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異邦人の妖精使い 第9章

 
 

 海上の敵を退け、敵から奪った船を用いて英国本土を目指す。ついに英国に帰ってきたという思いと共に、一つの疑問が浮かんだ。
「ところで、ここって何処?」
 私の質問に、舵を握る鈴木さんも、中島さんも首を傾げる。
「彼ら、航法にスマホを使ってたみたいでね。彼らと一緒に海に落ちちゃったのか、何も分からないねぇ」
「備え付けの計器も無いので、あの土地を目指すしかないと思います」
 頼りにならない返事が返ってきた。船とは言っても、大きめのゴムボートという印象のある船だ。外洋に出て航行するような船ではないのかもしれない。
 あと一人、頼りになりそうな人が居たことを思い出し、空中を浮かんでついて来ている〝英国の魔女〟ことヒナタさんの方を向く。
「間違いなく英国の土地だよ。何処かは上陸してみないと分からないかな」
 実は英仏海峡の近くまで来ていて、上陸したのがフランスでした。という事は無いようだが、殆ど情報が増えていない。
「まあ、心配しなくても、英国内に入ってしまえばアーサー君なり、私の知り合いなりに電話すれば合流できる。海に流されたので少し電話をお借り出来ますか? と言えば困惑はするだろうけど、貸してくれない事は無い筈だ」
 海に流されたから通信手段を持っていないというのは確かに自然な理由に聞こえる。警察とか救急を呼ばなくて良いかと心配されそうだが、中島さんの話術なら何とかなりそうな予感はする。
 海藻付けたらそれっぽくない? とウェリィが中島さんの髪の毛に濃緑のビラビラを置こうとしているが気にしない。
「そもそも、携帯を使えばいいのでは?」
 私は持っていないので失念していたが、少なくとも、中島さんと鈴木さんは持っていたはずだ。
 私の疑問に対する回答は、二人のポケットから取り出された水の滴るスマートフォンであった。 

 

= = = =

 

 黒いゴムボートがいきなり海岸に到着すれば、当然騒ぎになる。見知らぬ船が来たら驚くだろうな位の話かと思っていたが、中島さんが言うには、近年欧州では海を渡ってくる難民について敏感になっているらしい。私は詳しくないが英国がEU離脱を選択した一因に移民が関係しているらしく、船の到達が必要以上の騒ぎになる可能性があるとの事だ。
 その為、ヒナタさんが先行し、海岸に人払いのルーンを刻んでから上陸する事となり、日中にも関わらず、人気のない海岸に無事上陸する事が出来た。
「じゃあ、次は騒ぎを起こさなさそうな人を探して接触?」
 私の確認に、ヒナタさんが少し考えてから口を開く。
「その必要は無いかも、たぶんもうすぐお迎えが来るよ」
 ヒナタさんの発言に首を傾げていると、人払いの範囲内のはずなのに、一台の乗用車が最寄りの道に停車する。
 敵かと思い、妖精銃を構え、狙おうとするが、降りてきた人影は見知った者であった。
「皆さん、ご無事でしたか!」
 車から降りて来たのはスイフト卿でフォーマルなスーツを着ているが、崩れるのも気にせずこちらへ駆け寄ってくる。
「カンタベリー教区騎士に挙兵の願いを届けた所だったのですが、国教会の者より〝英国の魔女〟が上陸したようだと伺いまして」
 カンタベリー、ロンドンの南東に位置する都市で、英国国教会、つまりイギリスにおけるキリスト教の主要宗派の総本山であるカンタベリー大聖堂が建つ神秘的にも重要な土地だ。カンタベリーの教区に配属されるリチャード騎士は優秀な者が多いと聞く。ジョージ卿も容易に妨害する事は出来ないだろう。
 ロンドンへの距離としても、本来到着予定だった空軍基地と比べても大きく変わらない。良い所に上陸できたように感じられる。
「カンタベリーには国教会の魔術師団がいるからね。〝英国の魔女〟が上陸したらすぐ騒ぎになる。良い所に上陸できたね」
 国教会魔術師団、国教会が成立する中でローマ教会の持つ対霊害組織、テンプル騎士団との対抗を目的として成立した組織で、リチャード騎士団とは異なる対霊害組織だ。
 カンタベリーに居を構えていると噂されているが、テンプル騎士への対抗の為、リチャード騎士団にさえ詳細は降りてこない。存在しないのではないかという噂もあったが、ヒナタさんを直ぐに発見できているという事はやはり存在しているのだろう。
「ええ、こうして合流できたのはありがたい事です。カンタベリー教区騎士隊がジョージ卿討伐の挙兵に協力してくれたら尚良かったのですが、カンタベリー大聖堂を守るというのも大切な使命ですからね」
 ジョージ卿を倒さなくては、妖精銃を用いた軍隊が誕生し、神秘が弱まってしまうというのは一大事であり、私としては動くべきだと感じる事である。しかし、カンタベリー大聖堂の警備を弱めた結果、大聖堂が破壊されましたという事になれば、それはそれで神秘に与える影響は大きい。仕方のない事ではあるのだろう。
「協力してくれるリチャード騎士はどのくらいのものですか?」
 ヒナタさんが尋ねると、スイフト卿は少しかしこまってから返事をする。
「マクドネル卿と親交のある教区騎士に声を掛け、三騎士隊がシティ・オブ・ロンドン教区本部に終結しています。我が教区騎士隊からは二騎士隊を出しますから合計で五騎士隊を展開します。〝英国の魔女〟そして歴戦の皆さまのご助力があればジョージ卿との戦いは問題なく行えるかと」
 スイフト卿からの報告を聞いて、ヒナタさんが少し考えている。騎士隊というのは、リチャード騎士団における戦力の最小単位だ。数名の騎士で構成され、騎士隊が集まって教区騎士隊が構成される。
「敵の戦力は分かっていますか」
「ジョージ卿の邸宅は二十名程の警備が守っているようです。外周を警備している者は警棒等の装備ですが、内部で控えている者は銃火器を所持していると考えられます」
 その報告を聞いて、ヒナタさんは少し悩む様に首を下に向けた後、中島さんの方を向いて口を開く。
「私の欲しい情報は無さそうですね、私の情報網を使って少し探ってみます。中島さんもその方が助かるでしょう? 決戦の際は合流しますから」
 中島さんはその反応を予想していたのか、直ぐに返事をする。
「ええ、その方がお互いの為でしょう。こちらはロンドンへ移動し、マクドネル卿と合流します。情報収集が終わりましたら、そのタイミングで合流しましょう。あなたでしたら、決戦が始まる事に気付くとおもいますし」
 先の戦いでヒナタさんが強力な戦力である事は体感した。そんなヒナタさんが離脱してしまうというのは不安のある事だが、ヒナタさんはジョージ卿の裏にいる黒幕に用事があると言っていたし、無理強い出来る物ではない。
 まあ、スイフト卿が乗ってきた車でロンドンに移動するだけだ。有名都市の間なので、カンタベリーからロンドンは高速道路が整備されている筈で、通行量の多い道が続く。人気の多い所で敵が襲撃してくる事は無い筈だ。
 ヒナタさんを見送った後、私達はスイフト卿が乗ってきた車に乗り込む。私は、視界が広く敵の襲撃に対応しやすい助手席に座る。車にはスイフト卿だけが乗っていたらしく、スイフト卿が運転席、中島さんと鈴木さんが後部座席に座っている。
「これ、お高い車?」
 ウェリィが私のポケットから飛び出し、皮のように見える助手席のシートを手で押してクッションの状態を確かめながら聞く。
 確かに、日本で乗せてもらった車と比べると内装が豪華なように感じる。
「どうでしょう、我が家の者にオフロード性能が高い車を貸して欲しい、と頼んだ車ですので」
 そういえば、アーサーはイングランド純血派、つまり昔から騎士を続けていた家の出身であり、その側近であるスイフト卿も当然そのような家の出身であるはずだ。そういう家は金銭的な余裕は相当あるはずで、車のお金等気にしなくてよいのだろう。逃亡生活中はタクシーに乗る事も考えられなかった私からすると、うらやましい話だ。
「スイフト卿のお車でしたか」
 鈴木さんが言う。そういえば、カンタベリー教区騎士へ挙兵の依頼に来たのならば、リチャード騎士団の公用であり、騎士団が持つ車が使える筈だ。伝統を重んじるリチャード騎士団も、流石に平時の移動は自動車が主だ。私も研究所時代に移動の為に乗った事がある。
「ええ、彼らはリチャード騎士団をマークしていると思いましたので、公用車の活用は避けた方が良いと判断しました」
 神秘でも何でもない自動車をマークする事は、ただの探偵にだって可能な事だ。ジョージ卿もそのような諜報の為の人員は確保しているはずだ。リチャード騎士団の車は使えないというのも納得だ。
「最も、スイフト卿は私達、アーサー君の次にマークされているだろうから、この車で行動している事を掴まれていても可笑しくはない。ロンドンへの道中、十分に警戒してね」
 対策をしているなら安心、と落ち着こうとしたことを見抜かれたのか、中島さんの指摘が刺さる。
 スイフト卿はアーサーと共にジョージ卿の策略で日本で私達に攻撃をしてきたメンバーだ。その詳細は把握されている可能性は確かにある。
「ええ、ここまで尾行された様子はありませんでしたが、我々も彼らも本拠地はロンドンです。行動を起こすなら必ずロンドンに向かわなくてはならない」
「待ち伏せするなら、必ず通るロンドンへの道中が確実って事?」
 スイフト卿の発言を奪いながら、試しに、妖精銃を車内で構えようとするが、車内ではまともに構えられない。フロントガラスやサイドガラス、スイフト卿に当たりかけてしまう。
「ガラスは割って構いませんよ。グローブボックスに非常用のハンマーもありますし、銃剣でも叩き割れるはずです」
 スイフト卿に言われて、目の前の収納を開けると、中に赤色に塗装された片側がとがった形状のハンマーが目に入る。自動車のガラスを割りやすいハンマーなのだろう。妖精銃で叩き割れなかった時に思い出そう。
「流石に私も車に乗ったまま戦うのは経験が乏しいからね。今回はあまり頼りにならないかも」
 まあ、霊害が車に乗って逃げる事はめったにないし、高速で移動する霊害と戦う場合も、神秘的な防御が得にくい車は選択肢から外れる事は多くなるだろう。
中島さんの経験が少ないというのは不安があるが、どのような状況でも臨機応変に戦えるのが妖精銃と人工妖精達の強みだ。万が一敵が妨害してきたとしても十分戦える。
「では、出発します。申し訳ありませんが、銃が見える位置にあると問題になりますので、片付けて頂けますか?」
 まあ、それはそうだ。英国では銃の所持には許可がいるし、その目的はスポーツや猟、どこか場所に赴いて撃つ事に限られる。銃を車の中で構え、何時でも撃てる状態にするというのは確実に警察に目を付けられる。
 前の座席と後ろの座席の間に置いておき、敵の襲撃があれば、後ろに座る中島さんか鈴木さんに渡してもらう事にした。ここの位置なら、相当覗き込まなくては妖精銃を視認できないだろう。
「では、出発します。警戒しながらですので二時間程になると思います」
 スイフト卿はそう言うと、車のエンジンを掛ける。
「ああ、それだけ時間がかかるのでしたら、最初は私が運転しましょうか? ロンドン中はともかく、外でしたら標識を見れば移動できると思います。幸いにもイギリスも左側通行ですし」
 鈴木さんの発言を中島さんが止める。それより、車が左側を走るのは普通の事ではないのか。
「鈴木君は国際免許持ってなかったよね。私は持ってるから、運転するなら私かな」
 確かに、免許を持っているかどうかは、職務質問をする際に確実に確認する項目だろう。隠してある妖精銃よりも遥かに高いリスクがありそうだ。
「そうですね。長時間の運転はトラブルの原因にもなりますし、中島さんにお願いしてもよろしいですか?」
 そう言うと、スイフト卿はエンジンを止め、シートベルトを外して車から降りる。中島さんも同じように降りて、二人は席を入れ替わる。
 そして、中島さんがエンジンを掛け、車が発進する。車は直ぐに高速道路に入り、安定したペースで走行する。
 しっかりと窓から周囲を警戒しているが、特に異状はない。後ろの車がずっと同じ車だが、運転しているのはおばあちゃんで、同じようにロンドンを目指す車と言われればそれまでだ。たまにパトカーや兵隊が乗っても可笑しくなさそうな大型のバンとすれ違ったり抜かされたりするが、こちらを過ぎる前後で動きが変わる事は無い。
 暫く走行すると、ロチェスターという町の付近で高速を降り、少し休憩して、中島さんとスイフト卿が運転を交代する。
 休憩の中でスイフト卿が確認した所、現在の所、ジョージ卿に動きは無く、アーサーは用意を進めているらしい。
 あと一時間程でロンドンだ。今のところ妨害の気配は無いが、ロンドンに近づく程リスクは高まるという予想だった。
 スイフト卿の運転で高速道路に戻ったが、ロンドンに近づくたびに交通量が増えている。警戒する対象が多くなると疲れる。
「三台ほど後方の白いバン。運転している人が戦闘員っぽいね」
 中島さんの言葉に、ルームミラーを確認する。スイフト卿に向いているため、後ろはあまり見えないが、中島さんが言う様に、防弾チョッキらしきものを身に着けた人物が白いバンを運転している。
「あの装備でしたら、警察ではないでしょう。おそらく敵です」
 スイフト卿がそう言いながらアクセルを強く踏んだのか、車が加速する。最初は白いバンとの距離が離れるが、直ぐに相手も加速したのだろう、距離は広がらなくなる。
「こっちを追いかけてきているようですね。あのバンだけでしょうか?」
 鈴木さんの発言に、中島さんが答える。
「追いかけているだけでは攻撃は出来ないから、たぶん本命が来る。ほら」
 中島さんがフロントガラスを指さすように指を出す。その指の先には、中央分離帯のガードレールをへし曲げながら、私達の進路上に割り込もうとする大型トラックの姿があった。
 あれで動きを止めて、その隙に後ろのバンから戦闘員が攻撃してくる。そういう計画なのだろう。であれば、相手の計画通りに進めさせない。
 シートベルトを外しながら、鈴木さんが持ち上げてくれた妖精銃をつかみ取ると、トラックのタイヤに目掛けて連発する。まともに構えられていないが、速度的に許される時間はあまりない。無理に反動を抑えようとして痛む体に無理をさせながら、四発程射撃すると、一発はタイヤに命中したらしい。トラックの姿勢が崩れ、塞ぎきれなかった道路の隙間をスイフト卿のハンドル捌きによって通過する。
「こういう事をするならスコットランドヤードの研修に参加すればよかったです!」
 スイフト卿が感情をあらわにするように大声を出す。スコットランドヤード、つまり、ロンドン警視庁に捜査技術を学ぶための交流はあると聞いているが、こういうカーチェイスの研修ではないように思う。
 とりあえず前方に敵の影は無い。今のうちに連発した分の弾を装填する。とっさの事だったので何発撃ったか分からなかったが、四発装填すると一杯という手ごたえがあった。五発クリップで装填していたので、一発が少し勿体ないが仕方ない。
 しかし、トラックの脇をすり抜けてから、車の振動が激しくなっている。
「右後輪がトラックに引っ掛かったようです。次の封鎖は乗り越えられないかもしれませんね」
 スイフト卿の握るハンドルが、右へ左へと細かく何度も操作される。進路を一定に保とうとしているようだが、車道のセンターラインを見れば車体が左右に振られてしまっているのが良くわかる。これだと妖精銃の狙いも付けにくい。次、トラックか何かで道を塞ごうとする動きを阻止できるかは分からない。
「エンター。ガンエンチャント」
 だが、精度の低下は、人工妖精でカバーできる。これはかなりの強みであるはずだ。
 用意を終えて直ぐに、ガードレールを突き破ろうとするトラックが目に入る。そのタイヤに狙いを定めて引き金を引く。 E型人工妖精による弾道の補正は、車の揺れの影響を消すには十分な能力があるらしい、トラックはパンクし、ガードレールこそ貫けたが、こちら側の一車線も塞ぐ事が出来ずに停止する。
 問題は、E型の人工妖精はエンターただ一人という事だ。あの子の疲れを考慮すると、そう何度も使える物じゃない。
 もう一度ガンエンチャントをするべきか悩む前に、今走っている高速道路の上を通る陸橋の柱の陰から、長い黒い板状の何かが車の前に滑り込んでくるのが目に入る。
「スパイク!」
 中島さんの叫びと共に、車が何かにひっかったように少し減速すると、先ほどとは比べ物にならない程の振動が車を襲う。スパイク、テレビで見たことがある。大量のトゲが生えた板を逃走車の前方に投げ込み、パンクさせることで停止させる道具だ。敵も色々用意している。
「この車はもう駄目です。降りて戦いましょう!」
 スイフト卿がそう言いながら、ハンドルを必死に操作し、車を路肩に寄せる。車が停止すると同時に、中島さんがドアを開けて車から転がり出て、片膝立ちの姿勢で後方に向かって一発射撃する。
 私も転がる様に、というより、転がりながら車から出て、地面に伏せて中島さんが射撃した方を確認する。
 先ほどスパイクを投げた者だろう、陸橋の柱の下に肩を抑えてしゃがみ込む戦闘服に身を包んだ男の姿が見える。その足元にはSCAR-Lが落ちていて、ジョージ卿側の戦力である事が伺える。
「幸いな事に、練度は高くなさそうだね。肩を撃ち抜いただけでああなるとは」
 中島さんが言う通り、RORO船で戦った相手と比べると弱そうだ。情報屋を助ける時の敵戦闘員も練度が高くなかったし、RORO船の敵は相当な精鋭を集めた部隊で、ジョージ卿の手勢はこれくらいの練度が普通なのだろうか。
 近くに、この襲撃から逃れたのか、乗り捨てられた車があった。そこに隠れて一度深呼吸をする。
「暫くは後方がメインだろうから、私は後ろに行くよ。フェアさんが援護で。鈴木君は」
「すみません、装備はあるのですが、装着に時間がかかります」
 指示を出そうとする中島さんに割り込んでスイフト卿が発言する。リチャード騎士は防御を鎧に頼っている。その着用には時間がかかってしまう。かといって、防御無しで銃弾飛び交うであろう戦場に立つというのはリスクが高い。装備を身に着けないという選択肢もないだろう。
「そのくらいの時間は作れるかと。鈴木くんは前方から敵が来ないか警戒して、スイフト卿を援護。それじゃあ、こっちはいくよ」
 中島さんとスイフト卿が素早く会話を終わらせると、先ほど道を塞ごうとしたトラックに向かって駆け出す。移動と言うのはやはり隙が生まれる。
さっそく、先ほど道を塞ごうとしたトラックの運転席から拳銃が覗く。運転席のドアに向かって射撃すると、その拳銃は引っ込められる。さらに、そのトラックの影に誰かいるらしい、見えた銃身を見逃さずに、近くに向かって射撃すると、見えていた銃身は下げられる。
その隙に中島さんがトラックへとたどり着き、運転席のドアをこじ開け、中にいる運転手を地面に落としてから、今剣を鞘に収めたまま相手の鳩尾を殴打し、失神させる。
そのまま、中島さんはトラックの向こう側を観察しようと首を出すが、直ぐにその首を引っ込めて、運転手の襟首をつかみ、トラックの燃料タンクを指さしてからこちらに走ってくる。
「数が多い。トラックの」
 中島さんは発言の途中だったが、何をすればいいかは容易に分かる、ポーチから妖精弾を取り出しながら、ポーチのベルトに取り付けられた人工妖精のケースを開き、A型人工妖精のアリスを呼び出す。
「アリス、バレットエンチャント」
 そして、アリスが付与された妖精弾を妖精銃に込め、ボルトを戻す。
「皆さん待ってください! 対向車線! テレビ局!」
 鈴木さんの大声が響く。その声に対向車線に目をやると、大型のアンテナが天井に取り付けられたトラックのような車両。それがテレビ中継を行う為の車両であるというのは知っている。
「フェアさん、妖精弾は使えない! スイフト卿は鎧で出てこないで!」
 中島さんの叫びに近い声を聞いて、妖精銃のボルトを引いて妖精弾を排出する。どうして、を考える前に妖精弾を使わずに敵を足止めする方法を考えなくてはならない。
 とりあえず、通常弾を燃料タンクに向かって射撃するが、火が付く様子が無い。撃ち続ければ発火するかもしれないが、残念ながら、トラックの影で敵が銃を構えている。中島さんはまだこちらに向かって走っている途中で、援護しなければ危険だ。
 直接相手を狙って、連発できるだけ連発する。四発程撃ったところで、ボルトが次の弾を引っかけたが、敵は再びトラックに隠れ、中島さんは私の横に滑り込んでくる。幸いにも引っ掛かりはボルトを引き直すだけで解決できた。
「テレビ中継とは考えたね。神秘の秘匿性を解くのにこれほど最適な手段は無い」
 確かにそうだ。テレビで私達が神秘を使うところが中継されれば、多くの人の目に留まってしまう。そして、それがこういうトリックで起こっている事でしょうと解説されれば、その神秘は大きく力が削がれてしまう。神秘と言うのは科学として分析されず、秘匿されて力を保てるもので、科学的に、そして多くの人々に周知させるテレビという物との相性はかなり悪い。
「神秘を知らないジョージ卿が私達がテレビに映りたくないとは思わない筈、黒幕はやっぱり神秘の秘匿性を解くのが目的?」
 思いついた事を口にするが、中島さんは答えぬまま姿勢を変えて二三発射撃する。
「その話は後。今は敵と戦おう」
 確かに、トラックの影から敵がまた顔を出していた。中島さんの射撃でまた引っ込めたが、反対側の端からも様子を伺っているのが見える。
 そちらを狙い、引き金を引く。トラックに命中して、そちら側の敵も隠れる。
「敵に待ってもらうだけじゃ勝てないよ」
 ウェリィが突っ込んでくるが、その通りとは思うが、相手の方が人数が多く、銃の連射速度も速い。遮蔽物が無いこの高速道路上でそんな相手にこちらから勝負を挑むのは無謀だろう。
「この慎重さは、挟み撃ち狙いかな。鈴木君、そっちはどんな感じ?」
「SUVが来ました。確か六人乗りの車種です」
 私達の方で今見えているのは、五~六名。合わせて最大十二人というのは、こちらの四人に対して三倍の人数だ。神秘を使えない現状で、勝つという想像は容易ではない。
「カメラを壊しちゃうってのはどう?」
 ウェリィが言う。確かにそうすれば解決するが。
「この戦闘そのものはジョージ卿の逮捕で正当化できると思うけど、故意にカメラを攻撃すると流石に証拠が残るからね。このまま映っているのが正解かな」
 戦闘員は間違いなくジョージ卿の手先であり、それと戦うという分にはリチャード騎士団の手を回せばどうとでもなるように思う。霊害による事故、事件を人々の目に付かない様に誤魔化すのは慣れていて、戦闘その物を目立たなくするのは容易だろう。 
 だが、カメラを攻撃すると、その様子が撮影されてしまう可能性が高い。私達とジョージ卿の戦いという簡単な構図に、攻撃を受けたテレビ局という第三者が加わると面倒になりそうだ。
「でもどうやって勝つの?」
 飛び出そうとしてきた敵の動きを射撃で牽制しながら中島さんに尋ねる。
「練度が低い事に期待しようかな。こちらに銃が三人分しかないと気付かれるまでは何とかなると思うよ」
 私の質問に回答しながら、中島さんが迂闊にもトラックからはみ出ていたSCAR―Lを撃ち抜く。SCAR-Lが地面に落ち、トラックから離れた位置へ滑る。それを拾おうと一人の戦闘員が手を伸ばした為、その手に向かって一発放つ。
「これで一人。この調子で……」
「バレました。一気に来てます!」
 鈴木さんの悲鳴のような叫びを聞いて、後ろを振り向く。鈴木さんが拳銃を連発している。私達が乗ってきた車で見えないが、スイフト卿が銃を持っていない事に気付いた敵が一気に仕掛けてきたのだろう。
 支援に回る為、足に力を込めたその時、銃弾が車に当たる音を聞いて立ち上がるのを止める。
「こっちもだね」
 反対側が攻勢を仕掛けたのを見て、こちら側の敵も動き出したらしい。中島さんが牽制か数発射撃する。少し確認するが、牽制のお陰か、トラックの影から射撃しているだけで、突撃してきている者はいない。しかし、連続した射撃から身を守る為には、今の位置を動く事が出来ない。
 何人突撃しているかははっきりと見えないが、鈴木さんが慌てているという事は、鈴木さんが対応出来る数ではないという事だろう。支援しなければ危ないが、私が動く事も困難だ。相手との速度勝負になるが、鈴木さんを撃てる位置に現れた敵を撃ち抜くしかない。
 早速、鈴木さんの隠れている位置へ撃ち込もうとする人の姿が目に入る。その男が鈴木さんに向けて銃を構えなおす前に私が撃つ。
 幸いにも命中し、男は地面に倒れた。ボルトを操作して次の弾を用意する。次の敵が来る前に用意は出来たが、敵の方が柔軟だった。
 一人が私に向かって銃を乱射しながら、もう一人が鈴木さんを狙う。乱射とは言っても、大体は私の位置に向けられている。地面を転がって敵の射線から逃れるしかない。一応引き金は引いたが、敵に当たった様子は無い。中島さんは別の方向を牽制していて、鈴木さんの援護は出来ない。このままでは危ない。
 そう思った瞬間、これまでとは違う一発の銃声が響き、乱射している者が倒れ、妖精銃のボルト操作音とは違う音が聞こえた後、同じ銃声がもう一発聞こえる。
 その音の元を探すより、敵の攻撃に対応しなくては。銃声に対応して、鈴木さんからみた車の角の先により掛かるように姿勢を低くした敵に向けて引き金を引く。
 上腕に命中してSCAR―Lを落とした敵を、鈴木さんが角に引き込んで拘束する。
 敵は二人が撃破されたからだろうか、銃声が止み、辺りは少し静かになる。
 誰が発砲したのか、いや、この場で新しい攻撃を出来た人間は少ない。スイフト卿の方に目を向けると、なにやらトリガーからストックに向かって大きなレバーの様な機構が付いた銃を構えている。
「猟銃が乗ったままでした。古い銃ですが、今回の場合は良かったかもしれませんね」
「マルティニ・ヘンリー銃ですか、好き物の貴族が古式銃での狩猟帰りに何者かに襲われた。これなら、神秘の存在を仄めかさない」
 知らない銃だ。そもそも、妖精銃の原型であるSMLE小銃とSCAR-Lくらいしか固有の銃器名を認識していない私が知るはずもない。
「単発のレバーアクション式小銃。妖精銃よりも連射出来ないから圧倒的有利とはいかないけど、全員銃を撃てるって言うのは結構な改善だね」
そんな様子の私を見てか、中島さんが解説を挟んでくれる。
レバーアクション、スイフト卿の様子を見ると、レバーの様な機構を起こして薬莢を排出、手で新しい銃弾を銃に押し込み、レバーを戻している。
 なるほど、妖精銃のボルトの動きがレバーの上げ下げで行える銃らしい。古い銃と言っていた通り、よく見るとよく手入れこそされているが、木製部品の一部が傷ついている。長く使われていた銃らしい。
「銃の話も良いですが、敵が来そうです」
 鈴木さんの声にトラックの方を見ようとすると、車の表面で弾が跳ねる。敵の残りはこちらに五人、鈴木さんの方に四人程だろう。まだまだ相手の方が多いが、先ほどとは違って全員銃を持って戦える。相手が特殊部隊程の力が無いのならば十分に戦えるかもしれない。
 こちらを撃つために影から伸ばされたSCAR-Lを狙い引き金を引く。敵の銃は吹き飛ばされたが、残念ながらこちら側に転がっていない。先ほどの様に回収しようとしたところを撃つことは出来ない。
「ちょっと浮足立っているね。もう一押ししようか。フェアさん着剣」
 中島さんが言う通り、敵の動きは先ほどよりも動きが雑だ。先ほどまでなら、同時に複数人が射撃し、私が銃を狙撃出来る程の余裕は無かった。
 そんな事より、着剣? この状況で? そうは思いつつも、指揮官の指示で着剣するというのは訓練でやった事がある。SMLE小銃の教本からそのまま引用された訓練だが、霊害相手に全員で突っ込むという状況が無いとは言えず、研究所にいるときに何回か練習した。指示をされれば体はある程度自然に動く。
「私が右側の銃を落とすから、フェアさんは左側を。そしたら突撃」
 中島さんはそう指示を出しながら、今剣を引き抜いている。相手は五人で、二人の抵抗を一時的に止めたとしても三人はそのままだ。その状態で突撃してもこちらに事が有利に運ぶとは思わないのだが。中島さんが何の考えも無しに言うとは思わない。迫ってくる敵というのは、相当な恐怖だ。相手に恐怖を与えてしまえば後は有利に運べるという勝算があるのだろう。
発砲しながら突き出されたSCAR-Lを狙って引き金に指を掛ける。牽制のつもりなのだろうが、銃口がこちらに向いていない。狙って中島さんとタイミングを合わせる余裕がある。
隣から銃声が聞こえたと同時に、引き金を引いて相手の銃を吹き飛ばす。私が撃つのに合わせてか、中島さんが車を乗り越えて今剣を構えて相手の隠れるトラックに向かって駆け出す。
私も続いて銃剣を相手に突き出しながら足に力を込めて一気に走る。
向っているトラックの影から顔が見えたが、銃は出てこない。顔は慌てたように引っ込んだ。突撃している時に撃たれると当たらない事を祈る以外出来ない。相手がこちらにおびえてくれているならそれに越したことはない。
抵抗を受けることなく、トラックに辿り着く。角で待ち構えていたら困るが、中島さんは止まらずにそのまま移動する勢いだった。トラックの裏側にいる全員が中島さんに向いてしまうと流石の中島さんも苦戦するだろう。私も勢いを殺さずにそのまま角を曲がる。
 曲がった先では、銃を拾おうとしている者が一人。中島さんに銃を向けようとしている者が一人。その向こう側に倒れている二人とナイフで中島さんと鍔迫り合っている者が一人。
鍔迫り合いの邪魔をさせるわけにはいかない。勢いをそのままに狙いを定めようとする男の背中に銃剣を突き立てる。防弾チョッキを避ける様に突き刺したが、相手が動いて防弾チョッキの布部分に遮られてしまった。ここは銃弾は防げないが、刺突を防ぐには十分な効果がある。
それでも、相手に衝撃は伝えられる。中島さんを狙った銃弾は明後日の方向に飛ばされる。相手はそのまま衝撃に耐えられず、地面に崩れ落ち、ぶつけた手からSCAR-Lが路面に転がる。
幸運にも銃は中島さんの方へ転がっていった。それを再び手に取るのを阻止するのは余裕だろう。倒れた敵は置き、先ほど銃を拾おうとしていた者の方へ体を向ける。
丁度銃を手に取った所で、こちらに体を捻ろうとしている。銃が長い方が相手に向けるのには時間がかかるとは言うが、こちらの動きだしの方が早かった。相手が体を捻り切る前にこちらの狙いが合う。
「弾無いよ!」
 ウェリィの声に反応して、とっさに姿勢を低くする。そうしながら引き金を引いたが、何も起こらない。そういえば、突撃前に相手の銃を吹き飛ばしてその後ボルトを操作していない。相手の銃弾が自分の上を通り過ぎるのを感じる。今からボルトを操作して次の弾を送り込むのは間に合わないだろう。
 一か八か、銃剣を相手に向けて再び突っ込む。体の何処かに銃弾が当たるのを覚悟したが、先ほどこちらが吹き飛ばしたときに銃に異常が起きたのか、相手は最初の一発以降発砲されていない。相手はボルトを操作して異常の解決を図っているが、こちらの剣先が相手に刺さる方が早い。先ほどのように防護されている所を刺突してダメージが弱いのは困る。相手の太ももを目掛けて勢いよく銃剣を突き立てる。
 銃剣は相手の服を破り、十分に突き刺さった。実体のある霊害を突き刺した時と変わらないと言えば変わらないのだが、やはり生きてる人間を突き刺す感覚は抵抗感がある。近接専門の騎士達はすごいと改めて思う。相手の太ももから銃剣を抜き、ボルトを操作して今度は射撃できる状態にする。
「こっちは全員無力化したね。鈴木君とスイフト卿の援護に行こう」
 中島さんの声に振り替えると、私が突き倒した戦闘員も気絶させている。中島さんの近接戦闘力が高いのか、彼らが弱かったのか。突撃に対応出来ず、容易に崩れたところを見ると、最低限の訓練からの初実戦だったのだろうか。少しかわいそうにも思う。
 私が太ももを突き刺した彼も痛みで悶えている。彼のSCAR-Lを遠くへ蹴とばし、鈴木さん達の方へ向かう。
「相手は時間稼ぎに切り替えたようです。切れ目なく撃ってきています」
 スイフト卿が言う通り、ずっとスイフト卿の車から火花が散っている。こう撃たれていると、あまり顔を出したくない。
「もうしばらくしたら弾切れになるだろうけど、そこまで待つのももったいないよね」
 中島さんはそう言いながら、先ほどの車から回収していたのか、手に持った発炎筒の蓋を外し、先端を擦って発火させると、それを敵の隠れるSUVを越えるように投げつける。
 爆発物と勘違いしたのか、二人がSUVから離れた位置に飛び出してくる。すかさずスイフト卿が一人に向けて射撃、もう一人は鈴木さんが射撃する。
 中島さんは発炎筒を投げると同時に駆け出している。スイフト卿も銃を捨てて走り出していたので、私もそれに続くように走り出す。
 SUVを回り込んで突撃するのかと思えば、中島さんは軽々とSUVを飛び越えて向こうへ行ってしまう。流石にこれは真似出来ない。スイフト卿はボンネットに手を置いて飛び越えていく。これなら何とか出来るかもしれない。
 激しい動きは試さずに普通に回り込んだが、その頃には二人によって敵は無力化されていた。
「さて、この後どうしようかな。こっちの攻撃で彼らのSUVは壊れているよ」
「歩いて逃げてもテレビ局が追いかけてきますし、相手の装備で武装して迎えを待ちますか?」
 確かに、中継で放映されているとなると、位置がバレて新手がやってきてしまう可能性がある。それならば、鈴木さんの言う通り、地の利を多少なりとも得られるこの場でとどまった方が良いかもしれない。
「その心配はいらなさそうですよ。別の心配が出てきそうですが」
 そう言いながら、スイフト卿が道路の先を示す。青色の回転灯を点灯させたパトカーと装甲車がこちらに向かってきている。確かに、どうやってここから離れるかの問題は解決した。
「そういえば、我々現状は不法入国だったね」
 そういえばそうだ、入国の為の手続きなんてやっていない。防衛の為だと主張しても不法入国者がそう言っても説得力が無い。相当不味い状況だ。
「スイフトは何とか出来ないの?」
 ウェリィが尋ねると、スイフト卿は少し考えてから口を開いた。
「多少でしたら霊害関係でやっているように誤魔化せると思いますが、ここまで注目されていると一般人の目がありますからね。警察の方々も容易に開放してくれるかどうか」
 まあ、高速道路を塞いで十数名が銃撃戦しました。なんて、ほとんどの国で大ニュース間違いなしの事件だ。警察も容易に解放して市民からどうなっているんだと追及されるのは、警察にとってもリチャード騎士団にとってもよろしくない様に思う。
「まあ、逃げる事は出来ないし、流石に警察と戦う訳にはいかないから、大人しくするしかないかな」
 中島さんの言う通りなので、警察の呼びかけに対応する用意をしながら、周りの無力化された戦闘員が動かない事を警戒する。
「前方の人物。直ちに武器を地面に置いて両手を上げなさい!」
 拡声器を用いた大声で指示が飛んでくる。今は着剣した状態である為、私は妖精銃を地面に置くだけで私の武装解除は終了だ。まあ、今の私達はそんなに重装備ではない。中島さんがスーツのあちこちから暗器を取り出すのでは、とウェリィが言うので中島さんの方を見たが、今剣と拳銃を置いただけで、他の武器を取り出す事は無かった。
 少し距離を取って停車したパトカーと装甲車からSCAR-Lではない銃器を持った重武装の警官が降りてきて、私達を警戒しながら近づいて来る。
「抵抗せず、あちらの車に乗ってください」
 意外と丁寧な口調だなと思いながら、素直に指示に従って移動する。声を掛けたのとは別の警官が妖精銃を回収している。中島さん達も同じ車に案内されるようだ。
 示された車、装甲車の後部ドアから乗り込むと、妖精銃を手渡された。いや、私達を拘束するのでは?
「オールラ卿。貴方は今近衛師団に出向中では?」
 後部ドアが閉じられると同時に、スイフト卿が口を開く。
「その近衛師団の仕事ですよ。〝英国の魔女〟よりあなた方の離脱を援護するように頼まれましてね。陛下もよしなにと言われたとの事ですから、バッキンガム警護の警官隊より装備を借りて拘束名目でご案内する事になりました」
 なるほど、ヒナタさんが手を回してくれたらしい。この方はリチャード騎士団から近衛師団に出向中のリチャード騎士であるらしい。宮殿など王室関連施設を守る者同士人事交流があるとは聞いている。
しかし、近衛師団、というよりは女王陛下にお願いできるというのは、〝英国の魔女〟の力が本当に強力であることが感じられる。
「残念ですが、ジョージ卿討伐の件はあなた方、というよりマクドネル卿にゆだねられる事になります。流石に近衛が直接介入する程の証拠は無いという判断です」
 まあ、それは仕方が無い。我々の持っている証拠は物的な物では無くて、証言や状況証拠の積み重ねでしかない。それで警察が動いてジョージ卿を止めるというのは難しい話であろう。
「なるほど、ではこの協力は我々をシティ・オブ・ロンドンの教区騎士団本部に届けるまでという事ですか」
「そういう事になります。中島守様。最も、国民の保護の為、被害拡大の阻止はさせていただきます」
 様付けで呼ばれるとは、中島家はやはり相当な名家らしい。ついでなのか王室からの手紙も受け取っている。王室と話せる立場の人間。ん? もしかして、中島家は日本の霊害対策の中心的な皇室に連なる相当な名家なのでは?
「……そういえば、中島の家に付いて説明してなかったっけ。知っている物だと思っていたから何にも話さなかったけど」
 私の様子を奇妙に思ったのか、中島さんも奇妙な顔をしながら私に尋ねてくる。疑問に思う事は何度もあったが、そういえば確認していなかった。
「フェア殿。中島家を知らずに彼と行動を共に?」
 先ほどオールラ卿と呼ばれていた騎士が相当驚いた顔で尋ねてくる。
「まあ、彼女は日本に来たのは偶々だろうしね。無理も無いよ。簡単に説明すると、天皇家が霊害と戦う為に作った分家が中島家。こっちの教科書にも歴史があると思うから、落ち着いたら読んでみてよ」
 つまり、天皇家の血筋であるという事か。それはオールラ卿も驚く。霊害対応を共に行ってきて、そんな血筋は知らないというのは普通考えられない。
「おお、だからナカジマは高貴な感じがしたんだ」
「私、婿入りだけどね。中島の血は美琴だよ」
 失礼な事をしたんじゃないかという懸念が、ウェリィの発言で和らいだ。このような適当な発言を許容してくれてきた中島さんに今更よそよそしくするのも違うだろう。
「まあ、公的場面だと気を付けた方が良いですよ。私も霊害関係の方と合う時に中島さんにいつものように話しかけたら相手さんが不満そうにしていましたから」
 安堵したのを見抜いたのか、鈴木さんが突っ込みを入れる。確かに、名家の方に馴れ馴れしく話しかける者がいたら怪訝に思う人は多そうだ。
 小さな窓から外を見ると、テレビ等で見たことがあるロンドンの街並みだ。おそらくまもなくシティ・オブ・ロンドンの教区騎士団本部だろう。
 用意をしているアーサーと合流出来れば、ついに決戦だ。人工妖精を、神秘を悪用しようとするジョージ卿を止め、背後にいる何者かに迫って見せる。そう覚悟して、窓からのロンドンの景色を見つめた。

 

~第九章 終~

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