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Vanishing Point / ASTRAY #05

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
 河内池辺を離れ、隣の馬返に赴いた三人は馬返東照宮を観光する。
 その戻りに、辰弥は「カタストロフ」に襲われている一人の少女を保護するが、彼女はLEBだった。
 「カタストロフ」から逃げ出したという「第十号ツェンテ」、保護するべきと主張する日翔と危険だから殺せと言う鏡介の間に立ち、リスクを避けるためにもツェンテを殺すことを決意する辰弥。
 しかし、ナイフを手にした瞬間にPTSDを発症し、ツェンテの殺害に失敗する。
 それを見た日翔が「主任に預けてはどうか」と提案、ツェンテは晃に回収してもらうこととなった。
 |磐瀨《いわせ》県に到着した三人は路銀を稼ぐため、|千体《せんだい》市にあるアライアンスから「近隣を悩ませる反グレを殲滅しろ」という依頼を受ける。
 依頼自体はなんということもないものだったため、メンテナンスを受けてから依頼に挑むが、そこに「カタストロフ」が乱入してくる。
 しかも、乱入した「カタストロフ」の構成メンバーはLEB、一瞬の隙を突かれた辰弥が昏倒してしまう。
 だが、絶体絶命の状況を覆したのは辰弥自身だった。
 反転したカラーの辰弥の動きに、日翔と鏡介は辰弥の中にノインの人格が存在し、このような状況では肉体を制御して動けるということに気付く。
 依頼完遂後、館県と齶田県を通過した三人は高志県に到達する。
 高志県のグルメを堪能しつつ、日翔は旅銀稼ぎのために裏フードファイトに出場、その食欲からライバルの料理を強奪、見事優勝するのだった。
 しかし、いつもはメンテナンス後に来る「カタストロフ」の襲撃が来ず、辰弥はツェンテが襲撃犯を呼び寄せているのではないか、と考える。

 

  第5章 「A-Bsolute 絶対」

 

 尾山おやま市から斐太陣屋ひだじんや市までは高速道路を使えば二時間もかからずに移動することができる。
 だが、特に急ぎの旅でもなく、当てもなく気ままに逃避行する身としては一般道を使ってのんびり桜花全国を回りたい、と思っていた。
 キャンピングカーは外山とやま県や越山えつざん県を数日かけて移動し、いよいよ当面の目的地に設定していた井口いぐち県に差し掛かったところだった。
「おー、これが荘川しょうかわ郷の合掌造りかー」
 日翔が窓から身を乗り出して周囲に立つ茅葺き屋根の建物を眺める。
「この辺は御神楽も文化財保護に力を入れているからな。七百年近く残っている建物もあるそうだ」
 鏡介も観光情報を参照しながら説明すると、日翔がほへー、と声を上げた。
「御神楽が隕石除去できたのって四百年ほど前だろ? その前の建物がまだ残ってるって、よほど運が良かったんだな」
「そうだな。とはいえ、荘川郷は、というか桜花はアカシアの中でも比較的バギーラ・レインの被害は少なかったらしいから残っていても不思議ではないだろう」
「バギーラ・レインの被害に大小なんてあるの?」
 日翔と鏡介の会話に辰弥も混ざる。
 ああ、と鏡介が頷いた。
「アカシアの自転角度とバギーラ・リングの展開角度の都合でバギーラ・レインの頻度に大小があったらしいな。桜花は頻発区域から外れていたからはぐれ隕石が時折降る程度だったようだ……が、そういうのはたいてい大型の根性あるやつだから降ってきたらかなりの被害を出したらしい」
「ふーん……サイペディア情報?」
 興味深そうに話を聞く辰弥に鏡介が再度頷き、視界のサイペディアのページをスクロールする。
「実際に、桜花でも除染区域があるだろう? 御神楽がバギーラ・レインを制御できるようになったとはいえ全てに対処するのは不可能ということで落ちてきた成れの果てだ」
「いーや、あれは御神楽がわざと落としたな! だってあのエリア、反御神楽のレジスタンスの拠点があると言われてた場所だぜ? 絶対事故に見せかけて――」
「はいはい。それでいいよ」
「塩!?!?
 両親が御神楽陰謀論を支持する人間だったために日翔も陰謀論に染まっているのはいつものこと。
 熱弁し始めた日翔を適当にいなし、辰弥はちら、と窓の外に視線を投げた。
 隕石を除去できる、ということは、逆に隕石を除去せず降らせることは可能だ。御神楽財閥なら高性能な量子コンピュータも取り揃えているだろうし、「どの隕石を降らせれば目的の場所に落ちる」という計算も即座に行えるはず。
 陰謀論というほどではないが、御神楽財閥がアカシアを支配するために隕石を任意の場所に降らせて見せしめにしている、というのは有名な都市伝説である。それが事実か否かは重要ではない。アカシアの隕石除去を一手に引き受けている御神楽財閥はその気になれば隕石除去を取りやめて世界を再び混沌に陥れることができる、その事実だけが重要なのだ。
「日翔が御神楽を嫌うのも分からないわけじゃないよ」
 ぽつり、と辰弥が呟く。
「御神楽が隕石を利用してレジスタンスとか敵対企業を攻撃しても俺は別にどうでもいいけど、日翔にとってはそれが重要なんでしょ。御神楽は悪だ、だから引き摺り下ろしたいって気持ちは分かるよ。だけど、御神楽を引きずりおろしても第二、第三の御神楽が現れて世界は変わらず回るだけだ」
「それは――」
 辰弥の言葉に日翔が詰まる。
 いくらアホキャラで通っている日翔でもその理屈は分かる。巨大複合企業メガコープがこの世界を支配している以上、どこかの企業が消えても他の企業がその隙間に収まるだけだ。
 それでも御神楽を悪と思うのは何故だろうか――と考え、日翔はぶんぶんと首を振った。
 そんなことをぐだぐだ考えるなんて自分らしくない。親が悪だと言っていたから悪、それだけでいい。両親がどんな気持ちで御神楽財閥の陰謀論を支持していたかなど、両親がいない今考えていても仕方がない。
 少なくとも、盲目的に御神楽財閥を信用してはいけないのだ――それだけ考えて、日翔は窓から首を引っ込めた。
「なあ、腹減った。荘川郷といえば五平餅とか斐太牛コロッケとかあるんだろ? 食いに行こうぜ」
「もう、日翔は相変わらず食いしん坊なんだから」
 辰弥が苦笑して後部座席を振り返り、日翔を見る。
「もうすぐ駐車場に着くからいつものように食べ歩きしよう」
「おー」
 荘川郷のグルメはどんな味がするのだろうか。
 その思いは三人とも同じだった。
 逃避行の身ではあるが、逃げるからには精一杯楽しみたい。
 そんな三人の思いを乗せ、キャンピングカーは観光客用の駐車場に入っていった。

 

 荘川郷は合掌造りの古い家屋が点在し、中心部に観光客向けの店が並ぶ構造となっていた。
 両脇に並ぶレトロな感じの店を眺めながら三人はぶらぶらと歩いている。
「あ、斐太牛の串焼きもあるんだ。斐太陣屋の名物だけどこっちでも売ってるんだ」
 黒猫ねこまるを抱き抱えた辰弥が「これならねこまるも食べられるかな」などと呟いている。
『だからニャンコゲオルギウス十六世だっつってんだろーが! あとねこまるに塩分の高いもの食わせんな!』
「今、『ねこまる』って言ったよね?」
『あーーーー!!!!
 騙したな、エルステ! とノインが辰弥の足を蹴る。
「騙してないし、ノインが自爆しただけだし」
『うるさい!!!!
 蹴るだけでは効果がないと判断したか、今度はふくらはぎに噛み付くノイン。
 だが、どのような暴行を加えたとしても幻影である限り何の効果もないわけで、辰弥は気にせず串焼きの店に立ち寄って牛串をオーダーする。
「四本ください」
「あいよ――って、一つはその猫にあげるんかい? だったら塩抜きあるから一本はそれにしてやるよ!」
 店主はペット連れの観光客にも慣れているらしく、手早く串に刺した牛肉を炭火のコンロの上に置く。そのうち三本は軽く塩を振り、一本だけは味付けなし、焼き方も他の三本に比べてレアにして差し出してきた。
「ありがとう」
 先に差し出された牛串と紙皿を受け取り、辰弥がねこまるを地面に下ろす。
 串から牛肉を外して紙皿に入れてやると、ねこまるはふんふんと匂いを嗅いだ後、猛烈な勢いで食べ始めた。
「やっぱ美味しいものは分かるんだね」
 牛肉にがっつくねこまるを三人が見ていると、その三人の分も焼き上がったか三本の串が差し出される。
 それを受け取り、辰弥たちも一口頬張る。
 まずは焼けた炭の香りが広がり、続いて斐太牛の脂がじわり、と滲む。
 こういった観光地のB級グルメだと使われる食材もワンランク落ちがちなものではあり、この斐太牛の串焼きも例に漏れずそうなのだろうが、それを感じさせない肉の味である。
「おー、前に食べた若狭牛もうまかったが、これもなかなかうめえなあ」
 あっという間に一本平げ、物足りなさそうにしながら日翔が店の看板を見る。
「辰弥、この斐太牛のおやきってやつも食ってみたい」
「もう、仕方ないなあ」
 辰弥も串に残った最後の一切れを食べてからちら、と鏡介を見る。
「鏡介はどうする?」
「……食べる」
 ボソリ、と答える鏡介。
 逃避行が始まる前ならいくら辰弥の手料理がおいしくとも「これくらいにしておく」と遠慮していた鏡介が、逃避行が始まってからはかなり食べるようになった。流石に全量を食べ切ることができずに辰弥や日翔に手伝ってもらうこともあるが、それでも同じものを食べようとする姿勢は垣間見える。
 この旅の共通の思い出を作っていきたいのか――そう思いながら、辰弥はうん、と頷いておやきを三つオーダーする。
 両面こんがりと焼かれたおやきは一口頬張ると、焼肉風味に味つけられた斐太牛を米の甘みがふんわりと包み込む、そんな感じがした。
 おやきといえば伊那いな県が有名で、高志こし県に向かう途中で立ち寄った際に幾つか食べていたが、伊那県のおやきは小麦粉を練った生地で餡が包まれていた。しかし、この斐太牛のおやきは生地部分が米でできており、差し詰め米おやきといったところだろうか。
 これもいいな、いつか自分でも作ってみたいな、などと考えながら辰弥が頬張っていると、鏡介も眉間に皺を寄せながら無言で貪っていた。
「……うまいな」
「顔つきが全然おいしそうに見えないんだけど」
「悪いな、元からこの顔だ」
 外見からはとてもおいしそうに食べているとは思えない様子で、鏡介がおやきを平らげる。
「斐太牛の味付けが最高だな。辛すぎず甘すぎず、それでいて飲み物が欲しくなる」
「それはそう」
 斐太牛の串焼きとおやきを食べると、次は飲み物が欲しくなる。
 ちょうど売店にはソフトドリンクも販売しており、辰弥は日翔と鏡介に確認してからドリンクも注文した。
「お客さん、よく食べるねえ。ちょっとおまけしてやるよ」
 三人の食べっぷりに気を良くしたか、店主が紙皿に小さな焼きおにぎりを三つ乗せて差し出してくる。
「ここいらで採れた黒米を混ぜた焼きおにぎりだ。うまくいけばメニューに載せようと思うんだ、ぜひ試食してってくれ」
「おー! サービスいいな!」
 日翔が遠慮なく焼きおにぎりを手に取り、一口で頬張る。
「うんめー! この黒米のぷちぷちした感じがいいな!」
「うん、焼きおにぎりの焼き加減もすごくいい」
「塗ってあるのは朴葉味噌用の合わせ味噌か? 斐太地方らしくていいな」
 三者三様の感想に、店主も嬉しそうに笑う。
「どうだ、メニューに出してもいい感じか?」
「ああ、大きさ次第では小腹が空いた時にちょうどいいボリュームになっていいかもな。特に黒米は腹持ちもいいはずだから長時間のドライブ向きとも言える」
 鏡介の分析をふむふむと真剣な顔で聞く店主。
「確かに映画の前に餅を食うとトイレに行かなくて済むと聞くしな。この辺は田舎だから市街地に向かうのに時間がかかるし、その間に何度もトイレ休憩しなくて済むと考えるとこれはアリか……」
 店主としてはそこまで考えていなかったのかもしれない。だが、鏡介の説明は理に適ったもので、うまく売り出せば人気商品になり得るポテンシャルがあると感じさせた。
「よっしゃ、じゃあもうちょっと調整してメニューに入れてみるわ! 兄ちゃん、ありがとな!」
「どういたしまして」
 最後の一口を口に入れ、鏡介が烏龍茶を一気に煽る。
「うまかった。また荘川郷に来ることがあったらもう一度寄りたいくらいだ」
「ああ、また来てくれよ! そん時はまたうまいメニュー追加しとくからさ!」
 気のいい店主に見送られ、三人が再びぶらぶらと荘川郷を散策する。
 途中で築七百年を超えるという合掌造りの家屋を見学したり別の店で斐太牛コロッケを楽しむ。
「……あ、そうだ」
 駐車場に戻る途中で、辰弥が不意に声を上げる。
「ん? どうした?」
 立ち止まった辰弥に、日翔が声をかける。
「……お土産、買ってもいいかな」
「あー……」
 辰弥の言葉に、日翔もすぐに察した。
 千歳にお土産を買いたい――それは今まで立ち寄ってきたどの場所でも辰弥が行ってきたことだ。それをここで断る理由などどこにもない。
「ああ、いいぜ! 俺もなんか買おうかな」
 日翔が明るい声で同意する。
 鏡介も一瞬複雑そうな顔をしたが、すぐに口元に笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、土産物屋なら冷凍のご当地グルメもあるはずだ。夕飯を買うにもちょうどいいだろう」
 特に辰弥に気を遣っているつもりではないが、それでも少しでも辰弥が負い目を負わずに済むなら、そう思ってしまう。
 辰弥は千歳の影に縛られ続けている。いつかは前を向いて進まなければいけないが、今はまだその時ではないということか。
 新しい出会いがあれば、や、俺たちがいるじゃないか、と思うものの、辰弥にとっては多くの初めてを与えたのが千歳だった。
 それが辰弥に良かったのか悪かったのかは日翔にも鏡介にも判断できない。
 ただ、もう過去のことだからいつまでも囚われ続けるな、そう言いたくてたまらなかった。
 千歳はもうこの世にいない。辰弥のことが本当に好きだったのかも今では闇の中。昴を庇った、という行動と「好きでしたよ」という言葉のちぐはぐさが今でも辰弥を惑わしている。いや、昴との戦いで明かされた昴と千歳の関係に「好きでしたよ」という最期の言葉が陳腐化してしまっている。
 秋葉原は本当に辰弥のことが好きだったのだろうか――そう考え、鏡介は分からない、と低く呟く。
 他人の感情を推し量れるほど鏡介は器用ではなかったし、過去の人間の感情を特定したところで何の救いにもならない。
 それでも、辰弥が少しでも救われてくれるのなら、などと願ってしまう。
 ――せめて辰弥のことを好きなまま逝ってくれていれば。
 そんな、ロジックも組めない願いを、鏡介は祈らずにはいられなかった。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

「やー、さすが山の中、空気がうまいねー」
 移動ラボから降りた晃がうーん、と大きく伸びをする。
「さて、恒例のメンテタイムだよ。鏡介君はそろそろ透析しておいたほうがいいんじゃなかったっけ」
「ああ、頼んだ」
 山奥のオートキャンプ場。キャンプのシーズンからは外れているためか、はたまた山奥すぎてわざわざこんなところにまでキャンプをしに来る客が稀なのか、駐車場に他のキャンプ客の姿はない。
 逆に言うと襲撃するにはもってこいのロケーションで、三人はいささかの不安を感じずにはいられなかった。
 特に辰弥はツェンテが「カタストロフ」に連絡して襲撃班を誘導しているのではないかという疑いを持っているだけに移動ラボに対する警戒心が非常に高い。
 降りてきたのは晃一人だが、ツェンテはまだ移動ラボにいるのか――そう、鋭い視線を辰弥が向けていると、晃がそれに気づいたか苦笑してみせた。
「ツェンテは来てないよ」
「え」
 思いもよらなかった言葉に辰弥が固まる。
 嘘だ、と言わんばかりの様子で移動ラボの中を覗き込もうとする辰弥に、晃がうん、と頷く。
「なんか今日も調子が悪かったみたいでさ。無理言って知人に預けてきたよ。でもこれができるのも限られてるからなあ……」
「そっか。なら大丈夫か」
 ここで襲われても、被害が出るとすればキャンピングカーや移動ラボだけで、それに関してはうまく敵を誘導できれば被害を出さずに済む。他の宿泊客がいないのは不幸中の幸いで、逆にフィールドが広く使えて地の利を得られるかもしれない。
 幸い、辰弥たちは暗殺者と言いながらも市街地でのゲリラ戦には多少の心得がある。周囲の地形や建物を利用して戦うのは慣れているので「カタストロフ」が対ゲリラ戦特化の編成をしていない限り勝ち目はある。 
 とはいえ、ツェンテがいないのなら襲撃の可能性はかなり下がるか――そう思い、辰弥は少しだけ肩の力を抜いた。
『エルステ! 主任にお土産!』
 晃の姿を見たノインが、辰弥のパーカーの袖を引っ張り声をかけてくる。
「そうだね、せっかく買った冷凍おやき、渡しておかないとね」
 忘れる前に渡しておこう、と辰弥は日翔と鏡介に晃を押し付け、キャンピングカーへと戻っていった。

 

「なー主任、」
 移動ラボの中、メンテナンス用のベッドの上で日翔が晃に声をかける。
「どうした?」
 採血用のシリンジを手にした晃が首を傾げる。
「……あんたの見立てではさ、辰弥はどうなんだ?」
 前々から感じていた疑問を、日翔が口にする。
「どう、って……」
 日翔の質問は漠然としすぎている。
 恐らくは日翔自身も疑問を完全に言語化することができないのだろう、と思いつつ、晃はそうだな……と呟いた。
「私としてはエルステは興味深い個体だと思ってるよ。兵器でありながら人間よりも人間らしくて、私たちの中では一番繊細で、今も細い綱の上を歩いてると思う」
「……あんたにとっては辰弥って研究対象でしかないのか?」
 晃の言い分に、日翔が少しだけムッとしたように言う。
「私は研究者だからね。日翔君も鏡介君も等しく研究対象だよ」
「鏡介はただの人間だろうが」
「人間だからだよ。LEBと全身生体義体と、身体の一部を義体化しただけの人間、そんな全く構造の違う存在が共に行動すればどのような相乗効果が得られるか――興味深くないかい?」
「そうだった、あんたそういう奴だった」
 聞いて損した、とばかりに日翔が唸る。
 日翔からすれば辰弥は当たり前の人間だ――そんな意識があった。LEBという生物兵器で、他の個体と融合して進化できる生物が人間であるはずがないが、それでも辰弥の感情や思考は人間のそれと同じで、人間としての思考や知性があるのならそれは人間だ、と思っていた。いや、日翔にそのような複雑な思考はできないが、「人間と同じように考えられるなら人間だろ」という主張はできた。
 しかし、晃からこうもはっきりと言われてしまうと辰弥がLEBで、自分は生体義体で、と「人間としてのあり方をしていない」事実に胸が痛くなってしまう。
 日翔の生体義体は日翔の遺伝子情報を組み込んだクローンベースのものではあるが、ただ肉体をクローニングしただけではない。それでは生体義体として制御できない問題が多々発生して実用化に至っていなかったものを、晃がその問題点を全て解決させて実用化に至らせた。日翔に関しては本業が暗殺者だから、と戦闘特化のカスタマイズが施され、第二世代のLEB開発で得たトランスのノウハウを応用して骨格変形による攻防一体の能力が備え付けられている。
 その点では俺も辰弥と同じかあ、などと日翔が漠然と考えていると、晃が腕に注射針を刺して採血した。
「私は人間かそうでないかはあまり関係ないと思うよ。最終的に生き残ることができた存在が正義だからね。でも違う種族が手を取り助け合う現象は滅多に見られないから興味深いってだけだ」
「そっか」
 チューブを通ってシリンジに流れていく赤い血に、日翔が低く唸る。
 隣のブースでは鏡介が人工循環液ホワイトブラッドの透析を受けているはずだ。もう一つのブースでは辰弥が調整槽に入り、テロメア周りの調整とデータ収集を行なっている。
 三者三様のメンテナンスに、日翔は改めて自分たちの歪さを実感した。
 両親が反ホワイトブラッド思想も持っていたから日翔はALSになっても全身義体への置換を拒んだ。そのホワイトブラッド汚らわしい血がなければ鏡介は生きていけない。辰弥は血液であれば血液型がどうであれ体内に取り込むことができるが、ホワイトブラッドは生成の材料にならないため取り込めないらしい。
 そういう点では人間であるはずの鏡介が三人の中で異物とも言えた。
 だが、辰弥も日翔も最終的に頼るのは鏡介だという事実。鏡介がいなければここまで生き残ることもできなかったかもしれない。
 昔、あかねに言われた言葉を思い出す。
 ――バランスがいいとは言ったけど、そのバランスは危うい足場の上よ――。
 あの時はそんなことない、と思っていたが、今なら分かる。
 自分たち「グリム・リーパー」は強固な絆で結ばれているかもしれないが、その絆が少しでも綻びれば容易く崩壊する。実際に一度は崩壊した。
 誰かが折れればあっという間に共倒れになる、そんな共依存関係を改めて実感し、日翔は諦めたように移動ラボの天井を見上げた。
「……俺が間違ってたのかな」
「そんなことないよ」
 不安そうな日翔の呟きを、晃が即座に否定する。
「間違ったか間違ってないか、そんなのただの結果論だよ。生き残ってるならそれは全て正解だ。死んでしまえばその選択は間違ってたってことだからね」
「主任……」
「エルステの話に戻るけど、エルステは誰よりも生に対する執着が強い。LEBの本能だと言えばそれまでかもしれないけど、エルステに限って言えば本能で生きようとしているより、自分の意思で生きようとしてるんじゃないか、って思う」
 それは、と日翔が尋ねる。
 あれだけ希死念慮が強いとか日翔や鏡介のためになら命を棄てられると言われていた辰弥が「生に対する執着が強い」と言われてもピンとこない。
「エルステはね、態度では死にたいと見せてるかもしれないけど同時に『それは今じゃない』とも思ってるんじゃないかな。『死にたい』という気持ちと『今じゃない』という気持ちは両立するからね」
「なんか難しいな」
「そんなこと言うなよぉ、これでも単純に噛み砕いてるんだぞぉ」
 突然情緒が乱れる晃に、日翔がしゃーねーだろ、と反発する。
「難しいことは考えたくねーんだよ」
「もうちょっと頭を回転させたほうがいいぞぉ? 何も考えないと歳取った時にボケるからなぁ」
「ボケたくねえよ!?!?
「だったらまず小学生の算数ドリルからやり直すかぁ!?!?
 そんなやりとりを一通り済ませ、晃はこほんと咳払いした。
「とにかく、エルステはそう簡単に死なないよ。ただ――もし君たちのどちらかが先に死ぬようなことがあった場合、その限りではないだろうけどね」
「――む」
 晃の言葉が日翔に突き刺さる。
 ――君たちのどちらかが――。
 武陽都での出来事を思い出す。
 あの時、日翔は死の淵に立たされていた。辰弥と鏡介は殺し合うレベルでの大喧嘩をした。
 もし、あの時生体義体が間に合わなかった、もしくは辰弥が鏡介を殺していれば――。
 今、辰弥は生きていなかったかもしれない。
 そもそもトランスによる最大のデメリット、テロメアの異常消耗で命を削り切っていた可能性も多々ある。
 本当にぎりぎりのところで、三人は生き延びて今ここにいる。
 茜の言う通り、本当に危うい足場の上で生きてんなあ、と日翔は苦笑して体を起こした。
「辰弥が生きてる理由が俺たちなら、そう簡単に死んでられねーな」
「そうだよ。だからちゃんと三人で逃げてくれよ」
「モチのロン」
 軽く答えてベッドから降り、日翔は隣のブースを仕切るカーテンを開けた。
「鏡介、聞いてたか?」
「ああ、聞いていた」
 右腕の透析用スロットにチューブを差し込んだ状態で調べ物をしていたのか、鏡介が空中に指を走らせながら頷く。
 透明なチューブを流れる白い液体を一瞬だけ直視してしまい、思わず目を逸らした日翔に鏡介が呆れたようなため息をつく。
「慣れろ」
「慣れねえよ!」
 だって白い血だぞ? なんか気持ち悪いじゃねえかと反論する日翔だが、鏡介はそれに傷ついた様子も見せずにもう一度わざとらしくため息をつく。
「四の五の言わずに義体化しておいたほうが良かったようだな」
「生憎と、もう義体化してるぞ」
 そんな軽口を叩きながら日翔が丸椅子を引き寄せ、鏡介の横に座る。
「ま、辰弥のためにも俺たちは死ねねえな」
「そのために俺が後方支援しているだろうが」
 二人とも考えることは同じだった。
 辰弥の目の前では死ねない――もし死ねば、その時点で辰弥の心は折れる。
 既に一度折られているのだ。これ以上折らせるわけにはいかない。
 なんとしても「カタストロフ」から逃げ切って――いや、「カタストロフ」が二度と辰弥を追跡しないように持ち込んで、改めて三人で生きる。
 そう誓い、二人はカーテンで仕切られたもう一つのブース――辰弥が眠っているはずの調整槽を見るのだった。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

続きは次回更新をお待ちください

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この作品を読んだみなさんにお勧めの作品

 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
 もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
 ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。
 この作品の更新を待つ間、読んでみるのも良いのではないでしょうか。

 

  Vanishing Point
 本作は『Vanishing Point』の第三部となります。
 『Vanishing Point / ASTRAY』から読み始めた方は是非ともこちらもお読みください。
 「グリム・リーパー」が白い少女を拾い、事件に巻き込まれていくサイバーパンク・サスペンスです。

 

  虹の境界線を越えて
 本作と同じく惑星「アカシア」を舞台とする作品です。
地球からアカシアに迷い込んだ特殊な能力を持つ女性の物語です。

 

  No name lie -名前のない亡霊-
 本作と同じく惑星「アカシア」を舞台とする作品です。
反御神楽のテロの生き残りの少年と幼馴染の少女。この二人が紡ぎ出す物語とは。

 

 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

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