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Dead-End Abduction 第5章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 先の大戦知性間戦争の爪痕が残る世界。
 大きく人口が減った人類は屍体を再起動リブートし、再起動者リブーターと呼んで労働源としていた。
 そのリブーターをメンテナンスする調整技師アジャスター、ノエルはある日自我を持つと思われるリブーターと遭遇、興味を持ったことで管理局に拘束され、「管理局に反逆しない」ことを証明するために管理局直属の工作員となることを強いられる。
 その首輪役として与えられたリブーター「リリィ」と共に反リブーターのテロリスト排除を行うノエルであったが、とある任務でリリィは管理局長官に命令を上書きされ、ノエルの下から離れてしまう。

 

 
 

 

 ――リブーターとは、ただ人口が減った人間の代わりの労働力になるだけではない。
 溶けゆく筋肉、崩壊する骨格。
 先の大戦知性間戦争で対アドベンター兵器として投入されたナノマシンは人類にも作用した。
 多くの人類が、塵と化し命を落としていった。
 何故だ、と開発者は問う。
 付着した対象物のDNA構造を解析し、アドベンターであれば特定の波長を発して細胞間の結合を弱め、崩壊させるナノマシンがなぜ人間にも作用したのか。
 何らかのバグがあったのか、それともナノマシン生産機関にハッキングしてプログラムを書き換えた存在がいたのか。
 いずれにせよ、原因は追究しなければいけない。
 複数の場所から決死の覚悟で散布されたナノマシンを回収し、プログラムを解析する。
 だが、どのナノマシンにも何のバグも書き換えられた痕跡も存在しなかった。
 そんな、人類が自らの手で滅亡に向かう状況に陥った時期になってアドベンターは地球への移民を条件に人類と停戦協定を結び地球から撤退、人類は戦後処理の一環として地球を汚染したナノマシンの除去を行うことになった。
 そこで目を付けられたのがリブーターだった。
 ナノマシンは付着した対象の血液を採取することでDNAを抽出、判定するように設計されている。それに対してリブーターは死した存在。様々な技術を利用して稼働するが血液は体内を流れていない。
 つまり、高濃度ナノマシン汚染区域に侵入しても崩壊することはない。
 労働力としても申し分ないため、相当数の屍体がリブーターとして再起動された。
 そして、終戦から五十年を迎える。

 

  Dead-End Abduction

Chapter 5  真意

 

「リリィ……」
 実行部隊が乗ってきた軽装甲機動車に同乗させてもらい、ノエルはリブーター管理局へ向かっているところだった。
 管理局の長官によって命令を上書きされ、彼の元を離れたリリィ。
 本来の目的はテロリストのリーダーの確保であったはずだ。それなのにリリィはリーダーを射殺し、長官と同行した。
 とりあえずは帰還し、長官に真意を問うべきだろう。
「ノエル、」
 不意に、ノエルの向かいに座っていた隊長が声をかけてくる。
「何でしょうか」
「ひどい顔をしているぞ」
 隊長にそう言われ、ノエルは思わず両手を頬に当てた。
「そんなにひどいですか」
「ああ、悪いものを見たような顔をしているぞ」
 悪いものか、とノエルは呟いた。
「……ええ、悪いものを見た気がします」
 リリィが自分を裏切るところを。
 いや、裏切った、は語弊があるかもしれない。彼女は長官に命令を上書きされただけだ。自分の意思で彼の元を離れたわけではない。
 そう、信じたかった。
 ガタゴトと揺れる車内でノエルはそうあってくれと祈るばかりだった。

「面会禁止、ですか」
 長官の執務室前の受付で、ノエルが受付嬢の言葉を繰り返す。
「どうしてですか」
「今は誰も入れるな、と」
 受付嬢の言葉は冷たい。
 それでも、ノエルは引き下がることができなかった。
「長官に会わせてください。どうしても聞かなければいけないことがあるんです」
「許可できません。絶対に誰も入れるな、と」
「それでも! リリィを連れていかれたんですよ?」
 そう、ノエルが食い下がるが受付嬢はうんと言わない。
「警備を呼びますよ」
「お願いです、長官に会わせてください」
 ノエルがそう食い下がるのと、受付嬢がデスクの受話器を手に取ったのは同時だった。
「ちょ、本気?」
「長官室前で錯乱したエージェントが業務妨害をしています。直ちに排除してください」
 まずい、これはまずいとノエルはきょろきょろと周りを見る。
 警備が到着するまでにここを離れたほうがいいかもしれない、と、彼は立ち去ることにした。
「……分かりました、改めます」
 慌ててその場を離れ、ノエルはどうするべきだ、と考えた。
 長官に面会することも叶わない、このままでは手詰まりだろう。
 なんとかして、面会する算段を立てなければと考えつつ、彼はその場を立ち去った。

 その通知は唐突だった。
「……僕を、解放する、と?」
 突如現れた管理局のメッセンジャーの言葉に、ノエルが声を上げる。
「はい。長官は確かに『ノエル・ハートフィールドを現在の任から外す』と」
「でもどうして」
 確かに、最大規模のテログループを壊滅させたことは事実であるが、それでもまだ小規模なグループは多数存在するはず。今ここで解任するのは時期尚早ではないだろうか。
 ――もしかして、長官は何かを隠している?
 ノエルが、リリィと共にいることで発生する何かを知られたくない、ということか。
 それなら辻褄が合うのではないだろうか。
 長官は何かを隠している。それは断言してもいいだろう、とノエルは判断する。
 それなら、どうしても長官に会って話をしなければ。
 だが、どうやって。
 管理局で鍛えられた割にはこういうときの対処方法が浮かばないノエル。
「どうすれば……」
「何か悩んでいるようだな」
「ひょわぁっ!?!?
 全く唐突に後ろから声を掛けられ、ノエルが変な声を上げる。
「なんだよ、幽霊にでも出くわしたような声を上げやがって」
「え、エイブラハムさん……?」
 違法な闇リブーターダーターを狩るダークハンター、ノエルも依然何度か助けられたエイブラハムであった。
「なんでこんなところに」
「通りがかっただけだよ。なんか管理局の連中がいるなと思ってな」
 何を話していたんだ? とエイブラハムに問いかけられ、ノエルは解任の話を伝えることにした。
 ふむふむ、と話を聞くエイブラハム。
「お前が以前やらかしたことをなかったことにしてくれるんだろ? だったら気が楽になるんじゃないのか?」
「……それが、突然リリィの命令を上書きして連れ去って、長官から直接何の説明もないまま解任ですよ。納得できない」
「で、お前は長官の真意を問いただしたい、と」
 こくりと頷くノエル。
 だったら、とエイブラハムがにやりと笑った。
「問いただせばいいじゃないか」
「だからどうやってですか」
 それができたら苦労しませんよというノエルの抗議にだからな、と、エイブラハムが説明する。
「お前は管理局で何を訓練してきたんだ。潜入すればいいだろ。勝手知ったり、どのルートで潜入すればいいかくらい分かってるだろ」
「なるほど」
 その手があったか。で、済むノエルではなかった。
「それ、真意を問いただせても拘束まっしぐらじゃないですか」
「んなもん今までの訓練を思い出して乗り切れよ。長官を人質にとるとかできるだろ」
「自分の事じゃないからと調子に乗ってません?」
 ははは、とエイブラハムが声をあげて笑う。
「そう思うか? まぁ、否定はせんがな」
「……否定しないんですか」
 まったく、この男、フリーダムだなとノエルは内心思った。
 こんな性格だからこそ、深刻な局面でも生き延びられるのか、とも思う。
 しかし、エイブラハムの言う通りノエルは管理局で潜入、戦闘の訓練は受けてきた。成績優秀かと聞かれると答えに困るがそれでも訓練を受けていない人間よりは立ち回れるだろう。
「……潜入、ですか」
「ん?」
 ノエルの呟きにエイブラハムが表情を変える。
「ありがとうございます」
「何に対してのその言葉だ?」
 エイブラハムの問いに、ノエルははっきりと宣言した。
「管理局に潜入します。たとえ死ぬことになったとしても何も知らずに死ぬよりはいいです」
「何も掴めずに死ぬことになるかもしれないんだぞ?」
「覚悟の上です」
 そう、はっきり言ったノエルにエイブラハムがああそうか、と悟る。
 ノエルのその決断力こそが彼の最大の武器であると。
 生半可な決断力ではリスクを冒してまで廃棄が決定しているリブーターを匿うことはないしこれまでの数々の任務を生き延びることはできない。
 それに、自由の身になったという事実を受け入れずに自分が納得する方を選ぶということは少なくともエイブラハムは考えなかった。
 ただ、ノエルの悩みに対して少し煽っただけだった。
 それなのに、ノエルは管理局に潜入することを選択した。捕まれば命はないだろうし、捕まらない可能性の方が低い。
 それでも、それを覚悟の上でノエルは選択したのだ。
 結論を出したのなら、それを尊重すべきだとエイブラハムは思った。
「……頑張れよ、ノエル」
 ノエルの肩を叩き、エイブラハムはそう言った。
「お前がそう決めたのなら俺にはそれを止める権利はない。焚き付けたのは俺だしな」
「エイブラハムさん、」
 本当は冗談のつもりで言ったのだろう、だから止めるだろうと思っていたノエルがエイブラハムを見上げる。
「……ありがとうございます」
 そう言った、ノエルの顔は先ほどまでと違いスッキリしているように見えた。
 いっちょ前に育ちやがって、とエイブラハムは父親のような気分に浸る。
 ノエルとの出会いは彼が一人のリブーターを匿って、それを処分した時だった。
 その時の彼と今の彼は顔つきが全く違う。
 管理局での活動が、彼を大きく成長させたのだとエイブラハムは実感した。
 同時に、それなら自分はノエルを可能な限り手助けしたい、とも。
「それじゃ、行ってきます」
 エイブラハムに軽く会釈し、ノエルは彼に片手を差し出した。
「握手、してもらってもいいですか」
「……ああ」
 エイブラハムも片手を出し、ノエルの手を握る。
 すると、ノエルはもう片方の手をポケットに入れ、何かを取り出した。
 それを、エイブラハムに差し出す。
「エイブラハムさん、これを」
 エイブラハムがそれを受け取り、確認する。
 それはノエルの財布だった。
「僕の全財産です。足がつかないように電子マネーは全額キャッシュに両替しました」
「どういうことだ」
 手渡された財布の重みに、エイブラハムは眉を寄せてノエルを見る。
「口止めですよ。エイブラハムさんが管理局から依頼を受けたときの報酬はいくらか分かりませんが、何も渡さずに僕が管理局に行けば、密告するでしょう?」
「ノエル……」
 本気で死ぬつもりなのだ、とエイブラハムは悟った。
 もしかすると、管理局に対して何かしらの情報を得ていたのか。
 ノエルはこうなることを見越していたとでもいうのか。
 いや、エイブラハムと遭遇することは想定の範囲外だったかもしれない。それでも、何かあった時、何かアクションを起こすと決めた時のために準備だけは行っていたのだろう。
 そして、それを現時点で信頼できるだろう自分に託すのかとエイブラハムが分析する。
 ノエルに密告の件を指摘されたエイブラハムは彼から手を放し、少し照れ臭そうに頭を掻いた。
「バレたか。お前がそのまま管理局に行くというなら密告して報酬をもらおうかと考えていたさ。共犯者にはなりたくないからな」
「やっぱり」
 エイブラハムはフリーの闇リブーター狩りダークハンターとはいえ時には管理局からの依頼をこなして報酬を得ている。逆を言えばその報酬以上の金さえもらえれば金を積んだ側に付く。
 実際のところ、ノエルが手渡してきた財布の重みでは管理局からの報酬にはやや届いていない。
 だが、エイブラハムの心は「管理局には密告しないでおこう」という考えに傾きつつあった。
 ノエルの覚悟。それに仁義を立てるのもいいかもしれない、と思ったのだ。
「足りないな」
 にやりとしつつ、エイブラハムがノエルに言う。
「……やっぱり、管理局に?」
 不安そうな表情をしてノエルがエイブラハムを見る。
 その彼の頭にエイブラハムはポンと手を置いた。
「当然、足りない分は戻ってきてから払うんだろ?」
 そう言ってから、
「だから死ぬな。必ず活路を拓け」
「エイブラハムさん」
 ノエルの不安そうな表情が、先ほどの覚悟を決めた顔に戻る。
 それを見て、エイブラハムも頷いて見せた。
「幸運を祈る」
「ありがとうございます。それじゃ、行きますね」
 そう言い、ノエルが歩き出す。
「……おいノエル!」
 思わず、エイブラハムはノエルに声をかけた。
 立ち止まり、彼を見るノエル。
「お前は一人じゃない。だから、道を見誤るな」
「エイブラハムさん……」
 ノエルが、力強く頷く。
 そして、再び歩き出した。
「……ノエル」
 後ろ姿を見送り、エイブラハムは死ぬなよ、と呟いた。

 今までの訓練のおかげだろう、ノエルは監視カメラを誰にも怪しまれずに回避して管理局本部を進んでいた。
 解任直後とあり、一度エントランスを抜けてしまえば彼を怪しむものはほぼいない。
 その潜入の一番難所とも言えたエントランスのセキュリティもノエルは職員を一人丸裸にすることで入館に必要なデータを入手し、突破していた。
 慎重に、それでも怪しまれないように堂々と、ノエルは館内を進む。
 だが、今は問題なく進めてもどうしても突破しなければいけない難関があった。
 それは長官の執務室の前にある受付。
 ここが無人になることはなく、出入り口はここしかない。
 どうやって受付を回避するか、ノエルは考えなければいけなかった。
 受付は長官の秘書である女性が控えているため、強行突破をしようと思えば彼女を無力化することで実現可能である。とはいえ、無駄な殺傷は控えたい上に受付の監視カメラを無効化する必要もある。
 先に秘書を無力化すればカメラに発見され、先にカメラを無効化すれば秘書に発見される、絶妙な位置どりだった。
 さてどうする、とノエルは考えた。
 確かに長官の真意さえ分かればあとはどうなってもいいという覚悟はしていた。それでも、それがベストな結果とは限らない。むしろ真意を全て語られる前に警備を呼ばれて取り押さえられ、処刑されるのが目に見えている。そんな愚を犯してまで、ノエル自身が犠牲になることで全てを知るのはなんのメリットもない。
 そうなると、と考えてからノエルはああそうだ、と気がついた。
 長官もリブーターではなく生身の人間である。執務室にバスルームがあるわけでもなく、催せば当然執務室を出てトイレに向かう。
 そこに秘書が同行することはなく、この長官の執務室があるフロアは基本的に人が少ない。
 うまく人払いできれば長官と二人きりになることは可能である。
 少々ベタな手であるとはノエル自身も認識したが、案外ありがちな手ほど使った時の成功率は高い。
 よし、この手で行くと決め、ノエルは早速行動に移した。

 訓練や様々な任務の結果だろうか、ノエルは待つことには慣れていた。
 辛抱強く待てば必ず道は開ける。それは当たり前だができない人間には難しいことである。我慢できない人間はすぐに根を上げ、強行突破を考えてしまう。
 幸い、ノエルは辛抱強い方だった。思い立ったら即行動する行動力もあるが、待たなければいけないのであるならばそれなりに待つ。
 長官がわざわざ別のフロアのトイレを使わない限り、必ずここに来る。
 そう信じて待つこと数時間。
 トイレに人影がよぎり、一人の男が入ってきた。
 ノエルの予測通り、入ってきたのは長官。
 即座に「清掃中」の看板をトイレに入り口に置き、ノエルは長官の背後に立った。
「長官、」
 ノエルに声をかけられ、長官がびくりと身を竦ませ、そして振り返る。
「ノエル、どうして君がここに」
「どうしてもお尋ねしたいことがあります」
 ノエルの手に握られていたのは一丁の拳銃。
 解任されたことにより拳銃は回収されていたが、拳銃程度ノエルも所持している。流石に管理局から支給される最新型のものと比べれば型落ち品だが、目の前の男の頭を撃ち抜くのに支障はない。
 長官が咄嗟に懐に手を入れ、そこに収納してある拳銃を抜こうとするが、懐に手を動かす前にノエルは拳銃を突き付け、両手をあげるように指示をする。
「分かってますよ、長官。両手を挙げてこちらを向いてください」
「何が目的だ?」
 ノエルの指示に従い、長官が体をノエルに向ける。
 拳銃を突き付けたまま、ノエルは口を開いた。
「どうしてリリィの命令を上書きしたのですか」
 彼の問いに、長官がなんだと鼻で笑う。
「そんなことか」
「いいえ、それだけではありませんが、一つずつ」
 ノエルの言葉に長官は少しだけ感心した。
 普通、こういった状況では短い時間で多くの情報を得ようとするため立て続けに質問することが多い。
 だがそれでは全ての質問に一度に答えられない上にわざとずれた回答をする余地もでき、質問者は正確な回答を得ることができない。さらに回答者はずれた回答を重ねることで時間を稼ぎ、突破口を開くことができる。
 そのため、ノエルの「一つずつ」という質問は「回答をごまかして時間を稼ぐ」ことができない。逆に、必要な回答を的確に集めることができる。
 その尋問技術もノエルは訓練で培われていた。
 思っていた以上に成長していたのだな、と長官は内心そう思い、そのノエルの成長に敬意を評して回答することにした。
 長官も伊達に管理局の一員をしているわけではない。逆転のカードは手の内にある、という余裕でもあった。
「リリィの命令を上書き、それはテロリストのリーダーを射殺させたことか」
「そうですね。まずはそこから」
 落ち着き払った長官の言葉に、ノエルがわずかに眉間にしわを寄せる。
 長官の性格や癖はある程度把握しているつもりではあったが完全ではない。
 きっとどこかに何かしらの隠し球は持っている、と考えた方がいいとはノエルは自身に警告していた。
 解任前は面会すら許可しなかった長官である、ここで正直に回答する姿勢を見せるということは、必ず何かアクションを起こす。
 その時にうまく立ち回れるか。ノエルは現時点で優位に立っているにも関わらず背筋に冷たいものが流れるような錯覚を覚えていた。
「なに、射殺命令を出したのは危険だと判断したからだ。君に変なことを焚きつけられても困るしその前に自爆でもされかねないと判断したしね」
「変なこと……それは」
 テロリストのリーダーの言葉。
 ――『こちら側の人間』に近い。
 管理局の人間という立場でありながら、ノエルは確かに管理局のあり方について疑問を覚えつつあった。
 それは彼自身が「耐用年数を超えたリブーターを例外なく廃棄する」と管理局が決めたルールに疑問を抱いていたからか。
 そんなノエルの思考を読んだかのように長官が話を続ける。
「君が犯した罪は管理局に刃を向けたこと、そもそも君は我々が管理しなければテロリストになっていた可能性がある……いや、今この瞬間管理局に楯突くテロリストになっている、と言った方が正しいかな」
「僕はテロリストを許しません。ですが、だからと言って管理局のあり方に賛同できるわけでもありません。管理局に賛同できないならテロリストとみなす、というのであれば確かに僕はテロリストの一員なのかもしれません。ですが」
 ふぅ、とノエルが自分を落ち着かせるように息をつく。
「僕からリリィを離したのは僕が彼女を使ってテロを起こすかもしれないからですか」
 一番聞きたかったことを、ノエルは口にした。
「僕とリリィが組むことで、管理局を脅かすかもしれない、と?」
 ノエルがそういった瞬間、長官の眉がわずかに寄った。そしてその表情の変化をノエルは見逃さなかった。
 図星だったのだ、と彼は判断する。
「あのグループを排除すれば大半のテログループの活動が鈍る、それは事実ですよね」
 ああそうだ、と長官が頷く。
「と、なると管理局の不安要素は僕とリリィに絞られるということですか」
「その通りだ」
「……どうして、僕とリリィが不安要素になるのですか」
 ノエルが直感的に覚えた違和感。
 不安要素になるのなら、普通は解任することなく飼い殺すだろう。
 少なくともノエルが長官の立場であれば追い出し部屋的な部署に送り込むなどして飼い殺す。
 それをせずにノエルを解任した長官の意図を知りたい。
 長官が、質問に答える。
「リリィは耐用年数が過ぎたリブーターだ。しかもそれによりさらに膨大な経験データを得ている」
「どういうことですか?」
「リブーターの学習能力は君も知っている通りだろう。様々な経験をすることでより高度なことができるようになる」
 ノエルが頷く。
 リブーターの制御システムには学習AIが搭載されている。それによりリブーターは稼働してすぐの言われた通りの仕事を淡々とこなす状態から、自己判断して作業を行ったり、よりスムーズな作業を行えたりするようになる。人間がたとえ双子であっても経験が違えば全く別の個体となるように、リブーターも経験が違えば全く別の個体となる。このように経験すればするほどリブーターはより高度な技能を取得する。
 それを思い出し、ノエルはハッと気がついた。
「僕と組むことで、リリィはより高い戦闘技術を身に付けた?」
「正解だ。しかも、君の思想も吸収している」
 リリィもまたテロリストに近しい存在になっているのだよ、と長官が続けた。
 だから、二人を引き離したのだ、と。
「それに、君は既に用済みだ」
「……でしょうね」
 ノエルはなんとなく分かっていた。自分が用済みでなければ解任することもないだろうということを。
 しかし、それでも違和感は拭えない。
 この気持ち悪い違和感は何なのだろうか、ノエルが自問し、そして気づく。
「まさか」
 その言葉をノエルが口にした瞬間、長官がニヤリと嗤った。
「気づくのが遅い。ノエル・ハートフィールド」
 直後、鳴り響く警報音。
「……な!?」
 ノエルが警報音に気を取られたわずかな隙を突き、長官が懐から拳銃を抜き、彼の手から拳銃を叩き落とす。
 長官が彼の眉間に銃口を突きつける。
「このフロアは基本的に重要人物が控えるからね、どのような状況でも警報くらい鳴らせるのだよ」
 視線でノエルに足元を見るように促し、長官は片足を退けた。
 そこにあるのは小さな赤いボタン。
 そのボタンは各小便器の足元に、足でもすぐ押せるようにセッティングされている。
「トイレは誰もが使う上に基本的に一人で利用するものだからね、対策くらいしているのだよ。ここで待ち伏せするのは基本中の基本、基本すぎて逆に使われないと思ったのかね?」
 ノエルの行動は完全に読まれていた。
 だから、長官は敢えて質問に答えたのだ。
 答えるだけ答えてから確保し、処分してしまえばいいと。
「く……」
「いい線は行っていたんだけどね。残念だよ、ノエル君」
 そう言ってから、長官は勝ち誇ったように決定的な言葉を口にした。
「まぁ、真実を知りたいという君の願いには答えてあげよう。君がリリィに覚えこませた経験は他のリブーターを教育し、私の世界を生み出す母胎となるのだよ」
「まさか」
 長官が頷く。
 これは、ノエルが、いや、テロリスト全体も危惧すべきことであっただろう。
「リブーターを使い、私は世界の王になる。命令に忠実なリブーターさえいれば全ての人間を管理することは簡単なのだよ。先の大戦知性間戦争で人類が生み出したナノマシンは人口を大幅に減らした。これだけ減れば、私とリブーターで管理することも簡単だ」
 ナノマシン汚染で荒廃した地球は除染されきっていない。人類が集まるところは限られているしナノマシン技術はいまだに廃れていない。
「リブーターと殺人ナノマシン、この二つが揃えば人類は私にひれ伏すしかなくなるのだよ」
「……狂ってる」
 思わず、ノエルが呟く。
 狂っている? それはどうかなと長官はニヤリとした。
「人類は管理を待っているのだよ。誰かが管理しなければ常に争い、私利私欲のために行動する」
「それはあなた自身のことではないですか。私利私欲のためにリブーターを利用しようとしてる」
 それが、ノエルにできる精一杯の抵抗だった。
 バタバタと足音が響き、重武装の警備兵がトイレになだれ込んでくる。
 あっという間に取り押さえられ、ノエルはただ長官を睨みつけるしかできなかった。
「ああ、ノエル君、君もリブーターになって私の駒として動いてもらうよ。私の計画を知り、阻止できなかった君がリブーターになって私の駒になるなんて、さぞかし屈辱だろうな」
「くそ……」
 手錠をかけられ、トイレから連れ出されるノエルの視界に入ったのは勝ち誇ったように笑う長官の顔だった。
「それじゃあ、ノエル君、公正な審判で君が裁かれるのを楽しみにしよう」
 耳に響いた長官の言葉は、ノエルの心を逆撫でするとても気持ち悪いものだった。

 

To be Continued…

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