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退魔師アンジェ 第2部 第5章

『〝復讐を誓いし黒き狼〟永瀬 クロウ』

第1部のあらすじ(クリックタップで展開)

 父を霊害れいがいとの戦いで失った少女・如月きさらぎアンジェはいつか父の仇を討つため、父の形見である太刀「如月一ツ太刀きさらぎひとつのたち」を手に、討魔師とうましとなるためひたすら鍛錬を重ねてきた。
 そして最後の試練の日。アンジェは瘴気から実体化した怪異「黄泉還よみがえり」と戦い、これを討滅。討魔組のトップである月夜つきや家当主から正式に討魔師として認められた。
 翌日、月夜家を訪ねてきた生徒会長、中島なかじまアオイは、自身が宮内庁霊害対策課の一員であると明かし、「学校が狙われている。防衛に協力しろ」と要請してきたのだった。
 アオイから明かされた事実、それはアンジェ達の学校が「龍脈結集地りゅうみゃくけっしゅうち」と呼ばれる多くの霊害に狙われる場所であると言うことだった。
 早速学校を襲撃してきた下級悪魔「剛腕蜘蛛悪魔ごうわんくもあくま」と交戦するアンジェだったが、体術を主体とする剛腕蜘蛛悪魔の戦法に対処出来ず苦戦、アオイに助けられる結果に終わった。
 アオイから恐怖心の克服を課題として言い渡されるアンジェ。玉虫色の粘液生物と戦ったアンジェはヒナタの何気ない助言を受けて、恐怖心の一部を克服、再びアンジェを助けた白い光を使って、見事学校を覆う謎の儀式を止めることに成功したのだった。
 しかし儀式を試みた魔術師は諦めていなかった。それから一週間後、再び学校が今度は完成した儀式場に覆われていた。アオイは母・ミコトの助けを借り、儀式場の中心に到達するが、そこに待ち受けていた邪本使いマギウス安曇あずみの能力の前に為すすべなく、その儀式は完遂されようとしていた。
 そこに現れたのは「英国の魔女」と呼ばれる仮面の女性。彼女は事前にルーンと呼ばれる文字を床一面に刻むことで儀式の完遂を妨げたのだ。そして、英国の魔女は「この龍脈の地は私が治める」と宣言した。逃げる安曇。追う英国の魔女。蚊帳の外の二人。アオイは安曇は勿論、英国の魔女にも対抗することをしっかりと心に誓った。
 ある晩、アキラから行きつけの古本屋を紹介してもらった帰り、アンジェとアキラは瘴気に襲われる。やむなくアキラの前で刀を抜くアンジェ。しかし、一瞬の不意を撃たれ銃撃されてしまう。謎の白い光と英国の魔女に助けられたアンジェはアキラの部屋に運び込まれ、週末に休みの期間をもらう。
 休みの時間をヒナタと街に出て遊ぶのに費やすアンジェ。そこで剛腕蜘蛛悪魔を使役する上級悪魔らしきフードの男と謎の魔術師と遭遇する。追撃することも出来たが、アンジェは怪我人の保護を優先した。
 アンジェは父が亡くなった日の夢を見る。時折見るその夢、しかしその日見えた光景は違った。見覚えのない黒い悪魔の姿があったのだ。そしてその日の昼、その悪魔とその使役主である上級悪魔、悪路王あくじおうを名乗る存在、タッコク・キング・ジュニアが姿を現す。アンジェはこいつらこそが父の仇なのだと激昂するが、悪路王は剛腕蜘蛛悪魔を掃討すると即座に離脱していってしまう。
 そして同時にアンジェはアオイから知らされる。父が死んだその日は「大怪異」と呼ばれる霊害の大量発生の日だったのだ、と言うことを。
 イブリースが大攻勢をかけてきた。悪路王と英国の魔女は陽動に引っかかり、学校にいない。アオイとアンジェだけでは学校への侵攻を防ぎきれない。最大級のピンチの中、アンジェは自身の血の力と思われる白い光を暴走させる。それは確かにイブリースごと全ての悪魔を消滅させたが、同時に英国の魔女が封じていた安曇のトラップを起動させてしまい、学校を大きく損傷、死者まで出してしまう。
 アンジェはその責任を取るため、討魔師の資格を剥奪されることになるところだったが、突如乱入してきた悪路王がアンジェの血の力と思われる白い光を強奪。最大の懸念点だった力の暴走の危険は無くなったとして、引き続き討魔師を続けて良いことになった。
 アンジェの力の暴走、通称「ホワイトインパクト」の後、長門区ながとくは瘴気の大量発生に見舞われていた。アオイは一時的に英国の魔女と同盟を結ぶことを決意。アンジェと英国の魔女はタッグを組み、御手洗町みたらいちょうを守ることとなった。
 ホワイトインパクトに対処する中、英国の魔女は事態収束後も同盟を続けようと取引を持ちかける。アンジェは取引は断りつつも、英国の魔女の座学から様々な知識を学ぶのだった。
 英国の魔女に連れられ、ロアの実例と対峙するアンジェ。しかしそこに、ロア退治の任を受けた討魔師・柳生やぎゅうアキトシが現れ、アンジェを霊害と誤認。交戦状態に入る。それを助けたのはまたしても悪路王であった。
 父の仇である悪路王は如月家の血の力を盗んだ。そして如月家について、明らかに何か知っている。アンジェはそれを問いただすため、そして可能ならば討ち倒すため、アンジェは悪路王のいるとされる達達窟たっこくのいわやに向かう。そこでアンジェを待ち構えていたのは浪岡なみおかウキョウなる刀使いだった。アンジェはウキョウとの戦いに敗れ、その右腕を奪われる。
 アンジェの右腕は英国の魔女の尽力により復活した。悪路王はアンジェの血の力について、ウキョウを倒せるレベルにならなければ返却できないと語り、あのアオイでさえそれに同意した。そしてアオイはアンジェについてしまった及び腰を治療するため、ある人物とアンジェを引き合わせることを決める。
 アンジェは竈門町かまどちょう片浦かたうら家の討魔師・カリンを鍛えるためにやってきた宝蔵院ほうぞういん家の討魔師・アカリと模擬戦形式の鍛錬を行うことになった。アカリに一太刀浴びせれば勝ちだが、アカリは短期未来予知の血の力を持ち、彼女に触れられるものは殆どいない。
 討魔仕事の帰り、アンジェを迎えに大きなバイクに乗ったフブキが現れる。フブキは言う。「崎門神社さきかどじんじゃの蔵に盗人が入った。蔵には神秘的な守りがある。それを破ったということは、神秘使いだ」。そういって差し出された写真に写っていたのは、最近知り合った女性、ベルナデット・フラメルの姿だった。
 ベルナデットは魔術師だった。
 フブキと共にベルナデットと交戦するアンジェ。
 だが、フブキが作ったベルナデットの隙をアンジェは殺害を躊躇したため逃してしまう。
 ベルナデットが盗んだのは『象棋百番奇巧図式しょうぎひゃくばんきこうずしき』。江戸時代に作られた詰将棋の最高峰と言われる本だった。
 アンジェが回収したカードから、ベルナデットは錬金術師と判明するが、目的は見えない。
 そして、自身の覚悟不足によりベルナデットを逃したことを後悔し、こんなことでは復讐も成せないと感じたアンジェはアオイと真剣での鍛錬を行う事を決める。
 アオイと真剣での鍛錬の中、アオイの持つ刀、弥水やすいの神秘プライオリティに苦戦するアンジェは、その最中、頭の中で響く声を聞く。
 それはそれとして、1/25はアンジェの誕生日。アキラとヒナタ、そして当主から祝われる中、当主は宮内庁に「現在日本にいる英国の魔女を本物の英国の魔女だと承認する」事をアンジェに伝える。
 誕生日は同時に父の命日でもある。墓参りを終えた英国の魔女は頭の中に響く声について意見を求める。
 英国の魔女は「神秘使いの中には得意分野ごとに人格を作り、それを使い分ける者がいる」と伝え、アンジェもそれではないかと考察する。
 そんな中、「賢者の石」作成を目的にしていると思われるベルナデットの今後の行動指針を探るため、英国の魔女の知り合いである錬金術師に会うことが決まる。
 足尾銅山跡に工房を構え、盗掘しながら生活している錬金術師「ウンベグレンツ・ツヴァイツジュラ」、通常「アンリ」は言う。
 「将棋とは錬金術の一種であり、詰将棋とはそのレシピである。その最高峰たる『象棋百番奇巧図式』には、錬金術の最奥の一つ、賢者の石に類する何かのレシピが含まれている可能性が高い」
 そして、将棋とは盤上で行うもの。「龍脈結集地で行われる儀式魔術の可能性が高い」と。
 かくして、二人は慌てて学校に戻るのだった。
 準備万端で迎えたベルナデットとの戦い。
 しかし、ベルナデットは賢者の石の失敗作、愚者の石を用いて、こちらのルーンによる陣地を完全に無効化した。
 苦戦するアンジェとアオイ。アンジェは自分の内にいる何者かを解き放つことを決める。
 内にいるもう一人のアンジェにより、ベルナデットは敗北するが諦め悪く逃走を試み、アンジェはやむなくベルナデットを殺害してしまう。
 それをトリガーに永瀬ながせクロウが怒り出す。
 彼はアンジェの起こしたホワイトインパクトにより、恋人を失っていた。しかし、記憶操作を受けていたはずだが。
 クロウとの問答の末、アンジェはついに英国の魔女がヒナタだと知ってしまう。
 初の直接的な人殺しに、クロウからの非難。英国の魔女の正体。ただでさえいっぱいいっぱいなアンジェだが、ハヤノジョウは、月夜家が何かしらの企てを行なっている可能性を示唆する。
 ヒナタという信用出来る戦友を得つつ、謎だらけのままにアンジェ最初の一年は終わった。

第2部これまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 アンジェのもう一人の人格、仮に『エス』と名付けられた彼女は、2015年度に入って、訓練メニューに組み込まれるようになった。
 それから七月の頭、平和だった学校に再び下級悪魔が現れる。現れた下級悪魔は剛腕蜘蛛悪魔に見えたが、剛腕蜘蛛悪魔を従えるイブリースは撃退され、まだ復活には遠いはずだ。
 事実攻撃手段も違ったことから、アオイ達はこれをよく似た別の悪魔と判断。従来のモノを剛腕蜘蛛悪魔甲、今回新たに現れたものを剛腕蜘蛛悪魔乙と呼び分けることとした。
 再び学校が狙われ始めたという事実に決意を高めるアンジェだったが、次なる脅威は学校の外で起きようとしていた。
 アンジェの担当地域である御手洗みたらい町からみて隣町に当たる井処いどころ町に刀泥棒が現れたというのだ。
 アンジェはアオイの要請を受け、出発する。
 虹野にじの カラを名乗る刀泥棒と接敵するアンジェ。
 しかし、盗んだ刀、水神切すいじんぎり兼光かねみつを巧みに操るカラにアンジェは苦戦。
 アオイ、ヒナタ、カリンが次々に合流し、戦闘に加わるが、逃げられてしまう。
 カラはレインボー・エンプティと似ている。
 その情報からアンジェとフブキはレインボー・エンプティに事情聴取に向かう中島 マモルと同行することになる。
 その道中で、アンジェはフブキから自身の運命の日について聞かされるのであった。
 レインボー・エンプティこと虹ヶ崎 ソラに聞き込みを行ったマモルとアンジェは、虹野 カラがソラからメイド服を盗んで行ったと言う情報を得る。
 その後、念の為ソラの家を監視していたアンジェはソラを誘拐しようとする謎の男・五月女 スバルとプレアデスのコンビと交戦する。
 国家転覆を企む五月女 スバルを止めるため、アンジェ達はかつて五月女 スバルを通報したハッカー、『灰の狼グラオ・ヴォルフ』へとコンタクトを取ることにする。
 そのために、永瀬クロウへアプローチをかけることを決めるのだった。

 

 
 

 

 確か、あのカラとかいう敵はこうやって……。
 目前で弥水を構えるアオイさんを睨みながら、私は如月一ツ太刀の刃を横にして構える。
 一気に踏み込んで突きを繰り出す。
 アオイさんはこれを半身で回避して、そのまま私を狙う。
 だが、それより素早く私の突きから派生した斬撃が襲う。
「っ!」
 だが、アオイさんも流石だ。すぐにその新しい攻撃に対処し、弥水でその攻撃を受け止める。
「あのカラとか言う女の技を模倣したのですね、その貪欲さ、素晴らしい」
 アオイさんの賞賛が飛ぶ。
 それに油断せず、私は刀を引き、次の突きに繋げる。
 無明剣・三段突き。そうカラが呼んでいた技を模倣しようとする。
 だが、カラがやっていたほどの速度は出ず、容易くアオイさんに止められ。
「単調に突きを繰り返すだけでは、読むのは容易いですよ」
 首筋に弥水が突きつけられる。
「敵を結果的に師とするのは複雑ですが、殺人刀も試したがっていたアンジェにとっては、結果的に良い見本に出会えたのではないでしょうか。その調子で精進しなさい」
 その言葉と共に、今日の鍛錬は終わりとなった。

 

「アーンジェー」
 なんだか、久しぶりの学校のような気がする。
 刀泥棒・虹野 カラの登場から始まる、長い一日は謎の魔術亡霊使い、五月女 スバルの登場という驚きの展開を迎えた。
 ヒナタにこうして後ろから抱きつかれるのも久しぶりのような印象だ。
「というか、以前、あれだけ抱きついてきたのは私にこっそり守護のルーンを貼るためだったんですよね? もういらないのでは?」
 ヒナタはかつて自身が英国の魔女であることを私に隠していた。それゆえに、セクハラ攻撃のフリをして私の体に守護のルーンを貼ってくれていたのだ。
「んーん、それもあるけど。アンジェとスキンシップしたかったからって気持ちは嘘じゃないからねー」
「そ、そうですか……」
 複雑な気持ちになるが、もはや体に刻んだルーンを起動しての戦闘に慣れてしまった私にはヒナタ無しというのが考えられない状態だ。
 ん、ともすればそれは、すっかりヒナタに依存しているとも言えるわけで、ちょっと危険な状態ではないか?
「む、なーんで距離取るのさ」
「いや、なんだかヒナタに依存しすぎな気がして……」
 ヒナタにも都合があるはず、いつでもヒナタを頼れるつもりでいると痛い目を見る気がした。
「なるほど、それは一理あるかも」
 ヒナタも私の説明に頷く。
 珍しく、分かってくれたか。やはりヒナタも神秘関係の話になると真面目に考えてくれる。
「だからって、くっついていられる時にくっつくのはいいでしょー」
 と思ったが、すぐにその言葉は撤回される運びとなった。
「おはよう、二人とも。今日も仲がいいね」
 そう言って合流してくるのはアキラだ。
「アキラ、おはようございます」
「アキラ、おはようー」
「うん、おはよう」
 一般人であるアキラが合流してきた以上、神秘のお話しは終わり。たったの二日ぶりなのに、久しぶりのように感じてしまう日常が始まる。
「そういえば、夏休みどうする?」
「お、どこか出かける?」
 そう言えば、もう七月も中旬に入ろうとしている。そろそろ夏休みの予定を立ててもいい頃だ。
「去年はアンジェちゃんが忙しくて行けなかったけど、今年は大丈夫なの?」
 そう、去年の私は討魔師になるための試練の大詰めで、とんでもなく忙しかったため、三人で出かけたりはできなかったのだ。
「えぇまぁ。数日出かけるくらいなら都合をつけられるはずです」
 霊害と戦う仕事があるとはいえ、討魔師も年中無休ではない。特に最近は長門区に務めるもう二人の討魔師、つまり、昨日会ったカリンとフブキさんのことだが、彼女らとも交流が出来てきたおかげで、ある程度ならお互いに用事がある日にお互いをフォローするようにもなってきた。
 私も二人が用事がある時には二人の代わりに他の町まで出張って霊害に対処する時があるし、これまでも私の都合が悪い時に霊害に対処してもらった事がある。
 夏休みとなれば、カリンやフブキさんも休みたい時分だと思うので、あまり何日も予定を作るわけには行かないが、一ヶ月強ある時間のうち数日頼むくらいは問題ないだろう。逆に向こうが数日間留守にする時は私がフォローする事になるだろうし。
「じゃあ、思い切って海外旅行とか行っちゃう?」
「それは調子に乗りすぎです。だいたいアキラがお金を出せなくて困るんじゃないですか?」
 ヒナタが調子に乗ったことを言うので諌める。
 ヒナタは独自の資金調達でお金を持っているようだし、私も討魔師としての報酬が溜まっているので、貯金さえ崩せば海外旅行も不可能ではないと思うが、アキラは一般人だ。そう簡単に行けないだろう。
「うん、それはその通りだけど、逆にアンジェちゃんはお金出せるの?」
「あ」
 迂闊なことを言ってしまったので、アキラに不思議そうな視線を向けられている。
「まぁ、私は色々ありますので。ほら、あの件とか」
「あ、そう言うこと」
 と、そう言えばアキラは私の事情をある程度知っているんだった、と思い出して、それとなく伝えると、アキラが頷く。
 危ないところだった。これがアキラではなく事情を知らない他の人間だったら、ややこしいことになってしまっていただろう。
 ヒナタが、口元に手を当てながら「危なかったねー」と言った表情でニヤニヤ笑っているが、元を糺せばヒナタのせいだろうに。
「あ、信号青になったよ」
 私はアキラが前を向いて歩き出した隙にこっそりとヒナタの足を踏む。
「いたた、やるなーアンジェー」
 ヒナタはそう言って笑いながら、アキラに続く。
 効いてないかのような言動だが、確実に踏み抜いたと思うので、あれでも我慢しているのだろうか。
 それともルーンで軽減された? くそ、あの白い光が使えれば。……というのは流石にちょっと不純すぎるか。
 白い光。私の血の力とされる不思議な力。
 血の力とは討魔組の討魔師が持つ過去に魔と交わったことで生まれた不思議な力の総称だ。
 私の血の力とされる白い光は曰く魔力を分解する力であるらしい。敵の魔術を強制的に解呪ディスペルしたり、相手が魔力そのものであればその外殻を分解したりしてしまえる。
 しかし、今その力は私の手元にはない。
 父の仇であると目される上級悪魔、悪路王に奪われたからだ。
 単に悪意を持って奪われたならまだいい。が、不思議な事に、悪路王は善意で私の力を奪ったとも思え、神秘を知る周囲の人間も薄々そう思っている節がある。
 事実、あのタイミングで力を奪われなければ、私は力のせいで人生の意味を見失うところだった。
 父の仇であるはずの悪路王は、その時以外にも何度か私のことを助けてくれた。
 悪路王はなぜ父を殺し、私を助けるのか。分からないが、仇には違いない、最後には討滅するのみだ。
 そのためにも、いつか血の力は取り返さなければ。
 そのために必要なのは悪路王が提示した条件の達成。即ち、浪岡なみおか ウキョウなる霊害刀使いの撃退。
 彼は呼夜見こよみ十二じゅうにと呼ばれているらしい一家を殺して回っているらしい。私の家、如月家も呼夜見十二家に含まれるらしい。
 呼夜見十二家についても謎が多い。
 あぁ、考えれば考えるほど謎だらけだ。
「ジェ〜」
 呼夜見十二家についてはアオイさんにも事情を話してそれとなく調べてもらっているが、今のところ目ぼしい情報はない。
「アーンジェー」
「はっ」
 ヒナタの声でふと物思いから解放される。
「アンジェちゃん大丈夫? もう校門前だよ?」
「すみません、またオートパイロット状態だったみたいです」
「あっぶないなー、途中信号とかあったよ〜、ちゃんと赤信号では止まれてたけど」
「優秀なオートパイロット機能でよかったね、アンジェちゃん」
 おそらく『エス』のおかげだろう。あんまり世話になりたくないのだが、感謝しなければならない事態ばかりが増えていくな。
 ――いいのよ、私の体でもあるんだから。
 それが一番、嫌なんだけどね。
 それはそうと、学校に着いてしまったな。昼休みには生徒会準備室に永瀬君を招いて話を聞かねばならない。
 記憶処置が成功しているなら得られる情報はないはずだし、私への恨みは忘れているはずだけど、心が重い。
 
「というわけで、二学期には修学旅行があります。この学校では修学旅行の行き先をアンケートを参考に決めています。期限は夏休み前までですので、忘れずに投票するように」
 ホームルームHRでそんな話を聞かされる。
 そんな仕組みで修学旅行の行き先が決まっているのか、知らなかった。
「実際にどの程度アンケートの結果が反映されているかは怪しいらしいけどねー」
 なぜか何度席替えしても自分の背後に存在するヒナタがそんな言葉を私にだけ聞こえるように呟く。
 まぁ、みんな好き勝手書くだろうし、修学旅行である以上は学びもある必要があるだろうし、先生方も色々と大変なんだろうな。
「それから、生徒会からの連絡です。永瀬 クロウ君は昼休みに昼食を摂り終えたら、生徒会室に来るように、とのことです」
 こっそり呼びつけるのかと思ったら、アオイさんめ、随分堂々と呼びつけたものだな。生徒会からの呼び出しなんて普段ないものだから、教室がざわついている。
 大丈夫なんだろうな……。
 もし、永瀬君に記憶処置が効かないとすれば、生徒会長たるアオイさんも神秘関係者なのはバレているはず、警戒されても不思議ではない。下手をすれば来ないのではないか?
「逆じゃないかなー。多分、大々的に教室全体に呼びかける事で、永瀬君の周りに『行かなくていいの?』みたいな空気を作らせて、行かないって選択肢を奪うためだと思うよ」
 なるほど、こっそり呼びつけるのであればこっそりと断れるが、大々的に呼ばれれば、断ると周りの視線のせいで断れない、と言うわけか。

 

 そして、昼休みがやってくる。
 私はアオイさんからの指示で英国の魔女を伴い、強力な認識阻害で姿を消した上で、アオイさんと永瀬君のやり取りを見守ることとなった。
「二年A組の永瀬クロウです」
 やがて、部屋がノックされ、永瀬君がやってくる。
「入って下さい」
 アオイさんが応じ、扉を開けて永瀬君が入ってくる。
「どうぞ、そこに座って下さい」
「生徒会長、なんの用事ですか? 全く心当たりがないんですけど」
「単刀直入に聞きます。『灰の狼グラオ・ヴォルフ』と言う名前に聞き覚えはありますか?」
 永瀬君が頭をかきながら椅子に座ると、同時、アオイさんは文字通り単刀直入に本題に入った。
「はい? ぐらお……なんですって?」
 永瀬君が聞き返す。
「『灰の狼グラオ・ヴォルフ』です。世間を騒がせてるクラッカーの名前ですよ。知りませんか?」
「いえ、全く知りませんね……」
「本当ですか? 二月のある日、あなたが『灰の狼グラオ・ヴォルフ』の名前について言及したという噂を聞きましたが」
「申し訳ありませんが、心当たりがありませんね」
 アオイさんの単刀直入攻撃の全てに対し、永瀬君は首を横に振り続ける。
「だいたい、なんで、生徒会が世間を騒がせてるハッカーなんかを気にするんです?」
 そして、永瀬君が反撃する。全くもってその通りだ。どう言い訳するのか。
「失礼、そこから話すべきでしたね。事態を混乱させないよう、内密に進めているのですが、実は『灰の狼グラオ・ヴォルフ』がこの学校を脅迫してきているのです」
「そんなはずはない!!」
 思わず、と言ったふうに見える。永瀬君が立ち上がる。
「おや、どうしました、突然? なぜそんなはずがないと言い切れるのです?」
 一方のアオイさんは狙い通り、といった表情だ。逆質問されるのを想定した上で、相手を揺さぶる答えを用意しておいたのか。
「な、なぜって……、『灰の狼グラオ・ヴォルフ』は正義のハッカーだ、意味もなく学校を脅迫したりしない……!」
「おや、『灰の狼グラオ・ヴォルフ』については知らなかったのでは?」
「ぐっ、そ、それは……」
 しどろもどろの永瀬君。
「話してもらいましょう、『灰の狼グラオ・ヴォルフ』について」
「こ、断る! あんたは嘘をついている! そんな相手に『灰の狼グラオ・ヴォルフ』について語る理由はない!」
 立ち上がった永瀬君がそのまま、生徒会室を出ていく。
「まぁ、こんなものでしょうか」
「上出来でしょう」
 アオイさんが息を吐くと、認識阻害を解除した英国の魔女がそう返事する。
「あなたに言われると複雑ですが」
「どういうことですか? なんの情報も得られないまま帰っちゃいましたけど」
 英国の魔女のコメントにアオイさんが複雑そうに言うが、私にはまだ状況が分からない。
「簡単な話です。クロウが真実を易々と話すわけがない。だから、我々が『灰の狼グラオ・ヴォルフ』を探っているという情報を与えてやったのです。そうすれば、クロウは『灰の狼グラオ・ヴォルフ』と対策を取るために、コンタクトを取るはずです」
「そういうことです。我々には強硬手段として強制的に情報を得る手段もある。厳密にはそこの魔女に、ですけどね。我々としては取りたくない選択肢ですが、向こうはその手段を取られることを警戒せずにはいられないはず」
「なるほど」
「学内にいる間の様子は英国の魔女、あなたに監視してもらえますか?」
「構いません。放課後は私とアンジェで構いませんか?」
「えぇ、併行して上空からは八咫烏に監視させますが、あなたがたが追う方が確実でしょう」
 私の意見が不在のまま話が進んでいるが、私はまだこういった場面で意見が出来るほどの経験がない。アオイさんとヒナタがこう言った場面では頼りになる。
 朝考えたように、いつまでも依存してはいられないけれど。

 

 そして放課後。私とヒナタは強力な認識阻害で姿を隠しつつ、永瀬君の後を追うことにした。
「制服のままコンタクトするでしょうか? 流石に一度帰宅するのでは?」
「あるいは、家でコンタクトを取る、と言う可能性も」
「どう言うことですか?」
 ヒナタの言葉に聞き返す。
「気付かなかった? あの兄弟の名前、クロウとシロウ、だよ。黒い狼と白い狼。合わせれば灰色の狼になる。偶然かもしれないけど、個人的にはちょっと意図を感じちゃうかなー。親族、あるいは実の親子って可能性も……」
 どこから黒い狼と白い狼が出てきたのか分からないが、ともかくヒナタは永瀬君と『灰の狼グラオ・ヴォルフ』が親族である可能性を疑っている、と言うことか。
「あ、なにやら廃工場の中に入って行きましたよ」
「怪しいですね、入りましょう」
 廃工場の中に入った永瀬君を追って、私とヒナタは廃工場の中に入った。
 直後。
「なっ、魔力が!?」
 私の身体中を構成するルーンが消失したのを感じる。認識阻害も消えている。
「やっぱり尾けてきていたか、如月にヒナタ!」
 永瀬君が掲げているのは、見覚えがある。2月に学校を襲った魔術師、ベルナデットが使っていた石、愚者の石ラピス・スタルトスだ。
「なっ!?」
 直後、背後の扉が閉まる。
「よくもつぐみを殺したな、復讐の時だ!」
 物陰から灰色の迷彩服を身に纏う男達が飛び出してくる。
 手に持っているのは、アサルトライフル。
 それが一斉に私に向けて放たれる。
「アンジェ!」
 ヒナタが悲鳴のような声をあげながら、ルーン杖を空中に振り、防弾の壁を展開する。
 それはすぐさま愚者の石ラピス・スタルトスによって魔力を奪われ消えてしまうが、なんとか最初の掃射を防ぐことには成功する。
「まずいよ、愚者の石ラピス・スタルトスの前にはこっちはただの人間同然、アサルトライフル相手には手も足も出ない」
 リロードを終えた灰色の兵士たちがアサルトライフルを構える。
 まずい、拳銃相手ならまだ回避の余地もあるが、流石にアサルトライフルに対処するのは難しい。まして囲まれていてはどうしようもない。
「I found it, the tails of the gray men!」
 直後、灰色の兵士たちの一人が背後から何者かに刺されて倒れる。
「なんだ!?」
 クロウが思わず叫び、周囲の兵士たちも一斉にそちらに銃を向ける。
 そこに立っていたのは、緑髪に上下黒の学ラン、そしてその上に黒地に緑の格子状の模様の入ったマントを着ている。
 手に持っているのは同じく黒地に緑の格子状の模様の入ったナイフのような何か。魔術師のようだが、しかし。
「先にそっちからやれ!」
 永瀬君の叫び声に、灰色の兵士たちが一斉に発砲する。
 しかし、その弾丸は全て、魔術師らしき男の目の前に展開された黒地に緑の格子状の模様が入った壁によって阻まれた。
「馬鹿な、神秘だと!? この愚者の石ラピス・スタルトスの前に神秘は使えないはず……。何者なんだ!?」
 驚愕する永瀬君。
「日本語か。あまり得意ではないのだが、聞かれたならば答えよう。私の名は魔女エウクレイデス。人は私をユークリッドと呼ぶ」
 ユークリッドを名乗った男はナイフのような何かを構えたまま、一気に他の灰色の兵士に向けて突撃する。
「魔女と名乗っているようだけど、どう考えても男だよね……」
 ヒナタがそんな言葉を呟く。
 確かに、声は明らかに男性の声だし、体格もそれなりに鍛えられた男性のそれだ。
 灰色の兵士達は銃弾が通じないことに動揺した様子を見せながらも、アサルトライフルを連射し、ユークリッドを名乗った男の接近を阻もうとする。
「覚悟しろ、灰色の男達よ!」
 次々に血祭りに挙げられる灰色の兵士達。
 そこで、思わずハッとなる。
 目の前で神秘による殺人が行われている。正当防衛らしき状況とはいえ、討魔師として見過ごして良い状況ではない。
「神秘根絶委員会の手勢にしては、大した相手ではないようだ。ならば、さっさと首魁を倒して終わりとしよう!」
 まして、次なる狙いは永瀬君に向けられたようだ。
「アンジェ!?」
 私は咄嗟にユークリッドを名乗った男と永瀬君の間に割り込み、ユークリッドを名乗った男のナイフを抜刀した如月一ツ太刀で受け止める。
「まさか、アンジェ・キサラギか!?」
 鍔迫り合いになると同時、私の顔を見るなり、驚愕した様子を見せるユークリッドを名乗った男。
「私を知っている……?」
「she looked like she was attacked.... But if she is standing in this way, she must also be one of the gray men, after all.」
 ユークリッドを名乗った男は何か呟くと、一度ナイフを引き、今度は同じ模様の刀を出現させる。
「I'm not as good a performer as Musashi, but I'll get it done.」
「ムサシ……?」
 一瞬聞こえた日本名らしき言葉に思わず聞き返す。
「覚悟せよ、アンジェ・キサラギ、そして灰色の男達よ」
 よく分からないが、同類認定されたと見える。
 ユークリッドを名乗った男はそのまま刀で切り掛かってくる。あまりに見え透いた太刀筋。
 私はそれを半身で避けつつ、切り掛かる。
「shit.」
 ユークリッドを名乗った男は慌てて黒地に緑の格子状の模様が入った壁を展開し、その一撃を防ぐ。
 思ったより厄介だ。しかもこの壁、如月一ツ太刀の神秘プライオリティで破壊出来ない。
「な、ど、どういうつもりだ、如月」
 永瀬君が状況を飲み込めないのか、そんなことを問いかけてくる。そんな話をしている場合か。
「いいから早く逃げなさい、銃弾と愚者の石ラピス・スタルトス以外に打つ手がないなら、退かないと、殺されますよ」
「くっ。こんなことで、許されると思うなよ。つぐみ殺しの罪は必ず俺がこの手で復讐して見せる」
 そう言い捨てて、永瀬君がリモコンを操作して、工場の扉を開いて、そちらへ離脱を始める。
 残った灰色の兵士もそれを援護するような動きに変わる。
「逃さん!」
「こちらも、行かせません!」
 ユークリッドを名乗った男は刀らしき何かを構えて、逃げゆく永瀬君へ方向を転換するが、私がそれに割り込み、如月一ツ太刀で刀を受け止める。
 相手の太刀筋は素人そのもので、まったく話にならないレベルだが、どこへでも瞬間的に出現する壁が厄介でこちらの攻撃も簡単には通らない。
 だが、攻防の意味はあった。
 その間に永瀬君とその率いている灰色の兵士達は無事に工場を脱した。
 それにより、愚者の石ラピス・スタルトスの効果も消える。
「斬鉄剣を!」
「はいよー」
 構え直した如月一ツ太刀にヒナタがオーディンを意味するアンサズのルーンを刻む。
我らが神よオーディン!」
 ユークリッドを名乗った男が展開する壁と斬鉄剣が拮抗し、まるで空間が軋みをあげるように、周囲の風景が歪む。
「shit,it’s sorcery.」
 ユークリッドを名乗った男が壁を解除し、後方に一気に飛び下がる。
「流石は、アンジェ・キサラギ。一筋縄では行かないようだ」
 ユークリッドを名乗った男が自身の周囲を黒地に緑の格子状の模様が入った壁を展開、要は自身を箱の中に入れたようなイメージだ。
「ここは一度退かせてもらおう。だが、灰色の男達よ。私達『キュレネ』は君達には負けない」
 ユークリッドを名乗った男が右手を持ち上げる。そこに結ばれていたのは鈴。それがチリンチリンと鳴ったかと思うと、その姿は壁ごとどこかへと消えていった。
「逃げられた!」
 私は思わず強く地面を蹴る。
 何も得られなかった。
 私は嘆息してから、アオイさんに電話をかける。

 

「そうですか。工場からクロウが逃げ出すところは見えました。灰色の迷彩服の男達も。ですが、灰色の迷彩服の男達はそのあとすーっと消えていくのも見えました。おそらく認識阻害でしょう」
 電話の向こうでアオイさんが八咫烏越しに見ていた風景について教えてくれる。厳密には八咫烏の足にカメラを搭載して見ていたらしいが。
「つまり、またしても現代火器を用いる魔術師?」
「そうなります。そして彼らにクロウが指示していた。とするなら、虹野 カラの登場から始まる現代火器使いの登場、その首魁は、『灰の狼グラオ・ヴォルフ』ということになりますね」
 なんてことだ。『灰の狼グラオ・ヴォルフ』の協力を仰ぐどころか、『灰の狼グラオ・ヴォルフ』が敵の首魁だったなんて。
「新たに現れたユークリッドなる霊害は彼の敵のことを灰色の男達、と呼んでいました」
「『灰の狼グラオ・ヴォルフ』の部下だから灰色の男、ということでしょうね」
 アオイさんも同様の見解のようだ。
「それと、ユークリッドを名乗った男のことですが……」
「それについては一つ気になることがあります」
 英国の魔女モードになったヒナタが会話に割り込んでくる。
「彼の神秘からは魔術の痕跡が一切残っていません。こちらも、魔法としか考えられません」
「馬鹿な、魔法使いは世界に一人いるかいないかという存在ですよ。それが2人も日本のしかも長門区に集まっているというんですか?」
 アオイさんが懐疑的な返事をする。確かに、あまりに考えにくい可能性だ。
「私も信じられません。ですが、魔術の痕跡は一切なかった。愚者の石ラピス・スタルトスの前でも神秘を使えた点からも、現実はそうとしか考えられません」
「魔術についてはあなたの方が詳しいでしょうから、あなたがそこまで言うのなら疑えませんね。とすると、『灰の狼グラオ・ヴォルフ』は魔法使いを一人従え、一方で魔法使いから狙われている、ということになりますね」
 英国の魔女の強めの言葉にアオイも頷かざるを得ない。
 魔法使いを従えつつ、魔法使いから狙われている。一体どういうことなのだろうか。
「いずれにせよ、敵の敵は味方、と言う可能性に期待して、ユークリッドなる男にコンタクトをとってみるしかないのではないでしょうか」
 英国の魔女が言う。
「味方に引き入れるかはともかく、情報収集の上では有用そうですね。しかし、どうやって?」
「彼は自身を『キュレネ』と名乗っていました。名前通りの意味ならば、あるいは彼らの本拠地はキレナイカのキュレネにあるのかもしれません……」
 旅行の行き先は決まったね、とヒナタは私にウインクした。

 

to be continued...

 

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「退魔師アンジェ 第2部第5章」の大したことのないあとがきを
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