異邦人の妖精使い 第6章
妖精銃の上部に装着されたドットサイトをのぞき込み、ゴルフ場の地面に置かれた空き缶に狙いを定める。引き金を引くと、狙い通りに弾が飛ぶ。
覗くと見える光点を目標に合わせるだけで狙えるというのは便利だが、今一仕組みが分からない。
「次は遠いのも狙ってみて」
中島さんの声に従い、遠くの目標。ゴルフ場らしさを感じる、穴を示すポールのそばにある目標に狙いを付ける。
流石に等倍で狙える距離ではない。ドットサイトの後ろに装着されているブースターというらしい筒状の装置をドットサイトのレンズに重なるように移動させる。
こうすると倍率が上がり、遠くを狙いやすくなる。
拡大された目標を狙い、引き金を引く。
「おー、フェアこの距離当てられたっけ?」
「一発命中。E型人工妖精を頼らなくても撃てる距離が広がっているのは良いね」
妖精銃に最初から備え付けられているアイアンサイトと比べて、このブースター付きドットサイトは大分遠距離を狙いやすい。E型の風による弾道補正を使えば、元々当てられた距離だけど、人工妖精の力も無限ではなく、使わなくて済むというのは戦術の幅を広げられる。
「しかし、こんなカスタムモデル、よく直ぐに用意出来ましたね。特にこの高価そうな光学照準器、壊れたりしても対策班に回ってこない気がしますが」
カスタムモデルというのは、私が今手に持つ妖精銃は、ブースター付きドットサイトの様な銃用のアクセサリーを装着出来る20㎜レールが数か所に増設されている。
レールにフラッシュライトやレーザーサイトを取り付ければ、近距離で戦いやすくなるし、バイポッドを取り付ければ、遠距離射撃を安定させる事が出来る。それらを状況に合わせて容易にカスタマイズ出来るというのは相当な魅力だ。
そして、高価そうな照準器ももちろんだが、この20㎜レールも相当な品とうかがえる。
現代的な20㎜レールをそのまま取り付ける事は妖精銃の機能に影響を与えるのだが、通常とは雰囲気の違う金属の20㎜レールが用意されている。そのおかげか、流石に元の妖精銃程では無いが、人工妖精達も嫌がる様子無く力を貸してくれている。
玉鋼なり、なにかしらの神秘的な金属かと中島さんに尋ねたら、その製造法は秘密だよ。との回答だったので、相当に手間がかかっている事が伺え、直ぐに調達出来る物ではないというのはここからも感じ取れる。
「ああ、元スナイパーだった課長用に妖精銃があったら対霊害対処力が上がるかなとコツコツ試作してた妖精銃だからね。いきなりポンっと出てきたわけじゃないよ」
元スナイパー? 霊害対策班に元SATが所属しているとはこの前聞いていたが、それが課長だというのには驚いた。会った事が無かったので、現場には出ず、書類や会議で捜査班を支える様な仕事をしているイメージだった。現場も出れるタイプの上司であったとは。
「課長さんってどのくらい強いの?」
ウェリィが尋ねると、中島さんも鈴木さんも首を捻り、中島さんが口を開く。
「私も一度逮捕術の稽古をつけてもらっただけだけど、それでも実力の差は感じたよ。刀を持っていたら戦えるけど、丸腰では戦いたくないね」
中島さんの体術をじっくりと見たことがあるわけでは無いが、これまでの動きを見るにおそらく高い技術を持っていると感じている。その中島さんよりも優秀となると、どれくらい強いんだろうか。
「さて、フェアさんも新しい銃に馴染んできたし、そろそろ妖精銃密輸事件の話を進めようか」
中島さんはそう言うと、鈴木さんの方を見る。その視線を受けて、鈴木さんがパッドを取り出し画面を操作し始める。
最近は、この間のアーサーとの決戦で負傷した私の左肩が回復しているか見る必要があると、軽度の霊害対応ばかりしていた。今回のゴルフ場での訓練も、霊害への対応の為に封鎖した為、ついでに広い土地で訓練してしまおうと、きっちり霊害を解決した後に行っていた物であった。
中島さんとしては、もう妖精銃を所持している危険のある敵と戦っても大丈夫だろうと思って貰えているらしい。ようやく妖精銃密輸の捜査が再開出来る。
「前にアーサー君と戦って調査し損ねた貨物船なんだけど、今夜、また妖精銃を積んで入港する事が分かってね。今度こそ乗り込んで調査する」
そういえば、アーサー達、イングランド純血派から妨害を初めて受けたのは、そんな状況であったと思い出す。
あれは、妖精銃をイギリスから日本に運び込んでいる疑いがある船だったはずだ。誰が妖精銃をばらまいているのかに迫る重要な情報であったため、大分彼らを恨んでいた。
私を暗殺事件の容疑者として疑ってしまった償いとして、アーサー達に依頼したイギリスでの妖精銃流出事件の調査については、最近になって捜査を始めた。という連絡しかなかったが、向こうも敗北から立ち直り体制を整えるのに時間がかかったのだろう。
連絡を密に取りたいという思いは感じ取れた為、今は捜査のパートナーとして信頼関係を築きたい。恨みは一旦心の奥の方に置いておく。
「しかし、同じ船で密輸を試みるのはなぜでしょう。前回あの船の前で激しく戦闘をしたのに、こちらが気付いているのを知らないのでしょうか」
鈴木さんが疑問を口にする。確かに、アーサーとの戦闘は途中で関係の無い警官が駆けつけるほど、目立っていたはずだ。今時珍しい剣での戦闘が近くであったとなると、神秘系の知識がある物なら、対霊害機関に捕捉されていると考えられそうなものだ。
「罠か、もしくはこっちが近づいても対応出来るだけの用意があるか。いずれにせよこちらと事を構えて、あわよくば始末するつもりじゃないかな」
なるほど、捜査をしている人間がいるなら、下手に色々探られる前に重大な情報を餌に引き寄せて、打撃を与える。単純に捜査を妨害するよりも相手の行動を予想しやすく楽という事か。
「かなり激しい戦闘になりそうですね。他に支援等を頼みますか」
確かに、相手が事を構えるつもりなら、戦闘は確実に激しい物になる。激しい戦闘を三人とウェリィで乗り切るというのはなかなか厳しい様に思う。誰かの助けを得られるならその方が良い。
「あ、ナカジマは潜水艦を手配出来るんでしょ? 港の外から攻撃してもらったら?」
ウェリィが思い付きを喋る。これは駄目だと私でも直ぐに分かる。証拠ごと吹き飛んでしまう。
「んー、攻撃を要請するハードルは高いし、出来たとしても証拠はもちろん全く関係無い貨物を吹き飛ばしてしまうと面倒だからね。それは無理かな」
中島さんの言葉に、ウェリィはなるほど、と言わんばかりの顔をしている。
「んで、支援なんだけど、今調整をお願いしているのは貨物船が入港するエリアの一時的な封鎖。船への出入りの自由度が高いと、外から敵の増援が来ちゃうからね」
外から仲間であったり、取引相手の戦力なり、増援が来るというのは確かに厄介だ。そういう支援を受けられるのはありがたい。
しかし、船内で待ち構えている敵に対する支援は無いのだろうか。増援よりも、内部での戦闘の方が不安が強い。
「残念だけど、突入の支援は無理だね。妖精銃で抵抗してくるだろうから、警察の銃器対策部隊なり、SATなりを呼びたい所なんだけど、人工妖精の力を使われると混乱しちゃうだろうし、神秘の秘匿って事を考えると避けたい」
残念ながらそれは仕方がない。やはり、神秘と現代火器を融合させた妖精銃は厄介だと再認識する。
「そして、他の霊害対策機関への協力は要請したかったんだけど、今日は全国各地で霊害が同時に発生していてね。それ自体への対応ももちろんだし、何かの前兆じゃないかと警戒レベルを上げようかという話になっているみたいで、こっちに戦力を回してもらうのは無理っぽい」
中島さんは一応最後まで調整はするけど、と付け加える。期待度はかなり低いらしい。霊害の発生自体は少ないとは言えない数だが、私が活動し始めてから同時に起こっているという話は聞いたことが無い。何かの前兆じゃないかと疑うのも仕方が無い。
アーサー達に見つかったり、霊害によって増援が来なかったり、かなり運が悪い。いや、向こうの運が良いのか。
「まあ、周囲の封鎖への警戒に戦力を割くだろうから、船内での戦いに全く影響しないって事はないよ」
外が封鎖されている状況で、全くそちらを警戒しないという事は無さそうだ。しかし、それでも三人で戦える物だろうか?
「目標の貨物船はRORO船で、船内のほとんどは車両甲板になっていて、乗員スペースが広い訳では無いから、戦闘員が乗り込んでいたとしても5,6名。船を運用している乗員が密輸に協力的な行動を取るとしても、機関なり、持ち場を守る必要もある。さっきの封鎖への警戒も併せると、迎撃に出てくる人数は5,6名は越えないと思うよ」
と、なると戦力比は2倍くらいか。それくらいの戦力比で戦った事自体はある。待ち伏せされている可能性が高いとはいえ、勝てない相手でも無いような気もする。
「RORO船って?」
フェアが疑問を口にする。そういえばなんだろう。
「ああ、roll-on roll-off船。タイヤで乗ってタイヤで降りる。トレーラー等が直接船内に乗り込んでそのまま輸送するタイプの貨物船ですね。コンテナ船と比べると積み下ろしに設備がいらず、素早く行える事が魅力です。搭載容量には劣るので、近距離の海上輸送で使われる事が多いですね」
鈴木さんが解説してくれた。昔テレビで見た自動車運搬船をトレーラーに置き換えればいいだろうか。スペース的には妖精銃を扱えそうだが、遮蔽物が多く、敵が隠れやすそうというのが気になる。相手も妖精銃を使う事を想定するとそれはこちらにとっても有利な事ではあるのだが。
「そういえば、詳細を言ってなかったね。目標の貨物船は、イギリスの海運会社〝ブリティッシュ・シーブリッチ〟が所有するRORO船〝パシフィック・レーン〟」
「〝ブリティッシュ・シーブリッチ〟は英連邦諸国、旧英領諸国など、イギリスの影響力が強い地域を中心に運行している海運会社です〝パシフィック・レーン〟はシンガポールを拠点に活動している貨物船の一つで、今回はシンガポールからの映画関連の貨物を日本と上海に輸送している様です」
映画関連の貨物? 貨物船で運ぶ程嵩張る物だろうか。その疑問が顔に出ていたのか、鈴木さんが説明する。
「撮影に使うカメラや音響の機材だけではなく、セット等が含まれている様ですね。中国でカーアクション映画を撮るらしく、それに使う車両類を乗せているそうです。クレーンによる損傷を気にしているのかもしれませんね」
確かに、クレーンで揚げ降ろしをするというのは、衝撃がありそうなイメージがある。様々な貨物を取り扱う湾港クレーンが壊れる様な取り扱いをするとは思わないが、衝撃がある以上は不安になるのだろう。
「戦闘によって生じた破損とかはテロリストが潜んでいたとかで誤魔化すけど、盗んだ疑いとかがあると誤魔化しにくくなるから、神秘を感じられない荷物については漁らないようにね」
普段は目に出来ない物だから、興味が無い訳では無いが、流石に人の物を勝手に見ようとは思わない。ウェリィは残念そうな顔をしていたので、変な事をしないように、何処にいるかはしっかり見ておこう。
「それじゃあ、今から戻って、体を休めようか。何か美味しい物でも食べよう」
そう言いながら、中島さんは鍵を片手に駐車場に向かって歩き始める。
さっきの敵は大した敵ではなかったが、自分では気付けないような疲労が溜まっていて影響が出る時もある。病み上がりでもあるし、ゆっくりと休もう。
しかし、美味しい物か。考えた時に、ふと研究所にいる時に研究員の一人が研究所内に持ち込んでいたフィッシュアンドチップスが美味しかった事を思い出す。
研究所の食事が不味いとか、品に不満があったわけでは無いのだが、分けてもらったそれが非常に美味しかった。
「フィッシュアンドチップス」
そんなことを考えていたからか、思わずそう呟いてしまう。
「お? ウェリィ。イギリスが懐かしくなった?」
「フィッシュアンドチップス、お好きなんですか?」
「ああ、フィッシュアンドチップスなら、美味しいお店を知っているよ。紹介するね」
ほかの三人の視線が私に集中した後、三人とも順番に発言する。恥ずかしいので中島さんを追い抜かす様にして駐車場に早足で向かう事にした。
= = = =
前に埠頭に立っていた時も感じたが、やはり貨物船というのは大きい。こうやって近づくと大きな壁の様に感じる。
「もう少ししたら、爆弾が発見されたって事で、この埠頭が封鎖される。車両用ランプは降り始めているから、封鎖される頃には車両甲板に直接侵入出来そうだね」
〝パシフィック・レーン〟に最も近い倉庫の陰から作業の様子を伺っている中島さんが言う。
船の後部にある巨大な板が徐々に埠頭に向けて伸ばされている。あれが車両用のランプで、あそこから船内に突入するそうだが、相手が妖精銃でこちらを狙っていたらと考えると、遮蔽物の無いあそこを走るのは恐ろしい。まあ、目立ってしまう船外への射撃は控えるだろう。そうあってほしい。
「中島さん。井石警部補から連絡です。警官隊が配置に付き、五分後にサイレンを鳴らし封鎖を実行するとの事です」
鈴木さんが、スマートフォンをポケットに戻しながら言う。後五分経ったら、突入が始まる。
「サイレンが鳴り響くと同時に、あのランプに向かって走ろうか。それじゃあ、装備の最終点検を」
中島さんの指示に従って、ドットサイトを点灯させて電池が切れかかっていないかを確認し、一度妖精銃のボルトを引いて、弾がちゃんと排出されるかを確認する。それから、腰に手を回し、ウェストポーチのベルトにぶら下げてある銃剣を確認してから、ベルトとポーチの側面に固定されている人工妖精一人ひとりに心の中で呼び掛けながら、固定状態を確認する。
「今回は人工妖精が相手かもしれない。ウェリィの力も借りるかもしれないから、よろしくね」
甲冑に阻まれ、有効打を与えられなかったであろうアーサー達との戦いと比べ、人工妖精との戦いでは、ウェリィは大変頼りになる。気配を探知出来るのはもちろん、ウェリィは人工妖精が使う魔法については全て使う事が出来、魔法同士をぶつけ合い相殺する事も出来る。相手がかなり人工妖精を使いこなしていても大分戦いやすい。
「任せてよ! 今のところ、活動的な人工妖精の気配は感じないから、使ってこないかもしれないけどねー」
まだ貨物船とは距離があるからかもしれないが、確かに人工妖精が活動している雰囲気というのは無い。漠然とした物だが、人工妖精を人間が身に着けて歩いていくと、独特の雰囲気があるのだ。
「私の感覚としても、人工妖精っぽい感じは移動していない様に思うね。サイレンまであと一分。いつでも飛び出せるようにね」
中島さんの感覚ともズレが無いとなると、相手は妖精銃だけで私達と戦うつもりなのだろうか、地の利があるとはいえ、ちょっと装備が頼りないのではないだろうか。
「あと三十秒」
車両ランプが接地し、突入ルート上に障害物は特に無い。船の上から、ランプの展開作業を見守る人影はあるが、武装している様子は無い。
「10、9、8、7、6、5、4」
中島さんがカウントダウンを始める。いつでも引き金に指を掛けられる位置に手を置き、駆け出す為に姿勢を整える。
「3、2、1!」
ゼロ、という声が聞こえるより前に、周囲から一斉にウゥーと唸る様なサイレン音が響き渡り、スピーカーで大音量のアナウンスが始まる。
「この埠頭の貨物に爆弾が紛れ込んでいるという情報がありました。湾港作業員は警察の指示に従ってください」
アナウンスが繰り返される中、中島さんが駆けだしたのに合わせて、私と鈴木さんも〝パシフィック・レーン〟の車両ランプに向かって走り出す。
船の上で見守っていた人物が船内に向かって何かを叫んでいる様に見える。接近する私達に直ぐに気付いたか。
それなりの距離を駆け、船に近づいた為、人がいた所が見えなくなる直前に新たな人影を認めた。長い何かを持っていた。妖精銃か。だとしても、十分に接近したから相手はこちらを狙えない。
私達は妨害を受ける事無く、車両ランプを走り、船内に突入した。
突入した車両甲板を見渡すと、何台かのトレーラーと車両が並ぶだけで、思ったより車両がみっちりしていない。適度に遮蔽を取りながらの銃撃戦が出来そうなくらいの空間がある。
「妖精銃と人工妖精は上の甲板みたいだね」
「そうだね。早く上っちゃおう!」
中島さんとウェリィの声の通り、人工妖精の気配は上から感じる。奥の方に車両が上に上る為のスロープを見つける。あそこから上るのが最も早そうだ。
そちらに向けて歩もうと足を一歩踏み出すと同時に、スロープ近くのドアが開き、何人かの人が飛び出してくる。手には薄茶の長い物。妖精銃にしては短いな。と思うと同時に鈴木さんの声が耳に入る。
「敵三名。アサルトライフルで武装!」
アサルトライフル? 確かに、密輸している商品で戦わないといけないというルールは無いが、妖精銃を使ってくるとばかり思っていたので衝撃を受けつつ、近くのトレーラーに背中を預け姿勢を下げる。それと同時に数発分のの銃声が車両甲板を満たす。
パン、コンという数発の銃弾がトレーラーの鋼板に弾かれる音とブジューという恐ろしい勢いでタイヤから空気が抜ける音が耳に届く。
反撃をする為に、姿勢を変えて妖精銃を前に引っ張り出そうとすると、頭を移動させる予定だった地点を銃弾が通り過ぎる。妖精銃を構えるのは諦め、地面に体を投げ出す様に姿勢を低くする。
「相手は素人ではなさそうだね。下手に体を出すと当ててくるよ」
中島さんにも遮蔽から出ようと動くたびにその進路に向けて的確に銃弾が飛んできている。相当に上手い。
「いま確認しましたが、こっちを制圧してきているのは二人です。あと一人が居ません!」
鈴木さんが叫ぶように報告してくる。三対二になったため、少しだけ顔を出す余裕が出来たらしい。
「敵を制圧している間に回り込んで撃破する。セオリー通りの戦い方だけど、こうも顔を出せないんじゃ回り込むのを止められない!」
中島さんが手だけ伸ばして拳銃を敵の方向に向けて発砲するが、敵の正確な射撃は止まない。E型の弾道補正なら、遮蔽物に隠れた状態でも相手に攻撃が出来るが、顔を出せない今の状態では狙う事が出来ない。
制圧している敵をどうにか出来ない以上、回り込んでくる敵をどうにかするしかない。しかし、制圧のタイミングと移動をうまく合わせているらしい、まったく移動している様子が見えない。
絶対に移動してくるであろうルートに事前に狙いを付けておく? いや、相手の方が射撃が上手い様に感じられる。こちらの位置はバレているし、相手も事前にこちらに銃を向けて出てくるだろう。勝つ自信は無い。
一応顔を出そうと試みて、発砲音が聞こえたので姿勢を下げる。ここの床は微妙に濡れていて、姿勢を素早く変えようとするとたまに滑る。接近する相手が滑ってくれないだろうか。
いや、滑らせればいいのか。
「ベース、バレットエンチャント」
B型人工妖精のベースを呼び出し、ポーチから取り出した妖精弾に入ってもらう。その妖精弾を妖精銃へ押し込み、障害物の配置と経験から必ず敵が通ると感じた所を狙って、引き金を引く。
狙い通りに着弾した妖精弾は、着弾点に小さな氷塊を作り出す。ここの気温も高くない。上手くいけば周囲の水も凍ってくれる筈。
ボルトを操作し、次弾を押し込みながら敵が現れるのを待ち構える。
黒い影が予想していた位置からスッと飛び出てきて、こちらに銃を向けている。不味い、相手の方が早いかもと死を覚悟したが、相手がスッと飛び出す為に踏み込んだ足が、するっと滑る様に横に移動し、タタっという短い発砲音を残しながら敵が転倒する。滑りながら放たれた銃弾は私達の頭上を通り過ぎて、壁に当たる音が響く。
あ、ちゃんと凍ってたんだ。よかった。
「うまい使い方だね! 二人とも、制圧を!」
中島さんが私に評価と指示を飛ばしながら、転倒時に下敷きにしてしまったアサルトライフルの代わりに拳銃を抜こうとしていた敵を撃ち、拳銃を跳ね飛ばして一気に距離を詰める。
敵は仲間に距離を詰めようとする中島さんを優先するはずだ、中島さんの指示通りに体をトレーラーの影から出して、制圧射撃を行っていた二人にある程度の狙いを付けて引き金を引く。その手をボルトに移して、再装填。そして撃つ。となりで鈴木さんも拳銃を敵に向けて発砲している。
この射撃によって、敵は中島さんを狙えなかったらしい。中島さんは今剣を片手に、倒れた敵の奥にある物陰に隠れている。すれ違いざまに峰打ちでもしたのだろうか、倒れた敵は動く気配が無い。
そのまま二人を狙おうとも思ったが、我慢して姿勢を下げる。直ぐに頭と体の合った位置を銃弾が通り過ぎ、パリンと照明か何かが割れる音が後ろで聞こえた。
「欲張ると良くないねー」
ウェリィが呑気な声でそう言う。実際にかなり危なかった。命最優先で欲張らない。そう心に刻みながら、次を考える。
三人が近くにいた先ほどとは違い、中島さんが離れた地点に移動したことによって、敵の銃撃の密度が低下している。多少は顔を出せる様になったが、狙えるような時間は無い。
外の警官隊は封鎖だけで、内部への突入は無いはずだ。敵がそれに気づけば増援がこちらに来るだろう。
島で弓使いの騎士と戦った時みたいに天井にシャンデリアでもあればよかったのだが、そのような美しい物は無く、何かの配管や火災報知器といった、船の運用に必要な物しか見当たらない。あれを壊しても意味は無いだろう。
いや、火災報知器か。A型で炙れば、誤探知して相手の気を引けるかもしれない。
「アリス、バレット…」
「それは止めた方がいいです!」
ケースからアリスを呼び出して、妖精弾を取り出し、付与しようとした所で鈴木さんに止められる。
「RORO船の消火設備は主に炭酸ガス式なんです。消火設備が作動すればこっちも窒息死します」
そんなに危ない消火手段があるのか。確かに、炭酸、つまり二酸化炭素を空間に充填したら、火は消える。水で貨物が駄目になる事が無いし、貨物船には最適な消火システムなのだろう。
折角良い手を思いついたと思ったのだが、地道にやっていくしかないという事か、敵の制圧の合間を縫ってとりあえず相手の方に銃弾を送る。
「フェアさん。敵が落としたアサルトライフルの近くをE型で撃って。鈴木君が使えば火力で君が狙う隙と僕が近づく隙が出来ると思う」
なるほど、E型の風圧で銃を回収するという事か。エンターを呼び出して、先ほどアリスの為に取り出した妖精弾に入ってもらう。
アサルトライフルは敵の脇に転がっている。風圧で倒れている敵も押してしまい、倒れている人に追い打ちをするのはちょっと、とも感じたが、今はなりふりを構っている状況では無い。アサルトライフルと倒れた敵の間に狙いを付け、撃つ。
E型の付与された妖精弾の力によって、アサルトライフルはこちらに向かって滑ってくる。敵は、周囲が凍っている影響か、予想よりも大きく体の位置を変える。滑っているので体に負担は無いと思うが、やっぱり落ち着かない。
流石にアサルトライフルが完全にこちらまでくる事は無かったため、妖精銃を伸ばして着剣ラグに引っ掛けて引き寄せる。
それを鈴木さんに渡す時に、側面にSCAR-Lという刻印がある事に気付く。そういう名前の銃らしい。
鈴木さんが、手のひらを広げて、こちらと中島さんに見せてくる。5秒後に制圧射撃をする。そういう意味であると理解し、その時に備える。
5秒経つ前に、敵からの射撃が中断され、カランカランと何かが転がる音が聞こえる。
「目をふさいで! スタングレネード!」
中島さんが叫ぶと同時に、目をコートの袖で覆う。轟音が響き渡る事を予想したが、特に何も起こらない。
顔を上げると、地面に転がっているのは安全レバーが外れていないスタングレネードだけであり、周囲を見回しても敵の姿は何処にも無かった。
「閉所だから、自分たちも巻き込まれる可能性を考慮したんだろうね」
確かに、ここで大きな光と音を出すと、壁等に反射して自分たちも被害を受けそうだ。対策をすると動きにくくなりそうだし、相手に投げたと勘違いさせるのが一番よかったのだろう。
「この階には誰もいなさそうだね。残りの部隊と上で合流して一気に反撃かな?」
車両や設備の影を満遍なく警戒するが、動きは無い。中島さんが言う通り、誰もいないようだ。
敵や、トラップに警戒をしながら、スロープに近づいていく。撮影機材を積んでいるのであろうトレーラーの他に、装甲付きの軍用車両に見える車両も置いてある。あれはレプリカだろうか、本物だろうか。本物なら盾としてとても役に立つのだが。
スロープが近づいてきた所で、中島さんが手を挙げて、私達に静止を求めるハンドサインを送ってくる。
「多分、この上で待ち伏せている」
スロープはそれなりの斜度があり、今の位置からでは上の様子が伺えない。スロープの前には遮蔽物になるような物は無く、身を晒さなくては上を見る事が出来ない。
上で遮蔽を取って待ち伏せされれば、向こうは圧倒的に有利になる。待ち伏せしていない方が不自然なレベルだと思う。
「まあ、こっちの銃弾は曲がるからね。地形のアドバンテージは消せる」
そう言いながら、中島さんが車のサイドミラーをこちらに見せてくる。根本を見ると、銃弾でへし折られた事が伺え、先ほどの銃撃戦の中で破損した物らしい。
これをスロープの下において、ミラーに映った敵の様子を見ながら、E型の弾道補正を用いて相手を見ずに撃つ。これなら一方的に攻撃出来るのだが、E型はエンターしかおらず、先ほど妖精弾に入ってもらったため、少し疲れている。そう何発も撃てないだろう。
スロープに近づきすぎない様にしながら、慎重にミラーを置けば上の様子を見れる位置へと移動する。
「エンター、ガンエンチャント」
エンターを妖精銃に付与し、妖精銃を構える。
中島さんがスロープの下に飛び出し、サイドミラーを床に置く。一発の銃声が響くが、中島さんが手に持つ今剣が火花を立てるだけで、中島さんは何事もなかったかのように素早くこちらに戻ってきた。
「いやー、大口径弾は流石に手に来るね」
中島さんが軽くそう言うのを聞きながら、ミラーを見つめて敵の位置を確認する。敵は数枚のバリスティックシールドを床に立て、簡易的な遮蔽物としており、身を乗り出している者が一人と、バリスティックシールドの裏に隠れている者が二人。一人増えている。
とりあえず、身を乗り出している者の辺りに狙いを付けて、引き金を引く。
E型の弾道補正によって、角度を変えた銃弾は、敵が隠れているバリスティックシールドに命中し、へこみを作る。残念ながらライフル弾対抗らしい。
身を乗り出していた敵はスッとバリスティックシールドの中に入り、隠れていた敵の片方が、アサルトライフルだけを出し、タタタタタと連射した。
狙いはミラーだったらしく、数十発の銃声が響き渡った後に、一発だけミラーに命中し、ミラーを粉々に砕く。
まあ、位置は大体わかっている。連続して使っている事をエンターに謝罪しながら、アサルトライフルを狙って引き金を引く。
スロープからアサルトライフルの前方部分だけが滑り落ちてきた所を見ると、見事に命中したらしい。妖精銃から出てきたエンターを軽くつつくように撫でる。
アサルトライフルの前方部分がスロープの下にたどり着くと同時に、中島さんが拳銃を、鈴木さんがアサルトライフルを構え、スロープの下に飛び出すと、上に向かって銃撃を始める。
私もそれに続いて、スロープの下に入り、上に向かって妖精銃を構える。
銃撃や敵の動きによってバリスティックシールド同士の隙間が動いている。そこから、狙えそうだと、近接戦闘を想定し、ドットサイトから外されていたブースターを戻し、慎重に隙間を狙う。
引き金を引くと、バリスティックシールドには火花が散らず、隙間にちゃんと飛び込んだようだ。
敵が倒れたどうかを確認しようと隙間を見ていると、撃った隙間とは別の隙間から拳銃の銃口が覗いている事に気が付いた。
「反撃来るよ!」
そう叫び、床を転がるようにして、スロープの下から素早く離れる。中島さんと鈴木さんも同じようにスロープの下から離れる。
パンパンパンと拳銃の銃声と床で跳ね返る音が聞こえた後、アサルトライフルの連続した銃弾が床を叩く。
「離脱の為の牽制でしょうか?」
鈴木さんの言う通り、攻撃や制圧にしては大分弾をばらまいている。
「負傷した隊員を下がらせたいんだろうね」
ということは、私の射撃は当たっていたらしい。やはりこのドットサイトとブースターは精密に狙えて便利だ。
「しかし、情報の為に誰か拘束出来たら良いんだけど、なかなか難しそうだね。さっき失神させた彼も手錠はしたけど、救出が不可能ではないしね」
そう言われて後ろを振り向くが、トレーラー等に遮られて失神している戦闘員の姿は見えない。
スロープの上が静かになった為、油断なく妖精銃を構えたまま、スロープに侵入すると、スロープの上には、バリスティックシールドが放置されているだけで、人の影は無かった。
スロープを上り、待ち伏せを警戒し、敵が置いていったバリスティックシールドで遮蔽を取りながら、上層の車両甲板を見渡す。
この甲板にはスポーツカーであったり、高級っぽい車が並べられている。あれを壊した責任を考えると、ここで戦いたくはない。
敵のバリスティックシールドから壁にあるドアに向けて引きずった血痕が残されているが、多い量ではない。今すぐ命に係わる負傷ではなさそうだ。
「いままで無力化した戦闘員が二人。そのうち、一人については誰かに引きずられて移動しているから、最低でも三人は戦線を離れている。敵の戦力が予想通りなら、半分ってところだね」
まだ半分か。油断したら被弾もしくは死に繋がるような戦いはやはり相当に疲れる。
「とりあえず、妖精銃と人工妖精を探そう。本当は安全を確保してからやりたいけど、悠長にしてて証拠の隠滅をされたんじゃ、突入の意味は無いからね」
確かに、敵を警戒している間に妖精銃と人工妖精が海の底とか、火の中に消えてしまい、人工妖精達が死んでしまうのは嫌だ。
微妙に感じる人工妖精の気配を頼りに車と車の隙間を歩く。一人がようやく歩けるスペースなので、その後ろには鈴木さんがアサルトライフルを構えて周囲を警戒してくれている。中島さんは少し離れた位置で妖精銃と人工妖精を捜索している。
遠距離火力のある私は中島さんを支援出来るが、中島さんが私を支援するには時間がかかる為、鈴木さんが私の支援に入る事は、神秘物の捜索ではよく行っていた。
気配を強く感じる車があったため、よく見てみると、車体後部の底面に木箱が固定されている。
妖精銃を車に立て掛け、銃剣を抜き、車の下に潜り込む様にして箱を固定している紐を切断する。そして、落とさない様に木箱を車の下から出し、それから銃剣と一緒に木箱をトランクの上に置き、外見を観察する。
その見た目は、妖精研究所でいた時によく見た、人工妖精の輸送用木箱に似ており、表面にエディンバラ妖精研究所と印刷されている。
慎重に蓋を開け、中身を確認すると、内容物はやはり人工妖精が入ったケースで、A型が四人にB型が四人。計八人の人工妖精が収められている。
妖精運搬用木箱には何処に置くかを記載出来るスペースがある、そこを確認すると、エディンバラ保管倉庫と書かれており、妖精研究所内にある倉庫で保管されていた事を示している。
あそこの保管倉庫は、何かしらの事故、トラブルで研究物が全損する危険性を回避する為に確実に保管しておく倉庫として用意されている物だ。入室にすら許可がいるし、持ち出しは厳しく制限されている。これが密輸されているという事は、相当な権限を持つ人間すらこの密輸事件に関与しているという事。
「フェアさん!」
鈴木さんの声に、木箱から視線を外すと、直ぐ横でこちらに向かって持ち上げられているアサルトライフルの姿が目に入る。
車に沿って低い姿勢で近づかれていた? トランクの上に置いていた銃剣を手に取り、全力でアサルトライフルに叩きつける。銃口の向きが変わり、発砲炎で少し手が熱いと感じるが、銃弾が私に命中した感覚は無い。
銃剣を振る手の感覚が急に軽くなる。抵抗が少なくなった手は、アサルトライフルを近くの車に向けて飛ばした後、空を切る。
敵はアサルトライフルから手を離したらしい。振り下ろした直後の銃剣を持った私の手を片手で掴み、もう片手で拳銃をホルスターから引き抜いている。
銃剣を持っている手は強く抑えられ、先ほどの様に銃口の方向を変える事は出来そうにない。
鈴木さんからの支援に期待したいが、私と敵との距離が近すぎる。車と車の間という狭い空間では、私に当たらない様に狙うのは難しいだろう。銃があるのに、至近距離まで近づいたのは鈴木さんが支援出来ないようにするためか。
「もー、しっかりしてよフェア!」
ウェリィが私への文句を口にしながら、火の玉を敵に向けて放つ。敵は顔を捻り、火の玉の直撃を回避するが、突然の火に驚いたのか、私の手を押さえる力が弱まっている。銃剣を持った手を敵の抑えから自由にし、拳銃を下から叩き上げる。
拳銃を持つ手も緩んでいたらしい。拳銃は上に飛び、高級車のフロントガラスを割って、車の中に落ちる。
「ありがとう、ウェリィ。鈴木さん、お願いします!」
ウェリィに感謝しながら、フロントガラスがめちゃくちゃならもう良いかと、立て掛けていた妖精銃を回収しながら高級車のボンネットに乗り、妖精銃を構えて敵に突き付ける。
「動くな」
その声に火の玉の衝撃から復帰した敵が再び動きを止める。その隙に私が避けた事によって敵に近づける様になった鈴木さんが敵を地面に組み伏せ、手錠を掛ける。
「敵に手を押さえられた時はどうなる事かと思いましたが、良かったです」
私も死を覚悟していた。ウェリィが居なかったらどうなっていた事か、もう一度感謝を伝えようかと、ウェリィの方を見ると褒めてと言わんばかりの姿勢で待っていた為、あえて無視して、戦闘が終わってから伝える事にした。
「ケガは無い? あの車のトランクに妖精銃が十数丁隠されてたよ。とりあえず、この船が妖精銃と人工妖精の密輸に使われていた事は証明出来たから、出来る捜査の幅が広がるね」
密輸ルートを確定出来たというのは大きな前進の様に感じる。このまま黒幕に迫れれば良いのだが。
「後は、この戦闘員を何人か拘束出来ると良いんだけど、逃走手段は何か用意していると思うんだよね」
中島さんがそう言うと同時に、かすかに聞こえていたが普段からも聞く音であるから気にしていなかったヘリの音が気になって来る。開口部が少ない車両甲板にいて音がここまで聞こえるだろうか。
「この船にはヘリポートがあります。そこから撤収するつもりでは?」
鈴木さんが言うと、中島さんが車両甲板から船内に繋がるドアを開け、廊下を駆け出す。私と鈴木さんもそれに続いて、廊下を駆け、少し急な階段を上り、一番上の露天甲板まで出る。
ここまでくると、ヘリの轟音がはっきりと聞こえ、ヘリポートに着陸したヘリに、先ほど戦った戦闘員達がヘリに何かを積み込んでいる所がはっきりと見える。
離陸させる訳にはいかない。妖精銃を柵に預け、積み込み作業を妨害する為にヘリコプターのキャビン付近を狙う。
引き金を引こうとしたその時、妖精銃の支えにしていた柵に火花が上がる。
「サプレッサー付きの銃だ。遮蔽を!」
中島さんの声に従って、何かのダクトの後ろに隠れる。銃弾は飛んでくるのだが、発砲炎も銃声も聞こえない。私が妖精銃を構えようとしたり、中島さんと鈴木さんが接近しようと動く度に、適切に牽制が飛んでくる。
相手の位置が分からず、全く反撃出来ない。ヘリポートに置かれていた最後の箱がヘリに積み込まれ、ヘリのローター音が変化し始める。
ヘリコプターが浮き上がる直前に、一人の人影がヘリのキャビン付近の手すりに掴まるのが見えた。その手に握られている銃には長い太めの筒が取り付けられている。
ずっと牽制してきていたのはあいつだったらしい。牽制が来ないならと、船を離れ始めたヘリに向かって妖精銃で狙いを付けるが、ヘリは湾港施設の上空を飛んでいる。下手に撃って墜落すればどうなるか分からない私じゃない。
「密輸品と戦闘員の一部は拘束出来た。逃げられた事はあまり気にしなくてよいと思うよ。お疲れ様」
中島さんが私の肩を軽く叩く。捜査は前に進むとは言え、証拠の一部を逃したかもしれないというのはやはり悔しい。
しかし、あのサプレッサー付き銃を持った戦闘員は何処で何をしていたのだろうか、車両甲板での戦闘に加わられていたら、私達が負けたと思うのだが。
「密輸に関与していたんですし、この船は暫くここで足止めですよね? 今日はもう休みませんか?」
鈴木さんの言う通り、私も今は休みたい。正直、痛みやケガは無いが、アーサーと戦った時よりも命の危険を感じた。
「そうだね、ヘリコプターの追跡と現場保全に警官隊に協力を貰えないか井石警部補に聞いてみるね」
ヘリコプターは目立つし、通常の警官隊の方が良く追跡出来そうだ。現場保全についてはちょっと不安があるけど、今から捜査を始めるというのはちょっと無理に思う。
明日から、黒幕の正体について探り始める。妖精研究所内に協力者がいたとなると、やはり暗殺事件に深く関わっているのだろうか。
とにかく、全ては明日からだ。今日はゆっくり休みたい。
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東京上空を飛ぶヘリコプター。その中でサプレッサー付きのサブマシンガンを片手に、無線機を手に取る男が一人。
『こちらヴィクトリア。作戦は成功しました。〝資料〟は全て回収。部下が一人捕まりましたが、それ以外は予定の範囲内に』
無線機から流れてきた声に男は、自分の膝に乗せられたアタッシュケースを撫でながら回答する。
『〝資料〟の質ですか? 十分に商談での使用に耐えられると思いますよ』
男は窓に見える、流れるビル街の明かりを見ながら思い出した様に言う。
『ああ、それから、〝協力者〟から提供された技術、かなり有益と思います。低い高度を飛んでいますが誰も我々がここを飛んでいる事を認識していないようです』
報告に対する返事を聞き、男は笑顔を浮かべる。
『ええ、全ては偉大なる英国の為に』
~第六章 終~
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