テンシの約束 第5章「白昼の刃、夜の素肌」
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俺、
その人の名前は
けど、実利は女装してるだけの男で、その関係が壊れる可能性を考えると、とても告白なんて、できない。
5月には木村と木村の想い人・日向先輩、オカルト研究会の前城さん、そして実利の5人でハイキングに行った。実利の新しい一面を見ることが出来た。下りで何か起きたような気がしたけど、なんだっけ……?
アメリカで同性婚が出来るようになると言う話を聞き、英語の勉強を始めた。
実利が勉強を教えてくれてラッキー。
けど、実利は普通に女の子が好きなんだって、知ってしまった。
悩んでも、時間だけは過ぎていく。夏に海に行く約束をした俺たちは、それを楽しみにしつつ、生活を送っていく。
そんな中、俺は片裏や中島先生が何か秘密を抱えていることを知る。深雪さんがその秘密を教えてくれようとするが、俺はそれを断り、実利と帰る道を選んだ。
時は8月半ば。いよいよ約束の海行きの時が来た。
電車の車窓からはついに海が見え始め、キラキラと俺達を出迎えるように輝いていた。
「見えて来たぜ、海だ!」
電車の中でテンション高く叫ぶのは木村だ。
「木村さん、そんな叫んだら周りの人たちに迷惑ですよ」
木村の叫びに深雪さんが呆れたように注意する。
その言葉の通り、俺達の一団は周囲の人々から強い注目を浴びていた。言うまでもなく、突然電車内で叫んだ木村のせいだ。
「でも気持ちは分かりますよ、海ってテンション上がりますよね」
この面子唯一の後輩である前城さんが楽しそうに微笑む。
「そうだろ、そうだろ? 先輩もそう思いますよね?」
そう言って木村が彼の本命たる日向先輩に声をかける。
「え? いやー、周りの人に迷惑をかけるのは駄目でしょ」
だが、木村の言葉はあえなく日向先輩に否定される。
「そんな、先輩に否定されちまった、どうしよう三木……」
「どうしようって、俺に聞かれても……」
そんな木村の言葉の矛先は俺に向かう。
「なんだよ、電車内で何騒いでるんだ?」
そこで椅子に座って少しうつらうつらしていた実利が目を覚まして問いかけてくる。
「海が見えてきたんすよ!」
実利の問いかけに木村が答える。
「お、漸くの到着か」
武蔵小杉駅で乗り換えて以降の一時間弱、ずっと実利は椅子に座ってうつらうつらとしていた。
「実利、疲れてるのか?」
俺は心配になり、実利に問いかける。夏休みももう半ばだ。殆どの生徒はここまでで学生生活の疲れを癒やすものと思うが、部活動をしている生徒などはむしろ夏こそが本番であることもある。神道には明るくないが、神社もそうなのだろうか。
「いや、心配ないよ、ちょっと夏バテかな」
「そうか。まぁ今日は海でゆっくりしようぜ」
「あぁ」
と、そう話す俺達の様子を、片浦は一人じっと眺めていることに気付いた。
「あ、すまん。片浦も実利と話すか?」
「え? ううん、大丈夫よ」
突然、話を振られて驚いた、という様子で片浦は首を横に振る。
「そっか。ならいいんだが」
「いや、やっぱり、ちょっと……」
そう言って、片浦が俺の服の裾を引っ張り、自分の元へ来るように促す。
「ん? 実利じゃなくて俺に用事だったのか?」
俺は促されるまま、片浦に近づく。
「実利さ……んは貴方に勉強を教えつつ、神社の手伝いなんかもしてる。実際には相当お疲れだと思うわ」
実利に背を向けた形の片浦が小声で俺に実利の事情を教えてくれる。
「だから、幼馴染であるあなたが、ちゃんと気にしてあげて」
「あぁ、分かったよ。ありがとう」
俺は片浦にお礼を言って実利の元に戻る。
「なんの密談だったんだ?」
「いや、別に大したことじゃなかったよ」
「ふーん、でもまぁ良かったじゃねぇか。木村から聞いたぜ。お前、片浦が好きなんだろ? 好きな子と小声密談なんて、幸せじゃねぇか」
小声で実利が俺にそんな事を言う。
「木村のやつ、余計なことを……」
思わずそんな言葉が口をついて出る。
「なるほどな、木村の早とちりか」
その言葉を聞き、実利から思わぬ言葉が出る。
「え?」
「本当に本命を言い当てられてからかわれたら、お前の反応はもっと違うだろ。俺はお前の幼馴染なんだ、それくらい分かるよ」
「実利……」
「おーい、俺を無視して二人だけの世界作るんじゃねー!」
そこに怒った木村が乱入してくる。
「なんの話をしてたか知らないけど、元々は俺の相談だっただろうがー」
等と話をしていると、電車が駅に到着する。
駅から歩くことしばし、海水浴場の海の家にたどり着いた。
実利以外は、海の家の更衣室を借りて水着に着替えて、ビーチで合流することにした。
更衣室から出来たのは俺が最初だったようで、まだ他に誰も出てきていなかった。まぁ女子は着替えに時間かかるからな。木村はのんびりした奴だし。
「君可愛いじゃん。一人?」
だが、そんなことを考えていられたのは一瞬のことだった。
実利が年上の男性三人に声をかけられて困っている様子だった。
「すまん、実利。待たせたな」
俺はいてもたってもいられなくなって、即座にその男性三人に囲まれた実利に声をかける。
「お、帆夏。来たか」
実利がこちらを向き、安心したように笑顔を見せる。
「何、彼氏ー? 女の子を私服のまま放置して自分は水着? なに、彼女に肌露出させたくない的な?」
「うわー、彼氏さん束縛キビシー」
その様子を見て何を勘違いしたか、男達がこちらを非難するようなニュアンスの言葉をぶつけてくる。
「なぁ、こんな自分勝手な彼氏より、俺達と行こうぜ」
「私が肌を露出したくなくて水着を着てないだけだ。勝手に事情を妄想して早合点するのは遠慮してもらいたい。私は帆夏といたい」
「実利……」
そんな男達に実利は毅然と対応する。
「なんだよ、下手に出ればつけあがりやがって」
男の一人が腰から拳銃を取り出す。
「なっ」
皇家の崩壊とともに、地方の治安が悪化するのに伴い、銃刀法が改正され、地方は銃社会化が進んでいるという話は聞いていたが、こんな人の往来の中で取り出すっていうのか。
ずっと東京に住んでいた俺達には驚きだった。
「ほら、痛い目にあいたくなければ、大人しく彼女を俺達に渡すんだ」
「くっ」
実利は守りたいが、あの銃の引き金が引かれれば、俺も実利も大きく傷つく事になる。
男達と俺の間には体格差があり、さらに数の差まである。迂闊に飛びかかったりすることも出来ない。
どうすれば……。
と銃を持つ男を睨みながら、考えていると。
突如、何かガラス片のようなものが飛んできて、男の前で白く輝く。ガラスが光を反射したにしては強烈な光だった。
「うわっ!?」
思わず、目を押さえる男。
そこに黄色を基調としたセパレートタイプの水着を身にまとった片浦が一気に突っ込んできて、男の元へ飛び込んできて、男にタックルを仕掛ける。
男が拳銃を取り落としたのを拾おうとした片浦に、他二人の男がバタフライナイフを取り出して片浦に襲いかかる。
「危ない!」
俺は思わず声を上げるが、片浦は冷静にそれらのナイフの一撃をそれぞれ紙一重で回避していく。
片浦ってあんなに動けるんだな。ナイフを前にあんなに物怖じせずに動けるなんて、普通じゃない。けど、片浦は殺陣の練習として本格的な剣術を学んだりしていると聞く。これもその発露と考えれば不思議じゃないのかも。
「つぅ。おい、今のは片浦家のチノチカラだぞ」
「ちっ、流石にトウマシの護衛を連れてたか」
男達がよく分からない事を口走る。よく分からないが、片浦の事を知っていた、のか?
「仕方ねぇ、撤収だ」
拳銃を持っていた男が二枚の何かカードのようなものを取り出す。
「マテリアルカード!?」
片浦がそれに驚きを露わにし、片浦がボトムスの紐にくくりつけられていた何かから短刀を抜刀し、拳銃を持っていた男に肉薄する。
「遅い!」
だが、それより早く、二枚のカードが地面に叩きつけられ、もうもうと煙が溢れ始めた。
「日向先輩、巫女様を」
「もうやってるよ」
視界が煙で覆い隠される。
煙が晴れたときにはそこには、前方に突出した片浦と、俺の側に実利。そして、いつのまにか実利の背後に立っている。白い水着にラッシュガードとパレオを装備した日向先輩だけが残されていた。
「やっぱり、直ちに帰るべきよ」
片浦がまっすぐ実利を見て告げる。
「やっぱりそうなのか……」
その言葉に、実利が悲しそうに目を伏せる。
「待てよ。ちょっと過激なナンパに襲われたからってそれだけでこのビーチを危険と判断するのは違うだろ」
「……事情も知らない人は黙っていて」
片浦がこちらと目を合わせる。意図的に作った怒気を孕む声だ。
「なんだよ、事情って。実利の秘密なら俺も知ってる。だいたい、実利にリフレッシュして欲しいって、片浦も思ってるんだろ。なら、本当はこれからだろ」
「……」
こちらの指摘に片浦は考えるように黙った。
ってか、言い分的に片浦も実利が男だって知ってたんだな。
「うぃーす、おまたせ~。って、なんか揉めてる?」
そこにようやく木村がやってくる。
「諦めようよ、華凛。流石にこの面子を今から全員諦めさせるのは、私でも無理だよ」
日向先輩が肩をすくめると片浦も、そうね、と小さく呟いた。
「すみませーん、おまたせしましたー」
「ごめんなさい、待たせたわね」
そこに更に遅れて、前城さんと深雪さんがやってくる。前城さんは黒いワンピースタイプの水着、深雪さんは白いセパレートタイプの水着だ。
ちなみに木村と前城さん、深雪さんはなにやらパラソルやら浮き輪やらを持ってきている。こっちがナンパの相手をしている間に、色々と借り出してきてくれたらしい。
その後は、楽しい時間だった。
「よし、行け、三木!」
「おう!」
木村がオーバーハンドパスしたビーチボールを俺がスパイクする。
鋭いそのスパイクは砂浜に足で掘って書かれた簡易的なコートの中の地面に落下……しなかった。
片浦が冷静にそのスパイクをアンダーハンドパスで防御する。
「よし、ナイス華凛!」
打ち上げられたそのボールを日向先輩がオーバーハンドパスでさらに打ち上げ直す。
華凛が飛び上がり、強烈なスパイクが襲いかかる。
「木村、そっちだ!」
「おう!」
それを木村がアンダーハンドパスで受け止めようとするが、あまりに強烈なそのスパイクは木村自身を弾いて、コートの外へ出ていってしまう。
「畜生。男子同士対女子同士なのに、向こう強すぎないか?」
「あぁ、さすがは片浦だな。軟弱な俺達とは違う」
演劇部所属の片浦はしっかり体を鍛えている。なんちゃって男子な俺達とはワケが違う。
その後もこのビーチバレー試合は片浦&日向先輩コンビに終始圧倒され続ける事になるのだった。
「ふぅ、疲れた」
「お疲れさまです、先輩。飲みます?」
試合に負けてパラソルの下に戻ってきた俺と木村を、前城さんが迎えてくれる。
前城さんの示した指先には二本のドリンク。
「あぁ、買っておいてくれたのか。助かるよ」
「ありがとうな、前城さん」
俺と木村はお礼を言って、そのドリンクを手に取る。
「買ってきてくれたのは、今から試合を始める先輩二人ですよ」
「そういうことか」
片浦と日向先輩コンビは休憩も間もなく、深雪さんと実利コンビと試合を始めた。
「くぅ、負けて悔しいぜ。俺、ちょっと海に入って体冷やしてくる」
「おう、いてら」
木村がそう言って、海の方に出掛けていき、パラソルの下には俺と前城さんだけが残された。
「……なぁ、前城さん」
「どうしたんですか、先輩」
俺の真剣そうな声色を感じ取ったのか、前城さんも真剣といった表情で返してくれる。
「前城さんって、オカルト研究会の一員なんだよな?」
「そうですよ」
「だったら、当然、オカルトには詳しいのか?」
「……まぁ、部の先輩ほどじゃないですけど、ほどほどには」
意外にも前城さんは謙遜してそう応じた。
「ならさ、トウマシって言葉、知ってるか?」
「先輩、マニアックな言葉知ってますね。どこで聞いたんですか?」
「まぁ、ちょっとな。でも言葉しか知らないんだ。どういうものなんだ?」
俺の考えが間違ってなければ、トウマシというのは華凛の事だ。中島先生が華凛がそうであることを示唆するようなことを言っていたし、さっきの男も、明らかに華凛の事を言っていた。知らねばならない。実利を取り巻く秘密を。
「トウマシというのは、多分、討魔師のことだと思います。討伐の討に魔法の魔、そして師匠の師です」
頭の中で感じを思い浮かべる。
「とすると、アニメとかゲームに出てくる人知れず魔を討つ、みたいな存在なのか?」
「はい。まさにその通りの噂です。この世界には人知れず魔……幽霊の霊に被害するの害と書いて、
「!」
レイガイ。確かに、中島先生もその言葉を使っていた。
「な、なら、チノチカラってのは?」
「それも、討魔師周りの言葉ですね。特に日本の討魔師はかつて妖怪や悪魔なんかと交わった存在だそうで、その血脈の力を今でも使えるそうなんです。それを、血の力、と言うそうですよ」
なら間違いない。やはり華凛は討魔師なのだ。そして、恐らく、実利を守っている。何らかの理由で。それを理解していたあの男達は、やはり実利を狙っていたのだ。文字通りのナンパではなく、もっとこうオカルティックな意味で。
「ちなみに、マテリアルカードっていうのは知ってる?」
「いえ、それは知らないです。何かのカードなんでしょうか?」
「いや、俺も良くは分からないけど」
前城さんはどこまで事情を知っているのだろう。俺の知らない、実利の事情まで知っていたりするんだろうか。
「ふぃー、おつかれー」
だが、それを尋ねるより早く、実利と深雪さんが戻ってきてしまった。
ふと、このままでいいのか? という疑問が表出してくる。
今、この場所では実利は片浦と恐らくは日向先輩にしか守られていない。
だが、竈門町まで戻れば、実利はまた安全な場所に戻れるはずだ。
この旅行は一泊二日。
海をみんなで最大限楽しむための日程設定だが、それはこの二日間、実利を竈門町という安全地帯から切り離すことになるということでもある。
帰るべきなんじゃないのか、俺達は……。
「なぁ、実利」
返ってきた実利に俺は立ち上がって声をかける。
「ん。どしたー?」
帰ろう、そう声をかけようとしたはずだった。
だが、よく考えればどう切り出せばいい。
実利は俺に事情を説明してくれない。それはきっと俺に知られたくないからなはずだ。
だとしたら、俺がいきなりそんな事を言えば、俺が真実の一端にたどり着いたと察してしまうはずだ。そうなれば、俺と実利の距離はまた離れてしまう。
「い、いや、ナイスプレー」
「おう、サンキュー。でも、やっぱ華凛と日向先輩は強いわ」
結局俺は試合を褒めることにした。実利も嬉しそうに微笑み返してくれる。
この方法じゃ駄目だ。なんとかしないきゃ……。
「……ふぅん」
その様子を見て、面白そうに深雪さんが笑ってみせた。
そうだ、深雪さんなら恐らく事情も知っていて、みんなを帰らせる事も出来そうだ。
……いや、でも俺は深雪さんの誘いを断った。今更、どんな顔をして深雪さんを頼ればいいと言うんだ。
「よっし、実利。スイカ割りするぞ、スイカ割り。ほれ、目隠しつけちゃる」
「お、おい、木村、やめろ」
だが、なんとかしないと、という思いとは裏腹に、周りの人々はこの夏を楽しもうとしているのだった。
晴天と燦々と照らす太陽が俺達を見守っていて、それに反して、俺の視界は目隠しで真っ暗だった。
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