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コンクラーベとベツレヘム消失 第3章

 
 

[ルドヴィーコ・アロイジオ・サヴィーノ]……愛称はルイージ。聖騎士への昇格が期待されている優秀な騎士

 

[グラツィアーノ・マルコ・ジョルジーニ]……ルイージの同期にして相棒。頭は良くないが剣の腕は一流

 

[カッリスト・グレゴリウス・ラウッウィーニ]……オカルト商人。テンプル騎士団やインクィジターとも繋がりのある敬虔な一神教徒

 

[マルチェロ・アレクサンドル・ボルジア]……一時的にルイージのお付きを務める従騎士

 

[スロース]……テンプル騎士団の上位組織である「インクィジター」直属の戦闘員「咎人」の一人。聖槍を模した象徴武器を使う。

 

◆ ◆ ◆

 

 車両がローマ市内に入る。
「おい、前!」
テケリ・リ、テケリ・リ
 漆黒の玉虫色に光る粘液状の生物が街中で人々に襲い掛かろうとしている。
「いくぞ、グラツィアーノ。マルチェロは周囲の人の避難誘導を!」
 玉虫色の粘膜生物は一体一体は対して強くはなく、霊光剣で切断できる。ところが、どこからとも無く無限に湧いてくる。
「くそ、これ大丈夫なのか? 民衆に見られまくりだぞ!」
「問題ない、ローマ教皇さえ誕生してくれれば、夢だった事にでもしてくれるさ」
「逆に言えば、ローマ教皇が生まれなければ、この騒ぎをなかったことにするのは困難って訳か。だったら、本命がこんな連中なわけはねぇな。ここは俺が一人で抑える。お前は急いでバチカン宮殿へ迎え!」
「グラツィアーノ、分かった。死ぬなよ」
「それ死ぬフラグじゃねーか、やめてくれよ」
 グラツィアーノが玉虫色の粘膜生物を引き付けてくれている間に走り出すルイージ。

 しかし、ローマと一言で言っても、外縁部からバチカンまで歩いていては3時間はかかる。
「失礼します」
「あ、ちょっと」
 原動機付自転車に乗って信号を待っていた男から、原動機付自転車を強奪し、信号無視してアクセルを全開にする。
 SNSで「騎士のコスプレした男に原付盗まれた」とか呟かれてるかもしれないが、気にしている暇はない。後でインクィジターに渡せばなんとかして返却してくれるだろう。

 

「ひぃ、騎士様、お助けを!」
 道中、カッリストが助けを求めていた。カッリストの屋敷は霊的防御のかかった防壁がついているのだが、かける前に襲撃されたらしい。
 止むを得ず停車し粘膜状生物を排除する。
「助かりました。お急ぎのところありがとうございます。あ、そうだ、少し待ってください」
 カッリストが防壁をかけずに奥に行く。
「あ、ちょっと」
 止むを得ず新たに現れた敵を排除する。
「ありました。こちらを受け取ってください。もしかしたら何か役に立つかもしれません」
「これは、リボルバー拳銃ですか?」
「はい。ナガンM1895、7発装填のリボルバーです。スイングアウトも出来ませんし、少し不便ですが、こんな所まで攻めてくるということは皆さんの神性に対策されているかもしれません。念のため持っていってください」
「なるほど。ありがたく使わせていただきます」
 ルイージは素直にカッリストの意見に感心し、拳銃を受け取る。
「ではお気をつけて」
 カッリストに見送られ、原動機付自転車を始動させる。

 

 よし、もうすぐバチカンに入る、と言うところで、道のど真ん中で仁王立ちする鎧の男。
「まずっ!」
「ほう。 去ね
 原動機付自転車ごと体が持ち上げられる。なんとか受け身をとって地面に着地する。
「何者だ?」
「最近の騎士は顔を隠して自らは名乗らず、人に名を聞くのか」
「私はテンプル騎士団バチカン本部所属騎士ルドヴィーコ・アロイジオ・サヴィーノだ!」
「私はギルガメス。まだ因子が揃っていないゆえ、単に見物に来ただけなのだが、どれ、テンプル騎士がどの程度のものなのか見せてもらおうか。 殺す
 ギルガメスを名乗る鎧の男の手元に赤い光の剣が出現する。霊光剣と同じエネルギー体の剣だ。
 内心、ルイージはまずいな、と思った。
 お互いに剣をぶつけあう。一見するとそれは、片方の剣にもう片方が合わせる、を繰り返す互角の勝負である。あるいは、赤と黄色の光のぶつかり合いは、美しくすらあるだろう。しかし、ルイージは自分が押されていると感じた。
 エネルギー体の剣、特に神秘エネルギーによって形成されるエネルギー体は、神秘世界レイヤーと物質世界レイヤーの両方に存在するものだ。
 ところで、この時、エネルギーの総量は神秘世界と物質世界で一定である。逆に言えば幽霊のような神秘世界に身を置く神秘を切る時は神秘世界側にエネルギーを割り振り、動く死体ムービングコープスのような物質世界に身を置く神秘を切る時は物理世界側にエネルギーを割り振る、のいうような操作が求められる。世の討魔師や魔術師はこのエネルギーの割り振りを神秘物理比率と呼ぶ。
 さて、ではこのような性質を持つエネルギー体の剣をぶつけ合うとどうなるか。攻撃側と防御側で神秘物理比率が異なるとどうなるのか。正解は、防げなかった分のエネルギーが防ぐ剣を貫通する、である。故に、エネルギー体の剣同士の戦闘は、そのまま相手の神秘物理比率の読み合いとなるのだ。
 ――こいつ、こっちの変更に全て合わせてくる
「武器の扱いくらいは、心得ているようだ」
 二人の様子は対照的だった。
 それもそのはず。ギルガメスはルイージの変更を全て完璧に見切って防御するのに対し、ルイージはギルガメスの攻撃を完全には防御しきれずにいた。
 ――このままじゃ負ける。一か八か、やるしかないか……
 ルイージはある覚悟を決める。それは、相手の攻撃に合わせて自分も攻撃する、という覚悟だ。普通、剣のぶつかり合いは、片方の攻撃をもう片方が防ぐ事によって生じる。
 だが、相手の攻撃に合わせてこちらも攻撃をする形で剣がぶつかるとどうなるだろうか。先に説明した通り、エネルギー体の剣を攻撃のために振ると、剣の勢いに乗って防がれなかった分のエネルギーが相手に向かう。これがお互いに起きる事になる。お互いに防げない分のエネルギー量は同じだから、こんなことを繰り返していては共倒れになる。
 だが、とルイージは考える。霊光甲冑は優れた神秘的防御を持ち、神性と呼ばれる強靭な防御すら持つ。ならば、耐久力勝負でこちらが勝てる見込みはある、と。そして、それをするなら可能な限り、一瞬で決める必要がある。だから相手がどちらかに大きく割り振った時がチャンスだった。
 ――来た! 神秘に大きく振った一撃! ここで敢えて、物理に大きく振って!
 赤と黄色の光がぶつかり合い、ルイージに強烈な一撃が届く。
「ぐうっ」
「ぐぬっ、なかなか、思い切りが良いな」
 同じようにギルガメスも怯む。
 ――一撃では効きが弱いか。だが思ったよりお互いのダメージに差がない? まずい、ここで倒れたら、宮殿には行けない
「仕方ない、助太刀する」
「ぬ」
 実体のある西洋剣を持ってギルガメスに斬りかかる銀髪の女性。耳に入っているBluetoothのイヤホンがよく目立つ。ギルガメスもすぐに応戦する。ルイージも彼女だけには任せられない、と、ギルガメスに斬りかかる。
「助太刀助かったが、君は?」
「リチャード騎士団のノルン。コンクラーベの日は何が起きても不思議じゃないから、念のためってことで何人かで派遣されてきたの」
 納得のいく理由だ。リチャード騎士団はイギリスの神秘的守護を担う対霊害組織だが、ヨーロッパの神秘的防御喪失は即ち隣接するイギリスにも大きな影響を与える。テンプル騎士団には内密に警護を派遣してきていてもおかしくない。
「貴様……何者だ」
 そして二人がかりになったためか、ギルガメスも流石に応対しきれず押され始める。
「くっ、神性相手は流石に厳しいか。良いだろう、勝ちは譲る」
 ギルガメスは大きく後ろに飛び下がり、そして掻き消えるように消える。
「転移して逃げたか」
 ノルンが剣を下げる。
「あいつは本命じゃない。多分、本命はもうバチカンに入り込んでる」
「本当に? それはまずい。なら、私も協力する」
「感謝する、行こう」

 

 バチカン市国に入る。
「敵が忍び込んでるにしては静かだ。本当に敵はここに?」
 ノルンが尋ねる。
「そうか。通信が絶たれてるから外の状況が伝わってないんだ。魔術師はその隙をついて奥に向かったに違いない」
「? 携帯なら通じるみたいだけど」
 ノルンは携帯を取り出し、首を傾げる。
「テンプル騎士団はこのロザリオを使うんだよ。そっちの方が便利そうだけど」
「実際便利。このイヤホンだけで着信を受けられるし、メールの読み上げも出来る」
 なるほど、それは確かに便利だ。
 そんなことより、事態を把握したからには、することは叫んで危機を知らせることだ。
「みんな!」
 叫んだ直後、喉が詰まった。
 ――息が出来ない!? な、何が起きたんだ。
「霊光剣を抜いて!」
 ノルンがルイージの左手をもって促す。
 ルイージは言われるままに霊光剣を抜くと、息が出来るようになった。
「助かった。よし、今度こそ」
「待って、何度やっても無理だよ。多分禁忌規定の魔術がかかってる。この魔術が仕込まれた結界の中で禁忌と定めた事をしちゃうと罰則が発生する。バチカンを覆う結界が乗っ取られてるんだ」
「神聖空間が乗っ取られたってことか。助けを呼ぶのは徹底的に封じられてると考えた方が良さそうだな。分かった。なら俺たちだけでも急ごう」
「うん」
 
 バチカン宮殿に入る。見ると、男と騎士団長が向かい合っている。
「騎士団長!」
「ルイージか! それと、そちらは」
「リチャード騎士団のノルンです。たまたまローマに居合わせたそうです」
「たまたまな訳はないが、背に腹は変えられないか。協力に感謝する」
 騎士団長と合流し速やかに状況を伝える。
「リチャード騎士団のノルン、ですか。久しぶりですね」
 その会話に笑いを堪えるように混じるのが恐らく魔術師。その手にある本からすると邪本使いマギウスの類か。
「安曇!?  確かに、久しぶりね」
「知ってるのか?」
「えぇ。邪本使いの安曇。リチャード騎士団や宮内庁を始めとした複数の対霊害組織で指名手配されてる魔術師よ」
「そんな奴が……」
 静かにルイージが霊光剣を抜こうとし……。
「おっとそれは出来ません。禁忌規定されています。この神聖な聖地にて、誰かを攻撃することは禁止です」
「な……」
「聞いての通りだ、ルイージ。通信網を寸断され、神聖空間への干渉に気付けなかった……」
「通信網の寸断?」
 なぜかルイージの方に視線を向ける安曇。
「ついでです。霊光甲冑も解除してもらいましょうか。それとも禁忌規定しても良いですが」
 ルイージは観念して解除する。禁忌規定されてしまうとまずい。自分と同じように急いでバチカンに戻ってきた騎士が、罰則適応で最悪死ぬ事になる。
 ――って、待てよ。この神聖空間はバチカンを守護するためなもの。バチカンより外はその範囲外のはず。ってことは、禁忌規定も聞かないんじゃないか?
「おっと、禁忌規定の効かないバチカンの外に出ようとしてますね? そうはさせませんよ。禁忌規定。この聖地を出ようとする」
 一瞬、空間がたわむような感覚を得る。
 ――今の言葉の命令だけで、禁忌規定が追加されたって言うのか。
「残念だ。バチカンの外に出ることさえ出来れば、禁忌規定の禁止を受けることなく、お前を攻撃出来るのに。お前の位置は完璧に覚えたから、宮殿の右の」「待ちなさい」
 ルイージのわざとらしい大声に安曇は違和感を覚え、静止する。
「やけに具体的に話すじゃありませんか。あなた、先程ポケットに手を突っ込んで何をしてました? まさか、逃げるそぶりをしたと見せかけて、誰かに電話をかけましたね?」
 安曇がルイージに近づき、ポケットから携帯を取り出す。
「やはり。なに、通話中じゃない?」
「取った!」
 安曇を掴み、ノルンの方に押し付ける。ノルンはそれを見越して剣を構えていて、安曇の心臓近くを貫通する。
「ぐっ」
「よくやった、ルイージ!」
 騎士団長が床に手を置き、神聖空間を回復させる。
「残念ながら、電話じゃなくてメールだったのさ。それに相手はバチカンの外じゃなく中、ノルンだ。禁忌規定の指定が甘かったな。攻撃をするな、ではなく、武器を装備するな、にするべきだった。ノルンがしたのは武器を構えただけだし、俺はお前を押しのけただけ、攻撃禁止の禁忌には当たらない」
「くそっ、こんなところで……」
「ルイージ、ここは神聖な場所だ、ここにこれ以上血を流すわけにはいかん、外に出るぞ」
 しかし、その信仰心が仇となる。安曇を外に運び出した次の瞬間、極彩色の歪な五芒星が出現する。
「な」
「ルイージといいましたか、覚えておきましょう」
 五芒星ごと、安曇が消え失せる。
「あんな歪んだ解釈で逃げるなんて、ただでさえ危険な転移術を、反動のダメージも大きいはずなのに」
 ノルンの驚きの声。
「無念だが、落ち込んでる暇はない。持ち場に戻って防衛を再開しなくてはな。ルイージ、今回の件、見事だった。聖騎士も近いな。外縁部に戻るのは時間がもったいない。君はこのままローマ市街の警備に加わると良い。安曇がばら撒いたレプリショゴスを排除せねば」
 回復した通信網で騎士団長が連絡を伝えていく。後は昨日までのモグラ叩きと同じ、相手が半透明な寒いやつか、玉虫色の粘液かの違いである。
 
 こうして、3月13日、新たなローマ教皇が誕生し、テンプル騎士団の危機は去った。そう思われていた。

 

 12月24日。一般に神の子が生まれたとされる‬‏日の前日‬‏イブ。従来のスイス衛兵に混ざっての警備任務をしているルイージは、緊急の呼び出しがかかる。
「この世界から、ベツレヘムの星という概念が消えてしまった」
 騎士団長は散々どう伝えるか悩んだ挙句、そう口を開いた。
 騎士団長から見せられた写真は世界各国のクリスマスの様子を撮った写真のようだ。言われてみると、一つだけ足りないものがある。どの写真を見ても、クリスマスツリーのてっぺんの星がないのだ。
「知っての通り、ベツレヘムの星は一神教にとって信仰の対象の一つであり、クリスマスが宗教を離れて単なるイベントとして世界中に広まった後もこの星があるが故に、それが一神教への信仰としてエネルギーになっている」
 神性と呼ばれる存在は信仰をエネルギーとして稼働する。それは彼らの信仰する一神教も同じである。そして、それは本人の自覚の有無は問わない。クリスマスの言うイベントは多くの無宗教者や他宗教者でさえ一神教への信仰エネルギーを生み出す、一神教徒にとっても重要なイベントなのである。
 似たような例としては、ギリシャ神話の神性がある。例えば方位を調べるのに使う北極星は北斗七星からその位置を割り出すが、北斗七星はおおぐま座、おおぐま座はギリシャ神話のカリストーに起因する。それ以外にも世に伝わるほとんどの星座はギリシャ神話の起因することが多く、それ即ち天体観測はそのままギリシャ神話への信仰としてギリシャ神話の神性の力になる。
「ベツレヘムの星がなくなったってことは、それが全くなくなったってこと、ですか?」
「どうやらそうらしい。そしてこれは世界中を覆う強力な異端空間によるものであることがわかった。そしてこれがその起点だ」
 騎士団長が黒板を見せる。そこに示されている図が事実であればそれはつまり。
「バチカンの神聖空間の起点をそのまま利用されてる」
「あぁ。故に起点の破壊による解除は不可能だ」
「つまり、術者を排除せよ、と」
「そう言うことだ。バチカンの神聖空間に影響を与えられる場所にいた人間など数えるほどしかいない。十中八九、安曇だろう。そして、その安曇が日本に向かったと言う目撃証言がある。ルイージ、一度安曇の不意をついた君にこの任務を任せたい。臨時の騎士隊を編成し、日本に向かってくれ」

 

To Be Continued…

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