退魔師アンジェ 第2部 第4章
『〝レインボー・エンプティ〟虹ヶ崎 ソラ』
父を
そして最後の試練の日。アンジェは瘴気から実体化した怪異「
翌日、月夜家を訪ねてきた生徒会長、
アオイから明かされた事実、それはアンジェ達の学校が「
早速学校を襲撃してきた下級悪魔「
アオイから恐怖心の克服を課題として言い渡されるアンジェ。玉虫色の粘液生物と戦ったアンジェはヒナタの何気ない助言を受けて、恐怖心の一部を克服、再びアンジェを助けた白い光を使って、見事学校を覆う謎の儀式を止めることに成功したのだった。
しかし儀式を試みた魔術師は諦めていなかった。それから一週間後、再び学校が今度は完成した儀式場に覆われていた。アオイは母・ミコトの助けを借り、儀式場の中心に到達するが、そこに待ち受けていた
そこに現れたのは「英国の魔女」と呼ばれる仮面の女性。彼女は事前にルーンと呼ばれる文字を床一面に刻むことで儀式の完遂を妨げたのだ。そして、英国の魔女は「この龍脈の地は私が治める」と宣言した。逃げる安曇。追う英国の魔女。蚊帳の外の二人。アオイは安曇は勿論、英国の魔女にも対抗することをしっかりと心に誓った。
ある晩、アキラから行きつけの古本屋を紹介してもらった帰り、アンジェとアキラは瘴気に襲われる。やむなくアキラの前で刀を抜くアンジェ。しかし、一瞬の不意を撃たれ銃撃されてしまう。謎の白い光と英国の魔女に助けられたアンジェはアキラの部屋に運び込まれ、週末に休みの期間をもらう。
休みの時間をヒナタと街に出て遊ぶのに費やすアンジェ。そこで剛腕蜘蛛悪魔を使役する上級悪魔らしきフードの男と謎の魔術師と遭遇する。追撃することも出来たが、アンジェは怪我人の保護を優先した。
アンジェは父が亡くなった日の夢を見る。時折見るその夢、しかしその日見えた光景は違った。見覚えのない黒い悪魔の姿があったのだ。そしてその日の昼、その悪魔とその使役主である上級悪魔、
そして同時にアンジェはアオイから知らされる。父が死んだその日は「大怪異」と呼ばれる霊害の大量発生の日だったのだ、と言うことを。
イブリースが大攻勢をかけてきた。悪路王と英国の魔女は陽動に引っかかり、学校にいない。アオイとアンジェだけでは学校への侵攻を防ぎきれない。最大級のピンチの中、アンジェは自身の血の力と思われる白い光を暴走させる。それは確かにイブリースごと全ての悪魔を消滅させたが、同時に英国の魔女が封じていた安曇のトラップを起動させてしまい、学校を大きく損傷、死者まで出してしまう。
アンジェはその責任を取るため、討魔師の資格を剥奪されることになるところだったが、突如乱入してきた悪路王がアンジェの血の力と思われる白い光を強奪。最大の懸念点だった力の暴走の危険は無くなったとして、引き続き討魔師を続けて良いことになった。
アンジェの力の暴走、通称「ホワイトインパクト」の後、
ホワイトインパクトに対処する中、英国の魔女は事態収束後も同盟を続けようと取引を持ちかける。アンジェは取引は断りつつも、英国の魔女の座学から様々な知識を学ぶのだった。
英国の魔女に連れられ、ロアの実例と対峙するアンジェ。しかしそこに、ロア退治の任を受けた討魔師・
父の仇である悪路王は如月家の血の力を盗んだ。そして如月家について、明らかに何か知っている。アンジェはそれを問いただすため、そして可能ならば討ち倒すため、アンジェは悪路王のいるとされる
アンジェの右腕は英国の魔女の尽力により復活した。悪路王はアンジェの血の力について、ウキョウを倒せるレベルにならなければ返却できないと語り、あのアオイでさえそれに同意した。そしてアオイはアンジェについてしまった及び腰を治療するため、ある人物とアンジェを引き合わせることを決める。
アンジェは
討魔仕事の帰り、アンジェを迎えに大きなバイクに乗ったフブキが現れる。フブキは言う。「
ベルナデットは魔術師だった。
フブキと共にベルナデットと交戦するアンジェ。
だが、フブキが作ったベルナデットの隙をアンジェは殺害を躊躇したため逃してしまう。
ベルナデットが盗んだのは『
アンジェが回収したカードから、ベルナデットは錬金術師と判明するが、目的は見えない。
そして、自身の覚悟不足によりベルナデットを逃したことを後悔し、こんなことでは復讐も成せないと感じたアンジェはアオイと真剣での鍛錬を行う事を決める。
アオイとの真剣での鍛錬の中、アオイの持つ刀、
それはそれとして、1/25はアンジェの誕生日。アキラとヒナタ、そして当主から祝われる中、当主は宮内庁に「現在日本にいる英国の魔女を本物の英国の魔女だと承認する」事をアンジェに伝える。
誕生日は同時に父の命日でもある。墓参りを終えた英国の魔女は頭の中に響く声について意見を求める。
英国の魔女は「神秘使いの中には得意分野ごとに人格を作り、それを使い分ける者がいる」と伝え、アンジェもそれではないかと考察する。
そんな中、「賢者の石」作成を目的にしていると思われるベルナデットの今後の行動指針を探るため、英国の魔女の知り合いである錬金術師に会うことが決まる。
足尾銅山跡に工房を構え、盗掘しながら生活している錬金術師「ウンベグレンツ・ツヴァイツジュラ」、通常「アンリ」は言う。
「将棋とは錬金術の一種であり、詰将棋とはそのレシピである。その最高峰たる『象棋百番奇巧図式』には、錬金術の最奥の一つ、賢者の石に類する何かのレシピが含まれている可能性が高い」
そして、将棋とは盤上で行うもの。「龍脈結集地で行われる儀式魔術の可能性が高い」と。
かくして、二人は慌てて学校に戻るのだった。
準備万端で迎えたベルナデットとの戦い。
しかし、ベルナデットは賢者の石の失敗作、愚者の石を用いて、こちらのルーンによる陣地を完全に無効化した。
苦戦するアンジェとアオイ。アンジェは自分の内にいる何者かを解き放つことを決める。
内にいるもう一人のアンジェにより、ベルナデットは敗北するが諦め悪く逃走を試み、アンジェはやむなくベルナデットを殺害してしまう。
それをトリガーに
彼はアンジェの起こしたホワイトインパクトにより、恋人を失っていた。しかし、記憶操作を受けていたはずだが。
クロウとの問答の末、アンジェはついに英国の魔女がヒナタだと知ってしまう。
初の直接的な人殺しに、クロウからの非難。英国の魔女の正体。ただでさえいっぱいいっぱいなアンジェだが、ハヤノジョウは、月夜家が何かしらの企てを行なっている可能性を示唆する。
ヒナタという信用出来る戦友を得つつ、謎だらけのままにアンジェ最初の一年は終わった。
アンジェのもう一人の人格、仮に『エス』と名付けられた彼女は、2015年度に入って、訓練メニューに組み込まれるようになった。
それから七月の頭、平和だった学校に再び下級悪魔が現れる。現れた下級悪魔は剛腕蜘蛛悪魔に見えたが、剛腕蜘蛛悪魔を従えるイブリースは撃退され、まだ復活には遠いはずだ。
事実攻撃手段も違ったことから、アオイ達はこれをよく似た別の悪魔と判断。従来のモノを剛腕蜘蛛悪魔甲、今回新たに現れたものを剛腕蜘蛛悪魔乙と呼び分けることとした。
再び学校が狙われ始めたという事実に決意を高めるアンジェだったが、次なる脅威は学校の外で起きようとしていた。
アンジェの担当地域である
アンジェはアオイの要請を受け、出発する。
しかし、盗んだ刀、
アオイ、ヒナタ、カリンが次々に合流し、戦闘に加わるが、逃げられてしまう。
カラはレインボー・エンプティと似ている。
その情報からアンジェとフブキはレインボー・エンプティに事情聴取に向かう中島 マモルと同行することになる。
その道中で、アンジェはフブキから自身の運命の日について聞かされるのであった。
到着したのはボロ……クラシックなアパートだった。
「
マモルさんがスマートフォンで誰かに連絡を取っている。警視というと、警察の階級のはずだから上司への報告といったところだろう。
「これから二階に上がってコンタクトを取る。一人はここに残って、逃走しないかの確認、もう一人はこっちについてきて」
「それならアタシが外で監視をしますよ。この
マモルさんの言葉にフブキさんが素早く答える。
「じゃあ頼むよ。部屋は202号室、その部屋だ。逃げるとしたら警察を名乗ったタイミングが怪しい。警察を名乗ると同時にそっちに連絡入れたいけど、連絡先、変わってないよね?」
「はい、前のままです」
「ありがとう、じゃ、アンジェさん、行くよ」
マモルさんが私を伴って、外階段を上って二階へと移動し、202と書かれた部屋の前で立ち止まる。
「アンジェさんはこの札をつけてて、認識阻害で隠れていてくれ。もし万一、顔見知りの君に気付けば彼女は黒だと分かるしね」
そういって、私に札を押し付けてから、マモルさんがインターホンを押す。
「はーい」
インターホンについているスピーカーからプティちゃんらしき可愛らしい声が聞こえてくる。
さっきの刀泥棒に似ているといえば似ているが、声の低さが少し違うか。
「警視庁刑事部のものです。申し訳ありませんが、少しお話を伺えないでしょうか?」
そう言いながらマモルさんが右手を上着の内側の腰に伸ばしつつ、左手でスマートフォンを操作する。器用だな。
右手は恐らく腰の下に隠した刀に手を伸ばしているのだろう。私も右手を左手の腰に伸ばす。
ガチャリ、と扉が開き、中から髪を下ろしたプティちゃんが出てきた。瞳の色は……灰色!?
「警視庁刑事部の中島 マモルです。
マモルさんが警察手帳を片手に確認を取る。
「あ、はい、そうです」
プティちゃん、本名は虹ヶ崎 ソラさんというのか。普通にハッピーマフィンズに通っていたら永遠に知ることはない名前だ。それを立場を利用して聞いているようで、少し申し訳ない気持ちになる。後ろで聞いているヒナタは私以上にハッピーマフィンズの常連のはずだが、今はどのような気持ちで聞いているのだろうか。
「今日はどちらで何をしていらっしゃいましたか?」
「ずっと家に一人でした。えっと、これってアリバイってやつですか? なにかあったんですか?」
「えぇ、ちょっと、事件がありまして。家に一人とのことですが、ずっとですか? 誰かと電話されたりは?」
「えっと、サテンちゃん……、同僚のミラカル・ファジタルちゃんと電話でやり取りしました、お昼くらいのことです」
お昼、ちょうどカラを名乗る盗人が刀を盗んだ少し前だ。
「ミラカル・ファジタル……、
「はい」
マモルさんが手帳をめくって情報を確認し、ソラさんに問いかける。
本当にハッピーマフィンズの従業員についてしっかり調べてるんだな。
「ちなみに、立ち入ったことを聞くけど、どんな内容を話したのかな?」
「ドッペルゲンガーについて相談しました。サテンちゃん、そういうのに詳しいから」
「ドッペルゲンガー?」
「はい、ええと……」
何やら逡巡した様子のソラさん。
「気にせず話してくれるかな。警察署内以外で言いふらしたりはしないから」
「はい。その、ベッドで寝転んでいたら、突然目の前に自分そっくりの人間が飛び出してきたんです。そ、それも、下着姿で、その上、私のメイド服を盗んで部屋を飛び出して行っちゃって」
「なるほど、それで君はそれをドッペルゲンガーだと思ってサテンさんに相談したわけだね?」
「はい……」
ドッペルゲンガー。あの敵、カラを名乗った刀泥棒はソラさんのメイド服を盗んだドッペルゲンガーだった、ということなのだろうか。
「なるほど、分かった。ありがとう、最後になるけど、虹野 カラという名前に心当たりは?」
「! それ、ドッペルゲンガーが名乗ってました」
「具体的には?」
「突然現れたドッペルゲンガーに私が困惑して『誰なの?』って尋ねたら、『私は虹野 カラ、あなたの別の可能性』って」
「あなたの、別の可能性……?」
私と、マモルさんと、そして背後のヒナタの声が重なる。
「……はい」
「ふぅむ……」
「あ、あの、からかってるとかじゃないんです、私、本当に」
「あぁ、いや、それを疑ってるわけじゃないんだ。ただ、どういう意味なのかと思ってね」
「それは……私にも分からないですけど」
一瞬、沈黙で場が満たされる。
「とにかく話は分かったよ。また話を聞かせてもらう時があるかもしれないけど、その時はよろしくね」
「あ、はい」
ソラさんが頷く。
「と、そうだ。念の為確認させて欲しい。ハッピーマフィンズに行ったことのある知り合いから、瞳の色はオレンジと聞いていたんだけど……」
「あ、それはカラコンです。今はオフなのでつけてないだけです」
「なるほど、ありがとう。それじゃ、今度こそ、失礼するよ」
「はい、お疲れ様です」
扉が閉まり、マモルさんは廊下を戻り、階段を降りる。私はそれに続く。
「お疲れ様です。ニジの奴はどうでした?」
戻ってきた私達を見て、フブキさんが駆け寄ってくる。ニジというのはプティちゃんの愛称の一つだ。
「まだなんとも言えないけど、全くの無関係では無さそうだったよ。詳しくは車内で話すよ」
「車内で? まだどこか行くんすか?」
これで解散だと思っていたのだろう、フブキさんが首を傾げる。
「あぁ、アリバイ確認のため、辰狐寺 サテンの元へ向かう」
「さ、サテンに? な、なんですか? あいつは事件には……」
少し動揺した声。そう言えば、サテンという名前はフブキさんが一緒に遊んでいた相手として聞いたことがある、と思い出す。フブキさんの友人なのだろう。思わぬところに警察の矛先が向いたので、少し動揺した様子だ。
「事件発生の少し前、彼女はサテンさんと電話しているらしいんだよ。時間的に微妙なところだけど、もしかしたらアリバイになるかもしれない」
「な、なるほど。それなら話を聞いておいた方がいいっすね」
納得した様子で、フブキさんが頷く。
「けど、そういうことなら、ここはアタシ一人でいいんじゃないっすか? サテンは逃げる理由がないから逃げ場を塞ぐ意味はないし、アタシは友人だから話を聞きやすいはずだ」
「ふむ……」
マモルさんが顎をなでながら思案する。
「いや、警察と君が一緒になっているところを見られるのは問題があるかもしれない。君が話を聞く流れは反対だ」
「あ、あと、もし万一、万一、ニジの奴が何か事件に関与してるなら、この後どこかにコンタクトを取ったり、刀の隠し場所に向かったり、するかもしれない。一人ここに監視を残しておいた方がいいんじゃないっすか?」
フブキさんが続ける。なんだか妙だ。フブキさんはプティさんを疑っているのだろうか。いや、まぁ現状怪しいのは否定しきれないのだが。
「なるほど……。アンジェ、確か君は英国の魔女と協力関係にあるという話だったね?」
「え、あ、はい。そうです」
アオイさんはぼかしていたが、やはり知られていたのか。
「なら、フブキ君の案を採用しよう。アンジェさん、君は英国の魔女と合流の後、認識阻害を有効にしたまま、この近くでソラさんの部屋の様子を伺っていてもらえるかな?」
「分かりました」
フブキさんの言葉の内容自体はもっともだ。私は頷いて、マモルさんと連絡先の交換をした上で、二人が車で出かけるのを見送り、認識阻害が有効なのを確認した上で、プティちゃんの部屋の様子を伺い続けた。
日が沈んでしばらくした頃、プティちゃんが家を出てどこかに歩き始めた。
「日が沈んでからお出かけ? ちょっと不用心だね、プティちゃん」
背後からヒナタの声。
「えぇ、あるいは……」
「人目を避けなければならない場所に向かうのか……」
私は認識阻害を有効にしたまま、プティちゃんを追いかけ始める。もちろん、相手が見えない振りをしているだけの可能性を考えて尾行自体に手を抜くようなことはしない。
「コンビニ弁当を買いに来ただけかぁ」
背後のヒナタが欠伸しながらぼやく。
現在はコンビニからの帰路。人気のない路地をプティちゃんは歩いている。
やはりプティちゃんはシロなのだろうか。
「油断しちゃダメだよ、アンジェ。油断を誘うためにあえて疑わしい行動をしているのかもしれないからね」
と背後のヒナタが言うが、あなたもさっき欠伸してませんでしたっけ?
と反論しようかと思った直後、プティちゃんの悲鳴が響く。
「!」
さっきまでどこに隠れていたのか、いつの間にかプティちゃんの背後から男性が組みついてその意識を奪っていた。
「何をしているんですか!」
私は認識阻害を解除して、男性に叫び声をかけながら、腰の如月一ツ太刀に手をかける。
「何っ、どこから現れた」
男はプティちゃんを左手に抱えたまま、右手に拳銃を構えて発砲する。
「防弾を!」
「ホイホイっ、と」
私の周囲にルーン文字が出現し、それが弾丸を弾く。
それにしても、この日本でまた銃火器か。
「チッ、魔術師か!?」
魔術師を知ってる? ならば。
「私は討魔師です! 直ちに、その女性を離してお縄につきなさい!」
「お断りだ! プレアデス、時間を稼げ!」
その言葉と同時、私と男性の間の地面に青白い炎が発生し、その炎が上方に移動するにつれ、黒い人型の大きな何かが姿を現す。
右手に西洋剣、左手に大型の拳銃らしきものを持っている。
「やれ、プレアデス!」
プレアデスと呼ばれた黒い大きな人型は右手の剣を構えて、こちらに振り下ろす。
私は刀を抜き、その剣を受け止める。
激しく火花が散る。
「くっ」
拮抗している。いや、むしろ向こうの方が単純な筋力に優れる分、押し負けている。
「ヒナタ、援護を!」
私はあえて力を抜き、剣を大きく振り回させてから、後方に下がる。
「ホイッ!」
直後、無数の火炎弾がプレアデスと呼ばれた黒い大きな人形に襲いかかる。
プレアデスはそれを正面から受け止めつつ、左手の大型の拳銃をこちらに向ける。
「効いてない?」
「まさか、でも、神秘強度が極端に高いのは間違いないみたいだね」
なら、どうすれば……、と問いかけるより早く、大型の拳銃から青白い炎が連射される。
私は大きく左に向かって駆け出しながらそれを回避していく。
プティを攫った男がプティを白い
「
私の叫んだ
相手を無力化する衝撃波攻撃、人間相手には使いやすい攻撃だ。
だが。
プレアデスと呼ばれた黒い大きな人型は素早く私と男性の間に割り込み、衝撃波を受け止めてかき消す。
再び、大型の拳銃がこちらに向けられる。
遠距離戦は不利か。
こちらを狙うわずかな一瞬、その隙に一気に肉薄する。
プレアデスと呼ばれた黒い大きな人型は素早く反応し、拳銃を下ろして、右手の剣を構えて防御の姿勢を取る。
「
刀に刻まれたルーンを起動し、鉄をも切れる状態にする。これで、その西洋剣を叩き切る!
剣と刀がぶつかり合い、火花が散る。
「切断出来ない!?」
「まずいよ、アンジェ。プティちゃんが!」
プレアデスと呼ばれた黒い大きな人型の向こうで、バンのエンジンがかかり、ブレーキランプが点灯する。
「今から、一、二の三で前衛を代わってください」
「どうするの?」
「いいから、一、二の……」
「三!」「三!」
私が一気に左手側に飛び込み、そこに続く剣を姿を晒した英国の魔女が自分の刀、
私はそのまま、プレアデスと呼ばれた黒い大きな人型の脇をすり抜け、バンに迫る。そして、タイヤに向けて、刀を投げつけた。
ここ数ヶ月の刀投擲訓練の成果あり、タイヤは見事に後輪に命中し、プシューと音を立ててそのままバランスを失いスリップする。
「
そんな回転を始めるバンの目前まで一気にテレポートし、私は神秘プライオリティにものを言わせて、バンを縦一文字に両断した。
「ち、畜生。プレアデス!」
慌てて、運転席から飛び出した男性が、そう叫ぶ。
「逃しませんよ!」
私は刀を男性に突きつけるが。
「消えた!?」
と、ヒナタの声が聞こえたと思った直後、私と男性の間にプレアデスと呼ばれた黒い人型が最初に現れた時のように青白い炎を纏って出現し、私の刀を右手の剣ではねあげる。
「よし、俺を抱えて離脱しろ!」
男性の言葉に答え、プレアデスは男性を右手で抱えて、飛び上がった。
ヒナタが追撃として火炎を放ったが、その全てが拳銃から放たれる青白い炎に迎撃される。
「ちっ、はやい」
「ヒナタ、追跡は諦めましょう。まずはプティちゃんを」
「そうだね。アンジェは生徒会長に連絡を、そっちも早い方がいいよ」
「分かりました、そうします」
「残念ながら、アンジェが破壊したバンは盗難車でした。そこから所有者を特定することはできません」
念の為、とハッピー・マフィンズを離れ、
「ですが、確保したバンのハンドルに付着していた指紋から前科者の記録が見つかりました。
「凶器準備集合罪? 目的はなんだったんです?」
「国家転覆、だそうです。お父様から頂いた調書によると、どうやら過激な無政府主義者だったようですね」
私の疑問にアオイさんが手元の書類に目を通しながら返事をしてくれる。
「過激な無政府主義者……」
「えぇ。そしてそんな人間が魔術師を知っている。事態は想像より厄介かもしれません。あるいは、カラは彼に雇われた傭兵という可能性もあります」
あの刀泥棒はさっきの男に雇われた存在だというのか。
「しかし、肝心なのは動機です。レインボー・エンプティ、虹ヶ崎 ソラを誘拐してどうするつもりだったのか」
「確かに……」
やはりカラとプティちゃんには何かしらの関係があって、口封じの必要があった?
「ソラ個人を狙ったのか、誰でも良くてたまたまソラを狙ったのかも分かりません。あるいは……」
そこで、アオイさんの携帯がブーブーブーとバイブレーションの音を立てる。
「すみません、失礼します」
アオイさんが携帯を手に取り、電話に出る。漏れ聞こえる内容から、相手はマモルさんのようだ。
「追加で調べてもらっていた情報が上がってきました。どうやら、長門区ではここ一週間で、10代から20代の女性が行方不明になる事件が増えているようです。あるいは、これらの全て、もしくは多くがスバルの犯行かもしれません」
アオイさんが電話を終え、私にそう話してくれる。
「そんなことが……!」
私はそんな事が自分たちの担当地域で行われていたかもしれない事実に思わず拳を強く握る。
「だとすると、やはり目的は生贄でしょうね」
「あなたは……『エス』? 何か知っているのですか?」
「流石に、知っていることは何もないわ。けれど、あのプレアデスと呼ばれていた存在についてなら、少しは分かる」
「プレアデス、
私の隣で姿を消しつつ様子を伺っている英国の魔女も息を呑むのが聞こえる。
「あのプレアデスはその全てが魔力で出来ている。魔力構造体よ。もっとも……」
「そんな馬鹿な」
英国の魔女が碧の前にも関わらず姿を現す。
「あら、英国の魔女。まだ話の途中よ、どうしたの?」
「あれは魔力構造体であるはずがない。神秘レイヤーとあれは結びついていなかった。断言出来ます」
英国の魔女は珍しく強めの言葉で告げる。
「そうね。私も普通なら同意見だわ。けれど、私には分かる。あれは確かに魔力による構造体よ」
「では神秘レイヤーに結びついていない点はどう説明するのです。魔力構造体は神秘レイヤーにその存在が刻まれているからこそ存在出来る。あなたも知っているはずです」
「そうね、私もそうだもの。だからこう仮説を立てるしかない。プレアデスは異なる世界から現れた」
「まさか、異世界の神秘レイヤーと結びついているというつもりですか……!?」
「ちょ、ちょっと待ってください。二人とも、私を置いて話を進めすぎです。もう少し噛み砕いて説明しなさい」
私と英国の魔女の口論についていけないらしい碧が口を挟む。
「『エス』はプレアデスが異世界、この世界とは違う並行世界から来た、と言っているのです」
「並行世界? 多世界解釈ですか? 神秘の世界では多世界解釈が一般的なんですか?」
「まさか。魔術師とは今いるこの世界を改竄する者。本来、別の世界などという概念を持ち出す理由はありません。私の知る限りでは、そのようなことを研究している魔術師は一人しか知りませんね」
碧の問いに英国の魔女が肩をすくめる。
「なるほど。それで、その別世界という概念を持ち出せば、プレアデスの謎は解決するのですか?」
「そうですね、『エス』の言う通りプレアデスが魔力構造体であると言うのなら、納得いく説明はそれくらいしかありません」
「では、ひとまずその仮説が正しいとして話を進めるしかないようですね。それで、『エス』、さっき何を言いかけたのです?」
英国の魔女の言葉に碧が頷き、やっと話を進める権利が私の元に戻ってくる。
「えぇ、あの魔力構造体は体内に魔力炉心を持っていなかったわ。だから、あの昴って男にシルバーコードを巻き付けて魔力を貰ってるみたいね」
「つまり、彼は『悪魔憑き』のような状態にある、と?」
「えぇ。魔術的な幽霊のような存在。
私は頷く。
「魔術亡霊。実際の亡霊とややこしいですが、性質的には確かに似たようなもののようですね。そして、彼の目的を果たすには、シルバーコードから供給される魔力だけでは足りない、と?」
英国の魔女が私の仮説について確認してくる。
「なるほど、それで生贄、と言う仮説に行き着くわけですね」
その言葉に碧もまた頷く。
「だとすると目的は……?」
「国家転覆」
碧の言葉に私が即座に答える。
「プレアデスは強力な魔力構造体よ。それが魔力を蓄えれば強力な戦力になるでしょうね」
「とはいえ、所詮個の戦力にすぎません。アンジェでも苦戦したくらいですから強敵ではあるのでしょうが、討魔師の数を揃えれば流石に制圧出来るでしょう」
私の仮説に碧が異を唱える。
「それが、上級悪魔クラスまで強くなるとしても?」
「そんなことが、あり得ると?」
私の言葉に碧さんが鋭くこちらを見つめてくる。
上級悪魔の強さは身に染みて知っているはずだから、当然ね。
「えぇ、魔力構造体には上限がない。魔力があればあるだけ成長出来るわ。まぁ、下限もないから魔力が尽きれば消えてしまうのだけどね」
「そして、それほどの脅威が、ゲリラ的に攻撃してくる。恐ろしい話ですね」
私から話せることはここまでか。人間としての
「ふぅ、やっと表に出てこられました」
私はふぅと息を吐く。
「それで、アオイさん、前回はどうやってスバルの尻尾を掴んだんです?」
「それが……」
言いにくそうにアオイさんが少し悩んでから、口を開く。
「前回は、クラッカー『
「『
それは、永瀬君に神秘の真実を教えたとされる、神秘を暴こうと企むクラッカーだったはずだ。
「なんで彼が……」
「今の我々からすると利害が対立していますが、彼自身は善意のハッカーを名乗っていますからね。凶悪犯の事前通報などは昔からよくやっていたのです」
「そうだったんですね」
そういえば、彼が神秘を暴こうとしているのは、神秘を国が隠蔽し独占しているから、という理由だったっけ。
だが、その理屈は正しくない。神秘は拡散すれば薄れ、消えてしまうのだから。私達は神秘不拡散の原則を守る必要があるのだ。
「しかし逆に言うとこれは厄介ですね。神秘を暴くほどのクラッカーの手にかからなければ見つけられないような敵がこっそりと人攫いをしている」
ヒナタが顎を撫でながら呟く。
「ですが、このまま放置は出来ません。攫われた人は、最後には生贄にされてしまうんでしょう?」
「えぇ、アンジェの言う通りです。ですから、何か対策を考えなければ」
私の言葉にアオイさんが頷く。
「まぁ、ストレートに考えれば、コンタクトを取るしかないでしょうね。『
「それはまぁそうですが、どうやって?」
ヒナタの言葉に、アオイがヒナタヘ視線を向ける。
「そりゃ、選択肢は一つです。過去に関わりを持った者へコンタクトを取るしかない。即ち、永瀬 クロウに」
英国の魔女はストレートにその言葉を告げた。
to be continued...
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