げてくれないか? そいつを使って、俺からカラに交渉を持ち掛けたい」
「それは厳しんじゃないかしら。今、カラは、カラと戦うので忙しいから」
一つの手を思いつくが、アビゲイルに否定される。イシャンにとっては意味不明な話だ。
「カラとカラが? どういうことだ?」
「どういうわけか、我々が裏切り交渉を受けているのがばれていてな。カラが警備についていたのだ。そこで、アビゲイルとカラスヘッドで協力して、世界改変を阻止してイシャンの案に賛成派のカラを生み出したのだ」
「カラを増やしたのか! 思い切った手を」
「良い手でしょう? 今後の移住や物資支給の手助けになってくれるわ」
自分の案でもないのに、アビゲイルは自慢げだ。
「ハート・ワン、戦況分析の結果を聞かせてくれないか?」
「情報分析の結果を伝える。現状、その敵性デウスエクスマキナが優勢であるにも関わらず、戦力はセントラルアースのものに限られている。本来であれば対デウスエクスマキナに有効な戦力であるはずの御使いやルシフェル、ロキといった戦力がいるにも関わらずだ。そして友軍デウスエクスマキナが神性防御を失っていることから判断し、その敵性デウスエクスマキナは神性に対する一種のアンチ的な能力を持っていると推測される。先ほどから攻撃にも使っている赤黒い霧がそれである可能性が高い。エヴァンジェリンの戦力のほとんどが神性に由来する存在によって構成されていることを考えると、あのデウスエクスマキナは敵勢力の所属とも考えにくい。また、敵性デウスエクスマキナの行動理念は極めて単純で、目の前のデウスエクスマキナをひたすら攻撃しているように見える。以上から、その敵デウスエクスマキナは神性を無効化能力を持った第三勢力のデウスエクスマキナと思われる」
「それは良い情報だな」
それを聞き、アンリが通信に加わる。
「アンリ、何か妙案があるのか?」
「あの神殿を動かしているエネルギー源もまた神性エネルギーとみられる。あの第三勢力のデウスエクスマキナをうまく誘導し、あの神殿の神性を無効化させれば、奴らの計画をその分だけ止めることができるだろう」
「なるほどな。なら、俺に良い考えがある」
「俺とピジョン隊の火器、それにスカーレットのゲイボルグと、アンバーのヴァジュラでドームの一点に集中砲火して、ドームに穴を空ける。その穴から俺のストラクチアが侵入。その後、ストラクチアの視界を借りて安曇のヨグソトス回廊で今神殿の周りにいるデウスエクスマキナを全機ドームの中に転移させてくれ」
「あぁ。残念なお知らせがある。安曇はセントラルアース側についた」
それは悪くない案であったが、アンリはその案の欠陥を伝える。
「安曇が!? うっかりしてたな。なら、どうやってここに紫水晶とダンディライオンを連れてきたんだ?」
「私が安曇に姿を変えて使ったのよ。言っておくけど、今は無理よ。今姿を変えて……なんてしてたら、先にアイツに食い殺されるわ」
プラトが回答する。
「なら、デウスエクスマキナ各機はシュヴァルツと戦いながら神殿へ向かって移動して奴を神殿に誘導。アル達チパランド組はトブで合流し、エヴァンジェリン側が神性戦力を出してきたらこれに対処。俺とピジョン隊はアースのストラクチアやラルコースの相手をして、デウスエクスマキナ各機およびトブの作戦行動を支援」
「作戦了解」
「全員、神殿の方に下がりつつ叩くわよ。触手の薙ぎ払いに注意」
「む、なんでアビーが仕切ってんのさ」
「まぁ、今の魔女達の中では一番リーダーに向いているのは確かよ。どうせなら、もっと個別に命令してもいいのよ?」
「そう? なら、ソーリアは炎で敵を牽制、一番後ろからよ、確実に神殿に向かいなさい。ムサシとカンタレラは私と一緒に一番前衛で防御を担当して。プラトとウィリアムはその後ろから槍を使って攻撃を担当しなさい」
アビゲイルが指示を飛ばす。イシャンはそれを聞き、指示はアビゲイルに一任してよさそうだと判断する。そして、
「アンリ、フレイのパワーアップってのは、やっぱり神性に由来する力なのか?」
「そうだな。神性に由来する可能性が高い。あの神性無効化能力とどっちが上かはやってみるまで分からないが」
「分かった。シュヴァルツが居る以上、慎重に動かしたいが、シュヴァルツやロキ達との戦い次第ではいつでも出撃できるよう備えておいてくれ」
「了解。まぁ、残ってるアンバーに乗せるよりは確実に戦力になるから、そこは期待していてくれ」
そのまま作戦
「湖面上にエルダーサイン! 熱源複数。デウスエクスマキナに匹敵する巨人だ」
「一体なんだ!?」
「鮮紅色の目、紫だか緑だかの煙や雲のような体。……あれは、ハスターの眷属、イタクァか」
「安曇のクリーチャーか? 厄介なことを」
イタクァと呼ばれた怪物は恐ろしい速さでデウスエクスマキナに迫る。しかし、シュヴァルツ・ユキ&カラスヘッドの宿主が彼らの体を貫通し、さらに触手の先端から咢が出現し、内側から食い荒らす。
「ありえん。基本的に宇宙的邪神は一般的な反神性の手法では神性を無効化できない。なのに、あの触手、いともたやすくイタクァの神性を貫通した?」
「詳しくは分からないが、常外の反神性能力ってことか」
「あぁ。誰が用意したのか知らないが、あんな力、何に使うつもりだったんだ……」
「デウスエクスマキナを倒すためのデウスエクスマキナ、なのかもな……ただの勘だが」
「対デウスエクスマキナ特化のデウスエクスマキナか。セラドンがいる以上、宇宙的邪神に通用するのも納得だが……」
アンリがその光景に驚愕する。
「考察は後だ。俺も敵飛行戦力の対処に向かう」
「サード・カヴァーチャ、空中戦に臨むなら、俺と
「了解した。前衛を務めるぜ」
「くぅ……」
「手こずっちゃったな。こっちが押されてる。仕方ない。反世界のカラちゃん、来てくれてありがとね、おかげで、まだ手がある」
「まさか!」
カラが”裂け目”を展開する。
”裂け目”からスカーレット、マラカイト、ヴァイオレット、ラファエルが出現する。つまり、この四機はこの世界に二体存在する事になる。
「これで形勢逆転ね!」
「くっ……」
傷を負って倒れた方のカラが、小さな”裂け目”で口を直接、イシャンの傍に転移させ、声をかける。
「イシャン、イシャン? ……状況は聞いてる? 味方の方のカラちゃんだよ」
出来るだけ、こちらの不調は悟られないように明るく。
「あんたが、カラスの旦那の魔法で現れたって言う方のカラか?」
「そう。で、時間が、ないから、すごく簡単に、言うけど、今現れた四機は、そのシュヴァルツの反神性の……霧の、効果が、ないの」
「そうなのか!? 分かった。難しい理屈をあれこれ尋ねるのは俺の性分じゃねぇ。4機をシュヴァルツの誘導に向けてくれないか?」
イシャンは、それを増援の報告と受け取り喜ぶ、が。四体のデウスエクスマキナは味方のデウスエクスマキナに攻撃を始める。
「違う、あの四機は、向こうのカラちゃんが呼んだもの、敵だよ……。」
「それでね、このままだと、神性がない分、こっちのデウスエクスマキナ部隊が不利になる。だけど、そのシュヴァルツは神殿を破壊する切り札にもなりうる。だから、私があいつを戦場から除外するか、不利は承知でこのまま戦うか。選んでほしいの」
イシャンはその選択に逡巡し。
「分かった。ならあいつを戦場から除外してくれ」
「分かったよ!」
イシャンの選択にカラは応じ、シュヴァルツがどこかへと消え去る。
「死にぞこないカラちゃんがっ! オーバー・ザ・レインボー」
「しまっ」
「おい、カラ、カラ?」
しかし、何度呼んでも返事は無かった。
「再びエルダーサイン出現。イタクァだ」
「ち、簡単には行かせてくれねぇか」
「これはちょっとまずいわよ……」
アビゲイルが流石に少し弱気な見解を示す。
「こっちの攻撃が十分に通用してない。敵の神性防御を貫けてないわ」
「例の霧の効果がまだ利いてるのか」
「どういうことだ、ハート・ワン。黒い霧はまだ残っているのか?」
「いや、こちらで得ている観測値では先ほどまでの霧が持っていたエネルギー場はすべて消失している。霧が残存しているわけではない」
「あれは浴びている間だけ神性を無効化するような生易しいものではなく、長期的、あるいは永続的に神性を奪う力を持っている、ということか……」
アンリがその恐ろしい性質に驚愕する。
「上空より熱源確認、……ルシフェルだ」
「ここで来やがったか!?」
「ソーリアの炎の魔法はどうだ? デウスエクスマキナに乗ったままでも使えるんだろう?」
「使えるけど、やっぱりあんまり効いてないなー」
四本の腕から連続して炎が飛び出ていく。しかし、それはルシフェルやデウスエクスマキナ、イタクァの持つ神性防御を破るには至らない。
「さらにルシフェルの増援。先に降下しつつあるルシフェルに攻撃を仕掛けている。ルシフェルの内部も大分荒れているようだな」
「よし、ならルシフェルの相手はルシフェルに任せよう」
イシャンはそれを聞き、こちらに味方しているように見えるルシフェルらを信用する事にした。
「ひとつ良い手を思いついたわ。私しかできないけど」
「なんだ? 聞かせてくれ」
「私があの敵デウスエクスマキナのどれかの姿に変身すればいいのよ」
「なるほど。上手くすれば神性ごと変身できるかも知れないってわけか」
プラトは提案する。
「サード・カヴァーチャ、ここからどうする? 我々の勝利条件はなんだ?」
ハート・ワンはイシャンに根本的な問いかけをする。勝利条件の選定を間違えると、失敗する、それはアース攻略作戦で学んだことだった。
「俺達が勝利する、即ち統合阻止のためには、神殿を破壊するか、その中にいるアドベンターを倒す必要がある。だが、あの大きさだ、神殿の破壊は難しいだろう。なら、内部に入るしかない。…………まてよ。プラト、お前さん、パパラチアに変身できるか? ブラフマーストラ付きで」
「出来るわ」
「了解。なら、スカーレットの姿で敵を排除したあと、パパラチアに変身してブラフマーストラで神殿を破壊してくれ。他はプラトの護衛と援護だ」
「作戦は了解したわ。けど、神性防御がない以上、あの四機から守るのは難しいわよ」
アビゲイルがそれに理解を示しつつ、反論する。
「そこは……フレイに動いてもらうか」
「了解、準備を始める」
アンリが応じる。
「ちなみに、アビゲイル、敵方のデウスエクスマキナにお前さんの魔法はかけられそうか?」
「そうね、どの程度効くのかは分からないけど、使う事は出来そう」
イシャンはなるほど、と頷く。どういう理屈か分からないが、デウスエクスマキナに乗っている魔女はデウスエクスマキナとそのエンジェルを「人」と認識して魔法の対象に出来るらしい。
「なら、敵の目を潰したり、敵味方を誤認させたりできないか?」
「方法が難しいわね。視界を潰すくらいの幻覚はさすがに難しいし、敵味方の誤認も。あの4体がどうやって敵味方を識別しているのか分からないことには……」
「なら、こっちのデウスエクスマキナを全部パパラチアに見せかけられないか?」
「いいわね、それ、やるわ!」
そして、紫水晶がスカーレットに変身し、ゲイボルグを放って周囲のイタクァを撃破する。続いて、パパラチアに変身する。
パドマがブラフマーストラに装填される。
「敵デウスエクスマキナ三機が妨害に行動。なんだ……あの緑色のデウスエクスマキナだけ、神殿の方に向かっているぞ」
「まずい! マラカイトがビームを反射するつもりだ! アル、撃破できないか?」
「効くとは思うけど、倒すのは難しいと思う」
「分かった。なら、マラカイトへの対処はフレイに委ねよう。移動に自由の利くトブはフレイがこっちに合流次第、フレイの援護。俺とピジョン隊も同行する。他のデウスエクスマキナはプラトの護衛だ」
「ということは、使うんだな?」
「ああ。頼む……」
「分かった。少し待て」
「フレイちょっといいか?」
アンリがフレイの部屋をノックする。
「フレイ、君に戦うつもりはあるか?」
「ある、けど、ヴァーミリオンは……」
「もし、出来るとしたら?」
「出来るの?」
「あぁ。ヴァーミリオンも、お前自身も、今以上の力を出せるだろう。このポシビリーストーンがあれば、な」
アンリが真っ赤に光る小さな宝石をポケットから取り出す。
「なら!」
「ただし、この力を使えば、代償が伴う。少なくとも半年は動けなくなるだろう、お前も、ヴァーミリオンもな。動けなくなるだけじゃない、途方もない苦痛も伴う。それ以外にも支払わされるかもな。それでも、戦うか?」
「もちろん、だって、今声をかけてきたってことは、今、必要なんでしょう?」
「そうか。なら、使うがいい。この石を飲み込め」
アンリの錬金術とは、可能性の操作だと言った。そしてアンリは可能性を蓄え、一気に放出する事さえ可能だ。ならば、それを人間に使えばどうなる? 人間の可能性とは、すなわち、その人間の生きる先にある最終形。それはすなわち、「やがて辿り着くその人間の最終形態を先取りできる」、という事に他ならない。これがアンリの持つ奥の手。疑似的な未来の召喚である。
ビヴロフトが基地の上空に出現する。そこから現れたのはヴァーミリオン、否、黒いボディに色とりどりのラインの入った、未知のデウスエクスマキナ。
「ここは……? そうか、貸しを返す時が来たのか」
見知らぬデウスエクスマキナの中で、フレイは目覚める。フレイはすべて覚えている。だから、自分がなぜここにいるかもすぐに理解する。
銀朱色の翼をはためかせ、パパラチアに迫る三機のデウスエクスマキナとの間に割り込む。ひときわ強い神性が赤く輝く剣が、敵のデウスエクスマキナの接近に牽制する。
「イシャンさん。私はどうしたらいい? メイヴさんたち三機の相手? それとも、あっちの美琴さんの相手?」
「マラカイトの対処に向かってくれ。俺とアルも援護する。メイブたちの相手は、こっちのデウスエクスマキナに任せる」
「了解。けど、援護はいいよ、トブはメイヴさんたちの相手をさせて」
あっさりと、フレイは言ってのける。
――そんだけ自信があるってことか!?
「了解。なら、俺とピジョン隊、トブもプラトの護衛だ」
イシャンは驚愕するが、それを信じ、指示を訂正する。
「さて、私も早くこの貸しを返して、デミデウスとの戦いに戻らないと」
一気にマラカイトの上空まで飛翔する。
「ミョルニム!」
フレイの声に応じて、銀朱色のラインが強く煌めき、手元に巨大な槌が出現する。
「!! アイツを使いこなせるってのか!!?」
イシャンが三度驚く。戦闘データで見たが、フレイはあの武器を使えなかったはずだ。
「ごめん、美琴さん。もう、以前のように負けないよ」
フレイのデウスエクスマキナが槌を天に振り上げる。槌のヘッドの部分から膨大な雷が溢れ、より巨大な雷のハンマーへと変貌する。
それが上空から投擲され、マラカイトを飲み込む。
「殺すわけにはいかない。こっちの私を、頼まないといけないから。ゲイ・ジャルグ」
紫色のラインが煌めき、赤い槍が出現する。そのまま、赤い槍で雷を打ち消しながら、マラカイトを串刺しにして雷のエリアから放り出す。
「こっちはやったよ、撃って、イシャンさん」
「すげぇ……圧倒的じゃねぇか。了解! プラト、頼む!」
「了解。行くわよ!」
ブラフマーストラからピンク色の極太のビームが放たれ、外壁を焼き切り、奥へ進んでいく。
「救助……まぁ、大丈夫か、だよね、パパラチア」
フレイの言葉に呼応するように、地下からパドマが飛び出し、神殿内の人間を保護する。
「上手くやってくれたか。さすが相棒だぜ」
そして、偽パパラチアのブラフマーストラ照射が終わり、パドマがバチンとはじけ飛ぶ。「っと、このままだとナノマシンで死んじゃうね」
パドマが守った区画をフレイが一つにまとめ、湖の湾岸に置く。イレやサーテ達白兵戦闘員がその場を制圧する。
「次は、このままじゃ沈んじゃう、パパラチアを引き上げないといけないと、そうだ! これを試したかったんだった! ちょうどいいや! ×××の杖」
白いラインが煌めき、蛇の意匠がついた杖が出現し、水が二つに割れる。
「イシャンさん、こっちに、あなたがのってくれた方が手っ取り早いから」
緑のラインが煌めき、縄でくくられた岩が手の中に出現する。それを振ると、イシャンのストラクチアがパパラチアの腕の中に勝手に飛んでいく。
イシャンは、ただただそのフレイの行動のレパートリーの多さにあっけにとられながら、ひとりでに開いたパパラチアの中に入る。
「さて、と。私はここまでかな。久しぶりにみんなに会えてうれしかったよ、じゃあね」
「フレイ……、ありがとうよ」
そして、フレイのデウスエクスマキナが掻き消え、イシャンの座席の後ろに意識を失ったフレイが現れる。
「こっちの世界のフレイに戻ったか。さて、いくか、相棒!」
パパラチアはガルーダの翼を呼び出して飛翔する。
「カラ組のほとんどと、エヴァンジェリン側に残ったアビゲイルの仲間たちを確認しました。投降するとのことです」
「了解。よくやってくれた、イレ」
「アンタがエヴァンジェリン一党のリーダーか? イシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナだ」
そして、クランカラティン本部の会議室で、最後の会合が始まる。
「私はRB-07-1124-014M。皆からはリーダーと呼ばれています。もう、その名前にも意味はありませんが」
「色々と手間を掛けさせて申し訳なかったな。とりあえず、あんたらの世界統合は阻止した。それで改めて、俺達の方法でリブーターを助ける手助けをしてほしい」
「聞きましょう。ほかに選択肢はないですし」
イシャンは説明する。A.D.2032年世界の魔女をこの世界に移民させ助ける事、P.G.W.50年世界のリブーターの世界には物資支援を行う事。そしてその為には、指針となるアイテムが必要で、それは是非リーダーであるあなたに渡したいのだ、という事。
「そう、ですか。私の死後、世界は救われるかもしれないのですね。なら。よかった。でしたらその指針は、リリィという管理局のリブーターにでも渡してあげてください」
「”私の死後”? どういうことだ?」
「本当の耐久年数の限界なんだ。これまでずっと無理に動かしてきたが、もうあと一日くらいしか猶予がないんだよ」
「はい。明日、10月31日には、私の機械仕掛けの首輪はその機能を停止し、私は死ぬのです」
イシャンの問いに、ノエルが答え、リーダーが頷く。
「お前さんでも処置なしってことか?」
「どれだけ優れた技師でもいつまでも同じ機械を使い続けることはできないだろう? ハーネスも同じだ。文字通り寿命が来たら、それ以上はどうしようもない」
「なんてこった。せっかくここまで来たっていうのにな……」
「良いのです。私の計画は失敗しましたが、死ぬより前に二度と私のような存在が生まれない世界を作る可能性を生み出すことができた。私の行いが無駄でなかったというのなら、安心です。それに、悲しんでくれるのなら覚えておいてください。私達リブーターは、リブーターとして生まれ落ちた時点で、20年もすれば体が腐るのも止められなくなり、避けられない死の前にしか絶望するしかない存在なのだ、ということを」
イシャンがそれに頷くと、その直後、激しい振動が”世界”を襲う。
「空間そのものが振動してる。リーダーが世界改変をあきらめたことで、アドベンターとの契約が消え、世界が元に戻ろうとしているんだ」
アンリが素早く状況を把握し、説明する。
「となると、みんな元の世界に戻るわけか」
少しずつ、全員が薄くなっていく。
「リュウイチさん、こちら、約束の品です」
「ああ、妖精銃か これで俺の仕事は守られた訳だな…… いやよかった」
リーダーがリュウイチに妖精銃の箱を渡す。
「アンリ、リリィに指針は渡したか?」
「はい。これですよね、受け取りました」
「よし。お互いの世界、まだまだ色々あるだろうが、本番はここからだ。力を貸してくれ」
魔女と、リブーターと、アジャスターと、そしてエンジェルがお互いに視線を交わし、頷く。
やがて、全員の視界が真っ白に染まって、意識はそこで途絶える。
《?????》
ユキは紫の壁で覆われた空間で目を覚ます。
「さて、厄介なものを預かってしまった」
赤い瞳の男が、まっすぐにこちらを見つめていた。
「とりあえず、そちらのお嬢さん、ユキといったかな。初めまして、とりあえず、君は、特に憎しみにとらわれてはいないように見えるが、どうかな?
「誰……? 戻らなきゃ……、手紙の通り、に……。何処? 黒い人、は……? 黒い、大きいのは……?」
ユキがきょろきょろと周囲を見回す。
「あぁ。あそこにあるよ。だが、君はあれには乗ってはいけない。もう一度アレに乗れば、おそらく今度は戻っては来れない。君の母親であるミコトや姉のアオイとも戦わないとならなくなる。それでもいいなら、乗ってもいいが。カラスヘッドならそこで寝転んでいるよ。申し訳ないが、彼にはまた個別に尋ねなくてはならなくてね。もうしばらく寝かせてあげてくれないか?」
男は説明する。
「手伝って、持って帰らないと……、そう、言われたの……。戦う……? それは、だめで……、でもお願い、されて……?」
ユキは指示と現実の間に判断に迷う。男は悩んだ末、結論を出す。
「なるほど。なら、仕方ないな。とりあえず、聞いてくるといい。それでなお乗りたくなったら、呼べばいい」
ユキの足元に扉が出現し、開く。ユキは混乱した心境のまま、ただ落ちていく。
「いいの? あの〝呪い〟を放置して」
青い瞳の少女が問いかける。
「良くはない、が。中島の手の内にある娘だ。案外、そのうち浄化されることもあるかもしれないしな」
赤い瞳の男は笑って、そう答える。
「さて、起きるといい、カラスヘッド」
赤い瞳の男は、次はカラスヘッドを起こす。
「うっ……うん? ……まだ消えてないか」
ノイズこそないが、憎悪はまだ続いていた。
「君に尋ねる。君には二つ選択肢がある、一つは元の世界に戻ること、もう一つは当てもない旅に出ること。ただし、元の世界に戻る場合は、もうそこから別の世界に行くことはできないし、旅に出る場合も君の知っている世界に今後たどり着くことはない」
「その呪いをユキちゃんくらいに制御できるようになったら、別だけどね」
赤い瞳の男と青い人の女が語り掛ける。
「君は誰だ。あの黒いデウスエクスマキナはどうなった」
「私はムゲン。そして、シュヴァルツはそこにある」
「ムゲンか。ふむ、何かまた妙なの、今の僕では理解が及ばぬ領域ということは理解した。だから、僕はただその問いに答えるとしよう。僕は元の世界に帰りたい。こんな、異世界旅行、もうごめんだからね」
「では、右の扉を進むといい。もう二度と君が迷わないことを祈っている」
「その言葉に従い進むとしよう。さて、どうしようか、恐怖屋は廃業だな」
カラスヘッドが扉の向こうに消え、ぱたりと閉じる。
「おい、こんなでっかいもん、どうするんだよ、これから」
壁の向こうから現れた茶色の瞳の男が言う。
「俺に聞くな。カラが引き取りに来るのに期待しよう」
《A.D.2016》
「確かに、押収した妖精銃全てだな。任務完了だ。お疲れ様」
妖精銃の担当、マモルがリュウイチの持ち込んだ銃を確認し、頷く。
「宮内庁の方にはこちらから報告をしておくから、今日はこのまま帰宅して構わない。ところで、ユキはどうした?」
「アオイに手紙を貰ってそっちと共に行動してるはずだ。手紙の内容は……脅されたから見てないし知らないが」
「そうか。じゃあアオイに聞いてみるかな。……と、電話だ」
リュウイチの返答になるほど、とマモルは頷く。アオイとリュウイチだと、リュウイチが先輩で、アオイが後輩の立場であり、アオイに指揮権は当然無いが、アオイは中島家の人間であることもあり、中島家同士になるとアオイに有線判断権があると判断される事もある。ましてアオイとユキは姉妹であり、ユキは判断を外部に委ねがちなのでなおさらだ。マモルもそれを理解しているから、リュウイチの監督不行き届きだとは責めない。
そこに電話がかかってくる。相手は彼の妻、ミコトであった。ユキとアオイの母でもある。
「……はぁ? あぁ、そうか。分かったよ」
電話に出るなる怪訝な顔をしつつ、直ぐに頷いて、電話を切る。そして、リュウイチに向き直る。
「よくわからないが、ユキはミコトのところに突然現れたらしい。ま、お疲れさん。ユキの力は宮内庁でもまだよくわかってないらしいから、面倒見るのは大変だと思うが、これからも頼むぞ」
肩をぽん、と叩き、部下のコウキと共に妖精銃の箱を運んでいく。
「……仕事は絶対にこなすっていう評価は良い事ばかりじゃねぇなぁ……。かといって新人に押し付けて何かあっても中島家に絞られるだろうし……。まぁいい、帰ってのんびりするか」
ミコトの部屋に突如光が溢れ、ユキが落ちてくる。ミコトは少し驚きつつ、優しくユキを抱きとめる。
「ユキ……。どうしたのですか、こんなところで」
「? ……? おかあ、さん……? お姉ちゃんのお願い、やらないと……。黒いの、あれ……? どこ……」
ユキはきょろきょろと周囲を見渡す。
「あら、アオイから何か頼まれていたのですか? それにしてもとてもボロボロですよ。アオイには私から言っておきますから、今日はもうお休みにしてはどうですか」
「だいじょう、ぶ……? もう、あれはいらない……? 怖い、思いしなくて、いい……?」
「えぇ。大丈夫ですよ」
震えるユキを抱きしめて優しくなでてから、手を引っ張る。
「さて、ちょうどお風呂の準備が出来ているようです、お風呂にしましょう」
「怖かっ、た……。もう、乗らなくて、いい……」
「よしよし」
部屋を出てお風呂場に向かう。
「あ、そのお風呂はうちが入ろうと……」
妹のアスカがそれを止めようとするが、
「はいはい。ユキが先ですよー」
「ちょ、うちも、今潜水艦勤務からようやく……。はぁ、しゃーないか」
ミコトのごり押しにアスカも諦める。
《A.D.1961》
「ミユキやネオアドボカシーボランティアーズは、ルシフェルと和平交渉に入れる可能性を提案した。私たちはこれまで通り、ルシフェルと戦いつつ、なんとか対話できるようになる方法を模索する必要がある」
メイヴが全員に改めてその方針を通知する。
「ネオ・アドボカシーボランティアーズの残していった翻訳機、それからP.G.W.50年世界にはアドベンターの言語情報もあるはずです、外世界との交流はルシフェルとの和解の一歩にもなるでしょう」
外世界との折衝を任せられているメドラウドが頷く。
「その件だが、先日、ついに次元掘削機の二号機が完成した。さっそくP.G.W.50年世界と接続するテストをしたい。許可を求む」
アンリが見計らったように会議室に入ってくる。
「もちろん。許可するわ。イシャンはアンリについて護衛を」
「了解。じゃあ、行こうぜ、アンリ」
「あ、待って、戦闘要員としてムサシと、不測の事態に備えてプラトも」
「承知した」
「えぇ、分かったわ」
イシャンにプラトとムサシが続く。
「えぇ~、ボクは~~」
「ダメよ、あなたにはもっとその力を使いこなしてもらうって言ったでしょう。その力はこの世界のエネルギー問題解決の糸口にもなりうるんだから」
自分も付いていきたいソーリアをアビゲイルががっちり掴んで離さない。
「あ、イシャン、聞いた? エレナの魔法パフォーマンスショーの第一回の開催が決まったらしいわよ。さっき市街で宣伝してきたけど、みんな楽しみにしてるみたい」
「おお、そいつは朗報だな。俺も楽しみにしてるぜ」
道中、アリスが声をかけてくる。イシャンはそれに答える。ずっと「使命」のことを考えてきたエレナが解放され、ついに夢を叶えるのだ。嬉しくないわけがない。きっと多くの魔女が駆け付けるだろう。そしてそれはサンフランシスコの人々にも笑顔を届けるだろう。
「アリスか? 例の魔女海賊団の目撃証言よ、検分に行くぞ」
「分かりました」
アリスの通信機にウィリアムから通信が入る。来訪した魔女全員が必ずしも協力的なわけでは無かった。クランカラティンも多すぎる魔女は許容できない以上、エレナのように組織を離れることを認めてはいるが、それは同時に「魔法犯罪」と言うべき新たな犯罪も生み出した。クランカラティン内に設置された魔女犯罪対策部門のアリス達は日夜その対処に追われている。
それでも、ずっと魔女狩りに追われる世界よりは何倍も良い世界には違いないのだ。
《A.D.2032》
ホテルに戻ったカラスヘッドは、自身が一人である事を理解した。当然だ、ほぼ全ての魔女はA.D.1961年世界に逃れたのだから。
やがて、ホテルを囲う気配を感じる。魔女狩りだ。それに何故か、少しノイズ音を感じる。カラスヘッドは素早く判断し、逃走を図る。魔女狩りは基本的にオーグギアに頼って追跡を行うため、オーグギアを回避するように逃げれば、包囲網の割に逃げやすい、はずだったが、今回の魔女狩りはやけにしつこく、気が付けば、行き止まりへと追い詰められてしまう。恐怖の魔法を使えないカラスヘッドは、既に打つ手がない。
「魔女カラスヘッド、お前の力は我々の目的に非常に有用だ。我々の〝仲間〟に下るのであれば、命は助けよう、どうだ?」
魔女狩り達の包囲を割って、おおよそ現代に似つかわしくない、まるでファンタジー世界の住民のような装束の男が現れる。魔女狩り達は男に跪く。
「君は?」
「私か? ……そうだな……。ギルガメス、と呼んでくれ。まぁ私の名前など、どうでもいいだろう。答えを聞かせてくれ。ちなみに、私にかかれば本当は魔女ではない存在を魔女として焼くこともたやすいということは理解しておいてもらえると助かるね」
「それは僕の協力者は保証されるかい? 質問が多くて申し訳がないが」
「もちろん。君の協力は我々にとって強く必要なものだ。このような脅しじみた手段以外で協力してほしい。君が命を保証してほしい存在がいるというのなら、可能な限り、我々が配慮しよう。我々はこのユグドラシルシティに踏み込み、魔女狩りを従える程度には〝世界〟を掌握しているのでね」
ギルガメスは冷めた笑みを崩さず、話し続ける。
「ふむ……そうだ、一つ確認を忘れているな。僕が恐怖ではないと知って言っているのかな?」
「もちろん。君が恐怖だったら今頃私に会うことなく焼かれているだろうね」
一瞬カラスヘッドは悩む素振りを見せるが、答えは決まっていた。
「魔女狩りに従うなんて、弟でもないのにごめんだよ」
「おっと、君は大きな勘違いをしている。我々は魔女狩りではない。いや、こいつらは魔女狩りだがね。単に手ごまにいいから使っているに過ぎないよ」
「……また、妙なのか。僕は本当に関わり合いたくないんだもう、殺せ」
「そうか、残念だ」
全く残念ではなさそうに、ギルガメスが言う。
「できれば弟のスコアにしてほしいな」
「それは無理だ。先程忠告しただろう。魔女出ない人間を魔女として焼くくらい簡単だ、と。それに何より……エンキドゥ」
「はい、ギルガメス様」
最初からそこにいたかのように、いつの間にかゴスロリ服の背の低い少女がそこにいた。
「武器化」
「はい」
ギルガメスがエンキドゥと呼んだ少女に手を伸ばす。少女は目をつぶり、身を投げ出すように腕を広げる。少女の姿が光に包まれ、剣が出現し、ギルガメスの手の中に吸い込まれるように移動する。
「君は魔女狩りではなく、”我ら”によって処断されるのだから」
ギルガメスが剣を握る。次の瞬間、カラスヘッドの頭を激しいノイズ音が襲う。そこから立ち直る隙も、何かを思考する隙も無かった。ノイズ音に頭を押さえた次の瞬間、カラスヘッドの命は終わった。
ギルガメスが優しく剣の血をぬぐい、空中に投げ出すと、空中の剣が光に包まれて少女の姿に戻る。
「エンリル様? えぇ。彼は拒否しました。えぇ、処断しました。幸い、力を使っては来ませんでした、私も彼女も無事です。はい、ただちに」
「どうやら反神性の排除には成功したようだな」
一面灰色の服装の男が口を開く。
「えぇ。これで我々の邪魔は出来ません。再び障害は消えました」
また別の灰色の服装の男が頷く。
「取り込めれば計画を大幅に前倒し出来る可能性もあったが……」
また別の灰色の男が惜しむように呟く。
「今のままでも何ら問題はありますまい。それより問題は”作物”が一気に不作になってしまったことですな」
「まぁ、それも問題ないでしょう。現在の蓄積量であれば計画の完了までは持ちます。そうでなくても、化石燃料を使わない分備蓄しておりますから……」
「そうともそうとも、何より、もはやタネは割れておるんだ。最悪、”向こう側”まで”収穫”に行けばよいとも。なに、あれだけおれば数十人死んだところで、誰も気にも留めんよ」
「そうとも、最悪こちらに戻ってきてしまえば、連中は何一つ抵抗できん。今だ我らの優位は変わらないとも。むしろ、魔女狩りを削減できるのは経費削減として丁度いいのではないか?」
「それは名案ですな!」
《N.U.A.246》
チハヤが艦隊戦が繰り広げられたらしい宙域にワープしてくる。このエリアの戦闘状況が奇妙だというので、アドボラの有する研究チームで解析に当たる事になったのだ。
そのエリアは艦隊戦が起きたにしては奇妙だった。そこにあるのは、全てネオ・アドボカシーボランティアーズの艦船、しかもいずれも綺麗に真っ二つにされていたのだ。つまり、ネオ・アドボカシーボランティアーズと交戦した敵は一切の被害を出すことなく、ネオ・アドボカシーボランティアーズの艦船全てを真っ二つにしたことになる。
「はい。間違いありません。この艦艇達はただの一撃で真っ二つにされています。また、この宙域からナルセジャンプの形跡が見受けられました。恐らく敵はセントラルアースかと」
「ふむ、奇妙な話だ。いかに相手がコマンドギアを使うセントラルアースだとしても、これほどの大型艦を一撃で切断できるわけがない」
ナルセジャンプは優秀なワープドライブではあったが、今となってはより効率の良い方法は他にあり、地球由来の技術に拘るセントラルアースだけが使っているワープ技術となっている。
「これを見てください。この切断面に沿うように、この空間に次元震が確認されています」
「次元兵器、という事か……」
オラルドの脳裏にセントラルアースに奪われたらしい「次元削岩機」の事が過る。解析されて兵器に転用された、というのが一番高い可能性のように思われる。
「どうやら、私達にとってはあの事件はまだ終わってはいないようだ……」
それでも、後はみなそれぞれの世界が紡ぐお話。四つの時代を結ぶ物語はここに完結した。
the end
AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。
空虚なる触腕の果てに
本作であえてポッドを開けっぱなしにして転送されたセントラルアースの戦闘員「ラルフ・カーペンター」を主人公としたコズミックホラーものです。
彼にどのような恐怖が襲うのか。そして、少しだけ、この世界の未来が描かれます。
Welcome_to_TRI-World_
この作品が第二弾のクロスオーバーだとしたら、こちらは第一弾のクロスオーバー作品。
そして、本作とも地味に関わりの深い作品です。
???
ここには現時点では未公開の作品が入ります。
当サイトにはいいね機能のようなお楽しみ頂いた事が伝わるシステムが備わっておりません。宜しければツイートボタンを押してデフォルトのままで構いませんのでツイート頂けると励みになります。