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Vanishing Point / ASTRAY #04

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
 河内池辺を離れ、隣の馬返に赴いた三人は馬返東照宮を観光する。
 その戻りに、辰弥は「カタストロフ」に襲われている一人の少女を保護するが、彼女はLEBだった。
 「カタストロフ」から逃げ出したという「第十号ツェンテ」、保護するべきと主張する日翔と危険だから殺せと言う鏡介の間に立ち、リスクを避けるためにもツェンテを殺すことを決意する辰弥。
 しかし、ナイフを手にした瞬間にPTSDを発症し、ツェンテの殺害に失敗する。
 それを見た日翔が「主任に預けてはどうか」と提案、ツェンテは晃に回収してもらうこととなった。
 |磐瀨《いわせ》県に到着した三人は路銀を稼ぐため、|千体《せんだい》市にあるアライアンスから「近隣を悩ませる反グレを殲滅しろ」という依頼を受ける。
 依頼自体はなんということもないものだったため、メンテナンスを受けてから依頼に挑むが、そこに「カタストロフ」が乱入してくる。
 しかも、乱入した「カタストロフ」の構成メンバーはLEB、一瞬の隙を突かれた辰弥が昏倒してしまう。
 だが、絶体絶命の状況を覆したのは辰弥自身だった。
 反転したカラーの辰弥の動きに、日翔と鏡介は辰弥の中にノインの人格が存在し、このような状況では肉体を制御して動けるということに気付く。

 

  第4章 「A-Dverse 不利」

 

 たて県でメンテナンスを含めて数日滞在し、海産物やりんごを堪能した三人はその後齶田あぎた県を抜け、当てもなく決めた次の目的地高志こし県に向けてキャンピングカーで移動していた。
「いやー……のっけ丼うまかったなァ……」
 最初にチケットを白米に交換し、鮮魚市場をぐるりと回って残ったチケットを使い好きな魚の刺身を好きなだけ盛るのっけ丼は日翔とは相性抜群の料理だった。
 何しろ、チケットさえあれば好きな具材を好きなだけのっけることができるのである。「のっけ丼」とはよく言ったものだ――と辰弥は思っていたが、実際に日翔が作ったのっけ丼は驚愕のものだった。
 使ったチケット実に六十枚。チケットはバラ売りもされているが、基本的に十二枚ワンセットで売られているものなので日翔は一人で五セット購入したことになる。
 鏡介はその十二枚ですら多かったらしく、「ちょっと食ってくれ……」と辰弥に数枚のチケットを譲ったが、そのチケットを譲り受けた辰弥も「少し多かった」となったくらいなので日翔の大食いっぷりが際立ってくる。
 五人分を一人で食べた、となると、当然食費もかさむわけで、「グリム・リーパー」の会計担当である鏡介は「またブロックチェーンいじって口座に補充しておかなければ……」と聞き捨てならないことを呟いていた。
「また行きたいね、あの市場」
 冷蔵庫にぎっしり詰まった刺身やその他の鮮魚を思い出し、辰弥も呟く。
 にゃあ、とキャンピングカーの中を徘徊していた黒猫ねこまるが冷蔵庫の前に移動し、ドアをカリカリと引っ掻き始める。
「おー、ねこまる、腹減ったか」
 こいつ、分かってんなあ、と日翔が立ち上がり、ねこまるを抱き上げた。
『だからニャンコゲオルギウス十六世だっつーてんだろーが!!!!
 ノインが前部座席の隙間から首を出して騒いでいる。
 だが、それが聞こえていない日翔はぬるんぬるんと腕から逃れようとするねこまるを器用に抱えながら自分の席に戻っていく。
「ん? ねこまる……お前、太った?」
 旅が始まった頃より毛並みの艶が良くなり、質感が増したように感じるねこまる。
 ねこまるがにゃあ、と諦めたように日翔の手を舐め始める。
「ははは、くすぐったいなぁ」
「旅が始まってから合成フードよりも本物の魚の切れ端とか食べるようになったもんね。今夜も海鮮丼にするつもりだし、ねこまるもしっかり食べてね」
 そんなことを辰弥が呟いていると、ノインも辰弥の膝の上に戻ってきて騒ぎ出した。
『甘エビ食べたい、甘エビ!』
「分かった。ノイン、海鮮丼に甘エビ多めに乗せとくね」
『やったー!』
 大はしゃぎのノイン。鏡介がちら、と辰弥を見る。
「ノインは甘エビが好きなのか?」
「多分。あれは俺もまた食べたいって思ったし」
 口の中でねっとりととろける甘エビを思い出す。いくら館港跡の養殖工場で養殖されたものとはいえ、天然物とそん色がないおいしさだったのではないか、と辰弥は考える。尤も、天然物など辰弥たちの経済状況ではとても手が出るものではないので想像の範囲だが、それでもフードプリンタで作られたものではない、本物の甘エビはその名の通り甘く、おいしいものだった。
 この逃避行が終わったらもう来ることはないかもしれない、と思いつつもまた来ることができればいいな、と辰弥は館魚奈センターの土産物コーナーで買った甘エビのキーホルダーを握りしめた。
 立ち寄った先々で購入してきた千歳への「お土産」は辰弥が寝床にしているリビングエリアに取り付けた小さな棚に並べられている。一つ、また一つと増えるキーホルダーに、辰弥は今はもういない千歳への想いを募らせつつあった。
 死後の世界を信じているわけではないが、今何をしているのだろうか、向こう側でうまくやっているのだろうか、そんなことを考えてしまう。
『……エルステ?』
 ノインが不思議そうに辰弥の顔を覗き込む。
「……大丈夫」
 絞り出すようにそう言い、辰弥は手を開いてキーホルダーを見た。
 くるんと背を丸めた甘エビのキーホルダー。少しデフォルメされたデザインは女性にも人気があるという売り文句が付けられていたが、千歳は喜んでくれるだろうか。
 そんなことを辰弥が考えていると、日翔の声が辰弥を現実に引き戻す。
「だが、まさか館県でも齶田県でも『カタストロフ』が来るとは思ってなかったな。そのせいで色々食いそびれた気がする」
「あー……」
 日翔の発言に、鏡介も小さく頷いた。
「この車や俺たちに発信機が付いていないのは定期的に確認しているから確かなはずだ。それに俺たちの移動ルートは決まっていないし、どこにいるのか知っているのは永江 晃くらいのものだ。それなのに何故……」
「……うん……」
 もう一度キーホルダーを握り直し、辰弥も頷く。
 行き先は行き当たりばったりでしか決めていないのは辰弥も理解しているところだった。
 ひとところに留まっているのは危険だということで同じ町には連泊しないし、次の行き先も早くて寝る前、場合によっては当てもなく移動を始めてから初めて決めるくらいである。
 そう考えると「カタストロフ」が正確に自分たちの居場所を特定して襲撃してくるのは辰弥たちにとって不可解な出来事だった。しかも、決まって――。
「よくよく考えたら『カタストロフ』が来るのって大抵メンテ明けで助かるよなー。メンテ前とかメンテ中に襲撃されたら大変だぜ」
「確かに」
 日翔に言われて辰弥が声を上げる。
 「カタストロフ」の襲撃は決まって三人のメンテナンスが終わって暫くしてからだった。
 偶然と言ってしまえばそうかもしれないが、こうもタイミングが重なると必然的なものを感じてしまう。
「……まさか、晃が……?」
「えー、主任がチクるとかねーだろ。少なくとも俺の生体義体の追加データは取りたいだろうし辰弥の身体のこともある。あんま言いたかないが、辰弥ってLEBの中でも色々イレギュラーが出てんだろ? それをわざわざ潰すようなこと――」
 考え込んだ辰弥に、日翔が浮かんだ可能性を否定する。
 襲撃のタイミングを考えれば晃が怪しいのは事実だ。もしかすると、晃は再度「カタストロフ」入りを希望していて、合流してから辰弥の居場所をリークしているのでは、というのは突飛はな発想ではない。それほど、状況証拠は揃いすぎている。
 晃と辰弥の話をまとめると、御神楽財閥はLEBの研究を全面的に禁止していて、許されているのは現存し、なおかつ特殊第四部隊トクヨンの管理下にあるLEB――第二号ツヴァイテフュンフゼクスズィーベンアハトの五人のメンテナンスだけである。トクヨンの監視下に入っていない第三号ドリッテLEFレフのケーキ屋でパティシエとして働いており、辰弥こと第一号エルステノインは死んだことになっている。第四号フィアテに関しては数年前に死亡が確認されたとかで、清史郎が開発した第一世代と晃が開発した第二世代の全ナンバーは表向き全個体の動向はトクヨンに把握されている――ことになっている。
 だが、「カタストロフ」は晃に対してLEBの自由な研究を約束していた。「カタストロフ」の桜花での拠点――上町支部はカグラ・コントラクターによって壊滅したが「カタストロフ」自体が壊滅したわけではない。辰弥の前に現れ、晃に極秘裏に引き渡された第十号ツェンテの存在から、清史郎はまだ生きていてLEBを開発し続けているのは明白である。同時に、晃に対して研究設備を提供できるくらいの力が残っていると考えられる。
 そういった点から、晃がLEBの研究のためだけに御神楽財閥を裏切って「カタストロフ」に行きたいと考えるのは有り得ない話ではない。いくら御神楽財閥――久遠に黙って「グリム・リーパー」の一員となり辰弥たちのメンテナンスを引き受けていると言っても、それは「カタストロフ」に辰弥を売るための方策と考えることもできるのだ。
 しかし、辰弥としてはその可能性を否定したい気持ちもあった。
 晃はLEBの研究に執着しているところがあるし、人間にしては倫理観をどこかへ置き忘れてきたようなところがあるが、生物兵器であるLEBを兵器として運用するのではなく、新たな種としての共存を考えているような気がしていた。「カタストロフ」がLEBを使い捨ての兵器として運用していることに対しては色々思うところがあるはずだ。少なくとも、人として生きようとしている辰弥(と、ノイン)を再び兵器として運用させることは快く思っていない、と思いたい。
 そう考えると、どうしても晃が「カタストロフ」に戻りたいと考えているわけではない、と思いたかった。あくまでも辰弥の希望であるため晃の本心は晃に訊かないと分からないが、仲間の生存を第一に考える「グリム・リーパー」で仲間の命を危険に晒すような行為に走るとは考えたくない。
 晃はシロだ。そう、辰弥は主張したかった。
 日翔は命の恩人である晃を疑うようなことはしないはずだが、鏡介は疑っているかもしれない。むしろ仲間であっても最悪の事態を想定して動ける鏡介の冷静さと慎重さには頭が上がらない。
 鏡介はどう思っているのか――そう、辰弥が鏡介を見ると、鏡介は運転席で腕を組み、眉間にしわを寄せて考え込んでいた。
「状況だけを見れば永江 晃は怪しい。だが、あいつの思考は単純だ。ポリグラフ検査をすれば確実にボロが出るのは分かり切っている」
「その晃は御神楽の監視下なんだけど。俺たちのこと、バレてたらやばいじゃん」
 鏡介が言いたいことは分かる。
 晃は嘘がつけない人間ではないが、ポーカーフェイスが得意というわけでもない。
 休暇を利用して移動ラボを乗り回していることを突き詰められればどこで辰弥たちのことが発覚するかも分からない薄氷を歩かせているのも事実で、辰弥たちもいつ御神楽に生存を知られて追われることになるかと冷や冷やしているところだった。
「ポリグラフ検査をする前から断言するのは俺らしくないと言うかもしれないが、永江 晃はシロだと俺は思っている」
「鏡介にしては意外だね」
 想定外の鏡介の言葉に、辰弥がちら、と窓の外を見る。
「鏡介が人を疑わないなんて、光輪雨降るんじゃない?」
「俺を何だと思っている」
「骨なしチキンのもやし和え」
「お前な!?!?
 あまりの言いように鏡介が声を荒らげるが、辰弥はくすりと笑って口を開いた。
「俺たち以外を疑わないなんて鏡介らしくないな、って。でも――なんだかんだいって鏡介も晃を信頼してるって言えるのかな、これ」
「――多分な」
 鏡介は否定しなかった。
 辰弥の言う通り、晃を信じたい気持ちはあった。
 疑わしい点は多い。だが、その不審点はどれも晃の性格を元に簡単に反証できる。
 鏡介としてはその反証に反証を重ねて疑うべき、という気持ちと晃の「『グリム・リーパー』の一員である」という発言を信じたい気持ちが競り合っていた。
 辰弥や日翔は甘いと言うかもしれないし鏡介自身もそれは思うが、元々鏡介は他者に対しては甘いところがある。「グリム・リーパー」――その前身の「ラファエル・ウィンド」にいた時期は三人の中で一番長い。それ以前も泥を啜るような生活を送っていたことからこの世界の闇を一番よく知っている。それなのにこの闇で生き延びる最大の秘訣――他者を蹴落とすが三人の中で一番下手なのも鏡介だった。
 人生の半分近くは裏社会で生きてきたから他者を疑うというスキルは持ち合わせている。だが、それでもどこかで信じたいという気持ちは持ち合わせていた。
 千歳に対してもそうだ。元「カタストロフ」の人間、辰弥に対する馴れ馴れしさ、そういったところから「カタストロフ」のつながりを警戒して疑ってきたが、心のどこかでは辰弥に対する態度は本物であってほしいと思うところはあった。それがうまく伝えられず、辰弥とは一度大喧嘩をして殺し合いにまで発展してしまったが。
 そんなことから、鏡介は晃に対しても完全に疑いの目を向けることはできなかった。反証があるのなら猶更だ。
 しかし、それなら「カタストロフ」の襲撃の正確さはどこから来た、と鏡介は改めて考えなおした。
 怪しいと言えば現在晃に預けているツェンテも怪しいが、これに関しては鏡介も警戒して晃にツェンテには行き先を伝えるな、と指示を出している。流石に完全に伏せるのもどうかと思い、行き先の県名くらいは言ってもいい、とは言っているが、県名だけであそこまで正確に居場所を特定している「カタストロフ」の探査能力は侮れない。
 それとも、ツェンテに発信機の類が付いているのか――と考えるが、それも鏡介は否定する。
 ツェンテが身に着けていたものに発信機の類は一切付けられていなかった。GNSにはGPSによる位置情報の特定手段が存在するが、それも晃に預けるとなった時点で鏡介がハッキングして位置情報が発信されないように細工をしている。つまり、ツェンテを利用して自分たちの居場所を特定することは不可能――少なくとも、鏡介はそう思っていた。そんな鏡介の裏をかくような位置情報の送信手段があれば話は別だが、ツェンテが自分の意志で「カタストロフ」に連絡を入れない限り、ツェンテの居場所は誰にも特定できない。
 となると状況証拠的にツェンテもシロか、と考え、鏡介は辰弥を見た。
「辰弥、」
「ん、」
 辰弥が鏡介を見る。
「お前はツェンテのことをどう思っている?」
「ツェンテのこと?」
 そう言って鏡介から視線を外し、辰弥が天井を見る。
 少し考え、そうだね、と呟いた。

 

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