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アフロディーネロマンス 第8章

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『しばらくすると、一人の男が入ってきた。スーツがビシッと整っている人間から出る言葉とは思えないくらい馴れ馴れしい口調で話しかけられた』(『未来を探して』(著・tipa08))

 

「うむ、お主が太一だな。私は三船みふね 歳三としぞう。この工場の主だ」
 そう名乗った白髪混じりのオールバックの男は、そう確認する。
「どうもよろしくおねがいします」
 太一は一瞬の困惑の末、お辞儀する。
「運営からの話だと、アフロディーネデバイスがクエストデバイスに未登録のままそちらの手に渡ってしまったとか、そのせいで此度のサブユニットアップデートも叶わなかったとか」
「えぇ、まぁ、はい……」
 本当は何故かずっと前から持っていたんだけど、とは話がややこしくなりそうで言えない。
「これは失礼致した。ついてはこちらで修理させて頂くので、一度預けてはもらえないだろうか」
「お願いします」
 太一はアフロディーネデバイスを外して歳三に渡す。警戒する気持ちがないではなかったが、今後の戦いを思うと、サブユニットとクエストデバイスを使用可能にするのは必要だ。
「確かに受け取りました。修理の間、しばらくこちらでお待ちいただけますかな?」
「分かりました」
「では、ごゆっくり」
 歳三はアフロディーネデバイスを持って立ち上がり、部屋を立ち去った。
 部屋には、太一とまだ温かいコーヒーの入ったカップだけが残された。
「ふぅ」
 太一は落ち着かない様子で歳三が帰ってくるのを待つべく、深くソファーに腰掛けた。
 そして、この工場に来るに至った経緯を思い出していた。

 

* * *

 

 青森でのイベントの後、一週間の休暇を現地の観光という形で済ませた太一達は、再びハイパーループに乗って関東首都圏に戻ってきた。
 千晶は太一を誘い、東京の町を二人で歩いていた。
「ふーん、シン、アリス、ルドヴィーコ、アンミタート。聞き覚えがあるのはアリスだけね」
 アリスは魔女カールの本名だ。ただ魔女たちのピグマリオンオーブは魔女名と呼ばれる魔女としての名前で表記されるのがこれまでの当たり前で、本名表記されているのは見たことがない。よって別人の事と考えるのが妥当だろう。
「一気にピグマリオンの名前が三つも明らかになったのに情報量が全く増えないとはね……」
「死神の特別感は強まったけどな。謎のサブユニットに四つも正体不明のピグマリオンオーブを持ってるとは……」
「それはそうね」
(やっぱり、家に帰ったら母さんのパソコンを借りて調べたほうが良さそうね……)
「おい、ちょっと待て、あっきー、あれを」
 考え事する千晶を前に、太一は周囲を見渡すと、驚くべきものを目にして、千晶に声をかける。
 千晶はなによもう、と太一の示す方に視線を向けると。そこは公園だった。そして、高校生たちが機械に何かを差し込んで遊んでいる。
「ピグマリオンオーブ!?」
 そう、高校生たちが手に持っているのはピグマリオンオーブだった。
「ねぇ、そこの君たち……」
 そうすると行動力の速い千晶のこと。すぐさま、その高校生の集団に声をかける。
「あ、ちょっと……」
 太一は慌てて止めにかかる。なにせ千晶は有名人だ。うっかりその存在がバレれば大変なことになる。
「ん? なんですか?」
 が、時すでに遅く、高校生は反応を示し、会話が始まってしまった。幸い、あっきーだとバレて騒ぎが起こる気配はない。
「なにやってるの?」
「え、あぁ、これですか? ピグマリオンゲームですよ」
「ピグマリオンゲーム?」
「えぇ、機械にピグマリオンオーブをこうやって差し込むと……」
 機械のついたホログラフ投影機がピグマリオンのキャラクターである、短刀を持った少女を投影する。
「『アンジェ』のカリンか」
 その少女の名は片浦かたうら 華凛かりん。短刀と光の操作能力を持った『退魔師アンジェ』の登場人物である。
「で、対戦相手がピグマリオンオーブを差し込んで……」
 という説明に合わせ、向かいにいる男が手元の機械にピグマリオンオーブを差し込む。すると向かいの機械についたホログラフ投影機が、二本の剣を腰に吊るした騎士を投影する。
「こっちは、メドラウド二世か」
 千晶の説明の通り、現れたのは『三人の魔女』に登場するメドラウド二世だ。『三人の魔女』の登場人物ではあるが、魔女ではない存在で、元々は敵として登場するが、後々こっそりと主人公たちを助ける役回りで、カッコいい騎士然とした見た目から人気も高い。
(どっちも、これまで確認されてないピグマリオンオーブね)
 千晶は冷静に分析する。
「で、こう……対戦するわけだ」
 男たちがボタン操作を始める。するとそれにあわせてカリンやメドラウド二世が動き、アクションし、戦闘していく。
「なるほど、ありがとう。スロットが三つあるようだけど、最大三人構成のチーム戦ってこと?」
「そういうこと」
「なるほど。で、肝心のそのピグマリオンオーブとその機械はどこで手に入れたの?」
「あぁ、ピグマリオンオーブは食玩のレアだったり、ゲームセンターの景品プライズだったりになってるよ。機械の方は普通にピグマリオンゲームって名前で電気屋かゲーム屋で買えるよ」
「そうなのね。遊んでる途中なのに丁寧にありがとう」
 千晶は頭を下げてお礼した後、太一の下に戻る。
「ということだったわ」
「まさか、ピグマリオンオーブが一般に出回り始めるなんて……」
「あぁ、それなんだが、あのピグマリオンオーブ、多分、デバイスには使えないやつだと思う」
 千晶が頭を抑えるのに対し、太一が言う。
「どういうこと?」
「ピグマリオンオーブの土台の色が白かった」
「あぁ、そういえば、普通のピグマリオンオーブの土台は金色よね」
「あぁ。そして、死神がサブユニットに装着してたピグマリオンオーブの土台も白かった。多分だけど、あれはサブユニット専用のピグマリオンオーブなんじゃないかな」
「なるほど、有り得る話ね」
 太一の仮説に千晶が頷く。
「他に気付いたことはある?」
「あー、実際に買って試してから言おうと思ってたんだけど、あの機械のピグマリオンオーブのスロット部分、サブユニットと形状が同じに見えたんだ。まさかとは思うけど、実は取り外してサブユニットに使えたりするんじゃないかな、と」
「……確かに、面白いわね。私のほうがお金あるし、私が買ってあげるわ。明日、あなたの家で会いましょう」
「分かった。ありがとう」
 あっきー、また俺の部屋に来るのか、と密かにドキドキする太一。

 それから一晩が経ち、
「今日からこの事務所で働いてもらうわ」
 太一は新たな職場で新しい仕事の説明を受けた。
「そして、ここがあなたと恵比寿、そしてあの朝倉君が自由に使っていい会議室よ。千晶にはバレないようによろしくね」
 そして新たな基地も得た。
「早速やが太一、クエストデバイスのお知らせは見たか?」
 早速とばかりに恵比寿が口を開く。
「クエストデバイス? これのことですか?」
 太一は念の為持ち歩いている、魔女カールのガラテアから奪い取ったデバイスを取り出す。
「おぉ、それや。って、今の口ぶり的に見とらんのか?」
「いえ、実は俺のデバイス、認証が通らないんですよね……」
「なんやと……? ……いや、そういう事か、ならええわ、わいの見したる」
 恵比寿がクエストデバイスを起動し、太一に示す。
「なになに……? アフロディーネ・ゲーム開幕のお知らせ……?」
 それは以下のような内容だった。

 

 アフロディーネ・ゲーム開幕のお知らせ

 

 はじめましてガラテアの諸君。我々はアフロディーネ・ゲームの運営である。
 諸君らの中には、なぜ我々がアフロディーネデバイスとピグマリオンオーブを配布し、意図不明のクエストを発行してきたのか、不思議に思っている者も少なくないだろう。
 今こそ、その意図を語ろうと思う。
 我々の目的は日本全国を舞台に、アフロディーネデバイスを用いたゲームを開催することである。
 そして、十分にピグマリオンオーブが配られきった今こそ、そのゲームの開催を宣言させてもらう。
 諸君らの目指すべきものは唯一つ、メインピグマリオンオーブの全回収である。メインピグマリオンオーブとは、君たちが変身に使う金色の台座のピグマリオンオーブのことだ。後述するサブピグマリオンオーブと区別するため、今後はメインピグマリオンオーブと呼ぶ。メインピグマリオンオーブはダブりがなく、各ガラテアが一つずつ保有している。既にコレクションを始めている人間もいるようだが、これに関しては運営が独自に回収し、再配布している。
 全てのメインピグマリオンオーブを集めきった人間には、我が運営の全財産を賭して、願いを叶えよう。

 

そして同時に、今この瞬間、アフロディーネデバイスに二つのアップデートを施したことを報告させて頂く。
 まず一つ目に、複数のガラテアが情報実体空間に入った状態になると、ピグマリオンオーブの直上に他のガラテアの位置を示すコンパスが表示されるようになった。複数のガラテアがいる場合は、最も近い位置にいるガラテアの位置のみが表示される。
 今後、ガラテアの数が減ってきた暁にはアップデート第二弾として、変身中は常に最寄りのガラテアの位置が表示されるアップデートを実施予定だ。楽しみにしてくれたまえ。
 二つ目に、サブユニットへの対応を行った。サブユニットとは最近販売が開始したピグマリオン・ゲームの装置のスロット部分のことを言う。これを取り外し、アフロディーネデバイスに差し込むことで、サブピグマリオンオーブを使用できるようになる。サブピグマリオンオーブとは台座が白いピグマリオンオーブのことだ。こちらはダブりがあり、回収は必須ではない。サブピグマリオンオーブを差し込めば、限定的にそのピグマリオンオーブのキャラクターの能力を使えるようになる。ちなみに、スロットにはメインピグマリオンオーブをセットすることも出来る。敵を倒し、メインピグマリオンオーブを集めれば、すぐさまそのオーブの能力が君のものになるわけだ。

 

我々からの連絡事項は以上だ。今後もゲームを白熱させるためのクエストを順次配信し続ける予定なので、クエストでお金を稼いでる諸兄も安心してくれたまえ。ただし、同じクエストを狙う相手が同時に君のことの狙うかもしれないことはお忘れなく。

 

 では、君たちに女神アフロディーネの祝福があらんことを。

 

「長いですね」
 最初に出た感想がそれだった。
「それはわいも思った。で、他に思うことは?」
「二つほど。まず一つは、やはりあの死神は運営の手先だったって事です。今アップデートされて対応されたはずのサブユニットをそれ以前に持っていたのは現状それしか説明が付きません」
「せやろな。んで、もう一つは?」
「はい。ということは、彼らの目的は嘘っぱちだということです。もしこれが本当に彼らの目的なら、あっきーを狙っていたことの説明がつかない」
 太一の解答に恵比寿が満足そうに頷く。
「まったくもってその通りや。こんなもんは嘘っぱち。なにかガラテアを戦い合わせたい目的があるんか、あくまで千晶はんを狙う隠れ蓑にすぎんのかは分からんが、ゲームの開催自体が目的だったわけはない。なにか少なくとも裏があるのは確実や」
「問題はそれがなにか、ですよね……」
 太一が唸る。
「せやな。それが分からんことにはどないしようもない。ところで、あと二つほど、思う処はないんか?」
「え……?」
「まだまだやな、太一。まず一つ目に、サブピグマリオンオーブ集めは急務やっちゅうことや」
「あ、今後敵はサブピグマリオンオーブも活用して戦ってくる。こちらもサブピグマリオンオーブがなければ、単純に手札の数で負ける」
「そういうこっちゃ手札の数は戦いにおいて重要や。まぁ、お前は金もあんまり余裕ないやろうから、それはこっちで可能な限りなんとかするが、そっちも機会があったら忘れんようにしてくれ」
「分かりました。それで、もう一つは?」
「あぁ。建前だろうが、なんだろうが、このアフロディーネ・ゲームとやらの勝者に連中がなにかしてくれるらしいのは確かや。なら、その瞬間は、ワイらが運営に最も近づくチャンスなんちゃうんか?」
「確かに!」
「もっとも、適当な役者崩れでも雇って進呈会やるみたいな茶番の可能性もあるから、こっちに関しちゃ可能性の一つって感じやがな」
「そうですか……」
「まぁ、何人おるんかも分からんガラテアを全員倒せちゅう無茶や。だめで元々、出来たらラッキーくらいに思とこ」
「そうですね」
 現状影も形もない敵、運営。か細い糸ではあるが、彼らに迫るチャンスかもしれないという可能性は生まれた。
「しかし、一つ問題があるな」
「え、なんですか?」
「お前のアフロディーネデバイスよ。アフロディーネデバイスのアップデートとやらは、クエストデバイスを介して行われてるはずや。で、サブユニットへの対応は今回のアップデート内容や。ってことは……」
「俺は、サブユニットを使えない……?」
 思いもよらないピンチだった。
「その可能性がある」
「とりあえず、今晩、あっきーがピグマリオン・ゲームを買ってきてくれるはずなんで、試してみます」
「おう、千晶はんと仲がよろしいな。結構なこっちゃ、わいはそこまで密着しては守れん、いざってときは頼むで」
「はい」
 太一は強く頷いた。

 

 そして夕刻。予告通り、千晶が家を訪れる。
「そう……アフロディーネ・ゲーム、ね」
 豪士から聞いた、と口裏を合わせた太一は、今日、恵比寿から聞いた話を、恵比寿との会話の中で出た可能性や仮説も含めて全て、千晶に話した。
「とりあえず、ゲームは買ってきたから、試してみて」
「あぁ」
 ピグマリオン・ゲームの装置を外すと、想像通り――そして告知の通り――、あの死神の使っていたサブユニットになった。
「じゃあ、セットするぞ」
 アフロディーネ・デバイスのピグマリオンオーブ差込口の手前の端子にサブユニットを差し込む。
Warning警告! Warning警告! Unknown device set不明なデバイスがセットされました.》
「……ダメそうか?」
「試しに、挿してみましょう」
 そう言って千晶が取り出したのはサブピグマリオンオーブ。中に入っている人形は『Angel Dust』のユピテルか。ご丁寧に彼の乗るDEMロボットである紫水晶ツー・シュイ・チンが背後に立っている。
「それ、どこで?」
「なんか初回購入キャンペーンとか言ってついてきたわ」
「なるほど」
 差し込んでみる。
Warning警告! Warning警告! Unknown device set不明なデバイスがセットされました.》
 やはり警告は変わらず。
「これは駄目っぽいな」
 と、そこにインターホンが鳴る。
「成瀬さーん、書留でーす」
 外から大きな声が聞こえる。
「はーい、今行きまーす」
 太一が大声で応じ、玄関を開ける。
 サインして受け取り、玄関の扉を締めて、踵を返しながら差出人を見る。
「って、アフロディーネ・ゲーム運営!?」
 そして、その差出人に驚愕するのだった。

 

不備のあるアフロディーネデバイスを配布してしまったことへのお詫び

 

 成瀬太一様。アフロディーネ・ゲーム運営でございます。
 まだアフロディーネ・ゲームについても詳しく存じない状況と存じます。
 我々はアフロディーネ・デバイスとピグマリオンオーブを配布している運営でございます。この度我々はアフロディーネデバイスとピグマリオンオーブの所持者、通称「ガラテア」の皆さんに対し、アフロディーネ・ゲームという遊戯の開催を宣言させていただきました。
 しかし、太一様のアフロディーネデバイスは最初期に配布された旧式のため、クエストデバイスに未対応で、通知やアップデートが行えない状況にあることが判明いたしました。
 つきましては修理対応させて頂きたく思うので、時間がある時で構いませんので同封の地図を参考に、アフロディーネデバイス生産工場にお越しいただけないでしょうか?
 この度は我々の不手際によりご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。

 

 どうか太一様に女神アフロディーネの祝福があらんことをお祈り申し上げます。

 

「クエストデバイスへ来た通知が嘘のように丁寧な手紙だ……」
「けど、結びの句がクエストデバイスに来たっていう通知と同じね。書留の発送日から考えて、通知を見てから送ったとは思えないから、本当の運営からのメッセージである可能性は高いと思うわ」
 と、冷静に分析する千晶。
「なるほど、じゃあ早速明日行ってみるよ」
「何かしらの罠の可能性もあるけど……、クエストデバイスとサブユニットが使用できないのは困るわ。行ってみるしかないようね」
「確かに、俺とあっきーを分断する罠の可能性はあるな。念の為明日は豪士をそばに置いてくれるか?」
「えぇ、そうするわ。ちょうど明日は用事ないし、家の外に張らせておくわ」
「何かあったら連絡する。そっちも」
「えぇ、何かあったらすぐ連絡するわ」
 二人は頷きあう。
 そして、千晶はおもむろに立ち上がった。
「じゃ、用事は済んだし、今日は帰るわね。っと、そうだ、念の為、その地図を写真撮らせてもらっても良い?」
「あぁ、構わないけど」
「ありがと」
 千晶がアフロディーネデバイス生産工場とやらの位置を示した地図の写真を取る。
「じゃ、また明日、いい報告を期待してるわ」
 千晶はそう言うと、玄関から出ていった。

 

* * *

 

 そして今、回想は終わり、太一はその工場を訪れ、歳三の戻りをぼーっと待っているのだった。

 


 

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