コンクラーベとベツレヘム消失 第2章
[ルドヴィーコ・アロイジオ・サヴィーノ]……愛称はルイージ。気負うとドジをやらかすが、聖騎士への昇格が期待されている優秀な騎士。6月21日生まれ
[グラツィアーノ・マルコ・ジョルジーニ]……ルイージの同期。調子に乗りやすく、頭も良いとはいえないが、剣の腕だけは聖騎士と並ぶレベル
[カッリスト・グレゴリウス・ラウッウィーニ]……オカルト商人。テンプル騎士団やインクィジターとも繋がりのある敬虔な一神教徒
◆ ◆ ◆
霊光剣を振り下ろし、亡霊を切除する。
「ふぅ」
霊光剣を解除し、周囲を見渡して、今のが最後の亡霊であった事を確認する。
亡霊は本来あらゆる物理的攻撃を無効化する厄介な相手だが、霊光剣であれば問題ない。
「こちら、ルイージ、当該区画の霊害を排除」
「了解しました。それでは次はB7区画にお願いします」
「了解」
ついに教皇が辞任し、ヨーロッパは神の守りを失った。ルイージの任務はローマ郊外の警備だが、それは警備というよりもはや迎撃だった。
教皇の下でヨーロッパに敷かれていた神聖空間は様々な形で霊害から人々を守護しているが、その代表的なものが霊魂の正しい場所への導きである。
そもそも亡霊と呼ばれる霊害の正体とは何か。諸説あるが、テンプル騎士団は、霊魂は本来最後の審判を待つ身であり、それが何かの間違いで地上に降りてきてしまったのが亡霊である、と解釈している。そして、教皇の神聖空間は彼らを元いた、彼らがいるべき正しい場所、死後の世界に導いているのだ。
事実、教皇が健在であるヨーロッパにおいて亡霊に属する霊害の出没例は極端に少ない。ルイージは何度か交戦経験があったが、経験のない同僚の方が多い程である。
そんなわけで、数少ない戦闘経験を持つルイージは積極的に出現した亡霊の対処に回されていた。
「次はどこですか?」
「B7地区だそうだ」
「遠いですね。乗ってください」
ドライバーの問いにルイージが答える。彼はマルチェロ・アレクサンドル・ボルジア、従騎士である。
ローマ郊外の広い範囲を何人かで分担するとはいえ徒歩で担当するのは不可能だ。そこで、運転が出来る従騎士が特例でルイージに付けられることになった。
――この前は騎士隊の隊長、今回は従騎士を付けてもらう。特例とは言え聖騎士みたいだ。期待されてるんだな、頑張らないと
ルイージは気合を入れる。
「うわ、ルドヴィーコ様、霊光甲冑は解除してください」
「あ、ごめん」
「B7区画に到着。より詳細な情報は?」
「区画中央付近の持ち主不在の屋敷でポルターガイスト発生の噂があります。突入して下さい」
「了解」
ロザリオで通信してる相手も従騎士だ。彼らは本部から各騎士達に必要な情報を渡す役回りを担っている。
ポルターガイストが根拠か、今回はハズレかな、と扉を開けると、入ってすぐのリビングでくつろいでいる多数の幽霊と目があってしまった。
「やぁ、皆さんお揃いで」
右手を上げて挨拶する。幽霊達が顔を見合わせる。間に、霊光甲冑を着て突入する。
霊光剣を抜きながら、机の上を飛び越え、奥の最も大きな幽霊を切断する。
振り返る時には幽霊達は戦闘モードに突入しており、その腕を剣や銃に変えて襲いかかる。
「なっ!?」
テンプル騎士団相手にその攻めはあまり良くない。何故なら剣だろうが銃だろうが霊体である以上、霊光剣には敵わないからだ。とはいえ、
「戦闘用の形態を持つ霊か、珍しいな」
通常、霊の中でも単に亡霊と呼ばれる種類は相手に取り憑くか、ポルターガイスト攻撃をするか、それかヨーロッパではあまり見ないが火の玉を飛ばしてくるくらいで、戦闘向けではない。
なのに彼らは戦闘向けに自身を変異させる能力を持つ。これは大変珍しく、そればかりがこの屋敷にいるというのは一層珍しかった。
とはいえ、珍しいというだけ、先に説明した通り、そもそもテンプル騎士団の敵ではない。正直テンプル騎士団からするも、彼らより取り憑いたり、ポルターガイスト攻撃をしてくる一般的な亡霊の方が厄介という逆転現象が起きる。
誰かに取り憑こうものなら、霊光剣だけでは対処出来ないし、ポルターガイストは霊光剣では無効化出来ないため、破壊するしかないがサイズと耐久性次第ではそれも困難だからだ。
「屋敷内の霊害を排除しました。念の為、屋敷内を浄化します」
浄化。聖句により、魔術をはじめとした神の奇跡以外の力を無力化する行為である。無力化するとは言っても、刻印であったり、呪いであったりを解除するのが限度で、魔術によって生じた物理現象や神秘現象を無力化することは流石に出来ない。
ただ、今回のように、特定の場所に呪いが存在する可能性があり、また爆破のような破壊による解決が図れない場合には有効だ。
霊光剣を正面で掲げ、聖句を唱える。
霊光剣から光の波が生じ、屋敷に浸透していく。
僅かに霊光剣が震えるのを感じる。
「手応えあり。何かしらを解呪した模様」
「了解。情報収集は続行します。では次はD5地点にお願いします」
「了解。移動します」
浄化の効果は先に説明した通りだが、解除したものがどのようなものなのかは分からない。今回解除したものが亡霊達による呪いであれば亡霊はもう全滅してしまったので問題ないだろうが、もし何らかの魔術師によるものであれば、元となる魔術師が倒されていない以上、再発の可能性がある。連絡役の言う情報収集の継続とはそう言った意味であった。
「次はD5だそうだ」
「また遠いですね。乗ってください」
「そういえば、その、聖騎士でもないのに従騎士に質問していいものか分からないから、拒否してくれてもいいんだが」
「えぇ、なんです?」
「君はどうしてテンプル騎士団に?」
テンプル騎士団は普通にしていて入団する機会が訪れるような組織ではない。なのでなんとなく気になったのだ。
「大したことじゃないですよ。我が家は前の代で没落しましてね。で、没落前はテンプル騎士団やインクィジターと繋がりがあったらしくて、一家取り壊しになる前に、インクィジターに預けられたんです」
「あぁ。詳しくないがインクィジターが身寄りのない人を引き取ると言う話は聞いたことがある」
「えぇ。インクィジターの咎人はほとんどが孤児ですよ」
「なるほどな。だがそれなら、君は今ごろ咎人をやってるはずじゃないのか?」
「へぇ。ところが、なんでも咎人になるには適性がなかったらしく、テンプル騎士団に回されたんですよ」
咎人になるには適性がいるものなのか。と、そもそも咎人を一度も見たことないルイージは漠然と考える。
「なるほどな。それじゃ、ゆくゆくはボルジア家を再建? ……というかボルジア家って現存してたのか、いや、テンプル騎士団が現存してる以上……」
「あ、いや、このボルジアって姓はインクィジターで付けられた名前なんですよ。本当の家名はもう分からなくて」
「なるほど。インクィジターはやっぱり色々と複雑な事情が……っ」
突然車が吹き飛んだ。
「霊光甲冑装備!」
身を投げ出されながら、ルイージは叫ぶ。騎士以上であれば身の危険を感じれば自動的に霊光甲冑が装備されるが、従騎士以下は許可制の上、手動でなければ装備出来ない。
――頼む、間に合ってくれ!
うまく着地し、周囲を見渡すと、霊光甲冑を装備したまま地面に倒れるマルチェロの姿が見えた。
「
可愛らしい歌声が聞こえる。視線を向けると、可愛らしい少女が立っていた。その少女が普通の少女でないのは、彼女の周囲を覆う亡霊を見れば分かる。
「
「
歌声は続く。亡霊が自身を槍のように変形させ、ルイージに突撃してくる。
「君、その術を誰から学んだ!」
しかし、たかだか霊体。霊光剣で切払えぬ道理はない。問題は奥の少女だ。
「
歌声に引き寄せられるように、さらに亡霊が現れる。
「聞きなさい! その術は危険だ、分かっているのか!」
「あなたが」
「! 聞こえるか、その力は危険なんだ、使うのはやめないと」
少女が歌声以外の言葉を発した。チャンスと、さらに言葉を続ける。
「あなたが、私の家族を殺した」
「な、何を言ってる」
違う、とは否定できない。魔術師が激しく抵抗すればやむなく殺す事もある。捕まえたとしても最後には死刑になる事が圧倒的多数だ。彼女がその魔術を親から教わったというのならあり得る話だ。
「惚けるの? ついさっき、私のおうちで、あんなに殺したのに。ようやく会えたのに!」
亡霊達が武器を構える。
「あの屋敷の亡霊が家族か? そんな生き方をしていてはいけない。死んだ人はこの世界にいてはいけないし、呼んじゃいけないんだ。生きている人間は前を向いて……」
「
ルイージの言葉が終わるより早く、歌声が再開される。10の亡霊が同時に槍に変化する。
「同時に攻撃すれば防げないと踏んだか!」
実際、それは厳しい。いつもなら良ければ良いが、今は背後にマルチェロがいる。
「マルチェロ、すまん、権限外なのは分かってる。盾を張れるか?」
「はい、直ちに!」
従騎士は主人たる聖騎士の許可なしに霊光剣も霊光大盾も使用できない。これは不完全な霊光剣や霊光大盾が暴発する危険があるからである。そしてルイージはあくまで借り受けてるだけで、聖騎士ではない。だが、マルチェロは完璧な大盾を展開した。
大盾に10の槍が刺さる。
「解除」
「はい」
大盾が消失し、槍が落下を始める。そこを霊光剣で、撃破する。
「抵抗するなら、容赦は出来ない。だが、抵抗すればするほど君の大切な家族は苦しむことになるぞ!」
「
複数の亡霊が重なり、存在を濃くしていく。
「霊団に変化する気か。あの子は、そこまで亡霊を操れるのか? マルチェロ、退避しろ、それから、現状の報告を頼む」
「了解しました! ご無事で、ルドヴィーコ様」
巨大な亡霊が剣と化した腕をルイージに振り下ろす。霊光剣で受け止める。
「くっ、霊光剣じゃ、強度が足りない……」
神秘同士がぶつかり合ったとき、どちらがより強力かはその神秘の強さによる。これは様々な要素が絡み大変複雑だが、純粋なエネルギーである霊光剣と亡霊であればこれは比較がたやすい。要はエネルギー総量が多い方が強いのだ。通常の亡霊はエネルギーが少ないので霊光剣の圧倒的なエネルギー量で圧倒出来るが、今の巨大亡霊は真逆。霊光剣を上回るエネルギー量で、霊光剣での防御を押しつぶさんとしている。
「あの量で、霊光剣を上回る……? そうか。霊力を腕に集中させているのか」
ルイージの見立ては正しい。亡霊は腕以外に使うエネルギーを最小限にし、エネルギーを腕に集中させることで霊光剣に迫っているのである。
ルイージは霊光剣を消滅させ、腕が迫る前に後ろに飛び退く。
「
「くそ、グラツィアーノなら、あの武器腕を使って一気にジャンプして胴体を両断するくらいするんだろうが」
ルイージにはそこまでの能力がない。そして悩んでる時間もない。
亡霊が再び武器腕を振るう。ルイージは走ることで何とか回避する。
「
今度は地面すれすれの薙ぎ払い。流石に霊光剣で受け止めるしかない。
と、上空を何か航空機が通過する。イタリア空軍のユーロファイターだ。
「取った」
空から人影が落ちてきて、亡霊に何かを突き刺す。
直後、亡霊が崩壊を始める。
「やれやれ。災難だったね、一人であんなデカブツと当たるなんてさ」
「その赤い筋の入った槍は、まさか、聖槍? あなたは一体……」
聖槍とは神の子の死を確認したと言われる槍の事だ。神の子の血を浴びた事から、聖なる槍とされている。
「そ、厳密にはそのレプリカ。
「スロース……。分かった。指示は?」
「え、あ、そうか、立場上は僕が上官なるのか。いや、僕ら咎人は基本単独戦闘が主だから、指揮とかわかんないから、君に任せるよ、えっと……」
「ルドヴィーコ・アロイジオ・サヴィーノです。ルイージと呼ばれています」
「おっけ、よろしくね、ルイージ」
「
「
少女の歌唱と同時、スロースが突撃する。その赤い槍はあらゆる亡霊を触れるだけで消滅させる。
「スロース、少女は俺……私が対応する、露払いを任せたい」
「おっとっと、了解」
スロースが少女との間の亡霊を払ってくれたおかげで、ルイージはようやく少女に接近する。
「もうこんな事はやめるんだ。いつまでも亡霊達といる事は出来ない。前を向いて、現実の世界で歩くんだ」
少女に必死で声をかける。
「
「誰も君を忘れたりしない。君の家族達だって、天国で君をきっと見てる。これから君が出会う人も君の事をきっと覚えてくれる。だから、いつまでも過去に囚われてちゃいけない!」
「
「それはその人以外を知らないだけだ。まだ君は少女だ、これからいくらでも新しい道を開ける」
「
「詠唱が止まない……操られてるのか?」
聖句を紡ぐ。もし彼女が操られているのなら、浄化できるはずだ。
「
しかし、詠唱は止まらない。ルイージは知っている。今のが『
「ごめん、君を救えなかった」
少女にたくさんの亡霊が集まってくる。なんらかの術式が起動するのだろう。それを許してはいけない。彼女一人のためにローマ市民を犠牲にする事は出来ないのだ。だから、
「まどろっこしいなぁ。ほい」
「な」
ルイージが覚悟を決めるまでの間に、スロースが少女の心臓をその槍で一突きする。
「お前!」
「なに、任務を遂行した僕に言いたい事でも? 言い淀んでるようだから先に言わせてもらうけど、確かに彼女はまだ年端もいかない子供だ。でもね、だからといって、ローマ市民に子供を殺したくないから、死んでくれって言うつもり?」
「ぐっ……」
スロースの言葉はただ正論だった。
「君もテンプル騎士団なら分かってるだろう? 魔術はこのように危険な術だ。誰が彼女にこの術を授けたのかは分からないけど、子供のような善し悪しも分からない者が使えば周りの人間が危険だ。そうでなくても魔術は人の犠牲の上にしか成り立たない。だからこそ、僕らは他の神秘を否定し、奇跡のみを信じる。この恨みはその子に魔術を教えたありがた迷惑野郎で晴らせよ。それじゃ」
スロースは来た時と違い、ただ歩いて帰っていった。
ルイージはそれをただ呆然と見送った。
テンプル騎士団に疑いはない。けれど、この少女をもし救うことが出来たとしたら、それはどんな方法だったのだろう、自分がもっとうまく動ければ、彼女を救えたんじゃないか。ただ、そんな事を考えていた。
従騎士のマルチェロは彼を正気に戻し、新たに手配された車に載せるのに1時間もの時間を要したと言う。
モグラ叩きの如き霊害退治は続き、やがて、
今、次のローマ教皇候補達はバチカン宮殿に集まっている。
「現場に到着、目標の小屋を確認、踏み込みます」
しかし、ルイージの任務は変わらず、霊害退治であった。
小屋に突入すると、いつものようにポルターガイストで攻撃してくる亡霊が出現する。
「な、あぶなっ!」
いつもと違ったのはその飛ばしてくるものが、ナイフや包丁、刀剣といった刃物ばかりだった。
ポルターガイストは投擲する動きそのものは神秘だが、飛んでくるのは物理現象だ。避けるか切り払うしかない。避けていては進めないので、切り払いながら進む。しかし、すごい速度で飛んでくる刃物を全て避け切るのは難しく、時折甲冑が刃物を弾く音がする。
「くそ、グラツィアーノなら、これくらいなんとかしただろうに」
とはいえ、所詮甲冑を貫けるほどではない。
「ぐっ」
はずだった。
当然、背後から放たれた剣が鎧を貫通し腹部に突き刺さる。
――背後!? 誰だ?
だが、確認する暇はない。急いで目前の亡霊を一刀の元に斬り伏せ、背後を確認する。
「誰もいない、か。マルチェロ、周辺を警戒しろ、小屋の外から攻撃を受けた」
――返事がない、急いで戻った方がいいな。
幸い、剣はきっちり刺さっていて、血を止めてくれている。治療できる場所まではこのまま痛みには耐えた方がよさそうだ。
「ルドヴィーコ様!」
マルチェロは幸い無事で、怪我をしている自分を見て車を降りて駆け寄ってきた。
「治療奇跡を使いましょう!」
「いや、ダメだ。まずは周辺の全騎士に警告しなければ。このロザリオはなぜか機能しない、マルチェロ、自前のもので試せるか?」
「やってみます」
しかし、すぐにマルチェロが首を振る。
「ダメです、応答ありません」
「まずいな、こちらが一方的に隔離されているのか、何か情報は……」
言いかけたとき、ルドヴィーコの腰の小物入れから、映画『復讐者達』のメインテーマが流れる。携帯の着信音だ。
「はい、ルイージですが」
「お、ルイージか。良かった。俺だ、ルドヴィーコだ。なんか、ロザリオで誰とも繋がらなくなってな。とりあえずそっちに合流していいか?」
「あぁ。場所を教えてくれ。これは明らかに俺たちに向けた攻撃だ。急いでローマに戻ろう」
グラツィアーノと合流し、車内でグラツィアーノからの治療を受けつつ、車はローマへ向かう。
To Be Continued…
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