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Episode.3 「リアル・ゲーム」

by:メリーさんのアモル 

キャラクター紹介

 

[ナガセ・タクミ]……軌道エレベータ「世界樹」のメガサーバーの監視官カウンターハッカー 魔術師マジシャン は体力も必要などと言ってはいたが、戦闘能力は皆無。

 

[電子の妖精]……3つ存在する〝妖精〟の一つ。タクミの相棒。今回の敵は動いて人に襲い掛かるAR画像なので、彼女の同類といえなくもない

 

[スミス・マミヤ]……アドボラの戦闘員。フェアリーガンという〝粒子〟銃を使う。

 

[フレイ・ローゾフィア]……連邦フィディラーツィア 出身のアジアゲームチャンプ。最近、プロゲーマー集団「クラン・カラティン」に移籍した。

 

 

用語紹介

 

[オーグギア]……私たちの世界における携帯電話と同程度普及しているウェアラブル端末。元はオーギュメントヘッドギアの略だが、小型化軽量化によってヘッドギアという名前がふさわしくなくなったため略称が正式名称となった。オーギュメントの名の通りARを利用した装置である。

 

[アドボラ]……GUFの独立監査部隊。まだまだ十分に行き届いているとは言い難い、少数種族等への権利擁護アドボカシー を目的としている。

 

[メガサーバー「世界樹」]……3つ存在する〝世界樹〟の一つ。地球全土と接続されている巨大なメガサーバー。ユグドラシルシティの軌道エレベータの内部に存在する。

 

[フェアリースーツ]……3つ存在する〝妖精”の一つ。主にアドボラが戦闘に用いる特殊なスーツ。”粒子〟操作能力を持つ人間が着込んで戦闘するために作られた。

 


 

 ▽ ▽ ▽

 

 ギチギチギチギチギチギチギチギチ。牙の音が鳴る。何の? 目の前にいる異形の、怪物だ。
「というか、蟻?」
 それは槍を持った蟻であった。
「ルシフェル?」
 少女が最初に思いついたのは彼女がランキング一位を確保しているゲームの敵キャラの名前である。
「違うか」
 しかし、すぐにその発想は違うと理解する。なぜならその蟻はそこいら中にいて、町中の人々に襲い掛かっているからだ。もし、この蟻がルシフェルの一種であるならば、周りで襲われて悲鳴を上げている人々はエンジェル――ゲーム「Shoot the moon」のプレイヤーのことを言う――であるはずで、何らかの要因でいきなり「Shoot the moon」がブームになって初心者ばっかりということでもない限り、エンジェルがあんな悲鳴を上げて逃げ惑うことはないだろう。
災厄の杖レーヴァテイン 権力の象徴グラム 拘束の魔銃グレイプニル
 少女が武器の名前をコールする。両手に剣。腰に二丁の銃。ゲーム「Shoot the moon」における彼女の、アジアゲームチャンプ、《緋色の悪魔ヴァーミリオン 》フレイ・ローゾフィアとしてファンたちから知られる姿である。
「えい」
 とりあえず、やってみるか、とばかりに目の前の蟻にレーヴァテインを振り下ろすフレイ。当然、すり抜ける。
「やっぱり効かないか……」
 ギチギチギチギチギチギチギチ。蟻がフレイを次の獲物と定め牙を鳴らす。先ほどまで蟻が狙っていた相手はばったりと倒れているのだが、フレイは「さて、どうしよ。これほどの高密度なARデータ。何か大きな報酬がもらえるイベントに間違いないと思うけど……」などと考えていた。ゲーム脳などとバカにするべきではない。彼女たちゲーマーにとって(そしてそれ以外の大多数の人々にとっても)、オーグギアによって表示された化け物のAR画像というものは何らかのゲームの敵だろうくらいにしか認識されないのである。もちろん、それでも周りで人が倒れていることは異常だと思うべきではあるが。その意味で、戦場というものを知らないこのフレイは幸せにまっとうに人間として生きられたがゆえに、そこまでの発想に至らなかったのだ。
 フレイはその槍を警戒して距離を取った。腰の鞘に二つの剣を戻し、二丁拳銃を装備する。対象に麻痺バインド 状態異常バッドステータス を与えるその銃の弾丸は、しかしやはり、蟻をすり抜けた。
「やっぱり、ShooS thet MoonM のイベントじゃない……?」
 フレイは視界に映るゲーム終了ボタンをタップし、「Shoot the Moon」を終了させる。
 当然ながらShoot the Moonの敵ではない蟻は消えない。
「消えない」
 まさか、こんな巨大な蟻が実在しているわけではないよな? と不安になったフレイはオーグギアの電源を切断する。
 一齧り分欠けたレモンのシルエットが出現した後、点滅し、消える。オーグギアの一大シェアを確保しているlemon社のロゴだ。
「流石に消えたか」
 ちょっと安心するフレイ。が、その安心はすぐに消える。
「え、なんで倒れてるの?」
 たくさんの人が倒れているのである。
「普通じゃない……」
 あの巨大な蟻に負けるとこうなるのでは? とようやくフレイの頭がその事実にたどり着く。そして同時に「もしかしてオーグギアを通さないと見えない未知の存在で、今も私を刺そうとしているのでは?」という発想に行きつく。
「lGearを起動しないと」
 フレイはオーグギアの電源を再び入れる。視界に、一齧り分欠けたレモンのシルエットが移り、ホーム画面のUIがAR表示される。当然、あの蟻も。
「おい、あれ、太平洋樹大戦のドヴェルグじゃないか?」
「あぁ、なんで? 起動してないのに……」
 ショッピングモールから出てきたARマーカーのプリントされたTシャツを着た二人が蟻を見て反応する。
「太平洋樹大戦?」
 即座にフレイはオーグギアの量子通信がOnlineになっていることを確認して、アプリケーションストアを起動する。
「えーっと、太平洋樹大戦」
 検索をかける。……それらしいものは見つからず、検索ワードを変えて検索。
「あった」
 それは「Pacific Tree War」というゲームアプリであった。アプリ紹介にはこうある。

 

 太平洋上に出現した巨大な樹木「世界樹」。そしてそこから現れた数多の「化け物」。彼らと戦い、生き延び、世界樹を攻略し、世界をあるべき姿に戻せ。

 

「〝文明大崩壊〟を扱ったゲームか」
 フレイはもう一度量子通信がonlineであることを確認し、アプリのダウンロードを実行する。
 文明大崩壊は何世紀も昔、西暦という暦がまだ使われていたころに起きた出来事だと言われている。太平洋に巨大な樹木パシフィックツリー が出現し、そこから現れた化け物は国連軍を打ち負かし。そして、それから十何年と経ったころ、ごくごく少数の〝英雄〟達がその巨大な樹木を攻略し、世界は再び平和になった。という。
 アプリケーションのダウンロードが終わる。
「太平洋樹大戦、起動」
 アプリケーションが起動する。
 手元にアサルトライフルらしき武器が出現し、UIがゲームによくみられる標準的なものに切り替わる。悪く言えばやすっぽい。よく言えば、なじみやすい。
「チュートリアルはなし?」
 と疑問に思ったところで通信が入る。
『よかった。つながった。特異空間騎兵部隊に転属されることになって移動中の新人さんですよね?』
 やや少年っぽい声。
「え、えぇ。そうだけど」
 特異空間騎兵部隊、というのが自分の所属する部隊の名前なのだろう、となんとなく認識し返答するフレイ。
『申し訳ありません。落ち着いて聞いてください。その場所にはもう特異空間騎兵部隊の基地はありません。見ての通り、ドヴェルグがいるのみです。こちらからもすぐに迎えを送ります。まずは生き延びてください』
「とんだ展開ね」
 銃はStMの初心者時代にそれなりに使わされてきたフレイ。アサルトライフルの運用もそんなに苦労はしない。
「私の知ってるアサルトライフルよりも軽いな。まぁStMは冷戦の時代を扱ってるもんな。でも、このゲームはいつの時代が舞台だろう? 国連があるってことは、P.A.D.脱西暦 よりは昔よね」
 フレイにとってはアメリカもソビエトも国連も、もう教科書で習う世界のお話だ。一応、フレイの住む連邦フィディラーツィア 圏はかつてソビエトやロシアがあった場所ではあるのだが。
「っていうか、全然効いてない!」
 フレイはそのアサルトライフルが確かにダメージ判定を与えていることは確認しつつ、しかし全く倒れる気配のない事実に、アサルトライフルの威力の低さに呆れる。
「やっぱりもっと高レベルユーザー向けのイベントなのかなぁ? いいえ、このフレイ・ローゾフィアのプレイスキルをなめないで!!」
 ゲーマー・フレイは、再び周りで倒れている人間のことを失念し、ドヴェルグ達との交戦を楽しみ始めている。

 

 △ △ △

 

「ユグドラシルシティ東口~ ユグドラシルシティ東口です。ユグドラシルシティ環状線、地下鉄線、ニュートレイン線は御乗換えです。世界樹への観光の方は駅を出て左のバス停からバスをご利用ください。次はユグドラシルシティ西口に止まります」
 電車が駅に停車する。電車から降りるごっつい装備をした青年が一人。砂漠からユグドラシルシティに向かっていた、スミス・マミヤである。
「この翼、移動の時は邪魔だな」
 いかに折りたたまれていると言っても、肩幅よりやや大きいし、ちょっと乗客は迷惑そうだった。電車内でリュックサックなんかを背負い続けるのはマナー違反だと言われるが、同じように背中を拡張しているフライトパックはややマナーに違反していると言えるだろう。そう簡単に着脱できるものでもないが。
「世界樹へは、駅を出てバス停からバス、か」
 が、駅前はなにやら黒いものがたくさんうごめいていた。もはや説明が必要であろうか、巨大な蟻である。
「砂漠にいた!」
 アドボラは少数民族の権利擁護などを目的とした集団である。どうみても人間的でなかったとしても、ひとまずは対話を試みる必要がある。砂漠では突然攻撃を受けたが、あれは彼が特別攻撃的だった可能性もあるし。
 アドボラの標準装備であり、フェアリースーツにも内蔵されている自動言語解析装置付翻訳装置を起動させる。
「ちょ」
 まぁ、それは無駄になった。無数の槍が彼に迫る。咄嗟に右のスラスタを噴射して強引に横にステップを踏む。
「こちらには対話の用意もある。要求があるなら聞くこともできる。私はGUFアドボラ所属の……」
 ギチギチギチギチギチギチギチ。笑うように蟻が牙を鳴らす。蟻の後ろから羽の生えた蟻が飛び上がる。そして、多くの槍が水平方向に一列に撃ち込まれる。
 何度かの槍攻撃を受けて学習した弾道予測プログラムが槍を構えた羽アリの攻撃の軌道を予測通知する。横へのステップが封じられている以上、飛ぶしかない。フライトパックの翼を展開し、推進力で大きくジャンプする。
 攻撃をジャンプで回避すると同時、地面に槍が着弾する。
「この」
 フェアリーガンを構えて羽アリの羽根に攻撃する。
 ギギギギギギギギギギ。と牙を鳴らしながら、あくまで蟻は槍を構える。
 滑空とスラスタ噴射によるロールを繰り返し、攻撃を回避しながら確実に敵を倒していく。フェアリーガンの威力は強力で、蟻は一撃で消滅する。
 滑空の限界高度に達し、足を出して減速したのち軟着陸をした時には、すでに蟻は残っていなかった。
「ふぅ」
 一息ついたところに、サイレンの音が響いてくる。
「あいつか!」
「え?」
 やってきた警察車両から降りた重装備の人たちは明らかにスミスを指してそういった。
「動くな! 我々は合衆国ステイツ 及びユグドラシルシティから認可を受けた警察組織である。器物損壊の容疑で、お前を逮捕する。お前には黙秘権が認められている。供述は法廷でお前に不利な証拠として用いられることがある。お前は弁護士の立ち合いを求める権利がある。弁護士を依頼する経済力がなければ、公選弁護士をつけてもらう権利がある」
「いや待って。確かに街中でファアリーガンはまずかったと思うけど、ここにさっきまで未確認生物が……!」
「話は取り調べで聞く」
 抵抗するわけにもいかないスミスはそのまま警察車両に乗せられた。

 

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