塹壕の街の海老天うどん 第4章「決闘 下」
海産物を欲するイレタは、幻の海老天うどんを噂を聞く。
イレタはアマエルを連れて、幻のうどん屋を探し始めるのだった。
そんな中、イレタとアマエルにそれぞれ慕情を抱くグエルシェンとマリーヌは、「幻の海老天うどんを食べると二人が付き合ってしまう」と思い込み、妨害に走る。
探しているオレンジ色のガーベラを買い占めたグエルシェン。イレタとアマエルは、それを取り返すため、二人へ決闘を申し込む。
決闘の種目を「塹壕運動場での花冠戦」と定めた二人は、塹壕運動場での戦闘を有利に進めるべく、訓練に明け暮れる。
そして、決闘の当日。アマエルとイレタは見事に想定通り、グエルシェンを打ち倒すが、その間、アマエルは能力を隠していたマリーヌ相手に苦しめられ、投降という選択肢をちらつかせられることになる。
「アマエル様、何を迷うことがございましょう?」
アマエルはマリーヌの隙を窺い、マリーヌはアマエルの降参宣言を待つ。
戦いは睨み合いに発展していた。
「そもそも決闘の発端たる。オレンジ色のガーベラも、それを欲する理由である海老天うどんも、欲するのはイレタさんでしょう? あなたが欲しているわけではないはずです」
その言葉に、アマエルは思わずハッとする。
言われてみれば、この戦いは自分にとってなんのための戦いなのだ、と。
戦いで勝って得られるのはオレンジ色のガーベラ。そのオレンジ色のガーベラで得られるのは海老天うどん。
それは、別にアマエルの欲するものではない。それらはあくまでイレタが欲しいのであって、アマエルは流れでそれに付き合わされているだけだ。
――付き合わされている?
自分の言葉を改めて頭の中で反芻させる。
そうだ、自分は付き合わされているだけ。なぜそんな中で、命の危険に瀕してまでマリーヌと戦う必要があるのだろうか?
徐々にアマエルの視線が地面に向かっていく。
無言の空間。しかし、徐々にアマエルの戦意が失われつつあるのを感じて、マリーヌは微笑む。
「さぁ、降参しましょう。大丈夫です、イレタさんには、アマエル様は果敢に戦ったとお伝えしますわ」
だから、マリーヌは改めてアマエルに囁きかける。
頭の中を痛いのは嫌だという言葉が占めていく。
頭の中を怖いのは嫌だという言葉が占めていく。
頭の中を降伏しようという言葉が占めていく。
頭の中がイレタの事なんてどうでもいいじゃないかという言葉で満たされていく。
(違う!)
けれど、アマエルはそこで強い違和感を覚えた。
イレタの事がどうでもいいはずがない。なぜ違うのかは言葉にできないが、どうでもいいはずはないのだ。
顔を上げるアマエルの視界に、コウモリ型の生物、グエルシェンの従属種がマリーヌの背後に飛んでいるのが見える。恐らくグエルシェンとマリーヌが連絡するための従属種だろう。
それを見て、アマエルは思い出した。
(そうだ、僕が負けたら、イレタは――)
グエルシェンと結婚してしまうのだ。
それは、嫌だ。
なぜ、とは言えない。けれど、漠然と嫌だった。
「何をそんなにお悩みになるのです。痛いのは嫌でしょう? 怖いのは嫌でしょう? 降伏しましょう。イレタさんの事なんて、どうでもいいじゃございませんか」
マリーヌが言葉を投げる。
再びアマエルの頭の中をさっきと同じような言葉が占めそうになって。
(待って?)
アマエルは違和感を覚えた。
今、マリーヌが投げた言葉、その順番はそっくりそのまま、先程、アマエルが頭を占めた言葉ではなかったか。
(まさか、魔法で思考誘導されてる?)
アマエルは思考誘導に気付いた事がバレないようにこっそりとマリーヌの花冠を見る。
見たことのないピンク色の花と枝で構成された花冠。マリーヌの持つ東洋の花の一つなのだろうか。
と、視界の隅で、グエルシェンの従属種が消えゆくのが見えた。
イレタがグエルシェンを倒したのだろう。
であれば、このまま時間を稼げば、イレタがやってきて形勢は逆転するはずだ。
(このまま、逡巡し続けているふりをすれば)
こちらの勝ちだ。
アマエルは自然と得物である西洋風薙刀、グレイヴを握る力が強くなる。
だが、その発想が命取りとなった。
「ん? どうしました、アマエル様」
そんなアマエルの様子、小さな違和感をマリーヌは決して見逃さなかった。
アマエルの視線の先へと振り向くマリーヌ。
そこにあるのは、地面に落下し、消滅しつつあるグエルシェンの従属種。
「時間切れ、というわけですか!」
マリーヌがアマエルに向き直る。
「うおおおおおおおおおおおお!」
それより早く、アマエルがグレイヴを構えてマリーヌに突撃する。
気付かれてしまえば、再び不利な戦いが始まる。
ならばアマエルとしては不用意に後ろを向いたマリーヌの後背を突くより他なかった。
「っ!」
マリーヌもさるもの。すぐさま蛇の意匠が施された鞘から朱色に輝く剣を抜く。
グレイヴの薙ぎ払いをマリーヌはその剣で受け止める。
一撃では止まらないアマエルのグレイヴによる遠心力を利用した連続攻撃をマリーヌは受け止めていく。
(でも、マリーヌはそこまで剣術に長けている様子はない。このまま連続攻撃を叩き込んでいけば、勝てる!!)
しかし、マリーヌは尻尾を三本に分裂させ、尻尾を分離。三人のマリーヌとなり、アマエルの側面からアマエルの花冠を狙う。
「くっ」
このまま打ち合っていれば負ける、そう判断し、アマエルはグレイヴをぐっと手元に引き寄せつつ、後方に飛び下がる。
剣を構えた三人のマリーヌは三方向からアマエルに迫る。
――なんとかして勝たないと。
そんな考えが頭に浮かび上がってくる。
グレイヴを薙ぎ払い、三人の接近を阻みつつ、アマエルは次なる手を考える。
(勝たないと?)
そこでふと、自分の考えに違和感を抱く。
(危ない。また思考誘導の魔法か)
勝つ必要はない。時間さえ稼げれば良い。
そう考えた直後、アマエルは踵を返し、イレタがいるはずの方向へ駆け出し始める。
「なっ」
そう。マリーヌの身体能力は特別高くはない。ならば、逃げの一手もまた正解のはずだ。
「待ちなさい!」
慌ててマリーヌ一人に戻りながらアマエルを追いかける。
二本の尻尾がマリーヌの元に戻る。
「なら、こうです」
再び尻尾が分離し、片方がマリーヌの前で大砲の形へと変化する。
もう片方の尻尾が大砲に装填され、大砲から山なりにアマエルの移動ルートを塞ぐように弾着する。
弾着地点に立っているのは、マリーヌ。
「工夫すれば遠くにも出せるってことか」
だが、アマエルも慌てない。花冠の香りを感じて唱える。
「壁よ」
進路を塞ぐマリーヌとアマエルの間に壁が出現する。
――右!
そして、アマエルは迂回ルートを通るこのあたりの地形はまとめて頭に入っているから、アマエルには容易なことだった。
しかし。
「あれ?」
そこで、アマエルは違和感に気付く。
なぜ今、自分は右に曲がったのだ?
右に曲がるのもイレタのいるはずの方向へ向かうルートではある。
だが、左に曲がるほうが近かったはずだ。
「っ! また思考誘導か!」
「正解ですわ、アマエル様」
進路を塞ぐように、マリーヌが現れる。
直後、縦の一閃。アマエルは咄嗟に後方に飛び下がって回避するが、なにやら柔らかい感触。
「っ! さっき前にいた方か!」
もう一人のマリーヌがアマエルを羽交い締めにして、動きを止める。締め上げられ、グレイヴも取り落としてしまった。
アマエルがバタバタともがくが、こうなってしまえば、抵抗は無駄に等しい。
「さぁ、その花冠、壊させて頂きます」
マリーヌの朱色の剣が天高く掲げられ、太陽の光を反射して輝く。
「そ、その花冠はなんなの? 見たことない花冠だけど」
苦し紛れにアマエルが問いかける。
「時間稼ぎには応じかねますわ。花冠を壊してからゆっくりお話しましょう、アマエル様」
マリーヌの剣が振り下ろされる。
堪らず目をつぶるアマエル。
しかし、花冠は破壊される時はいつまでたってもやってこない。
代わりに聞こえたのは、何かが金属を弾く音だ。
アマエルが目を見開くと、そこにはイレタが立っていた。
「ナイス時間稼ぎよ、アマエル。もうマリーヌに勝ち目はないわね」
そう言って、イレタが魔法の爪を出現させながらマリーヌに向き直る。
「おや、イレタさん。間に合ってしまいましたか」
その様子を見て、微笑むようにマリーヌが言う。
「ですが、勝ち目がない、と言う判断は如何でしょうね。そちらも全力疾走の代償として随分息が荒いようですけど」
マリーヌが剣を構える。
アマエルは羽交い締めにされたままで、ただ見ていることしか出来ない。
「一個確認。アマエルの様子を見るに、あんたは実体のある分身みたいなのを作れるみたいだけど、花冠はあんたのつけてるそれを壊せばいいのよね?」
「えぇ、その認識で相違ありませんわ。ですけれど」
マリーヌが地面を蹴る。
グエルシェンやイレタには劣る程度の速度で、マリーヌがイレタに迫る。
「息を整える時間は与えませんわ」
一気に距離を詰めたマリーヌが連続攻撃をイレタに叩きこんでいく。
「っ……」
イレタの特技は弾丸のように突撃しての近接攻撃だ。逆に防戦はあまり得意ではない。
息を整える時間を稼ごうとしたイレタに対して、一気に距離を詰めたマリーヌが正解だったと言えるだろう。
(なんとかして、イレタを援護しないと……)
イレタは強い。一対一で誰かに負けるとは、まして剣術に優れているわけでもないマリーヌに負けるとは、到底思えないが、それでも放って置くとまずい、そんな気がした。
なにせ、マリーヌは頭がいい。アマエルでさえ苦しめられたのである。それよりちょっと頭の弱めなイレタでは、どうやりこめられるか想像もつかない。
イレタは防戦一方になりつつも、マリーヌの攻撃に余裕を持って対処している。
「どうしたの? 行き着く暇、出来ちゃうわよ」
そう言って笑うイレタ。
だが。
「イレタ、後ろだ!」
慌てたように、アマエルが叫ぶ。
――後ろ? このタイミングで後ろから攻撃できるわけがない。
だが、その言葉は、イレタの耳にこそ入ったが、届かなかった。
「ふふっ」
(まずい、マリーヌさんの思考誘導だ)
そう気付いて、アマエルが更に暴れる。
イレタの背後に出現した三人目のマリーヌがイレタを剣で切り裂こうとする。
「させないっ!!」
その時、電撃的なひらめきがアマエルの脳裏に宿る。
アマエルは壁を作る魔法で取り落としたグレイヴを手元に引き寄せる。
石突で自身を拘束するもう一人のマリーヌを攻撃して拘束から逃れつつ、三人目のマリーヌの剣による一撃を刃で持って受け止める。
「アマエル!? ……うそ、本当に後ろにマリーヌがもう一人いたのね。助かったわ」
「気をつけて、マリーヌさんの花冠の魔法は思考誘導だ。自分の考えを疑いながら戦って」
「えぇ、難しい事言うなぁ」
三人のマリーヌが二人を包囲するように布陣している。アマエルとイレタが背中を預けて三人のマリーヌにそれぞれ視線を向ける。
「よし! 本体を集中攻撃するわよ!」
――本体は、右ね!
イレタが地面を蹴って弾丸のように、二人目のマリーヌに向けて突撃する。
「ちょっと! 早速思考誘導されてる!」
そう言いながら、イレタが狙わなかった残り二人のマリーヌからの攻撃を、グレイヴで牽制するアマエル。
「え、こいつ本体じゃないの?」
「違うよ!」
だが、そう話している間に、マリーヌは入れ代わり立ち代わりするもので、アマエルにもどれが本体か分からなくなってしまった。
再び背中を預け合う二人。
三人のマリーヌも再び二人を包囲する。
「どうする?」
イレタがアマエルに問いかける。
「どうするって……」
「さぁ、降参なさい。三人相手に二人では厳しいでしょう?」
「くっ……。驚いたわ、マリーヌ。あなたがこんなに強いなんてね」
完全に作戦負けよ、とイレタが首を横に振る。
「イレタ!?」
負けを認めるのか、とアマエルが驚愕する。
(まさか、また思考誘導?)
しかし、イレタの尻尾を見るとまだまだ戦意旺盛なことが見て取れた。つまりこれは、時間稼ぎ。
(僕に作戦を考えろ、ってことか)
「ふふん、分かれば良いんですよ、イレタさん」
幸いにも、マリーヌはイレタからその言葉を引き出せた喜びでまだイレタの本心には気付いていないらしい。
(考えろ。この無勢の状況をどう逆転する?)
思考を巡らせる。
(せめて、せめて本体がどれかさえ分かれば、それをイレタに攻撃してもらえばいいのに)
単体の戦闘能力であれば、イレタの方が優位。
本体さえ突き止めれば、まだ逆転の目はあるはずだった。
(待てよ、そう言えば)
そこでふと、アマエルは思い出す。
あの瞬間であれば、マリーヌは自分の本体を表さざるを得ないのではないか、と。
「イレタ、こっちだ」
アマエルが突然イレタの手を引いて走り出す。
その先は、一人のマリーヌが立っている。
「あれが本体なのね?」
言うが早いか、イレタが弾丸のように突っ込んでいき、マリーヌに襲いかかる。
襲われたマリーヌは咄嗟に剣で受け止めるが、鋭い一撃によって、剣が空中に飛びあがる。
「覚悟!」
イレタがそのマリーヌの花冠を破壊する。
「残念、外れです」
「えぇ、ちょっと、アマエル!?」
「本物だなんて僕言ってないよ」
そう言って、さらにイレタの腕を掴んで駆け出す。
「あ、待ちなさい!」
マリーヌが二人を追いかけるために駆け出す。
同時、分裂していた二人のマリーヌが尻尾に戻り、マリーヌに戻っていく。
(やっぱり、尻尾を分裂させたまま走ることは出来ないんだ)
先程アマエルが一人で逃げた時も、マリーヌはわざわざ二人を尻尾に戻してから追いかけていた。
同時に走らせることができない、あるいは、尻尾から一定距離に離れられない、といった制約があるのだろう。
だから、今慌てて追いかけ始めたマリーヌは確実に本物。
「今度こそ今だよ、イレタ!」
「あいよ!」
イレタが地面を蹴り、弾丸となってマリーヌに迫る。
「しまった!」
そのタイミングでようやくマリーヌは自身の失策に気付く。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
イレタの爪による一撃がマリーヌの剣を弾き飛ばす。
「なぜですか、アマエル様! そんなに、そんなに、イレタさんと一緒にいたいのですか!」
「僕にも、まだ良く分からないよ」
怨嗟の如くアマエルに問いかけるマリーヌに、アマエルは困ったように首を横に振る。
鋭いイレタによる下から上への斬り上げの一閃。
それで、マリーヌの花冠が破壊される。
「あぁ……」
マリーヌが崩れ落ちる。
これで、戦いは決した。
四人が一所に集まる。
「まさかこの私が負けるなんてな……」
「全くです。珍しく本気を出したのに」
悔しげにグエルシェンとマリーヌが呻く。
「ふふん、私とアマエルの作戦勝ちね」
そしてその正面でイレタが自慢顔。
「な、なんとか勝てた……」
その横でアマエルが疲れ果てた顔をしている。
うまく言ったと言えるのはグエルシェンとの戦いだけで、マリーヌとの戦いは綱渡りの連続だった。
本人が「珍しく本気」というだけはあり、隠していた手札が多すぎたのだ。
「さぁ、約束通りオレンジ色のガーベラを返してもらうわよ」
「返す? なんのことかな、私は別に買い占めていないといっただろう」
「あんた……この期に及んでとぼけるわけ?」
グエルシェンの言葉にイレタが尻尾を膨らませ、怒りをあらわにする。
「待って、イレタ。グエルシェン君は一貫して買い占めたとは認めてないよ。この決闘もあくまで伝手を頼ってオレンジ色のガーベラを見つけてくれるって建前だったんだから」
「だから何よ、良いからよこしなさいよ!」
アマエルがイレタを宥めるが、アマエルは未だに怒っている様子だ。
「ふぅ、仕方ないね。オレンジ色のガーベラを見つけて進呈しよう」
「だから白々しいのよ! あんたが買い占めたくせに!」
「買い占めていないと言っているだろう」
「二人とも、そんな騒がしくすると……」
アマエルがそんな二人に注意を促すが、ちょっと遅かったらしい。
「塹壕運動場に勝手に入っているのは誰だ!」
先生の声が聞こえてくる。
「まずい」
グエルシェンが無数のコウモリとなって分散し、空に飛び上がっていく。
「あ、待ちなさいよ!」
「言っている場合じゃないよ、僕らも逃げよう」
尻尾をぼわっぼわに膨らませて怒り狂うイレタをなだめつつ、アマエルがもう片方の出口の方へと導く。
気がつけば、何らかの方法でマリーヌも消えていた。
そして、出口にはもう一人の先生が待ち受けていた。
「誰かと思えば、イレタさんとアマエルさんでしたか」
「な、私だけじゃないわよ。グエルシェンとマリーヌだっていたんだから!」
「ここにいない人に責任転嫁するのは感心しませんね」
「そんなんじゃない! 本当にいたんだってば!」
先生の言葉にイレタは反論するが、先生は聞く耳持たずだ。
「そんなに塹壕が気に入ったのなら、お二人には放課後、しばらく塹壕ボランティアに参加してもらいましょうか」
塹壕ボランティアはその名前の通り、街の外周を囲う塹壕で働くボランティア活動だ。と言っても、もちろん、高校生が戦いに参加することは出来ないので、基本的に見張りなどがメインとなる。
「そ、そんな。それじゃ幻の海老天うどん探しが……」
「では、明日の放課後に教室に迎えに行きますので、きちんと教室で待機するように」
そう言って、先生は去っていった。
「おう、誰かと思えば、イレタとアマエルじゃねぇか」
海老天うどんを探しはじめの頃に会った犬系混血の男が出迎えてくれた。
「全くこのタイミングで塹壕ボランティアとはな」
男が呟く。
「なにかあったんですか?」
イレタが問いかけると、あぁ、と男が応じる。
「基本的にこの辺り、最内部の塹壕にまで魔物が来ることはない。だから、基本的にここでのボランティアってのはただ敵を警戒し続ける忍耐を試される罰みたいに使われることが殆どだ。ってことくらいは流石に知ってるよな?」
という問いにアマエルが頷く。二人が今回のように塹壕ボランティアをするのは実は初めてではない。この犬系混血の男と知り合いなのもその時の縁だ。
「ただ、最近は魔法大戦の影響か魔物の数が増えててな。他の魔物への対処をしている間に警戒をすり抜けてこの最内部まで来てしまうケースも増えてるんだよ」
「そ、それは……怖いですね」
思わずアマエルが震える。
「ふん、魔物なんて私の魔法でイチコロよ」
「はっはっは、頼もしいな、イレタは」
一方のイレタは恐れる様子なく拳を握って見せる。男がそれを聞いて笑う。
「とはいえ、忘れるなよ。ここがトランシェヴィルを守る最終防衛ライン。この最内部の塹壕を抜けられたら次は街そのものだ。絶対に気は抜くんじゃないぞ」
「はい」
「もちろん」
男の言葉にアマエルとイレタが頷く。
それから一週間。何事も起きない警戒だけの放課後が続き。
イレタが来なくなった。
「なんだサボりか?」
「いえ、これから五日間休みです」
「五日間って……あぁ、そういうことか」
すぐに男も事情を察する。
獣人特有の月に一度の外出不可能日。即ち、発情期が来たのだった。
それからさらに二日後。
アマエルが男と二人で最内部の警戒をしていると、イレタの母親が駆けつけてきた。
「あれ、どうしたんですか?」
不思議に思って、アマエルが応じる。
「おい、警戒中だぞ」
と男は一応形式通りの警告をするが、塹壕にわざわざやってくるなどあまり一般的なことではない。事情を確認する必要はあるだろう、と判断し、強くは止めない。
「あ、アマエル君。うちのイレタ、こっちに来てない?」
「え? イレタはその、あの期間ですよね? 家にいるんじゃ?」
「それが、今日帰ってきたらあの子、家にいないのよ」
イレタの母親からもたらされた情報はあまりに心配になる事実であった。
To be continued…
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