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Vanishing Point / ASTRAY #04

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
 河内池辺を離れ、隣の馬返に赴いた三人は馬返東照宮を観光する。
 その戻りに、辰弥は「カタストロフ」に襲われている一人の少女を保護するが、彼女はLEBだった。
 「カタストロフ」から逃げ出したという「第十号ツェンテ」、保護するべきと主張する日翔と危険だから殺せと言う鏡介の間に立ち、リスクを避けるためにもツェンテを殺すことを決意する辰弥。
 しかし、ナイフを手にした瞬間にPTSDを発症し、ツェンテの殺害に失敗する。
 それを見た日翔が「主任に預けてはどうか」と提案、ツェンテは晃に回収してもらうこととなった。
 |磐瀨《いわせ》県に到着した三人は路銀を稼ぐため、|千体《せんだい》市にあるアライアンスから「近隣を悩ませる反グレを殲滅しろ」という依頼を受ける。
 依頼自体はなんということもないものだったため、メンテナンスを受けてから依頼に挑むが、そこに「カタストロフ」が乱入してくる。
 しかも、乱入した「カタストロフ」の構成メンバーはLEB、一瞬の隙を突かれた辰弥が昏倒してしまう。
 だが、絶体絶命の状況を覆したのは辰弥自身だった。
 反転したカラーの辰弥の動きに、日翔と鏡介は辰弥の中にノインの人格が存在し、このような状況では肉体を制御して動けるということに気付く。

 

  第4章 「A-Dverse 不利」

 

 たて県でメンテナンスを含めて数日滞在し、海産物やりんごを堪能した三人はその後齶田あぎた県を抜け、当てもなく決めた次の目的地高志こし県に向けてキャンピングカーで移動していた。
「いやー……のっけ丼うまかったなァ……」
 最初にチケットを白米に交換し、鮮魚市場をぐるりと回って残ったチケットを使い好きな魚の刺身を好きなだけ盛るのっけ丼は日翔とは相性抜群の料理だった。
 何しろ、チケットさえあれば好きな具材を好きなだけのっけることができるのである。「のっけ丼」とはよく言ったものだ――と辰弥は思っていたが、実際に日翔が作ったのっけ丼は驚愕のものだった。
 使ったチケット実に六十枚。チケットはバラ売りもされているが、基本的に十二枚ワンセットで売られているものなので日翔は一人で五セット購入したことになる。
 鏡介はその十二枚ですら多かったらしく、「ちょっと食ってくれ……」と辰弥に数枚のチケットを譲ったが、そのチケットを譲り受けた辰弥も「少し多かった」となったくらいなので日翔の大食いっぷりが際立ってくる。
 五人分を一人で食べた、となると、当然食費もかさむわけで、「グリム・リーパー」の会計担当である鏡介は「またブロックチェーンいじって口座に補充しておかなければ……」と聞き捨てならないことを呟いていた。
「また行きたいね、あの市場」
 冷蔵庫にぎっしり詰まった刺身やその他の鮮魚を思い出し、辰弥も呟く。
 にゃあ、とキャンピングカーの中を徘徊していた黒猫ねこまるが冷蔵庫の前に移動し、ドアをカリカリと引っ掻き始める。
「おー、ねこまる、腹減ったか」
 こいつ、分かってんなあ、と日翔が立ち上がり、ねこまるを抱き上げた。
『だからニャンコゲオルギウス十六世だっつーてんだろーが!!』
 ノインが前部座席の隙間から首を出して騒いでいる。
 だが、それが聞こえていない日翔はぬるんぬるんと腕から逃れようとするねこまるを器用に抱えながら自分の席に戻っていく。
「ん? ねこまる……お前、太った?」
 旅が始まった頃より毛並みの艶が良くなり、質感が増したように感じるねこまる。
 ねこまるがにゃあ、と諦めたように日翔の手を舐め始める。
「ははは、くすぐったいなぁ」
「旅が始まってから合成フードよりも本物の魚の切れ端とか食べるようになったもんね。今夜も海鮮丼にするつもりだし、ねこまるもしっかり食べてね」
 そんなことを辰弥が呟いていると、ノインも辰弥の膝の上に戻ってきて騒ぎ出した。
『甘エビ食べたい、甘エビ!』
「分かった。ノイン、海鮮丼に甘エビ多めに乗せとくね」
『やったー!』
 大はしゃぎのノイン。鏡介がちら、と辰弥を見る。
「ノインは甘エビが好きなのか?」
「多分。あれは俺もまた食べたいって思ったし」
 口の中でねっとりととろける甘エビを思い出す。いくら館港跡の養殖工場で養殖されたものとはいえ、天然物とそん色がないおいしさだったのではないか、と辰弥は考える。尤も、天然物など辰弥たちの経済状況ではとても手が出るものではないので想像の範囲だが、それでもフードプリンタで作られたものではない、本物の甘エビはその名の通り甘く、おいしいものだった。
 この逃避行が終わったらもう来ることはないかもしれない、と思いつつもまた来ることができればいいな、と辰弥は館魚奈センターの土産物コーナーで買った甘エビのキーホルダーを握りしめた。
 立ち寄った先々で購入してきた千歳への「お土産」は辰弥が寝床にしているリビングエリアに取り付けた小さな棚に並べられている。一つ、また一つと増えるキーホルダーに、辰弥は今はもういない千歳への想いを募らせつつあった。
 死後の世界を信じているわけではないが、今何をしているのだろうか、向こう側でうまくやっているのだろうか、そんなことを考えてしまう。
『……エルステ?』
 ノインが不思議そうに辰弥の顔を覗き込む。
「……大丈夫」
 絞り出すようにそう言い、辰弥は手を開いてキーホルダーを見た。
 くるんと背を丸めた甘エビのキーホルダー。少しデフォルメされたデザインは女性にも人気があるという売り文句が付けられていたが、千歳は喜んでくれるだろうか。
 そんなことを辰弥が考えていると、日翔の声が辰弥を現実に引き戻す。
「だが、まさか館県でも齶田県でも『カタストロフ』が来るとは思ってなかったな。そのせいで色々食いそびれた気がする」
「あー……」
 日翔の発言に、鏡介も小さく頷いた。
「この車や俺たちに発信機が付いていないのは定期的に確認しているから確かなはずだ。それに俺たちの移動ルートは決まっていないし、どこにいるのか知っているのは永江 晃くらいのものだ。それなのに何故……」
「……うん……」
 もう一度キーホルダーを握り直し、辰弥も頷く。
 行き先は行き当たりばったりでしか決めていないのは辰弥も理解しているところだった。
 ひとところに留まっているのは危険だということで同じ町には連泊しないし、次の行き先も早くて寝る前、場合によっては当てもなく移動を始めてから初めて決めるくらいである。
 そう考えると「カタストロフ」が正確に自分たちの居場所を特定して襲撃してくるのは辰弥たちにとって不可解な出来事だった。しかも、決まって――。
「よくよく考えたら『カタストロフ』が来るのって大抵メンテ明けで助かるよなー。メンテ前とかメンテ中に襲撃されたら大変だぜ」
「確かに」
 日翔に言われて辰弥が声を上げる。
 「カタストロフ」の襲撃は決まって三人のメンテナンスが終わって暫くしてからだった。
 偶然と言ってしまえばそうかもしれないが、こうもタイミングが重なると必然的なものを感じてしまう。
「……まさか、晃が……?」
「えー、主任がチクるとかねーだろ。少なくとも俺の生体義体の追加データは取りたいだろうし辰弥の身体のこともある。あんま言いたかないが、辰弥ってLEBの中でも色々イレギュラーが出てんだろ? それをわざわざ潰すようなこと――」
 考え込んだ辰弥に、日翔が浮かんだ可能性を否定する。
 襲撃のタイミングを考えれば晃が怪しいのは事実だ。もしかすると、晃は再度「カタストロフ」入りを希望していて、合流してから辰弥の居場所をリークしているのでは、というのは突飛はな発想ではない。それほど、状況証拠は揃いすぎている。
 晃と辰弥の話をまとめると、御神楽財閥はLEBの研究を全面的に禁止していて、許されているのは現存し、なおかつ特殊第四部隊トクヨンの管理下にあるLEB――第二号ツヴァイテフュンフゼクスズィーベンアハトの五人のメンテナンスだけである。トクヨンの監視下に入っていない第三号ドリッテLEFレフのケーキ屋でパティシエとして働いており、辰弥こと第一号エルステノインは死んだことになっている。第四号フィアテに関しては数年前に死亡が確認されたとかで、清史郎が開発した第一世代と晃が開発した第二世代の全ナンバーは表向き全個体の動向はトクヨンに把握されている――ことになっている。
 だが、「カタストロフ」は晃に対してLEBの自由な研究を約束していた。「カタストロフ」の桜花での拠点――上町支部はカグラ・コントラクターによって壊滅したが「カタストロフ」自体が壊滅したわけではない。辰弥の前に現れ、晃に極秘裏に引き渡された第十号ツェンテの存在から、清史郎はまだ生きていてLEBを開発し続けているのは明白である。同時に、晃に対して研究設備を提供できるくらいの力が残っていると考えられる。
 そういった点から、晃がLEBの研究のためだけに御神楽財閥を裏切って「カタストロフ」に行きたいと考えるのは有り得ない話ではない。いくら御神楽財閥――久遠に黙って「グリム・リーパー」の一員となり辰弥たちのメンテナンスを引き受けていると言っても、それは「カタストロフ」に辰弥を売るための方策と考えることもできるのだ。
 しかし、辰弥としてはその可能性を否定したい気持ちもあった。
 晃はLEBの研究に執着しているところがあるし、人間にしては倫理観をどこかへ置き忘れてきたようなところがあるが、生物兵器であるLEBを兵器として運用するのではなく、新たな種としての共存を考えているような気がしていた。「カタストロフ」がLEBを使い捨ての兵器として運用していることに対しては色々思うところがあるはずだ。少なくとも、人として生きようとしている辰弥(と、ノイン)を再び兵器として運用させることは快く思っていない、と思いたい。
 そう考えると、どうしても晃が「カタストロフ」に戻りたいと考えているわけではない、と思いたかった。あくまでも辰弥の希望であるため晃の本心は晃に訊かないと分からないが、仲間の生存を第一に考える「グリム・リーパー」で仲間の命を危険に晒すような行為に走るとは考えたくない。
 晃はシロだ。そう、辰弥は主張したかった。
 日翔は命の恩人である晃を疑うようなことはしないはずだが、鏡介は疑っているかもしれない。むしろ仲間であっても最悪の事態を想定して動ける鏡介の冷静さと慎重さには頭が上がらない。
 鏡介はどう思っているのか――そう、辰弥が鏡介を見ると、鏡介は運転席で腕を組み、眉間にしわを寄せて考え込んでいた。
「状況だけを見れば永江 晃は怪しい。だが、あいつの思考は単純だ。ポリグラフ検査をすれば確実にボロが出るのは分かり切っている」
「その晃は御神楽の監視下なんだけど。俺たちのこと、バレてたらやばいじゃん」
 鏡介が言いたいことは分かる。
 晃は嘘がつけない人間ではないが、ポーカーフェイスが得意というわけでもない。
 休暇を利用して移動ラボを乗り回していることを突き詰められればどこで辰弥たちのことが発覚するかも分からない薄氷を歩かせているのも事実で、辰弥たちもいつ御神楽に生存を知られて追われることになるかと冷や冷やしているところだった。
「ポリグラフ検査をする前から断言するのは俺らしくないと言うかもしれないが、永江 晃はシロだと俺は思っている」
「鏡介にしては意外だね」
 想定外の鏡介の言葉に、辰弥がちら、と窓の外を見る。
「鏡介が人を疑わないなんて、光輪雨降るんじゃない?」
「俺を何だと思っている」
「骨なしチキンのもやし和え」
「お前な!?!?
 あまりの言いように鏡介が声を荒らげるが、辰弥はくすりと笑って口を開いた。
「俺たち以外を疑わないなんて鏡介らしくないな、って。でも――なんだかんだいって鏡介も晃を信頼してるって言えるのかな、これ」
「――多分な」
 鏡介は否定しなかった。
 辰弥の言う通り、晃を信じたい気持ちはあった。
 疑わしい点は多い。だが、その不審点はどれも晃の性格を元に簡単に反証できる。
 鏡介としてはその反証に反証を重ねて疑うべき、という気持ちと晃の「『グリム・リーパー』の一員である」という発言を信じたい気持ちが競り合っていた。
 辰弥や日翔は甘いと言うかもしれないし鏡介自身もそれは思うが、元々鏡介は他者に対しては甘いところがある。「グリム・リーパー」――その前身の「ラファエル・ウィンド」にいた時期は三人の中で一番長い。それ以前も泥を啜るような生活を送っていたことからこの世界の闇を一番よく知っている。それなのにこの闇で生き延びる最大の秘訣――他者を蹴落とすが三人の中で一番下手なのも鏡介だった。
 人生の半分近くは裏社会で生きてきたから他者を疑うというスキルは持ち合わせている。だが、それでもどこかで信じたいという気持ちは持ち合わせていた。
 千歳に対してもそうだ。元「カタストロフ」の人間、辰弥に対する馴れ馴れしさ、そういったところから「カタストロフ」のつながりを警戒して疑ってきたが、心のどこかでは辰弥に対する態度は本物であってほしいと思うところはあった。それがうまく伝えられず、辰弥とは一度大喧嘩をして殺し合いにまで発展してしまったが。
 そんなことから、鏡介は晃に対しても完全に疑いの目を向けることはできなかった。反証があるのなら猶更だ。
 しかし、それなら「カタストロフ」の襲撃の正確さはどこから来た、と鏡介は改めて考えなおした。
 怪しいと言えば現在晃に預けているツェンテも怪しいが、これに関しては鏡介も警戒して晃にツェンテには行き先を伝えるな、と指示を出している。流石に完全に伏せるのもどうかと思い、行き先の県名くらいは言ってもいい、とは言っているが、県名だけであそこまで正確に居場所を特定している「カタストロフ」の探査能力は侮れない。
 それとも、ツェンテに発信機の類が付いているのか――と考えるが、それも鏡介は否定する。
 ツェンテが身に着けていたものに発信機の類は一切付けられていなかった。GNSにはGPSによる位置情報の特定手段が存在するが、それも晃に預けるとなった時点で鏡介がハッキングして位置情報が発信されないように細工をしている。つまり、ツェンテを利用して自分たちの居場所を特定することは不可能――少なくとも、鏡介はそう思っていた。そんな鏡介の裏をかくような位置情報の送信手段があれば話は別だが、ツェンテが自分の意志で「カタストロフ」に連絡を入れない限り、ツェンテの居場所は誰にも特定できない。
 となると状況証拠的にツェンテもシロか、と考え、鏡介は辰弥を見た。
「辰弥、」
「ん、」
 辰弥が鏡介を見る。
「お前はツェンテのことをどう思っている?」
「ツェンテのこと?」
 そう言って鏡介から視線を外し、辰弥が天井を見る。
 少し考え、そうだね、と呟いた。
「正直、怪しいとも言えるし怪しくないとも言える、ってのが俺の意見」
「なんか煮え切らないなぁ……」
 日翔も話に割り込み、にゅっと座席の間から首を突っ込んでくる。
「ツェンテのこと、怪しむ余地あるか?」
「うん。ツェンテは俺と同じで所沢が制作者だから」
 そう呟くように言った辰弥の声が苦々しいもので、日翔と鏡介は顔を見合わせる。
 よほど清史郎に対していい感情を持っていないのか、という思いと、清史郎が造ったLEBだから疑う余地がある、と取れる辰弥の発言にどう答えたものか、と二人は考える。
「……所沢がツェンテに何かを仕込んでいると?」
 ふと、思い付き、鏡介が尋ねる。
「まあ――そんなところかな。どんなギミックかまでは分からないけど、所沢のことだから何かやってるんじゃないかなって」
「だったら、猶更あの時殺しておくべきだっただろう。何故殺さなかった」
 ツェンテを保護した直後のことを思い出す。あの時、鏡介は警戒して「殺すべき」と進言したし、辰弥もそれに同意して殺そうとした。
 だが、結果として辰弥はツェンテを殺さず、日翔の提案で晃に預けることになった。
 もし、ツェンテを疑っているのならあの時殺しておけば、そんなことを考えてしまう。
「うん、なんで殺せなかったか自分でも分からないよ。でも結果として俺はツェンテを殺せなかったし、ツェンテを殺したからといって襲撃がなかったとも断言できないし、ツェンテに関しては不確定要素が多すぎる」
『あいつはただのしょうわるおんなだろー!』
 むぅ、とノインが頬を膨らませるが、日翔と鏡介にはそれは見えていない。
「だから『カタストロフ』の情報源がどこにあるかは俺には分からないよ。もしかしたらどこかで情報が洩れてるかもしれないし、桜花での本部が壊滅したといっても規模は大きいから全国に包囲網が完成してるのかもしれないし」
「そうだな、考えていても仕方がないか」
 後手に回るしかできないが、「カタストロフ」がどうやって辰弥たちの居場所を特定しているのかを突き止めなければ対策の打ちようがない。
 とりあえずは襲撃されたらそれを撃退するだけだ、と言葉にせずとも三人の中で結論付けられる。
「でもよー……」
 話は終わったはずなのに、日翔はまだ何かあるのか話を続けて来た。
「千体市での襲撃以来さ……来るようになったよな」
「あー……」
 日翔が何を言わんとしてるか察し、辰弥が唸る。
 鏡介もすぐに察し、そうだな、と頷いた。
「……量産型のLEB、か……」
 ノインと融合する前の辰弥の姿に酷似した、量産型のLEB。
 千体市での襲撃で現れた量産型のLEBは館県での襲撃にも投入された。
 いくらフルフェイスヘルメットで顔を隠しているとはいえ、中身がかつての辰弥そっくりと分かっているだけに日翔たちは手が出しづらかった。
 辰弥は「LEBは存在してはいけない」とばかりに容赦なく撃破していたが、日翔と鏡介はそこまで割り切ることができないというのが現状だった。
 そのため、勝ち目がないと判断した数人のLEBを取り逃がす結果となってしまい、長居はできないと今は高志県へと車を走らせている。
『あのLEB、今度会ったらぶっ飛ばす!』
 ふんす、と鼻息荒く宣言するノインを尻目に辰弥はまぁ、と呟く。
「誰だろうと、何だろうと、俺たちの邪魔をする奴は消すだけだよ」
 そう言って辰弥はキーホルダーをポケットにしまい、ナイフを一本生成する。
「ただ――あの量産型のLEBなんだけど、色々気になることがあるんだ」
「何だよ」
 日翔が辰弥に続きを促す。
「俺もノインの話を聞いて、その後館県で気が付いたんだけど、襲撃に来てる量産型、俺のコピーだけじゃないっぽいんだよね」
「え」「え」
 日翔と鏡介の声が重なる。
「お前のコピーだけじゃ、ないだと?」
 どういうことだ、と尋ねる鏡介に辰弥がうん、と頷く。
「一つだけ、気配が違うんだ。俺はノインほどの超感覚はないけどそれでもなんとなくは分かるよ。生成はしてるからLEBってのは確定なんだけど、俺のコピー以外に造られた個体があるかもしれない」
「マジか……」
「確かに、所沢はツェンテも生産済みだったからな。第十一号エルフテが造られていてもおかしくない、ということか」
「ツェンテが逃げたからエルフテを指揮個体として投入している可能性はあると思うよ」
 辰弥のその言葉を最後に、キャンピングカーの中が沈黙に閉ざされる。
 ノインも難しそうな顔をして辰弥の膝の上で考え込んでいる。
『でもさ、エルステ』
 日翔と鏡介には聞こえない声で、ノインが辰弥に声をかける。
「何、ノイン」
 辰弥がノインに声をかけると、日翔と鏡介もノインがいるらしい辰弥の膝の上に視線を投げた。
『あの気配がおかしい奴、エルステの気配に似てる。りょーさんがたは全然違うんだけど、あいつだけなんかエルステっぽい』
「……それ、ほんと?」
「え、ノイン雪啼何言ってんの?」
 ノインの声が聞けない日翔が辰弥に通訳を求める。
「なんか、違う気配の個体は俺に似てるって」
「……どゆこと?」
 理解できない、と日翔が首をかしげる。
「え、量産型は辰弥のコピーだから似てるってなら分かるが、そうじゃない奴が似てるってか? なんでだよ」
「それは俺が知りたいよ。それとも、量産型は外見設定だけ俺に似せてそれ以外のゲノム情報は別に組み直した、ってことなのかな」
「だが、それでも推定エルフテがお前に似ているという説明がつかない」
 鏡介も口をはさみ、三人は同時にうーん、と唸った。
 量産型が辰弥に似ているならまだしも、そうではない個体が似ているとは。
 辰弥の言う通り、量産型は辰弥たちの士気を下げるために外見をかつての辰弥に似せたガワだけのもので、指揮を執っているらしき個体が辰弥のコピーなのだろうか。
 分からない、と三人が同時にため息をつく。
「ま、考えてもしゃーねーか」
 全く唐突に、日翔が明るい声を上げた。
「分からんもんをグダグダ考えててもしゃーねーだろ。今度会ったらあのヘルメットひん剥いてご尊顔拝ませてもらえばいいだろ。話はそれからだ」
「それもそうか」
 日翔の言葉に辰弥も頷く。
 そうだ、情報不足で分からないことを考えていても答えにたどり着けるわけがない。
 それなら情報というピースを集めてパズルを完成させればいい。
「じゃ、もう襲撃のことを考えるのはやめだ。もうすぐ高志県に着くんだし、ご当地グルメ調べようぜ!」
『さんせーい!』
 ご当地グルメ、と聞いてテンションが上がるノイン。
 辰弥もそうだね、と頷き、鏡介を見た。
「……はいはい、高志の名物はふぐの子の糠漬けだ。お前ら、一度は食っとけ。俺は食わん」
 逃亡先のご当地グルメ検索ももう慣れたものである。
 鏡介が高志県の名産品を口に出すと、辰弥が目を輝かせて振り返り、日翔を見た。
「聞いた? ふぐの子の糠漬け!」
「え、ふぐの子って……卵巣だよな……? 毒、あるよな……?」
 日翔もふぐの卵巣に毒があることくらいは知っている。
 そんな毒物を有した食べ物あるの? と青ざめる日翔に、辰弥が笑って説明する。
「ふぐの卵巣を糠漬けにすると毒が消えるんだって。日翔でも食べられるよ」
「マジか、桜花人の食に対する執着心やべーな……」
 自分でも食べられるとなると興味が湧くのが日翔ではあるが、それでも若干日和っているのは辰弥も分かる。鏡介に至っては初手から食べないと宣言しているのでよほど警戒している、とも言える。
 しかし。
「鏡介、内臓が義体なら毒物なんて関係ないんじゃ……」
「それはそうだが、食べたくないものは食べたくない」
「えー、やっぱり骨なしチキンのもやし和えじゃん」
「誰が骨なしチキンのもやし和えだ!」
 茶化してくる辰弥に鏡介が吼える。
 あはは、と笑う辰弥と日翔、そして眉間にしわを寄せた鏡介を乗せ、キャンピングカーは県境を越え、高志県へと進入していった。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

尾山おやま市だー!」
 尾山駅付近の駐車場にキャンピングカーを止めた三人は駅を一目見ようとぶらぶらと歩いていた。
 周辺は観光客らしい、キャリーケースを転がす人々が目につき、ここが観光の町であることを如実に表している。
「おー、あれが噂の鼓門つづみもん。でけぇなぁ……」
 尾山駅東口に建てられた、独特の形状を持つアーチを見上げて日翔が呟く。
「能楽で使われる鼓を模したアーチだそうだ。あと、東口にはもてなしドームもあるらしいぞ」
 尾山駅周辺の観光情報を検索していた鏡介がちら、と鼓門の奥、尾山駅を見ながら説明する。
「え、気になる。見てみたい」
 鏡介の情報に、辰弥が食いついた。
 辰弥としては噂に聞いていた鼓門を見ることができて満足しかけていたところへ追加の観光情報が飛び込んできたのだ、これは見ずにはいられない。
 日翔も興味深そうに尾山駅の方に視線を投げ、そうだな、と頷いた。
「行ってみようぜ! 面白そうじゃん!」
「うん!」
「あ、こら急に走るな!」
 走り出した日翔と辰弥、それを追いかけるように鏡介も走ると、ねこまるも分かっているのかトコトコと三人に並んで走り出す。
 鼓門をくぐると、そのすぐ目の前にアルミフレームが張り巡らされたガラス張りのドームが広がった。
「おおー……」
 立ち止まり、ドームを見上げる三人。
 その少し先でねこまるが座り込み、毛づくろいを始める。
「すごいな……」
 ドームを見上げ、ぐるりと見まわしながら辰弥が呟いた。
「尾山は元から雨や雪が多い地域だからな。駅についてすぐに濡れないように、と観光客をもてなすために作られたドームらしい。この辺りは流石、観光の街だな」
 なるほど、と辰弥が頷く。
 伝統的な品をモチーフにした鼓門と、未来的なフォルムのもてなしドーム、この二つが同時に視界に入り、過去と未来が繋がっている、そう思わせてくる。
 過去と未来――そう考え、辰弥は自分の過去を振り返る。
 造られてから今まで、色んな事があった。これから、自分がどこに行きつくのかはまだ分からない。
 過去があって、未来に続く――そう思うと、自分の過去は未来にどう影響するのか全く読めず、不安を覚える。
 それでも、日翔と鏡介がいたら何とかなるのではないか、そんな楽観的な希望が浮かび、辰弥は苦笑した。
 昔はここまで楽観的にはなれなかったのに、今は未来に対する希望みたいなものがいろいろ浮かんでくる。日翔と鏡介と一緒なら、それこそどこに行っても怖くない、そんな――。
『エルステ、お腹空いた』
 ねこまるの隣に座り込んでいたノインが振り返り、辰弥に声をかけてくる。
「――ん、」
 確かに尾山市に着いてからまだ何も食べていない。
 高志県の名産品と言えば――と考え、辰弥が尾山市のグルメ情報を検索し始める。
 高志県は県内に若山わかやま半島と呼ばれる半島があり、そこでの漁業が盛んだが、ここ暫く海沿いを走ってきたため魚介以外のもので何かないか、と探してみる。
「……ん、若山牛」
 若山半島で育てられるという若山牛の記述に、辰弥はちら、とノインを見た。
「ノイン、俺のGNS見れる?」
『んー?』
 辰弥に声をかけられたノインが首を傾げ――次の瞬間、顔を輝かせた。
『おー、肉!』
「近くに若山牛のローストビーフを使った『うしまぶし』を出す店があるみたいだよ」
「えっ、牛!?!?
 辰弥とノインの会話に日翔が割り込んでくる。
 うん、と辰弥が頷き、視界に表示させていた紹介ページを日翔に転送した。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!! に!!!! く!!!!
 肉と聞いてテンションが上がるのはノインだけではなかった。
 万年食べ盛りの日翔が目を輝かせて鏡介にもデータを転送する。
「……む、若山牛のうしまぶしか……」
 眉一つ動かさず、冷静そのものに見える鏡介の声もわずかに上ずっている。
 内臓が義体だからと昔はエナジーバーやゼリー飲料だけで済ませていた鏡介だが、食に対して無頓着ではない。こう見えて三人の中では一番グルメに関しての知識がある。
「若山牛といえば流通数が少なくてほぼ高志でしか流通していないと言われている幻の牛肉だな。確かに高志に来たなら一度は食ってもいいかもしれない」
「ふぐの子の糠漬けよりは優先度高いだろ! 食いに行こうぜ!」
「ふぐの子の糠漬けを馬鹿にするな。桜花人の知恵の結晶だぞ」
「でもあれ、昔の人がふぐの卵巣を暗殺に使おうとして保管してたら毒が抜けて失敗した、ってやつじゃなかったっけ。元々は失敗を知恵の結晶と言ってもなってもなあ……」
 日翔としてはキャンピングカーの中で話題に上がったふぐの子の糠漬けはどちらかというと恐怖の食材なのだろう。ネタとして引きずる日翔に鏡介と辰弥も思い思いの言葉を口にするが、日翔はいやだいやだと首を振る。
「いやお前らと違って俺は毒の分解機構ないんだぞ。当たったら――」
「いや俺はレセプターに結合しないだけで」
「俺は義体が素通りさせるだけで」
「そんなん聞いてないわー!!!!
 重要なのはお前らに毒が効かない、俺は毒が効くってことなんだよと力説する日翔を尻目に、辰弥と鏡介が顔を見合わせた。
「……日翔ってさ……」
「毒、効くんだな」
「普通は効くの!!!!
 辰弥と鏡介の含みのある物言いに日翔がぶんぶんと両手を振る。
「いいな! 俺に盛ろうとか考えるなよ!?!?
『あきとは一回痛い目に遭っとくといい』
 いつの間にか日翔の前に移動したノインが呆れたように呟いている。
「そうだね、いつも大盛りばっかり食べてるしたまには痛い目に遭って懲りてもらった方がいいかな」
「ひどくね!?!?
 やばい、こいつら俺に一服盛る気だ。
 そう考えた日翔がぶるりと身を震わせる。
 毒は怖い。いくら辰弥と鏡介が毒無効の体質だったとしても「グリム・リーパー」で最大出力を誇る日翔が毒で戦線離脱などすればあっという間に壊滅してしまう。
 流石に二人に迷惑はかけられない。しかしおいしいものは腹いっぱい食べたい。
 そんな二律背反に悩まされながら、日翔は店に向かって歩き出した辰弥と鏡介の後を追うのだった。

 

「ここか」
 鼓門を抜けて数分、牛の顔をラインでデフォルメしたようなエンブレムが染め抜かれた暖簾を前に鏡介が低く呟いた。
「うん、さっき空いてるか訊いたら空いてるって言われたから予約したし行けるでしょ」
 そう言いながら、辰弥がさっさと暖簾をくぐって店に入っていく。
「……なぁ、鏡介」
 辰弥に続く前に、日翔が一度立ち止まって鏡介を見た。
「なんだ?」
「辰弥さ――ちょっと明るくなったよな」
 もう、何度か鏡介に話して鏡介の同意も得ている話だが、それでもついつい確認してしまうのは辰弥を息子として見ようとしてしまっているからだろうか。
 日翔としては辰弥はまだ子供で、自分のような大人が守ってやらないといけない、という思いがあった。全ての事実が明らかになり、今では自分より上背もあるほどに成長して、自分よりも達観していても、それでも実年齢を考えると本来ならまだ遊んでいてもいい年齢だ――そう思ってしまう。
 辰弥が子供扱いを望んでいないことも分かっているが、それでもその考えは大人に植え付けられた間違ったものだ、という意識がある。
 それに関しては鏡介に何度も「辰弥の意志を捻じ曲げるな」と怒られはした。しかし両親が御神楽陰謀論者であったとしても幼少期をある程度自由奔放に生きてきた日翔にとっては辰弥の考えは否定したくなってしまうのだ。
 もっと自由に、子供らしく生きろよ――と。
 そんな日翔のいつもの考えに気付いたか、鏡介が苦笑して日翔の肩を叩く。
「お前の望みは辰弥の幸せか? それとも自分の満足か?」
「そりゃあ、辰弥の幸せ――」
「だったら、辰弥がやりたいようにさせてやればいいだろう」
 そう言って、鏡介がさっさと暖簾をくぐって店に入ってしまう。
「あ、待てよ!」
 慌てて日翔も暖簾をくぐり、店に入る。
 ――でも、
 暖簾をくぐりながら、日翔はふと考える。
 ――辰弥、お前は本当に幸せなのか――?
 望んでもいないのに造られて、子供という時間を知らずに大人にさせられて、暗殺者として生きて。
 それが幸せなのか、疑問に思ってしまう。
 そう思ってから、日翔は自分が今を幸せと思っていないのではないか、と気が付いた。自分が幸せでないから、辰弥も幸せだと思っていないのでは――と。
 そんなはずはない。好き勝手生きて、好きなものを食べて、大切な仲間に囲まれて、幸せでないはずがない。人を殺すことに抵抗感もないし、それが当たり前だと思っている。
 それなのに、どうしてこんなに心に棘が引っかかっているのだろうか。
「……ま、いっか」
 深く考えるのは自分の性分じゃない、そう思った日翔が首を振って暗い考えを振り払う。
 今は幸せだ。辰弥もきっと幸せだ、それでいい。
 そんなことを考えながら日翔も店に入ると、辰弥と鏡介はもう席について今時珍しい物理メニューを開いて何を注文するか話し合っていた。
「やっぱりうしまぶしだよね」
「ああ、本物の若山牛を一度は味わっておきたい」
「あー、お前らずるいぞ! 俺にもメニュー見せろ!」
 日翔が騒ぎながら辰弥の隣に座り、メニューを覗き込む。
「お、これいいな!」
「……?」
 日翔が指差したメニューを辰弥と鏡介が確認する。
「……って、」
「本気かお前!?!?
 日翔が指差したメニューは「おおうしまぶし」と記載されたものだった。
 メニューの説明を見ると、「若山牛ローストビーフを敷き詰めた特大の『うしまぶし』、通常の四倍サイズ」と記載されている。
 「シェアしてお召し上がりください」と記載されている――のだが。
「日翔……一人で食べる気?」
「おうよ! 肉はいくらあってもイイからな!」
 ドヤァ、とオーダー画面を開く日翔に辰弥は苦笑、鏡介は渋面をその顔に浮かべる。
 相変わらずの大食いっぷりに「こいつはフードファイターとして稼がせた方がいいのでは……」などと思ってしまう。
 実際にフードファイトはこの時代にも存在する。プリントフードだから食材を無駄にすることはないし、仮に作り過ぎたとしても観戦者に「選手が実際に食べたものはこちら!」とお裾分けもされるので廃棄されるものがあるとすればそれは実際に食べ残されたものだけだ。それにフードファイトのルールとして「食べ残せば即失格」が設定されている大会もあるのでフードファイターは基本的に自分の限界を把握している。
 そんなフードファイトに日翔を放り込めばどうなるか――。
「辰弥、」
「何、鏡介」
 真剣な顔で話しかけて来た鏡介に、辰弥が首を傾げる。
「日翔をフードファイトに送り込めば稼げるんじゃ」
「ダメだよ鏡介、俺たちは暗殺者、フードファイトなんて派手な場所に行って目をつけられたらそれこそ『カタストロフ』に襲われる」
「――確かに」
 せっかくいい路銀稼ぎの手段を思いついたのに、と悔しそうな鏡介に辰弥がもう一度苦笑した。
「ま、でも裏フードファイトとかあるんじゃないの? そういうのなら出てもいいんじゃないかな」
「それだ」
 よし、近くの裏フードファイトを探してみるか、と鏡介が早速検索を始める。
「その前に腹ごしらえ。鏡介もうしまぶしでいい?」
「大きくない方でな」
「りょーかい」
 日翔に続いて、辰弥が自分と鏡介の分のうしまぶしをオーダーに追加する。
「若山牛か……」
 鏡介の解説を待つのもいいが、食べ物関連だと自分でも調べてみたい。
 そう考え、辰弥は若山牛について解説しているページを検索した。
 まずは世界中で最も手軽に調べられるサイペディア。
 桜花には三大桜牛と呼ばれるブランド牛が存在するが、若山牛はその中には属していない。だが、だからといってランクが落ちるわけではなく、単純に流通数が少な過ぎて知る人ぞ知るブランド牛ということになっているらしい。
 ついでに桜牛のブランド牛について調べてみると、桜花の全ての都道府県に何かしらのブランド牛が存在するらしく、それぞれ流通数は少ないものの各地のグルメな富裕層を唸らせているということに桜花人の食に対する執着をひしひしと感じる。
 桜花は御神楽財閥のお膝元ということもあり、他の国に比べて比較的生鮮食品が入手しやすくなっている。御神楽財閥が謳う「世界平和」の一端に「豊かな食卓」があるらしく、世界各地の食糧支援――フードプリンタのフードトナー工場の建設やフードトナーの原料となる大豆生産工場の建設、維持技術提供などの活動は有名だ。そのフードプリンタが行き渡ったところで次に行っているのが本物の食材による伝統料理の復活で、各地でかつて生産されていた作物の工場を少しずつ増やしてフードプリンタと通常の食事が併用できるように、と配慮されている。
 もちろんこれもビジネスなので御神楽財閥には思惑がある。
 御神楽陰謀論者の中ではこうすることで工場の建設や維持の権利を独占し、莫大な利益を得ていると囁かれている。
 実際のところ、莫大な利益を得ているかどうかは別としても御神楽財閥は工場建設の費用を融資し、工場の運営が軌道に乗ったところで融資分を回収しているところはある。だがそれは工場建設を支援する他の企業も同じ、それどころか御神楽財閥の方が融資の利息はかなり低めに抑えられているのが現実である。
 とはいえ、日翔は御神楽陰謀論者なので御神楽財閥が全て独占している、と思っているところではあるが。
 そんな状態だから、この逃避行の先々で口にするご当地グルメの多くが御神楽財閥の支援によって生産されているものという事実に日翔は複雑な思いでいた。
 ここまで高いのは御神楽が利益を独占しているからだ! と主張することもあるが、辰弥と鏡介は慣れたもので適当に聞き流している。
 結局、日翔もご当地グルメのおいしさに負けてガッツリ食べてしまうので最近は「悔しいが御神楽のおかげで美味い飯が食える……」となっていた。
 それはそうとして、各地にご当地ブランド牛があるのなら食べてみたい、と思うのは辰弥だけではなかった。
「日翔、桜花各地にご当地ブランド牛があるの知ってる?」
「え、何それ知らん」
 辰弥から振られた話題に日翔が食いつく。
「ちょっと調べてみたら、桜花にいろんなブランド牛があるみたいだよ。桜花三大桜牛は知ってる?」
「おう、知ってるぞ! 砂処すか牛、大坂おおさかビーフ、飯野いいの牛だろ!」
「一部では置賜おきたま牛が該当する、と言われていて三大桜牛と言いながら実質四大桜牛状態だがな」
 鏡介の解説も入り、日翔がほへー、と声をあげる。
「とにかく、三大――四大? 桜牛はあるけどもう一つ斐太ひだ牛も含めて五大桜牛と言われたりもするみたいだね」
「斐太――ってことは、井口いぐち県か?」
 いくら義務教育をサボっていた日翔でも都道府県くらいはある程度知っている。ましてや有名どころのご当地グルメとなると逃避行が始まってから「ここに行けばあれが食える」で色々調べているので日翔に都道府県クイズを出すなら「◯◯が食べられる県は?」と出せばほぼ確実に正解が出るくらいである。
 逃避行が始まる前はいくら食べるの大好き、と言ってもご当地グルメなどほとんど知らなかった日翔。こうやっていく先々の料理を楽しみにできるほどに快復した、という事実は辰弥にとっても鏡介にとっても喜ばしいことだった。
「斐太地方といえば斐太陣屋ひだじんや市の古い町並みは食べ歩きにいいらしいね。斐太牛の握りとか串焼きとかあるみたいだよ」
「マジか! 斐太牛の握りとか絶対うまいやつ!」
「――と、なると次の行き先が決まったな」
 お冷を一口、鏡介が冷静に口を開く。
「次の行き先は井口県だ。海なし県だがうまい魚があるぞ」
「お、もしかして鮎か? 鵜飼いで有名なやつ!」
「ああ、鮎の塩焼きは俺も食ってみたい。今はシーズンオフだが、養殖ものなら年中食えるはずだからそれを食べよう」
「おー!」
 なし崩してきに決まった次の行き先に、日翔がテンション高く拳を上げる。
 そのタイミングで、三人の目の前にうしまぶしが差し出された。
「お待たせしました。うしまぶし二つとおおうしまぶしです」
 おひつに盛られた白米の上にはローストビーフがこれでもかと乗せられてる。さらに尾山市の名産品の一つである金箔が上品に飾られ、見た目にも美しい。おひつ以外にもさまざまな薬味が盛られた小皿や小鉢、お新香、だし汁の入った器が三人の前に置かれ、三人は「おお……」と声を上げた。
 その中でも日翔のうしまぶしは壮観だった。
 四倍サイズというだけあって、まずおひつが大きい。その上に薄切りにされたローストビーフが何重もの円を描いており、さながら牛肉でできた牡丹の花である。
「いやぁー、いいですなー」
 割り箸を手に、日翔が満面の笑みを浮かべる。
「じゃー食べようぜ!」
『お肉ー!!!!
 ノインも身を乗り出しておひつを覗き込んでいる。
「じゃ、食べようか」
 辰弥の言葉を合図に、四人は手を合わせる。
『いただきます』
 食材には感謝の念を。
 それだけは忘れず、四人は声を合わせ、うしまぶしを口に運んだ。

 

「ふー食った食った」
 日翔が満足そうに腹を叩いている。
「……もう食べたの……」
 出汁茶漬けにしたうしまぶしを食べながら辰弥が呆れたように呟く。
 うしまぶしはそれはもう美味しかった。
 若山牛のローストビーフは白米の熱で脂がとろけ、口の中いっぱいに脂の甘みを広げていく。そこに二杯目としてさまざまな薬味の味変を楽しんだ後、温かい鰹出汁で出汁茶漬けにする――うしまぶしの元ネタとなった本井戸田ほんいどた市のグルメ、牛肉ではなく細かく切った鰻の蒲焼を乗せたひつまぶしの流れで食べるうしまぶしは至福のひとときを四人に与えた。
 特に出汁茶漬けにしたうしまぶしは鰹出汁で肉が温まり、柔らかさを取り戻している。さらに溶け出した脂が鰹出汁と合わさってえもいえぬ旨味となり、満足感が倍増する。
 そんなうしまぶしをじっくり堪能している横で――日翔はあっという間に四人前のおおうしまぶしを完食した。
「いやーマジでうまいわこれ、いくらでも行けそう」
「だったら日翔、お前これもいけるだろう」
 食べ終わった鏡介が日翔にデータを転送する。
「ん?」
 どれどれとデータを確認した日翔がおお、と目を輝かせた。
「裏グルメフードファイト! これ、食いまくったら勝ちの奴だろ!?!?
 ああ、と鏡介が頷く。
「鏡介、食べながら探してたの?」
 最後に残った鰹出汁を飲みながら辰弥が尋ねる。
「まあな。これからの予定を立てるにはちょうど良かったから」
 辰弥にもデータを転送し、鏡介が説明する。
「参加費は百万、しかし勝てば一千万が一気に入ってくる」
「うわ、責任重大」
「のっけ丼五人前食った後に海鮮網焼きセットも食ったお前なら余裕だろう。レギュレーションに義体禁止はなかったし、裏フードファイトはとりあえず『どんな手を使ってでも食い切った方が勝ち』だ」
「――ふむ」
 含みのある鏡介の言葉に日翔が考え込む。
「なるほどな、最悪、腕力に物言わせてもいいってことか」
「そういうところだけ察しがいいなお前は」
 まあ、そういうことだと言う鏡介がそこで、と話を続ける。
「開催日程的に少し余裕があるからメンテナンスを済ませておこう。場合によっては有耶無耶にして逃げられるかもしれん」
「それって――」
 鏡介の言い分に、辰弥もピンと来た。
 今まで、「カタストロフ」の襲撃は自分たちのメンテナンスの後だった。それはここに到着する前の車の中で話していたから覚えている。
 つまり、日翔が負けそうになったら「カタストロフ」の襲撃を利用して有耶無耶にして逃げるつもりか、という鏡介の計算高さに辰弥は感心した。
 逆に考えると勝ちそうなタイミングで襲撃があった場合は自分たちで阻止すればいいということか、と考えるとかなり気が楽である。
 裏フードファイトということは観客は刺激を求める富裕層や一発逆転を狙うギャンブル中毒に人間が多いはず。そう考えるとうまく利用すれば混乱に乗じて逃げることも可能だろう。
 それに、これだけ食べてすぐの参戦となると胃袋の容量的に不利になるが、メンテナンス明けなら程よく腹ごなしも済んでいるはず。万全の体制で試合に参加できる。
 わかった、と辰弥と日翔が頷いた。
「じゃあ、晃呼んでおくか。ノイン、晃のお土産、何がいいと思う?」
『んー、ローストビーフ……?』
 うしまぶしのローストビーフ、すごく美味しかった! と目を輝かせるノインに、辰弥もそうだね、と頷く。
「晃に持たせるお土産、若山牛のローストビーフでいいよね?」
「いいんじゃないか? あいつはもっと肉を食うべきだ」
 あの顔色、必要最低限の栄養しか摂っていない。もっとタンパク質とビタミンを摂るべきだ、と同意する鏡介。
「なんだかんだ鏡介も晃のこと信じてるんだね」
「一応はお前と日翔の命の恩人だからな。メンテナンス明けの襲撃の謎は気になるが、判断材料が足りない状態で疑いたくない。もっと状況証拠ではない、物的証拠になりうるものが出てこれば話は別だが」
 そういうことだ、と鏡介がお冷の最後の一口を飲んで立ち上がる。
「そろそろ移動しよう。ああ、お土産もここで買っていこう」
「あいよー」
 辰弥と日翔も立ち上がり、鏡介が会計を進めるのを見守る。
「……」
 値段を聞いた瞬間、鏡介の眉間の皺が深くなったのは見間違いではないだろう。
 これは日翔にしっかり稼いでもらわないとな、と思いつつ、辰弥は店の外に出て、どうやら店員にローストビーフの切れ端をもらってご満悦な様子で待っていたねこまるを抱き上げた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

続きは次回更新までお待ちください

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