異邦人の妖精使い 第8章
「騎士団長候補暗殺、妖精銃、人工妖精流出の黒幕はジョージ卿で間違いない。目的は、英国を再び偉大にすること。その為の力として、神秘技術を用いた軍隊を作る事だ」
〝情報屋〟がそう言っても、誰も驚く声は上げない。ジョージ卿が関わっていたのではないかというのは、こっちでも予想出来ていたことだ。
「神秘技術を用いた軍隊、ですか?」
鈴木さんが喉に何かが引っかかったような言い方で言う。神秘技術は、多くの人に認知されると無力化される可能性が高く、それを兵器として用いるのは難しい。
それは、〝情報屋〟を探すきっかけになった相談でも触れられた事であり、それを目的としているのは違和感のある話だ。
「そうだよ。ジョージ卿は君みたいな兵士を大量に育てれば、英国を再び偉大に出来ると信じているんだ。愚かな事だね」
〝情報屋〟は君、の所で私を指さしながら話す。
「愚かっていうのは、どっちの意味かな。武力で偉大になんてのは難題って事か、神秘の仕組みを理解していない事か」
中島さんが尋ねる。
「両方だよ。武力で偉大にできるような時代でもないし、彼は神秘の仕組みを知らない」
確かに、今は大国同士の戦争なんてない。今更武力があったところで国際的な威信が英国に戻ってくるとは思わない。
それはともかく、神秘の仕組みを知らない? これだけの妖精銃と人工妖精を手に入れておいて、神秘の事を知らないというのはどういう事だろうか。神秘を知らなければ、リチャード騎士団は知る事は出来ないし、当然妖精銃も知る事は出来ないはずだ。
「まとまった数を得ている事を思うと、知識が無いという事は考えにくいのでは? 何故知らないのですか?」
鈴木さんが尋ねる。偶々拾ってしまって妖精銃と人工妖精だけの知識を知ってしまうのはまだあるかもしれないが、多数入手するには、関係する知識は自然に入ってくるように思う。
「それはね、ジョージ卿に妖精銃と人工妖精を引き渡し、神秘の特性を正確に伝えなかった何者かがいるからだよ。ジョージ卿はその存在を通してしか神秘の情報を得ておらず、神秘を使い勝手の良い英国内で隠されていた技術としか思ってない」
なるほど、第三者が間に挟まっているというなら納得だ。武器を提供してくれた者の言う事は信じるだろうし、使えなくなるという重大な情報を伝えていないとは普通思わない。
となると、気になるのはその第三者の目的だ。
「その何者かは何が狙いなの?」
ここまで知っている〝情報屋〟なら、何か知っているだろうと尋ねる。
「ん? 知らないよ」
〝情報屋〟はとぼけるように手を広げて回答してきた。なんだそれは。惚けるような仕草があるという事は知っているか、予想が出来ているかのどちらかだ。
「はぁ? 何それ?」
ウェリィも不満気だ。鈴木さんも文句を言おうとしているのか、体が動いている。
「ウェートン君は意図的に知らないんだよ。問い詰めても無駄だよ」
鈴木さんとウェリィを止めるように手で制しながら中島さんが言う。
「拘束された仲間を躊躇いなく撃ち抜くような連中だよ。その詳細を掴んでしまった情報屋がどうなるかは、わかるよね」
確かに、情報の流出を避ける為に仲間を殺すような連中が、敵だったり、金等で繋がっただけの協力者を見逃す理由は無い。〝情報屋〟が優れた情報屋であるというのはこういう所から来ているのだろう。
「そういう事、流石は中島の守さんだね。生きる為に、意図的にジョージ卿側の手下にしか接触していなかったんだから。最も、それで寿命が延びたのかは疑わしい所だけどね」
そういえば、〝情報屋〟の立っている位置は窓から見えない位置だ。狙撃される事を想定して動いているらしい。
「という訳だから、黒幕については一旦置いておいて、ジョージ卿についての話をしてもらおうかな」
中島さんは聞く事はないかいという様にこちらに目線を向けてくる。その目線にこたえるように、一番気になっている事を聞く。
「騎士団長候補暗殺の容疑者として私が疑われたのもジョージ卿の仕業?」
私が今の状況に陥ったのはジョージ卿のせいなのか、それは私にとってとても重要な事だった。
「そもそもの候補暗殺については、ジョージ卿が起こした事なのは間違いなさそうだ。目的は、混乱を起こして妖精銃と人工妖精を持ち出しやすくする事」
通常のリチャード騎士団であれば、当然のように対霊害装備を厳重に管理している。もちろん、自分の装備とは騎士の誇りであり、霊基構造破壊剣、妖精銃といった自分に貸与された装備はある程度自由に持ち出す事が出来るが、個人に紐づけされている装備を外に出したりすれば、直ぐにバレてしまう。
ジョージ卿は騎士団長候補を暗殺することで、派閥間の対立を煽り、発生した混乱に乗じて大量の装備を奪ったのだろう。
「ただ、君への疑いはリチャード騎士団内、というよりイングランド純血派が生み出した物だよ。彼らは妖精銃を良く思ってなかったからね。君は何もしてないけど、彼らからすれば目の上のたん瘤くらいの存在ではあったはずだ」
研究所の中で妖精銃と人工妖精を触っている間、周りにどう思われているかなんて気にしたことは無かったが、それなりの注目は浴びていたらしい。確かに、彼らから見ると、スコットランド派が調子に乗っている理由である妖精銃を最も活用できるであろう少女、というのは、かなり面倒な存在であるのは想像に難くない。
「私からも質問が、世界各地に妖精銃と人工妖精がばら撒かれていたのは何故ですか? この動きは神秘を使った軍隊を作るという動きとは関係が無いように思うのですが」
鈴木さんが手を挙げながら発言する。
「ああ、それが分からないのは君達が頑張ったからだね。あの話が進んじゃうとジョージ卿の勢いが止めにくくなるから本当に助かったよ」
〝情報屋〟がニコニコと微笑みながら私達を見る。いったい何が助かったのかを教えてほしい。
「一から神秘を扱える兵士を育てるのは大変だ。でも英国には神秘、というより対霊害装備を使いこなす集団があるよね」
答えずにヒントを出して来た。素直に教えてほしい。対霊害装備を使いこなす集団、となると。
「リチャード騎士団? でも、騎士団は政府には仕えないって言ってるでしょ? 神秘を使った軍隊になんて出来ないんじゃない?」
ウェリィのいう通りだ。リチャード騎士団は独立した組織で、誰からの指示も受ける事無く活動している。一応、国家元首たる女王陛下ならば指示を下す事が出来るが、『君臨すれども統治せず』の原則は騎士団に対しても適応されており、基本的に指示が下る事はない。
「ああ、なるほど、英国政府がリチャード騎士団を指揮下に置かなければならないと考える程の脅威が外にあると示す為ですね!」
ふと、鈴木さんは合点がいったらしい。手を打つながら声を出す。
「そうそう、中島さん以外も優秀なようで何より」
ニコニコというより、ニヤニヤに見えてきた〝情報屋〟の顔を見ながら、鈴木さんの発言を考える。
現状だと、リチャード騎士団が英国政府に従う事はまずない。神秘という物は秘匿されているもので、一般の行政府である英国政府にとっては関係の無いものだからで、指揮統率というのが不可能だからだ。
しかし、密輸された妖精銃と人工妖精が外国でテロリスト等に渡ったらどうだろうか、実際、密輸した妖精銃を渡す相手は反社会的な考えを持つ者が多かった。
テロとの戦い、それが最近の戦争である、というのは私でもニュースで聞いた事がある。神秘という新たな脅威がテロリストに利用されようとしている。それに対抗するために、リチャード騎士団を吸収して、政府直轄の神秘を用いた軍隊を作る。うん、受け入れられそうなフレーズだ。
「でも、それだけだと、リチャード騎士団に政府の声を聞いてもらう仕組みだけで終わってしまうかもしれない。リチャード騎士団が無能であると証明する為にジョージ卿は策を打ったんだ」
〝情報屋〟がそれを言い切ると、スイフト卿が手に力を込めながら口を開く。
「そこで利用されたのがアーサー卿と私達、という事ですね」
「そそ、実際に犯人では無いフェアさんを逮捕、もしくは殺害するように唆して、誤解で人を殺める野蛮な組織と印象づけたかったんだね」
なるほど、イングランド純血派の暴走を煽って、リチャード騎士団が統率された組織ではないとアピールする狙いか。そんな事に利用されていたとなれば、スイフト卿が怒りを抱えるのも無理はない。そんな私の納得とは関係なく、〝情報屋〟が人差し指を立てながら続いて発言する。
「しかも、もう一つ。英海軍の〝メドラウド〟を使える状況を作り出したのもジョージ卿だろうね。他国で軍艦に武器を使用させたっていう国際単位の問題を起こさせてリチャード騎士団の名声を地に落とそうとしたわけだ」
確かに、〝メドラウド〟はリチャード騎士団が指揮出来る駆逐艦らしいが、対外的な所属は
「私達がアーサー君を撃退して、頼みの綱だった〝メドラウド〟の砲撃も潜水艦で秘密裏に阻止したから、問題を神秘とは別の所に持ち出せなかった訳だ」
何も成し遂げられなかったアーサー達は、秘密裏に入国して、神秘を扱う者と戦闘を行っただけだ。当然、それも問題ではあるのだが、対霊害組織において、秘密裏に越境することはそこまで珍しい事ではない。霊害が国外に逃げたので何にも出来ませんという訳に行かない場合、秘密裏に越境し、対応する事もないわけではないのだ。
当然、普通なら越境先の対霊害組織と連携する為、異常な行動と言えばそうなのだが。
「そう、政府を動かすだけの影響は得られないと判断したジョージ卿は、妖精銃の量産を加速させ、神秘戦力の確保を優先する事にした。その結果起こったのが貨物船での戦闘だね」
なるほど、リチャード騎士団が手に入らないから、自力での戦力調達に切り替えたという事か。全く意識していない事だが、相手の計画を邪魔出来ていてよかった。
「相手が英国内で戦力を強化するというのでは、阻止しようがありません。世界各国の妖精銃を取り除くというのも関与できない事ですし、どうしますか中島さん」
鈴木さんが〝情報屋〟から視線を外して中島さんの方を向きながら言う。
これまでは日本国内での行動で影響を与えられていたみたいだけど、ここから先は英国内での動きになりそうで、日本で出来る事というのはかなり限られそうだ。
「英国内での事件となるから、深入りするのはどうかとも思う」
そうだ、中島さん達対霊害捜査班はあくまで日本の警察。国外に出て問題を解決するというのは仕事に含まれない。ならここで分かれて私とフェアだけでもジョージ卿と戦う。そう口を開こうとする。
「と言って切り離す訳にはいかない規模だよね。ここまで深入りさせられたんだから、行くところまで行ってしまおう」
せっかく決意を語ろうと思ったのに、中島さんに遮られた。いや、語った後に、付いていくけど? と言われた方がダメージが大きいか。
「まだまだ騎士団も立ち直ってない。フェアさんだけだと揉める事もあるだろうし、中島さんが付いて行った方が確実だね」
アーサー達は私が犯人では無いと納得してくれているが、リチャード騎士団全体では、まだ私が容疑者だと思われているだろう。その中で一人で行動するのは難しく、中島さんが付いてきてくれた方が助かるのは間違いない。
「どうやって出国しますか? 正規の手段だと装備を持ち出せませんし、何か方法が?」
鈴木さんの質問に、ウェリィが口を開く。
「また、〝英国の魔女〟を頼るんじゃないの?」
確かに、〝英国の魔女〟ことヒナタさんは英国に影響力を持っていると言っていたし、実際、アーサー達との決戦で助けてくれた。また条件を付けてくるかもしれないが、それは仕方が無い。
「そうだね、彼女を頼るしかないだろう。こんな事もあろうかと、彼女を説得する案を考えておいてよかったよ」
中島さんがニコニコしながら窓から注意深く外の様子を伺い始める。
「狙撃手もいなさそうだし、とりあえずこの場は離れようか。〝英国の魔女〟を説得する資料もそろえておかないといけないし」
その声に従って、周囲を警戒しながら離脱を始めた。残党の襲撃や、狙撃もなく無事に車まで戻り、移動する事が出来た。
= = = =
ヒナタさんに頼みたい事がある、とコンタクトを取ると、送られてきたのは前と同じお店で、というメッセージだけだった。
「正直あんまり協力してくれ無さそうだよね。ナカジマは自信ありげだったけど」
以前におすすめされたパンケーキを頬張りながらウェリィが言う。
実際、簡単に協力してくれないのは明らかだ、前回お願いした時も、リチャード騎士団、もしくは英国とは関わりたくないとはっきり言っていた。
前回はほぼ日本国内で完結するお願いだったが、今回は直接英国に向かう手段だ。がっつり英国に関わっている。快諾は無理というのは明らかだし、相当に気合を入れないといけない。
「おっ、パンケーキ気に入ってくれた? 紹介した甲斐があったね」
前回は制服だったが、今回のヒナタさんは私服だ。服は汚くなくて環境に対応出来れば良いという考えの私にはよく分からないが、おしゃれだと思う格好だ。
「ん? 私の恰好が気になる? だったら、どうせ無駄な説得なんてしないで服でも買いに行こうよ」
話題を振る前から却下されてしまった。完全に英国関係の頼み事だとバレている。最も、私がそれ以外の相談をヒナタさんにするとは私も想像できないが。
「それでも話だけは」
却下されたので引き下がる訳にはいかない。人工妖精と妖精銃を好き勝手に使われるのは阻止しなければならない。
「そう言うなら話は聞くよ。何も聞かずに追い返すほど冷たくしたいわけじゃないし」
そう言って、ヒナタさんが私の向かいの座席に座る。前に会った時は、笑顔の裏に友好的な態度を感じたが、今回はそれが無い。言っている通り、聞くだけ聞くけど何もしないというのは決まっている事なのだろう。
「人工妖精、妖精銃の流出に関わったジョージ卿の逮捕に協力してほしいの。騎士団長候補暗殺にも関わっている」
駄目元で、ストレートに要求だけを伝える。
「それならノーだよ。英国、リチャード騎士団で何が起こっていても私には関係無い」
駄目だと分かっていてもこうもはっきり拒絶されると流石にへこむ。結構強い語気だったが、周りの人は何事もないように喫茶店を楽しんでいる。この座席はルーンで周りから注目されない様になっているのだろう。
「人工妖精は私と共に育ってきた。そんな妖精達を好き勝手に使われるのは許せない」
個人的な感情を前面に押し出す。打算は混ざっているが、この決心は本当だ。目元にすこし涙があるのは嘘じゃない。
「その気持ちは察するけど、それだけ。英国以外で何かが起こった時手伝ってあげる可能性はあるけど、英国に関わる理由には絶対にならない」
英国がそこまで嫌いだったのか。これは取り付く島もない。しかし、私の怒りには同情するという意味なのか、ヒナタさんに届いたパンケーキに乗っているフルーツの一部が私の皿に乗せられる。それはウェリィの口の中に納まった。真面目な話をしているのだけど。
「だって明らかに拒絶してるじゃん。私が何か言っても逆に反感を買うだけだと思うけど」
冷静な客観視をしていたので、そのままフルーツを食べさせておく。ウェリィが有利に出来る交渉は魔法生物相手か、かわいい物が好きな人くらいだろう。
「他に何かある? 中島さんとかも何か用意してるんじゃないの?」
私は直ぐに出てくる説得材料が無い。中島さんから手渡されていた資料をヒナタさんに渡す。
ヒナタさんは素早く目を通すと。興味をなくしたように机の上に投げ出す。
「なるほどね、ジョージ卿が神秘軍を完成させたら私の身近な人間も戦場に駆り出される。確かに私のウィークポイントだね」
人質を取ったのか、直接危害を加えるという訳ではないが、なかなかえげつない事をする。
それを笑顔で説得する案は考えてあると言っていたのだから、中島さんも恐ろしい人だ。
「でも、英国と深く関わるよりも、身近な仲間達とともに戦う方がましだよ。妖精銃が流れ込んでから何にも対策をしてないわけじゃない。戦えるよ」
ああ、中島さんの案も駄目だった。いままでで一番反応が良かったのに。
「ひどい事してる割にはうまくいってないし、ナカジマの株だだ下がりー」
「中島さんは酷い人だよ。必要な時は非情な手段を取れる人。その事を嘆ける人でもあるけどね」
前者はなんとなく感じている事だけど、後者は本当だろうか、この考えについてニコニコ笑顔で話していたが。
「神秘の根絶に繋がりそうな話ではあるけど、その件だったら別の連中の方が気になる。ジョージ卿なんて貴族には興味を持つ暇無いよ」
出そうとしていた神秘の根絶に触れられてしまった。
「捕まった味方の戦闘員を躊躇いなく撃ち殺すような黒幕もいるんです、これでも協力してくれませんか」
非道を訴えたところで今更効果は無いだろう。そう思っていたが、ヒナタさんがこっちに身を乗り出している。
「それは狙撃で? 弾は純銀?」
確か狙撃で、弾は純銀だと言っていた記憶がある。説得用の資料とは別に説明しやすいように中島さんから捜査資料を預かっている。戦闘員の狙撃についても資料があったはずだ。それを探し出してヒナタさんに渡す。
さっきの資料とは比べ物にならない程じっくり見てから。ヒナタさんは立ち上がる。
「いやー、最近熱いよね。ちょっと河原でも歩かない?」
それは場所を変えたいという意味だろうと読み取れた。何か興味を持ったか、あるいは何かを踏み抜いたか。いずれにしても、断る理由は無い。私が立ち上がったのを見ると、ヒナタさんは店の入り口に向かって歩き始める。私もそれに続いた。
= = = =
元から人気のない河川敷、その中でも人目に付かない橋脚の下でヒナタさんがルーン文字を刻んでいる。ウェリィによると、たぶんだが認識阻害のルーンらしい。これで隠れたらいたずらし放題じゃん! と思ってじっくり見ていた事があったらしい。
ルーンを刻み終わったらしく、周囲を包む空気が変わったような感覚がある。
「これでよしっと。それでその貨物船の敵はSCAR-Lを使っていたかな」
それは間違いない、銃に刻まれた刻印も見たし、中島さん達との話の中でもそう書いてあった。
「はい、その名前でした。こちらの弾も純銀です」
戦闘員についての資料も持っていた。それを探し出してヒナタさんに渡す。
「あ、それは見ていい奴だよね。だったら全部見せてよ。聞いて見せてもらうんじゃ見落しちゃう」
捜査資料なので、一般人に見せていいものじゃないのは確かだが、説得に使ってもいいとは言われている。鞄から資料を全部取り出してヒナタさんに渡す。
ヒナタさんはそれをひったくるように取ると。その資料すべてに目を通し始める。
暫くは待つ必要がありそうだ、認識阻害を使うほど警戒している相手であるようなので、ヒナタさんに背を向けて周囲を警戒しておく。河原には全く人気が無い。元々からあまりないのか、それとも認識阻害の影響だろうか。
「なるほどね、彼らはこんな事をしていたんだ」
暫くしてから、そんなヒナタさんの声が聞こえたので、ヒナタさんの方に向き直る。
「おっけい、そっちの立場と状況は分かったよ。この黒幕に私達は用事があるの、是非協力させてほしい」
この警戒から察せる事ではあるが、やはりヒナタさんはこの事件の黒幕の事を知っているようだ。
「なに? ヒナタはこの黒幕の心当たりがあるの?」
ウェリィのド直球な質問にヒナタさんは困る様子もなく答える。
「ずっと追ってた敵だよ。最近活動している様子があったから警戒してたけど、まさか英国で動いてたなんて」
警戒していてても、ヒナタさんは英国との関わりを避けているようだから、ヒナタさんの情報網には引っかからなかったのだろう。
「まあ、そういう訳だから、君達に協力するよ。私のコネを使って英国内に送り込んであげる」
よかった、ヒナタさんに断られてたら次の当てなんてなかった。中島さんだったら何かあるのかもしれないが。
「しかし、それはそれとして、私の仲間達を餌にした中島さんには痛い思いをしてもらわないと。そうだ、フェアちゃん、中島さんと初めて会った時について面白い事言ってたよね」
悪いことを思いついた顔だ。普段のウェリィが良くする顔なのではっきりとわかる。
「えっと、ナンパのように接触してきた事ですか?」
面白い事といえばそれしかない。
「もうちょっと詳しく聞かせてよ。録音するけど悪い事には使わないから」
顔を合わせた時とは違う笑顔を見せている。絶対悪い事に使うなという確信があったが、中島さんにいけ好かない点があるのは私もなので協力しよう。
その後、ナンパのように中島さんが接触してきたエピソードをヒナタさんが求める形で発言して、私はヒナタさんと別れた。英国に移動する手段は用意が出来たら連絡をくれるらしい。
あの録音何に使うのだろうか。
= = = =
横田基地と呼ばれる広大な飛行場で私達はヒナタさんが用意したという迎えを待っていた。
「なぜ横田なんでしょう。ここは米軍基地ですよね」
鈴木さんが尋ねる。
「ここは航空自衛隊も使ってるし、英国も関係している国連軍の拠点があるからね。英軍機で本土まで運んでくれるんじゃないかな」
日本で生活している中で、日本にいる外国の軍隊は米軍だけかと思っていたが、そうではないらしい。日本の歴史も複雑だ。
「そういえば中島さん、ずっと聞くか悩んでいたのですが、右頬どうされました?」
私もずっと気になっていた。朝会った時から中島さんの右頬が少しだけ腫れているのだ。
見間違いかもしれないというレベルだったので聞くかをかなり悩んでいた。鈴木さんが聞いてくれたら助かる。
「いや、ちょっと娘にね。フェアさんとの出会いを偏向報道されちゃって」
中島さんがこちらを見ながら言う。なるほど、ヒナタさんが録音をどう使ったかが分かった。
中島さんの娘さんは日々中島さんの女性に対するナンパについて怒っていたと聞くし、私のような少女にナンパしたという証拠をヒナタさんから受け取ってビンタするほどキレたのだろう。
そういえば、あの録音は最終的にナンパしたという話だけになっていた。
「なるほど」
そういうナンパで中島さんが顔に傷を作る事は多いのだろうか、鈴木さんは慣れた様子だ。
「ごめんなさい、待たせましたね」
ヒナタさんの声だったが、普段のような明るい感じではなく、かなりお淑やかな雰囲気を感じる。その声の方を向くと、ローブに身を包み顔に仮面をつけたヒナタさんがいた。
「おや、〝英国の魔女〟も同行してくださるのかい?」
中島さんも驚いている。私もてっきり乗り物の手配だけで一緒について来る事はないと思っていた。
「彼女が〝英国の魔女〟? 想像より若いですね」
鈴木さんはヒナタさんに会うのは初めてだったか。ヒナタさんは鈴木さんの妹さんと同じ学校のようなので、その正体はバレない様にしないと。
「私が調べている事とも関係がありそうでしたので。それについて機内で少しお話しませんか、中島さん」
おそらく仮面の下で微笑んでいるのだろう、首を傾けながら中島さんに目線を送っている。
「ええ、興味を持っていると聞きましたので、関連しそうな情報をかき集めましたよ」
そんな大人の話を眺めていると、滑走路に
「ああ、来ましたね。歴史ある英国空軍が皆さんを確実に英国までお送りいたします」
〝英国の魔女〟は英国空軍まで動かすことが出来るのか、凄まじい力だ。
着陸した機体が飛行場を進み、私達の前に駐機して出発の用意を進める様子を眺めていると、ヒナタさんが横に寄って来る。
「鈴木さんには一応気を付けて」
耳元でそう呟かれてちょっとびっくりする。内容もそうだがひっそりと話してくるとは思わなかった。
「ああ、妹さんの事は隠します」
ヒナタさんの方を向いてそう答えると、ちょっと固まってからヒナタさんが口を開く。
「アキラちゃんの事もあるけど、今回の黒幕は神秘を知ったばかりの人間を標的に協力者を集めてる。ジョージ卿のように鈴木さんが利用されているって事も想定しておいた方がいい」
鈴木さんが今回の黒幕に協力してる? 鈴木さんの普段の様子を見てその光景は想像できない。鈴木さんは確実に良い人だ。というか、ヒナタさんが妹さんの名前を知ってるとなると神秘に関わってるのはやっぱり確定だ。
「善良な人が巻き込まれるんだよ。神秘って素晴らしい側面だけじゃない。その力を巡って多くの血が流れるなんてのはフェアちゃんも知ってるでしょ。そんな物なんてなければいいって考えは生まれてしまう」
確かにそうだ、この妖精銃と人工妖精を巡る陰謀もそうだ。神秘が無ければこんな事は起こっていない。
となると、今回の黒幕の目標って。
「あー、ちょっと話過ぎちゃったね。今の話は忘れて。私は自分で真実に辿りついた人だけを信頼してるの。彼らの手はどこに潜んでいるか分からないから」
捕まった仲間を直ぐに射殺するほどの組織だ。その手の者も手段を選ばずに様々な所に潜んでいても可笑しくない。
「なら、私もジョージ卿を捕まえて黒幕の影を掴みます。人工妖精を悪い事の踏み台にした奴らは許さない」
ヒナタさんをまっすぐ見つめてはっきりと宣言する。
「フェア(ちゃん)かっこいい!!!」
ヒナタさんとウェリィが茶化すように盛り上がる。この二人、結構息が合うらしい。顔が熱くなるのを感じながらヒナタさんから目を逸らす。
「この前も言ったけど、その気持ちは大事だよ。この事件は早く解決しないとね」
仮面でその視線は分からないが、ヒナタさんもまっすぐこっちを見てくれている気がする。
機体の方から一人の男性が駆け寄ってきて、搭乗の用意が終わったと伝えてくれた。英国までのフライト時間は半日以上、決戦への心構えをするには十分な時間だ。ジョージ卿を絶対に追い詰める。
= = = =
軍用機というのは乗り心地が悪いものとばかり思っていたが、私が乗せてもらった機体はそんな事は無かった。座席は普通に座り心地が良いし、トイレはもちろん、空調もしっかりとしている。それに、窓もあって景色も良い。ウェリィは暫くずっと窓に張り付いていた。
見た目も民間機と同じだったし、軍用機にもいろいろあるらしい。聞けば、空中給油機という機体らしく、他の軍用機に燃料を空中で分け与えるのが主任務だが、長距離まで飛べるし、原型が民間機の為、人も乗せやすいため、長距離の人員輸送にも使われるとの事だった。
「今は北海上空らしいから、もうすぐ英国だね」
コックピットでパイロットから聞いてきたらしい中島さんが伝えてくれる。北海は英国の北側、ヨーロッパの上に位置する海だ。窓から見えるのは海なので実感が無いが故郷に近づいてきているというのはちょっと心が騒ぐ。
何か感じる事が無いかと窓から外を見つめていると、ぱっと見イカのような何かが目に入る。とても速い。
「イカ?」
思わず呟くと、中島さんが素早く窓に寄り外に目を凝らす。ヒナタさんも同じように窓を覗き込んでいる。
「どっち?」
「右下の方、見えなくなった」
私も探そうと視線を左右に動かす。また窓の右下の方をイカのような機影が通り過ぎていく。二回目だからわかったが、どうも飛行機らしい。
「シートベルトをしっかり閉めた方がいい! 敵だ!」
中島さんはそう言うと、再びコックピットに向かって走り出す。
「イカっぽいって表現は面白いね。あれはタイフーンっていう戦闘機。英国を含めたヨーロッパ各国で使用されてて、たぶんあれはジョージ卿の手先だろうね」
ヒナタさんが落ち着いて説明してくれるが、そんなに落ち着いていられる状況だろうか、つまり敵が所属上は友軍の航空機を撃墜するという強硬手段に出たという事では?
妖精銃は遠距離の攻撃手段だが、航空機から戦闘機を迎え撃つような事が出来る代物ではない。
急に、自分の体が上に持ち上げられるような浮遊感を感じる。シートベルトによって抑えられているが、無かったら浮き上がっていただろう。窓から見ると、見えていた海面が見えなくなっている。角度を付けながら急降下をしているらしい。回避軌道だろうか。
そんな努力むなしく、衝撃が襲う。電気が消え、窓から見える翼に火が付く。いくつか通り過ぎた光があった。おそらく戦闘機に搭載されている機関砲によって攻撃を受けたのだろう。
「どうするのフェア! このままじゃ海に沈んじゃう!」
ウェリィが叫ぶが、私もどうしていいか分からない。撃墜なんて強硬手段に出るなんて考えてなかった。
「大丈夫、用意してあるから飛び降りて!」
ヒナタさんが激しく揺れる機内にも関わらず、普段と同じように移動しながら私に何かを張り付ける。おそらくルーンだ。
そう感じると同時に、機体に機関砲弾が命中したのか、壁に大きな穴が開き、そちらに向かって吸い寄せられる。ヒナタさんを信じて抵抗するのではなく、シートベルトを外して床を蹴り、逆に吸い込まれるように穴に飛び込む。
どういう効果かは分からないが、空中に飛び出した私の体は下に加速する事なくゆっくりと降下している。乗っていた機体の方を見ると、両翼のエンジンから赤い火を引いて私より速い速度で落ちて行っている。その後ろには二機のタイフーンと言うらしい戦闘機が飛んでいる。あの二機はおそらくこちらに気付いていないだろう。人間がパラシュート無しで緩やかに降下するなんて想像出来る事では無い。
空中給油機が海に突っ込み、そのまま浮かんでこない。二機の戦闘機は暫く上空をグルグルと旋回してその様子を眺めるように飛んでいたが、私が海面にたどり着く頃にはどこかへと飛び去ってしまった。
ルーンにはゆっくり降りる効果だけでなく、水上歩行の効果も付いていたらしい、水の中に入る事になると思っていたが、水上に立てている。
「よかった、無事でしたか」
同じように海面に立っている鈴木さんがこちらに駆け寄ってくる。そういえば、鈴木さんとヒナタさんは客室にいたからルーンで助かっただろうが、コックピットに駆け出した中島さんは無事だろうか。
「無事だよ。ルーンが無かったから泳いでいるけどね」
下から声が掛かる。見下げると、中島さんが立ち泳ぎをしながらこちらを見ていた。
「どうやって助かったんです?」
鈴木さんが最もな疑問をぶつける。このルーン無しで助かる手段があっただろうか。
「こんな事もあろうかと、美琴に落下の衝撃を和らげる式神を用意してもらってたんだ。本当に撃墜されるとは思わなかったけど」
流石中島さん。なら私達にも何か用意してくれててもよかったのではないだろうか。
「〝英国の魔女〟様が付いているからね、日本の外だと式神も本調子じゃないかもしれなかったし」
そういわれると何も言えない、人工妖精も日本に行って直ぐは調子が悪そうだったし、神秘は土地に縛られる場合もある。
「BSガーディアンが運用しているのに似ている所属不明船舶が近づいてきてる。戦闘準備を」
ヒナタさんは普通に空を飛んでいた。高い所に飛んで周囲の状況を確認していたらしい。
「数は?」
「大きいのが1、小さいのが3」
指さしながらヒナタさんがそういうのでそちらを見ると、水平線上に大きめの影が一つとその周りにいくつかの点が見える。
妖精銃に乗っているブースター付きドットサイトで確認すると、甲板の上に砲のようなものが付いた艦艇とゴムボートのような船がこちらに接近してきているのが分かる。
とりあえず、あの砲のようなものが不味いのは分かる。E型のエンターを呼び出して妖精銃でよく狙う。
「エンター、ガン・エンチャント」
エンターの力が銃に付与されたのを感じてから、引き金を引く。エンターの力で誘導された銃弾は見事に砲のような物に命中するが、火花を散らしただけで特にダメージはうかがえない。
その証拠に、砲のような物に人が乗り込むとドンドンドンと連続した発砲音が響き私達が経つ水面の近く水柱が上がる。あれは機関砲だったらしい。
いつもエンターには悪いがもう一度銃に入ってもらって、妖精弾を取り出しながらA型のアリスも呼び出す。
「アリス、バレット・エンチャント!」
アリスが入った妖精弾を装填して再び機関砲を狙う。この銃弾もエンターの力で機関砲に命中し、アリスの付与された妖精弾が効果を発動させ、機関砲を火で包み込む。
服に火が付いた機関砲の操作要員は慌てて機関砲から離れ、機関砲の基部で何かが飛び散っている。どうも銃弾を誘爆させることに成功したらしい。
「機関砲が無くなったら戦い様はあるね。この剣の持ち主の真似事でもしようかな」
中島さんが今剣を抜きながらそう言う。源義経と言っていたか、何か水上に関する逸話があるのだろうか。
「それをするには敵の船が四艘ほど少ないんじゃない? とりあえず狙いはわかったよ」
ヒナタさんはどういう話か伝わったようだ、鈴木さんもわかっている顔はしている。今剣について、もっと調べればよかった。
「フェア君はとりあえず一瞬だけでも敵の足を止めてくれれば大丈夫。鈴木君は立ってると危ないからルーンを剥がしてこっちにおいで」
なにかは分からないが自分のするべきことは分かった。後は手段を考えるだけだ。
といっても、大きな船から先行して接近してくるゴムボートのような船には見慣れたSCAR-Lという銃を構えた兵士が四人と操縦手が一人乗っている。遮蔽物が無いこの水上でまともに撃ち合うのはリスクが高い。
「防壁を展開するからある程度なら大丈夫。撃ち合ってくれていいよ!」
その声の通り、敵がこちらに向かって発砲するが私の手前で何かにぶつかって弾ける。これなら戦える。
狙いをつけて一人のSCAR-Lを撃つ。命中して跳ね飛ばされたそれは海に消える。続いて操縦手を狙って撃つ。操縦手は腕を押さえながら倒れ込み、船は明後日の方向へと進みだす。
「フェア君、あの船止められない?」
中島さんの声を聞いて、止める手段を考える。エンジンを固めたら一時的に止まるだろうか。
他の二隻からの銃弾は防壁がまだ止めてくれている。妖精弾をポーチから取り出してB型人工妖精のブルーを呼び出す。
ブルーを妖精弾に付与して、こちらにお尻を向けた船のエンジンに向かって射撃する。
命中して発生した氷塊はエンジンの吸気口を塞いだのだろうか、船の速度は弱まって停止する。
「ちょっと後二隻の牽制をよろしく!」
中島さんはそう言うと潜って消えてしまう。何をする気だろうか。とりあえず言われた通りに残る二隻のゴムボートのような船の兵士に狙いを付けて引き金を引く。こっちに敵の意識を向ければいいわけなので、狙いはある程度しか付けていない。
銃弾は効果が無いと見たのか、二隻のうちの一隻がこちらに突進するような進路を取ってくる。
兵士達の手には銃ではなくナイフが握られている。遠距離でダメなら近距離でという判断の速さは良いと思う。でもヒナタさんの防壁なら。
「残念。銃弾特化だからそれはそっちでいなしてくれると助かるよ」
ダメだった。なんてことだ。突っ込んでくる船の進路を避けるように走るが相手も小回りが利く、衝突は回避できそうだが、兵士達のナイフは届いてしまいそうだ。
銃剣を引き抜いて、近づいて来るナイフに当てて逸らす。片側に手を伸ばせる兵士は二人、もう一本のナイフも迫る。こちらはウェリィが兵士の顔に氷粒を飛ばしてくれたおかげで私に届かなかった。
「人を通さない防壁は無理?」
「出来るけど続かないから銃撃を浴びちゃうよ!」
それは問題だ。突撃してきた船からの射撃が再開され、もう一隻がこちらに向かって突っ込んできている。片方が射撃をして、もう片方が突っ込むという戦術らしい。防壁が無かったら銃弾でやられる。
次の船は攻撃の機会を増やす為か、私が逃げる方向に四人の兵士が集まっている。これを凌ぐのはちょっと難しいかもしれない。
少し諦めかけたその時、突撃してくる船の横に同じ船が突っ込んだ。
その突っ込んだ船の上に乗っていた中島さんが突撃中の船に飛び移るとあっという間に乗っていた全員を失神させる。衝突の衝撃で怯んでいた敵に成す術は無かった。
「おお、本当に義経みたいだね」
ヒナタさんの興奮気味な声が聞こえる。船と船の間を飛び移って戦ったというエピソードがあるのだろうか。
もう一隻は私に対する射撃に集中してしまっていたか、敵が私だけと思い込んだのだろうか、味方の船が無力化されたと気付いた時には中島さんが乗っ取った船が大分近づいている。全員が中島さんが操る船に銃撃を始めると同時に中島さんが飛び、相手の船の上に着地する。驚く敵を素早く峰打ちして二人を無力化、ナイフを抜いて対抗しようとした兵士を海に叩き落とし、銃で殴打しようとした兵士はそれを避けられて、峰打ちを受けて姿勢を回復できないまま海に落ちて行った。
操縦士が中島さんを後ろから撃とうと拳銃を抜いたが、それは私が撃つ。腕に当たって拳銃を落とした敵を中島さんが失神させた。
「後は大きいのだね」
接近してくる機関砲を積んでいた船の甲板には多くの兵士がSCAR-Lを構えている。あれに乗り移って仕留めるのは相当な困難だろう。
まだまだ戦いが続く事を予想した私にヒナタさんの声が届く。
「はいおしまい」
その声と同時に水面が固まって敵の船が完全に停止する。
「流石〝英国の魔女〟見事だね」
中島さんが関心したように言う。これだけの範囲を固めるにはどれだけのB型人工妖精が必要だろうか。
「早く乗ってください。離脱します」
鈴木さんが敵の使っていたゴムボートのような船の操縦席に立っている。
「スズキなにもして無くない?」
ウェリィが失礼な事を言う。
「最初の船同士をぶつけたのは私なんですけど……」
そうだったのか、私も中島さんが飛び移った所だけ見て、誰が運転しているのかという事に気付けなかった。
「いずれにせよ、これで英国に早く上陸しよう。人目のある陸上だと流石に容易に手は出せないはずだ」
鈴木さんの操る船に中島さんが飛び乗ってくる。ヒナタさんも飛行を止めて船に降り立つ。
氷漬けになった海で動けない敵の船の尻目に私たちの船はイギリスに向けて進み始める。
英国に到着すればついにジョージ卿と決戦だ。こんな手段をとる敵がどのような抵抗をしてくるか分からないが、何としてでも勝って見せる。人工妖精と妖精銃の正しい使い方を取り戻す。
決意を固めて、見え始めた英国の大地を見つめる。
ついに英国に帰って来たんだ。エディンバラの妖精研究所で暮らした日々だったが、何とも言えない感情が湧き上がってくる。
私、英国に帰って来たんだ。
~第八章 終~
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