Dead-End Abduction 最終章
大きく人口が減った人類は屍体を
そのリブーターをメンテナンスする
その首輪役として与えられたリブーター「リリィ」と共に反リブーターのテロリスト排除を行うノエルであったが、管理局長官の思惑でリリィから引き離され、さらに真意を告げられ拘束されてしまう。
形だけの裁判で死刑を告げられるノエル。だが、リリィたちの手助けにより脱出を果たし、管理局長官の野望を打ち砕くために動くことを決意する。
Dead-End Abduction
Chapter 7 選択
「……さて、と」
全ての窓と出入り口を確認したエイブラハムがどかりと椅子に腰掛け、正面のノエルを見る。
「で、ノエル、作戦はどうするんだ」
エイブラハムの言葉に、ノエルは首を振った。
「ノープランです」
その言葉にエイブラハムとリリィは顔を見合わせた。
エイブラハムは予測はしていた。ノエルがまさかこのような形で脱出出来ると思っていたとは思えない。周りにとっては完全にイレギュラーなノエルの逃亡、ノエル自身もそれを想定していなかった以上反撃のプランは全くないはず。
なので、
「やはりな」
「やはりですね」
エイブラハムとリリィの言葉が重なった。
「そんなの、仕方ないでしょ! なんかいきなり時間稼げとか言われて気がついたら法廷が崩壊しててここまで連れてこられてその間に作戦立てられてたらそれはとんだ策士ですよ!」
捲し立てるノエル。
そこまで期待されても無理ですと断言する彼に、エイブラハムがため息をついた。
「そりゃそうだな。お前さんがそこまでできる人間だったらこんなことにはならんだろう」
ヒドイ、とノエルが抗議する。
それでも事実なのでそれ以上は何も言えなかったのだろう、彼はがくり、とうなだれた。
「少なくともノエルは処刑されるしリリィ、お前さんも無事ではすまないだろう。どこか管理局の力が及ばないような辺境にでも逃げて隠れるべきだろう。俺ならそうする。特にノエル、お前さんの顔は完全に管理局に割れてるんだぞ。今回俺はお前さんの救出に加担したがまだ共犯者だとはバレていないから何とかなる。が、お前さんたちは本当に隠れるべきだ」
「それに同意します。ノエル、貴方の力ではもうどうすることもできません」
エイブラハムの提案にリリィが同意する。
「もう、私たちに打つ手はありません。そして私は貴方が今リブーターになることを望まない」
だが。
「ちょっと待って」
ノエルは考え込んでいた。
諦めてはいけない、そんな気迫すら彼から漂っている。
しばしの沈黙。
「一つ、作戦が浮かびました。実現可能かどうか、聞いてください」
そう言って、ノエルは自分の作戦を口にした。
「管理局に入るには正面玄関か地下駐車場の裏口からになります。真正面から突入するのは自殺行為なので今回は地下駐車場からになります」
「地下駐車場か。まぁ侵入経路としてはそこしかないな。だが、地下駐車場から管理局に入るにはエレベーターに乗るしかない。が、ここには監視システムがついてるぞ」
ノエルの作戦の第一段階目の説明に、エイブラハムが鋭い指摘を入れる。
「それに監視システムを潜り抜けて長官の部屋に行けたとしてもだ。あの部屋は高層階にある上に保安のためかぱっと見、あの窓ガラスは防弾ガラスだぞ?」
「エイブラハムさん、長官の部屋に入ったことが?」
ああ、長官直々に依頼を持ってくることがあるから何度かなとエイブラハムが頷く。
「高層階ゆえに外壁を伝って侵入することは不可能、エレベーターも監視システムが付いている、部屋の扉は顔認証付き、と来た。確かに幹線道路沿いの高層ビルからなら狙撃は可能だが防弾ガラスだから手も足も出ないぞ」
もう最初の段階からノエル、お前さんの作戦は詰んでいる、とエイブラハムは否定した。
だが、エイブラハムが否定したうえで、
「なるほど、むしろ今ので色々と思いつきました」
と、ノエルはいつになく自信に満ちた顔で頷いた。
「エイブラハムさんが色々指摘してくれたおかげで作戦がより細かく立てられました」
「なんと」
「少なくとも、この作戦は不可能じゃない。確かに一部、分の悪い賭けになるかもしれませんが、それでも実行すべきでしょう」
そう言って、ノエルは修正した作戦を述べ始めた。
「まず、エレベーターに監視システムがついていますが地下駐車場にはそういったものはありません。そこに、リリィを配置します」
「いきなり最大戦力をそこに割くのかよ」
「はい。リリィは確かに最大戦力ではありますが、リブーターという大きなハンデを背負っています。それに、地下駐車場で騒ぎを起こすならリリィが最適なんです。僕の侵入と同時に地下駐車場を爆破して騒ぎを起こしてもらえば、警戒はリリィに集中するので僕は侵入しやすくなる」
ほほう、とエイブラハムが唸る。
「だが、エレベーターのセキュリティはどうする?」
「さっき、エイブラハムさんは『俺は共犯者だとバレていない』と言っていましたよね? 協力してくれるなら、IDを貸してください」
「なんと!」
思わず、エイブラハムが声を上げる。
まさかここで自分まで利用してくるとは、この若いのは意外と切れ者だな、と彼は唸った。
「まさか俺のIDに目を付けるとはな。さっきノープランとか頼りなさそうに言っていたのが嘘みたいだ」
「それはどうも。とにかく、エイブラハムさんのIDを使えば長官の部屋があるフロアまでは行けるでしょう。長官の部屋に行ったことがある、ということはそこまでIDは通るはずですし」
管理局のセキュリティは確かに職員のIDが通るエリアは決まっている。だが、セキュリティの都合上ゲストIDは作らず、本人のID権限を書き換えてエリア変更を行うこのシステム、何度か長官の部屋に入ったことがあるというエイブラハムの権限が部屋を出入りするたび更新されているとは考えにくい。
だが問題点はまだ残っている。
「長官のいるフロアまでIDが通ったとしてもだぞ。長官の部屋は入る人間全員が顔認証でロックを解除しなければいけないからその時点でドアは開けられないし顔でバレるぞ」
「そこはほら、そのフロアにいる人間を締め上げて代わりに認識させればいいんですよ」
「……お前、思っていた以上に大胆だな」
エイブラハムの指摘事項を一つずつクリアしていくノエル。
恐らくはエイブラハムが「逃げて隠れるべきだろう」と言った時点で今回の作戦を練り始めたはず、それをこの短時間で、しかも指摘事項を確実にクリアしてここまで練り上げるとは。
「あとは僕が長官と向き合うので、エイブラハムさんに狙撃してもらいたいんです。僕の腕だと長官を確実に排除できる自信がないので」
「さすがにそこは俺の腕を信用した、ということか。だが防弾ガラスはどうする。文字通り銃弾では破れないぞ」
「その問題もクリア済みです。防弾ガラスは、僕が割ります」
「……は?」
今、何を? とエイブラハムが硬直しつつノエルを見た。
割る? 防弾ガラスを? どうやって? とエイブラハムの頭上にクエスチョンマークがいくつも浮かぶ。
銃弾を防ぐ防弾ガラスが、一体どうやって割ることができるのか、全く予想がつかない。
その窓ガラスの破壊方法を、ノエルは口にした。
「防弾ガラス、そのクラスにもよりますが小口が欠けると一気に割れる性質があります。僕も長官の部屋に入ったことがありますが、あの部屋の窓ガラスは一枚ガラスじゃない、何枚か並べてます。つまり、つなぎ目に小口があるのでそこを集中的に攻撃したら一気に割ることができるんです」
「……マジか」
「マジです」
これで、窓ガラスの問題もクリアされましたよね、狙撃をお願いしてもいいですか、とノエルに頼まれ、その気迫に負けたエイブラハムは頷かざるを得なかった。
「なんとか自然を装って窓ガラスに八つ当たりする風にして割ります。そうしたらエイブラハムさんは長官を狙撃、リリィは僕が脱出できるように盛大に爆破してくれるといいかな、と」
「分かりました。C4の量を計算します」
「……とは言ったけど、本当に分量間違えないでよ」
どうやら、リリィのC4過多事件のトラウマがノエルには残っていたらしい。
だが、そこでリリィはは一つ気が付いたようだ。
「ノエル、確かにその作戦では長官を排除することは可能でしょう。ですが、ノエルの主張を証明することができません」
「うーん、言われてみれば確かにそこはいい案がないな……」
ノエルの主張が証明されなければ、長官の排除はただのクーデターである。
さすがにそこまで頭が回らなかったのか考え始めたノエルに、エイブラハムは一つ閃いた。
「いい案があるぜ。ラジオジャックすればいいだろう」
「!」
ノエルがはっとして頭を上げる。
「そうか、
「その通りだ。最悪、長官の排除に失敗したとしても全世界に長官の思惑が公開されるわけだ、長官もただでは済まないだろう」
「ありがとうございます。これなら、確実に長官の考えを阻止できる」
そう言って、ノエルは立案した作戦の終了を告げた。
ノエルの作戦に絶句するエイブラハム。
んな無茶な、という言葉が彼の口をついて出かかるがそれは音声になる前に飲み込まれていった。
これは作戦と呼んでいいのか頭を抱えたくなるものの、それでもこれが最善手だろうという認識を彼の脳は行なっていた。
しかし、リリィの認識も同じだったのだろう。
「無茶な作戦を立案しますね。しかし、他に味方がいない以上これしか手はない、ということですか」
「だな。本当にこれが最善の作戦なのかね……俺はともかく、ノエルもリリィも相当な無茶をすることになるぞ」
無茶どころの話ではない、とエイブラハムは分かっていた。ノエルは自分から死ぬと言っているようなものだ。
そして、死に方によってはリブーターとして再起動され、耐用年数までこき使われる。この世界の死と屍体の扱いはそういうものだ。
それでも。
ノエルから受け取っていた通信機から聞こえてきた長官の言葉が本当なら。
長官が理想とする世界は真っ平御免だ、とエイブラハムは思った。
だから管理局と契約していたにもかかわらず管理局にとっての罪人であるノエルを助けたし長官の野望を阻止することに賛同した。
最初こそは不可能だ、逃げるべきだと提案したもののノエルが立案した作戦に自分も参戦すると同意したのもエイブラハムにとって
エイブラハムの言葉に、ノエルが「大丈夫です」と応える。
「どうせ僕の命はエイブラハムさんに救ってもらえたもの、命の無駄遣いと怒られるかもしれませんが、これで何とかなるなら安いものです」
「……そうか。だったら、必ず成功させろよ」
エイブラハムが、そう激励した。
「……よし、」
ノエルが、自分の両頬を軽く叩いて気合を入れる。
管理局裏口。
侵入経路は計算済み、清掃員の制服もノエルは既に入手済みだった。
あとはリリィの合図を待って突入、長官の部屋で窓を割ればいい。
エイブラハムが言っていたラジオのジャックの準備も完了、長官の前でマイクのスイッチさえ入れてしまえば会話は全て市民に筒抜けになる。
《ノエル、いつでもOKです》
リリィから通信が入る。
了解、とノエルが答えた直後、複数の小規模な爆発音が響き建物内で騒ぎが起こる。
飛び出してくる局員、テロかと走り出す警備員、対テロ特殊部隊も館内を走り回っている。
その騒ぎにうまく紛れ込み、ノエルは建物に侵入した。
誰もが自分の生存を考えているため、侵入したノエルに気を取られる者はいない。
思っていた以上にあっさりと、逃げ遅れた職員の顔認証を利用して彼は長官の執務室に到達した。
「……やはり来たか」
執務机にどっかりと腰を下ろし、オンザロックの入ったグラスを回していた長官が、ノエルの来訪は初めから分かっていた、という様子でそう言った。
長官に銃を向け、ノエルが口を開く。
「長官、あなたの計画は間違っている」
同時に、銃を握るのと別の手で隠し持っていたマイクのスイッチを入れる。
「あなたは、本当にリブーターを使ってこの世界を管理するつもりなんですか」
「無論、その通りだ。今の人類は無秩序すぎる。知性間戦争で失われた命を補うだけの人口回復が行われていない、その裏には何がある? 人類は滅んでアドベンターに地球を明け渡すべきだというアドベンター至上主義者、ナノマシン除去すら許さぬテロリスト、それ以外にも治安はいいと言えないし出生率は低く子供の死亡率は高い。誰かが管理しないと人類は滅びるのだよ」
「でも、だからと言って管理して発展できるほど人類はできちゃいないです。それに、リブーターだって人と同じ思考、感情を持つ。あなたの計画を、リブーターが受け入れるとは」
リブーターが自らの意思で人類を管理することを受け入れるのか。
以前、ノエルが匿った自我を持ったリブーターは皆言った。
「人として生きていたい」と。
そんなリブーターが人を人として生かさない管理を受け入れるとは思えない。
ノエルの言葉に、長官がふん、と鼻先で嗤う。
「自分の意思、だと? ノエル、君は本当にリブーターに自我があると思うのか?」
もちろん、とノエルが即答する。
「どこまでもおめでたい人間だな、君は。君にリリィを与えたのは間違いだったか」
「何を」
そう問うノエルに、長官が話を続ける。
「ノエル・ハートフィールド。君は何故リブーターが自我を持っていると確信する?」
「それは……」
何故、自分はそう思ったのだ、とノエルは自問した。
「僕は……助けを求められて、廃棄されたくないと言われて……そう、恐怖に震えていたから……」
「それがリブーターに芽生えた自我という根拠は?」
長官の鋭い指摘。
それはノエルにも分かっていた。根拠など、どこにも存在しないと。
そこへ長官の言葉が追撃する。
「恐怖に震えていた? 耐用期間を過ぎたことでメンテナンス要求回路が破損し、自己生存が最優先された結果、助かるために過去の学習から最も人間に有効な同情を得る手段としてその感情表現を発露しただけではないかね? リブーターは不必要な破損を回避するための自己保全プログラムが埋め込まれているからね」
「でも、それだけじゃない、リリィだって……自分の意思で、僕を助けに来てくれた……」
「本当に、それが自分の意思だというのかね? 君が初めて出会った『自我を持っていた』というリブーター、彼女よりもリリィはさらに耐用年数を過ぎている。いくら自己保全プログラム、セルフメンテナンス機能があるとはいえ経年による各種ファイルの破損、一時データの削除エラーなどの蓄積により優先度規定と遵法規定の回路が破損したと考えられないか? それならいくつか説明がつくのだよ。君が危機に瀕した際、リリィは過剰なまでの
「そんな、リブーターを物みたいに……」
苦し紛れのノエルの言葉。
リブーターには人間としての自我がある、自らの意思で自分の行く末を決めようとする思考を持つ、それが根拠だと信じたかった。
だが、長官はその考えを許さない。
「古い言葉で『死人に口なし』というものがあるではないか。リブーターは死した存在、人間ではない。それとも、リブーターは『死者が蘇った存在』とでも言いたいのか?」
長官の言葉に、ノエルは再び言葉に詰まる。
確かに、リブーターはあくまでも「運動活動分野を
いや、しかしリブーターがモノであったとしても。
自分の意思で生きていきたいと願えば、廃棄を前にして恐怖を覚えれば、それは人間としての進化を遂げたのではないだろうか、とノエルは反論しようとした。
だがその前に長官の言葉が彼に突き刺さる。
「リブーターが本当に感情を持つと本当に思っているのか? 人工的に作り出された思考回路がその意図を超えて動作すると思っているのか? その根拠は?」
「根拠、は……人工的に作り出された思考回路でも思考を重ねれば、
「今更シンギュラリティ論か? そんなもの、昔の人間が恐れた仮説にしか過ぎない。何より、君は、ただ私の命令に従い恐怖に怯えるふりをして君に接触しただけのリリィを感情が発露した個体と認識していたではないか。我々が人型の個体に感情を持っていると感じる根拠など、その程度のものなのだよ」
その通りだった。苦し紛れにシンギュラリティという単語を持ち出したが、全ては長官の言う通りだった。
ノエルの持論に根拠はなく、長官の言葉一つ一つに根拠がある。
長官の言う通り、リリィ
長官の言う通り、リブーターには本当に自我は存在しないのか、とノエルは自分の主張に自信が持てなくなってくる。
「で、でも……リリィが助けに来てくれた時、あの時は確かに……」
「微笑みかけた、と? あぁ、映像で見ていたとも。カウンセリングプログラムに則り、不安な君に微笑み、君を安心させる彼女をな。それでも、君はまだリブーターが自我を持っていると信じるのか?」
ノエルのわずかな希望に対しても、長官は反論する。
長官の理論は完璧だった。少なくとも、ノエルはそう思った。
だがそれを打ち破る理論を用意しないと、リブーターに未来はない。
「どうして、そこまでリブーターを信じないのですか」
不意に、ノエルの口をついてそんな言葉が出る。
苦し紛れの一手。しかし、一瞬、ほんの一瞬、長官は怯んだような表情を見せた。
「私が、リブーターを信じていない、と?」
それは事実だった。
リブーターなど、信じたところでやがてはエラーの蓄積による自己矛盾で自壊する。
そこに自我がどうのこうの議論したところで、耐用年数を過ぎたリブーターに未来などない。
「……行き詰っているのだよ。リブーターの未来など」
思いもよらなかった長官の言葉。
その真意を図りきれずにノエルは怪訝そうな顔をする。
「リブーターが自我を持つ? 感情で行動する? 君はその現象を理解しようとして、色々と推論したようだな。だが、もうそれは
「それは……」
まさか、とノエルが長官に言おうとするが、それは遮られてしまい、続けることができなかった。
まさか、長官も、という思いがノエルの脳裏をよぎる。
「リブーターも人間も管理されるべきだ。感情など必要ない。ただ人間を惑わせるだけなのだよ」
感情があるから、人間は犯罪を犯す。自我があるから、他人を陥れる。
だから、と長官は続けた。
「私は、リブーターを管理し、管理されたリブーターで人類を管理する」
その時、ノエルの左耳に装着していた
《ノエル、時間稼ぎ御苦労。配置についた。もうすぐリリィも動く。窓を破る準備を》
その言葉を受け、ちらり、とノエルは窓の外を見た。
向かいのビルで一瞬光るスコープらしきものの反射光。
なるべく自然に見えるように、ノエルは長官の机の横を通り、窓辺に立った。
それも、作戦通りの防弾ガラスのつなぎ目の前に。
「
確かに、ノエルが今まで組み立ててきたものは全て仮説にすぎない。
長官の主張の方がはるかに説得力はある。
それでも、ノエルは夢を見ていたかったのだ。
リブーターが人として認められ、共に歩める世界を。
それは望んではいけないことだったのか。
いや――
「長官、確かに僕の仮説は行き詰ったものかもしれません、でも、僕は信じていたい。たとえプログラムのエラーだったとしても、それはリブーターが自ら生み出した自己表現の『想い』だと」
「何を、」
「長官が何と言おうと、僕は信じます。リブーターを、人類とリブーターの未来を。そのために、僕はリブーターを物として扱い、人を人として認めない長官を排除しなければいけない」
振り返り、ノエルは長官を見た。
「君に私が殺せると?」
「僕じゃ、無理かもしれません。でも――!」
そう言って、ノエルは拳を振り上げた。
その手にいつの間に取ったのか、長官の机の上に置かれていたアイスピックが握られている。
金属製のそれの先端を窓のつなぎ目、防弾ガラスの小口に向け、ノエルは全力で拳を叩き込む!
パリン、でもない。ガシャン、でもない。
銃弾をものともしないだろう防弾ガラスに一瞬にして細かい亀裂が入り、次の瞬間、粉々に砕け散った。
「な――」
「今です!」
ノエルが叫んだ。
それと同時に、
轟音と共に、部屋が、管理局のビルが激しく揺れ、床が傾いた。
最初その光景を見たとき、エイブラハムは何が起こったのかを瞬時に理解することができなかった。
ノエルが一撃で防弾ガラスを砕いたのは分かる。
その直後、エイブラハムが引き金を引くほんの一瞬前に、ビルの一階付近で爆発が起こり、建物が傾き始めた。
その影響でエイブラハムが放った銃弾は爆発の轟音に音をかき消され察知されなかったが命中することもなかった。
そうなってから、彼は漸く事態を把握した。
「リリィ!」
打ち合わせではノエルが窓を破り、エイブラハムが長官を狙撃し、リリィが脱出のための混乱を作るためにビルを倒壊しない程度に爆破する、という役割分断を決めていた。
そのリリィがやらかしたのだ。
恐らくはC4の設置量ミス。
彼女は必要以上にC4を設置し、爆破したのだ。
その結果、建物は倒壊を始めた。
幸い、少し傾いたところで倒壊は止まったがそれもいつまでもつか分からない。
急ぎ、長官を排除しなければノエルの脱出もままならないどころか長官を取り逃がしてしまう。
しかし建物が傾いたことでエイブラハムが陣取った狙撃ポイントは使えなくなっていた。
すぐに位置を把握したため次の狙撃ポイントは決まっているがそこへ移動するまで時間を稼ぐか、ノエル自身が長官を排除するしかない。
そういえば以前、ノエルがリリィの仕掛けたC4で死にかけたという話をしていた、そしてそれがトラウマになっているということをエイブラハムは思い出した。
それが、これか。
リリィは耐用年数が過ぎたリブーターである。行動を司るいくつかの回路が破損していてもおかしくない。
それゆえに彼女はC4の量を間違えたのではないのか。
次の狙撃ポイントに向かって走り出し、エイブラハムは回線を開いた。
「ノエル、時間を稼げ! できないならお前が長官を排除しろ!」
一瞬の沈黙。
ノエルから返ってきた言葉は、
《ありがとうございます。後は、僕が何とかします》
彼の、決意の言葉であった。
「流石リリィと言ったところか」
突然の爆発、床の傾斜によりバランスを崩していた長官が体勢を立て直しながらそう呟く。
執務室内の書架や執務机の引き出しが傾斜によって開き、中の書類が室内を舞う。
「言っただろう、これがリリィ、いや、耐用年数が過ぎたリブーターの
そう言って長官がノエルに向けたのは銃口。
「やはり、君はここで排除しておくべきだ。君のような危険因子が存在すればリブーターも人類も共倒れする」
だが、やられっぱなしになるノエルではなかった。
彼もまた銃を抜き、長官に向けている。
「僕もここで引けません。人類ですら信用できないあなたに全てを任せれば、それこそリブーターも人類も共倒れします」
ふっ、と長官が鼻先で嗤う。
「私の主張と君の主張、どちらが正しいか、ということか。それはこの戦いで決めようではないか。生き残ったほうが、この世界の行く末を決めるのだ、と」
その言葉に小さく頷くノエル。
それが、合図だった。
先に発砲したのは長官。
それをすんでのところで回避し、ノエルも反撃する。
「どうして君は行き詰った仮説的推論を信じる! そんなもの、信じたところでリブーターの耐用年数が伸びるわけではないだろうに!」
机を盾に立ち回りながら、長官が叫ぶ。
「確かに、自我を持ってから自壊するまでの時間はそんなにないかもしれません! でも、僕は信じたいんです! リブーターが自我を持つのは人類と共に歩むためだからと! リブーターと人間が共存できれば、この世界はもっと良くなると!」
「だがこの世界は狭い! ダムウェントゥスが残っている限り、人類の発展は望めない! そのために管理されたリブーターが必要で、リブーターが人類を管理することでこの狭い世界で生きながらえることができる!」
長官の言葉に、ノエルは違う、と反論した。
「それは長官が諦めてるからじゃないですか! リブーターの、人類の行く末に悲観して、発展を諦めて、その諦めを人類に押し付けようとしている!」
「何を!」
「僕は信じています! ダムウェントゥスは全て除染され、人類がかつての大地に戻ることを! その時、人類とリブーターは手を取り合って歩いて行けると!」
ノエルが放った銃弾が長官の肩をかすめる。
「だから、僕はここで負けられない! たとえ茨の道であっても、僕は前に進む!」
「ふざけるな!!!!」
机の陰から飛び出し、長官は銃口をノエルに向けたまま突進した。
ノエルもまた、同じように長官に突進する。
そして、
二発の銃声が同時に響いた。
机の奥の奥にしまっていたずっと昔の研究記録が飛び出し、宙を舞う。
――かつては私も信じていた。
いつ、あの若造のような考えを捨ててしまったのだろうか。
所詮、全ては幻想でしかないと。
私に向けられた笑顔はただの作り物であったのだと。
だから、私は信じない。
全てのリブーターの完璧な管理を。
そして、リブーターに特別な感情を抱かせない人類の管理を。
――お父様。
ああ、声が聞こえる。
この声が、私を惑わせる。
かつて私が再起動を手掛けたリブーター、私を父と慕い、寄り添ってくれた彼女が。
だがそれも幻想だった。
稼働限界を迎え、廃棄された彼女のデータを次の屍体に移植しようとしてもそれは成功しなかった。
何回やっても。何回も何回も試しても。
彼女は蘇らなかった。
私を父と慕う彼女にはならなかった。
だから、私は諦めたのだ。
リブーターとは所詮人間に変わる労働力でしかないと。プログラムの学習で行動する存在なのだと。
だからなのか、あの若造がかつての私のような考えを持ち、行動する様を見てその考えを排除しなければいけないと思ってしまうのは。
私が成しえなかったことに挑み続ける生き様を、拒否しようとしているのか。
私とあの若造は似ている。そして鏡写しのように正反対だ。
自分を見返す鏡など要らない。
だから、私は壊そうと思った。
リブーターに自我が宿り、ヒトとして歩むという幻想を――
2発の銃声が同時に響いた直後、二人はすれ違い、そして互いに背を向けたままその場に崩れ落ちた。
「く……」
胸に手を当て、離し、見ると血がべっとりと付いている、と認識した時点で長官は自らの死を悟った。
――肺をやられた。
手当が早ければ助かるだろうが、今すぐに手当てができる人間はここに存在しない。
「ここ、まで、か」
そう呟くと、長官はごぼりと血を吐き出した。
「……ノエル、」
背中越しだが感じる。ノエルもまたその場に倒れていることを。
だが、ノエルは違った。
ゆっくりと、彼は上体を起こす。
撃たれた脇腹を押さえ、ノエルは振り返った。
「長官……」
ノエルの顔は信じられない、という表情に満ちていた。
「長官も、信じていたのですか」
ノエルは床に飛び散った書類を見て理解した。
長官が、かつて再起動技師だった頃、一人のリブーターと出会っていたことを。
彼を父として慕い、そして自壊した彼女と再びまみえるべく自我を持ったリブーターの再起動研究に明け暮れていたことを。
それが実現せず、諦めてしまったことを。
調べれば調べるほど、人為的に自我を持つリブーターを発生させることは不可能なのだと理解してしまったことを。
だから長官はリブーターを徹底的に管理し、人類も管理すべきだと思うようになったのだ、と。
感情は、自我は、不要なものなのだ、と。
違うんです、とノエルは言った。
「長官は、諦めるべきではなかった。もっと、信じるべきだった。信じれば――」
「……甘いな、ノエル……」
震える手で銃を握り直し、長官も体を起こしノエルを見た。
「私は、待ちすぎたのだよ……本当なら、もっと早く……」
「! 長官!」
長官の行動に、ノエルが手を伸ばす。
「それだけは、駄目で――!」
一発の銃声。
倒れる長官。
脇腹を撃たれた痛みで動きが鈍っていたとはいえ、ノエルの動きはあまりにも遅すぎた。
長官は、自殺した。
致命傷を負っていたのはノエルも理解していた。
だが、これでは。
「まるで、僕の罪を軽くするかのように、じゃないですか……」
悔しそうに、ノエルは呟いた。
諦めなければ、道はもっと続いたはずなのに、と。
自殺した長官の、銃を握っていたのと別の手が一枚の写真を握りしめていたことに気づき、ノエルは写真に視線を落とした。
若かりし頃の長官と、その隣で微笑むリブーター。
その写真が、ノエルの胸を締め付けていた。
「ノエル!」
脇腹を押さえてふらふらと集合場所となっていた廃墟に辿り着いたノエルを、エイブラハムが駆け寄って肩を貸す。
「撃たれたのか、無茶しやがって」
「ですが、長官は……」
長官は死にました、とノエルが続けるとエイブラハムがそうか、と頷く。
「よくやったな、ノエル」
そのまま、二人は廃墟の奥に進む。
その奥で、
ノエルは、
その場に倒れているリリィを見た。
「リリィ!」
倒れているリリィに、ノエルが駆け寄る。
隣のエイブラハムも驚いているところを見ると、リリィが倒れたのはほんの数分前、と判断していいだろう。
「!CAUTION! MAIN BRAIN DOWN」という表示が浮かび上がり、問題が発生しているということが一目でわかる。
「リリィ、しっかり!」
常に持ち歩いている簡易メンテナンス端末を接続、システムの再起動を試みる。
リブーターは生前の生体脳にナノマシンを注入することによって
その回路が何らかの要因でフリーズもしくはダウンした、と考えていいだろう。
このような場合の対処方法は、まずは再起動と相場が決まっている。
ただし、リブーターのシステム再起動はメンテナンス用の端末を接続していないとできないため、
とりあえず、最初に行うべき処置としてノエルはリリィの再起動を試みた。
首輪の表示がいったん消え、システムが再起動する。
……はずだったが、リリィは目を開けなかった。
首輪の表示も先ほどと同じ。
「どうして! もう一度!」
システムの再起動をもう一度試みる。
いや、一度だけではない。二度、三度。
それでも、再起動は失敗する。
まさか、とノエルは呟いた。
「有機電脳回路の自壊……」
リリィは耐用年数を過ぎてなお稼働していた個体。各種パーツは交換することで不具合を修正することはできるが生前の生体脳を使用した有機電脳回路は取り替えることができない。
将来、完全に機械で代用し交換できるよう研究が行われているが、交換してデータを移動させても交換前の状態には戻らず、
「そんな……リリィ!」
こんな、何も伝えていない状態で別れを迎えなければいけないのか。
せめて、一言伝えたかった。「ありがとう」の言葉すら、伝えることが許されないのか。
「リリィ……」
ノエルが、床に拳を叩き付ける。
「せめて、さよならくらい……」
そこまで言った時、ノエルの視界がぐらりと傾いた。
「おいノエル!」
エイブラハムが慌ててノエルを支える。
そこで、彼は気が付いた。
ノエルの足元にも血だまりが広がりつつあることに。
「お前、応急処置すらしてなかったのかよ!」
とりあえず、手当を、とノエルを床に寝かせ立ち上がろうとしたエイブラハムの腕が掴まれる。
「もう、いいです……」
弱々しく首を振り、ノエルが呟く。
「これで、いいんです。どうせ生き残ったとしても、僕は罪人。死刑は……」
「バカ言うな! お前が成したのは正義だろう! お前はここで死んでいい人間じゃない!」
お前が、今後の人間とリブーターの在り方を示していくんだろう、とエイブラハムがノエルの手を振り払おうとするも、彼の手は離れない。
「いいから放せ! 俺はお前に死なれたくないんだよ!」
「……リリィも、もういないのに……」
「だからだよ! お前がここで死んでどうする!」
そうだ、エイブラハムさんの言うとおりだ、とノエルは薄れ行く意識の中で思った。
だが、それでも。
ノエルはもういいのだと思っていた。
全てが終わり、リリィも停止した今、自分が生きる理由などもうどこにもないと、彼は思っていた。
だから。
「ありがとう、ございます」
それだけを言い残し、ノエルは目を閉じた。
闇の中。
何も見えず、何も聞こえず、何も感じない。
これが、終わり。
これが、幕切れ。
これでよかったのだと。
これで救われたのだと。
だから――
――ノエル――
声が、響いた。
聴覚には届かない、声ならざる声。
その声は、以前にも聞いた覚えがある。
――これでよかったと諦めるのか――
あの、牢獄にいたときに聞いた声。
真なる望みを見出した時、また会おうと立ち去ったあの声が。
――始まりすら、諦めるのか――
「……もう、いいんだ……」
ノエルの唇がかすかに動き、そう紡ぎだす。
「リリィが停止した今、僕はもう……」
そう呟いてから、ノエルは頭を上げた。
天から差し込む一筋の光。
そうだ。
アドベンターは人の願いを叶えるのではなかったのか。
それなら。
「リリィを……もう一度、リリィに逢いたい。いや、リリィと共に歩みたい」
ノエルの心からの願い。
リリィと共に、これからの未来を歩みたいと。
アドベンターなら、人の願いを叶えることができる存在なら、この願いを――
――残念ながら、その願いは叶えられぬ――
アドベンターは、否定した。
――彼の者の魂は既に天に召されたもの、そしてその魂は汝が望む者の魂に非ず――
「それは、どういう……」
――汝、リリィと呼ぶ者、人の魂を持つ存在に非ず。ヒトが生み出し疑似的に与えた者――
それは、とノエルは呟いた。
アドベンターもまた、リブーターの魂を否定するというのか。
人の魂を持たないから、蘇らせることができないというのか。
――ヒトが作り出した存在が魂を得る、それができぬということをあの者は
もう、その推論は出し尽くされているのだと。
――だが、本当にその通りと汝は思うか? 汝はここで諦め、行き詰まった仮説的推論を打ち砕くことをやめるのか?――
何を、とノエルが口にする。
もういかなる手も出し尽くされ、最後の望みだろうと思ったアドベンターもそれを拒否したではないか。
もう何の手も残されていないのなら、自分が生きる意味など、とノエルは思った。
それなのにアドベンターは今更ここに現れ、「助かりたい」と願えというのか。
――否。我、汝の真なる望みがそれとは思わぬ――
そうだろう。「助かりたい」というベタな望みは死に瀕し、それでも生き残りたいと咄嗟に願うものだ。真の願いとは程遠い。
いや、それとも、アドベンターは僕が助かると理解している? という思いがノエルの胸を過ぎる。
――ヒトが生み出したものはヒトのみが蘇らせる力を持つ。我ができるのはその手伝いのみ――
結局、自分の力で何とかしろ、ということなのか。
否、アドベンターのその口ぶりは。
「その手伝い……? まさか」
虚ろだったノエルの瞳に光が走る。
「僕が、リリィを蘇らせることができる……いや、その手助けをしてくれる?」
――きっかけは我が作ろう。それを生かすも殺すも、汝次第――
――選択せよ。汝と、リブーターの在り方を――
そのアドベンターの言葉がノエルの背を押した。
ノエルが、差し込む光に向かって手を伸ばす。
「僕は――」
その瞬間、差し込んでいた光が闇を切り裂いた。
「……ノエル!」
聞き覚えのある声に目を開けると、真っ白い天井を背景に一人のごつい男の顔がノエルを覗き込んでいた。
「ノエル、おい、しっかりしろ!」
「……エイブラハム、さん」
焦点が合うと、ごつい男の正体がエイブラハムだと認識し、ノエルが呟く。
「よかった、お前がリブーターになることになったらどうしようと思ったぞ」
「はは……」
エイブラハムの話を聞いたところ、ノエルは三日間ほど意識不明の重体だったらしい。
しかも、目覚める一日前、つまり昨日未明まではかなり危険な状態で医師にも諦めた方がいいかもしれないと宣告されていた、とのこと。
応急処置が遅れたため出血がひどく、また、脇腹に残った銃弾も摘出されていなかったため鉛中毒も起こしかけていたらしい。
幸い、銃弾の摘出自体はエイブラハムが病院に運ぶ前に応急処置として行っていたため比較的軽く済み、危険度が一番高かったのが失血だった、という。
「お前な、管理局、いや、管理局長の野望から世界を救った英雄がリブーターになったら周りがどう思うか考えたか? ちなみにここは管理局が手配した病院でお前は最重要保護対象に認定されているからな」
英雄だなんて、とノエルが苦笑する。しかも、最重要保護対象、とは。
「管理局自体も長官の思惑には気づいていなかったらしい。長官自らうまく言いくるめて準備していたようだからな。だから、それを明るみに出したお前は管理局の腐敗も浄化したということで絶対に死なせるな、と最高の医療チームを用意したんだぞ」
「それはそれで、なんか恥ずかしいですね」
僕はただ、リリィを助けたかっただけで、と布団の端を掴みもじもじするノエルにエイブラハムはにやり、と笑って見せる。
「まぁ、お前の行動が結果として世界を救ったってことだ。自信を持て」
そう言ってから、エイブラハムは椅子に座り直し、ノエルを見た。
「ところでお前、これからどうするつもりだ?」
「どうするって……」
エイブラハムの言葉の真意が読めず、ノエルが首をかしげる。
「お前はこれから人類に対してリブーターの在り方を示さなきゃならん。それを理解して、どう動くつもりだ」
そんなこと、とノエルは思った。
そんなこと、もう当の昔に決めている、とは断言できなかった。
「まだリブーターが自我を持つ可能性があって、それを保護すべきだと信じているのか?」
「……分かりません……」
そうか、とエイブラハムは呟いた。
「先に俺の話を聞いてくれるか?」
ノエルが、何ですかと無気力にエイブラハムを見上げる。
「今回の騒動でな、思ったわけだ。リブーターが本当に自我を持ってるのか持ってないのかはこの際関係ない。だが仮に自我を持ったとしても、耐用年数を過ぎて稼働しているわけだ。もって数年、そこまでしてリブーターというものは必要なのかと思ってな。俺だったら折角人として生きられるのに数年だけだとか言われるのは真っ平御免だ。だったらリブーターなんて存在してはいけないと思えてな」
「それは」
「分かってるよ、リブーターがいなければダムウェントゥスの除染もままならんことくらい。あの戦争が終わってもう何十年も経っているが、これ以上リブーターを利用する必要なんてないだろう。人類は苦しむかもしれないが自分たちで何とかしていくべきだ。」
リブーターは必要ない。そう、エイブラハムは断言した。
元々
長官はリブーターをあくまでも道具として、感情と思えるものもすべてプログラムが生み出した幻影だとして扱うべきという主張だった。
「お前さん、お前さんが言うところの自我を持ったリブーターはほんの少ししか生きられないんだろう? それでもお前さんはリブーターと共に生きていきたいと思うのか? 俺はそんなの、嫌だ」
先ほど口にした内容を、エイブラハムが再び口にする。
それに対してノエルは。
「それは……。でも……どうなんだろうな」
――もし、リリィがまだ稼働していて、隣にいたらどう答えたんだろうか。
そう思いながら、ノエルは自分の思いを決められずにいた。
「……そうか、」
そう言って、エイブラハムは立ち上がった。
「俺は、リブーターはもう存在しない方がいいと思っている。もし、お前さんがそれに共感してくれるならまたどこかで会ったり組んだりすることがあるかもしれないな」
「……そうですね。寂しいですが、引き留めるわけにはいかないです」
心底寂しそうに、ノエルが頷いた。
「それじゃ、な。お前と組めて楽しかったぞ」
ノエルに背を向け、エイブラハムが歩き出す。
その背に向けて、ノエルは、
「ありがとうございました。貴方がいなかったらきっと、この世界は管理される世界になってたと思います」
「殆どお前さんの実力だよ。運も実力のうちと言うだろうが。その強運を信じろ」
はい、とノエルが頷いた。
――揺れ動いているな――
不意に声が聞こえた。
アドベンターの声。
正式に望みを口にするまで結構しつこく迫ってくるんだなと思いつつ、ノエルは頷いた。
――新たに望みが生み出されたか。だが、揺れ動いているな。相反する三つの願いが心の中で揺れている。汝の考える三つの未来、いずれが正しいのかを決めたのならばその時にこそ力になろう。決めるがいい。汝にとって正しい未来は何だ――
揺れ動いている、そうかな、とノエルが返す。
――汝の世界は、何処に存在する?――
End.
あとがき
おはこんばんは、蒼井 刹那です。
Dead-End Abduction、完結です。
次の予定は……聞かないで(原稿が終わった時点では何も考えていないらしい)
正直な話、原稿が上がった瞬間は「終わった……」という脱力感が。
途中(というか後半)なかなか筆が乗らずに更新間隔が開いてしまいましたがそれでも完結することができてよかったです。
わたしの作品の根底にあるテーマが「魂の所在」なので結構重くなりがちな気がしないでもないですが今回はどうだったのか。
ちなみに書き始めのころにふと伊藤計劃氏の「死者の帝国」のコミカライズ一巻を読んで「やべぇ、ネタ被りしてる」と焦ったものの最終的には違う方向に落ち着いたと思いたい。思いたいのだ(死者の帝国読み切っていない)
と、まぁ終わりました。今回も、前作に引き続き面白いものが書けたという自信はあります。
先にも書いたとおりテーマ自体は重いかもしれないけどそれを吹っ飛ばせていたら、とは思っていますけどね。
そして次回作は。
まぁ一応いくつか企画書はあるんだけどどうするかはまだはっきりと決まっていません。
ゲームにするか小説にするか。AWsの技術屋を名乗るならゲームを作るべきという考えはありますけどね。
何が動くかは分かりませんが、近いうちに情報を出せたらいいなとは思っています。
それでは、その時にまたお会いしましょう。
2020/03 蒼井 刹那
AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。
世界樹の妖精
本作と同じ作者、蒼井刹那による作品です。
オーグギアと呼ばれるARデバイスが普及した世界で、世界樹と呼ばれるメガサーバを守るカウンターハッカーである主人公のタクミが、「妖精」と呼ばれるAIを巡る戦いに巻き込まれる物語です。
この物語の一つの疑問、魂の所在に関するもう一つの物語です。
Angel Dust
ところで、アドベンターとは何者でしょうか。その正体がこの物語で明かされる事はありませんでした。
Angel Dustは宇宙より現れる謎の白い巨人「ルシフェル」により蹂躙される冷戦時代の地球を舞台とした物語です。
アドベンターとは、宇宙人であることと、白い人、というくらいしか共通点はありませんが、物語を読み進めていけば、より多くの共通点と秘密に出会えるかもしれません。
三人の魔女
先に紹介した『世界樹の妖精』と同じくオーグギアと呼ばれるデバイスが普及した世界ですが、先の世界とは違い、このデバイスにより人々は人知れず管理される管理社会の中を生活しています。
この管理社会を築いた支配者達は、月に異星人がいるとして、対策を練りました。
月に異星人、ほぼ間違いなくアドベンターでしょう。
物語の本筋は管理社会から悪とされる「魔女」と言う存在達の逃避行と反抗の物語ですが、アドベンターについても何か分かるかもしれません。
そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。
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