Vanishing Point / ASTRAY #05
分冊版インデックス
「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
河内池辺を離れ、隣の馬返に赴いた三人は馬返東照宮を観光する。
その戻りに、辰弥は「カタストロフ」に襲われている一人の少女を保護するが、彼女はLEBだった。
「カタストロフ」から逃げ出したという「
しかし、ナイフを手にした瞬間にPTSDを発症し、ツェンテの殺害に失敗する。
それを見た日翔が「主任に預けてはどうか」と提案、ツェンテは晃に回収してもらうこととなった。
|磐瀨《いわせ》県に到着した三人は路銀を稼ぐため、|千体《せんだい》市にあるアライアンスから「近隣を悩ませる反グレを殲滅しろ」という依頼を受ける。
依頼自体はなんということもないものだったため、メンテナンスを受けてから依頼に挑むが、そこに「カタストロフ」が乱入してくる。
しかも、乱入した「カタストロフ」の構成メンバーはLEB、一瞬の隙を突かれた辰弥が昏倒してしまう。
だが、絶体絶命の状況を覆したのは辰弥自身だった。
反転したカラーの辰弥の動きに、日翔と鏡介は辰弥の中にノインの人格が存在し、このような状況では肉体を制御して動けるということに気付く。
依頼完遂後、館県と齶田県を通過した三人は高志県に到達する。
高志県のグルメを堪能しつつ、日翔は旅銀稼ぎのために裏フードファイトに出場、その食欲からライバルの料理を強奪、見事優勝するのだった。
しかし、いつもはメンテナンス後に来る「カタストロフ」の襲撃が来ず、辰弥はツェンテが襲撃犯を呼び寄せているのではないか、と考える。
荘川郷に到着した三人はバギーラ・レインの話題を出しつつ荘川郷のグルメについて話す。
荘川郷グルメを楽しむ三人。売店の店主におまけをしてもらいつつも様々な料理を堪能する。
メンテナンスのために三人は晃と合流する。辰弥はツェンテを警戒するが、今回もツェンテは来ていないと言われる。
「なー主任、」
移動ラボの中、メンテナンス用のベッドの上で日翔が晃に声をかける。
「どうした?」
採血用のシリンジを手にした晃が首を傾げる。
「……あんたの見立てではさ、辰弥はどうなんだ?」
前々から感じていた疑問を、日翔が口にする。
「どう、って……」
日翔の質問は漠然としすぎている。
恐らくは日翔自身も疑問を完全に言語化することができないのだろう、と思いつつ、晃はそうだな……と呟いた。
「私としてはエルステは興味深い個体だと思ってるよ。兵器でありながら人間よりも人間らしくて、私たちの中では一番繊細で、今も細い綱の上を歩いてると思う」
「……あんたにとっては辰弥って研究対象でしかないのか?」
晃の言い分に、日翔が少しだけムッとしたように言う。
「私は研究者だからね。日翔君も鏡介君も等しく研究対象だよ」
「鏡介はただの人間だろうが」
「人間だからだよ。LEBと全身生体義体と、身体の一部を義体化しただけの人間、そんな全く構造の違う存在が共に行動すればどのような相乗効果が得られるか――興味深くないかい?」
「そうだった、あんたそういう奴だった」
聞いて損した、とばかりに日翔が唸る。
日翔からすれば辰弥は当たり前の人間だ――そんな意識があった。LEBという生物兵器で、他の個体と融合して進化できる生物が人間であるはずがないが、それでも辰弥の感情や思考は人間のそれと同じで、人間としての思考や知性があるのならそれは人間だ、と思っていた。いや、日翔にそのような複雑な思考はできないが、「人間と同じように考えられるなら人間だろ」という主張はできた。
しかし、晃からこうもはっきりと言われてしまうと辰弥がLEBで、自分は生体義体で、と「人間としてのあり方をしていない」事実に胸が痛くなってしまう。
日翔の生体義体は日翔の遺伝子情報を組み込んだクローンベースのものではあるが、ただ肉体をクローニングしただけではない。それでは生体義体として制御できない問題が多々発生して実用化に至っていなかったものを、晃がその問題点を全て解決させて実用化に至らせた。日翔に関しては本業が暗殺者だから、と戦闘特化のカスタマイズが施され、第二世代のLEB開発で得たトランスのノウハウを応用して骨格変形による攻防一体の能力が備え付けられている。
その点では俺も辰弥と同じかあ、などと日翔が漠然と考えていると、晃が腕に注射針を刺して採血した。
「私は人間かそうでないかはあまり関係ないと思うよ。最終的に生き残ることができた存在が正義だからね。でも違う種族が手を取り助け合う現象は滅多に見られないから興味深いってだけだ」
「そっか」
チューブを通ってシリンジに流れていく赤い血に、日翔が低く唸る。
隣のブースでは鏡介が
三者三様のメンテナンスに、日翔は改めて自分たちの歪さを実感した。
両親が反ホワイトブラッド思想も持っていたから日翔はALSになっても全身義体への置換を拒んだ。その
そういう点では人間であるはずの鏡介が三人の中で異物とも言えた。
だが、辰弥も日翔も最終的に頼るのは鏡介だという事実。鏡介がいなければここまで生き残ることもできなかったかもしれない。
昔、
――バランスがいいとは言ったけど、そのバランスは危うい足場の上よ――。
あの時はそんなことない、と思っていたが、今なら分かる。
自分たち「グリム・リーパー」は強固な絆で結ばれているかもしれないが、その絆が少しでも綻びれば容易く崩壊する。実際に一度は崩壊した。
誰かが折れればあっという間に共倒れになる、そんな共依存関係を改めて実感し、日翔は諦めたように移動ラボの天井を見上げた。
「……俺が間違ってたのかな」
「そんなことないよ」
不安そうな日翔の呟きを、晃が即座に否定する。
「間違ったか間違ってないか、そんなのただの結果論だよ。生き残ってるならそれは全て正解だ。死んでしまえばその選択は間違ってたってことだからね」
「主任……」
「エルステの話に戻るけど、エルステは誰よりも生に対する執着が強い。LEBの本能だと言えばそれまでかもしれないけど、エルステに限って言えば本能で生きようとしているより、自分の意思で生きようとしてるんじゃないか、って思う」
それは、と日翔が尋ねる。
あれだけ希死念慮が強いとか日翔や鏡介のためになら命を棄てられると言われていた辰弥が「生に対する執着が強い」と言われてもピンとこない。
「エルステはね、態度では死にたいと見せてるかもしれないけど同時に『それは今じゃない』とも思ってるんじゃないかな。『死にたい』という気持ちと『今じゃない』という気持ちは両立するからね」
「なんか難しいな」
「そんなこと言うなよぉ、これでも単純に噛み砕いてるんだぞぉ」
突然情緒が乱れる晃に、日翔がしゃーねーだろ、と反発する。
「難しいことは考えたくねーんだよ」
「もうちょっと頭を回転させたほうがいいぞぉ? 何も考えないと歳取った時にボケるからなぁ」
「ボケたくねえよ!?!?」
「だったらまず小学生の算数ドリルからやり直すかぁ!?!?」
そんなやりとりを一通り済ませ、晃はこほんと咳払いした。
「とにかく、エルステはそう簡単に死なないよ。ただ――もし君たちのどちらかが先に死ぬようなことがあった場合、その限りではないだろうけどね」
「――む」
晃の言葉が日翔に突き刺さる。
――君たちのどちらかが――。
武陽都での出来事を思い出す。
あの時、日翔は死の淵に立たされていた。辰弥と鏡介は殺し合うレベルでの大喧嘩をした。
もし、あの時生体義体が間に合わなかった、もしくは辰弥が鏡介を殺していれば――。
今、辰弥は生きていなかったかもしれない。
そもそもトランスによる最大のデメリット、テロメアの異常消耗で命を削り切っていた可能性も多々ある。
本当にぎりぎりのところで、三人は生き延びて今ここにいる。
茜の言う通り、本当に危うい足場の上で生きてんなあ、と日翔は苦笑して体を起こした。
「辰弥が生きてる理由が俺たちなら、そう簡単に死んでられねーな」
「そうだよ。だからちゃんと三人で逃げてくれよ」
「モチのロン」
軽く答えてベッドから降り、日翔は隣のブースを仕切るカーテンを開けた。
「鏡介、聞いてたか?」
「ああ、聞いていた」
右腕の透析用スロットにチューブを差し込んだ状態で調べ物をしていたのか、鏡介が空中に指を走らせながら頷く。
透明なチューブを流れる白い液体を一瞬だけ直視してしまい、思わず目を逸らした日翔に鏡介が呆れたようなため息をつく。
「慣れろ」
「慣れねえよ!」
だって白い血だぞ? なんか気持ち悪いじゃねえかと反論する日翔だが、鏡介はそれに傷ついた様子も見せずにもう一度わざとらしくため息をつく。
「四の五の言わずに義体化しておいたほうが良かったようだな」
「生憎と、もう義体化してるぞ」
そんな軽口を叩きながら日翔が丸椅子を引き寄せ、鏡介の横に座る。
「ま、辰弥のためにも俺たちは死ねねえな」
「そのために俺が後方支援しているだろうが」
二人とも考えることは同じだった。
辰弥の目の前では死ねない――もし死ねば、その時点で辰弥の心は折れる。
既に一度折られているのだ。これ以上折らせるわけにはいかない。
なんとしても「カタストロフ」から逃げ切って――いや、「カタストロフ」が二度と辰弥を追跡しないように持ち込んで、改めて三人で生きる。
そう誓い、二人はカーテンで仕切られたもう一つのブース――辰弥が眠っているはずの調整槽を見るのだった。
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続きは次回更新をお待ちください
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