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Dead-End Abduction 第3章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 先の大戦知性間戦争の爪痕が残る世界。
 大きく人口が減った人類は屍体を再起動リブートし、再起動者リブーターと呼んで労働源としていた。
 そのリブーターをメンテナンスする調整技師アジャスター、ノエルはある日自我を持つと思われるリブーターと遭遇する。
 そのリブーターは管理局によって「処分」されたものの、耐用年数が過ぎたリブーターに芽生えた自我らしきものに興味を持ち調査を始めるがそれを知った管理局に拘束されてしまう。
 管理局に反逆する意思はないと伝えたものの、管理局は彼を監視名目で直属の工作員とすることを決断する。
 そんな彼の首輪役としてあてがわれたのは「リリィ」と呼ばれる1体のリブーターであった。

 

 
 

 

 僕の両親は僕が幼いころ、事故に遭って命を落とした。
 そのため、存命だった祖母の家に預けられ、亡くなるまで一緒に暮らしていた。
 勿論、両親の遺体はリブーターとして再起動されたと伝えられたが、僕が両親と再会することはなかった。
 基本的にリブーターはその家族の所有物となる。そして、各種作業現場に派遣することで収入を得、遺された家族の家計が支えられるというシステムではあるが、それでも僕はリブーターとなった両親を見た覚えはない。
 とはいえども、最後に両親を見たのは事故の直後ではない。両親と再会できたのは、亡くなってから数年後の事だった。
 テロリストによって違法に再起動され、犯罪に利用され棄てられた両親の慣れの果てと。
 僕が調整技師アジャスターを目指すきっかけの一つにもなった。
 違法に再起動される屍体を減らし、正規のリブーターを増やしたいと願うなら調整技師を目指すのではなく、闇リブーターダーターやテロリストと戦う対テロ部隊に入隊する方が正しかっただろう。でも、それができなかったのは僕にそんな力はないと思っていたからだった。
 そんな僕が、何の因果だろうか。
 本業であるはずの調整技師を隠れ蓑にして、テロリストと対峙する潜入捜査官エージェントになるなんて。

 

  Dead-End Abduction

Chapter 3  忠義の剣、忠義の盾

 

 後ろで響く怒号、時折響く銃声。
 先の戦争で廃墟となった区画の狭い路地を走りながらノエルは回線を開いた。
「リリィ! 僕は脱出した、いつでもいけるよ!」
 ノエルがそう言った直後、耳に付けたヘッドセットからノイズが響き、通信の相手が応答する。
《了解しました、ノエル。爆破します》
 管理局の命を受けノエルが潜入していた施設、彼が情報収集をしている間に相棒のリリィがプラスチック爆弾C4を仕掛けていた。
 ノエルの指示を受け、リリィが爆弾の起爆ボタンを押す。
 轟音と共に崩れる廃墟。
 廃墟の崩壊は連鎖し、ノエルが逃げ込んだ路地に到達し、そして。
「うわあああああああリリィやりすぎだあああああああああああ!!!!」
 ――爆弾を仕掛けすぎだリリィ! 僕まで巻き込む気か!!
 ノエルの背後に迫る廃墟の崩壊。幸い、追手は崩壊に巻き込まれたようだがこのままでは彼も巻き込まれてしまう。
 必死になって崩壊する路地を駆け抜け、先に廃墟から離脱していたリリィと合流し、ノエルは管理局の本部に帰還した。

 

「……で、テロ組織の情報は入手できたがあの区画一帯を瓦礫に変えたということか」
 リブーター管理局の長官がノエルの報告を聞いてそう呟くように言う。
 その額に青筋が浮いているように感じたのはノエルだけだろうか。
 ノエルの隣に立つリリィの表情もいささか硬い。
 ――まさかC4の量を間違えたのでは、いや、特に量の指示を出さなかった自分が悪かったのか。
 長官の小言を話半分で聞き流しながらノエルは次回からはリブーターには的確な指示を与えなければ大惨事を引き起こす、と肝に銘じた。
 彼が「耐用年数を過ぎたリブーターは自我を持つのではないか」と廃棄処分されるはずのリブーターを保護したことがきっかけで管理局に捕まり、解放される条件としてリブーターを悪用するテロ組織の調査及び解体を命じられてから半年。
 調整技師としての生活の裏で厳しい訓練をこなし、ノエルは潜入捜査官としてようやく一歩を踏み出すこととなった。
 かつて彼を捕らえる決め手となった囮のリブーター、耐用年数が過ぎたものの管理局によって破棄されずにそのまま彼の相棒兼監視役となったリリィと共に。
 そもそもリブーターとは先の戦争で不足した労働力を補うために屍体を「再起動リブート」させたものである。再起動直後は知能も低く単純作業しかできないが年数が経過するにつれ様々なことを学習し、ある程度のコミュニケーションをとることも、少し高度な作業をさせることも可能になる。
 ただしそれは永続的なものではなく、管理局が指定した「12年」という耐用年数の中で、に限られている。
 耐用年数を過ぎたリブーターは突如狂暴化し、人間に危害を加えることがあるためだ。
 だが、その中でも例外は存在する。
 12年という期間の中で多くを学習したリブーターの一部はコミュニケーション能力に長け、生きた人間と同じく感情や自我を持つことがあるのだ。
 リリィはそんなリブーターの一体であった。
 この半年の中で、ノエルはどれだけリリィに叱咤激励され、助けられたか。
 リブーターにありがちな「的確な指示を出さなければ何が起こるか分からない」という特徴に悩まされもするが。

 

「……ノエル」
 不意に、工場長がノエルに声をかけてくる。
「……はい?」
 作業の手を止め頭を上げたノエルに代用コーヒーの入ったマグカップを差し出し、工場長は少し心配そうな顔をした。
「最近、何か思い詰めているようでな」
「そうですか?」
 そんなことないですよいつも通りですよと、内心少しぎくりとしながらノエルが答える。
 なんでもない、いつも通りである、そう彼は自分に言い聞かせた。
 ――少なくとも、工場長に知られてはいけない。工場長だけは、何があっても巻き込んではいけない。
 ノエルがそう思うのは単純に「世話になった」からである。工場長に知られて巻き込みたくない、と彼は工場長の前では特に気を付けていた。リリィにもよく言って聞かせている。
 監視役という立場上、彼女はノエルから離れるわけにはいかない。
 そのためノエルの職場である調整工場にも出向き、アシスタントとして手に入れたという名目で、雑用を手伝ってもらっているが対テロ組織のための潜入捜査官であるという正体は絶対に表に出してはいけない、としっかり指示を出している。
 そんなリリィをちらり、と見て、工場長は少し何かを考えるそぶりを見せた。
「ノエル、リリィさんのメンテナンスは大丈夫か?」
「え、えぇ」
 リリィはちょうど二人に背を向けて掃除をしていた。
 それを確認するかのようにもう一度彼女を見て、それから工場長はノエルの耳に口を寄せた。
「どこであんな別嬪さんを見つけてきたんだ。リブーターなのが惜しいところだよ」
「な、な、何を」
「リブーターではなく生身の人間だったら仲人を引き受けてもよかったんだがなあ」
 はぁ!? と思わず叫びかけ、ノエルは慌ててマグカップを持っていない方の手で口を押える。
「いやリリィに限ってそれはないです」
 先日のC4過多事件だけではない。リブーターは生前持っていた以上の力を発揮するため、ノエルが塀を乗り越えようとリリィの手を借りたら塀の向こう側に放り投げられた(幸い、落下地点が硬い道路の上ではなくその向こうの運河だったため怪我はなかったが)、テロリストが雇ったらしきゴロツキとの戦闘になった際彼女が投げ飛ばしたゴロツキが目の前に飛んできた、など彼女の武勇談は限りない。
 指示不足もあったとはいえそんな彼女の被害に遭っているノエルは「リリィは絶対生前も武闘派だった」と信じ込んでいる。そんな彼女だからこそ、特別な感情など持ちようがない、と信じていた。
 だから工場長の発言に、ノエルはもしコーヒーを口に含んでいたら確実に吹いていただろうという反応を示してしまったわけである。
 何も知らない工場長は「そうかぁ? 本当に、生きていたらいい伴侶になれただろうがなあ」と呟きながらコーヒーを飲んでいる。
「まぁ、リブーターだからそんなことを考えても仕方がないんだがな。だがノエル、あまり深く思い詰めるなよ。ハゲるか無理をしすぎてリブーターになってしまうぞ」
「はい、ありがとうございます」
 じゃあ作業に戻るか、と工場長はノエルの肩をぽん、と叩いた。

 

「ノエル、管理局からです」
 アパートに帰ったノエルに、リリィが通信機を渡す。
 スイッチを押すと空中に浮かび上がるスクリーンに管理局の長官が映し出される。
 《仕事の時間だ》
 スクリーンの向こう側で、長官が言う。
 こんな遅くにご苦労様なことですと思いつつも、ノエルは姿勢を正した。
「はい」
 《先日、君が入手したデータの解析が完了し、テロ組織の拠点らしきものが浮上した。今回はその調査及び拠点だった場合の排除だ》
 長官が何かを操作すると、スクリーンに地図が表示される。
 《幸い、今回も廃墟区画の中だ》
 ――前回のことがあるからか。
 長官の言葉に棘を感じながらもノエルは分かりました、と頷く。
 《詳しいことはデータを転送する。しっかり確認して調査するように》
 了解、とノエルが頷く。
 《ああそうそう、リリィ、C4の量はちゃんとノエルに確認するように》
 ――やはり根に持たれていた。恐らく、あの後の情報操作が大変だったのだろう。
 いっそのことC4の量を5割増しで指示を出してみようか、と一瞬考えたもののその後のことが怖くなり、ノエルはこれだけは自分の心の中にしまっておこう、と強く誓った。

 

 指定された廃墟区画。
 そのままにされて久しい瓦礫に注意しながらノエルとリリィは奥へ奥へと進んでいた。
 監視カメラや偵察ドローンなどといったものにも注意を払うが、周囲にノエルとリリィ以外に動くものは何もない。
 管理局はダミーのデータを掴まされたのではないのか、とノエルは一抹の不安を覚えるがそれでも先に進まなければいけない。
 何が出てくるのか分からない以上、「何かが出てきた」もしくは「詳しく調べたけど結局何も出てこなかった」が確定するまでは二人は帰ることができない。
 いくつもの部屋を確認し、何もないことに拍子抜けしつつも警戒は怠らず二人はさらに奥へと進んでいく。
 やがて、二人は廃墟の一番奥と思しき場所に出た。
 廃工場とでも言うべきか、朽ちた機械が放置されている。
 その一角で、光が漏れているのが確認できた。
 何かあるのか、とノエルはリリィにバックアップを指示し光が漏れている場所に向かう。
 その時、がたん、と何かが音を立てた。
「ノエル!」
 リリィが物陰の一つに銃を向けノエルに注意を促す。
 ノエルも手にした銃の重みを確認しながら、前方を警戒した。
「へぇ、本当にこんなところに来る奴がいるんだ」
 そんな声と共に、数人のガラの悪そうな青年達が物陰から姿を現す。
「ここは俺たちの遊び場でな。怪我したくなかったら持ってるもの全部置いて帰りな」
「そうだそうだ、二人ともいいもの持ってんじゃねーか。置いてきな」
 これはテロ組織が自分たちを排除するために流したダミーのデータだったのか、とノエルが歯噛みする。
 逃げようにも、二人は周りを囲まれてしまい交戦は避けられない。
 なるべく被害を出さずに、とノエルは考えてみるが相手の正体が分からない以上発砲及び殺傷はやむを得ないか。
 ――相手が本当にただのチンピラなら生かしておいても被害は小さいだろう。でもこれがチンピラを装ったテロリスト、またはテロリストが用意した手駒だったら?
 排除するしかない。ノエルはそう思った。
 ――いや、うまく拘束して尋問チームに引き渡せば有益な情報が手に入るか。
 戦闘行為は得意なノエルではないが、叩きのめすくらいならできるだろう。
「リリィ、発砲を許可するけどできる限り非殺傷で」
「了解しました」
 合図したら自由戦闘を、と指示しながら、ノエルはタイミングを計る。
「へぇ、やる気かよこいつら。いっちょシメてやろうぜ」
 ニヤニヤしながら、チンピラが二人を取り囲む輪を狭める。
 チンピラたちの拳が二人を射程に収めるまで引き付け。
「リリィ!」
 ノエルが床を蹴った。同時に、リリィも床を蹴って反対側に跳ぶ。
「な!?」
 ノエルの動きを予測していなかったのか、チンピラの一人が声を上げる。
 その手に握られていたナイフを叩き落し、ノエルはチンピラの足をすくい、床に叩き付ける。
「悪いけど、その辺はちょっと訓練受けてるんで」
 ほんの少し躊躇ったものの、ノエルはチンピラに追撃をお見舞いして気絶させる。
 その後ろで悲鳴が響き、リリィもチンピラを排除した。ノエルは後方を一瞥し、それを確認した。
 戦闘時間としては数分もかかっただろうか。
 静寂が訪れ、ノエルとリリィ以外に動くものがなくなったことを確認し、二人は構えを解いた。
「ノエル、怪我は?」
「大丈夫、ないよ。リリィは?」
「大丈夫です」
 ふう、と息をつきノエルは周りを見た。
 ただのガセネタであったらノエルたちは無駄に踏み込んだことになる。
 しかし、ガセネタかそうでないかノエルが判断できなかった以上これは避けられない。
 そして、彼はもしかしたら何か情報を握っているかもしれない人間を拘束した。管理局の回収班を呼んで回収してもうべきだろう。彼が放置することでテロリストがチンピラを回収し、彼のことを詳細に調べるかもしれない。
 回線を開き、ノエルは回収班を依頼した。
 それが終わってから彼は先ほど見えた光の正体を探りに行く。
 リリィも彼に追従する。
 光は機械の制御盤の上に置かれた端末から漏れていた。
 ノエルが端末を開き、何か情報がないか覗き込む。
 だがディスプレイに表示されていたのはあられもない姿をした男女の映像のみ。
 ――これは本当に不要な戦闘を行ってしまったのか。
 複雑な思いがノエルの胸を刺す。
 ――しかし、なんだろう。この違和感は。
 ――何かおかしい。
 ただのガセネタであったとしても、いや、テロ組織が用意したガセネタであったのならなおさら、何かしらの罠が仕掛けられているはずである、とノエルは座学で学んだ敵の心理を思い出し、分析する。
 念のために端末に記憶デバイスを差し、ノエルがデータをダウンロードする。
「……ノエル」
 彼がデータをダウンロードしている間、周辺を警戒していたリリィが不意に声を上げる。
「何かおかしいです。急ぎ爆破して立ち去りましょう」
 背負った鞄をおろし、C4を取り出そうとしながらリリィがノエルを急かす。
 そうだね、とノエルもダウンロードが終わったデバイスを取り外す。
 その瞬間。
 突然、ディスプレイが真っ赤に染まった。
 中央に表示されるカウントダウン。
 一斉に、工場のあちらこちらで赤いLEDが明滅を始めた。
「罠です!」
 ――違和感の正体はこれだったのか。
 ここに転がしたチンピラは全てテロリストが用意した罠だったのだと、ノエルは認識する。
 端末も、「何らかの方法でデータをダウンロードされたらカウントダウンを始める」という細工が仕込んであったのだろう。
 カウントダウンされる残り時間は2分。
 逃げる以外に二人にできることはない。
「リリィ、逃げるよ!」
「はい!」
 ノエルが記憶デバイスを鞄に押し込み、リリィも取り出しかけたC4を鞄に戻し、走り出す。
 パルクールの要領で機械を乗り越え、二人は工場の外に出る。
 ――それだけでも不安、なるべく遠くに逃げなければ。
 先日リリィが仕掛けたC4のせいで崩れる瓦礫に巻き込まれかけたことを思い出す。
 テロ組織もノエルたちを潰すつもりであるなら爆薬の量をケチることはないだろう。
 爆風から身を守るなら何かを盾にして体を低くするとノエルは聞いてはいたが、この廃墟でそれはできない。
 ――少しでも遠くに。
 ――振り返る余裕などない。
 後ろで、爆発音が響く。
 爆風が二人に迫る。
 それでも、二人は逃げ切った。
 広い通りに出て、後ろで崩壊する廃墟を眺めながらノエルは何度も息をついた。

 

「ガセネタというか、罠だったんですが!」
 珍しく、ノエルが声を荒げる。
 それに動じることもなく長官はデスクの上で手を組んだ。
「よく無事だった。まさか何もないように見せかけて巧妙に罠を仕掛けるとは」
 全くです、とノエルが鼻息荒く頷く。
「一応潜入捜査官という肩書ですが、絶対私の事バレていますよね?」
「いや、君の詳細はバレていないはずだ。バレているなら既に君の職場や居住地にも影響が出ているだろう」
 それは一理ある。あくまでも、「嗅ぎまわっている狗がいる」程度の認識なのだろう。それで今回のような罠を仕掛けた、ということか。とノエルは納得する。
「……それで、持ち帰ったデータはどうなったんですか」
 ふと気になり、ノエルは長官に確認する。
「現在精査中だ。ただのポルノデータだけかと思ったら他にもいくつかデータが入っていた。遠隔で何かを操作するシステムも入っていたためどこから監視されていたのかの特定も試みている」
「それがテロ組織の本拠地だとすぐに断定しないでくださいよ。また罠だったら行きたくありません」
 はっきり言うな、と長官が表情を変えることなく言い、それは勿論、と続けた。
「必要以上に危険なことをさせるわけにはいかない。情報の精査が終了し、裏が取れれば君に潜入してもらうことになるだろう」
 本来なら廃棄処分されるリブーターを匿った罪で処刑されてもおかしくなかったところを条件付きで助けられているノエル。この潜入が厳しいものであったとしても文句は言えない。それでも思ったことはある程度はっきり言わなければそれはリブーターと変わらない。
 それを分かっているから、長官もノエルの発言を咎めることはあまりなかった。
 人間はリブーターと違う。自我があるから、人間は人間として生きていける、と昔誰かが言っていた。
 ――しかし、本当にそうなのだろうか。
 ちらり、とノエルはリリィを見た。
 リリィはリブーターだ。それは紛れもない事実だと彼は再認識する。
 だが彼女には自我がある。人間の的確な指示がなければ行き過ぎた行動をとることもあるがそれでも自分の意志で意見を述べるし自分で判断して行動する。そうノエルは彼女と行動を共にしてはっきり感じ取っていた。
 それならば、人間とリブーターの違いとは何であるのか。と、ノエルは考えてみる。
 ――血が通っているから人間? 一度死んだからリブーター? その差にあるものは?
 それが何か、ノエルには分からなかった。
「とりあえず、結果が出るのに数日はかかるだろう。結果が出たら、追って知らせる」
「分かりました」
 軽く会釈し、ノエルはリリィと共に部屋を出た。

 

 そして今、ノエルはテロ組織の拠点とみられる建物にいる。
 先日入手したデータの解析が終わり、発信元を特定、情報の精査の末管理局が信憑性は高いと判断したためだ。
「この施設を制圧することができればテロの脅威を一つ取り除くことができる。だが、情報の裏付けは必要だ」
 長官は、そう言ってノエルを送り出していた。
「君なら必ず結果を残してくれる」
 ――どこまでが本心なのやら。
 確かに半年、ノエルは厳しい訓練と数度の潜入は行った。ある程度の結果も残せているだろう。それでも。
 彼は自分が使い捨ての駒であるという感じは拭い去ることができなかった。
 彼自身元々消される身分だったのだ、あわよくば情報入手、失敗しても管理局の損失は少ない。
 リリィもそれに同じく。既に耐用年数が経過している。いつ廃棄しても問題ない。
 結局はノエルもリリィも「もう存在しなくてもいい存在」なのだ。
 潜入した施設の廊下を歩きながらノエルはそんなことを考える。
 テロリストの主張もノエルにとってはよく分からないものだった。
「リブーターの技術を独占し、利益を貪る管理局に正義の鉄槌を」
「人類はリブーターに頼っていてはいけない、リブーターから解放されるべきだ」
 テロ組織は一つだけではない。様々な主張がある。
 ただ、その多くがリブーターの在り方と、管理局の体制に対する批判だった。
 それでもその思想を主張するためにリブーターを利用し、何の罪もない一般人を巻き込むのは許されないことだ、とノエルは思う。
 両親がテロ組織によって利用されたから彼はそう感じたのか。
 注意深く施設を進み、見かけた巡回もうまく無力化して二人は先へ進む。
 やがて、ノエルは一つの扉の前にたどり着いた。
 リリィがそっとドアを開け、ノエルが中にいた人物に銃を向ける。
「動くな!」
 そこにいたのは管理局が追っていたテロ組織のリーダーだった。
 ノエルがあのガセネタと思っていた罠から出てきた大物。
 リーダーが、両手を挙げながらノエルを見る。
「……思っていた以上に若造だな」
「おとなしく投降してください。この組織は、もう終わりです」
 はは、とリーダーが嗤う。
「管理局の狗が何を言うか。終わりだと? 逆だ、始まりだよ」
「どういうことですか」
「この組織は私が逮捕されることで本当に終わると思うか? だとしたらおめでたいな」
 追い詰められているはずのリーダーの方が余裕がある。
 優位に立っているはずなのに不安を覚えるノエル。
 ――始まり、とは。
「まだ分からないのか。この世界はリブーターに頼りすぎている。そして、管理局は隠しているだろうがリブーターの中には自我を持つ者も存在するじゃないか。お前の隣にいる奴はどうか分からんがな」
「それは……」
 ノエルが言葉に詰まる。
 リーダーが指摘する通りだ。リブーターの中には確かに自我を持つ者も存在する。そんな存在に人類が頼りすぎてしまえば。それは本当に正しいことなのかと、ノエルが一瞬疑問を持つ。
「ノエル、惑わされてはいけません」
 耐えかねたのかリリィが口を出す。
 分かってる、分かってるんだとノエルが呟く。
 それでも、リーダーの言葉に惑わされるのはノエルの心に響いてしまったからか。
 管理局の在り方は本当にこれでいいのかと彼は疑問を持ってしまう。
「……ノエル」
 数秒の沈黙がその場を支配する。
 リーダーが、勝利を確信したかのように言葉を紡ぐ。
「君はどちらかというとこちら側の人間に近い。管理局ではなく、こちらに来るべきだ」
「何を……」
 ノエルが掠れた声でそう呟く。
 そして、
「何分かったような口をきくんですか! 貴方は何も分かっていない!」
 何かを吹っ切るような、そんな様子すら感じさせる勢いでそう叫び、ノエルは銃を構え直した。
「僕の両親はテロリストに利用された! そんな奴らの仲間になると思うんですか!」
「思うね」
 あっさりと、リーダーが断言する。
「何が君を管理局に縛り付けているかは分からない。だが、君はいずれこちら側に来るだろう。まぁ、今はおとなしく逮捕されようではないか」
 リリィがノエルよりもしっかりと銃を向けているからか。
 テロ組織のリーダーは、今までの詭弁はどこへ行ったと思わせるような様子で投降し、逮捕された。
 その直後に突入した特殊部隊に施設は制圧され、このテロ組織は事実上の壊滅を世間一般に知らしめた。
 ――これで一つ平和に近づいた。
 誰もがそう思った。
 テロ組織はまだある、だが心配の種は一つ減ったのだと人々は胸を撫で下ろした。
 帰還したノエルも長官にそう言われ、よくやったと褒められた。
 周りはただ束の間の平和を貪っていた。

 

 ――だが、本当にこれでよかったのだろうか。

 

「…………」
 工場の屋上で、ノエルが空を見上げながらため息をついた。
「どうしたのですかノエル」
 工場長が探していますよと言いながらリリィがノエルの横に立つ。
「……うーん、分からないな」
「何がですか」
 ノエルの意図が全く掴めず、リリィが困惑したような顔をする。
「なんというか、僕の行動って本当に正しいのかなって」
「ノエル、自分が何を言っているのか分かっているのですか」
 リリィは自分の使命を忘れていない。
 彼女にはノエルが管理局を裏切った時、独自判断で彼を排除するという使命がある。
 その使命は絶対で、いくら所有者が彼であったとしてもそれを上回る管理局権限で発令されているため上書きすることは不可能。
 そのため、ノエルのこの発言はかなり危険なものだと彼女は認識した。
 一歩間違えれば、彼女は彼を消さなくてはいけない。
 ――しかし、本当にそんなことができるのだろうか。
 リリィがふと覚えた不安。
 彼女は所有者ノエルを本当に撃てるのかと。
 ――自分はリブーター。生者に使役されるだけの存在。逆らえば、廃棄される。
 それでも、リリィはノエルの考えを尊重したかった。
 管理局の命令と、ノエルの今の考えという相反するものがリリィを惑わせる。
「……ノエル、私を惑わせないでください」
「……リリィ?」
 リリィの言葉に、ノエルが頭を上げて彼女を見る。
「何言ってるの?」
「それ以上危険な発言をされると、私は貴方を撃たなければいけなくなります。でも、今はそうしたくない」
 リリィが本心を告げる。
 暫しの沈黙。
 なんだ、そういうことかとノエルがふっと笑った。
「大丈夫だよリリィ。ちょっと迷ったりもするけど僕は管理局の人間だ。これ以上惑わされたりしない」
「本当ですか」
「確かに、あのテロリストの言う通りこの世界はリブーターに頼りすぎているかもしれない。でもいいじゃないか、それでも。大丈夫、あんな奴の言葉になんて」
 チクリと、何かがノエルの胸を刺すが気にせず続ける。
「僕の使命はテロ組織を壊滅させて人間とリブーターが平和に過ごせる世界を作る手伝いをすること。それでいいじゃないか」
「ノエル……」
 ノエルの言葉に、リリィが一瞬言葉に詰まる。
 だがすぐに彼女はニコリ、として頷いた。
「そうですね。そんな日が来ることを信じています」
 行きましょう、工場長が待っています、とリリィがノエルを促す。
 そうだね、とノエルも立ち上がった。
「まぁ、テロ組織はまだまだあるし、次の目標が決まるまではゆっくりするよ」
「でも、せめて私に一太刀浴びせるくらいにはなってくださいね」
 思わぬリリィのきつい一言。
 今までの訓練でもノエルは彼女に一太刀も浴びせることに成功したことはない。
 これは厳しい訓練が待っているなと思いつつ、ノエルは次の任務に向けて頑張らないと、と呟いた。

 

To Be Continued…

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