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空虚なる触腕の果てに 第3章

「鉄鋼墓地デビスモンサン」

 
 

【報告。前方、支援物資】
「至れり尽くせりだな」
 ちょうど食料が切れかけてたところだった。
「相変わらず出現前後になんらかの異常を検知したりはしてないんだな?」
【肯定。突如進行方向上に出現。報告。環境データ自体は記録しているため、今後さらにデータが集まれば閾値の問題で検知できていない空間異常を検知可能になる可能性】
「うん。それサッターズミルを発った直後にも聞いたな」
 かれこれ三、四回受け取ってるんだが、まだデータが足りないのか。
「なぁ、ハル。俺、気が変わったよ。次はハイバネーションシステムの修理をするべきだな。前聞いた損害報告に上がってなかったが、どう壊れてるんだ?」
 ハイバネーションシステムは、ワープドライブを持たない状態で長距離航行を行うために作られたシステムで、所謂コールドスリープをするシステムだ。
 地球ではかなり早期にナルセドライブが開発されたことで必要性に薄かったため当初は開発されていなかったが、まさに今回のように破損した場合に備えて開発され、装備されるのが当たり前になっている。
 というか、基本破損しないようになっているのだが。
【不明】
「っておい」
 いくらなんでもそれはないだろ。
【ハイバネーションシステムに損傷は見受けられない】
「じゃあなんでこれまで起動してくれなかったんだ?」
 デフォルトだと長距離自動航行を起動すると自動的にハイバネーションシステムが起動するはずだ。
【実行処理は既に259,200回実行済。ログ上では259,200回とも正常に処理が実行されている】
「そんなはずないだろ。ハル、システムログを表示」
【了解】
 目の前のモニターにログが表示されてる。
「マジ、だな」
 ログには確かに1分おきにハイバネーションシステムを呼び出し、そしてその処理が全て成功していることになっている。
「どういうことだ……」
【考え難いが、システムに検知不可能な時間凍結システムの破損】
「たしかに考えにくいが……。惑星に着いたら考えよう」
 そもそも時間凍結システムの仕組みなんて知らないぞ……。

 

 それからさらに半月後、ようやく目的の惑星に到着した。
【大気圏突入プログラムを起動】
 ここも大気があるのか。宇宙はそんな大気のある惑星ばっかりじゃないはずなんだがな。いや、ということは惑星が白く見えるのはこれ、雲なのか?
 雲があるということは、水や、地球に似た自然循環システムがあるのか?
 そんな事を考えるうち、バリュートを展開した自機が分厚い雲を突き抜けていく。やはり雲か。
 そこに広がるのは青と緑。まるで地球のような風景だ。
「……お、おいおい……」
 そしてその風景がきれいであるがゆえに、その次に視界に入ったものの違和感が大きかった。
「は、ハル。今見えてる風景は全て実在のもの、だよな?」
【肯定。海、森林地帯、ボーンヤード、いずれも実在】
「そう、だよな」
 海、森林地帯、それと並んで俺の視界に写ったのは、大きく地面がえぐられて何層もの地層が露出した崖に囲まれた超広大なコンクリート床のスペース。そしてそこに横たわる何隻もの宇宙戦闘艦らしき艦艇とそして、人型ロボット、その残骸だった。
「人型ロボットの方、見慣れない形だな、コマンドギアか?」
【否定。セントラルアースデータベースには全コマンドギアのデータが存在するがあの形状と一致するものはない】
 コマンドギアはかつて地球が管理帝国に支配されていたことに主力兵器として使われていた人型ロボットで、セントラルアースは宇宙仕様に回収した後現在も使用している。
「戦艦の方は? あれもやっぱり見覚えはないが」
【肯定。セントラルアースが有する艦艇データベースに記録はない】
「ハル、設計の癖や素材などから考えれば一番ありえるのはどこだ?」
【了解。構造スキャン開始】
 HUDにも[AUTO PILOT]の表示が出現する。

 

「5??:5?7?:5Q7?85?=?67?:5?7?5?7?4?7?657?E5?:_66?7?:5?9?75A7?<」

 

 頭の奥で、キーーンと耳鳴りがする。正直、怖くて降りられない。いくらなんでも不自然すぎる。
【分析完了。使用材質は基本的に不明。人型兵器のフレーム構造はコマンドギアと酷似。ただし、エネルギーライン周りなどは完全に未知の仕様。コマンドギアを元に独自技術で編み出されたロボット兵器と思われる】
「よく分からんな。そっち詳細はまた後で聞く。宇宙船の方は?」
【宇宙航行能力は存在しないと見られる。大気圏内を飛行するものと見られる。人型兵器と同規格のカタパルトの存在を確認できることから、あの人型兵器の運用を前提とした空中空母と思われる】
「あー、つまり、アレか。ここはその未知の技術を持つ存在の秘密基地、ないしはゴミ捨て場ってことか?」
【否定。この惑星内に一切の生命反応なし。ここが人の意思が介在して作られた場所ではない】
 お、おいおい。コンピュータってのは合理的ですって顔でとんでもない事を言うな。この光景を見て、人の意志が介在した場所じゃない?
 不自然に直角に抉られた空間、そこに整列する兵器。これが自然に出来た、と? コンピュータはそう結論づけている。
 そんなバカな事があるわけない。そして何より。
「生命反応のこと、この惑星内に、って言ったか? それじゃ……それじゃ、なにか? この地球に極めて似た環境のこの惑星には、一切の生命体がいないっていうのか? 海にも? 森にも?」
【肯定。厳密には微生物の存在などは実際に水を検査するまで不明だが、少なくとも動物の類は一切存在しない】
 あ、あれだけ植物が生い茂って、あれだけ広大な海があって、生命が不在? いや、植物も生き物ではあるが。
 明らかに歪だ。おかしい、普通じゃない。だが。
【推奨。ボーンヤードに着地しての素材採取及び本機の修理。空中母艦残骸内に未だに稼働可能なメンテナンス機能を持つ格納庫を発見。着艦を推奨。自動着艦を開始しますか?】
 コンピュータはそれに一切同意してくれず、よりによってあの残骸の中に着艦するなどと提案してきた。
【返答なし。ホワイトアウトと判定。自己判断で自動着艦を開始】
「お、おい」
【ヴィマナ級マキナギア母艦「ブラフマー」とデータリンク。ガイド・ビーコン展開】
 前方に見えている空中空母の残骸の一つのカタパルトからレーザーでガイド・ビーコンが出現する。動力どうなってんだ。いやだ、着艦なんてしたくない。しかし自動着艦シークエンスを後から解除することはドッキングにおいてトラブルを起こす原因になりかねないため、基本的に出来ないようになっている。
【ブラフマーのドッキング開始位置へ到達。ドッキングプロセスをスタート】
 『美しく青きドナウ』のミュージックが流れ出す。セントラルアースではお決まりのドッキングミュージックだ。今回に関して言うとコンピュータの名前もハルだしな。自分で言うのもなんだが、やっぱり地球人の宇宙観の原風景のひとつなんだろう、あの映画は。
 まぁ、そんな観念にとらわれるような地球人だからセントラルアースに入ったんだろ、という話もあるが。
【ドッキングプロセスをコンプリート】
 そんな事を考えているうちにブラフマーというらしい宇宙船、じゃなくて空中空母か、まぁその内部に完全に入ってしまったらしい。
「えっと、降りても平気か?」
【外部の大気は地球上のそれと全く同一】
「ま、念の為宇宙服は着とくか」
 外に出る。
 なるほど、確かにあの人型ロボットの母艦らしいな。基本フレームはコマンドギアと同じって言ってたか。なら、中にはコンピュータがあるはずだ。そこから情報を抜き取れるはず。
「コマンドギアと同じなら、足の爪先に……あった」
 足の爪先にあるスイッチを押すと、胴体後ろのコックピットが開き、コックピットまで登るためのロープが降りてくる。
「なんだかこの感覚も懐かしいな。よっと」
 俺も長距離偵察機のパイロットになる前はコマンドギアのパイロットだったんだよな。左遷なのか栄転なのか、判断が難しいところだ。
 乗り込んでみると、これまたコックピットの構造もほぼ同じだった。
「本当にまんまコマンドギアを流用したんだな」
 一体どの組織だ? と、起動して表示されたのは、ヒンディー語だった。宇宙服の同時翻訳機能が「インド民主共和国」という表示だと教えてくれる。
「インド民主共和国? インドはインド共和国だろ」
 そして続く文字。「マキナギア・クリシュナ」。やはり聞き覚えのない名前だ。
「マキナギアって名前はコマンドギアから取ったのか?」
 その後表示されるディスプレイにはいくつか見慣れない単語があった。そして最大の謎が。
「燃料計がない?」
 どんなマシンもエネルギー問題は重要だ。当然このマキナギアもこのモニタを動かす電力をどこからか得ているはずなのだが。
「動力炉は……アヴァターラドライブ? エネルギーラインはこれか。エネルギーを制御機能があるな。神性エネルギー? ハル、分かるか?」
【その情報はあなたの権限レベルでは開示できません】
 ってことはセントラルアースは理解してるのか。……どれだ?
「ハル、アヴァターラドライブって分かるか?」
【不明。アヴァターラはインド神話における「分身」のような存在。アバターの語源でもある】
「ハル、マキナギアは分かるか?」
【不明。ただ、この船はその名称の存在を運用するために作られたらしいことが名称からわかる】
「ハル、神性エネルギーって分かるか?」
【その情報はあなたの権限レベルでは開示できません】
 なるほど。神性エネルギーの存在をセントラルアースは知っているのか。そういえば、以前に見たデウスエクスマキナとかいう巨大ロボは神性防御とかいう仕組みで攻撃を防ぐな。そして、そいつをセントラルアースも保有していたはずだ。
「ハル。おれはセラドンを知ってる。それでどうだ?」
【………】
【制限を一部解除。本機のエネルギーラインはセラドンに類似している。想定の通り、使用されているエネルギーもセラドンと同一のもの】
「やっぱりそうか。ってことはこいつの装甲は……」
 神性転換装甲って名前らしいな。こいつを装甲に使えばあのかったい防御、神性防御を真似できるんじゃないか?


 さっそくメンテナンスルームの機械に命令を下して、クリシュナの装甲板を剥がさせる。そしてそれを俺の相棒、EF-31Cの装甲が剥がれた場所に貼り付けていく。エネルギー転換装甲が完全に機能停止しているものも神性転換装甲に変更していく。
「これで後は旋回式のパルスレーザーと全方位ガンカメラ、そしてナルセ・ドライブか。ナルセ・ドライブを修理できるのがもちろん最大限のベストだが、流石に専門の技術者がいるコロニーでもないと厳しいだろうな。パルスレーザーのアウトプットカプラーの代わりになるものと、カメラの代わりくらいなら、この空母の中にあるんじゃないか?」
 まずはクリシュナを一通り調べたが、レーザーは装備されていないようだった。
 考えてみたらこの世界においてデウスエクスマキナとコマンドギアを両方持ってるのなんてセントラルアースくらいだろ。マキナギアって名前からしてもデウスエクスマキナをベースにしてるのは明らか。なら、通信機が生きてるんじゃないか。
 もう一度クリシュナに乗り込む。
 残念ながら、何一つなかった。それどころか、作戦ログに記載されていたのは、俺たちの知る地球史とはあまりに違いすぎる内容だった。
 ・エンジェルダストの日
 ・月面復興プロジェクト
 ・第二次冷戦
 ・イギリス領である日本に、インド領であるアジア
 この機体はコトリ基地攻略作戦に投入され、敵戦車に破壊された一機らしい。
「ログによれば、脚部や腕部を大きく損傷し、ビームライフル「ブラフマーストラ」を失っている? ……だが」
 実際には、このクリシュナは五体満足で存在している。
 意味がわからない。目の前のあるモニターの情報と、そのモニターが搭載されている機体の状態と、そして俺の知識が何一つ噛み合わない。
「どうなってるんだ」
【通知。換装作業完了】
 ともかくはやくここから離れよう。ここにいると、なんだか俺の宇宙に戻れなくなってしまう気がする。
 慌ててクリシュナから飛び降り、EF-31Cに乗り込む。
「ハル、発進しろ。そのまま大気圏を離脱するんだ。今すぐに、この惑星から離れる!」
【了解。発進プロトコル起動】

 

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 強い耳鳴り。直後。

 

【ブラフマーとのデータリンク、途絶。発進ハッチ、強制閉鎖を開始】
「なっ!?」
 なんでいきなり。まるで、ブラフマーが俺たちがここを出ていくのを嫌がってるみたいじゃないか。
「A型ランチャーにミサイルを装填」
【装填完了。発射トリガーに】
 ミサイルを発射し、ハッチを破壊して強引に外に飛び出る。
【高熱源複数】
「なっ」
 外に放置されていた全てのクリシュナが起動し、こちらへ銃口を向けていた。
 咄嗟に操縦桿を手前に引き、急角度で上昇する。
 赤い光線が先程まで自分のいた場所を通り抜けていく。
 一気に加速して太い雲の中へ。流石についてはこないか。
【本惑星の名前はどうしますか?】
「もう縁なんて持ちたくもないが、これまで通りの命名規則なら鉄鋼墓地デビスモンサン、かね」
【了解】

 

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 ひときわ強い耳鳴りがする。まともに前を見ていられない。雲の中で平衡感覚が狂う。計器を、見ないと、計器を。

 

【E69CAAE7A2BAE8AA8DE9A098E59F9FE382A4E383BC
E382B9E38388E382B9E3839AE383BCE382B9】

【E69CAAE7A2BAE8AA8DE9A098E59
F9FE382A4E383BCE382B9E38388E
382B9E3839AE383BCE382B9】

 

 なんだ? 見慣れない文字列が出てるような。

 

【目標に設定。目標に接近。自動ドッキングプロセス、開始】
「なに!?」
 かぶりをふって正気に戻る。
 そこは先程の惑星を離陸した直後であり、当然何もなかったはず。そこに、巨大な閉鎖型宇宙コロニーが出現していた。
 ハルは俺のホワイトアウト中に自動的にそのコロニーにドッキングを開始したらしい。
「い、いやだ」
 突然現れた、つまり、サッターズミルの生物やこの惑星と同じだ。ましてコロニーともなれば中にいるのは言葉を発する知的生命体。
 どんな存在が顔を出すのか想像すらしたくない。
「嫌だ、ドッキングプロセスを中止しろ!」
【ドッキングプロセスの中断は宇宙航行法に反しています】
「だめだ、停止しろ!」
 ドン、ドン、ドン。モニターを叩く。丈夫過ぎて壊れない。
 いつもなら心地よいはずの『美しく青きドナウ』が悪夢へのオープニングのように聞こえる。
「くそ、なら」
【警告:ブラスターが取り外されました】
 ブラスターをモニターに向ける。
【パイロットの錯乱を確認。鎮静剤を注射】
「やめっ」
 いやだ、絶対に、入りたく、ない。
 最後までそう願いながら、俺は意識を落とした。

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「空虚なる触腕の果てに」の大したことのないあとがきを
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