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アフロディーネロマンス 第3章

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『物資輸送のために飛び立った、飛行艇、東風号とうふうごうは巡航速力で心地よい飛行を続けていた。パラソル翼に取り付けられた四発のエンジンも、異常なく動いていたし、出発地から目標地点の中間点の環礁に差し掛かっていた。乗員はこの後起こるトラブルなど、知る由もなかった。』(『環礁事件』(著・tipa08)より)

 

「環礁で行方不明となった飛行艇を巡り、アメリカ政府は、国際テロリスト・アンチアメリカの手によるものではないかと指摘していますが、アンチアメリカは13年前から一度も声明を出しておらず、アメリカの有識者の中にはアンチアメリカの実在性に疑問の声を上げる者も……」
 家に入り、混乱からか何故かテレビを付ける太一。もちろん、ニュースの内容など頭に入らない。
「ちょっと、私、話を聞きにきたんだけど? なんで、テレビなのよ」
「いや、ごめん、ちょっと緊張して……」
「ふん。それにしても、大学生の一人暮らしだとまぁこんなもんかしら。ボロいアパートよね。このベッド借りるわよ」
「え、ちょっ」
 ――あっきーが自分のベッドに…………。
「なに、私に床に座れって言うの?」
 千晶が足を組む。胸元の鍵のような形をしたネックレスの飾りが揺れる。
 ――こんなあっきーを見るのは初めてだ。本当に、オフだと違うなぁ。
「と言うか、なんで俺のこと……」
「そりゃあ、ムサシのファンです、なんてファンレター送ってくる人なんてそういないもの。マネージャーにファンレターを見せてもらって、それでその住所を片っ端から当たっただけよ」
 意外にも足で稼ぐ地道な努力をしたらしい千晶に驚きつつ、説明する覚悟を決める太一。
「まず、この前見せた腕の端末がアフロディーネ・デバイス。普段はこんな風に見えないけど、使用者が望めば腕に出現する」
 そう言って太一がデバイスを腕に出現させる。
「公園であなたが消えて現れた時と同じような現れ方ね。同じ理屈?」
「そう、なのかな。あの時俺が消えたのは、情報実体空間と呼ばれる空間をこのデバイスで作って、その中に入ったからだ。あっきーがレプリショゴスに襲われた時の空間だよ。ちなみにあの空間ではデバイスを非表示に出来ないようになってる。あっきーがガラテアではないって分かったのもそれが理由」
「デバイスは普段から情報実体空間に存在していて、それを必要に応じてこの空間では表示非表示を切り替えてる。だから、情報実体空間では非表示に出来ない、って事かしらね。あ、いや、でも情報実体空間はデバイスによって生成されるんだっけ? じゃあ普段はないはずか」
 アニメの考察なんかをするかのように考え込む千晶。アイドルモード(今便宜上、太一が名付けた)との乖離に驚くが、あっきーに対して恋は盲目、といった様子の太一は、そんな千晶もまた好ましいと感じる。
「そもそも情報実体空間ってなんなの?」
「それはよく分からない。この世界をそのまま白く塗りつぶしたような世界で、一定範囲で壁が出来る。対戦アクションゲームのフィールドみたいだから、戦闘用のフィールドじゃないかと思うんだけど」
「それも少し気になるわ。そもそもアフロディーネ・デバイスの存在する目的は何? 戦闘用のフィールドを形成する機能があり、能力を付与する機能があるというなら、目的は戦わせる事だとして、ガラテア達が戦う事でガラテアになんのメリットがあるの?」
「え、それは、ピグマリオンを集める?」
「それよ。ピグマリオンを集める事を目指すガラテアも、いるって言ったわよね。あなたはどうなの。そして、ピグマリオンを集めて、ガラテアになんのメリットがある?」
「そ、それは、自己満足?」
「そうよね。つまり、ピグマリオン集めっていうのは、私を襲ったり、ヒーローごっこをしたり、そういう個人個人の”思い思いの使い方”の一つに過ぎないのよ。アフロディーネ・デバイスは、目的も報酬もない。ゲームとしては手落ちすぎるわ」
 それは確かにそうだ、と太一は思った。内心自分の行動をヒーローごっこと言われたことに傷つきながら。太一は自分の活動に誇りを持っている。これが自分の持って生まれた使命なのだと思っているから。
「って言うか、そのアフロディーネ・デバイスとピグマリオンオーブ、どこで買ったの?」
「デバイスは気がついたら持ってたよ、オーブはジャンクショップを見てたらたまたま見かけて」
「運命のムサシちゃんと出会った、と。たまたま最初のオーブに適合したのかしら、それとも最初のオーブに必ず適合する仕組みなのかしら?」
「都市伝説だと、自分の嫁キャラと適合する、みたいな話だったけど」
「都市伝説は尾ひれがつくものでしょ。たまたま広めた人達がそうだっただけかもよ。それに、興味もないキャラクターのオーブを手にはとらないでしょうし」
 確かにそうだ。もし見かけたのがムサシのオーブでなければ、手には取らなかっただろう。
「それにしても気付いたら持ってた、かぁ。私が手に入れるのは無理そうね。せっかくだから、アビーのガラテアになりたかったわ」
 ――あっきーはアビー推しかぁ。アビーのガラテアなあっきーの指示に従って戦うムサシのガラテアな俺、アリだよな
 アビーとはアビゲイルの愛称で、ムサシと同じ『三人の魔女』の登場人物だ。ムサシとは上司と部下のような関係に当たる。
 というか、千晶はどうやらオタクであることを隠すのはやめたらしいな、と太一は思ったが指摘するのはやめておいた。
「まとめると、アフロディーネ・ロマンスとピグマリオン・オーブの正体も、なぜそれがあるのかも、なぜそれが使えるのかも知らない、そう言うこと?」
 ジトリとした視線。
「……まぁ、そうだ」
「とんだ無駄足ね。じゃ、次の……」
 千晶は大きくため息をつき、次の話題に移ろうとした、その時。
「臨時ニュースです。今月3件目となる銀行強盗が発生しました。この犯人は真正面から銀行に押し入り、未知の方法で金庫を破壊し、お金を抜き出しているという事です。また、突如姿を消したという報告なども上がっており、未だに警察は犯人の身元すらつかめていません」
「近い!」
 モニターの右上でLiveの文字がくるりと回る。つまり、今この銀行にいるのだ。「未知の方法で金庫を破壊でき、姿を消すことができる」存在、そんなもの、ガラテアとしか考えられない。だから、行かなければ。
「あ、ちょっと!」
 千晶の制止すら聞こえず、太一は自転車に飛び乗って銀行に向かう、前に千晶が自転車を掴む。自転車は急制動がかかり、太一が振り返る。
「危ないだろ」
「話はまだ終わってないわ、置いて行くつもり?」
「分かるだろ、それどころじゃないんだ、今度こそ逃すわけには行かない」
「だったら、私も連れて行きなさい!」
 千晶が勝手にサドル後ろの荷台に座る。太一は焦ったさを感じながら、口論こそ時間の無駄と感じ、自転車を走らせる。
 それから10分後、銀行に到達した。
「遅かったみたいね」
 千晶が言う。お前のせいだろ、と言う言葉を太一はすんでのところで飲み込む。太一は自分の使命と千晶への感情なら、使命が優先されるという自分の心の優先順位を自覚し、少し驚く。
「いや、いるよ」
 千晶にアフロディーネ・デバイスを示す。
NOTICE通知. I find already converted data entity expansion space.形成済みの情報実体空間を確認
 そして、オーブを取り出す。
《Please set key》
 オーブをひねる。
《ムサシ》
「いくぞ」
 オーブを装着する。
《ピグマリオン:ムサシ》
 体に変化が生じ、変身が完了する。
「私も連れてって」
 ボタンを押そうとした時、千晶がその腕を取る。
「出来るでしょ? 安曇のガラテアは私を襲ったんだから」
 千晶が真剣な視線を太一に向ける。
 事実それは可能だということを太一は知っている。厳密にはガラテア以外を情報実体空間に引き込むには情報実体空間を形成する必要がある。形成時にメイヤー形成者は任意の人物を巻き込む事が可能だ。この時ガラテアであればこれを拒否することも可能だが、ガラテア以外は一切拒否が出来ない。アフロディーネ・デバイスさえあれば入る入らないは完全に自由だが、それ以外の者たちはメイヤー次第、というわけだ。
 これは逆に言うと今の太一には千晶を情報実体空間に引き込む事が不可能であるように思える。この情報実体空間のメイヤーは銀行強盗だからだ。だが、太一は知っていた。メイヤーが既にいる状態で情報実体空間形成を宣言するとメイヤーの奪い合いモードに移行し、この宣言から移行までの一瞬だけは自身もメイヤーとして判定されることを。
「流石に危険だ」
 とはいえだからと言って許すわけにはいかなかった。
「じゃあマネージャーに頼んで出禁にしてもらおうかしら」
 そして千晶は伝家の宝刀を抜いた。
「仕方ないな。情報実体を形成」
convert data entity expansion space情報実体空間を展開
 掴んだ。千晶を空間に引き込む。
caution警告. the data entity expansion space is converted情報実体空間は既に展開されています. I change the data entity expansion space to struggle mode情報実体空間、奪い合いモードに移行.》
 白い空間が紺色に変化する。銀行の建物は殆ど黄色みの強い赤色に染まっている。
「この銀朱色、まさか……」
 千晶が嫌な予感がする、と言った表情を浮かべる。

 


 

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