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Episode.4 「警視庁刑事部捜査五課 電波犯罪対策係事件簿」

by:メリーさんのアモル 

キャラクター紹介

 

[ナガセ・タクミ]……軌道エレベータ「世界樹」に存在するメガサーバー「世界樹」の監視官カウンターハッカー

 

[電子の妖精]……3つ存在する〝妖精〟の一つ。タクミの相棒。世界樹のメガサーバー上にしか存在できないAR上の存在。

 

[スミス・マミヤ]……アドボラの戦闘員。器物損壊の現行犯で逮捕された。

 

[フレイ・ローゾフィア]……連邦フィディラーツィア 出身のアジアゲームチャンプ。

 

 

用語紹介

 

[オーグギア]……AR技術を利用した小型のウェアラブル端末。

 

[アドボラ]……GUFの独立監査部隊。少数種族等への権利擁護アドボカシー を目的としている。

 

[メガサーバー「世界樹」]……3つ存在する〝世界樹〟の一つ。ユグドラシルシティの軌道エレベータの内部に存在する地球全土と接続されている巨大なメガサーバー。

 

[フェアリースーツ]……3つ存在する〝妖精”の一つ。”粒子〟操作能力を持つ人間が着込んで戦闘するために作られた戦闘スーツ。

 


 

「GUF発行の第一種装甲服携行許可証及び作戦行動時武器携行許可証を確認しました」
 スミスは、取調室に入ってすぐ、その言葉がかけられて、解放された。
 現在の宇宙政府は地球中心ではなくなった影響で旧地球政府と比べると十分に地球のEU(アースユニオン。地球に三つ存在する自治圏代表によって形成される連合体)に対して力を持っていないのが現状であるが、宇宙政府が管理している証書は当然地球でもその影響を持っている。
 アドボラがGUFに編入されるにあたり、スミスにも複数の権利が付与されている。その一つが第一種装甲服携行許可。これはパワードスーツに分類される装備を携行することを無制限に許可するものであるが、便宜上、フェアリースーツもこの権利の影響下にあると定められている。一方で、作戦行動時武器携行許可は無制限の許可ではなく、作戦行動とGUFが定めた場合に武器の携行を許可する、というものである。当然、GUFが武器携行許可を伴う作戦行動を認めたかどうかの照会を必要とする。
「え、GUFに問い合わせるにははやくとも一日はかかるはずでは?」
 これも地球政府から宇宙政府に移行した弊害である。広大な宇宙空間をまたいで連絡を取るとなると時間がかかるのだ。現在最も早い連絡手段とされているものが、連絡内容を記録させた「通信ポッド」をワープさせるという極めて古典的な手段である。この方法であれば相手が返信を出す時間次第だが、少なくとも一瞬で相手に伝えることは可能だ。まぁ、そんな高コストな連絡手段をこの程度の問い合わせに使えるわけはない。
「もちろん、その通りだ。しかし……」
「地球圏全域に強力な時空歪曲妨害が行われています。通常通信どころか、通信ポッドを使った連絡すら、現状不可能と言っていいでしょう」
 髭の生えたこわもての刑事が頬をかきながら言いよどむのを遮り、長い金髪をポニーテールにまとめた女性が言葉を引き継ぐ。
「空間歪曲妨害!? ありえない、誰が?」
「分かりません。現状、合衆国ステイツ 連邦フィディラーツィア 連合ユニオン にそれぞれ問い合わせていますが、現状原因不明ということです。連絡不可能と伝えたことからわかる通り、観測装置からの結果は、弾性タイプでした」
 空間歪曲妨害とは、人為的に空間歪曲を行えないような状態になっていることを指す。過去数十年の間、地球圏の空間は安定しており、人為的に何者かが手を加えない限り、空間歪曲妨害が発生することはないと言われていた。
 また、人為的に空間歪曲妨害を行うにはいくつかの種類がある。弾性タイプとはそのうちの一つである。空間が適度な弾性を持つことを利用し適切な方法へ強く空間を歪曲させることで長時間に渡って非規則的な空間歪曲が発生し、ワープなどに使用する空間歪曲を実行できなくするという手法である。空間が不規則に弾む過程で電磁波に似た現象が発生するため、電波通信が全く使えなくなるという副産物が存在し、惑星間戦争における強力な通信妨害として使われることもある。
「それじゃあ、何者かが、侵略を? まさか、あの化け物が?」
「そうです。我々は現在ユグドラシルシティ、いえ世界全域で発生している未知の生命体がこの空間歪曲妨害を発生させ、地球を侵略していると判断しました。つきましては、GUF所属のあなたにも協力を要請したい」
「それは別に構いませんが……えーっと、あなたは?」
「申し遅れました。私は警視庁刑事部捜査五課の速水と申します」
 警視庁。それはユグドラシルシティの存在する島国がかつて一つの国として独立していた時代から存在している独自の警察組織である。現在はEU及び合衆国圏政府の認可を受け、その地区独自の警察組織として引き続き存在している。
「捜査五課というと……あの電波犯罪対策課?」
「えぇ。今ではオーグギアをはじめとしたAR犯罪が主な対象ですが」
 電波犯罪対策課は「電波感応者」という特殊な才覚を持った存在とそれに関連する犯罪を扱った部署である。オーグギアの発達は電波感応者なくしてはあり得なかったと言われている。オーグギアと量子通信は電波感応者のできることを「だれでもできること」まで押し上げた。現在では電波感応者は「いるかもしれないが、もはや一般人と全く区別がつかない存在」であり、電波感応者とそれに関連する犯罪はもはや「過去の物語」となっている。電波感応者と〝電波犯罪〟を扱った作品は今ではフィクションとして非常に人気が高く、その中には警視庁の電波犯罪対策課を扱ったモノも多く含まれる。スミスが知っていたのもそういう理由であった。
「早速ですが、あなたの装甲服のディレクトリを見せていただけませんか?」
「あぁ、それは、別に構わないけど。コンピュータ室はどこに?」
 速水がオーグギアをつけていないことからどこかのコンピュータに出力するのだろうと考えたスミスだが、それは違った。
「いいえ、ここで結構です」
 速水が手をスミスの耳のあたりまで近づける。フェアリースーツのメイン記録媒体が搭載されている場所だ。厳密にはミッションログやFCS火器管制システム ログなどのフェアリースーツ独自の記録媒体は別にあり、耳のあたりに搭載されているのは内蔵されているオーグギアの記録部分であるが。
【CAUTION!】
【CONNECT By AD_HOC】
 という警告が出現する。そして、
【接続先からデータログのコピー要請が来ています Y/N】
 という表示。はいを選ぶスミス。
「ん」
 耳から指を離し、まるでオーグギアでファイルを操作するように空中で指を動かす速水。
「インプラントチップ? いや、あれには動作素子を指に装着する必要があるはず……」
 まずスミスが思いついたのはインプラントチップだ。インプラントチップは電波感応者が発見されてしばらくして開発された、オーグギアの祖先だ。様々な理由から認可なしの装着は違法とされたが、その便利さから装着者は多く、そして彼らは電波感応者を神格化しようという集団の攻撃の対象とされた。電波犯罪対策課を扱った作品は、そのあたりの時間軸が多い。しかし、インプラントチップは指や体にも何かを装備しないと操作はできない。
「スミスさん、お忘れですか? 電波犯罪対策課が他の刑事部の課とは別に創設された理由を」
 一般的に電波犯罪は五課ができるまでもなく旧来の刑事部で対応可能な犯罪であると言われていた。電波感応者の能力は厄介ではあるが、一般人でも対処可能であるからだ。それでも五課が誕生したのは、電波感応者の犯罪に対しては電波感応者で当たるべきであるという考えが生まれたからだった。そして電波感応者による電波犯罪対策を初めて打ち出したのが五課、電波犯罪対策課であった。前例のない中で電波犯罪と向き合った彼らだからこそ、電波感応者を扱ったフィクションの格好の題材として様々な作品に登場しているわけである。
「つまり君は……電波感応者?」
「えぇ。……ディレクトリの参照が終わりました。失礼ですが、この文書に見覚えは?」
 速水が指をスミスに向けて振るとスミスの目の前にローカルファイルのアドレスが表示される。
【メッセージ:C:\Program Files\games\Pacific_Tree_War】
 即座にファイルアドレスにアクセスする。するとそこには、テキストファイルが一つだけあった。
「フェアリーガンティーエックスティー?」
「はい。内容を見てください」
 Fairy_Gun.txtというアイコンをタップする。
【Fairy_Gun.txt を開きます】
【tag[AFFILIATION:Pacific_Tree_War], tag[GENRE:Hand_Gun],
 tag[ATTRIBUTE:SF], tag[ELEMENT:light], tag[ELEMENT:heat]】
「なんだこれ」
 現れたのは奇妙な文字列だった。
「どうやら、Pacific Tree Warというゲームの武器データのようです。それにしては、攻撃力や命中率といった各種ステータスがまったく定義されていませんが」
「けど、この内容には少し見覚えがあるよ。はじめてあの巨大な蟻に襲われたときにこの内容を含んだ文字が出てきて……。それから攻撃が通じるようになった」
「なるほど……」
 思い出したことを話すと速水は考え込んだ。
「いつまでこんなシケたところで相談してるんですか、速水」
「アンジェ、ごめんなさい。つい話し込んでしまって」
「いえ、いつものことですから。はじめまして、スミスさん、私は如月アンジェ、そちらの速水と同じく、電波犯罪対策課に所属しています。こんなところでいつまでも立ち話では大変でしょう、私たちの部屋へどうぞ」
 やってきたのは深い青みがかかった長く黒い髪をストレートにしている女性だった。そのまま彼女は部屋を出る。
「アンジェの言うとおりね。行きましょう、スミスさん。こちらです」
 速水もそれに続き、スミスもそれに倣う。そして、取調室には苦笑いのこわもて刑事が残った。

 

▲ ▲ ▲

 

『なにしてるの、タクミ! 早く逃げないと!!』
 妖精の声で我に返る。突き出される蟻の槍を転がるように避ける。
『あいつはARの身体を持ってる。私ならあいつに干渉できる。私が時間を稼ぐから、タクミは早く逃げて!』
「分かった、すまない」
 妖精が蟻の周囲を飛び回りチカッチカと強い光を放つ。蟻はまぶしそうにそれから目をそらす。今だ!

 

 

△ △ △

 

「まとめると、このアフィリケーション:パシフィックツリーウォーというタグのついたファイルが仕込まれた武器であればあの蟻にダメージを与えられる、と?」
「状況的にそう考えるのが自然ね」
「では、私たちの武器にもこのタグを付与しておくべきでしょうね」
「そうね。フェアリーガンとあの文書ファイルがどうやって関連付けされているのかは全く分からないけど、私たちの武器は元よりデータ。対応するのは簡単だわ」
 スミスそっちのけで二人が会話していた。
「えーっと、他の方は? 課長とか……」
「おや、速水から聞いていませんでしたか? 他ならぬ、速水が課長ですよ」
 いたたまれなくなりなんとなく聞いてみた質問に驚きの答えが返ってくる。
「電波犯罪対策課はそもそも電波感応者の大人が十分にいないことから、学生の協力者などによって構成されていました。しかし、オーグギアの普及により学生の力を借りてまで課を構成する意味がなくなってしまいました。そんなわけで当時から正規の刑事だった私と、元協力者で後に正規の手順で警察に入った彼女、そして元隊ちょ……課長の三人だけの部署になってしまったのですが、課長は昇進してしまいまして」
「今ではこの通り二人のおばちゃんだけの課、というわけですすっかり地味になってしまった電波犯罪対策課に志望する人もいませんしね。電波感応者も今ではすっかり見分けがつきませんし」
 かつて一世を風靡した電波犯罪対策課も今ではすっかり場末の部署、というわけである。いや、そもそも左遷されてくる人すらいないので、場末と言っていいのかはよくわからないが。
「設定完了です。そちらは?」
「こっちも大丈夫。まぁあとは実際に効くかどうかね」
「例によって、実践で試すしかありませんね」
 二人が立ち上がる。
「あ、そうだスミス君。フェアリーガンなんだけど、引き金を引いても弾丸が発射されないように設定してくれない? 私達はそもそもAR上の武器だけど、あなたのそれは実弾が出るから、現実世界に被害が出てしまうわ」
「了解」
「よし、じゃあ……反撃開始よ!」
 こうして三人は再び街へと飛び出した。

 

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