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Vanishing Point / ASTRAY #04

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
 河内池辺を離れ、隣の馬返に赴いた三人は馬返東照宮を観光する。
 その戻りに、辰弥は「カタストロフ」に襲われている一人の少女を保護するが、彼女はLEBだった。
 「カタストロフ」から逃げ出したという「第十号ツェンテ」、保護するべきと主張する日翔と危険だから殺せと言う鏡介の間に立ち、リスクを避けるためにもツェンテを殺すことを決意する辰弥。
 しかし、ナイフを手にした瞬間にPTSDを発症し、ツェンテの殺害に失敗する。
 それを見た日翔が「主任に預けてはどうか」と提案、ツェンテは晃に回収してもらうこととなった。
 |磐瀨《いわせ》県に到着した三人は路銀を稼ぐため、|千体《せんだい》市にあるアライアンスから「近隣を悩ませる反グレを殲滅しろ」という依頼を受ける。
 依頼自体はなんということもないものだったため、メンテナンスを受けてから依頼に挑むが、そこに「カタストロフ」が乱入してくる。
 しかも、乱入した「カタストロフ」の構成メンバーはLEB、一瞬の隙を突かれた辰弥が昏倒してしまう。
 だが、絶体絶命の状況を覆したのは辰弥自身だった。
 反転したカラーの辰弥の動きに、日翔と鏡介は辰弥の中にノインの人格が存在し、このような状況では肉体を制御して動けるということに気付く。

 

 たて県、齶田あぎた軒を抜け、高志こし県に向かうキャンピングカーの中で、三人は「決まってメンテナンスの後で襲撃を受けている」という話をする。

 

 メンテナンスの後、となると晃やツェンテが怪しくなるが、それでも二人がクロだという物的証拠がなく、三人はそのまま高志県へと入っていく。

 

 高志県尾山おやま市に到着した三人は鼓門やおもてなしドームを見た後、何を食べるか相談する。

 

「ここか」
 鼓門を抜けて数分、牛の顔をラインでデフォルメしたようなエンブレムが染め抜かれた暖簾を前に鏡介が低く呟いた。
「うん、さっき空いてるか訊いたら空いてるって言われたから予約したし行けるでしょ」
 そう言いながら、辰弥がさっさと暖簾をくぐって店に入っていく。
「……なぁ、鏡介」
 辰弥に続く前に、日翔が一度立ち止まって鏡介を見た。
「なんだ?」
「辰弥さ――ちょっと明るくなったよな」
 もう、何度か鏡介に話して鏡介の同意も得ている話だが、それでもついつい確認してしまうのは辰弥を息子として見ようとしてしまっているからだろうか。
 日翔としては辰弥はまだ子供で、自分のような大人が守ってやらないといけない、という思いがあった。全ての事実が明らかになり、今では自分より上背もあるほどに成長して、自分よりも達観していても、それでも実年齢を考えると本来ならまだ遊んでいてもいい年齢だ――そう思ってしまう。
 辰弥が子供扱いを望んでいないことも分かっているが、それでもその考えは大人に植え付けられた間違ったものだ、という意識がある。
 それに関しては鏡介に何度も「辰弥の意志を捻じ曲げるな」と怒られはした。しかし両親が御神楽陰謀論者であったとしても幼少期をある程度自由奔放に生きてきた日翔にとっては辰弥の考えは否定したくなってしまうのだ。
 もっと自由に、子供らしく生きろよ――と。
 そんな日翔のいつもの考えに気付いたか、鏡介が苦笑して日翔の肩を叩く。
「お前の望みは辰弥の幸せか? それとも自分の満足か?」
「そりゃあ、辰弥の幸せ――」
「だったら、辰弥がやりたいようにさせてやればいいだろう」
 そう言って、鏡介がさっさと暖簾をくぐって店に入ってしまう。
「あ、待てよ!」
 慌てて日翔も暖簾をくぐり、店に入る。
 ――でも、
 暖簾をくぐりながら、日翔はふと考える。
 ――辰弥、お前は本当に幸せなのか――?
 望んでもいないのに造られて、子供という時間を知らずに大人にさせられて、暗殺者として生きて。
 それが幸せなのか、疑問に思ってしまう。
 そう思ってから、日翔は自分が今を幸せと思っていないのではないか、と気が付いた。自分が幸せでないから、辰弥も幸せだと思っていないのでは――と。
 そんなはずはない。好き勝手生きて、好きなものを食べて、大切な仲間に囲まれて、幸せでないはずがない。人を殺すことに抵抗感もないし、それが当たり前だと思っている。
 それなのに、どうしてこんなに心に棘が引っかかっているのだろうか。
「……ま、いっか」
 深く考えるのは自分の性分じゃない、そう思った日翔が首を振って暗い考えを振り払う。
 今は幸せだ。辰弥もきっと幸せだ、それでいい。
 そんなことを考えながら日翔も店に入ると、辰弥と鏡介はもう席について今時珍しい物理メニューを開いて何を注文するか話し合っていた。
「やっぱりうしまぶしだよね」
「ああ、本物の若山牛を一度は味わっておきたい」
「あー、お前らずるいぞ! 俺にもメニュー見せろ!」
 日翔が騒ぎながら辰弥の隣に座り、メニューを覗き込む。
「お、これいいな!」
「……?」
 日翔が指差したメニューを辰弥と鏡介が確認する。
「……って、」
「本気かお前!?!?
 日翔が指差したメニューは「おおうしまぶし」と記載されたものだった。
 メニューの説明を見ると、「若山牛ローストビーフを敷き詰めた特大の『うしまぶし』、通常の四倍サイズ」と記載されている。
 「シェアしてお召し上がりください」と記載されている――のだが。
「日翔……一人で食べる気?」
「おうよ! 肉はいくらあってもイイからな!」
 ドヤァ、とオーダー画面を開く日翔に辰弥は苦笑、鏡介は渋面をその顔に浮かべる。
 相変わらずの大食いっぷりに「こいつはフードファイターとして稼がせた方がいいのでは……」などと思ってしまう。
 実際にフードファイトはこの時代にも存在する。プリントフードだから食材を無駄にすることはないし、仮に作り過ぎたとしても観戦者に「選手が実際に食べたものはこちら!」とお裾分けもされるので廃棄されるものがあるとすればそれは実際に食べ残されたものだけだ。それにフードファイトのルールとして「食べ残せば即失格」が設定されている大会もあるのでフードファイターは基本的に自分の限界を把握している。
 そんなフードファイトに日翔を放り込めばどうなるか――。
「辰弥、」
「何、鏡介」
 真剣な顔で話しかけて来た鏡介に、辰弥が首を傾げる。
「日翔をフードファイトに送り込めば稼げるんじゃ」
「ダメだよ鏡介、俺たちは暗殺者、フードファイトなんて派手な場所に行って目をつけられたらそれこそ『カタストロフ』に襲われる」
「――確かに」
 せっかくいい路銀稼ぎの手段を思いついたのに、と悔しそうな鏡介に辰弥がもう一度苦笑した。
「ま、でも裏フードファイトとかあるんじゃないの? そういうのなら出てもいいんじゃないかな」
「それだ」
 よし、近くの裏フードファイトを探してみるか、と鏡介が早速検索を始める。
「その前に腹ごしらえ。鏡介もうしまぶしでいい?」
「大きくない方でな」
「りょーかい」
 日翔に続いて、辰弥が自分と鏡介の分のうしまぶしをオーダーに追加する。
「若山牛か……」
 鏡介の解説を待つのもいいが、食べ物関連だと自分でも調べてみたい。
 そう考え、辰弥は若山牛について解説しているページを検索した。
 まずは世界中で最も手軽に調べられるサイペディア。
 桜花には三大桜牛と呼ばれるブランド牛が存在するが、若山牛はその中には属していない。だが、だからといってランクが落ちるわけではなく、単純に流通数が少な過ぎて知る人ぞ知るブランド牛ということになっているらしい。
 ついでに桜牛のブランド牛について調べてみると、桜花の全ての都道府県に何かしらのブランド牛が存在するらしく、それぞれ流通数は少ないものの各地のグルメな富裕層を唸らせているということに桜花人の食に対する執着をひしひしと感じる。
 桜花は御神楽財閥のお膝元ということもあり、他の国に比べて比較的生鮮食品が入手しやすくなっている。御神楽財閥が謳う「世界平和」の一端に「豊かな食卓」があるらしく、世界各地の食糧支援――フードプリンタのフードトナー工場の建設やフードトナーの原料となる大豆生産工場の建設、維持技術提供などの活動は有名だ。そのフードプリンタが行き渡ったところで次に行っているのが本物の食材による伝統料理の復活で、各地でかつて生産されていた作物の工場を少しずつ増やしてフードプリンタと通常の食事が併用できるように、と配慮されている。
 もちろんこれもビジネスなので御神楽財閥には思惑がある。
 御神楽陰謀論者の中ではこうすることで工場の建設や維持の権利を独占し、莫大な利益を得ていると囁かれている。
 実際のところ、莫大な利益を得ているかどうかは別としても御神楽財閥は工場建設の費用を融資し、工場の運営が軌道に乗ったところで融資分を回収しているところはある。だがそれは工場建設を支援する他の企業も同じ、それどころか御神楽財閥の方が融資の利息はかなり低めに抑えられているのが現実である。
 とはいえ、日翔は御神楽陰謀論者なので御神楽財閥が全て独占している、と思っているところではあるが。
 そんな状態だから、この逃避行の先々で口にするご当地グルメの多くが御神楽財閥の支援によって生産されているものという事実に日翔は複雑な思いでいた。
 ここまで高いのは御神楽が利益を独占しているからだ! と主張することもあるが、辰弥と鏡介は慣れたもので適当に聞き流している。
 結局、日翔もご当地グルメのおいしさに負けてガッツリ食べてしまうので最近は「悔しいが御神楽のおかげで美味い飯が食える……」となっていた。
 それはそうとして、各地にご当地ブランド牛があるのなら食べてみたい、と思うのは辰弥だけではなかった。
「日翔、桜花各地にご当地ブランド牛があるの知ってる?」
「え、何それ知らん」
 辰弥から振られた話題に日翔が食いつく。
「ちょっと調べてみたら、桜花にいろんなブランド牛があるみたいだよ。桜花三大桜牛は知ってる?」
「おう、知ってるぞ! 砂処すか牛、大坂おおさかビーフ、飯野いいの牛だろ!」
「一部では置賜おきたま牛が該当する、と言われていて三大桜牛と言いながら実質四大桜牛状態だがな」
 鏡介の解説も入り、日翔がほへー、と声をあげる。
「とにかく、三大――四大? 桜牛はあるけどもう一つ斐太ひだ牛も含めて五大桜牛と言われたりもするみたいだね」
「斐太――ってことは、井口いぐち県か?」
 いくら義務教育をサボっていた日翔でも都道府県くらいはある程度知っている。ましてや有名どころのご当地グルメとなると逃避行が始まってから「ここに行けばあれが食える」で色々調べているので日翔に都道府県クイズを出すなら「◯◯が食べられる県は?」と出せばほぼ確実に正解が出るくらいである。
 逃避行が始まる前はいくら食べるの大好き、と言ってもご当地グルメなどほとんど知らなかった日翔。こうやっていく先々の料理を楽しみにできるほどに快復した、という事実は辰弥にとっても鏡介にとっても喜ばしいことだった。
「斐太地方といえば斐太陣屋ひだじんや市の古い町並みは食べ歩きにいいらしいね。斐太牛の握りとか串焼きとかあるみたいだよ」
「マジか! 斐太牛の握りとか絶対うまいやつ!」
「――と、なると次の行き先が決まったな」
 お冷を一口、鏡介が冷静に口を開く。
「次の行き先は井口県だ。海なし県だがうまい魚があるぞ」
「お、もしかして鮎か? 鵜飼いで有名なやつ!」
「ああ、鮎の塩焼きは俺も食ってみたい。今はシーズンオフだが、養殖ものなら年中食えるはずだからそれを食べよう」
「おー!」
 なし崩してきに決まった次の行き先に、日翔がテンション高く拳を上げる。
 そのタイミングで、三人の目の前にうしまぶしが差し出された。
「お待たせしました。うしまぶし二つとおおうしまぶしです」
 おひつに盛られた白米の上にはローストビーフがこれでもかと乗せられてる。さらに尾山市の名産品の一つである金箔が上品に飾られ、見た目にも美しい。おひつ以外にもさまざまな薬味が盛られた小皿や小鉢、お新香、だし汁の入った器が三人の前に置かれ、三人は「おお……」と声を上げた。
 その中でも日翔のうしまぶしは壮観だった。
 四倍サイズというだけあって、まずおひつが大きい。その上に薄切りにされたローストビーフが何重もの円を描いており、さながら牛肉でできた牡丹の花である。
「いやぁー、いいですなー」
 割り箸を手に、日翔が満面の笑みを浮かべる。
「じゃー食べようぜ!」
『お肉ー!!!!
 ノインも身を乗り出しておひつを覗き込んでいる。
「じゃ、食べようか」
 辰弥の言葉を合図に、四人は手を合わせる。
『いただきます』
 食材には感謝の念を。
 それだけは忘れず、四人は声を合わせ、うしまぶしを口に運んだ。

 

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