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コンクラーベとベツレヘム消失 第4章

[ルドヴィーコ・アロイジオ・サヴィーノ]……愛称はルイージ。聖騎士への昇格が期待されている優秀な騎士

 

[グラツィアーノ・マルコ・ジョルジーニ]……ルイージの同期にして相棒。頭は良くないが剣の腕は一流

 

[カッリスト・グレゴリウス・ラウッウィーニ]……オカルト商人。テンプル騎士団やインクィジターとも繋がりのある敬虔な一神教徒

 

[マルチェロ・アレクサンドル・ボルジア]……一時的にルイージのお付きを務める従騎士

 

[《怠惰》スロース]……テンプル騎士団の上位組織である「インクィジター」直属の戦闘員「咎人」の一人。聖槍を模した象徴武器を使う

 

[ギルガメス]……正体不明のエネルギー剣使い。テンプル騎士団の神性に迫る高さの神性を持つ

 

[ノルン]……美しい銀髪を持つリチャード騎士団の女騎士

 

[安曇]……多くの対霊害組織から指名手配されている凶悪な魔術師で、テンプル騎士団から見ても冒涜的な神を信奉する不倶戴天の敵。レプリショゴスと呼ばれる使い魔の使役が得意

 

◆ ◆ ◆

 

「やぁやぁ、騎士様、今回はよろしくお願いします」
 飛行機に乗り込むと、カッリストが迎えに出てくる。この飛行機はカッリストが手配してくれたらしい。
「私も販路を日本に広げようと思ってたんですよ。いや、ちょうどよかった」
「販路を日本に? 宮内庁の取り締まりは我々テンプル騎士団と並ぶ厳しさと聞きますが」
「まぁその辺の偵察も兼ねてね。なに、その道では厳しい事で有名なテンプル騎士団様達ともうまくやらせていただいてるんです。うまくやりますよ」
 はっはっは、と笑うカッリスト。
「なぁ、ルイージ。宮内庁ってのはどんな組織なんだ? 俺、よくしらねぇ」
 そこにグラツィアーノが耳打ちしてくる。
「おいおい……。まぁいいか。宮内庁は日本の対霊害対策組織だ。厳密に言うと宮内庁は単なる官公庁だから、宮内庁霊害対策課が正確な呼び方だな。日本には天皇って言う神性をいまだに受け継ぎ続けてる存在がいてな。宮内庁霊害対策課の職員は天皇から神性を借り受けてその力を行使するんだ」
「へぇー、俺らと同じって事じゃん」
「グラツィアーノ様、我らの神とそれ以外の神を同じといってしまうのは、問題発言かと」
 マルチェロがグラツィアーノを諫める。
「まぁ現象としてはグラツィアーノの言う通り。現状、神性を使える組織は我々と宮内庁くらいだ。だから、テンプル騎士団と宮内庁を指して、対となる最後の神の組織、なんて言われたりするな」
「対ってのは?」
「まぁ、テンプル騎士団にとっては都合の悪い話だから、気にしなくていい」
「なるほどな。なら確かにテンプル騎士団とうまくやれてるおっさんなら心配ないかもな」
「だといいが」
「そんなことより、ルイージ、あの子は誰だよ。従騎士はマルチェロだけだと思ってたが、もう一人いたのか?」
「失礼だな。僕は《怠惰》スロース、インクィジターの咎人だよ」
「ほー、インクィジター様か。初めて見た」
「あんなに若いが、侮るなよ。聖遺物を模した武器を使う。霊光剣を上回る神秘強度だ」
「それは怖いな。しかし、独自の武器とはまるで聖騎士様だな」
「そりゃ、インクィジターは僕らの上位組織だからね」


 飛行機が空港に到着する。インクィジターの用意した偽のパスポートで入国する。
 ラウッウィーニ商会・ファームの従業員という設定のおかげであっさりと入国できた。なにせ社長と同行しているのだ。ラウッウィーニ商会がインクィジターやテンプル騎士団から見逃されている理由の一つでもある。
「アウェーだから警戒しろって話だったが、案外普通に侵入できたな?」
「宮内庁は神聖空間のような能力は持ってないらしいな。侵入に気付かれる前に安曇を見つけ捕縛しよう」
「捕縛? 殺さないのか?」
「日本にはインクィジターの政治力は届かないらしいからな。殺人事件を揉み消すのは難しいのだろう。もちろん、我らが神の神性が失われればそれ以前の問題だから、最悪の場合はやるしかないだろうが、あくまで最後のしゅ……」
 グラツィアーノと方針を話し合いながら空港を出ると、明らかにこちらを睨み付ける青年が一人。
「面倒な問答は避けよう。ありとあらゆる神性を否定し自らを唯一無二と謳う侵略者の手先よ、直ちにこの地より立ち去るが良い」
「おい、ルイージ、周りを見ろ、妙だぞ」
 グラツィアーノに言われて周囲を見ると、先ほどまでの賑わいが嘘のように静まり返っていた。空港の目の前に人が一人もいないなど、有り得ないだろう。
「人払いの魔術か」
「人払いの魔術? 違う違う。引き込まれたんだ、異端空間に」
 スロースが前に出て、赤い槍を構える。
「宮内庁はこんな風に神の力を使わない。けれど、その力は確かに神の力だ、お前、なんだ?」
「名乗る理由はないな」
 スロースが赤い槍を青年に向けるが、青年はそれに眉一つ動かさない。そして、青年が武器にしては短い、ナイフより少し長い程度の竹を取り出す。
「やむを得ない。全員、霊光甲冑装備、及び抜剣」
管狐くだぎつね!」
 竹から白い霊体が飛び出す。
「神秘80、防御!」
 グラツィアーノが叫び、突っ込んでくる白い霊体を霊光剣で防ぐ。グラツィアーノは相手の神秘物理比率を見抜くのも得意だ。
「なっ、霊光剣と匹敵する神秘強度、神性……」
「ルイージを援護する、行くぞ」
 グラツィアーノがルイージに代わって部下に指示して騎士隊を前進させる。
 白い霊体がルイージの前から戻り、薙ぎ払うように前進する騎士達に向かう。
「防御!」
 グラツィアーノの指示で霊光剣で防御の姿勢を取る。白い霊体が霊光剣に弾かれながら、青年の元に戻る。
「流石はあいつの主人である神の力を借り受ける騎士。一筋縄ではいかないか」
「騎士ばっかに気を取られてちゃ、ダメだよ!」
「! 管狐!」
 いつのまにか青年の背後に回り込んでいたらしいスロースが青年に槍を突き立てる。が、その直前に白い霊体が青年の周りをぐるりと囲うように周り、槍を弾き返す。
「聖槍を受け止めるのか!」
 スロースが驚愕し、後ろに飛び下がる。
「騎士隊、前進!」
 全員で前進する。しかし、即座に白い霊体がそこを薙ぎ払う。
「今だ!」
 スロースがその隙を突くも、白い霊体は恐ろしい速度で青年まで戻り、スロースの槍を受け止める。
「くそ、主導権イニシアチブは向こうが上か。あの白い霊体の反応が早すぎる」
 現状、お互いの攻撃はお互いに防げている。だが射程距離と攻撃までの速さを見れば、こちらが不利なのは明らかだ。こちらの防御が崩された瞬間、こちらの陣形が崩れた瞬間、こちらの敗北となる。
「なら、霊光大盾で押し込んで……」
「なぁ、ルイージ。こいつ、俺たちを侵略者って呼んでただろ。ってことは、この国の守護者側だよな?」
「そうだと思うけど」
 やがてくる敗北まで膠着状態を演じるくらいなら、ゴリ押しの作戦で、と考えてたその時、グラツィアーノが口を挟む。
「なら、侵略のためではなく、落とし前のために来たんだって主張するべきじゃないか? 安曇は宮内庁にとっても敵なんだろ?」
 意外すぎるグラツィアーノの提案に目を丸くする。
「待て、日本の守護者よ。私はテンプル騎士団バチカン本部所属日本遠征臨時騎士隊長、ルドヴィーコ・アロイジオ・サヴィーノである。此度の遠征の目的は日本の神秘的侵略ではない。矛を収めてもらえないだろうか」
「俺は空見そらみ 鏡也きょうや。アマテラスの契約者だ。あんたらの幹部の甘言に苦しめられた身としては、正直聞く耳持たず倒してしまいたいが。逆に停戦の求めを断り後悔した例もある。聞こう。ただしそれなら、そちらもその剣は納めてもらおうか」
 そう言い終わると、竹の中に白い霊体が戻ってゆく。
「総員納剣。スロースも、一度こちらの後ろまで戻ってこい」
 そう言うと、ルイージはすぐに霊光剣を解除する。それを見てグラツィアーノや部下達も霊光剣を解除する。
「えー、はいはい」
 スロースも渋々ルイージのそばまで戻ってくる。
「それで、話を聞こう」
「我々の目的はこの国でもこの国の神性でもありません。テンプル騎士団は確かに神の奇跡意外の神秘を否定してはいますが、宮内庁は我々と並ぶ未だにこの世界に残る強い神秘、そして霊害と戦う者としては同志だと思っています」
「なるほど、現実的な話だ。やはり御使いとは違うか」
 ――御使い? 御使いとやりあったことがあるのか? いや、まさかな
「しかし、そんな中、日本に来訪したのは、我々の本部の結界に干渉し、未だに解除できていない障害を与えた魔術師、安曇が日本に入国したとの連絡を受けたからです」
「なに? あの海神ワダツミの家から飛び出した男が日本に戻ってきているのか。なるほど、事情は分かった。あの男は日本にとっても敵と言って差し支えない。そう言う事情であれば、日本での行動を許可してもいい。ただ、それが真実であればの話だ」
「どうすれば信じてもらえますか?」
「そうだな。アマテラスの権能を少し借り受け、お前の過去を少し見せてもらおう。その記憶を持って証明としよう。アマテラスに誓って関係ない記憶は見ない」
「分かりました」
 ルイージは納得し、一歩前に出る。神性には様々な能力がある。日本の最高神に分類される天照大神なら、相手の記憶を実際に確認するくらいは可能だろう。
「管狐」
 再び白い霊体が現れる。部下達が身構えるが、ゆっくりと、ルイージに近づく。
「それに触れ」
「おい、ルイージ、お前がやることないだろ、例えば」
「いや、安曇と接触したのは私だ。私がふさわしい」
 あえて「私」と公の一人称でグラツィアーノを拒否し、白い霊体に触れる。

 

「確かに確認した。しかし残念ながら、奴がどこにいるのかは俺も知らない。とりあえず、これとこれを渡しておこう」
 渡されたのは竹で出来た笛と、何か文字のようなものが書かれた竹だった。
「これは?」
「まず文字の書かれた竹の方は、何かあれば私から連絡が出来る道具だと思えばいい。奴の魔術は特定の神性に由来している。もし魔術を使えばすぐに分かる。そうなればそれでその位置を伝えられる。俺が呼び出したら震えるから、その穴を耳に当てればいい」
「つまり、神秘による携帯ということですか?」
「あぁ。まぁ両方が日本にいる時しか使えないがな。念のため、日本から出たら自動で自壊するようにしてあるが。それから、笛の方は、まぁ安曇討滅の助け、と言ったところか。それを吹けば一時的にその音を聞いた者は神性の力を借り受けることができなくなる。聞けば、とは言ったが、耳栓をしても無駄だから、お前達も力を使えなくなる諸刃の刃だが、まぁ上手く使ってくれ。こっちは日本の外でも使える」
 じゃ、幸運を祈りはしないよ、と言いながら青年は消え、辺りは人のいる通常の空間に戻った。
「霊光甲冑解除」
 急いでルイージが号令し、全員が甲冑を解除する。あいつも元の空間に戻すならその前に一言あってもいいだろうに、と思わず愚痴る。
「そう言うわけだ。正直、情報は一切ない。全員、分散し、捜索に当たって欲しい。ただし、各個撃破されてはまずい。そのために、今から3人組3つ……私とグラツィアーノとスロースを含めれば4つに分ける。三人組のリーダーは他二名と10分おきに定時連絡を取り合い、お互いの位置を報告し合う事。そしてリーダーはその度に私に報告する事。連絡が途絶えればそこが襲撃地点って事になる。そこを中心に包囲網を形成し、逃げ場を塞いで叩くぞ」
 ルイージの指示に全員が肯く。

 

 それからしばらく、ルイージも一人で街中を歩き回った。
「本当に、星がないな」
 世はクリスマスイブ、あちこちにクリスマスツリーが出ていたが、その天辺にあるはずの金色の星をつけているクリスマスツリーは一つとしてなかった。
「本当に消失したのか」
 頭では分かっていたが、こうして街を見ると実感させられる。本来はあのツリー一本一本が我らの神性の力の源であったはずなのに。それら全てが失われている。
「もしあなた、何かお困り?」
 黒い髪の天使のように美しい女性が突然声をかけてくる。
 ――なんだ、お金を搾り取るタイプの客引きか?
「私は客引きではないわ。私はミユキ。けど、あなたにとってこの名前に意味はないわよね。私、占い師なの、お悩みならどう、占って行かない? あぁ、皆まで言わなくてもいいわ。あなたのその胸に下げている信仰の証を見れば分かる。占いを受けるなんて罪をあなたが犯すはずがない。けれど、占いが罪である理由はそれが神が用意した道を疑う行為だから。私が占うものは神の道、そのものよ。それなら、大丈夫でしょう?」
 ふふ、と、誘うように笑う。
 ――なんなんだ、この少女は。相手にしていられない
「申し訳ないですが、急ぐので」
 少女の提案を断り、歩き去る。
『塔』the tower。あなたの探し人は高き塔の袂にいるでしょう。今、まさに、儀式を始めようとしている」
 驚いて振り返る。しかしそこには誰もいなかった。
「塔……東京タワーか。いや、去年に東京スカイツリーとか言うのも出来てるらしいな」
 スマホに挿しておいたマイク付きイヤホンを耳につける。こんなものは不要だが、独り言を喋ってるように見られるのも注目を集めてしまうから避けたい。
「こちらルイージ、東京タワーと東京スカイツリーにそれぞれ近い奴はいるか? 一番近い奴はそこに偵察に行け」
 そして待つこと10分。結果はすぐに訪れた。
「各員に通達。東京スカイツリーに偵察赴いた騎士から報告があった。スカイツリーの地下空間から魔力反応。このタイミングで儀式魔術リチュアルを行う魔術師は安曇である可能性が高い。偵察を担当した騎士と同チームの騎士は地下への入り口と地下の魔力の動きを警戒せよ。その他の騎士とスロースはこれから伝える地点に集合。以上」
 各自から了解の返事があったのを確認し、ルイージも移動を開始する。

 

「前列、祈祷。後列、祈祷。前進!」
 安曇はトラップを使った陣地設営を行う事が多い。トラップに警戒し、霊光大盾を構えた前列と後列が前後を守りながら進む。
「杞憂だったらしいな。祈祷やめ」
 前列と後列の騎士が霊光大盾を解除する。
 そして全員が気付く、誰かが戦闘しているのだ。
「宮内庁、ないしは宮内庁から認可を受けた討魔師だろうな」
「どうする?」
「いい方向で考えよう。目の前で殺すので問題ないかもしれない。いくぞ。総員、追従」
 ルイージを先頭に前進する。
「何者だ?」
「テンプル騎士団バチカン本部所属日本遠征臨時騎士隊長、ルドヴィーコ・アロイジオ・サヴィーノ。我らが神聖なる領域を犯した異端術師、安曇を捌きに来た」
「なら味方と考えて良いな。私は月夜つきや家当主、月夜■■だ」
「え?」
「失礼、月夜家は当主を継ぐ際に呪い対策に名前を滅却するのがルールでね、名前はないんだ。月夜の、とでも呼んでくれれば良い。私達の利害は一致しているものと見た。共に戦おう」
「はい。総員、抜剣! 月夜様、現在の状況と援護が必要な場所を教えていただければ」
「目の前の壁の向こうが儀式場だ。だが、よく分からない神性を帯びた肉の柱に阻まれている。しかもそいつが無限に粘膜状の生物を召喚している。こちらの希望に沿って援護をしてもらえるのかな?」
「はい。勝手に陣を組むより、そちらの陣に加わった方が良いでしょうから」
「なら、向こうの十字槍使いの援護に幾らか回してほしい。あの家の者は一騎当千の強さを持つ、彼女も例外ではない、が、流石に多勢に無勢でな」
「分かりました。聞いたな、先のAチームは槍使いの援護だ」
朱槍あかり! そちらに援護が行く! 協調し、突破せよ」
「はい!」
「よし。あと2チームか? なら、向こうにいる大太刀使いの布武姫ふぶきと、その向こうの槍使い、景光かげみつの援護を頼めるか。それぞれ、真柄まがら家と上杉うえすぎ家の後継ぎなのだが、どちらもまだ新米に近いゆえ、念のためにな。特に布武姫は本来の戦い方が出来ずに苦労してる」
「了解。聞いた通りだ。Bチームは大太刀使い、Cチームは槍使いを援護する。スロース、グラツィアーノ、俺たちもどれかのチームに加わろう」
「なら俺はあの大太刀使いな。あのデカさ、興味深い」
「じゃ、僕は最初のアカリって人にしようかな。赤い槍だなんて、良い名前だよ」
「よし、なら俺は槍使い、景光を援護する」
 レプリショゴスは討魔師達によって粘膜を払う一撃とコアを砕く一撃の二撃で撃破できるようだ。だが、レプリショゴスはその倍の速度で増えていく。
 テンプル騎士団の霊光剣はレプリショゴスを一撃の元に消滅させることができる。
 こうして、テンプル騎士団の加勢により、月夜家当主が率いていた部隊は当初の予定より明らかにはやく、儀式場への道を阻む柱へと到着した。
 そして気付く。
「おい、これは柱なんかじゃないぞ!」
「なんでもいい! どちらにせよ、切断しろ!」
 気付いたグラツィアーノが叫ぶが、ルイージが叫び返す。
 号令に合わせ柱を切断した瞬間、柱から青い血が飛び出る。
「各隊、討魔師の前へ、祈祷!」
 切ると同時に飛んだルイージの指示により、青い血は誰にもかからずに済んだ。
「祈祷そのまま、総員、前進!」
「テンプル騎士の盾に隠れつつ、前進するぞ!」
 ルイージが指示を飛ばし、月夜家がそれに頷く。
 自身のを切断されご立腹のそいつが見える。まぁ端的に言うと
「巨大なイカぁ!」
 である。
「踏み込んできましたか。やれやれですね。此度はこのレプリダゴンを本物へと昇華させる記念すべき日なのです。邪魔をしないでもらいましょう」
「レプリダゴン……」
 ――それが安曇の目的? どういうことだ、それとベツレヘムの消失になんの関係がある?
「なるほど、今日はクリスマスイブ、それにより多く集まった観光客達、その魂を喰らおうって訳か」
 儀式の術式を見ていたらしい月夜家当主が魔法陣の意味を見抜いたらしい。
 ――魂喰い? ベツレヘムの星とそれになんの関係がある?
 おかしい。なにか致命的な勘違いをしている予感。だがそれがなんなのか分からない。
 ――まぁどっちでも構わないか。所詮クリスマスツリーの天辺の星がなくなるだけ。信仰心が減るのは惜しいが、最悪仕方ない。今目の前にある霊害を対処してから、ハズレだったならその時に考えればいい
 しかし、ルイージはひとまず、そんなふうに楽観視し目の前の事態に集中することを選ぶ。
「祈祷解除、儀式完了までにレプリダゴンを排除し、安曇を捕縛する! 総員、散開!」
「まずはあの厄介な触手を全て切断するぞ!」
 散開したテンプル騎士団と討魔組が触手攻撃を受け止めつつ、他の誰かがそれを切断する。
「くっ、不味いですね。自己再生の呪いを……」
 やがてそれはより効率化され、防御が得意な討魔師が受け止め、神性に有効な攻撃を与えられるテンプル騎士団が切断する、という完成形を見る。
「全ての腕は奪った! 突撃せよ!」
 ルイージが号令する。安曇の自己再生付与ももう少しで終わってしまう。その前に仕留める必要があった。これを担うのは当然、神性に有効な一撃を与えることのできるテンプル騎士団だ。
 しかし、突撃するテンプル騎士団の霊光剣がレプリダゴンに衝突しようという、その時。
 無色透明の波のようなものがどこからか飛んできて霊光剣を、霊光甲冑を、そして魔法陣の一部を、掻き消した。
 自己再生術式が起動し、レプリダゴンに再び触手が生えてくる。そしてその触手があらゆる守りを失ったままの騎士達を吹き飛ばす。
 なぜか一人だけ消えなかったルイージを除いて。
「な、なんで、俺だけ……。いや、総員、霊光甲冑装備!」
 ところがそれに対する回答は「どうするんだっけ」という有様だ。
「おい、どういうことだスロース」
 思わずスロースに問う。
「え、ぼ、僕の事? 僕はスロースなんて名前じゃ……そんなことよりここはどこ?」
 スロースの答えは想定を超えていた。
「なにが起きてる?」
 月夜家当主が尋ねる。
「分からない。どうなってるんだ……」
「少なくともお前以外は戦えない、そういう事だな。なぜか儀式のための魔法陣も十字教ベースのところだけすっぽり消えて発動できなくなってるようだし、後は宮内庁に任せ撤退しよう。我々が殿を勤める。部下を逃せ」
「分かった。グラツィアーノ、みんなをまとめて逃げるぞ」
「お、おう」
 外に出る。どういう訳か、その頃には「なんで俺、こんなところに?」なんて言葉さえ散見された。
 ――まずい。これはハズレだ。安曇は犯人じゃない。でなければ自分の術式に解術ディスペルされるような魔法陣を組む訳がない。急いでラウッウィーニに会い、飛行機を用意してもらわなくては
 急いでカッリストの宿泊しているホテルに向かう。

 

「ラウッウィーニさん! 開けてください。ルイージです。緊急の要件があるんです」
 何度ドアを叩いても返事がなく、痺れを切らして叫ぶ。
「うぃー、もうしつこいね、ルイージ君」
 顔を赤くしてすっかり酔ったカッリストが出てくる。気のせいか、向こうから人の気配がする。そして女性用の香水の匂い。
「お酒をそんなに飲んだ上に、女性を連れ込んだのですか? いえ、そんな場合ではありません、今すぐに」
「あぁ、そう。そんな場合じゃないんだよ、もう0時をまわってる。また用事は明日以降にしてくれないか」
「女遊びがそんなに大事ですか!」
 ルイージの叫びに、カッリストも微笑みを消す。
「女遊び? 違うとも。彼女は過去にあったどの女性よりも最高だ。彼女こそ神の与えたもうた運命の人なんだ。ヨーロッパのどこを探しても会えないはずだ。まさか日本にいたなんて。そんなわけだから、君達のどうでもいい用事なんかより、よほど大事なのさ」
 そう言い終わると、扉がバタンと閉じられ、施錠の音が聞こえる。
「くそっ!」
 ルイージはつい汚い言葉で地団駄を踏む。
 そこに電話がかかってくる。竹の電話、鏡也だ。
「なぁ、本当に犯人は安曇なのか? 俺もまだ裏取りができてないが……」
「安曇はハズレだ。急いで移動手段がいる。こんなことを頼める間柄じゃないのはわかっているが……」
「同感だ。なんなら君達一神教が滅びた方が胸がスカッとするかもしれない。だが、ともに霊害と戦う同志だと言った君のためだ。一つ貸しにしておく。ところで、イギリスから怪しい動きがあるという報告があった。もし向かうなら、コネで移動手段を用意できるが」
「頼む」
「よし、今そこに向かう」
 と、聞こえた瞬間、背中から叩かれる。
「君がルイージかな? のっぽでも緑の帽子を被ってもいないようだけど?」
 白い髪に仮面をつけた女。そのローブが彼女を魔術師だと告げていた。
「いや、そういう目印は聞いていないが。その、イギリスに連れて行ってくれるとか?」
「うん。イギリスのロンドン、サザーク地区に、って頼まれてる。幸いそこには一つ転移用のルーンが刻んであってね。いくよ?」
「頼む」
 女が肩に指でルーンを刻む。

 

 瞬きした次の瞬間、そこはイギリスだった。そして、視線を上げてすぐに理解した。
 今年、解禁されたヨーロッパで最も高いビル「ザ・シャード」そのとんがった先に、ついていた。ベツレヘムの星のような、大きな星が。
「ノルン! どこだ、いるんだろ!」
 そしてルイージは叫ぶ。安曇は犯人ではなかった。しかし、当時宮殿に入った人間はもう一人いたのだ。ノルン。リチャード騎士団に所属する銀髪の少女。
「お見事、まさか間に合わせてくるなんてね」
 次の瞬間、周囲から人が消え失せる。
 ――鏡也と同じ、別空間レベルの異端空間!?
「12月25日。この日が終われば、あなたたちが信奉する”外来種”は消える」
 そして、ルイージの前に彼女は現れる。
「あなたがここにくる可能性があるのは見えてたけど。あの女の子にもっと強い死霊術を教えるべきだったか、それとも背後から刺した時に、ちゃんととどめを刺しておくべきだったか」
「あれもお前だったのか。なら、リチャード騎士だってのも嘘か」
 霊光甲冑は神性と神秘による強力な防御だ。物理体でしかないリチャード騎士の剣では貫けない。
 ――そう言えば、ギルガメスとやらが「神性持ち相手は厳しい」と言ったタイミングはノルンが来てからだった。神性持ち相手という条件は最初から変わらないのに。あれは神性持ち二人を相手にするのは、という意味だったんだな。あの時点で怪しいと思うべきだった
 鏡也と同レベルの異端空間、霊光甲冑を貫通する武器を使う。いずれも目の前の相手が神性を持つことを意味していた。それに気付く余地はあったはず。気付けずここまで遅れてしまった事に歯噛みするルイージ。
「うん。まぁでも、どうせ意味はないよ。あなたはここで私に負けて、それで終わり。来て、レーヴァテイン、グラム」
 彼女の左右の手に二本の剣が出現する。

 

To Be Continued…

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