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テンシの約束 第2章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 俺、三木みき帆夏ほなつには好きな人がいる。
 その人の名前は崎門さきかど実利みのり。俺の幼馴染だ。
 けど、実利は女装してるだけの男で、その関係が壊れる可能性を考えると、とても告白なんて、できない。

 

 夢を見る。

 あなたの日々は

 聞き覚えのない、しかし美しき女性の声が俺に語りかけてくる。

 

 よげんしましょう。
 よげんしましょう。

 

 あなたの日々は
 春にゆったりと登り始め、
 夏にグッと駆け上がり、
 秋に少し下りはじめ、
 冬にガクッと下るけれど、
 正月にはまた駆け上がり、
 春には大きな決断をし、
 夏の雪の中、人生は大きな転機を迎えるでしょう。

 

 しかし、それではあなたは失敗する。

 

 よげんしましょう。
 よげんしましょう。

 

 あなたが救われるには……

 

◆ ◆ ◆

 

「おーい、三木、起きろってば」
 木村の声に目を覚ます。何か夢を見ていた気がするが、……多くの夢がそうであるように内容を全く思い出せない。
「起きたか。もう昼休みだぞ。昼飯どうすんだ?」
 という木村の視線の先には空っぽの実利の座席。
「本当だ。実利がいないなんて珍しいな」
 つまり木村が聞いてるのは、いつも一緒に食べてる実利がいないがどうするか、という事のようだ。
 実利はいつも家の弁当を食べる。食事も厳しく指導されてるらしく、俺みたいに母親が寝坊した時は学食か購買、みたいな事はない。
 弁当も詳しくはないけど仏教の精進料理みたいな宗教的なものなのかもしれないと思う。
「俺は弁当だよ。たまには一緒に食うか」
「おっ、そうこなくちゃ」
 机をくっつけて向かい合わせに弁当を広げる。

 

「なぁ、お前、登山に興味はあるか?」
「はぁ? あるわけないだろ」
 俺の体力のなさを知らないわけないだろうに。
「まぁ確かにな。いや、そこまで深く考えなくていいんだ。こう……ハイキング? みたいな」
「……まぁそれなら少し楽そうな気はするか。……で、ハイキングがどうしたんだよ」
 俺の質問に木村が「よくぞ聞いてくれました!」とテンションを上げる。
「俺の愛しの先輩のことは知ってると思うんだが、その先輩が登山に興味があるらしくてな」
「なるほどな」
 愛しの先輩とは、この木村が片想いしている三年生の先輩の事だ。確か日向ひゅうが 陽光ひかりとか言ったっけ。
「で、どこの山に登るんだ?」
「あぁ。長門区の南西に西苑山せいえんやまってあるだろ?」
「あぁ、低めのすり鉢状の山だよな。足立区との境にある奴」
「そうそう。足立区に通じる国道のトンネルが通ってる山な。俺も昨日まで知らなかったんだが、そこに登山道が通ってて、山頂には長門区を一望できるらしい」
「へぇ、確かに良さげじゃないか」
「だろ? そんなわけで俺は先輩を誘うから、お前も誰か誘えよ」
「そうだなぁ、そうするとやっぱり実利になるか」
「いいんじゃねぇか? 崎門さんは帰宅部だけどスポーツは得意って聞くし。じゃ、今度の土曜日だから、よろしくな!」
 いつの間にか完食していた木村はそのまま立ち上がり、先輩に声かけてくるぜ、と意気揚々と教室を出て行った。
 恐ろしい早食いだ。そんなに先輩を誘うのが楽しみだったのか。
 まぁ俺も人のことは言えないか。実利を誘うと決めた瞬間、予定が一気に楽しみになってきた。
「よう、帆夏。まだ飯の途中か。この席借りて良いかな?」
「いいんじゃねぇの。その席の主人は今浮かれて3階だし」
「? じゃあまぁ失礼して」
 と実利が目の前の木村の席に座る。机の上に置いたのは購買のパンたちだ。
「どうしたんだよ、それ」
「いや、料理をしてたじっちゃの弟子たちが怪我してな。今日だけ購買で食べていいことになったんだ」
「なるほどな。貴重な購買食を楽しめよ」
「何目線だよ」
 実利が笑う。
「あ、そうだ、実利。お前、登山というかハイキングと言うかには興味ないか?」
「はぁ、どっちだよ。トレッキングなら時々するけど」
「あー、すまん、どう違うんだ?」
「まぁ、厳密な定義はないらしいけど、まず、登山ってのは登頂、つまり山頂を目指すのが目的な事が多いな。一方でハイキングってのはより気軽な山歩きで、頭頂を目的とはしない。例えば山の中腹に見晴らしがいい開けたところがあったらそこを目標にしたりする事もある。トレッキングってのはよりそれを長時間やる感じだな」
「つまり、登山、トレッキング、ハイキングの順番に緩いってことか?」
「まぁそれでもいいんじゃないか。トレッキングと登山のどっちがハードかはコース取りによるだろうけど」
「なるほど。ならその定義で行くと山頂近くを目指すハイキングって事になるのかな。どうかな?」
「行く山によるな。山をさんって読む山にはあんまり行きたくないんだが……」
 よく分からない拘りだな。
「あぁ、それなら大丈夫。西苑山だから」
「西苑山……あぁ、あのすり鉢状の……」
「まずいのか?」
「いや、大丈夫だろ。ただ、当たり前だが登山道から下手に外れない事だけ約束してくれ」
「あぁ、分かった。伝えておく。何かあるのか?」
「………」
 実利は逡巡するように俯いてた後、顔を上げて答えた。
「……。えっとな、あの辺でマムシが出たって話があったはずだ。血清を打つのが遅れて、なんとか助かりますようにとうちに祈りにきていた人がいたからな」
「マムシって確か毒蛇だっけ?」
「あぁ。血清を打たないと死ぬほどのな。だから、道に外れるのは危ない」
「なるほど。そりゃ危ないな。しっかり伝えておく」
 まだこの先人生は長いんだ。まだ死にたくない。
「で?」
「で、とは?」
「運動嫌いのお前が登山なんて提案するわけないだろ。どういう風の吹き回しだよ」
「あぁ、まさにその席の主だよ。木村の奴が、憧れの先輩と登山したいんだと。ただいきなり二人っきりなんて無理だろ? だからこう、何人かと一緒に行くってことにしたいんだとよ」
「なるほどな。確かにそういう意味じゃ、私は誘いやすいし、その先輩を安心させやすいか」
 いや、そういう意図じゃなかったんだが、変に否定しても怪しいし、そういうことにしておこう。
「ハイキングってことは昼飯とか用意するのか? 木村の奴に出来るとは思えないが」
 確かに。
「いや、そういえば聞いてないな。あとで確認しとくよ」
「おう。最悪の場合、私の登山道具を持ってくるよ。料理は持ち寄れる食材次第で要相談ってことで」
「へぇ、実利って料理できるのか」
 ちょっと意外だ。家ではお弟子さん任せだから研鑽する時間なんてないかと思った。
「山の中での簡単な料理に限るけどな」
 よく運動してるのは知ってたが、想像以上にアウトドア派だったんだな。と実利の新しい一面を知る。
 ……俺も運動したら、実利と一緒にトレッキングとか出来るかな。
 いや、いくらなんでも今更すぎるか。こんなことなら小さい時からもっと運動しとくんだったな、本当に。

 

 それから三日後の土曜日。俺たちは竈門駅で集合し井処駅まで電車で移動することにした。
「お前たちに紹介するぜ! 日向 陽光先輩だ!」
「あはは、はじめまして。日向 陽光と申します」
 名前だけ聞いていた先輩は噂通りの美人系だった。染めているのか、綺麗な白い髪が光に反射して輝いて見える。確かに魅力的な女性だ。
 これで成績もかなり良いって言うんだから大したもんだ。優等生ここに極まれり、といったところだろうか。
 まぁ実利の魅力には叶わないが。
「ようよう、三木、助かったぜ」
 電車内で木村がこっそりと近づいて声をかけてくる。
「誘った時、最初は遠慮してたんだけどさ、お前と崎門さんも来るって聞いたら、じゃあ私も行こうかな、って言い出してくれたんだ」
 助かったよ、と改めて告げる木村。
 まぁそりゃ二人っきりは断られるよな。あるいは男ばかりなのは嫌だった可能性もある。
 実利は一般的には女の子だと思われてるからな。上手く隠してるものだ……と言うと失礼になるんだろうか。


 それから数駅が過ぎて電車は井処町に到着する。そこか今度はバスで西苑山登山道入り口のバス停に向かう。
「もしかして三木先輩?」
 バスから降りたところで後ろから声をかけられる。
 振り向くと、小柄な短めポニーテールの女の子がバスを降りてくるところだった。
「やっぱり。先輩も登山ですか?」
「えっと……」
 まさか誰だっけ、などと言うわけにはいかない。実利になんて言われるか分からない。
「私ですよ、前城 架奈です。先月一度廊下で挨拶したじゃないですか」
「あぁ……」
 あのオカルト研究会の。オカルト研究会のやつ、としか覚えてなかった。
「帆夏、誰なんだ?」
「あぁ、オカルト研究会所属の女の子だよ。お前のことを知りたいって前に」
「あぁなるほどな。いつも悪いな」
 その言葉だけで全てを察したらしい実利がなるほどと頷く。
「それで、その前城さんも登山?」
「はい。よかったらご一緒してもいいですか?」
 思わぬ質問に実利達を振り返る。
「いいんじゃない? 男の子ばっかりより女の子がいた方が嬉しい」
「いや既に2:2ですよ、先輩」
 木村の言葉は置いといて、確かに日向先輩の立場から見るとその主張は頷ける。女性が一人いたくらいの方が安心できると言うものだろう。
「いいってよ。けど、実利を困らせるなよ」
「はい! よろしくお願いします! 先輩方!」

 

 こうして山登りが始まり、蓋を開けてみると実利を困らせることになったのは俺だった。
「ま、待ってくれ、す、少し休憩を」
「おいおい。さっき休憩したばっかりだろ」
 みっともなく懇願する俺に実利が呆れ顔で振り向く。
 面目ない。
「仕方ないな。私が付き合うからみんなは先に行っててくれ。帆夏は私が責任を持って連れて行くから」
 実利の言葉に他のメンバーが頷いて歩き出す。
「早く追いついてくださいね」
 俺たち二人に向けて日向先輩がにこやかに微笑み、先輩もメンバーに続く。
 まぁ向こうのメンツは男女比1:2になったから先輩としては安心だろう。
 とはいえ、
「い、いや、大丈夫だから、実利も……」
「馬鹿言え。山が初めてのお前を一人で置いてったら、どうなるか分かったもんじゃない。無理せずベテランを頼れ」
「す、すまん……」
 そんなわけで二人できっと一般的には過度な頻度であろう休憩を挟みつつ、俺たちはようやく山頂でみんなと合流出来た。
 確かに良い眺めだ。目の前に広がるでっかい山は崎門神社のある竈門山か。
 この山が長門区南西の山だとしたら、竈門山は線対象の位置にある長門区東北の山なんだな。

 

 昼飯は各自持ち寄ったサンドイッチになった。
「水筒のお茶じゃ味気ないよな」なんて言った木村に、実利は待ってましたとばかりに「まかせろ」とリュックからガスバーナーと鍋、バネみたいな見た目の何か、コーヒーフィルター、コーヒー豆、携帯コーヒーミルなんかを取り出した。人数分のマグカップまである。
「マグカップまでわざわざ用意したのか?」
「金使う趣味がないもんで、お小遣いには余裕があるからな。たまには使わねーとと思って」
 実利はよく自分を無趣味だと言う。強いて言えば体を動かすことくらいだと。その割に間食も禁じられてるから、お金の使い道がない、なんで話していた。
 しかし、だからといってまさかマグカップまで用意してるとは……。
「って、前城さんの分はどこから?」
「あぁ、うっかり割った時のためにもう一つ持ってきてたんだ。功を奏したな」
 我が幼馴染にして片想い相手ながら、思い切ったお金の使い方をするもんだな。

 

 そうして出来上がったコーヒーをみんなで啜る。
「にがっ、ミルクとか砂糖とかないのか?」
 などと情けない声をあげたのは他ならぬ俺だ。
「ない。ブラックをグイッと行くのが良いんだろ」
 と取りつく島もない実利。ブラック好きとは大人っぽい。俺も飲めるようにならないと。
 ちなみに俺以外、なんと前城さんまでもが平気でブラックコーヒーを飲んでいた。
 情けないのは俺だけだったらしい。なんて事だ。
「わたしも時々キャンプとかするので!」
 とは前城さんの談。
「へぇ。やっぱりなんかオカルトスポットなの?」
 と興味津々に聞くのは木村だ。おい、日向先輩と仲を縮めたいんじゃないのかお前。
「そうですよ。今日も本当はオカルトスポットに来るために登山に来てたんです」
「ほうほう。別に降り側に言ってもいいんだぜ? なぁ」
「おい」
 木村が調子の良いことを言ってるので実利との約束に反してるだろ、と声をかけようとするが、
「いえ、興味ない人と言っても仕方ないですから」
 先に前城さんが笑顔で断った。
 溌剌として人懐っこいタイプかと思っていたが、遠慮して壁も作れるタイプだったらしい。
 考えてみれば崎門神社についても実利に少しジャブで聞くくらいはあるかと思ったのにそれもない。意外と他人の迷惑に対しては弁えられる子なのかもしれない。
「ちなみにどういうスポットなんだ?」
 尋ねたのは意外にも実利だった。なんとなく関心が向いたのだろうか。
「えっと」
 何故かこっちを見たので、とりあえず頷いておく。本人が聞きたがってるなら俺が止める理由はない。
「足立区と長門区はこの山を通る国道4号線で繋がっていますけど、最初は今とは違うルートが計画されていたそうなんです」
「あ、それ聞いたことあるな。確かに足立区に向かおうとするとトンネルに入る少し前に右手に封鎖された道があるよな?」
 木村が口を挟む。それは知らなかったな。
「はい、多分それです。で、変更になった理由はトンネルの工事中に人が死ぬような事故があったからだそうでして、そんなわけで、死者の出て放置された作りかけのトンネルが今も放置されてるそうなんです」
「で、そこに出る、と」
 木村が尋ねると「ということらしいです」と前城さんが頷く。
「いいじゃん、ちょっと覗いてみようぜ」
「ダメだ。ここからだと完全に道無き道を進むことになる。ちゃんとした道を辿ると大回りだから夜になるし、無理だ」
 興味が惹かれたらしく立ち上がる木村。しかしそれを毅然と却下する実利。
「そうですね。やめておきましょう」
 それに日向先輩も頷く。

 

 下り道。
 下りって楽そうに思えたが、踏ん張る力が求められるからか、いっそ登るよりしんどい気がする。
 その途中、道無き道から意外な人物が飛び出して来た。
「あれ、片浦じゃん」
 出て来た少女は片浦 華凛かりん。ボブカットの小柄な女の子だ。
「こんなところで何してるんだ?」
 と木村が問いかける。
「あ、えっと、映研の撮影に照明係として協力してて、この辺で撮影してたから」
「ほー、なるほどな、だってさ、三木」
 ほら、もっと話膨らませろよ、と肘で小突いてくる。
 そうか、こいつの質問に片浦が好みって答えたわ、そういえば。こいつ勘違いしてやがる。
「あ、えーっと、この辺マムシが出るって聞いたんだけど、大丈夫だった? 付き添いの先生とかいないのか?」
 話を振らないと空気がシーンとなりそうで怖かったので木村の言いなりになって話を続ける。
「いますよ」
 と出て来たのは、なぜか帯刀している中島先生だった。
「中島先生。え、演劇部とも映研とも関係ないですよね?」
「えぇ。ただ山での知識は豊富なので。協力させてもらってます。この刀もそのための小道具ですよ」
 と帯刀している刀についてご丁寧に自分から説明してくれた。
「ちょ、先生出てきたら……」
「大丈夫ですよ。どうせすぐ忘れますから。ねぇ、陽光」
「はいはーい、ごめんね〜」
 突然背中をバンっと叩かれる。それだけでなんか急に眠くなって、立っていられなくなる。
 なんだこれ。瞼が、重い。
「巫女様。よりによってこの山に来るなんて、どういうつもりですか。ここが盛り塩な事くらいは……」
「悪かった。最初ここだとは知らなかったんだ。ましてあんたらの仕事とブッキングするなんて」
 中島先生と実利の会話が聞こえる。
「偶然ですか?」
「いや、この子は違う。なんでも古いトンネルを見にきたとか」
「……分かりました。この子だけ特別強く処置する必要がありますね。陽光」
「はいはい、お任せあれ〜」
 俺が聞き取れたのはそこまでで、それすら、次の瞬間には忘れていた。

 

 翌々日の朝。廊下を歩いていると、前城さんとすれ違った。
「あ、先輩。一昨日はありがとうございました」
「こっちこそ、おかげで実利も楽しそうだった。良かったら今後も仲良くしてやってくれ」
 って俺は実利のなんなんだ。
「はい。ありがとうございます」
 そんな挨拶を交わしてすれ違う。
「あ、そうだ。トンネルに行くなら、マムシとかいるらしいから気をつけろよ」
「? トンネル……って、なんでしたっけ?」
 もう忘れてるのか。案外飽きっぽい子なのかな。
「いや、もういいならいいんだ。またな」
 挨拶して今度こそすれ違う。
 そういえば帰りに誰かにあった気がするんだが、いや、帰りはあのメンツで話に盛り上がったもんな、そんなイベントが起きた時間はなかったか。

 

 教室に入って自分の席に着席する。
 木村の奴が終わってない宿題を慌ててやっている。
 今日もいつも通りの1日が始まるようだった。

 

to be continued……

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「テンシの約束 第3章」の大したことのないあとがきを
こちらで楽しむ(有料)ことができます。

 


 

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