空虚なる触腕の果てに 第6章
「架空構造戦艦プルート 下」
扉がこじ開けられる。
「作業用ヒューマノイド?」
そこに立っていたのは、人間が作業するには危険な環境下での作業を担当する人間型のロボットだった。
弱いAIと遠隔操作モジュールを搭載している。AIが自発的に扉を壊すとは思えないから、何者かが遠隔操作しているのか。
だが、単なる作業用ヒューマノイドなら……。
【お待ち下さい、ラルフ様】
っとと。地面を蹴って駆け出そうとした直後、ヒューマノイドの胴体に設置されているモニターに文字が表示される。過酷な環境下では無線が通じない恐れもあり、真空であれば音声会話はそもそも困難なことから、作業用ヒューマノイドの胴体には文字媒体で会話を行いためのモニターが装備されている。
【私です、ハルです】
「ハル? だが、お前が搭載されていたEF-31Cはスクラップに……」
【着陸プロセス中にすれ違った連絡船、周囲に他の艦艇がいないことから違和感を持ち追跡を実行していたところ、ラルフ様の視界から消えたタイミングで消失したのを確認しました。これを異常と判断し、このアース艦内のコンピュータに自身の全データを送信し、バックアップを作成していました】
「おぉ……」
なんて優秀な判断。
【行きましょう】
「どこへ?」
【言えません】
「言えない……って」
【理由は分かりませんが、敵はEF-31Cを破棄したがっていました。一方で、私の対策にはなんの反応も示していません。恐らくですが、私やラルフ様の思考までは読めないのです】
「なるほど。お前がお前の頭の中で知ってるだけなら」
【はい。ご理解いただけますか?】
しないはずがない。全く思いつきもしなかった話だ。
そしてなるほど。恐らく、艦内のネットワークからも切り離しているのだろう。だから、艦内ネットワークを介しての部屋の開閉も出来なかった。その上、アースのインターホンはモニター式でしかも静電気を感知するタイプだから、ヒューマノイドには押せなかったわけだ。
「あぁ、分かった。そういうことならお前に続こう」
【ではこちらを】
ハルがブラスターを投げてよこす。
「お、ブラスターか。助かる」
【では、先導します】
「{5kGキ?V?{4?Wキ?_w{5i??{5kヘ?{5kGキ?_u{5i?サm?9{?<?キキ?V?{o4kァカ?Fコ{?<?ァキ?_{6?ラキ?V?{5?」
ひときわ大きい耳鳴りが走る。直後、艦内の灯りが常夜灯に切り替わり、廊下が赤く染まる。これはいざというときすぐに夜目に慣れる程度の灯りという意味があり、船体の破壊や照明の損傷などが起こりうる事態、つまり、戦闘時などに点灯するものだ。
【侵入者警報】
「まずい、隔壁が!」
ガシャン、ガシャン、ガシャンガシャン。
通路を無数の壁が塞ぐ。火災などを防ぐための隔壁だ。侵入者があった場合、それを隔離する意味もあり、一通りの隔壁が降りるようになっている。
「これ、俺たちが侵入者ってことか?」
【試しに隔壁の端末を操作してみては】
「そうだな」
隔壁のそばに近づき、側面についたモニタに触れる。
【静脈認証。ラルフ・カーペンター大尉。隔壁を10秒開放します】
隔壁が開かれる。
「開いた」
【考察。侵入者というのは私達では無い】
「嫌な予感がする。急ごう。先導頼む」
【はい】
まぁ最初の進行方向はエレベータだよな。
エレベータに乗り込む。
【艦内に通達。メインジェネレータ、機能停止。緊急電源に切り替えます】
エレベータ内の電気が消える。
再び点灯する。
「なっ」
そこはあの極彩色の空間だった。
「{5?wキ?_w{5kキケ?O[{5kヌクmマZ{5kwキ?__{6?wキ?Vエ{6?ヌキ?O6{ッ4?ラキ?_8{?;mァキ?_{{5kァキ?O5{ニコ?キキ?Vク{6?Wケ?O<{5kwキ?__{5?ヌキ?o7{5iァキ?_8」
耳鳴りが響く。
赤い恒星と黒い
気がつくと、俺はハルに手を引かれて走っていた。
【またブラックアウトしていたようですね】
げ、幻覚? だったのか。それにしてはやけにリアルだった。まだあの寒さを体が覚えている。
「{゚6iァスi゚x{5kGキ?V?{4?Wキ?_w{5i?クmヲレ{?ンk」
【乗り捨てられたコマンドギアを発見。これで一気に移動しましょう】
ハルが提案する。確かにそこにはコマンドギアが乗り捨てられていた。
艦内移動用のモータローラーも装備されている。
が、なぜこんなところに?
【急ぎましょう】
「そうだな。だが、一人乗りだぞ?」
【このボディにもローラーダッシュ機能は搭載されています】
「なるほどな」
緑色の塗装の二足歩行兵器、それがコマンドギア。俺がいまのEF-31Cに乗る前にずっと乗っていた機体だ。
乗り込んで、起動させると、一瞬「Control Empire」の文字とロゴが表示された後、それを上書きする形で「Central Earth」の文字とロゴが表示される。これはコマンドギアが管理帝国の兵器だったものを流用して使用しているからで、一部ブラックボックスとなっている部分は修正が効かないかららしい。
【Welcome back Nyle 2】
「ナイル・ツー。プライムの奴の機体か」
ナイル小隊の二番機。つまり、俺の部下の機体だ。なかなか悪運の強いやつで、異世界の奴らにやられたときくらいしか乗り捨てたりしてないはずなんだがな。
「ちょっとだけ俺に合わせて設定して、と」
【Ready】
「いくぜ」
モータローラーをアクティブにして、フットペダルを押し込んで前進を開始する。
「{5?ラキ?_:{4?gキ?\{6i?キ?Vシ{?;mァクmマZ{5?ァサ?カ?{?=?ラキ?o6{4?Wキ?_]{6?ヌキ?V?{5i?キ?Vキ{5kァキ?O5{5?ラキ?V?{゚4?ァシoカ?{6?gシo??{5kwキ?Vコ{5??キ?ow{5kGキ?Vキ{5??キ?o<{5i」
耳鳴りがする。それにしてもなんだか変な感じだ。EF-31Cに乗り換えることになる前の最後の出撃。
異世界で、まさにこの通路をコマンドギアに乗って走ってたんだよな。
【caution! High heat WARING!】
高熱源警告か!?
ローラーを解除し、右フットペダルを小刻みに二開踏んで、側面に飛ぶ。
すぐ横を緑色の”粒子”ビームが通過していく。ブラスターの太さじゃない。艦内でそれくらいの大きさとなると、まさか!
カメラを射点に移動させると、そのまさかだった。
「アドボラのフェアリースーツか!」
フェアリースーツはビームなどの元になる”粒子”を自在に操れるようになるサーミル感染症に感染した異常者をその特性を生かして兵器にしてしまうというおぞましい装備だ。その携行ブラスター”フェアリーガン”は戦闘機や下手すると艦の砲並みの火力を発揮する。
「こんのぉ!」
右操縦桿で照準をあわせ、トリガーを引く。右手内蔵の対装甲ショットガンが発射される。
しかしそれは地面からせり上がってくる壁に妨げられる。
「その手は前に見た!」
なんでここにいるのかは分からないが、こいつら、異世界の連中だ。
右操縦桿の手前にある3つの長方形ボタンの一つをダブルプッシュする。
右手の甲についている増加装甲が変形し腕を覆う。アイアンパンチ、と呼ばれる近接兵装だ。
コマンドギアの質量で壁を粉砕する。
トリガーを引く。アイアンパンチを解除して、対装甲ショットガンを放つ。壁の後ろにいたやつをまとめて無力化した。
【caution! muzzle WARING!】
銃口警告、左!
上半身を左に捻ると、走行しながらフェアリーガンを向けるフェアリースーツ戦闘員。
「捉えたぜ!」
トリガーを引く。対装甲ショットガンがフェアリースーツ戦闘員を捉える。ショットガンの弾丸がそいつをずたずたに引き裂く。
【どう、して】
瞬きした直後。フェアリースーツ戦闘員だと思ってた”それ”はヒューマノイドの残骸となっていた。モニターには、一言「どうして」。
「ハル!?」
ブラスターを手にとって慌ててコマンドギアを飛び降りる、ハルに近づく。しかし、ショットガンを一身に浴びたそのボディはずたずたで修理とかそういうレベルの問題ではなかった。
「な、なんで。こうなった」
「{6i?キ?f?{6i?キ?f?{4?gケk{5?キキ?Vオ{6?wキ?Vキ{5??キ?V?{4?gキ?_w{6?ヌキ?Vサ{?レ?ヌクmヲレ{5kwキ?_{6?ァキ?Vエ{5i」
再び周囲が極彩色の空間へと変化する。
耳鳴りが響く。
赤い恒星と黒い
「くそっ、なんだんだよ!!」
かろうじて手に感覚のあるブラスターを向ける。引き金を引く。
緑色の熱線が放たれ、ブラックホールの中に消えていく。
「{6?gキ?_:{゚[kgキ?_y{5iァキ?_8{6?」
ひときわ強烈な耳鳴りが発生し、極彩色の壁に裂け目が生まれる。それが口のように歪む。
「{?ロ?ァケmヲコ{5?wキ?_]{?レ?ヌクmヲレ{5?ラキ?o{5kGキ?V?」
いや違う。これは幻覚なんだ。さっきそう理解したじゃないか!
目をつぶって走る。
次の瞬間、足の感覚が失われる。体が浮遊感を覚える。慌てて目を開ける。それどころか、息が。
そこは宇宙だった。目の前に見慣れぬ銀河が広がっている。
「{?クkキクoマ<{?クiキキ?O6{5?gキ?V?{5??キ?V?{ヲ?mキキ?V?{5iァキ?_8{6?」
あぁ、今更に理解した。この耳鳴りは、声だ。
「俺に、何をした」
声が出る。宇宙空間なのに。息ができる。宇宙空間なのに。
俺は何をされた? 俺は、今、何なんだ?
「{?ン??キ?o6{5?キキ?Vコ{5iァキ?_8{6?ヌキ?O6{?t?キキ?V?{カサ?Wキ?V?{??iラキ?V?{5??キ?o{4?gサkソ5{5i?コi?レ{5?ラコoO{{5?ヌキ?V?{5??キ?ow{5kGキ?_{6?ラキ?O5{ヲ?mキキ?V?{5iァキ?_8{5i?キ?V?{?ン?wキ?__{6?ァケ?゚{5kキキ?_{{6?キキ?_:」
文字通り過去最高の耳鳴りが俺を襲った。
意味は全くわからないのに。それが言葉だと理解できる。
なぜだ。何が起きたんだ。自分は今、本当に人間なのか?
不安になる。今話しかけてる何かと同じく、俺もまた怪物なんじゃないのか?
手を見る。足を見る。人間のように見える。
そういえばこの世界に戻ってきてから塩基配列チェックの結果が戻ってくるのがやけに遅いような?
例えば、放射線を浴びた人間の塩基配列がおかしくなって奇形を生むように、俺はあの妙な空間で、人間じゃないなにかになっちまったんじゃないか?
そんな不安が俺の頭の中を、思考を、支配していく。
「{5?ァキ?Vキ{5kヌサkソ5{5i?キ?_{マ9oラキ?V?{??iラキ?V?{5??キ?Vコ」
同類となったからだろうか。この声の主の存在を感じる。同類がたくさんいるのか、この宇宙中、至るところからその存在を感じる。
もう、逃げられないのか。
【いいえ、ラルフ様】
そんな声が聞こえた気がした。直後、ジャンプ光らしき白い光が視界を多い、その後、目の前に現れたのは、EF-31C。壊れた装甲や付け替えた装甲さえ含めて、俺のEF-31Cだった。
「相棒、無事だったのか!」
コックピットに乗り込む。
【EF-31Cがスクラップにされる事になったとき、資源の利用先が指定されていなかったため、EF-31Cの再構築をラインに入力した】
「それはクレバーだな。だが、さっきのジャンプは?」
【さらに朗報。ナルセドライブを修理した】
「それはいい報告だ。ハル、ジャンプだ。あの宇宙船とは逆方向で頼む。座標は分かるか?」
【肯定。あの宇宙船の座標は逃走前に来ていた位置座標と一致】
……完全にやつの手のひらの上ってわけか。
「だが、流石にジャンプすれば奴らの勢力圏から逃げられるだろ。全力ジャンプだ。Aクラス惑星のそばまで飛び続けろ」
【了解。ナルセジャンプ始動まで後5…4…3…2…1…ジャンプ】
「なぁ、ハル、俺って人間だよな?」
【肯定。あなたは本機のあらゆるセンサからの情報を持っても、人間であると断言できる】
「そ、そうだよな。塩基配列チェックの結果が遅れてるのはなにかトラブルが起きてるだけだよな……」
【……】
「あ、艦内ではすまん……」
【本コンピュータはヒューマノイドと本機にコピーして準備していた。ヒューマノイドの経験は共有されていない。結論。謝罪の必要はない】
「そうか……」
じゃあ、あのハルが経験したであろう俺からの裏切りによる失意を償うことは、二度と出来ないんだな……。
「?Wキ?f?{7kラキ?f?{ッ7?Wコ?マ_{5kGキ?V?{4?gクmカロ{5?キキ?Vコ{4?Wキ?Vシ{5owキ?Vキ{5?ラキ?o{5i?キ?ov{ソxkヌコ??{5?ラキ?o{6?ヌキ?O6{5?wキ?ow{5kラキ?_w{5?ラキ?O5{ヲ??キキ?V?{?9k?キ?Vキ{5kァキ?_{6?ヌキ?o{5kヌキ?_8{5??キ?V?」
ワープが終わる。眼下に広がったのは。
「地球か!」
俺たち人類の始まりの星だった。
【
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