アフロディーネロマンス 第5章
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『プロペラが空気を裂く大きな音を立てて、巨大な影が三つ、空に浮かんでいた。』(『太平洋の世界樹』(著・メリーさんのアモル)より)
「ふぅん。奇妙ね。ここのところのアンチアメリカの動きはどうにも不自然だわ」
「艦橋」と呼ばれる場所で指揮官らしき女性が唸る。
「ワナでしょうか? 本艦の補給を中止しますか?」
「いえ、その心配はないでしょう。そのつもりなら弾薬の補給中に襲ってくるのが最も確実だったはずだもの。けどそうね、いかに太平洋上とはいえ、空中母艦がこんなにのんびり補給ができているのも過去のアンチアメリカの戦術からすると考えにくいわ」
弾薬の補給中は
「ま、狙ってくれない方が助かりますけどね。この世界に我々の技術を流出させるわけにはいきませんから」
「こら。
◆ ◆ ◆
「俺、ハイパーループって初めて乗ったよ」
千葉新都心から東北地方に向かう東北ハイパーループ車両の中で太一は千晶に言う。
「そもそも千葉県を出たことあるの?」
「そりゃあるよ。各新都心で行われたライブには大体いったし、近畿第二首都圏のライブにも行ったし、あとは……」
「いや、分かったわ。お金苦しいのかと思って」
「いや、苦しいよ。だから
「なるほどね」
2054年になってもこの世界の公共交通事情はさして変化していない。厳密に言えば、新幹線に代わりハイパーループが、バスに代わり
だから、お金に余裕のある人間は新幹線を使い、そうでない者は夜行バスを使うように、お金のある人間はハイパーループを使うし、そうでない者は夜行TEBを使うのだった。ちなみにマーシーがそうであるようにハイパーループの事を単に新幹線、TEBの事を単にバス、と言う層も存在する。
「そんなことより、さっきのはどういうことだ。わざわざ母親に両親の頃から仲良しなんて言ってもらったのか?」
千晶のマネージャーであるマーシーのセリフにずっと違和感を覚えていた太一は思い切って尋ねることにした。
「あー、さっきのマネージャーのセリフよね。私も初耳よ。マーシーとママはそれこそ私が生まれる前からの知り合いらしくて、本当に成瀬って知り合いがいたのかも。偶然ね」
「そうか、偶然か」
太一は納得する。児童養護施設で育った彼は自分の家族のことが気になり、過去に調べた事がある。成瀬という苗字は643位に多い苗字でおよそ30,600人いると言われている。たまたま知り合いに同じ苗字がいる事は決して不自然ではない。
――偶然、本当に? 太一のデバイスは出自不明の特別仕様。私はクエストとやらで命を狙われてる。それって私も太一もアフロディーネデバイスとなんらかの形で関わってるからなんじゃ……
一方、千晶は鍵の意匠のネックレスをいじりながら考える。
「あ、っていうかあの端末はどうなったのよ?」
クエストとやらを発行するらしい端末の事だ。
「あぁ。なんかよく分からないんだが、undefine devise、みたいなエラーが出て」
「未定義のデバイス……? 興味深い話ね」
「あぁ。どこかでユーザー登録みたいなものをするものなのかな。俺は物心つく頃にはもう持ってたからな」
高価な電子機器やソフトウェアは購入時にユーザー登録用のアドレスとプロダクトコードの記載された紙が封入されていて、それを使ってユーザー登録する必要がある、なんてものは決して珍しくはない。海賊版対策である。
「考えてみるとそれも変な話よね。それって五歳くらいの頃にはもう持ってたってことよね? 13年も前ってことじゃない。つまり、2041年よ? 2044年の伝説、ほとんどのピグマリオンオーブの元ネタよりずっと前からあなたはアフロディーネ・デバイスを持ってた事になる」
しかし、千晶が疑問に思ったのはそれとは別の場所だった。
「言われて見るとそうだな。アフロディーネ・デバイスは2044年の伝説の少なくとも3年前には存在してたってことか?」
「って事になるわね。けど、私もアフロディーネ・デバイスについて調べてみたけど、この噂が広まったのってだいぶ最近よ? 少なくとも3.4年も前からあったとは思えない」
「そうだな。俺が噂を聞いてこのムサシのピグマリオンオーブを買ったのも、だいたい2年くらい前だ」
太一も自分がデバイスを持っていた時期に違和感を覚えたらしく考え込み始めた。
「いや、でも、少なくとも5歳の時に既にデバイスを持ってたのは確かだよ」
スマホを操作して画面を千晶にみせる。FaceNoteというSNSの画面のようだ。正直、最近使われてないSNSと言われているが、このアカウントの主人はかなり真面目に更新しているらしい。
「……児童養護施設って、あんたの」
「あぁ。子供を一度は捨てちゃったものの、みたいな親とかもいるらしくてさ、マメに更新してるんだよ。で、見せたいのはこれ」
毎年四月に集合写真が撮られてきたらしい。太一が見せてきたのは13年前、太一が初めてその集合写真を撮ったときのものだ。
「腕につけてる……」
千晶が呟く。そう、13年前、5歳の太一の腕には見間違うことなどないだろう、アフロディーネ・デバイスが装着されていた。
「ってかあなた5歳の時に拾われたの? なら普通に考えて3歳から5歳の間の記憶はあるはずじゃないの? 何か覚えてないの?」
「それが全く覚えてないんだよな」
人間の記憶は幼少期に一度リセットされると言われている。ただそれは基本的に3歳の頃と言われていて、逆に言えば少なくとも4歳の頃の記憶は太一にはあるはずである。
「……、お願い」
太一の視界に赤い赤色灯がチラつく、何か声が聞こえた気がする。
しかし、その何か思い出せそうな感覚はすぐさま離散した。隣の席に座ってたはずの千晶が消えたのだ。
《Please set key》
《ムサシ》
《ピグマリオン:ムサシ》
《
「突入する」
側面のボタンをタッチする。
《
半透明な白い筒の上に降り立つ。ハイパーループのチューブの上だ。高速で走行しているハイパーループはすり抜けたので、チューブの中に落ちたのだろう。
「あっきー!」
「太一、危ない!」
直後エンジン音が鳴り響き、太一は驚いて振り向く。
高馬力のバイクに乗った男が大太刀を振りかぶってくる。
「なっ!」
とっさに風の太刀で防ぐが、高速のバイクによる圧倒的な運動エネルギーによる大太刀の突撃は切断力のある風程度では防ぎきれず、胴体に直撃する。
「ぐっ、ふっ」
「安心しな、峰打ちだ!」
その言葉通り、太一にめり込むその大太刀は峰の側だった。とはいえ、そのまま太一はすごい力で吹き飛ばされ、遠くに思えた千晶のすぐそばまで飛ばされる。その横を走り去っていく。
「大丈夫?」
「なんとか、な。
立ち上がる。
「
「バイクに大太刀という戦闘スタイル、俺たちの知らない未知のピグマリオンじゃない限り、十中八九そうだろうな」
布武姫は『退魔師アンジェ』に登場する討魔師の一人だ。221.5cm、4.5kgもの大太刀・
「けど、討魔師のピグマリオンはすっごく種類が少ないはずなのに……」
千晶がファンによって作られていたピグマリオンリストを思い返しながら、呟くが、太一が静止する。
「来るぞ」
真の太刀を構える。
「チェストォォォォォォォォ!」
バイクが突進してくる。大太刀・太郎太刀が突き出される。真の太刀で受け止める。
もし真の太刀も金属であったら、火花が散っただろう。実際には「切断」と言う概念そのものである真の太刀はそのような痕跡を一切残さず、ただ、太郎太刀を受け止める。ただ、それも一瞬の事だった。
この時、相手のガラテアはバイクの加速による運動エネルギー、大太刀による膨大な質量、そしてそれを振り回すことによって生じる遠心力による膨大な攻撃力を有していた。そもそも大太刀とは騎乗戦で
対する太一の真の太刀は「切断」の概念、それ一つである。それは究極的には万物を切断しうる強力な武器ではあろう。しかし、この場合、それは物理的に強力すぎる布武姫のガラテアの攻撃を防ぐにはとても値しない。
「あっ」
真の太刀が砕かれる。概念として実体化していた刀が形を失い霧散する。
「がっ」
真の太刀という〝守り〟が失われた太一が、太郎太刀の一撃を防ぐ手段はもはやない。
再び体が浮かび上がる。
「っとと、やるなぁ、あんた。俺様の太郎太刀を受け止めて生きてるなんて珍しいぜ。まして、バイクを減速させちまうとは」
ボロボロで地面に這いつくばる太一に布武姫のガラテアが嬉しそうに笑う。
「折角止めてくれたんだ、名乗らせてもらおうか。俺の名前は
「ぐっ。成瀬 太一。察しの通り、ムサシのガラテアだ。彼女は決して渡さない」
太一の名乗りを聞いた豪士は満足げにバイクで走り去る。
「どうするの? 正直かなり最悪な状況よ」
「だな。チューブの中ってのがまずい。向こうと相性が良すぎる」
チューブの中は障害物がないため際限なく加速可能で、太郎太刀の攻撃範囲はチューブの全体を優にカバーできる。つまり、太一には回避する手段がない。また、相手が峰打ちに拘っている事も「切断」の魔女であるムサシの能力を使って防御できないという点で不利であった。
先程、真の太刀ですら敵の
直後、白い塊が視界を覆い、そして消える。外の世界でハイパーループ車両が通り過ぎたのだ。
「なるほどな、その手があったか」
太一が気付く。
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