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テンシの約束 第4章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 俺、三木みき帆夏ほなつには好きな人がいる。
 その人の名前は崎門さきかど実利みのり。俺の幼馴染だ。
 けど、実利は女装してるだけの男で、その関係が壊れる可能性を考えると、とても告白なんて、できない。
 5月には木村と木村の想い人・日向先輩、オカルト研究会の前城さん、そして実利の5人でハイキングに行った。実利の新しい一面を見ることが出来た。下りで何か起きたような気がしたけど、なんだっけ……?
 アメリカで同性婚が出来るようになると言う話を聞き、英語の勉強を始めた。
 実利が勉強を教えてくれてラッキー。
 けど、実利は普通に女の子が好きなんだって、知ってしまった。

 

 どれだけ落ち込んでいても、時間というのは残酷に過ぎていくもので。
 六月末だった時間は七月に入り、気がつけば七月十日の例年より十日ほど早いらしい梅雨明けを迎え、いよいよ夏本番。カンカン照りの暑い日々が始まった。
 そして、七月中旬。気がつけば先月末に会った深雪さんも同じクラスになっていて、席替えを経て、気がつけば隣の席に座っていた。
「そんなにぼーっとしていて大丈夫? もう少ししたら期末テストだけど」
 深雪さんの言葉でふと気づくと、休み時間だった。深雪さんは隣の席だからか、よく話しかけてくれる。今では、タメ口で話し合える程度の関係になっていた。
「え、あぁ……、もうすぐそんな時期か」
 期末テスト、そう、七月の末にある大きなイベントだ。あまり真面目とは言い難い連中も、流石に来年は受験ということもあってか、ぼちぼち勉強を始めているらしい。
「あなたは勉強しなくていいの?」
 そんな俺の他人事のような様子を感じ取ってか、深雪さんがさらに質問を重ねてくる。
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
「そうよね、あなた、英語の成績は良いもの」
「あぁ、まぁ、それはな……」
 あの後も、実利は度々俺に英語を教えてくれた。おかげで、英語の実力は今やすっかり高校二年生のレベルに追いついて、授業を聞いても理解出来、毎週火曜日にある英語の小テストでも満点に近い成績を取れるようになっていた。
 とはいえ、それは英語だけの話で、他の教科はあまり成績が良いとはいえない状態にあった。
 深雪さんと話しながらも、俺はボーッとしていたのだが、深雪さんはそれが面白くなかったのか、顔を耳元に近づけてきた。
「実利ちゃんのこと、追いかけたいんでしょ?」
「!」
 思わぬ言葉に、思わず、体が動き、椅子から落ちそうになる。
「な、なんで、そこで実利が出てくるんだよ」
「とぼけちゃって、見ていれば分かるわよ」
 その様子に楽しそうに深雪さんが笑う。クールなイメージだったので、その楽しげな笑い方はちょっと意外だ。
「で、でも、実利は……」
「國學院大學に行くんだっけ? でも、國學院大學にだって、神道文化学部の普通の学部もあるわよ。文学部とか」
 またまた驚く。実利の進路は自分しか知らないと思っていた。
 でも、深雪さんにはついつい秘密を喋ってしまいそうになる不思議な魅力がある。実利もそんな雰囲気にあてられたとすれば、そう不思議なことでもないかもしれない。
「そ、そうなのか……」
 言われてみれば、実利に言われてから実際に調べていなかった。まぁ、何せ言われてから、あの事実を聞かされるまで、ずっと実利と一緒にいて、聞かされた後は調べる気もなくなっていたから仕方ないのだが。
「だから、諦めるのは早いんじゃない? 同じ大学、目指してみたら?」
 いつの間にか自分の席に戻った深雪さんが、そう言って笑う。
「……確かに、そうだな」
 でも……、もし実利を追いかけても、俺の想いは届かない。それはあの日、証明された。
「まだ暗い顔ね。何かあったの?」
「いや……、別に。深雪さんに話しても仕方ないことだよ」
「そう? 話をするって、それだけでも意義のあることだと思うけど」
 俺がこれ以上は話したくない、と会話を切り上げようとするも、深雪さんはより話を聞こうと、食い下がってくる。
「…………」
「…………」
 無言で、二人して見つめ合う。
「おい、三木、何を美少女と見つめあってんだよ」
 そこに割り込んでくるのは、木村だった。
「あら、木村さん、こんにちは」
「お、おう、こんにちは」
 それに対し、俺が応じるより早く、深雪さんが応じる。
 すると、木村は露骨にドギマギした様子で、挨拶を返す。
 おい、愛しの先輩はどうした。
「で、どうしたんだよ、木村」
「いや、たいしたことじゃないんだけどな。夏休みの予定、そろそろ考えときたいなと思って」
 今度は木村と深雪さんの見つめ合いになりそうだったので、俺が口を挟んで、木村の要件を聞く。
「夏休みの予定? まだ来月だろ?」
「そうは言ってもよ、いきなり、明日遊びに行かねー? ってのも集団だとやりにくいだろ?」
「集団? 誰の話をしてるんだよ」
 思わぬ言葉に俺は首を傾げる。
「もちろん、俺の愛しの先輩の話に決まってんだろ」
 よかった、ブレてはいなかったようだ。
「って、まさか……、先々月のハイキングの時みたいに集団でデートしようって腹か?」
「その通りよ! だって、夏だぜ! 海行かなくてどうするよ、海!」
 木村のテンションは高い。どれくらい高いかというと、最後の大きな声で、教室中の人間がこっちに振り向いたくらいだ。
「まぁ、俺で良ければ付き合うけど……、実利はなんて言うかなぁ」
 実利は女装をした男性なわけだが、基本的にその事実を隠している。なので、水着という大きな露出が求められる海には行きたがらないような気がする。
「水着を着たくないなら、水着なしでも良いって言ったら、お前が行くなら行くって言ってたぞ」
「って、先に実利に話通してたのかよっ!」
 思わぬ木村の言葉に、今度はこっちが突っ込むことになる。
「だって、先にお前に話振ったら、「あー」とか「うー」とか釣れない返事ばっかりだったからよ」
 それはすまん。
「それに、ビッグニュースだぞ! 片浦も来る!」
 それの何がビッグニュースなんだ? と思いかけて、そういえば、俺の好みは片浦ってことになってたんだった、と思い直す。
「お、おぉ、それはすごいな」
 正直、そこまで強く興味を惹かれるってことはないが、反応が薄くて怪しまれても困るので、乗り気な返事を見せる。視界の隅で深雪さんがくすくすと笑いをこぼしているが、気にしないことにする。
「あと、架奈ちゃんも来るってよ」
「随分根回ししてんじゃねぇか。……カナちゃんって誰だっけ?」
「誰ってお前なぁ。ほら、崎門さん目当てのオカルトマニアの……」
「あぁ、オカ研の」
 完全に忘れていた。ってか、何をシレッと仲良くなってるんだ、木村のやつ。実は対女性能力高いのか?
「あぁ、いや。あの二人については崎門さんが呼ぶって言い出したんだ」
 じゃあ、架奈ちゃんとかいう親しげな呼び方はなんだ、と言いたいが、まぁ気にしないでおくか。
 そんなことより、実利の奴、片浦と仲が良かったのか。そういえば、西苑山でも、先生と片浦と会話してたような。
 ……ん? いやいや、山であの二人には会っていないな。何と勘違いしたんだ、俺は。
「で、どうするよ? 断るなんてことないよな? 俺とお前以外はみんな女子だぜ女子」
 楽しそうに木村が言う。
「分かった、行くよ」
 ここで下手に断るのも変だ。それに、実利が行く気になっているなら、俺が断るせいで行けないというのも変な話だろう。
「あの、木村さん」
 そこで、深雪さんが口を挟んだ。
「どうしたんだい、天使さん」
「……、えっと、それ、私も参加していいですか?」
 天使さん、と言われ、一瞬複雑そうな表情をしてから、深雪さんは尋ねる。
 深雪さんはあまり自分の苗字が好きではないらしい。どうも、兄弟が多いらしく、あまり名字に自分のパーソナリティを感じないらしい。それにしては一年生や三年生に転校してきたという噂は聞かないが、もっと歳が離れているのだろうか。
「もちろん、いいぜ、人が大いに越したことはないからな。天使さんくらいの美少女なら、断る理由はナッシングよ」
 やはり嬉しそうに、木村はサムズアップして喜びを示す。
「おい、三木、分かってるな。この海へ遊びに行く件は他言無用だぞ。もし万一、他の男子に漏れたら、どうなるか分かったもんじゃないからな」
 深雪さんは美少女だ。男子女子問わず人気が高い。そんな彼女が僅かな男と海に行くなどと噂が広まれば、あまり良い展開は呼び込むまい。最悪、剣呑な事態になる可能性さえある。
 俺は勿論、と頷いた。
 そして、木村が去っていく。
「せっかく大事な話をしてたのに。でも、海、楽しみね」
「海、好きなの?」
 残念そうに呟いてから、微笑む深雪さんに、俺は話を逸らすのも兼ねて、質問する。
「好きよ。昔は山の向こうに海がある街に住んでいてね。山の上の神社からは海が見えたの。そこから海を眺める毎日だった」
「へぇ」
 どちらかというと憧れに近いタイプの「好き」なのかな。しかし、山の上の神社か。少しだけ崎門神社に似ているな。
「憧れ、ね。確かにそうかも」
 俺の独白を見抜いたかのように、深雪さんが呟く。
「人間は誰だって憧れを持っている。私もその例外じゃないのかも」
 深雪さんは少し遠い目をしてそんなことを呟いた。
「ねぇ、パ……いえ、帆夏。あなたは、一度仲違いした相手とでも仲良くなれると思う?」
「え……」
 しばらく遠い目をした後、こちらに視線を戻した深雪さんがそんなことを問いかけてくる。
 思わず息が止まるかと思った。
 それはもしかして、俺と実利の事を言っているのか?
 俺と実利は表向きは一緒に勉強会したり、一緒に帰ったりと仲良いが、実際には俺は実利のある言葉に勝手に傷付き、ちょっと顔を合わせにくい事態になっている。会う度、気がそぞろになっているのが現実だ。これは見る人によっては、特に深雪さんほど鋭い人にかかれば、仲違いとも言えなくはないのではなかろうか。
「一般論とか正解を聞きたいんじゃないの、あなたはどう思う?」
 俺が言葉に詰まっているのをどう見たのかわからないが、深雪さんが問いを重ねてくる。
「俺……は……」
 俺と実利はもう一度心から笑い合える仲になれるだろうか?
「分からない……けど、また仲良くなれれば……いいよな。一度仲違いして終わりだなんて、悲しいし……」
 それは答えというよりは、願いに近い何かだったが、今の俺に答えられるのはこれが精一杯だった。
「ふぅん」
 俺の回答に対し、深雪さんはただ頷いて。
「そっか」
 と言って、前を向く。
 直後、チャイムが鳴り、先生が入ってくる。そうか、今日は日本史だったっけ。やばい、小テストだって言っていた気がする。
 日本史の徳島とくしま先生は丁寧な物腰の通り、優しい先生で、なんと、期末テストの問題のうち八割は小テストで出題した問題から出すと宣言している。残りの二割は授業の理解度を試すための簡単な論述問題になるらしい。
 なので、小テストをちゃんとまとめておいて、あとで復習すれば確実に八十点取れる計算になる。……と、実利が言っていた。
 ただ、これはちゃんと勉強する人間の理屈で、俺みたいに基本的に勉強が苦手な人間にとっては、毎回小テストが行われるという苦しい状況にある。
 今回も全然解けなかった。
 俺はヤケクソの如く授業を睡眠時間に充て、またあの二十六人で丘の上で十字架に磔にされ、一人残らず槍に突き刺されて処刑される夢を見る。
「おはよう、随分ぐっすり眠っていたわね」
 目を覚ますと昼休みだった。
「どんな気分? 神を信じて最後まで十字架で祈り続けるのって」
「……え?」
 聞き捨てならない言葉だった。
 だって、それは、まさに夢で見たあの光景の話じゃないか。
「深雪さん……人の夢が分かるの?」
「まさか。ちょっと当てずっぽうで言ってみただけ」
 そんなバカな話があるか。当てずっぽうであんな光景を言い当てられるはずがない。
「そんなことより、小テスト、どうだった?」
「小テストって……、いやそれより、夢の……」
「私も興味あるな、お前の小テスト状況」
 深雪さんが話題を変えようとするのを食い下がろうとするが、そこに実利が割り込んできた。
「え、実利」
「どれ、見せてみ」
 実利はヒョイと俺の机の上に小テストの藁半紙を取り上げる。
「ほぉ、5点満点中1点か」
 実利が感心した風に言う。言うまでもないかもしれないが、その視線はジト目気味だ。
「し、仕方ないだろ。そんな昔のこと、言われても覚えてないんだから」
「問一、大和朝廷時代の大王オオキミのことをなんと言う?」
「あぁ、それ、なんだった?」
「天皇。確かに昭和を最後に使われなくなった言葉だけど、曲がりなりにも近代まで使われていた言葉だぞ……」
 俺の不甲斐なさに呆れた様子の実利。だが、すまん、実利、今からお前をもっと呆れさせるぞ。
「すまん、昭和ってなんだっけ?」
「元号だよ。中学の歴史で習ったろ。昔は和暦って言って、西暦とは別に日本独自の元号があったんだ」
 和暦の存在は流石に記憶にはある。昭和って和暦があったんだっけ、使わないからすっかり忘れていたな。
「皇家皆殺し事件、印象的すぎて忘れる方が難しい気もしますけど……、それに、小学校の修学旅行で旧皇居公園は定番でしょう?」
「あー、そこは私達は事情が違うかも。近すぎて、修学旅行だと行かないんだよね」
「あぁ、なるほど。そう言うの話に聞きますね」
 旧皇居公園、千代田区にある公園だよな。あれがどうかしたんだろうか。
「あぁ、ピンときてねーな、お前。旧皇居公園には皇居ってのが昔あって、天皇って人とその家族はそこに住んでいたんだ」
「えぇっ、そうだったのか!」
 天皇なんてずっと昔の話で、今には痕跡も残っていないのかと思ってたが、意外と身近なところに痕跡があるもんだな。
「ずっと昔のことだった、って顔ですね」
「まぁ、俺らからすれば30年以上も昔のことだから、そりゃ昔っちゃ昔だけどな……」
 実利の呆れ顔は変わらない。
「……ねぇ、帆夏。私と勉強会をしない? 私ならどの教科もしっかりと教えてあげられる。いつか持つことになるあなたの夢も、きっと支えてあげられるけど、どうかしら?」
 その実利の表情を眺めていた深雪さんがふと視線をこちらに移し、そんな言葉を切り出してくる。
「ええ……、いや、俺は別に……」
「遠慮しないで、ほら、私の手を取って」
 深雪さんの細くて白い手が俺に向けられる。
 え、俺はどうするべきなんだ。
「天使さんの提案は良い事だと思うけど、帆夏には私がいるんで、心配ないよ」
 俺の逡巡を中断するように、実利がそう言って、俺の手を取った。
「実利……」
「帆夏。私もこの結果にはちょっと危機感を覚えた。今度から英語以外の科目も勉強しよう」
 俺の手を取って俺の顔を正面から見据える実利は本当に綺麗で、俺は思わず視線を逸らしてしまう。
「おい、視線を逸らすな。お前の進路が心配なんだ」
 まっすぐな視線でそう言う実利。
 そんな近い距離でそんな熱心に言われたら、俺は、お前のことを諦めようかとずっと考えてたのに、諦められなくなる。
「す、すまん、トイレ!」
 俺はどうにもならなくなって、その腕を振り払って、教室を飛び出した。
「帆夏……」
 その背後からそんな声が聞こえたのを、俺は聞こえないふりをした。

 

 トイレからの帰り道。俺は教室に戻って実利の前に立つのが怖くて、なんとなく校舎の外側を彷徨っていた。
「……長門区のトウマシはあなた一人、なかなか休みも取れない状況でしょう。その期間は私やベルナデットが保たせますから、あなたはゆっくりしてきなさい」
 どこからかそんな声が聞こえてきた。中島先生の声だ。
 誰と話しているんだろう。なんとなく興味を惹かれて、声の元を探してみる。
「はい。けど、中島先生も忙しい身ですし、ベルナデット先生は元々は……」
 返事が聞こえてくる。片浦の声だ。
 見つけた、校舎裏でひっそりと会話している。
「えぇ、元々は崎門神社へ盗みに入ったレイガイ。ですが、長門区を一人のトウマシで守るというのがそもそも無理な話。本来なら各町を一人ずつトウマシが配置されるのが常だったのです。あなたに無理をさせるくらいなら、ある程度の取引もやむなしと言うものです」
 崎門神社に盗みに入った? ベルナデット先生って英語のベルナデット・フラメル先生のことだよな……? そんな話、実利から聞いたことないけど……。
「ともかく、あなたの海行きは決定事項です。巫女様を守るためにも絶対に必要です。そして、もし何かの間違いで巫女様が一週間以上この町を開けそうな時は……」
「分かっています。あらゆる手段を許容し、なんとしても連れ戻す、ですよね」
 なんだか物騒な話をしている気がする。巫女様って誰のことだろう。演劇の練習か? にしては実名を使っているのが気になる。普通、演劇なら演劇の役の名前で呼び合うはずだろう。まさか舞台の上で演者の本名を呼び合うわけもない。
「っ、誰ですか!?!?
「やべ」
 何を根拠に聞き咎められたのか、中島先生が鋭い眼光で突然振り返る。
 あの眼光はとてもじゃないが教師が生徒に向けるそれではない。中島先生は恐ろしい教師ではあるが、あそこまで、そう、殺意、のようなものを込めた視線を投げてくることはない。
 俺は慌てて駆け出した。
「華凜、追ってください」
「はい」
 背後からそんな声がする。
 続いて地面を蹴る音。
 まずい、俺の体育の成績はそんなに良くない。このままじゃ追いつかれる。
「帆夏、こっち」
 突然そんな声が聞こえたと思った直後、体が一気に引っ張られる。
 びっくりしてそちらに視線を向けると、超至近距離に深雪さんがいた。
「うわ、み、深雪さ……」
「しーっ」
 思わず声をあげそうになる俺に、深雪さんが人差し指を当てて静止する。
「落ち着いて、息を止めて」
 訳も分からないまま、息を止める。
 直後、片浦がすぐそばを走り抜けていく。腰に挿した何かを掴みながら走っている様はまるで武士のよう。
 体育館前の広場をキョロキョロと視線を動かす。
 明らかにこちらも視界に入っているはずだが、どう言うわけか反応した様子はない。
 しばらくして、片浦は腰に挿した何かから手を離し、校舎裏に戻っていく。
「誰も発見出来ませんでした」
「そうですか、私が気を張り過ぎていたのでしょうか……。とはいえ、ベルナデットに限らず、今、日本はあらゆる勢力に狙われています。華凜も気をつけるように」
 そんな言葉が遠くに聞こえて、そこから声がヒソヒソとした声に変わり聞こえにくくなった。
「ふふん、天皇の加護がなければまぁこんなものよね」
 何やら自慢げに頷く深雪さん。
「今回は私が駆けつけられたから良かったけど、あまりあぁ言う秘密の会話は盗み聞きするものじゃないわよ、帆夏。もし殺されても、殺されてからじゃ文句は言えないんだから」
 夢の中みたいに、十字架にかけられながらも神を信じ続けるって言うなら別だけど、と深雪さん。
「殺されるって、そんな、アニメや漫画じゃあるまいし」
 そんな深雪さんの言葉に俺はなんとかそんな言葉を絞り出した。
「本当はあなたが一番よく分かっているでしょ? さっきのはアニメや漫画の冗談なんかじゃないって」
 その言葉に深雪さんはそう言って笑顔を作った。
 それはその通りだ。俺は、さっきの中島先生の視線に、そして追いかけてくる片浦が手にかけていた短刀に、冗談ではない空気を感じた。
 もし、あのまま深雪さんが現れず、片浦に見つかっていたら、俺はもしかして、片浦にあの短刀で殺されていたんじゃないか。そんな想像が拭えない。
「ねぇ、帆夏。やっぱり、私と勉強会をしましょうよ。そうしたら、あなたに教えてあげる、あなたの知らない、この世界の秘密。あなたの見る夢の秘密。そして何より、あなたの大好きなあの子の秘密」
 深雪さんが腕と指を絡ませながら、そんな言葉を紡ぐ。その言葉が俺の心に入り込んでくる。なんだか聞いちゃいけない言葉のような気がするのに、深く深く、砂に液体が染み込むように、俺の心の中に染み込んでくる。
 知りたい、秘密の答えを。
「俺、は……」
 なぜだかカラカラの喉を振り絞って、声を発する。
「なぁに、帆夏」
「知……」
 チャイムが鳴る。まずい、授業に遅刻する。
「あーあ、時間切れ。でも私の愛は寛大だから、許してあげる。もし、私と勉強会するつもりがあるなら、実利ちゃんのことは置いて、裏門に来て」
 そう言って、さらっと俺から距離をとって、深雪さんが去っていく。

 

 それからの時間はその全てが、放課後どうするか、に悩む時間となった。
 考えて、考えて、考えて、考えて、それでもなお、答えは出ず。
「帆夏、授業お疲れ様、帰ろうぜ」
 気がつけば、実利が帰宅を促してきていた。
 ――分かってるでしょ? あなたのすべきことはただ一つ、その誘いを断って、裏門に来ること。
 頭の中で深雪さんの声が聞こえた気がした。
 思えば、これは深雪さんなりのデートのお誘いなんだろうか? だとしたら、悪いことじゃないのかも。
 もう実利との関係がこれ以上発展することがないことを俺は知っている。
 なら、深雪さんみたいな美人とまた新しい恋愛を始めると言うのも、決して悪くないのかも……。
「あぁ、帰ろう」
 でも、俺には実利の誘いを断ることなんてとても出来なかった。
 例え、この想いが叶わないのだとしても、例え、俺の気持ちが伝えてはいけないものだったとしても。
 俺は実利が好きだ。
 だから、実利と一緒にいられる時間を捨てて、他の人と勉強するなんて、やっぱり考えられなかった。
 ――あーあ、やっぱり直接接触しないと効きが弱いかぁ。
 そんな残念そうな声が聞こえた気がした。

 

 その夜。
 ――預言しましょう。
 真っ白な空間の中で、そんな声だけが聞こえてくる。
 ――預言しましょう。
 なんだか、深雪さんの声に似ている気がする。
 ――このままでは、あなたは失敗です。
 あんな超至近距離でのふれあいを経たから、深雪さんの夢なんて見るのか。
 ――あなたにはセイジンになってもらわないといけない。
 セイジン? 20歳まで生きろってことか? 変なことを言う。別にそれまでに死ぬつもりはないぞ。
 ――預言しましょう。
 予言ねぇ。何を予知してくれるって言うのやら。
 ――預言しましょう。
 なんだか窮屈な夢だ。体を一つも動かせず、ただただ言葉を聞くしかない。
 ――大切なあの子以外とも、仲良くなさい。
 何かと思えば説教か。
 ――その絆が、きっとあなたを前に進ませるでしょう。
 大きなお世話だよ。
 ――今度こそあなたが、この弓状列島を救うセイジンとなるのです。
 なんのことだ。
 ――預言しましょう。
 ――預言しましょう。
 ――夏休み。あなたの真価を示す時です。
 最後に、孔雀のような文様の入った翼を生やし、右手には剣、左手には天秤を持った、深雪さんの姿が一瞬見えて。
 目覚めた。
 
 その変な夢を見たのは、七月中にはその一回きりだった。
 夢で見た変な深雪さんの正体も分からないまま、現実世界の深雪さんも時たま世間話やテストの結果の話こそするものの、勉強会に誘ってくることもなくなった。
 向こうからすれば、俺は実利を選んだんだろう、と言うところなんだろうか。

 

 平穏な日々が続いていく。
 テストも実利との勉強会のおかげで結構良い成績が残せた。勉強の仕方も分かってきたし、英語以外の勉強も案外楽しく思えることが増えてきた。
 やっぱり実利にはたくさん助けられているな、と、そんなことを思いながら。
 ついに、夏休みがやってくる。

 

to be continued……

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