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Vanishing Point / ASTRAY #03

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
 河内池辺を離れ、隣の馬返に赴いた三人は馬返東照宮を観光する。
 その戻りに、辰弥は「カタストロフ」に襲われている一人の少女を保護するが、彼女はLEBだった。
 「第十号ツェンテ」と名乗る彼女に、三人は辰弥の開発者である所沢 清史郎が生存し、新たな個体を生み出したことを知る。
 「カタストロフ」から逃げ出したというツェンテ、保護するべきと主張する日翔と危険だから殺せと言う鏡介の間に立ち、リスクを避けるためにもツェンテを殺すことを決意する辰弥。
 しかし、ナイフを手にした瞬間にPTSDを発症し、ツェンテの殺害に失敗する。
 それを見た日翔が「主任に預けてはどうか」と提案、ツェンテは晃に回収してもらうこととなった。

 

  第3章 「A-Rtificial 人工」

 

 海沿いの道をキャンピングカーが走っている。
「あーやっぱ海はいいな。海鮮がうめえ」
 途中の道の駅で海鮮の串焼きを堪能した日翔が幸せそうに呟く。
「ボタンエビ、美味しかった……。さすが東北……」
 助手席で辰弥も先ほど食べたボタンエビの串焼きを思い出しながら呟く。
 ボタンエビといえば元々は渡嶋道わたりのしまみち近海で獲れる大型のエビだったらしいが、バギーラ・レインとそれを除去する技術の都合で加速した環境汚染で天然物はほとんど流通しない。その分、産地近くでの養殖技術が発展し、現在では道の駅の定番料理として出せるくらいには流通するようになった。とろけるような甘味とねっとりとした口当たりに生でよし、焼いてよし、揚げてよしの高級食材である。
 本物の食材なので当然ながら値は張るが、この逃避行を大型休暇のノリで行なっている辰弥たちは少しでもご当地グルメを楽しみたい、と奮発していた。
「……約一名が遠慮なく食うから旅費が足りないんだが」
 運転席で鏡介がぼやく。
 実際のところは鏡介がハッキングで電子通貨をいじっているためにそこまで金欠ではないが、こうでも言わないと日翔約一名が際限なく食べる。金に汚い鏡介としては使うべきところでは使うが必要以上に使いたくない、という気持ちから苦言を呈さずにはいられなかった。
「うーん、さすがに食べ過ぎたかな……」
 辰弥もここ一週間の食事を思い返し、反省する。
 武陽都から始まった逃避行はすでに一週間が経過している。
 その間に第一首都圏を抜け、関東地方を通過し、東北地方に足を踏み入れていた。現在は東北地方でも最北のたて県を目指し、磐瀨いわせ県に差し掛かっている。
 幸い、「カタストロフ」の包囲網に引っ掛からなかったのか襲撃はなかった。そのため、三人は少し緊張感が薄れた状態となっていた。
 さすがに、ここまで緊張感が薄れてしまうと逃避行が終わった時に暗殺者としての勘が薄れる。そう思うとなんとなくの不安を覚え、辰弥は軽く手を握った。
 一瞬の逡巡の後、手を開く。
 手の中に収まったスローイングナイフに、勘は鈍っていないと判断し、辰弥はさらに手首用のシースを生成、そこにスローイングナイフを収めた。
『エルステ、勝手に生成すんな』
 辰弥の膝の上に座ったノインが文句を言う。
(準備は必要でしょ)
 辰弥としては鏡介が足りないと言うのなら旅費を稼ぐ気でいた。
 ただ、その方法が――。
「旅費が足りないなら日雇いバイトして稼ぐ?」
「日雇いバイト……」
 辰弥の隣で鏡介の眉が寄る。
 辰弥のことだから日雇いバイト括弧意味深括弧閉じる、というものだろうと判断した鏡介はため息まじりに言葉を続けた。
「もうすぐ千体せんだい市に入る。磐瀨の暗殺連盟アライアンス本部がそこにあるはずだから顔を出すか」
「鏡介、分かってるじゃん」
 辰弥がくすりと笑い、もう一本スローイングナイフを生成し、シースに収める。
「たまにはちゃんと働かないと鈍るからね」
「うわ、サイコパス」
 他人のことは言えないはずなのに、後部座席で日翔が声を上げる。
「ま、なんだかんだ言って俺たちは殺さなきゃ生きてけない人種だもんな」
「お前ら、せめて運搬系で留めておけ」
 アライアンスに声をかけるイコール暗殺の仕事をもらう、ではない。
 暗殺連盟と銘打ってはいるが、蓋を開ければ裏社会の何でも屋、それもフリーランスの集まりである。「カタストロフ」も同じようなものだが、アライアンスとの違いは構成員が「カタストロフ」と雇用契約を結んで福利厚生もしっかりした保護下にあるくらいである。
 とにかく、何でも屋であることから依頼が必ずしも暗殺だとは限らない。特に他県のアライアンス所属となるとよそ者扱いで難易度は高くないが面倒な依頼を押し付けられることもあるのでは、と鏡介は考えていた。
「とにかく、千体市に入ったらアライアンスに挨拶に行くぞ。俺たちにできそうな仕事があれば回してもらう」
「りょーかい」
 日翔が機嫌よく頷く。
 辰弥もうん、と頷き、身じろぎした。
『エルステ、血が減ってる。千体市に入る前に輸血した方がいい』
 辰弥が生成したことで体内の血液量の減少を察知したノインが声をかけてくる。
 そういえば旅を始めてから輸血していなかった、と辰弥も気づく。
 ノインと違って造血能力が失われていない辰弥は輸血に頼らずとも血液は補充できる。鉄分の多い料理さえ食べておけば回復量はそれなりに維持できるが、逃避行が始まってから意図的に鉄分を補充する機会が少なかったのにキャンプ用品を色々生成していたので回復量が消費量に追いつかなくなったのだろう。
 いつもなら貧血を覚えてから輸血を行なっていたが、今はノインが不本意ながらも辰弥の体調管理を行なっている。ノインとしては辰弥が倒れれば自分の死活問題に関わるから行なっているわけだが、普段自分自身に無頓着な辰弥にとっては、事前に警告してくれたりPTSDが発症した際の応急処置などを自動で行なってくれるためありがたい存在となっている。
 ツェンテを殺そうとしてPTSDが発症した時のことを思い出す。あの時はノインが呼吸器系の制御を奪って呼吸を整えてくれたおかげで日翔に悟られずに済んだ。PTSDを抱えていることは知られてもいいが、いざという時に動けなくなるのだけは知られたくないしそういう事態を起こしたくない。
(分かった、輸血しとく)
 鏡介に気づかれないよう小さく頷き、辰弥はシートベルトを外して後部座席に移動した。
「おい、危ないな」
 鏡介が文句を言うが、辰弥は「ごめん」とだけ言ってキッチンスペースに移動し、冷蔵庫から輸血パックを取り出す。
 もう二人に隠しておくこともないからと辰弥は輸血パックを他の食材と同じように冷蔵庫に入れていたが、それに対して日翔も鏡介も文句を言わない。
 鏡介に至っては「冷蔵庫を分ければ電力が余計にかかるから一緒でいい」と言う始末だ。
「ん、輸血か?」
 辰弥が輸血パックを取り出したことで日翔が声をかける。
「うん、ちょっと貧血気味だし、もし依頼を受けるなら万全の状態の方がいいから」
「手伝おうか?」
 カーテンレールにフックで輸血パックをぶら下げる辰弥に日翔が腰を浮かせながら尋ねると、辰弥は大丈夫、と返してくる。
「慣れてるからいいよ。ただ、二時間ほど暇だし話し相手になってくれると嬉しいな」
「お前が話し相手になってくれとか珍しいな。いいぜ、何話す?」
 日翔が嬉しそうに笑う。
 辰弥が輸血の準備を終え、ソファに横たわると、日翔が話しやすいようにか足元の邪魔にならない部分に移動してくる。
「特に話題なんてないんだけどさ……なんか日翔と話したい」
「そっか。じゃあ――」
 そう言いながら日翔が考えを巡らせる。
 話したいこと、と言うよりも聞きたいことはたくさんある。
 辰弥の過去のことや、自分が寝たきりになってしまった間に起こったこと、これからの夢――。
 少しだけ考えて、日翔は口を開いた。
「お前さ、これから何したい?」
「えっ」
 日翔に問われ、辰弥が言葉に詰まる。
 その質問は考えていなかった。訊かれるとしたら過去のことだろう、と思っていただけに未来を問われて戸惑ってしまう。
「これから――」
 やっとのことでそれだけ搾り出し、辰弥は口を閉ざした。
 これから、何をすればいいのだろうか。
 研究所にいた頃のように首輪をつけられた状態ではない。日翔を死の運命から掬い上げるべく動いていた時でもない。
 「カタストロフ」に狙われているとはいえ、完全な自由。どこへ行ってもいいし、何をしてもいい。
 その状態で「何をしたい?」と訊かれ、辰弥は分からなくなっていた。
 自分は何をしたいのか。何が許されているのか。
 自分の心に問いかける。自分が何を望んでいるのか覗き込んでみる。
「――色んなところに、行きたい」
 そう、呟き、ほんの少しだけ目を見開く。
 何がしたいのか、答えが出る前に辰弥は答えを口にしていた。
 色んなところに行きたい――この旅ですでに叶っていることだが、口にしてからすぐに気づく。
 この旅が終わることを恐れているのだ。
 行きたいところに行き、食べたいものを食べる。
 当たり前の欲求なのに、それが許されないような気がして、辰弥は天井に視線を泳がせる。
「俺がこんなこと言っていいのかな」
「いいに決まってるだろ」
 日翔の口から強い言葉が出て、辰弥は思わず視線を日翔に戻した。
「日翔……」
「誰に遠慮してんだよ、お前は行きたいところに行けばいいしやりたいことをやればいい。俺たちが邪魔だって言うなら身を引くし、お前がやっちゃいけないことなんてない」
 日翔の口調は強かったが、言葉の中身は優しかった。
「俺たちはお前に幸せになってほしいと思ってる」
「俺はもう十分に――」
「まだまだ足りねえよ」
 真っ直ぐに辰弥の目を見て、日翔が断言する。
「そりゃー、鏡介に言わせりゃ人の幸せなんて人それぞれかもしれんが、俺はお前にもっともっと幸せになってほしいし、満足なんてしてもらいたくない。もっと欲張ってもらいたいんだ」
 日翔の言葉に辰弥の目が揺らぐ。
 幸せになってほしい、そう願ってくれるのは嬉しい。自分はもう十分に幸せだと思っているが、もっと欲張ってもいいと言われて分からなくなる。
 そんな権利はない、幸せを望んでいい存在じゃない、そう否定したくなって辰弥はその考え自体を否定した。
 辰弥に求められているのは兵器としての性能ではない。生まれは兵器かもしれないが、少なくとも日翔と鏡介は人間としての生を望んでいる。
 それを否定するのは二人に対する裏切りだ。二人の期待に応える、というわけではないが、少なくとも自分を生み出した清史郎のために生きる必要はない。
「……いいのかな」
 それでも不安で、そう呟く。
「いいぞ。父さんが認める」
「父さんなんて、そんな――」
 いつまで引きずるの、と辰弥が苦笑する。
 一方の日翔は真顔で辰弥の顔を覗き込む。
「お前の父親は誰だよ」
「それは――」
 あまりにもストレートな日翔の質問に、辰弥が困ったような顔をした。
 コンピュータ上でゲノム情報を構築された辰弥に遺伝子上の両親は存在しない。生みの親、という点では清史郎かもしれないが、彼を親として認めたくない。それでももし親がいるとしたら――と考えると、その答えは明白だった。
「……日翔一択じゃん」
「おい、俺は!?!?
 話を聞いていたのか、鏡介から野次が飛んでくるが辰弥はそれに対して「うーん」と唸る。
「……母親?」
「はぁ!?!?
 どうしてそうなる、と運転席からぶつぶつ呟く声が聞こえてくる。
 その声を聞きながら、辰弥と日翔は顔を見合わせてぷっと笑った。
「結局、こうなるんだね」
「父さんって呼んでくれていいんだぞ?」
「それは嫌だ」
「即答かよ」
 そんな静かな会話が繰り広げられる。
『ノインのパパは――主任か、エルステか、どっちだろ』
(君のパパになるのは懲り懲りだよ)
 会話に混ざり込んだノインの言葉を一蹴し、辰弥が再び天井を見上げる。
「――なんかいいな」
 ぽつり、と呟く。
 逃避行のはずなのに、今までにはなかった穏やかでゆるい時間が過ぎていく。
「まだ何をしていいか、とか何がしたい、とかはよく分からないけど、日翔と鏡介と一緒に色んなところに行って、色んなものを見たい。三人での思い出をいっぱい作りたい」
「作ってこうぜ」
 親子としては歪な関係かもしれないが。
 それでも、三人で生きていくと決めたのだからと。
「……ま、日翔がいたらグルメ旅行になるだろ」
 運転席から皮肉たっぷりの鏡介の声が聞こえてくる。
「そうだね」
「おい、辰弥まで!」
 憤慨したような日翔の声が響く中、キャンピングカーは規則正しい音を立てながら目的地に向かって走り続けた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 千体市に到着し、駐車場にキャンピングカーを停めた三人はぶらぶらと駅周辺の通りを歩いていた。
「磐瀨のアライアンスは……」
 鏡介が各地のアライアンスのネットワークから本部の所在地を確認している。
 辰弥と日翔はというと、鏡介に調べ物を任せて通りに軒を並べる店を眺めていた。
「へー、ずんだシェイク」
 日翔が興味津々で店の一軒を眺める。
「ずんだってなんだ?」
「枝豆をすりつぶしたペーストらしいよ」
 日翔の疑問は辰弥も感じていたようで、先に調べていた辰弥が説明する。
「枝豆って、ビールのおつまみに合うやつだろ? あれのペーストか?」
「そうみたい。ってか、枝豆って大豆の未成熟な状態なんだ」
 視界に映る説明文を読みながら辰弥が感心したように呟く。
『パパー、ノインこれ飲みたーい』
(こういう時だけパパ呼ばわりしないで!?!?
 あれだけ酷い目に遭ってきたのに今更パパと呼ばれたくない。
 そう反発するものの、辰弥もずんだシェイクには興味があった。
(まあ、買うけど)
『やったー』
「鏡介も飲むよね? 糖分補給にもちょうどいいと思うし」
 眉間に皺を寄せてぶつぶつと呟いている鏡介に辰弥が声をかける。
「ん? ああ、俺ももらおう」
 心ここに在らずといった感じで鏡介が頷くと、辰弥はそれなら、と店員に声をかけた。
「ずんだシェイク三つお願いします」
『四つ!』
(二つで十分だよ!)
『一個足りなくない!?!?
 そんな茶番をノインと繰り広げながらも辰弥はずんだシェイクを受け取り、日翔と鏡介にも渡す。
 プラスチックのコップに差されたストローに口を付け、どろりとした液体を口に運ぶ。
 ゆるくなったソフトクリーム――そんなシェイクに潰された枝豆の細かい粒が混ざり、独特の食感が喉を通り過ぎていく。
「あー、あめぇ」
 ずんだシェイクを一口飲んだ日翔が幸せそうに呟いた。
「ずんだいいな」
「うん、これなら俺でも作れそうだ」
 辰弥もずんだのつぶつぶとした食感を確認しながら呟く。
「ずんだって、ずんだ餅が有名らしいけどこういう食べ方もいいね。今度ずんだ餅作ってみようかな」
「お、辰弥のずんだ餅が食えるのか? 楽しみだな!」
 嬉しそうに笑う日翔の笑顔が相変わらず眩しい。
 もう何度も感じた幸福感に、こんな毎日が続けばいいのに、と思ってしまう。
 元気になった日翔の一挙手一投足が見ているだけで嬉しい。
 同じ戦場に立てる、同じものが食べられる、同じ場所に行ける、たったそれだけのことがほんの数か月失われたことが自分にとって大きな絶望だったのだと思い知る。
「あ、辰弥あれ見ろよ! 牛タン定食だぞ!」
 幸せを噛み締める辰弥の横で、日翔がはしゃいでいる。
 辰弥も日翔の視線の先を見ると、そこに一軒の定食屋が居を構えていた。
 看板やホロサイネージの宣伝を見ると「千体名物牛タン定食」と書かれている。
「へえ、牛タン」
 興味の対象が一気に牛タンへと引き寄せられ、辰弥がホロサイネージに表示された牛タン定食の写真に視線を投げる。
 千体市と言えば牛タンが有名だったな、と思い返しながら辰弥がホロサイネージから視線を外し、無言でずんだシェイクをすする鏡介をちら、と見た。
「鏡介、」
「依頼を受ける前に腹ごしらえは必要だろう、行くぞ」
 ずずっと一気にずんだシェイクを飲み干し、鏡介が定食屋に足を向ける。
「分かってるじゃん」
 鏡介の動きがあまりにも慣れたもので、辰弥が思わず笑う。
「どうせ『ここで食べて行こう』とか言うのは分かっているからな。確認するまでもない」
 それに、a.n.g.e.l.によるとこの店は「当たり」だと続ける鏡介に、辰弥と日翔は顔を見合わせた。
「日翔、鏡介ってさ……」
「絶対むっつり楽しんでるよな」
 何事にも興味がない、といった佇まいでいる鏡介だが、実はこの逃避行を鏡介なりに楽しんでいるのだろうか、と考え、辰弥と日翔は内心ほっとする。
 楽しんでいるのが自分たちだけだったら鏡介に申し訳ないところだったが、そうでないなら気兼ねする必要はない。
 もっと鏡介も表に出せばいいのに、と思いつつ、辰弥と日翔は鏡介に続いて店の暖簾をくぐった。
 レトロな雰囲気の店内が、何故か「当たりだ」という安心感をもたらしてくる。
 三人が四人掛けのテーブル席に腰掛けると、店員がお冷を三人の前において下がっていく。
「全員牛タン定食でいいよな? この店のおすすめだし」
 日翔が壁に表示された「当店のおすすめ 牛タン定食」のポスターを見ながら確認する。
「うん、いいよ」
「ああ、俺も貰おう」
『お肉! ノインも食べる!』
 辰弥と鏡介も迷うことなく同意し、日翔が「牛タン定食三つ!」と厨房に向かって声を上げる。
『だから四つだろ!!!!
(知らんがな)
「あいよ!」
 店主らしき男が頷き、フライパンを手に取る。
「楽しみだね」
 水を飲みながら辰弥が呟くと、鏡介はすっと指を動かして辰弥と日翔にデータを転送した。
「千体の牛タン定食は牛タン焼き、麦飯、テールスープ、味噌南蛮、幾つかの野菜の浅漬けがセットになっているのが定番らしい」
 辰弥と日翔が転送されたデータを見る。
 それは、千体市のグルメ情報を取り扱ったウェブサイトだった。
 ずんだや牛タン定食といった有名どころから麻婆焼きそばなどB級グルメなど、数多くのご当地グルメが紹介されている。
「うわー、笹かまぼことかおいしそう! 次の目的地までのおやつに買おうかな」
 ざっくりと牛タン定食の説明を見た辰弥が他のご当地グルメの紹介も見て目を輝かせている。
「ったく、本来の目的忘れてるだろ……」
 そう毒づくものの、鏡介も「ずんだシェイク、うまかったな……」などと考えている。
 あれはいい、頭を使った時のエネルギー補給にちょうどいいしタンパク質やビタミンも手軽に摂れそうだ、と鏡介が考えていると、a.n.g.e.l.がその思考に割り込んでくる。
『しかし、提供されてすぐに摂取しないと溶けてしまうので長期保存には向いていません』
(a.n.g.e.l.、今はそんな現実的な話はどうでもいい)
『それは失礼しました』
 鏡介とa.n.g.e.l.がやり取りしている横で、日翔が向かいの辰弥と楽しそうに話している。
「辰弥、飯食ってアライアンスに顔を出した後どうする?」
「まあ、仕事があればそれを受けて、それからメンテナンスかな。前のメンテから一週間だし、色々追加データも取りたいだろうし」
「あー、そうだな。館県に入る前には一度メンテしておきたいな。って考えるとここでやっとくのがちょうどいいか」
 辰弥の言うことはもっともだ、と日翔も頷く。
 この一週間、特に身体に不調が出ることもなく元気いっぱいな辰弥と日翔であったが、だからといってメンテナンスをしなくていいというわけではない。それに二人とも晃にとっては貴重なサンプルであるので定期的な追跡調査は必要。データは多い方が今後の改良につながることを考えればそれに協力するのが筋だろう、と二人は考えていた。ましてや晃は「グリム・リーパー」の一員であるし、辰弥たちのメンテナンス費用やキャンピングカーの調達費用は要らないと言ってくる、いわば恩人である。検査くらいいくらでも協力する、というのが三人の共通見解だった。
「ってなわけで一仕事終わったら主任に連絡入れようぜ。向こうも寂しがってるだろうし」
「そうだな、お前らはしっかり診てもらった方がいい」
『主任来るの?』
 辰弥の隣に座っているノインも声を上げる。
 日翔と鏡介には見えないが、目を輝かせてはしゃぐ様子が見えている辰弥はそうだね、と心の中だけで頷いておく。
 そうこうするうちに三人の目の前に牛タン定食が乗ったトレーが置かれた。
「うっわ、すげえ!」
 トレーの上所狭しと並べられた器に日翔が歓声を上げる。
 皿に盛られた厚切りの牛タン焼き、同じ皿に盛られた野菜と肉味噌のようなものは鏡介が言っていた浅漬けと味噌南蛮だろうか。大きめの鉢に盛られたテールスープにはしっかりと煮込まれたテールがごろっとした状態で入っており、ボリュームたっぷりである。
 炊き立ての白米もほかほかと湯気を上げており、甘い香りが三人の鼻孔をくすぐった。
『おぉー』
 辰弥の前に置かれたトレーをノインが覗き込んでいる。
『早く食べろ!』
(はいはい)
 辰弥が厚切りの牛タン焼きを口に運ぶ。
 しっかりとした歯応えの後に醤油だれの味が肉の風味と共に口に広がっていく。
『うーん、いいね! 肉って感じ!』
「うん、美味しい」
 タンといえば部位によっても食感は変わるが、この牛タン定食に使われているものは程よい歯応えであっさり噛み切ることができる。噛み締めれば肉汁が滲み出してくる。
「いやー、これうまいな。さすが千体牛せんだいぎゅうってか?」
「いや、千体の牛タンは別に千体牛のものではないらしい」
 日翔の言葉に、鏡介がテールスープを飲みながら説明する。
 食べながらもa.n.g.e.l.で情報収集を行なっているようだが、必要な時に必要な情報を出せる鏡介の仕事ぶりに辰弥も日翔も感心するしかなかった。
「そもそも、千体で牛タンが食べられるようになったのは旧時代の戦争が理由と言われている」
「へえ」
 辰弥が興味深そうに鏡介を見る。
 鏡介も百科事典サイトの情報を閲覧しているだろうから自分もそれを見れば済む話だが、鏡介はそれを分かりやすく噛み砕いて説明してくれるので飲み込みやすい。それに鏡介との会話のネタにもなるので辰弥は自分で調べようとしなかった。
「当時の桜花はIoLイオルに占領されていて、各地にIoLの兵が駐留していたらしい。で、IoL人は牛肉を好んで食べたが牛タンを食べる文化がなかったらしくてな。それを焼き鳥屋の店主がうまく食えるよう試行錯誤した結果人気料理になった……と言うのがCyPediaサイペディアの情報だ。お前ら、たまには自分で調べろ」
「うわ、鏡介がサイペディア使ってやがる」
 茶化す日翔に、鏡介が「なんだと」と反論する。
「エビデンスが必要な情報ならサイペディアは使わないがこの程度のものなら俺でも使う。まぁ、サイバボーン運営の百科事典サイトだからIoL絡みのことは誇張されているだろうが」
「え、サイペディアって運営、サイバボーンなの?」
 真奈美の件や日翔の件で並々ならぬ縁のあるサイバボーン・テクノロジーとこんなところでも縁があるのか、と辰弥が意外そうな顔をする。
 義体関係ではほぼ最大手と言ってもいい巨大複合企業メガコープだが、こういった分野でも活動していると聞くとメガコープは日常生活に深く浸透しているのだと改めて思い知らされる。
「サイペディアのサイをなんだと思ってたんだ。サイバボーンのサイだぞ」
「知らなかった」
 勉強になった、と辰弥が次はこれ、と味噌南蛮を箸で摘み、口に運ぶ。
 その瞬間、辰弥の隣でノインが悶絶した。
『からいーーーー!!!!』
「ん、いいねこれ。牛タンに乗せて食べたらいい味変になりそう」
 悶絶するノインとは真逆に、これはいいねと今度は牛タンに味噌南蛮を乗せる辰弥。
『やめろ! せっかくの肉を無駄にするな!!!!
 ノインが喚いているが意に介さず、辰弥は味噌南蛮を乗せた牛タンを楽しみ始めた。
 ピリッとした爽やかな辛味が味噌と絡み、鼻を抜けていく。
 これは唐辛子かな、と考えつつ辰弥が検索する横でノインがぽかぽかと辰弥を殴る。
『調べるな! こんな辛いもの、食いもんじゃない!』
「へえ、味噌南蛮って青唐辛子を味噌で漬けたものなんだ。簡単にできそうだし、これは今後のレパートリーに含めてもいいな」
『お前、絶対嫌がらせで言ってるだろー!!!!』
 ノインが辰弥によじ登り、首を絞める。
 そんなことするなら呼吸器系等乗っとればいいのに……などと考えつつ、辰弥は牛タン定食を平らげていった。
『そんなことすればノインも死ぬだろー!』

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

「ああ、話は聞いてますよ」
 磐瀨のアライアンス本部――とは名ばかりのとあるマンションの一室で、まとめ役の男はそう言い放った。
「武陽都のまとめ役が『追放したチームが顔を出すかもしれないからそのときはよろしく』と言っていましたけど――何やったんですかあなたたち」
「ってか、俺たち追放扱いだったの……」
 まとめ役の言葉に、辰弥が今知ったとばかりに呟く。
「まあアライアンスとしては追放扱いにした方が厄介ごとに巻き込まれなくて済むと思ったんだろう」
 自分の見解を口にしつつ、鏡介が内心で武陽都のまとめ役に感謝する。
 向こうからすれば「グリム・リーパー」を庇うことで「カタストロフ」に狙われるくらいなら追放する形で切り捨てたほうがリスクを軽減できる、といったところだろうが、それでも他県のアライアンスに「よろしく」と根回ししている時点で面倒見が良すぎる。確かに何も言わずに他県のアライアンス所属チームが「仕事くれ」と押しかけられても迷惑な話ではあるから、「グリム・リーパー」にとっても武陽都のまとめ役の口利きは非常にありがたいことだった。
 一応は上町府時代の実績を認められていたのか、これだったら依頼をサイバボーン・テクノロジーからのものだけに絞らずもう少し手広く受けても良かったのかもしれない、という若干の罪悪感を覚えつつも鏡介はまとめ役を見た。
「旅費を稼ぎたいから何か手伝えそうなことがあれば言ってほしい。追放扱いならアライアンスとは無関係のはぐれチームが動いた、で誤魔化せるからあんたたちにも都合がいいはずだ」
「それはそうですね。そうなるとちょうど頼みたい仕事が一つ、アライアンスにありますのでそれをお願いいたしましょうか」
 なんとなくだが、武陽都のアライアンスは「グリム・リーパー」に期待していたのでは、と三人が考える。
 上町府に所属していた頃の「グリム・リーパー」の実績はかなり大きい。完遂率の高さもさることながらどのような状況であっても依頼を遂行した上で生還する、といった評価は武陽都のアライアンスにも伝わっているわけで、それを期待して受け入れを決定していたはずだ。
 そもそも期待していなければ最初の段階でサイバボーン・テクノロジーからの依頼を素直に「グリム・リーパー」に回すはずがない。途中からサイバボーン・テクノロジーはアライアンスを介さず「グリム・リーパー」に直接依頼を持ちかけてきたが、最初の数回はアライアンスを通していた。期待も信頼もなければ移籍してきた直後の、実力も測りきれていないチームに名指しでメガコープから依頼が入ることに疑問を持つはずだ。
 そう考えると上町府のアライアンスのまとめ役であった山崎やまざき たけるが武陽都のアライアンスにうまく口利きをしてくれた結果なのだろうが、それと同時に真面目に依頼を受けてきて良かった、という思いも浮かび上がる。
 上町府での実績と武陽都での独断専行、この二つが偶然うまく噛み合って、武陽都のまとめ役も「よろしく」と言ったのだろう――と考え、鏡介は「どんな仕事だ?」と尋ねた。
「簡単な仕事ですよ。千体市で暴れているとある半グレグループのアジトを焼き払って欲しいのです」
「お、そんな簡単な仕事でいいのか?」
 まとめ役の言葉に日翔がテンション高く声を上げる。
「簡単ならいいんですけどね……。アライアンスでも手を焼いている半グレグループですよ? かなり規律がしっかりしたグループで、近場の山手組やまのてぐみ傘下のヤクザも手出しできなくてうちに依頼が来たところなので」
「そんな厄介なチームなのか?」
 桜花の治安悪化の原因と言われているのは主に傭兵上がりのチンピラや、そのチンピラが組織だった半グレチームである。山手組をはじめとしたヤクザも反社会勢力として警戒されているが、半グレチームと違い、ヤクザは社会の必要悪として機能している部分がある。チンピラや半グレチームが一般人を無差別に襲うのに対し、ヤクザが標的にするのは社会的弱者だ。貧困等で行き詰まった人間を食い物にしているが、何の罪もない一般人を傷つけることは一切しない。暴力を振るうとすれば社会的に完全に詰んだ人間を淘汰するか、一般人を傷つけたチンピラを粛清するくらいだ。
 そのヤクザが手出しできないとなると相手は相当のやり手である。最近は半グレチームもヤクザのようなシノギで資金を集めて活動することがあると聞くが、今回の相手もその類ということか。
 ええ、とまとめ役が頷く。
「相手に腕利きのハッカーがいまして、拠点は特定できても制圧前にGNSガイストハックで無力化されるんですよね。一応、うちにもガイストハック可能なメンバーはいますがなかなか尻尾が掴めなくて」
「なるほど、それなら『グリム・リーパー』が適任だな」
 GNSハッカーゲシュペンストの存在に、鏡介が口元をわずかに吊り上げる。
「うわ、鏡介本気出す気だ」
「南無……」
 後ろで話を聞いていた辰弥と日翔がヒソヒソと言葉を交わす。
 鏡介のゲシュペンストとしての腕は二人が一番よく知っている。ローカルネットワークを構築しているはずのメガコープの私兵にまとめてHASHハッシュを送りつけたり周辺の防犯カメラや消火設備などを広範囲で制御したり、伊達にウィザード級を名乗っていないと思う。
 まとめ役の口ぶりから、相手も広範囲HASHを操れるレベルには腕利きのハッカーだろうとは思うが、辰弥と日翔は鏡介の心配をするよりも相手のハッカーの不運を嘆いていた。
「とりあえず、相手の拠点などは」
 鏡介がまとめ役に詳細を尋ねる。
「一応、現時点で把握している拠点はこの廃工場です。ゲシュペンストがここにいるかまでは把握しておりません。情報班が特定中で、もうすぐという話も聞いているので翌巡辺りには報告できるかと」
「分かった、それならこちらも準備を進めておく」
 細々と打ち合わせながら、鏡介は思考の片隅でa.n.g.e.l.に声をかける。
(a.n.g.e.l.、近辺の――)
『近辺のパーツショップリストです。同等品の価格比較シートも作成しておきましてのでご参考に』
(早いな)
 視界に映り込んだMikaguraMapと、その横のパーツリストに鏡介が唸る。
『お褒めに預かり光栄です』
(ついでだから――)
黒騎士シュバルツ・リッターの要求を満たすスペックのPCパーツとその価格リストも作成完了しております。「グリム・リーパー号」の荷室を圧迫しない程度のサイズとなるようパーツの選定を行っておりますのでご参考に』
 まさかの提案だった。
 あのキャンピングカーを勝手に「グリム・リーパー号」と命名しているのは癪に触る。確か日翔が「この車、『グリム・リーパー号』な!」などと嘯いていたが、a.n.g.e.l.はその言葉を認識して「正式名称は『グリム・リーパー号』」と判断したというのか。鏡介個人としては違う、その名前は絶対に認めんと反論したいところだった。しかし今はそれを指摘する状況ではなく、むしろa.n.g.e.l.がキャンピングカーのスペックから荷室の広さも把握して最適解を出してくれたことに対して感謝するしかない。細かいところでは鏡介自身の判断が必要となるだろうが、それでも一から構造を考えるよりある程度の構造を提案された上でカスタムできるならその方が早い。
 a.n.g.e.l.が提案したパーツリストを眺めながら、鏡介はこの後のスケジュールについて考えていた。

 

「さて、この後どうする?」
 まとめ役の家を出て、大通りに戻ったところで辰弥が二人に尋ねる。
「依頼の日程を考えると今のうちに永江 晃を呼んでメンテナンスした方が良さそうだな。あと、俺のわがままになるが何件かパーツショップを回りたい」
「あー……」
 日翔が納得したように声を上げる。
 先ほどの打ち合わせで、攻撃対象にはハッカーがいると分かっている。流石に鏡介の歯が立たない相手ではないだろうが、それでもハッキングが鏡介のGNS頼りとなるとイレギュラーが発生した場合に鏡介を危険に晒すことになる。
 高性能な演算能力が追加されたとしても使っているのは生身の脳である。過度な負担がかかれば処理落ちしたりシャットダウンするPCと違い、生身の脳は脳細胞にダメージが入り、最悪の場合脳死へと至ってしまう。
 そうでなくてもハッキングを続けることで脳に負荷を与え続けるのはよくない。実際に鏡介も連日の防犯カメラへの干渉でかなり疲労が蓄積しているのを実感していた。
黒騎士シュバルツ・リッター、せめてPCを導入するまでは私の機能を一時的にオフにする方が賢明です』
 a.n.g.e.l.も鏡介の脳にかかっている負荷を把握したのだろう、そう忠告してくる。
(いや、今広範囲に警戒網を敷けるのはお前のアシストあってのことだ。PCを導入すれば負荷を最低限に落とすことができるから今だけ――)
『それで限界を迎えた場合、迷惑がかかるのはGeneとBloodyBlueの二人です。二人の負担を考慮しても今は休むべきです』
 淡々とした口調ではあるが、a.n.g.e.l.はぴしゃりと言い放つ。
 辰弥と日翔を引き合いに出されては鏡介も反論することができなかった。
 自分の命など辰弥と日翔のものに比べれば軽いものだと思っていても、無意味に二人を苦しめたくない。二人を助けるためなら喜んで自分の首を差し出すが、それでも今の状況はそれを行う時ではないということくらい鏡介も理解していた。
(……分かった、一旦お前を止める。だが、何かありそうなときはすぐに呼び出すからな)
『承知しました。黒騎士シュバルツ・リッター、僭越ながら申し上げますが、もう少し二人に頼ってもいいのではないでしょうか』
(――、)
 a.n.g.e.l.の言葉に鏡介が息を呑む。
(それ、は――)
 だが、a.n.g.e.l.はさっさとスリープモードに入ってしまったようで返答はない。
 一応は表示させていたGNSの負荷メーターが一気に安全域まで下がったのを見て、鏡介はため息をついた。
「どうした、鏡介」
 鏡介のため息に気付いた日翔が声をかけてくる。
「――いや、なんでもない」
 辰弥と日翔には心配をかけたくない。a.n.g.e.l.のアシストをオフにしたのだから脳にかかる負荷はかなり減った。とはいえ、どこで「カタストロフ」に目を付けられるか分からない、と鏡介は制御下に置く防犯カメラの影響範囲をa.n.g.e.l.のアシストを受けていた時の三分の一にした。
 これくらいならa.n.g.e.l.がアシストしなくても制御できる。そう思った瞬間、
『休 ん で く だ さ い』
 a.n.g.e.l.の声が脳内に響いた。
(お前、スリープモードに入ったのでは)
 鏡介が抗議すると、a.n.g.e.l.はそれは、と回答する。
『完全に停止すると再起動に時間がかかります。メイン機能は全て停止しておりますがこれくらいならGNSにあまり負荷をかけずにできます。とはいえ黒騎士シュバルツ・リッター、貴方に継続的にかかっていた負荷を取り除くにはこれ以上干渉するわけにはいきませんので、改めてスリープモードに入らせていただきます』
 その言葉を最後に、a.n.g.e.l.が再び沈黙する。
 スリープモードに入ったのならa.n.g.e.l.の忠告など関係ない、と鏡介は作業を続けようとしたが、その腕を今度は辰弥が掴んだ。
「鏡介、」
 静かな声が鏡介に突き刺さる。
「a.n.g.e.l.に言われた。鏡介を休ませろって」
「あいつ――」
 まさかa.n.g.e.l.が無断で回線を使っていたことに鏡介が舌を打つが、辰弥はじっと鏡介を見て首を振る。
「大丈夫、襲撃されたところであっさり殺されるような俺たちじゃないし、ここは結構人通りが多い。カメラのログが残ったとしてもそう簡単に手を出せないはず」
「そーだそーだ。俺たちの力なめんなってこった」
 辰弥に続いて日翔が笑いながらそう言う。
 そこまで言われると、鏡介も無理を押してハッキングを続けることができなかった。
「――分かった」
 二人の言葉に、鏡介が素直に空中をスワイプしてハッキング用のウィンドウを閉じる。
 ――もう少し二人に頼ってもいいのではないでしょうか。
 a.n.g.e.l.の言葉を思い出す。
 二人を守るために自分が動かなければ、と思っていたが、実際のところ二人は鏡介より強い。鏡介が無理をせずとも二人なら切り抜けられるはずだ。
 そう鏡介は少し軽くなった頭で考えなおした。
「それなら、何かあったらお前らに任せる。その前にパーツショップには行かせてくれ」
「あいよ、鏡介」
 荷物運びは任せろ、と日翔が力こぶのポーズをとる。
「お前に持たせたら組み立てる前にお釈迦になる」
 ふっと笑い、鏡介は歩き出した。
「あ、その前に永江 晃に連絡を入れておくか。ここまでくると合流まで多少時間がかかるだろうし呼び出すのは早い方がいい」
 連絡先から晃を呼び出し、鏡介はちら、と辰弥と日翔を見た。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 千体市の中心部から離れたところにあるオートキャンプ場で辰弥たちが笹かまぼこを焚火で炙っていると、移動ラボが入ってきて辰弥たちのキャンピングカーの隣に停車した。
「はいはい、お待たせー」
 移動ラボから晃が機嫌よく降りてきて、それに続いてツェンテも降りてくる。
 ちゃんと風呂に入れてもらえているのか、保護した時に比べてかなり小ぎれいになったツェンテを見るなり、辰弥の横でノインが「んべー!」と舌を出す。
『主任がしょうわるおんな連れてきた!』
(別にツェンテは性悪じゃないと思うけどなあ……)
 そんなにツェンテが嫌いなの? と考える辰弥だが、すぐにその考えを改める。
 ノインは晃のことを慕っている。それはもう恋愛感情かと言いたくなるようなレベルで。
 そんな状態で、目の前にツェンテという自分に似た個体が現れ、晃に馴れ馴れしく接すればノインも妬く、というものだ。
 これは早く分離した方がいいな、でも本当に分離できるんだろうか、と考えつつ、辰弥は晃を見た。
「どうする、先にメンテする?」
「そうだな、できれば空腹時の方が色々と負担も少ないだろうし」
 特にエルステは調整槽を使う都合上、胃に内容物があるのは好ましくない、と晃が頷くと、辰弥は分かった、とさっさと移動ラボに向けて歩き出した。
「あ、でも笹かまぼこ食べた」
「それくらいなら大丈夫じゃないかなあ……。あ、日翔君も軽く調整するか。鏡介君はどうする? 透析は次回でも大丈夫だと思うけど」
「それなら透析は次回に回そう――と言ったところで近くの闇義体メカニックサイ・ドックに行ってくる。義体の方はこまめなメンテナンスが必要だからな」
 特に、この後仕事が入るなら調整しておいた方がいい、と続ける鏡介に晃が再び頷く。
「うん、メンテしてもらってきなよ。流石に私じゃ義体のメンテナンスはできないからね」
 いくら生体義体を実用レベルにまで仕上げた天才であっても才能が遺伝子工学特化では鏡介の義体を調整することはできない。ある程度自動化されているとはいえ、細かい調整はどうしても人間の手が必要だし、汎用品でない、特に個人で武装オプションを仕込んでいるような義体だと自動で調整することは不可能。
 鏡介の義体は右腕に反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリア発生装置、左脚にショットガンを仕込んでいるので機械頼りのメンテナンスだけでは限界があった。
「じゃあ、行ってくる。二人をよろしく」
 鏡介が片手を挙げ、サイクルキャリーに収納していた小型バイクに乗ってキャンプ場を出ていく。
 それを見送り、晃は「さて……」と手を叩いた。
「じゃ、二人のメンテナンスしますかね。ツェンテ、手伝って」
「はい!」
 晃に呼ばれてツェンテが移動ラボに乗り込んでいく。
「へえ、ツェンテに手伝ってもらうのか」
 最後に移動ラボに乗り込んだ日翔が、晃の準備を手伝うツェンテを見て目を丸くする。
「うん、ツェンテが手伝いたいって言うからね。物覚えもいいし、隠れて準備するにはちょうどいいよ」
『嘘だ主任、騙されてるぞ!』
 ノインが晃の白衣を掴んで叫んでいるのを横目で見ながら辰弥がさっさと調整槽に入る。
 調整槽のチェックを行うツェンテを見ながら、日翔もメンテナンス用のベッドに横になった。
 そこへ晃が歩み寄り、幾つかの電極を日翔に取り付けていく。
「ぱっと見た感じ、問題はなさそうだからね。すぐに終わると思うよ」
 そう言い、晃はニトリル手袋を手に取った。

 

 辰弥と日翔のメンテナンスが終わって少ししたタイミングで義体のメンテナンスを終えた鏡介が戻ってくる。
 炊事エリアに漂う香ばしい香りに、鏡介はバーベキューにしたのか、と思いながら辰弥を手伝い、鏡介が食器を配る。
「流石に毎食ご当地本物食材は財布が厳しいから今日の肉はプリント肉だよ」
「それでもお前が焼けばうまいから無問題モーマンタイ!」
 辰弥が焼けた肉をトングで掴んで配ったしりから日翔が貪り、飯盒から白米をよそっていく。
「日翔、食いすぎるなよ」
 鏡介がそう言い終わらぬうちに、鏡介の皿にあった肉が日翔にさらわれていく。
「日翔!」
「言うてお前そんなに食わないだろうが」
 うめー! と次々肉を食べる日翔。
 辰弥が苦笑しながら鏡介の皿に追加の肉を置いた。
「辰弥、日翔を怒る方が先だぞ」
「もう諦めた」
 日翔のつまみ食いは逃避行が始まる前から日常茶飯事だった。台所を出禁にしても目を離した隙に進入しては何かしらを掻っ攫っていくし、三人で食べようと思って作ったおやつの内、鏡介の分だけがいつの間にか消失しているのも一度や二度でない。
 辰弥もあの手この手を使って日翔のつまみ食いを阻止しようとしたが、ALSの件を知ってしまってからは何も言えなくなった。
 同情してしまったんだな、とは今なら言えるが、残された時間が少ないのなら好きなものを好きなだけ食べさせるか、と思っていた――のだが。
 今は話が違う。日翔は生体義体に置換して死の運命を克服した。そうなると生体義体の維持も鑑みて多少は栄養バランスを考え、健康的な食事をさせるべきである。
 だが、元気になった日翔は以前に輪をかけてつまみ食いの量が増えた。普段から運動量も多いので食べすぎによる肥満、という事態には至らないが、それでも一日の許容カロリーをオーバーしている日の方が多い。
 当然、辰弥も最初は日翔に注意したが、逃避行が始まってからは何も言わなくなった。
 完全に諦めたのである。
 日翔には食べ物に関して何を言っても無駄だ、と。
 どうせ食事量を絞ったところで勝手に買い食いする。それなら三人で楽しく食べた方がいい、というのが辰弥の考えであった。
 はぁ、と鏡介が特大のため息をつく。
「……育て方を間違った……」
「間違ったって、辰弥のか?」
「お前だよ!」
 すっとぼける日翔に一言きつく言うものの、鏡介も半分諦めていた。
 日翔とはもう六年近くになる付き合いだが、親からどういう教育を受けていたのかとにかくフリーダムだった。
 つまみ食いはまだかわいい方だったかもしれない。つまみ食いしようとしてフードプリンタを起動し、爆破した回数は数えきれない。お気に入りのコーヒーメーカーを壊されたときは、当時自分の手で直接人を殺せないと言っていた鏡介も流石に殺意が湧いた。
 それと同時に、天真爛漫な日翔を羨ましく思ったのも事実だ。
 そんな鏡介だったから、辰弥が「諦めた」と言う気持ちも分かる。
 日翔は手に負えない。特に食べ物に関しては。
 いつか食あたりなり何なり痛い目に遭えば懲りるだろうが、それまでは好きにさせるしかない、というのが辰弥と鏡介の共通見解だった。
『んー、本物のお肉食べたい』
 わいわい肉を食べる三人の横で、ノインがしょんぼりとしている。
(仕方ないでしょ。こっちの旅費だって有限なんだし)
『エルステ、主任に買いに行かせろ』
(パシらせるの!?!?
 いくらなんでも武陽都から駆け付けた晃を、ここからそれなりに距離のある千体市中心部まで走らせて肉を買わせるのは酷である。せめて俺が、と反論しようとして、辰弥もすぐに気づいた。
 この場での焼肉奉行は辰弥である。鏡介も鍋奉行、焼肉奉行の類は得意だが、辰弥が席を外すことによって日翔と鏡介の仁義なき戦いが始まる可能性がある。ツェンテもいるし、こんなところでリアルファイトされて周囲の宿泊客にも迷惑をかけるわけにはいかず、辰弥は反対せざるを得なかった。
『なんで! 主任金持ってる!』
(それは分かるけど!)
 ノインの言い分はよく分かる。晃が金持ちなのは移動ラボを購入したり、自分たちの逃走用にとキャンピングカーをポンと買うなど、金回りの良さで分かる。これで実は借金してました、となると後々面倒なことになる――と考えたものの、そこは鏡介のハッキングの腕を信じている可能性もあり、借金していないと断言できないことに気が付く。
(まあ、とにかく今日のところはプリント肉で我慢してよ)
『やだやだー! 本物のお肉たーべーたーいー!!!!
「晃、ナガエシラチャーソース頂戴」
 ノインがわがままを言って喚き散らかすのを無視し、辰弥はすました顔で晃に手を差し出した。
「お、エルステもナガエシラチャーソースの良さが分かったか」
 辰弥から要求されると思っていなかった晃がウキウキでナガエシラチャーソースのボトルを手渡す。
『ぎゃー、エルステ、やめろー!』
(わがまま言うならこれかけて食べる)
 そう反応しながらも、辰弥は皿に乗っていた肉にナガエシラチャーソースをたっぷりかける。
『分かった、我慢するから!』
 流石のノインもナガエシラチャーソースは味わいたくないらしい。
 辰弥の脅しに素直になるが、その一方で辰弥はナガエシラチャーソースたっぷりの肉を口に入れた。
『ぎゃーーーー!!!!』
 ゴロゴロと地面を転がり、悶絶するノイン。
「……やっぱ、これ痛いわ……」
 辰弥とて、ナガエシラチャーソースを口に入れて無傷であるはずがない。
 辛みを通り越した痛みに眉間にしわを寄せながら、辰弥は静かに自分の分の肉を食べ続けた。

 

「じゃ、私は帰るよ。また何かあったら連絡よろしく」
「エルステさん、お肉おいしかったです」
 移動ラボに乗り込む直前、晃とツェンテが辰弥に声をかける。
「プリント肉でごめんね。次来た時はご当地食材が出せるといいな」
「焼きしいたけ、あれは本物ですよね? 私、本物の食材は初めてなのでびっくりしました」
 ツェンテが嬉しそうにそう言うと、辰弥は苦笑してツェンテの頭を撫でた。
『エルステ!?!?
「ますます、次合流した時にはおいしいもの出さないとね。頑張って稼いでくるよ」
「あー、アライアンスの依頼やるんだったね? 無茶するなよ」
 そう言い残し、移動ラボがオートキャンプ場を出ていく。
 流石に桜花本土最北端近くまで来ると数巡のまとまった休みを取らないと一泊することはできない、と晃は三人のメンテナンスのためだけに来てトンボ帰りした。
 幸い、運転自体は自動なのでそこまで疲労することはないが、それでも緊急時にはマニュアル操作も必要とされるので運転席から完全に離れることはできない。とはいえ、今の乗用車は運転席もリラックスして休息が取れるように設計されているため、晃も運転席でのんびりしながら帰宅することだろう。
 移動ラボを見送り、辰弥がうーん、と伸びをする。
「じゃあ、俺たちは連絡を待とうか」
「そうだな、連絡が来るまでは釣り堀で釣りでもしようぜ」
「釣り? いいね、夜食に魚焼けるかな」
「お前ら、食いすぎるのもほどほどにな」
 三人がそんな会話を繰り広げながらキャンピングカーに乗り込んでいく。
 メンテナンスは済んだ。あとは依頼を遂行するのみ。
 相手にGNSハッカーゲシュペンストがいようとも、鏡介がいるなら敵ではない。
 キャンピングカーに乗り込む直前、辰弥は一瞬立ち止まり、振り返ってキャンプ場を見回した。
 周囲は同じようなキャンピングカーが何台も並び、家族やカップルが楽しそうに焚き火をしている。
 ――うん、大丈夫。
 ほんの一瞬、不安を覚えたのだが気のせいだ、と自分に言い聞かせ、辰哉もキャンピングカーに乗り込んだ。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 薄暗い路地裏を三人がぶらぶらと歩いている。
「指定の半グレのアジトはこの奥だ」
 地図を確認しながら、鏡介が囁いてくる。
「ふーん、古くなったビルを不法に占拠してる、なあ……」
 きょろきょろと周りを見回しながら呟く日翔に、辰弥も頷いた。
「この辺りは再開発で取り壊す予定だったけど半グレチームが妨害して工事が難航してる、ねえ……。一定範囲内に入れば自動でHASHハッシュが送り込まれるから近寄れない、だっけ?」
 辰弥の問いかけに鏡介がああ、と頷く。
「――まあ、もう範囲内に入ってるがな」
「マ!?!?
 日翔が素っ頓狂な声を上げる。
 無理もない、本来ならGNSにメチャクチャなデータを送り込まれて戦闘不能にさせられるHASHの効果範囲に入っていると言われれば普通なら誰でも驚く。範囲内に入っているのに自分たちに何の影響も出ていな事を考えれば鏡介が気づかない間に対抗措置を行なっていたからだが、当の鏡介はハッキングしている風でもなく、涼しげな顔をしている。
 そういえば新しいPCが届いて調整してたもんなあ、それにa.n.g.e.l.とやらのサポートも組み込んだのか? などと気楽に考えながら日翔はおもむろにポケットに手を突っ込んだ。
 ポケットに入れたカプセルの感触にうん、と気合を入れる。
 晃が用意してくれた生体銃のカプセル。見た目は小さな巻き貝が封入されたガラスのカプセルのようなものだが、これを割れば即座に銃を手にすることができる。桜花の警察機能を一手に担うカグラ・コントラクターに職務質問され、荷物検査を受けたとしてもこのカプセルは小さいものなので隠しようはいくらでもある。当然、敵に対しても丸腰を装えるので人通りの多い場所であっても堂々と武器を持ち歩ける、といった点で便利な代物だった。
 鏡介のサポートによるGNSハッキングガイストハック無効化と晃の生体銃による武装、今の「グリム・リーパー」は敵なしだな、と日翔は気楽に構えていた。
「広域HASHを無効化してるけど鏡介からは送り込めない感じ?」
 ふと、気になって辰弥が尋ねる。
 相手の攻撃を無効化している時点でハッカーとしての腕は鏡介の方が上であるはずだが、それならこの時点で鏡介が相手にHASHを送り込んでしまえば話は早い。全員昏倒したところを撃ち抜けばこちらは何の苦労もしない。
 だが、鏡介は小さく首を振って周囲に鋭い視線を向けた。
「向こうもハッカーならハッカー対策くらいする。こちらからHASHを送った時点でこちらの位置くらいすぐに把握するはずだ」
 今は向こうのセンサーを欺瞞して俺たちの存在を隠している、と説明した鏡介が低く「a.n.g.e.l.」と呟いた。
『現在地をずらしてPINGピンを打ちました。今なら背後に回れます』
辰弥BB日翔Gene、こっちだ」
 鏡介が視界に映る光点を目印に二人に合図する。
 二人も慣れたもので、鏡介の指示に即座に反応していた。
 ポケットからカプセルを取り出し指で弾いて割る。
 外気に触れた巻き貝が仮死状態から回復し、瞬時にアサルトライフルの形状に急速成長する。
「すげえな、これ」
 銃を抱え、走りながら日翔が声を上げる。
「俺たちの現在地を欺瞞しているがすぐにバレる。その前に減らすぞ!」
 アサルトライフルでは両手が塞がるためか、ハンドガンタイプの生体銃を手にした鏡介が二人にハンドサインを送る。
「了解!」
 辰弥が地を蹴り、空中に舞い上がった。
「ノイン!」
『あいよー!』
 近くのビルの壁を蹴って三階相当の高さにまで上がり、ノインが髪をアンカーにして壁に張り付く。
 さらにもう一個カプセルを割り、辰弥は両手にアサルトライフルを構えて眼下に広がる半グレ集団を捉えた。
 引鉄を引くのに躊躇いはない。
 二丁の生体銃から巻き貝状の弾丸が放たれ、半グレ集団に降り注ぐ。
「――上から!?!?
 バカな、と言って頭上を見上げた半グレたちの中に日翔が飛び込む。
「どこ見てんだよ!」
 至近距離で半グレたちの頭を日翔が撃ち抜くと、辰弥が射撃の手を一瞬止めてコンバットナイフを生成する。
「Gene!」
「サンキュ!」
 辰弥が投げたコンバットナイフをジャンプして受け取り、日翔が素早い身のこなしで半グレの一人の懐に飛び込み、頸動脈を掻き切る。その勢いを利用してアサルトライフルを辰弥を狙う別の半グレに向けて発砲、着弾を確認することなく身を落として近寄ってきた次の半グレの足を払い、心臓にナイフを突き立てる。
「こいつら――アライアンスか!?!?
「ライトニングに連絡入れろ!」
 辰弥たちの動きが手慣れていることに半グレたちも相手がただの敵対グループの差金ではないと判断したらしい。
「ライトニング――それがゲシュペンストのスクリーンネームか」
 角一つ手前で情報収集、かつ二人のアシストをしていた鏡介が低く呟く。
 銃をベルトに挟み、鏡介はホロキーボードを展開、再度PINGを打って周囲のGNS反応を確認する。
 先手を打って位置情報を欺瞞しない限り、PINGは範囲内のネットワークにあるGNSの位置を正確に捉える。こちらは先手を打てたので三人ともネットワーク内での位置情報を欺瞞できているが、戦闘が始まった今、少なくとも辰弥と日翔は目視されているので欺瞞した位置情報はリセットされている。
 鏡介の視界の中で光点が一つ、また一つと消えていく。
 その中で一つ、少し離れた場所にGNSの反応があることに鏡介は気がついた。
 ――そこか!
 相手の位置が分かるということは侵入への足がかりを見つけた、ということ。
 相手からのHASH対策で展開した自分たちの防御システムをこまめに切り替えながら鏡介はそこに向かってパスを伸ばした。
 向こうも漸く鏡介を捕捉したようだが、鏡介のハッキングの方が速い。
 自分のGNSに到達される前に相手のGNSに取り付き、鏡介は素早くコマンドを打ち込んだ。
 a.n.g.e.l.を囮にセキュリティを突破、相手の防御システムをダウンさせたところで回収、そのままGNSの基幹システムに潜り込む。
 そのタイミングで相手も鏡介のGNSに到達したが、今度はa.n.g.e.l.に防御を任せて鏡介は基幹システムに脳内に注入されたナノマシンを暴走させるウィルスを送り込んだ。
 一瞬、防御システムが再起動しかけるがそれよりも早くウィルスがGNS全体に展開され、全てのナノマシンを暴走させていく。
 個々のナノマシンを暴走させた程度では人間の脳はダメージを受けないが、全てのナノマシンが一斉に暴走すれば脳はそれに耐えられない。
 鏡介のGNSに侵入しようとしていたゲシュペンストの反応が一瞬乱れ、次の瞬間、完全に沈黙する。
「――ふぅ」
 一息ついて、鏡介はベルトに挟んでいた銃を抜き、角から身を踊らせた。
「あとはこいつらだけだ! 一人も逃すな!」
「応ッ!」
「了解!」
 日翔と辰弥が頷く。
 上空から先制攻撃を仕掛けるという役回りが終わった辰弥も地上に降り、日翔と息を合わせて殲滅の体勢に入っている。
 鏡介もそこに加わろうとし――。
 ――増援!?!?
 視界内に突然増えた反応に、鏡介の動きが止まる。
 おかしい。アライアンスから受け取った資料にはこの勢力は記載されていない。
 それとも、この半グレチームが懇意にしている別のチームに加勢を依頼したのかと考えたところで鏡介はその考えを否定した。
 ――あれは!
 鏡介の視界にいくつもの黒い人影が飛び込んでくる。
 統率された様子で動く黒い人影たちは進路の妨げになる半グレを躊躇いなく撃ち抜き、辰弥に襲いかかった。
『「カタストロフ」!?!?
 三人の声が重なる。
 黒い人影――黒い戦闘服を身に纏い、フルフェイスのヘルメットを被った男たちは紛れもなく「カタストロフ」の構成員だった。
『まずいぞエルステ、なんかやな感じがする!』
(それは俺も!)
 辰弥を囲もうとするかのように動き、銃口を向けるが辰弥も黙ってそれを受け入れるわけがない。
 即座にトランスで大鎌を作り出し、銃弾を弾きつつも「カタストロフ」の構成員を排除しようとする。
「BBをやらせるかよ!」
 日翔がすぐ近くにいた半グレを殴り倒し、辰弥の援護に向かう。
 鏡介も数発撃って牽制しつつ、ハッキングのために手近な「カタストロフ」構成員のGNSにアクセスしようとした。
「――クソッ!」
 PINGの探査に反応しているから近接通信で侵入しようとしたが、グローバルネットワークに接続するポートはすべて閉じられていた。
 グローバルネットワークに接続していないなら「カタストロフ」のサーバからのみ接続するローカルネットワークでデータリンクを構築しているはず、と鏡介が「カタストロフ」のサーバにもアクセスしようとする。
 だが、以前鏡介が目をつけていたサーバも破棄されていたようで目の前の「カタストロフ」の構成員に繋がるサーバが特定できない。
 サーバが特定できなければ鏡介のハッキング能力は宝の持ち腐れとなる。
「すまん、各個撃破してくれ!」
 乱入してきた「カタストロフ」は五人。残存している半グレと合わせても十人余り。
「しゃーねーな! とっておきいくぞ!」
 そう叫び、日翔がアサルトライフルを投げ捨て、右手の拳を握りしめた。
 その右手の拳がバチバチと放電する。
「Gene!?!?
 日翔の様子に辰弥が大鎌を振る手を止めてそちらに視線を投げる。
「あいつ、何を――」
 鏡介も事態が飲み込めず動きを止める。
 日翔が放電する拳を振り上げ、パンチの姿勢に入る。
「喰らいやがれ! プラズマ――ナッコォ!!!!
 全力で放たれるパンチ。
 放電――日翔はプラズマと言っているが、実際には荷電によって加速し、打ち出された拳は「カタストロフ」の一人を捉え、一撃で向かいの廃ビルまで吹き飛ばしていた。
 壁に激突するだけでなく、その壁を粉々に打ち砕いた「カタストロフ」の構成員は無事では済んでいないはず。
「な――」
 日翔の一撃プラズマナックルの威力に辰弥も鏡介も、彼らを排除しようとしていた半グレも「カタストロフ」も動きを止める。
「何なのそのパンチ!?!?  晃の武装オプション!?!?
 生体義体ではこんな芸当ができるのか。さすが遺伝子工学博士、と辰弥が日翔に声をかけると、日翔は「へへん」と得意げに笑って再度拳を固めた。
「なんかこう、気合入れたらできた! 主任が仕込んでくれたんじゃね?」
「相変わらず原理もへったくれもないなお前!」
 鏡介もツッコミを入れるが、日翔がそんなものを気にするはずがない。
 固めた両手の拳をぶつけ合わせながら、日翔は「カタストロフ」の構成員たちを見た。
「次喰らいたい奴は誰だぁ? かかってこいやぁ!」
「大技は連発できないはず!」
「先にあいつを排除して、エルステを捕獲する!」
 日翔の挑発に、「カタストロフ」は乗った。
 互いに目配せし、今度は日翔に向かって襲いかかる。
 その動きに若干の違和感を覚え、辰弥は大鎌を握り直した。
 ――何だ、この違和感――。
 まるで自分を見ているような錯覚。
 ノインは「嫌な感じがする」と言っていたし、それは辰弥も感じていたが、その「嫌な感じ」が違和感という形になって辰弥に襲いかかる。
 まさか、という思いを振り払うように辰弥が一人に追いすがり、ヘルメットに大鎌を叩き込む。
 大鎌の一撃を受け、真っ二つに割れるヘルメット。
 流石、衝撃を吸収するだけあってヘルメットの下の頭部は無傷だった。
「――ッ!」
 ヘルメットを割られた「カタストロフ」の構成員が振り返る。
「――な、」
『エルステ!?!?
 顔を見た辰弥の動きが止まった。
 元から顔を見る意図で首を刎ねずにヘルメットを割った。
 そうであって欲しくないという思いはあった。
 だが――その祈りは届かなかった。
 深紅の双眸が辰弥を睨みつける。
 その視線を受け止めつつも辰弥が「カタストロフ」の構成員を見る。
 今の辰弥が高身長だったから失念していたが、乱入してきた「カタストロフ」の構成員は成人男性にしては低身長だった。まるで、ノインと融合する前の辰弥くらいに。
 わずかに青の光沢を見せる黒髪は辰弥と同じだ。
 そして、辰弥を睨む深紅の双眸、その奥の瞳孔は爬虫類のような縦長の紡錘形で、これも辰弥の瞳と特徴が一致していた。
「――君、は――」
 掠れた声で辰弥が呟く。
 問うまでもない。目の前の「カタストロフ」の構成員は明らかにLEBだ。それも――。
「ちょ、え、辰弥!?!?
 襲いかかってきた「カタストロフ」の構成員の一人からヘルメットをもぎ取った日翔も声を上げている。
 そこにいたのも辰弥がヘルメットをかち割った「カタストロフ」の構成員と寸分違わぬ姿をしていた。それはまるで、双子とでもいうような。
 その「カタストロフ」構成員の姿に、鏡介がまさか、と呟いた。
「LEBの量産が――成功している……?」
 見た目がかつての辰弥と酷似しているのは辰弥が「カタストロフ」に身を寄せた際に収集したゲノム情報を使ったからか。
 クローンであれ、ゲノム情報から合成したDNAを使用し、培養した個体であれ、目の前の敵がLEBであることは確かだ。生成を使っていないのはまだ手持ちの武器の弾薬が尽きていないからか。
 ――と鏡介が思ったところで辰弥の目の前にいた個体が右の手のひらを辰弥に向けて突き出した。
 そこから鋼鉄の球体が生成され、辰弥に向けて撃ち出される。
「ッ!」
 咄嗟に辰弥が首を傾けて回避しようとするが、相手が自分のゲノム情報を使用したLEBであることを知ったショックで硬直していた体はわずかに反応が遅れた。
 直撃こそは免れたが、側頭部を掠めた鉄球に辰弥が弾き飛ばされる。
 まともに受け身も取れずに、辰弥はすぐそばの壁に叩きつけられた。
『BB!』
『エルステ!』
 日翔、鏡介、ノインが辰弥に呼びかける。
 だが、壁に頭をぶつけたか反応がない。
「マズいぞ鏡介Rain!」
 日翔も鏡介も辰弥に駆け寄ろうとするが、「カタストロフ」の構成員と残存している半グレメンバーによって動きが取れない。
「ナメたことしてくれたが、気絶してるならちょうどいい! 死ねやぁ!!!!
 半グレメンバーの一人がナイフを手に辰弥に襲いかかる。
「BB!」
 再度、鏡介が呼びかける。
 いくら人間の身体能力を遥かに上回るLEBであっても気絶してしまえば無防備だ。反撃できなければ一方的に嬲られる。
 半グレメンバーが手にしたナイフが辰弥の心臓目掛けて振り下ろされる。
「が――ッ!?!?
 だが、心臓に刃を突き立てられたのは半グレメンバーの方だった。
『な――!?!?
 日翔と鏡介の声が重なる。
 半グレメンバーのナイフは辰弥に届かず、逆に、辰弥の右腕が刃にトランスして半グレメンバーの胸を貫いている。
「うー……重っ」
 刃を抜いてトランスを解除し、辰弥が唸りながら体を起こす。
「BB、大丈――」
 大丈夫か、と声をかけようとした日翔の声が途中で止まる。
 そこはかとなく覚える違和感。そこで立ち上がっているのは辰弥なのに、辰弥ではない雰囲気。
 何だ、何が起こっている? と考え、そこで日翔は違和感に気がついた。
 単純に、見た目が違う。
 身長も、髪の長さも今の辰弥のものだが、カラーリングが反転している。
 生まれ変わった辰弥はいくつかの房と後ろ髪の先端が白い黒髪だが、今目の前にいる辰弥は黒い房と黒い毛先の白髪である。それどころか、頭の左右に白猫のような獣の耳が生えている。
 さらに見ると腰の辺りからは白くしなやかな尻尾が生えてゆらゆらと揺れていた。
 いや、この動きは猫が狩りをする時のような仕草にも見える。
 ――猫?
 どういうことだ、と日翔も鏡介も「カタストロフ」のLEBたちが警戒する。
 少なくとも、この辰弥は辰弥ではない、誰もがそう確信する。
「あー、だるー……。気絶するとか、ほんっと、サイテー」
 心底気だるそうにそう言った「辰弥」だが、身体は完全に戦闘モードに入っていた。その深紅の双眸が鋭く「カタストロフ」を捉えている。
「とりあえず、捕獲するぞ!」
 「カタストロフ」のLEBたちが一斉に「辰弥」に襲いかかった
「遅いね」
 「辰弥」はたった一言だけ言い、大きくジャンプする。
 その場で真上に上がっただけ、かと思いきや後ろの壁を蹴って「カタストロフ」のLEBを飛び越え、後ろに回る。
 後ろに回ったところで即座に振り向き、「辰弥」は腕を刃にトランスさせ、一気に振り抜いた。
 LEBたちも即座に反応して回避行動をとるが、「辰弥」に一番近かった一人が巻き込まれて首を刎ねられる。
「っ、Rain!」
 呆気に取られてその様子を見ていた日翔だが、すぐに我に返って鏡介に声をかける。
 鏡介も頷き、同じくあっけに取られていた半グレの残りに銃を向けた。
 トランス能力の有無で戦いの有利不利は変わってくるが、LEBの相手はLEBに任せたほうがいい。少なくともトランス能力を身につけた辰弥なら残り数人のLEBくらい引き付けられる。
 それなら今のうちに半グレを殲滅し、それから落ち着いてLEBの対処に当たったほうがいい。
 日翔がコンバットナイフを手にすぐ近くの半グレに襲いかかる。
「っそ!」
 半グレも手にしたナイフで受け止めるが、生体義体の出力調整で以前同様の怪力を備えた日翔には敵わない。
 半グレの手からナイフが弾け飛び、次の瞬間、日翔によって頸動脈を掻き切られる。
 鏡介もGNSと義体の精密制御で的確にターゲットの頭を撃ち抜き、二人は「辰弥」に視線を投げた。
 「辰弥」が近くのビルを利用して三次元的な軌道で残り二人となったLEBを翻弄している。
 確かに普段の辰弥もビルを利用して有利に立ち回れる上位を取ることはあるが、「辰弥」はただ壁に張り付いて上を取るのではなく、ビルとビルの間を飛び回って完全にLEBたちの攻撃を回避していた。
 この「辰弥」は少なくとも普段の辰弥より動きは活発、俊敏である。
 まるで猫を思わせるような動きに日翔と鏡介は援護に回りつつも「こいつは」と考えていた。
 明らかに辰弥ではない。辰弥の戦闘スタイルとあまりにもかけ離れている。
 それに、辰弥のメインウェポンはピアノ線ではあるがその次によく使うのは銃である。だが、この「辰弥」はトランス能力を最大限に駆使してその場の状況に合わせて腕や髪を武器にトランス、相手の攻撃を捌いている。
 二重人格か、と鏡介が自問する。
 研究所で「生産」されてからの数々の実験やその後の戦いで辰弥の精神がどれほど擦り減っていたかは分からないが、それでも精神に異常をきたさないとは断言できない。度重なる精神的なダメージに、それを回避しようとして解離性人格障害多重人格が発症してもおかしくないだろう。
 ただ、一般的な解離性人格障害は外見の変化が起こるわけではない。人格がスイッチしたところで見た目が変わらないから昔の時代は悪魔憑きだのただの演技だの言われていたはずだ。
 それなのに、今LEBたちと戦っている「辰弥」は完全に見た目が変わっている。体型などはそのままでも髪の色合いが反転するだけでなく猫耳と尻尾が生えている時点で完全に辰弥ではない、と判別できる。
 それとも、トランス可能なLEBだからこそ人格の変動で外見も変わるというのか。それはそれで分かりやすいが、一体この人格は何なのだ。
 そう考えていた鏡介の脳裏を一つの名前が過ぎる。
 ――ノイン?
 何故、その名前が浮かんだのかは分からない。
 確かに辰弥はノインと融合したし、思い返せば雪啼せつなと呼ばれていたころのノインは何故か猫じゃらしに反応した。キウイを食べて酔っ払いもした。
 つまり、今の「辰弥」はノインの人格が表出したものか、と考え、鏡介はまさか、とその考えを否定する。
 辰弥との融合でノインの意識は消えたはずだ。少なくとも日翔だけでなく鏡介もそう認識していた。旅の途中で辰弥がノインの幻影と会話していることを知らない二人なら当然の考えである。
 鏡介がちら、と日翔に視線を投げる。
 日翔はそんなことを微塵も考えていないのか、右手にアサルトライフル、左手にコンバットナイフを手にLEBの一人に切り掛かっている。
「あきと、じゃま!」
 「辰弥」がそう言いながら日翔が狙っているのと同じ個体に髪をトランスさせたいくつもの槍を向ける。
「邪魔とか傷つくなあ!」
 軽い身のこなしで流れ弾のように飛んできた槍を躱し、日翔がアサルトライフルでLEBの動きを牽制、回避方向を固定したところでコンバットナイフを突き立てる。
 同じタイミングで槍もLEBを串刺しにし、三人は残り一人となった「カタストロフ」のLEBに視線を投げた。
「くそ――っ」
 一対三になった時点で勝ち目は完全になくなった。
 逃げる、という選択肢がLEBの脳裏を過ぎる。
 選択肢としては一応存在する。先にやられた四人にはその選択肢はなかったかもしれないが、自分には一応の選択肢として「勝てないとなったら逃げろ」という指示はある。
 とはいえ、この状況で逃げることなどできそうにもない。
 相手は怪力を出すことができる全身の生体義体、武装を内蔵した義体持ち、そして――。
「――くっ」
 ただ一人生き残ったLEBは低く呻く。
 あいつだけは必ず殺すと誓い、そのチャンスもあったが覆された。
 あの白い姿はなんだ。資料のどこにも存在しない。
 それとも、原初のLEBは伊達ではない、ということか。
 「辰弥」がトランスで大鎌を作り出す。
 その切先を向けたところで――「辰弥」の動きが止まった。
「……エルステ……? いや、違う、これは――」
 同時にLEBのGNSに撤退命令が届く。ヘッドマウントディスプレイHMDにもなっているヘルメットに撤退命令の指示が文字列となって表示され、LEBはその命令に従うことにした。
 今だ、とLEBは手の中に一つの手榴弾を生成する。
「――っ! やばい!」
 「辰弥」が動きを止めたことで隙を作ってしまった、と日翔が咄嗟にアサルトライフルをLEBに向ける。
 だが、その時にはすでにLEBは手榴弾のスイッチを押し、地面に叩きつけていた。
 起爆する手榴弾。しかし、破片が飛ぶような爆発は起きない。
 その代わりに引火したフォッグオイルがもうもうと煙を立ち上げ、周囲の視界を奪う。
「煙幕か! Rain!」
 日翔が叫ぶ。その叫びを受け、鏡介が周辺のGNS反応を取得しようとPINGを飛ばす。
「ダメだ、電波妨害チャフも撒かれている!」
「ただのスモークじゃないのかよ!」
 煙の中での襲撃に備え、日翔が軽く周囲を撃って牽制する。
 その煙が晴れた時、その場には三人しか残っていなかった。
 襲いかかってきた「カタストロフ」のLEBの生き残りは影も形も見えない。
「チッ、逃げやがったか!」
 銃口を下げ、日翔が悔しそうに声を上げる。
 その後ろで、「辰弥」がその場に頽れた。
「BB!」
 鏡介が駆け寄り、体を支える。
 鏡介の声を聞いた日翔も即座に振り返って駆け寄り、同じように支えた。
「う――」
 低く呻いて目を開ける辰弥。
 いつの間にか、反転していた髪の色が元に戻っている。
 黄金きんと深紅の瞳が焦点を合わせるように揺らぎ、二人の顔を見た。
「あ――」
「動けるか?」
 二人に支えられ、辰弥が立ち上がる。
「とりあえず殲滅はした。早く移動しよう」
 鏡介に言われて辰弥が小さく頷き、何度か手足を振って異常がないことを確認する。
「うん、大丈夫、行こう」
 もう大丈夫、と辰弥が繰り返し、三人はそれぞれ手にしていた生体銃の自壊機能を起動して走り出した。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

「辰弥、確認したいことがある」
 アライアンスに依頼が完了した旨を伝え、報酬を受け取ってから当初の目的地――館県に向かう車の中で、鏡介が不意に口を開いた。
「――ん、」
 助手席で、辰弥が言葉少なに頷く。
「お前、気絶してからのこと、覚えているか?」
「――なんとなくは」
 嘘は言わない。ノインから、自分が気絶してからのことは説明を受けている。
 『あの程度で気絶するとかエルステ弱すぎ。エルステが気絶してる時ならノインも動けるようだから代わりにぶっ飛ばしておいた』という説明に、ひとまず感謝と落ち着いた時にプリンを作る約束をして、辰弥は何食わぬ顔で行動していた。だが、鏡介はその時の状況をはっきりと把握しておかないと気が済まないのだろう。
「お前が気絶している時に出てきた人格――お前は把握しているのか」
「うん」
 隠す必要性はどこにもない。訊かれたら正直に答えるだけ。
 しかし、話したところで信じてもらえないという意識がある辰弥にはどこまで説明していいか全く分からないものだった。
「医者に行けって言うなら行く。解離性人格障害多重人格って言いたいんでしょ」
 ノインと自分では戦闘スタイルが全く違う。普通の人間が見れば別の人格が表出したという認識になってもおかしくない。
 そういう点では、辰弥は無意識のうちに鏡介と話を合わせようとしていた。
 ノインの意識が生きていて、緊急時には辰弥の肉体を掌握できるという話は普通の人間には理解できる内容ではない。それなら多重人格として処理してしまった方が――。
ノインなんだろ
「え」
 鏡介の口から出るとは思っていなかった言葉に、辰弥が絶句する。
「白ベース、猫耳に尻尾、猫のような身のこなし……猫の人格――ニャン格? が多重人格の一つにあったとしても、猫が生成やトランスをするはずがない。それにノインは猫っぽいところがあったし、実際のところ永江 晃が猫の特性を埋め込んでいたんだろう? それならあの時表に出たのがノインだ、と説明できる」
『なんだよニャン格って! スマした顔してふざけんじゃねえ!』
 辰弥の膝の上でノインが憤慨しているが、それを見ることなく辰弥は窓の外に視線を向けた。
「言っても信じないでしょ」
 自分にはノインが見えているし会話もできる、と言っても信じてもらえるわけがない。
 あまりにも人間の常識からかけ離れているし、人間の常識に当てはめるとしたらオカルトでしか説明できない。そのオカルトもほとんどが科学で解明されている今、それで説明できないノインの存在は多重人格として処理してしまった方が話は早い――と思ったのだが。
 いや、と鏡介が首を振る。
「LEBという存在が現実にある以上、お前の身体に何があってもおかしくない――というか、今更何を言われても驚かない」
「んー? さっきの辰弥の話か? 俺も混ぜろ」
 鏡介の声を聞き付け、後部座席の日翔が座席の隙間から首を突っ込んでくる。
「さっきの辰弥さ、見た目とか色々変わってたけどあれなんなん?」
「それを今から説明してもらうところだ」
 気の早い日翔を鏡介がなだめる。
 いつもと変わりない雰囲気に、辰弥は小さく息をついて日翔と鏡介を見た。
「俺、ノインと融合したじゃん。俺の人格が表に出ているから二人はノインの意識は消えた、と思ってるみたいだけどさ――残ってるんだよ」
「残ってる?」
 辰弥の言葉に日翔が首をかしげる。
 うん、と頷き、辰弥は言葉を続けた。
「実は、俺にはノインが視えてる。晃も無反応って考えると、俺にしか視えてないはず」
「え、雪啼生きてんの?」
 日翔が素っ頓狂な声を上げる。
 日翔にとってはノインはまだ雪啼なのか、と思いつつも辰弥は頷いてみせた。
「なんて言えばいいのかな……。俺とノインは融合したけど細胞そのものが融合したんじゃなくて、混ぜ合わせたみたいな感じなんだ。例えるならボールプールみたいな」
「ボールプール?」
 辰弥の例えがいまいち理解できず、日翔がもう一度首をかしげる。
「なるほど、赤と青、二色のボールを同じ柵の中に入れた感じか」
 鏡介はピンと来たのだろう、自分なりに解釈した内容を口にすると辰弥はうん、と頷いた。
「だから厳密にはノインは生きてる。ただ、肉体の割合的に俺の方が多かったとか色々あって主導権は俺にある。ノインの細胞が多い部分だとノインの特徴が出たりするんだけどね」
 そう呟いた辰弥の視線が知らず、自分の股間に向かう。
 そういえばそのせいでノインに……と内心で呟くが、日翔と鏡介の目には辰弥がただうつむいただけに見えたらしい。
 そうか、と呟き、鏡介はちら、と窓の外に視線を投げた。
「ノインは生きている――か」
「俺が狂ったとは思わないの?」
 常軌を逸した行動を取れば、まず精神の異常を疑うべきだ。少なくとも辰弥はそう思っていたし、実際に研究所にいた頃はそれが当たり前だった。
 自分の後に造られた第四号フィアテの精神の崩壊は目の当たりにしたし、異常行動者の対処の訓練と称して精神に異常をきたして暴れるしかできない彼女と無理やり戦わさせられた。
 そのときの経験があるから、意識を失ってノインが出た時のことははたから見れば精神異常者の動きだと思うのが普通である――そう、辰弥は思っていた。
 それなのに鏡介は辰弥が精神に異常をきたしたのではなく、何かしら別の要素が絡んでいると判断した。それどころかノインの存在に気が付いた。
 ノインが生きているという話をしても疑うことなく受け入れた。
 辰弥にとっては話が早くて助かることではあったが、それでも何も言わず受け入れられたことに何故か心が痛む。
 どうせ信じてもらえないだろう、と思っていたのに信じてもらえたことに嬉しい、よりも助かった、という感情が先に立つ。
 それに気づき、辰弥は自分の思考の変化に気が付いた。
 以前の自分なら信じてもらえたことが嬉しかったはずだ。仲間としての絆の強さに感謝したはずだ。
 それなのに、素直に喜べていない自分がいる。
 ノインと融合したことによる変化なのか、それとも素直に人を信じることができなくなってしまったのか。
 千歳と昴のことを思い出す。
 結局、千歳は本当に辰弥のことが好きだったのか、演技で恋人を演じたのかは分からない。そこに昴という悪意を固めたような人間が混ざりこんでくると余計に分からなくなる。
 千歳が好きだという感情は今でも変わらない。それなのに、千歳の感情は永遠に分からない。
 この二人の存在が、自分以外の人間を本当に信じていいのかと判断を鈍らせる。
 あれだけ大切な仲間で、自分の命に代えてでも守りたいと思った二人にすら、信じてもらえないだろうという諦念を持ってしまう。
 期待してはいけない、信じてはいけない、心に深く刺さった棘は日翔と鏡介に対する信頼までも揺るがしていた。
「辰弥、」
 鏡介が辰弥に視線を戻し、口を開く。
「確かにお前はLEBであることを隠していた。だが、それが分かってから、俺たちはお前を疑ったりしたか?」
「それは――」
 鏡介に言われて辰弥が目を泳がせる。
 思い返せば、LEBであることを隠していた間に疑われることはあるにはあったが、それでも二人は信じてくれていた気がする。全てが明らかになった後も拒絶することなく、千歳が「グリム・リーパー」に加入して、辰弥が心を動かされたときも辰弥に対してはその感情を否定しなかった。
 鏡介は千歳に対して疑いの目を向け続けたが、それでも辰弥の千歳に対する感情は否定していない。疑え、と警告はしたが別れろという発言はなかった。
 その時点で日翔も鏡介も辰弥のことは全面的に信頼していた。辰弥と鏡介の意見が分かれ、敵対した時ですらそうだった。互いに互いが殺せないと理解した上で殺し合った。
 それくらい、互いに理解し、信頼していたのに、それが揺らいでいることに胸が締め付けられるような感覚を覚え、辰弥はごめん、と呟いた。
「日翔も鏡介も分かってくれるはずなのに、言えなかった」
「まあ、誰しも言えないことの一つや二つある。言ったところで信じてもらえないだろうというのは人間として当たり前の感情だ」
「そう――かな」
 鏡介にそう言われても実感できない。
 これからもこの気持ちを抱えて旅をするのか、と思ったところで日翔が口を挟んだ。
「んなもん、うだうだ考えてたってしゃーねーだろ。思ったことはとりあえず言う、後は言ってから考えろ」
「日翔……」
「自分一人で抱えても解決しねーよ。お父さんは何でも相談されたいです」
 日翔の言葉に、辰弥はぷっと吹き出した。
「だから父さんとは呼ばないって」
「えー、ここは呼ぶとこだろー」
 日翔としては辰弥の父親でありたいという気持ちが強いのだろう、そんな日翔に辰弥は一瞬だけ唇を震わせる。
 父さん、と呼ぼうとしてその言葉を飲み込み、辰弥は目の前に視線を投げた。
「とりあえず、俺の中にはノインがいる。普段は俺が表に出てるけどあの時みたいに気絶したら代わりに出てくるかも」
「じゃあ、それってお前が寝てるときに勝手に動くってことか?」
『その手があったかー!』
(やめてね!?!?
 今の日翔の発言はまずい。辰弥が寝ているときにノインが悪さをする。いや、それだけならまだしも肉体を休ませることができなくなるのでいざという時に動けなくなる。
 辰弥がなんとかしてノインをなだめようとしたところで、鏡介がもう一つの疑問点を口にした。
「しかし、今回の『カタストロフ』の襲撃――何故俺たちがあの場にいることが察知された」
「あ」
 鏡介に指摘され、日翔が声を上げる。
 辰弥も同じくその指摘に意識を切り替え、鏡介を見た。
「そもそも、俺たちが磐瀨に来ていることが分かったとしてもアライアンスの仕事を受けたことを突き止めてその混乱に乗じて襲撃を仕掛けてくるなんてできないはずだ。誰かが手引きしたとしか考えられない」
「えー、そんなんアライアンスが買収されてたんじゃねーのか? 上町にいた時だって山崎さんが『カタストロフ』に協力を依頼したくらいだからアライアンスとつながってるくらい」
「いや、それは考えにくい。依頼完了報告の際に『カタストロフ』の乱入も伝えたが、その時の反応は完全に知らないものだった」
 日翔の疑問を、鏡介が即座に否定する。
 アライアンスが「カタストロフ」を手引きしたという可能性は鏡介も真っ先に考えたことだった。そのため、完了報告の際にまとめ役のGNSにハッキングを仕掛けて簡易的にポリグラフ検査を行ったが、まとめ役は完全にシロだった。他のメンバーが密告した可能性も考えられるが、「グリム・リーパー」がアライアンスに声をかけたことを知るメンバーがいるとも思えない。知っていたとしてもいつ実行するか伝えていない「グリム・リーパー」の動きを正確に把握することはできないはずだ。
 そう考えると、アライアンス以外に「グリム・リーパー」の動きを把握している誰かがいる、と鏡介は考えていた。
 しかし、上町府や武陽都という固定拠点を持たない今の「グリム・リーパー」の動きを正確に監視できる人間がいるとは思えない。一番疑わしいのは晃だが、辰弥をより詳しく調べたい、や日翔の生体義体のデータを取りたい、と思っている晃がこの二人に危害を加えるようなことを考えるのもあり得ない。
 どこで監視されている、と鏡介はもう一度キャンピングカー全体をスキャンして発信機や盗聴器の類がないかを確認する。電波を放つ電子機器なら確実に発見できるこのスキャンは定期的に行っているからそのようなものが見つかるとは考えられない。その鏡介の考え通り、a.n.g.e.l.は「何も見つかりませんでした」と報告してくる。
「……偶然見つけたのか、それとも誰かの手引きがあったのか、それだけでも分かれば――」
「それもだが、もう一つヤバい案件あるだろ」
 不意に、日翔が思い出したように声を上げる。
 辰弥と鏡介が日翔を見ると、日翔はあれな、と話を続けた。
「今回の『カタストロフ』、あれ前の辰弥そっくりだったじゃん」
『あ――』
 辰弥と鏡介の声が重なる。
 そうだ、フルフェイスのヘルメットをかぶっていたから最初は分からなかったが、あの時襲撃してきた五人の「カタストロフ」構成員は明らかにLEBだった。それも、辰弥に酷似した。
 といっても、実際に顔を見たのはヘルメットを外した二人だけなので残り三人もそうだったとは断言できない。一人は取り逃したし、他の二人は顔を確認する前に辰弥たちが離脱したので分からない。しかし、以前の襲撃では誰もヘルメットをかぶっていなかったことを考えると今回は明らかに顔を隠すためであり、ランダムにヘルメットを外された二人が同じ顔だったことを考えると残りも同じだった可能性は高い。
「LEBの量産、か……」
 苦々し気に鏡介が声に出す。
 辰弥も苦し気な面持ちで小さく頷いた。
「俺が『カタストロフ』にゲノム情報を提供したばかりに――」
「辰弥、済んだことを悔やんでも仕方がない。ただ、今後はLEBが投入されることを覚悟した方がいい」
「でも、辰弥そっくりとか趣味悪ぃな」
 あれ、マジで後味悪いんだが、と呟きつつ日翔が辰弥を見る。
「あれだろ、クローンって奴だろ?」
「辰弥のゲノム情報を利用しているという点ではクローンとも言えるか。今回の場合は体細胞クローンというよりは塩基配列のデータを再現したデータクローンだろうが」
 この時代、遺伝子操作もクローンも人間に対しては法で禁じられていてもそれを極秘裏に行っている企業はいくつもある。人間に対しては禁じられていても、辰弥は遺伝子構造上人間ではないから違法にはならないという考えかもしれない。そう考えると「カタストロフ」が辰弥から得たゲノム情報を利用してクローンを量産することは想像に難くない。
「……戦いづらくなるな」
「それが『カタストロフ』の狙いだ」
 落ち着いた声で鏡介が続ける。
「だが、俺たちにとって辰弥は一人だけだ。いくら同じ遺伝子情報を持っていても、同じ顔をしていても、本質が違うのならそれは辰弥じゃない。見た目が同じだからと変な情を持つな」
「……わーってるよ……」
 力なく日翔が答える。
「辰弥がそれでいい、って言うなら俺は辰弥を傷つける奴をぶっ飛ばす。見た目が同じでも」
「辰弥、お前はどうなんだ」
 日翔と鏡介の言葉に、辰弥が一瞬考えるそぶりを見せる。
 だが、すぐにまっすぐ前を見て口を開いた。
「同族だからとか俺と同じ構造だからとかそんなことで殺さないでとは言わない。むしろ、LEBは存在しちゃいけないんだ。殺すしかない」
「その言い方、最終的にはお前も死ぬってことになるぞ」
 鏡介の鋭い指摘に辰弥が苦笑する。
「それでもいいと思ってるよ。俺は原初のLEBとして責任を取らないといけない。俺が成功してしまったから後続が生まれた。だから、最後は――」
「させねえよ」
 日翔が辰弥の言葉を遮る。
「原初のLEBとか責任とか知るかよ。俺はお前に死なれたくない、それだけだ」
「日翔……」
「それは俺も同じだ。世界がお前を否定しても、俺と日翔は絶対に否定しない。信じろとは言わないが、俺たちがそう考えていることだけは知ってくれ」
「鏡介も」
 二人の言葉が突き刺さる。
 自分は二人を信じることが揺らいでいるのに、二人は否定しない――信じると言う。
 何がそこまで、と言おうとして辰弥はその言葉を飲み込んだ。
「――ありがとう」
 絞り出すようにそう言い、身じろぎする。
「――お、館県の看板見えてきたぞ!」
 後部座席から首だけ出していた日翔が突然大声を上げる。
 辰弥と鏡介も目の前を見ると、高速道路の県境に設置されたカントリーサインが近づいてくるのが見えた。
「本州最北端の県か……。遠くまで来たな」
 ぽつりと鏡介が呟く。
「海鮮! のっけ丼食いたい!」
「そうだね。鏡介、いい店探しておいてよ」
「なんで俺に言う」
『優秀なナビゲーターだから』
 不満そうな鏡介に、辰弥と日翔の声が重なる。
「……仕方ないな」
 鏡介が苦笑し、a.n.g.e.l.に声をかける。
 キャンピングカーはカントリーサインの横を通り過ぎ、桜花本州最北端に位置する館県へと入っていった。

 

to be continued……

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おまけ
ばにしんぐ☆ぽいんと あすとれい
第3章 「せんいが☆あすとれい」

 


 

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