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Dead-End Abduction 第2章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 先の大戦知性間戦争の爪痕が残る世界。
 大きく人口が減った人類は屍体を再起動リブートすることによって労働源を確保していた。
 再起動者リブーターと呼ばれる彼らをメンテナンスする調整技師アジャスター、ノエルはある日耐用年数を過ぎたリブーターと遭遇する。
 自我を持たないはずのリブーターに宿っていたと思われるそれに興味を持ったノエルはそのリブーターを保護したがそれを追っていた管理局に目の前で「処分」されてしまう。

 

 喧噪の絶えない校舎。笑いながら廊下を歩き、放課後どこでお茶、しようと相談する女子生徒たち。
 ここは学校ではあったが、いわゆる普通の中学校や高校ではない。
 リブーターに携わる人間、再起動技師リクラフター調整技師アジャスターを養成する訓練校。
 今は授業の合間の休憩時間で、アジャスターの卵、ノエルも次の授業に出るべく移動をしているところだった。
 騒がしい廊下を移動し、実習室に向かう。
 ――と、突然その喧騒が途絶えた。
 静寂が、辺りを支配する。
 一瞬前まで廊下を歩いていた他の実習生の姿がない。
 いや、ないのではなく――
「……っ!」
 喧騒が途絶えると同時に薄暗くなった廊下に倒れる無数の人形。
 人形? そんなかわいいものが倒れているわけがない。廊下に倒れているのは――屍体。
 再起動を待っているのか、それとも耐用年数が経過して廃棄されるものなのか。
 倒れている屍体の一つに近寄り、膝をついて手を伸ばす。
 透けるようなプラチナブロンド。蒼白い肌。なだらかな双丘。美しい女性の屍体だった。
 だが、それだけでは気にならないはず。最近、どこかでこの屍体を見たような。
 伸ばした手が、冷たい頬に触れる。
 その瞬間。
 屍体が、かっ、と目を見開いた。
 同時に掴まれる手首。
 女性とは思えない力で手首を握られ、ノエルは思わずその手を振りほどこうとする。
「何故……」
 屍体の、形のいい唇が動き、そう言葉を紡ぎだす。
「何故、ワタシを助けてくれなかったのです」
 そう、恨み言を紡ぎだす屍体。
「……僕は……そんな、ただ……」
 しどろもどろにノエルは自分なりの答えを出そうとする。
 しかし、そう簡単に答えの出る質問ではなかった。
「何故だ……」
「何故我々を再起動させた……」
 いつの間にか、ノエルの周りを屍体が取り囲んでいる。
 屍体たちは各々手を伸ばし、彼を掴もうとする。
「僕は……ただ……」
 そう言っても、屍体たちはノエルに群がってくる。
「いやだ……僕は、こんなところで……」
「何故ワタシたちをこんな地獄に落としたのですか!」
 屍体が叫ぶ。
 ワタシは、再起動など求めていなかった、と。
 同時に、一人の屍体がノエルの首を掴む
「我々はいつ安寧を与えられるのだ!」
 凄まじい力でノエルの首を締めあげる。
 息ができない。
 このまま、僕は死ぬのかとノエルは思い、そして――

 

  Dead-End Abduction

Chapter 2  出逢い

 

「――っ!!」
 あまりの息苦しさに目を開ける。
 静まり返った薄暗い部屋。
「……夢……?」
 そう呟いてからノエルは自分の首に手を当てた。
 悪夢の所為か、べったりとした脂汗が手を汚す。
「……どうして、再起動した、か……」
 アジャスターであるノエルにリクラフターの考えは分からない。いや、リクラフターも何故屍体を再起動させるのか独自の答えを持っている人間は少ないかもしれない。
 終戦後制定された「リブーター活用法」で、損傷の少ない屍体はもれなくリブーターとして献体されなければいけないと明文化されているのである。それを考えればやむを得ないのだろう。
 それにしても、この夢は。
 リブーターは、屍体は再起動させられたくなかったのだろうか。
 人間の多くは死を恐れ、少しでも長く、1日でも長く生き永らえたいと思っているのだと思っていた。
 だから、死んだとしてもリブーターとして再起動するということはそれだけ死を受け入れるための心の準備期間を与えられるのだと思っていた。
 だが、現実は違うというのか。
 再起動というものは人類の救済ではなく、ただ屍者をいたずらに苦しめているだけのものだというのか。
「……僕がしていることは、間違っているのだろうか」
 分からない。
 二度寝する気にもなれず、ノエルは体を起こした。
 家を出て、近くの廃屋に向かう。
 ドアをそっと開け、中の様子を伺う。
 そこに一人のリブーターの女性がソファに横になっていた。
 その首に付けらえた首輪ハーネスの有機液晶ディスプレイの表示は「No Signal」。
 リブーター管理局に様々な情報を転送する通信機能を一時的に停止させ、彼女を保護していた。
 暫く様子を見ていると、ノエルのその視線に気づいたのかリブーターが目を開け、体を起こす。
「……来ていたのですか」
 うん、とノエルが頷く。
「ちょっと早くに目が覚めてしまって。調子はどう?」
 目の前の彼女は一見、問題なさそうである。
 だが、実際は耐用年数が経過した所謂「廃棄処分品」である。
 それでも、ノエルは気になることがあってこのリブーターを廃棄の運命から救い、ここで生活させていた。
 気になること。それは人間と全く問題なくコミュニケーションをとり、感情を表に出す、「自我を持っている」ように見えることだった。
 そもそも、リブーターは再起動直後は生まれたての赤ん坊に近い。12年という耐用年数が近づくにつれ所有者マスター、その周りにいる人間、与えられた仕事などから多くのことを経験し、成長していく。顕著なのは言語能力で、再起動直後は「はい」「いいえ」に追加して簡単な返答ができる程度のことしか話せないが1年もすれば難しい話は無理だが、割とはっきりとした会話ができるようになる。12年もすれば(専門知識さえあれば)難しい専門用語のやり取りもできるのである。
 ただし、できるのは「蓄積された知識」を「機械的に出力」するだけで、そこに「リブーター自身の意思」が存在するわけではない。意思が存在しない分、感情などが表に出ることもない。
 だが、今ノエルの目の前にいるリブーターはそうではなかった。
 廃棄処分を「恐れ」、「自分の意志で」逃げ出し、たまたま出会ったノエルに助けを求めた。
 その状況は初めて出会い、結局殺されてしまったリブーターに似ていたため余計に「今度こそは助けたい」と保護したが、それもいつまでもつか。
 実際のところ、ノエルが保護したリブーターは彼女が2人目というわけではない。最初に出会ったリブーターが殺された後、数人の「自我を持っていると思しき」リブーターを保護したが耐用年数が過ぎたリブーターによくある「自分の意志とは無関係に暴れて周りに危害を加える」狂暴化の兆候が表れ結局管理局へ廃棄処分の依頼を出してしまった。
 自我を手に入れるのか、手に入れられずに狂暴化するのか。
 その境界線が知りたくて、ノエルは耐用年数が訪れたリブーターを保護していた。
 リクラフターやアジャスターは同時に研究者でもある。
 より高性能なリブーターを生み出すべく様々な疑問に立ち向かっている。
 それなのに耐用年数経過のリブーターは研究対象にせず、ただ破棄せよとは。
 一体何が原因でリブーターに自我らしきものが芽生えるのか。
 12年という耐用期間はリブーターに様々経験を積ませる。だがそれだけでは理由が弱すぎる。
 何か、思いもよらない何かがあるというのか。
 知りたい。そしてもっとリブーターの機能を向上させたい。
 そう思うからこそ、ノエルは耐用年数が過ぎたリブーターを廃棄する方針を変えない管理局から隠れる必要があった。
 いつまでも匿えないのは分かっている。それでも、少しでも多くの情報を入手したい。
 リブーターが、本当に「死」を乗り越えるものになると信じて。

 

「それじゃ、僕は仕事に行くから」
 リブーターにそう言い、ノエルは彼女を匿っている廃屋を出た。
 それを見送った彼女が、首輪に指を当てる。
「No Signal」の表示だったディスプレイが「Online」に変わる。
「……RB-07-0527-003Fです……はい、変わりはありません……はい、分かりました……」
 その行動は明らかにどこかに通信をしているもので。
 だが、ノエルはそのことを知らない。

 

 リブーターはエネルギー供給で活動できるが、人間はそうはいかない。
 朝食を摂るためにカフェに寄り、それから働いている調整工場アトリエに向かっていたノエルだったがその間考えていたのはリブーターが自我を持つプロセスであった。
 何がリブーターに自我を与えるのか。
 そもそも、人間が人間として成り立つには何が必要なのか。
 魂? と真っ先に頭に浮かんだ単語に、ノエルはいや違うだろうと首を振った。
 魂という、不確定要素の多いものが人間を成り立たせているとは考えにくい、いや考えたくない。
 ずいぶん昔の実験で、人間の魂は21グラムだと言及されたこともあるようだが、魂とはあくまでも人間が生きていく上での概念であってそれが人間を人間たらしめているとは考えにくい。魂が人間に自我を与えているというのなら他の動物はどうだ。人間のように文明を築き上げているわけではないのだ。
 だが、考え方によってはどうだろうか。動物も独自のコミュニティを形成するしコミュニケーションをとることもできる。
 そう考えると生物が活動するうえで必要不可欠なものになるのか。
 そんなことを考えつつ、歩いていたノエルの視界に一つの人影が入ってきた。
 先の大戦知性間戦争で大幅に減少した人類ではあったが、繁華街はそれなりに人通りはある。
 その中で目に付いたのは、その人影の様子がおかしいからだった。
 ふらふらと、夢遊病であるかのように歩いている。
 その首に付けられた首輪を見て、ノエルはリブーターだと判断した。
 周りを見るが、所有者らしき人影は見えない。
 何か不具合が発生しているのか、それなら保護して調整をしなければ、とリブーターに向かって一歩踏み出そうとした瞬間。
「坊主、伏せろ!」
 突然、後ろからそう怒鳴られると同時にノエルの視界の高度が下がる。
 後ろから突き飛ばされ、地面に転がったと認識するのに数秒を要する。
 その数秒の間に、数発の銃声が響いた。
 地面スレスレにまで高度が下がった視界の向こうで、銃弾を受けたリブーターがブクブクと膨らみ、そして、
「あれは……!」
 爆発音。いや、爆発と爆風。それによって飛ばされた小石や瓦礫が降り注ぐ。
 リブーターが爆発した。まるで、リブーター自体が一つの爆弾だったかのように。
屍体爆弾コープスボムか。余計なことをしやがる」
 コープスボム。文字通り、屍体を爆弾に仕立て上げたもの。屍体リブーターの脂肪に特殊な加工を施すことによって爆発物に変え、人が集まる場所で自爆させる、テロリストご用達の爆弾である。その威力は簡単に調整できる代物で、行方不明になったリブーターの大半はテロリストによって誘拐され爆弾に仕立て上げられているとも言われている。
 ノエルはその存在は知っていたものの実際に遭遇するのは初めてだった。
「あれが……コープスボム……」
 爆発したリブーターは木っ端みじんで跡形も残っていない。
 消防車、救急車をはじめとした緊急車両が続々と到着し鎮火や要救助者の救助を始めている。リブーターが絡んだテロであったため、管理局の車両も到着し現場の検証も始まった。
 酷いことを、と思いつつも、彼はリブーターがいた場所から目を離し振り返った。
「あの、助けてくれて、ありがとうございます」
 ノエルを助けた人物は警戒を緩めずああ、と頷く。
 その人物に見覚えがあった。人物というか、人物が持っている武器に。
 剣と銃を一体化させたような異形の武器。近距離でも中距離でも対応できるよう作られたものなのだろう。
 そんなものを扱う人間は、ノエルは一度しか見たことがない。
「……あの時の」
「ん? どこかで見たことのある坊主だと思えば……新米アジャスターか」
 もう、数週間前になるだろうか。
 ノエルが初めて「自我を持ったと思しき」リブーターを保護した際、そのリブーターを処分した男だった。
 今回も、こうしてリブーターを処分しようとしたということは。
「……今更ですが、ハンターなんですね」
 確認するように、ノエルはそう問うた。
 ああ、とハンターの男が頷く。
「厳密には闇リブーターダーターを狩るダークハンターだがな」
 ダークハンター。
 リブーター管理局と契約し、違法に稼働するリブーターを狩る存在。
 管理局が認可しない施設やテロリストが再起動させた違法リブーター、通称ダークリブーター、略してダーターを狩るダークハンターもまた、リブーターと生きる人々の生活にはなくてはならない存在だった。
 そんな、ダークハンターに二度も遭遇するとは。
「……坊主、名前は?」
 突然、名前を問われノエルは思わず変な声をあげた。
「へ? な、名前?」
「助けてやったんだ、何かよこせとは言わんが二度もこうやって顔を合わせるということは何かの縁を感じる、ってものじゃないか?」
「ま、まあそれはそうですが」
 ここまで言われて名乗らない理由はない。
 素直に、名乗ることにした。
「ノエルです。ノエル・ハートフィールド」
聖夜ノエルか。いい名だ」
 はるか昔、救いの御子が降誕したという日に生まれたことからノエルと名付けられたのは事実だ。昔はその日を盛大に祝ったらしい。現在では「歴史ではそんなことがあった日」程度の認識ではあるが。
 ノエルの名を誉めた男が、俺は、と続ける。
「俺はエイブラハム・サザーランドだ」
 男――エイブラハムが片手を差し出してくる。
 挨拶の握手か、とノエルもその手を握った。
「ところでノエル、噂を聞かないか?」
「噂、ですか」
 一体どのような噂が流れているのか。
 ハンターであるエイブラハムがアジャスターであるノエルに訊いたのだ、リブーターがらみのことだろうと予測し、すぐに気が付いた。
 恐らくは。
「最近、耐用年数が過ぎたリブーターが失踪するという噂を聞いてな。だが短期間で管理局に廃棄依頼が来るから今のところは問題ないがそのうちテロリストに売られるんじゃないかということで管理局が躍起になっていてだな」
「耐用年数が過ぎたリブーター……」
「心当たりはあるか?」
 心当たりがあるも何も、ノエルは当事者だった。
 だが、こんなところで知られるわけにはいかない。
「……知らないですね。そんな噂が流れているというのも初めて聞きました。僕の情報収集能力が足りていないんですね」
「そうか……」
 ノエルの嘘に気付いたか、気付かなかったか。
 エイブラハムはぽん、とノエルの頭に手を乗せた。
「まぁ、ここで爆破テロがあったということはこの辺りも安全じゃないということだ。気を付けろよ」
 俺はこれから管理局と現場検証にあたらなければいけないからな、と続け、彼は爆心地に向かって歩いて行った。
「……気を付けないと。今バレるわけにはいかないし」
 そんなことを考えながら、ノエルは職場に移動した。
「おおノエル、無事だったか」
 ノエルが勤務しているリブーター調整工場の所長が彼の姿を見て安堵したように声をかけてくる。
「近くでリブーターを使った自爆テロがあったと聞いて、心配したんだぞ」
「ご心配をおかけしました。大丈夫です」
 ロッカーにかけていた白衣を羽織りながらノエルが答える。
「ならいいんだがな……この辺でも物騒な噂を聞くからな、巻き込まれるんじゃないぞ」
 耐用年数が過ぎたリブーターなぞ爆弾の恰好の材料だからな、という所長の言葉に内心どきりとしながらも彼は平静を取り繕った。
 自分が耐用年数を過ぎたリブーターを匿っていると知られてはいけない。ごく普通のアジャスターとして周りの人間と接していかなければいけない。
 持ち込まれたリブーターの調整を始める。
 筋肉部分のメンテナンスと、その動作を司る装置の調整、蓄積されたデータのバックアップを決められた手順で進めていく。
「うわぁ……循環系統がかなり劣化してますね。交換しましょうか?」
 そんな確認を行いつつ調整を行う。
 だがその内心では次はどのセーフハウスに保護したリブーターを連れて行こうかという考えでいっぱいだった。
 確かに一歩間違えればテロの幇助と言われても仕方のないことを行っている。
 それは自覚していたが、それでもノエルは自分の興味の追及に全力を注ぎたかった。
 とにかく、見つかる前に移動しなければ。

 

 その日の夜。
 何日も前から管理局のガサ入れの可能性を考慮し候補に入れていた隠れ家にリブーターを誘導するべくノエルは移動していた。
 時々振り返り、誰もいないことを確認し、歩みを進める。
 特に大きな問題も発生することなく、二人は新たな隠れ家に到着した。
 大丈夫だった、見つからなかったとそう思ったその瞬間。
「動くな!」
 隠れ家に一歩踏み込んだ瞬間、正面からまぶしい光と共にそう声をかけられた。
 同時に、ノエルは後ろから羽交い絞めにされ、床に押し倒される。
 何が起こった、と、状況が全く把握できずに目だけ動かして様子を伺うと。
 その目の前に誰かが立ちはだかった。
調整技師アジャスターノエル・ハートフィールド、お前をリブーター不正取得及び拉致、不法改造の罪で連行させてもらう」
 辛うじて顔をあげて見上げると、そこには管理局の手帳を手にした完全武装の男が立っていた。
「まさかアジャスターが廃棄処分の決まったリブーターを匿っているとはな……いや、リブーターに関わる仕事に就いていたから、か」
 ノエルの頭に銃を突きつけながら、男が言う。
「どういうことだ、廃棄処分が決まったリブーターをテロリストに売るつもりだったのか」
 そう問われるのも無理はない。
 リブーター、それも廃棄処分が決まったものはテロリストが好んで屍体爆弾に加工する。
 そのために金策に困った持ち主が裏ルートを介してリブーターを売るといったこともある。それを防止するためにも管理局はリブーターの下取り制度を設けていたりするがそれでも裏ルートに流されるリブーターはそれなりにある。
 今回、ノエルが複数の廃棄処分が決まったリブーターを匿っていたのも、今までは管理局に引き渡していたもののいずれはテロリストに売るために収集していたのではないか、と管理局は踏んでいたらしい。
 違います、とノエルが唸るような声で否定した。
「ここにいるリブーターは確かに廃棄処分が決まっていますが、自分の意思を持っています。僕は……それを、その原因を調べたかった」
「言い訳は本部で聞こうか」
 連行しろ、と男がノエルを押さえていた隊員に声をかける。
 後ろ手に手錠をかけられ、立たされたノエルの視界にリブーターが入る。
「これでマスターに報奨金が出るのですか」
「ああ、約束は守る」
 横を通り過ぎざまにそんな会話が聞こえる。
 それでノエルは理解した。
 廃棄処分が決まったリブーターの行方を追跡するために、敢えて囮のリブーターを泳がせていたのだと。
 それは想定できたはずなのにどうやら研究対象が増えると舞い上がっていたのだとノエルは反省した。
「ところで……彼女は……どうなるのですか?」
 車に乗せられ、移動を始めた時、彼は両隣に座る管理局の人間にそう質問した。
「なんだ? 廃棄処分が決まっているのだ、もう決まっているだろう」
 冷たい口調に、ノエルは思わず、
「でも自我があるんですよ? 一人の人間として、見ることはできないんですか?」
 そう、抗議してしまった。
「とは言われてもだな。リブーターはリブーターだ。耐用年数を過ぎたなら破棄しなければいつ凶暴化するか、いつ何を起こすか分からないのだよ」
 分かっている。それはノエルも分かっていた。
 だが、それを防止する方法やリブーターが自我を持つプロセスが分かれば。
 移動する車の中で、ノエルはこれで自分は何もできなくなったのだと実感した。
 リブーターを違法に匿っていたのである。よくて資格剥奪の上での強制労働、最悪の事態を想定すれば処刑後リブーターとして再起動させられるのがオチだろう。
 そう、覚悟を決めるノエルの後ろに管理局の正門が通り過ぎて消えていった。

 

「……ふむ」
 ノエルの目の前に座る男性が感情を読ませない顔でそう唸った。
「つまり、君はテロリストとは全く関係ないと」
「はい、僕はただ自我を持ったリブーターのことを調べたかっただけです」
 ここはリブーター管理局の本部にある取り調べ室。
 あまり広くない部屋の中央に据えられた机とパイプ椅子、壁の一角はマジックミラーになっていて恐らく隣の部屋で何人かが取り調べの様子を伺っているのだろう。
 机には特に何もなく、強いて言うなら取り調べ対象を拘束するための手錠を引っ掛けるバーがある程度である。勿論、ノエルの両手はバーを通した手錠につながれ逃げだすことは不可能。
 ただ、唯一の救いと言っていいのだろうか。
 彼を取り調べる管理局の人間はそこまで厳しい人間ではなかったということだ。
 強面のいかつい男性ではあったが、怒鳴ることもノエルをテロリストと断定したような尋問をすることなく、淡々とノエルの話を聞き、メモを取っている。
 確かに冤罪の自白を招くような尋問じみた取り調べは行ってはいけないという法律もある。それでも相手が悪いと恫喝、尋問、果ては拷問に近いこともあるという噂を聞く。
 それを考えればこの強面の男性はとても紳士的だった。
「ノエル君。本当に、テロリストとは関係ないと誓えるのか?」
「それは勿論です。僕は、ただ自分の知的好奇心と今後のリブーターのあり方を考えたかっただけです」男は再びふむ、と唸った。
 そして、左耳に指を当てて何かを聞き取ろうとする。
 彼の左耳にはイヤホンが付いており、推測するとマジックミラー越しの隣の部屋にいる人間から何かしらの指示を受け取っているのだろう。
「それなら、君は管理局に忠誠を誓えるのか? 何があっても管理局を裏切らないと本当に宣言できるのか?」
 イヤホンから手を離し、男が再び尋ねる。
 何となくしつこいなと思いつつも、ノエルは頷いた。
「勿論です。確かに今回は管理局の意図に反したことをやったかもしれません。でも、それはリブーターの今後の進展を考えてのことなんです」
「……そうか」
 男はそう呟き、少し待て、と言い立ち上がった。
「一つだけ言っておく。俺は少し席を立つが実は関節外して手錠外せるんですとか逆にもうこの先処刑されてリブーターにされるくらいなら先に死んでやるとか考えたりするなよ」
「? どういうことですか?」
「ちょっと指示が入ってな。一応そこに監視はいるが変な気は起こすなよ」
 ちらり、と部屋の隅で直立不動の監視用リブーターを見て、男は部屋を出て行った。
「はぁ~……」
 男が取り調べ室を出て行ったことで気が抜けたのか、ノエルが机に突っ伏す。
「……僕、どうなるのかな」
 こうならないように細心の注意を払っていたと思っていた。それなのに囮のリブーターを匿うという失態を犯してしまった。
 今後の未来のビジョンが見えない。
 どうして廃棄処分が決まったリブーターに興味を持ってしまったのか。
 自我を持つリブーターは今後何かの役に立つのか。
 それを知ることはいけないことだったのか。
 そんなことを考えていると、再びドアが開き、男が戻ってくる。
 その後ろに男と、女が立っている。
 二人ともに見覚えがあった。
「……貴方は……」
「ノエル・ハートフィールド。どういうことか説明してもらおうか」
 そう言って、机の前に立った男はリブーター管理局の局長であった。
 慌てて体を起こすノエルに、局長は厳しい目を彼に向ける。
「君がテロリストに手を貸していないということは全面的に信じることにしよう。適性検査の結果を考えれば嘘をついているとも思えない」
 しかし、君がやったことは決して許されることではないのだと局長は続けた。
「犯した罪は重い。もし君がテロリストに加担していたら確実に処刑が決まっていただろう。だが、本当にただの個人的な知的好奇心が君を動かしていたというのなら、君を喪うのはリブーター管理局にとって大きな損失だ」
「じゃあ……」
 無罪放免はあり得ないとしても、何かしらの恩情は与えられるのか。
 局長が一歩横に移動する。
 彼が立っていた場所に、彼と一緒に入ってきた女が音もなく滑り込んでくる。
「テロリストに加担していない、管理局に忠誠を誓えるというのなら、我々の要求を呑んでもらおうか」
「一体何を……」
 局長と女を見比べながら、ノエルが呟く。
 女は、ノエルが捕まるまでともに行動し、そして管理局に情報を流していたあの囮のリブーターだった。
「ノエル・ハートフィールド。これから君は管理局の直下で動いてもらう。囮というと響きは悪いかもしれないが、潜入捜査官として今までの生活を送りながらテロリストを排除してもらう」
「え」
 局長が何を言っているのか分からなかった。
 囮? 潜入捜査官? 今までの生活を送りながらテロリストを排除?
 今まで平和に過ごしてきていたノエルにとって全く理解できないものであった。
「どういうことです、囮って……」
「文字通りだ。今まで誰にも悟られずにリブーターを秘匿してきた君の能力は称賛に値する。その能力を生かした仕事をしろ、と言っているのだ」
 そう言い、局長は改めてノエルを見た。
「勿論、君が嘘をついていたり管理局を裏切ることがあればすぐに分かる。その時は君を切り捨てるだけだ」
 どうだ、やるか? と局長が尋ねる。
「君が我々に忠誠を誓うというのであれば命は取らないし今までの生活も送れるようにすると言っているのだ。ただ、その合間に潜入捜査官として動いてもらうという仕事が増えるだけだ」
「もし、それでも断ると言ったら?」
 答えは分かりきっていたが、ノエルは恐る恐るそう尋ねた。
「それは勿論、君を処刑してリブーターにするまでだ。それが分からないとは言わないだろう?」
「……」
 確かにその通りだった。犯罪者を処刑して再起動する最大のメリットとして屍体が新鮮なため維持しやすい、耐用年数までフルに稼働させることができることが挙げられる。
 そう考えると、ノエルはまだリブーターにはなりたくなかった。
 まだ、もっといろんなことを知りたい。
 そう考えると選択肢は一つしか残っていなかった。
「……分かりました」
 やや伏し目がちにノエルが答える。
 そもそも廃棄処分が決まったリブーターを匿うという違法行為を行っていたのだ。これで済むのなら安いものと考えたほうがいいだろう。
 正直なところ、監理局から隠れてリブーターの研究を行うという違法行為に背徳感を覚えたことを考えると隠れて何かを行う、という行為はノエルに合っていたのかもしれない。
 局長が、「君ならそう答えてくれると思っていたよ」と頷き、隣に立つリブーターの女性を見た。
 黒くストレートに伸ばした長髪。整った顔立ち。
「君の発言を信じるとは言ったが、それでも保険はかけておきたい。君にも首輪を付けさせてもらうよ」
「それが、このリブーター……?」
 ああ、と局長が頷く。
「耐用年数は過ぎているが、君が『自我がある』と主張するのであれば共に行動し、それを証明すればいい」
 ノエルの前に立ったリブーターの女性が、軽く会釈をする。
「認識コードRB-07-0527-003F、我々は彼女のことを『リリィ』と呼んでいる」
「リリィ……」
 リブーターの女性――認識コードRB-07-0527-003F、「リリィ」を見て、ノエルが呟く。
所有者マスター登録は済ませておく。今後はリリィと共に行動し、我々に報告するのだ」
「……はい」
 ノエルが頷くと、リリィは彼の顔を見て口を開いた。
「マスター。リリィはこれからマスターの盾となり剣となります。よろしくお願いします」
「僕のことを売っておいて、よく言えるなあ……」
「それは申し訳ありません。ですが、前のマスターを助けるため、そして私も助かるにはこうせざるを得なかったのです」
 謝罪するリリィに、ノエルははぁ、とため息をついた。
「分かりません。僕は、監理局を裏切るかもしれないのですよ? さっきは忠誠を誓うと言いましたが、嘘かもしれないじゃないですか」
 ノエルの問いかけに、局長が不敵な笑みを浮かべる。
「だからなのだよ。ノエル・ハートフィールド。リリィに設定したリブーターの大原則、『持ち主に危害を与えてはいけない』という項目をオフにした。それが何を意味するか、聡明な君なら分かるはずだ」
「つまり……リリィは、僕を殺すことができると?」
 リブーターの大原則。それは、はるか昔の小説に出てきたという「ロボット三原則」を基にした3つの原則である。
  ・所有者に危害を加えてはいけない。
  ・所有者の命令には従わなければいけない。
  ・上記2項目に反さない限り、自分を守らなければいけない。
 実際はもう少し細かい原則ではあるが、ざっと列挙するとこのようなものになる。
 勿論、この大原則にも矛盾はある。
 例えば、所有者がリブーターに「所有者わたしを殺せ」と命じた場合最初の原則に引っかかる。それを拒めば2つ目の原則に引っかかる。
 この場合は2つ目の原則に補足として「ただし1つ目の原則に抵触する場合はこの限りではない」というものを設定し、矛盾を回避してはいるが。
 その大原則の、「所有者に危害を加えてはいけない」という項目を、管理局はわざと外したという。
 それはつまりノエルが管理局に離反する行為をとった場合、リリィはノエルを攻撃し、最悪の場合殺すことも可能ということである。
 確かにこれは首輪だ、とノエルは思った。
 所有すべきリブーターに監視されるという状態。
 だが、これを受け入れなければ生きていくことはできない。了承するしかないのだ。
 ふぅ、と息をつき、ノエルは片手をリリィに差し出した。
「とにかく、よろしく。お手柔らかに頼むよ」
 少し考え、リリィがノエルの手を握る。
「よろしくお願いします。くれぐれも、変な気は起こさないでください」
 ――これが、ノエル・ハートフィールドとリブーター「リリィ」の出会いだった。

 

To Be Continued…

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