アフロディーネロマンス 第4章
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『夜が更けていく。月の明かりも霧に隠されていてあたりはとても暗い。ビル街の明かりもすっかり消え、かろうじて上を見上げれば航空障害灯の赤い光が見えるだけだ。もっともそれも霧のせいではるかに霞んではいるのだが。』(『退魔師アンジェ』(著・メリーさんのアモル)より)
夜の街をかける千晶。後方より追いすがる黒い目玉、「砲台」。その恐ろしい熱線は鋼鉄を融解させるほどの熱量を持つ。
千晶もそれは承知しているから、可能な限り小刻みに曲がり、射線から逃れる。彼女の胸元で鍵のような形のネックレスの飾りが揺れる。
しかし、戦士でもない彼女にはやがて限界が訪れる。曲がった先は一直線の路地だったのだ。
「しまっ……!」
「砲台」の目の先に魔法陣が出現し熱線を発射する。千晶は死を覚悟し、目を瞑る。
しかし、その瞬間は訪れず、目を開ける。
そこに立っていたのは、彼の騎士、もとい、武士、ムサシのガラテア、太一であった。
「
太刀を鞘に納めるような、キンッと言う音が鳴る。
「遅い!」
「これでもメール貰ってすぐ職場から飛んできたんだぞ……」
今日が
「いや、とりあえずごめんなさい。それにしても、「砲台」とはな。敵はカールのガラテアか」
「砲台」は『三人の魔女』に登場する敵クリーチャーで、魔女カールにより呼び出される存在だ。つまり、今回どこかで千晶を狙っているのはカールのガラテアであると推測できる。
「太一!」
路地の両側から、同時に「砲台」が現れる。
「指揮してるな。このビル街で見渡せるところ、上か」
「砲台」が球体上部から触手のようなものを伸ばしてくる。魔導誘導弾と呼ばれるその攻撃を太一は風の太刀で防御し、千晶に一歩近づく。
「緊急なのでごめんなさい」
「え、ちょっと」
千晶の体を抱き上げる。いわゆる、お姫様抱っこの形だ。二体の「砲台」が魔法陣を出現させる。砲撃と呼ばれる先の恐ろしい熱線攻撃が放たれようとしている。
「ふんっ!」
脚力で一気にジャンプする。直後に砲撃の熱線が足のすぐ先を通り抜ける。
壁の出っ張りに足をかけてまたジャンプ、を繰り返し、屋上まで上がる。
「びっくりした。せめて一言断りなさいよ」
ジト目で見てくる千晶に苦笑いし、この辺りでもっとも高いビルを睨む。
「ごめんなさい。それよりあの「砲台」、こちらを挟み撃ちにしてきた。恐らく、カールのガラテアはどこからかこちらを見て、直接「砲台」に指示している」
「それであの桜花御神楽ビルディングってわけ? けど、「砲台」の直接操作なんて出来るの? 本編でそんなこと一度もしてなかったわよね?」
「正直分からん。けど、出来ると仮定しないと敵の位置が全く推測不可能になる」
それはこのまま防戦一方である事を意味する。
「どうせ他に情報がないならかけてみる手はあるか。いいわ、このまま屋上まで行きましょう」
「え」
「私をここに置いていくつもり?」
「いや、そうだな。行こう」
桜花御神楽ビルディングに向けて屋上から屋上に飛び移っていく。「砲台」が現れるが、屋上というオープンスペースであれば砲撃を回避するのは容易い。
「あなたの日常を変える、オーギュメントヘッドギア、新発売」
桜花御神楽ビルディングのダイアモンドビジョンと呼ばれる大型モニターがそんなCMを流す。
「オーギュメントヘッドギア、実質オーグギアだよな。いよいよ『三魔女』が現実味を帯びてくるなぁ。あっきーはあれ、PRのためにつけてたよな、どうだったんだ?」
「論外ね。重すぎる、あの重量をどうにかしないと『三魔女』みたいにはいかないと思うわ」
「そうか。まぁ『三魔女』のオーグギアも元はヘッドギア型から、小型化したって設定だもんな。まだまだ先か」
オーグギアは『三人の魔女』に登場したガジェットで、スマートフォンに代わる新たな通信インフラとして存在し、ほぼ全ての人間が使っているという設定のAR機器である。
「まぁ、あれ単体で脳の電気信号をスキャンして体の動きを捉えることができるから、むしろVRHMDとしての方が向いてるかも‥…って、待って、私達、ついさっき、桜花ビルディングを登ってたわよね? ……なんで降りてるの?」
「無意識下で、移動先が変わった? アビゲイルか、アイザックか、アメノサギリか、あるいは単に転移なら英国の魔女か、あるいはカラって可能性はあると思うか?」
いずれにせよ振り向いて再び桜花御神楽ビルディングを登る。
「ぐっ……あぁ……」
登り終えると、そこには血塗れの男が倒れていた。
「おい、あんた、大丈夫か」
千晶を立たせ、男に近づく。
「あ…‥奪われ……た」
何も装着されていないアフロディーネ・デバイスを指し示す男。
「奪われた? ピグマリオンオーブを奪われたってことか?」
「そ……そう。カール……の……ピグマリオン……オーブ」
「カールだと。千晶を襲ったのはお前か。なんであんな事をした!」
「ちょっと、太一。そんな事より救急車を呼ばないと、この怪我じゃ長く保たないわよ」
「病院に運ぶしかないか」
《
アフロディーネ・デバイスを起動し情報実体空間を展開する。
「よっと」
太一は見様見真似で人間を肩の上で支える担ぎ方、ファイアーマンズキャリーと呼ばれる方法で男を担ぐ。
「病院の待合室まで連れて行く」
「そ、それはいいけど、どうやって?」
「まずは階段で一番下まで降りて、そこから下は車だな」
「こ、この高さを階段……」
「情報実体空間じゃエレベーターは使えないからな。行くぞ」
千晶が嘘でしょ、という顔をしていたのを見た上で、流石にどうしようもないので太一は進む。千晶も置いておかれると襲撃の危険があるのは分かっているので続く。
「ま……まて、車も、ここじゃ動かない……だろ」
男が静止する。
「あんたがその方法を知らないってだけだろ」
太一はそれを無視して進む。
「そんな事より、教えなさいよ。どうして私を狙っていたの?」
「そんな事は……知らん。だが……クエストが……あったんだよ。お前を……倒せば……レアな……アイテムが手に入る……ってな」
「クエストだと、そんなゲーム的要素……」
「知らない……のか。ほれ、こいつだよ」
男がスマートフォンに似た端末を差し出す。スマートフォンにしてはいくつも端子の穴がついた不思議な端末だった。
「動かないぞ?」
「マイクロUSBで……その端末と……アフロディーネデバイスを繋ぐんだ」
男が両側マイクロUSBのケーブルを差し出す。
「どれどれ……」
「待って。罠かもしれない。その検証は安全な場所で行うべきよ」
「確かに。おっさん、この端末は借りるぞ」
「やるよ。もう俺には……不要な物だ」
端末とケーブルをしまう。
そこから先は無言で階段を降りて行く。
「それで、どうやって病院まで行くの?」
「駐車場に行こう」
駐車場に歩いて行くと、当然だが車が何台も止まっている。情報実体空間らしく真っ白い塊にしか見えないが。
「これにするか。情報実体化」
太一が白い塊の車に触れる。
《
白い塊の車が光に包まれ、赤い光沢のあるいつもの車の見た目に変化する。
「関連情報実体化」
《
太一の手元にボタン式の鍵が出現する。ボタンを押すと、
「さ、乗って」
「な、なんなんだ、それは。そんなやり方、見たことがない! お前、一体何者、ぐっ……」
「無理しなさんな、後席で寝てな」
あんたが知らないだけだろ、大袈裟な、とぼやきつつ、男を後席に寝かせる。
「今の、ムサシの能力、ではないわよね? そのデバイスの標準機能?」
「多分な」
車を発進させる。
「あなた、運転できるの? 免許証持ってる?」
「馬鹿にするな、俺だって成人してるんだ」
まぁ、免許を取ってるとは言ってないけど、と内心ボヤく太一。
アクセルを踏み、駐車場から国道に進む。白い塊で表現される車が多く通行するその道、太一の車など当然見えていない彼らはそれを避けようとはしない。
「ちょ、ぶつかる!?」
千晶が悲鳴を上げる、が、そうはならなかった。
「情報実体空間では、一定以上のスピードを持つ現実世界の物体はすり抜けるらしい」
後席から解説が飛ぶ。そんなわけで太一は全く動じる事なく動く白い塊をひたすら通り抜け、信号を無視し――そもそも白い柱にしか見えないので信号が何色かは理解不能だが――病院に到着する。
「げ、自動ドアか、この病院。情報実体化するのも面倒だし、いいや、警備員さんの足元にでも置けば気付いてもらえるだろう」
男を警備員が普段立ってる辺りに寝かせる。
「あっきーはこれからどうする? ついでだから、車で送るサービスをつけてもいいけど」
「遠慮しとく。けど、少し話があるから、ここで解散はなしね」
「え、あぁ。分かった。けど、この車を元の場所に戻さないとだから、待ってくれるか?」
憧れのアイドルに話がある、と言われて少し緊張する太一、まぁ今更の事なのだが。
「いいわよ。それじゃ、また助手席を失礼するわね」
千晶と太一が車に戻ろうとする、と、太一が男に引き留められる。
「なぁ、あんた。これからも、あの子を守るつもりなのか? だとしたら気をつけろ。あの鎌を持った、死神とは、絶対に戦うな」
「おっと、おっさん、デバイス取られてたから離脱できないんだな。忘れてたよ、悪いな」
《
男が消える。
――あのおっさんが戦ったのは死神、か。だとするとあの転移のような現象も死神が? あのピグマリオン、一体何なんだ
考えながら、車に乗り込む。
一方、千晶も助手席で考えていた。
――わざわざ返しに行くって事は、これ、現実世界でも無くなってるのね。って事はこれを利用したら誰にも気付かずに物を盗めるはず、でもそんな事件ほとんど起きてない。そうよ、あのフレイと英国の魔女のコンビもわざわざ金庫の壁を破壊してた。鍵情報を盗み出せるならそれでいいはず。何か分からないけど、太一は太一で、何か秘密があるんだわ、きっと。何せ、「気がついたらデバイスを持ってた」というくらいだもの。このまま一緒にいれば、きっと面白いものが見れるわ
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