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Episode.1 「黒き者がタクミを嘲笑う」

by:メリーさんのアモル 

 
 

   注意

 この物語はキーワード小説第2弾「世界樹」「戦争」「妖精」で書かれた3作品(「太平洋の世界樹」「未来を探して」「世界樹の妖精」)を読んだ前提で物語が進行します。

 先にこの3作を読んでいただくことを推奨します。

 


 

キャラクター紹介

 

[ナガセ・タクミ]……ユグドラシルシティに存在する軌道エレベーター「世界樹」のメガサーバーに勤める監視官カウンターハッカー。電子の世界を移動できる妖精に懐かれている。ARハックを使いこなす魔術師マジシャンだが、オールドハックも実用レベルで使える知識を持つ魔法使いウィザード でもある。

 

[電子の妖精]……タクミに懐いている「世界樹の妖精」。かつてメガサーバー「世界樹」を大きな騒乱に巻き込む原因となった。

 


 

 目の前の複数の六角形ヘックスが少しずつピンク色に染まっていく。
「こいつ、はやいな」
『まさか、魔法使いウィザード?』
「いや、魔法使いなら逆にこちらのセキュリティをはじきながら直進するはずだ。こいつはこちらの攻性因子ウイルスや、ダミーリンクトラップをきれいに避けて進んできてる。どうやってこっちの手の内を読んでるのか知らないが、少なくとも魔術師マジシャンなのは間違いない」
 そういいながら、俺も次々とピンク色に染まる六角形を先回りし、手元のアプリケーション一覧ウェポンパレットから様々な攻性因子やダミーリンクを仕込んでいく。ちなみに、ウェポンパレットの端で座りながらこちらにチャチャを入れているのが「妖精」だ。こいつは俺の……。
『間に合わない。突破される』

-Level 1 Break-

 

 妖精の言葉と同時、六角形群の中央がピンク色に染まり、その文字が中央に出現される。
『第二関門が突破されたね。まぁ、まだまだ序の口だけど?』
「第一関門だろ。六角形区域ヘックスエリア一つ一つの攻略に手間取るような奴がいるなら、そいつはそもそもこの世界樹に挑む資格すらない」
 世界樹の第一層は「認証エリア」と呼ばれる。IDとパスワードを入力して適切な階層へユーザーを引き渡すのがこの階層の役割である。肝心のIDとパスワードはより深い層に保存されているし、この第一階層にはほとんど見るべきものはない。現状確認されている限り、不具合によるアクセスインクジェクションも確認されていない。とはいえ、
「最短記録だな」
『魔術師でこの速さでLevel 1を突破したのはこの人が初めてだね。ま、タクミならもっと早くできるかもしれないけど?』
「馬鹿言え、あいつはこっちがどこに攻性因子やダミーリンクをどこに仕込んだか知ってるかのようにすべて回避した。いくらなんでも俺でも無理だ」
『んー。このコンピュータに不正な裏口バックドアが仕掛けられてて、全て筒抜け、とか? あるいは、操作記録アプリケーションキーロガーが勝手に』
「だったらお前が探してこい。機械の中ならお前の方が得意だろ」
『はいはい。見つけ出す前に抜かれないでよね』
 妖精が俺の頭の中にぬるりと入っていく。厳密には俺の頭の中の埋め込み型コンピュータインプラントチップに入ったのだが。
 Level 2のエリアが表示される。無数に絡み合うラインで構成された区域エリア。線一本一本が情報であり、俺たちの移動する通路であり、そして、異常データ消去システムファイアウォールである。ファイアウォールは本来、サーバーの結節点に存在するものだが、この世界樹はそもそも巨大なサーバーが無数に数珠繋ぎとなったメガサーバーである。この線一本一本がサーバーの結節点なのである。多くのハッカーは目当ての目標を見つけるために、無数に連なりからまるサーバーを進み、勝手にファイアウォールに引っかかる。
 しかし……。
「ま、そうだよな」
 当然、これを解析するアプリケーションがある。アプリケーションに頼ったハッカーは他人頼りの子供スクリプトキディと呼ばれるのが魔法使い時代の慣例だが、今や当たり前のように存在するアプリケーションをいかに組み合わせるかこそが魔術師の真価を分ける。……もちろん、アプリケーションを開発する真の魔術師もこの世界のどこかにいるのだろう。私達に魔導書を与えてくれる存在、例えるなら、作家マギウスか。
 そして、この第二階層以降の線だけのエリアを解析し、第一階層や一般のパソコンのような状態に変換してしまうアプリケーションが存在する。それが穿孔潜航アプリピアッサーだ。
 案の定、動体スキャンをかけても、すでに〝表側〟にはハッカーの気配は全くない。
「ポータル開放シークエンススタンバイ。空間強制展開」
 俺もいくつかのアプリケーションを使い〝裏側〟へ移動する。あくまでピアッサーを使わない。同じアプリケーション頼りでも、簡単にできるアプリを簡単に使ってしまえるほど、俺のプライドは安くない。
 というのはかっこつけすぎで、ピアッサーはその名前から想像ができる通り、その区域を穿つため、不可逆のデータ破壊をしてしまう。相手がするのは自由だが、こちらがするわけにはいかないのである。その分の損害賠償はこちらに行く。やむを得ない場合を後から証明出来たら別だが。
 第一階層と同じ六角形の網状ヘクスマップが展開される。もちろん、数は第一階層のそれとは大違いだ。最大の違いは平面ではなく球状に展開されていることか。要するに端がないのだ。
『おまたせ。何度も精査したけど、不正なアプリケーショントロイの木馬らしきものはなかったよ』
「そうか……。くそ、確実にこっちの網をかいくぐってくる……」
 攻性因子やダミーリンク程度では敵を捕らえられないのはもはや明白だ。そこで複数の区域に強制終了信号を送りつける。当然これはサーバーを強制的に停止させるコマンドなので、やはり損害賠償ものなのだが、これに関しては意外と寛大な処置がとられる。これについては案外上にも元監視官カウンターハッカーからの成り上がりというかたたき上げというか、そういうやつがいるんじゃないか、なんてよく噂されている。どうせなら他の不便な制約をも色々と取っ払ってくれたらいいのにな。
「なに!?」
 なんてのんびり考えながら、逃げ道をふさいで罠に誘い込もうとしたのだが……。攻性因子を事前に展開しておいた場所に別のコンピュータが接続してきてその攻性因子に感染した。自己成長を続けるのが本来のウイルスの強みではあるが、サーバー上に仕掛けたウイルスが際限なく自己成長し、こちらの管理を離れても困るため、ウイルスと違い、攻性因子というものは、世界樹サーバー上ではスリープ状態にあり、接続してきたコンピュータの中に移動(これはカット&ペーストで行われる)して初めて起動するようになっている。このため、今別のコンピュータが接続してきた区域には攻性因子が存在しない! 当然のように敵はそこを通っていった。
『今のコンピュータ、こいつの作ったポータルを介してきたよ』
 その直後、さらに複数のコンピュータが攻性因子の仕掛けられていた区域に接続し、敵がそこを通り抜けていく。
遠隔操作ネットワークBOTネットか!」
 BOTとは、インターネットから攻撃者の指示を受けて行動を起こす多目的ウイルスのことだ。ウイルス同様に自己改変機構を持ち、指示を受けた時以外は具体的な行動はとらないのが特徴だ。例えるなら、コンピュータ内を変装しながら警備スキャンを逃れつつ、指示したタイミングで破壊工作クラックを行う、スパイのようなプログラムだ。いや、スパイだとスパイウェアってのもあるんだが。そして、それが数百万台規模でネットワークを構成している状態をBOTネットと言う。魔法使いの時代に散見されるDDoS攻撃などはこれによって引き起こされてきた。
 しかし、これは魔法使いたちが使う手段だ。ということは……。
「やっぱり魔法使いか?」
『ずっと魔術師の振りをしてたってこと? なんでよ』
「今みたいに不意を打つためさ。もし魔術師だったら、俺の知らない方法があるんじゃない限り、さっきので王手チェック、いや、詰みチェックメイトだった」
『でも実際には魔法使いだった。で、もう中枢に入りこまれる』
「くそっ!」
 何が目的だ……。目的次第では俺の人生がここで詰みだ。
『むしろ、罪?』
 なんで、こいつはここまでのんきなのか。いや、まさか世界樹のログそのものを書き換えて他人に責任を擦り付けようとか考えてるんじゃなるまいな、こいつならありえる、いや助かるのはありがたいが。
 目の前にウィンドウが表示された。
【Welcom to Fairy World】
 という文字が表示される。
「また、妖精か。悪いけど、妖精の世界はついこの前からたっぷり味合わせてもらったばっかりだよ」
 ここで余裕を失ってはいけない。皮肉を返しながら、ブラウザの×ボタンをプッシュしようとした瞬間。無数の破片にそのブラウザが変換された。
『きゃぁ』
「うわぁ」
 ブラウザの破片の後からそこに出てきたのは突き出された槍だった。そして、その向こうにいたのは巨大な……蟻。
「な……」
 明らかに蟻は俺を見て、ギチギチギチギチギチと、牙を鳴らした。
 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ。と、羽音があちこちから聞こえる。羽の生えた蟻が、俺を囲んでいた。

 

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