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アフロディーネロマンス 第1章

 
 

 『その一日は何の変哲もない朝から始まる。当たり前といえば当たり前』(『鏡の空と雨の夜』(著・メリーさんのアモル)より)

 

 赤い回転灯が輝いている。
「これを、お願い」
 女性は”それ”を自身の子に託し、その子をダストシュートへと下ろす。
「見つけたぞ!」
 星条旗に大きくバッテンを付けたマークの入った迷彩服の男たちがアサルトライフルを女性に向ける。
「デバイスさえあれば良い、抵抗するなら殺せ」
了解Mi komprenas
 アサルトライフルのレーザー照準器が女性に合わせられる。

 

《13年後》

 

「くそ、ここでも買えなかったか」
 さて、ここで、いきなり何かを悔しそうに言いながら、夏の炎天下の中を歩いている少年は成瀬なるせ太一たいち。彼は本日発売のCDを求めて、CDショップを片っ端から探していたのであった。
「お、悠斗ゆうと、あったか?」
 携帯電話の着信に気付き、通話モードにして耳に当てる。
「いや、頼まれた分は全部見たけどなかったよ。つかさ、2054年のこのご時世に足で歩いでショップ回るか? 普通、通販とか配信とかよ」
「そうか、通販って手があったな。すっかり忘れてた。もう自分の部屋に住んでるんだよな、俺」
「孤児院暮らしの感覚が抜けてねーのか。ちゃんと飯食ってるんだろうな?」
 彼は児童養護施設では自分の趣味を隠していたため、CDを代金引換で送ってもらうわけにはいかなかったのだ。そして、悠斗はそんな施設くらい感覚が抜けてない彼の食事事情を心配する。
「そりゃ、食べなかったら死ぬからな」
 実際には趣味のために食費を結構削っている太一である。
「しかし、見つからないなぁ」
「配信で諦めろよ」
 かつて未来学者などが「所有からアクセスへ」などと予告した通り、この2054年の時代、世界は所有するよりアクセスして得るのが当たり前になっている。悠斗の指摘はこの時代に適したもっともな言葉である。
「そりゃ、その通りだし。というか俺、この曲を配信してる配信サービスの月額会員になってるけど」
「じゃあ、俺なんでこんなに店をあちこち回らされたんだよ」
「決まってる。握手券のためだ」
「マジか、あのグループ、未だに物理チケットなんか…………」
「微妙にレトロなんだよなぁ」
「レトロ、なのか?」
「あっきーはそう言ってたけどなぁ」
 あっきーとは、彼の大好きなアイドルの名前である。夏の炎天下の中、彼が店を回っている理由でもある。
「つか、お前、大丈夫か? 6時からバイトって言ってなかったか?」
「やべ、そうだった、サンキュー悠斗。こりゃ今度の接近は諦めるしかなさそうだ」
「おう、ドンマイ。じゃな」
 通話が切れる。そのまま端末の時計を見ると、現在時刻は4時。握手券を求めて随分遠くまで来てしまったので、2時間でバイト先に着くのは不可能だ。
「しゃーない、一気に行こう」
 路地裏に隠れ、左手に巻かれていた機械、アフロディーネ・デバイスを側面のボタンを押して起動する。
《Please Set Key》
 デバイスのシステムメッセージに従い、赤い宝珠のようなもの、右手でピグマリオンオーブを取り出し、捻る。
《ムサシ》
 オーブの下に鍵に似た端子が出現したのを確認し、オーブをデバイスの差込口に挿入する。
《ピグマリオン:ムサシ》
 デバイスがオーブを読み込み、アナウンスする。太一はメインのボタンを押してピグマリオンを起動。すると、太一の周囲が太一を中心に一瞬歪み、太一の腰に刀の鞘が左右に二本ぶら下がり、口元にはスカーフが纏い、髪型がポニーテールのような総髪のようなものに変化する。
 これは『三人の魔女』の魔女ムサシとほぼ同一の姿であった。『三人の魔女』は2044年に公開されたアニメの一つであり、ムサシはドラマ版『三人の魔女』において、彼の大好きなアイドル・あっきーが演じているキャラクターで、要するに彼の大好きなキャラクターである。
 ピグマリオンオーブ内のキャラクターへの愛の強さによってシンクロし、自らの力に変えるシステム、それがアフロディーネ・デバイスである。もはや魔法も魔術も斜陽のこの世界においてオカルトがあるとするなら、世界的に有名な都市伝説として知られる、このデバイスであろう。そしてそれは、多くのオカルトが実はそうだったように、密かに実在しているのだ。
「よし、んじゃ一気に……」
「おい、待てよ、そこのガラテア」
 その脚力を使って跳躍しようとした直前、男に声をかけられる。ちなみにガラテアとはアフロディーネ・デバイスのユーザーの事であり、概ね、ピグマリオンとシンクロしている状態のことを指す。
《Please Set Orb》
《ソーリア》
《ピグマリオン:ソーリア》
「そのオーブ、寄越しな」
「三魔女のソーリアか」
 男の腕の先から、炎が溢れ、放たれる。太一の考え通り、それは三魔女(『三人の魔女』の略称だ)の登場人物である魔女ソーリアの能力であった。
 デバイスの音声と”変身”後の見た目から能力を推測していた太一は落ち着いてただその炎を見つめすぎ。空中に突如、切断力を持った風が吹き、炎を切り払う。風の太刀と呼ばれるムサシの技の一つだ。架空の刀であらゆるものを切り払う。それが、太一がシンクロしている切断の魔女ムサシの能力だ。
「先にこっちのオーブ見てから考えろよ。ほぼ炎を飛ばすしか出来ないソーリアで、どうやってムサシに勝つつもりだ?」
 例え炎を連射してこようと、ムサシの動体視力を得ている太一にとってそれを見切って防ぐのは容易い。
「畜生!」
 男がペットボトルを取り出し投げる。
「何!? あっつ!!」
 咄嗟に風の太刀で防ぐが、内部の水、否、ソーリアの力で散々暖められた熱湯が太一に降り注ぐ。
「覚えてやがれ!」
 そしてその隙にソーリア男は逃げ出した。
「炎を飛ばすだけでなく熱量操作も、ときたか。少しは研鑽してたみたいだ。実は危なかったのかもな」
 原作におけるソーリアの能力は炎を飛ばすだけだ。しかし、原作中で彼女の能力は熱量操作も可能であることが示唆されていて、それを活用すればより強い能力を使えることが仄めかされていた。あのガラテアはそれを活用出来る程度には、ソーリアの力を使いこなしているようだった。原作においても、ソーリアの力をコピーしたプラトが熱量操作により陽炎を操る、「ソーリア・インビジブル」を実現していた。視覚欺瞞をされるとムサシの刀で全てを防げるかは怪しかっただろう。
「まぁその時は真の太刀で一刀両断できればいいんだろうけど…………目を付けられてないといいが」
 さて、と、なんて言いながら、太一はバイト先の方に向いて、脚力に意識を集中、大跳躍し、手近なビルの屋上へ。後はビルを飛びついで行けば大幅な時間短縮になる。
「しかし、これって思いっきりアフロディーネ・デバイスの私的利用だよなぁ」
 アフロディーネ・デバイスとピグマリオンオーブには謎が多い、流通ルートも製造元も不明。太一に関して言えば何故持っているのかすら覚えていないくらいだ。そして使えるのはごく一部の人間だけ。圧倒的な力を人に与えるアフロディーネ・デバイスが限られた人間しか使えない、当然、それらがみな良い人間とは限らない。と、するならば、良識あるガラテアとしては、そう言った悪用者を倒すのが使命ではないだろうか、と、太一は思う。なんとなく、自分のアフロディーネ・デバイスを見ているとそう感じるのだ。…………が、今まさに自分がしているのは、完全に私的な利用である。
「まぁ、誰かに迷惑をかけるわけではないから、いいか」
 そして太一は自身の考えの本質に至る。要するにこのデバイスで人に迷惑をかけるやつを倒すのが使命なのだ。なら、今の自分はただ飛んでるだけで迷惑はかけていないのだから、セーフだろう、と。

 

「ふぃー、疲れた。お金を得るのって大変だ。院に寄付できるのは、いつになるやらだな」
 大学の学費、家賃、食費、光熱費、携帯料金、配信サービスの月額量、アイドル関係への出費、太一はその全てをバイトで賄わねばならない。決して無茶な出費ではないが、大学生活と二足の草鞋を履くには、やはりバイトは大変だ。まして趣味の時間も取りたいとなると、少ない時間で高い給料を得られる、給料の支払いが良いところを選びたくなり、そうなると必然的にハードな職場を選ぶことになる。ちなみに具体的にはお菓子の製造工場である。
「はぁー、仕事中にピグマリオン使いてぇ」
 結構な力仕事なので、使えばかなり楽になるはずだが、流石に職場にガラテアが襲ってきても困る。
「我が家に帰るか」
 すっかり暗くなった街中を歩く。
「きゃぁ!!」
「悲鳴!」
 女性の悲鳴が聞こえる。急いで悲鳴のした方に走るが、人の姿は見当たらない。
「情報実体空間か」
《Please set key》
 アフロディーネ・デバイスを起動する。
《ムサシ》
《ピグマリオン:ムサシ》
 ムサシのピグマリオンオーブをセットし、ボタンを押すと、太一の見た目が変化する。
NOTICE通知. I find already converted data entity expansion space.形成済みの情報実体空間を確認
「突入する」
 側面のボタンをタッチする。
penetration突入
 直後、周囲の空間が歪み、真っ白な空間に先ほどまで周囲にあった建造物と同じ形の真っ白な物体が存在する空間に変化する。情報実体空間、アフロディーネ・デバイスによって形成できる特殊な空間、言うなれば戦闘フィールドだ。
「テケリ・リ、テケリ・リ」
 見れば、漆黒の玉虫色に光る粘液状の生物が女性に襲いかかろうとしていた。
「あれは、アンジェに出てきたテケリリスライム!」
 アンジェとは『退魔師アンジェ』と呼ばれる作品の名前だ。『三人の魔女』と同年である2044年に公開され、『三人の魔女』と共に、この時代の最高の作品とされた作品群「44年の伝説」の一つでもある。ちなみに、テケリリスライムというのは作中で主人公であるアンジェが呼んでいる名前で正式な名称はレプリショゴス、と言い、安曇と言う登場人物の使役する生命体である。
「ってことは、ガラテアが使ってるのは安曇のピグマリオンか」
 とりあえず、女性とレプリショゴスの間に割り込み、右手をレプリショゴスに向けて風の太刀を五連撃ほど一気に叩き込む。
「大丈夫か?」
「テケリ・リ、テケリ・リ」
 一瞬、女性に気を払おうとするが、粘液状の生物であるレプリショゴスはすぐにその傷を復元させ、触手を伸ばして攻撃してくる。
「核を破壊しないとダメか……」
 そう。レプリショゴスは核を中心に形成されていて、核を破壊することで倒すことが出来る、と言う設定だった。
「他に方法、召喚者は?」
 風の太刀で触手を切り払いつつ、周囲を探る。召喚者であるガラテアを倒せばこの状況を切り抜けられるからだ。しかし、
「くそ、どこにいる……」
 この女性もガラテアであれば力を貸してもらえるのだが、腕にはデバイスが付いていないようだった。
 ――一般人を狙うとは、怨恨系か?
 胸にはネックレスをつけている。金目当てという線もあるかもしれない。
「仕方ないか」
 右腕を左の腰にぶら下がる鞘の先に向けて伸ばし、目を閉じる。そこに本来存在するはずの刀を掴むイメージ。
「来た!」
 そこに刀の感覚を感じる。目を見開き、迫る触手に向けて右手を振る。右手に握られていた緑色の刀がその触手を両断する。真の太刀と呼ばれる、ムサシの本当の刀である。もちろん、魔法で作り出されたものだ。太一はまだこの技が苦手であった。先程核を壊すより召喚者を倒す手段を探したのはこれが理由であった。
「行くぞ、一の太刀いちのたち
 両断された触手がそのままさらに伸びて太一に迫る。太一が一歩踏み込みそれを回避し、本体の塊を丸ごと斜めに切りかかる。中心に来たあたりで核に当たったらしい手応えを感じ、そこで刀を止めて手前に引く。
「テケリ・リ、テケリ・リ」
 苦しそうにレプリショゴスが呻く。
「これで、終わりだ!」
 刀を両手で握ると刀が大太刀サイズにまで巨大化する。
一の太刀・大太刀螺无巣突きいちのたち・おおたちらんすづき!」
 大太刀に変化した刀を一気に核に向けて突き刺し、砕く。
 核を砕かれたレプリショゴスは液体が凝固し、そして一気に砕けた。そして、真の太刀もノイズが走るように消えていく。太一はやっぱり長続きしないか、とボヤく。
「ふぅ。さぁ、安曇のガラテア、出てこいよ」
 呼びかけるが返事はなく、
 《NOTICE通知. The data entity expansion space lose the mayor.この情報実体空間は生成者を失いましたDo you take over the data entity space?この空間を引継ぎますか?
 そして太一のアフロディーネ・デバイスから空間の生成者が空間から離脱したことがアナウンスされる。
「逃げたか」
 アフロディーネ・デバイスからピグマリオンオーブを取り外すと、元の空間に戻る。周囲に他に誰もいないのをざっと確認し、後ろに向き直る。
「あんた、大丈夫…………」
 か、と続ける前に太一は絶句する。そこにいたのは彼の憧れのアイドル。すなわち、あっきーこと、みなと千晶ちあきであった。

 

■ 某所 ■

 

「調子はどうだ?」
 暗く冷たい部屋の中、男が問う。
「解析は依然として十分ではありません。しかし、『鍵』を見つけた、との報告がありました」
 パソコンに向かって作業をしていた女性が答えを返す。
「ほう、それは素晴らしい。確保を急がせろ。そうだな、死神に行かせるといいだろう」
「承知しました」
 男の言葉に女性が頷く。

 

to be continued...

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