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退魔師アンジェ 第2部 第1章

『〝ルーン魔術剣士〟如月アンジェ』

第1部のあらすじ(クリックタップで展開)

 父を霊害れいがいとの戦いで失った少女・如月きさらぎアンジェはいつか父の仇を討つため、父の形見である太刀「如月一ツ太刀きさらぎひとつのたち」を手に、討魔師とうましとなるためひたすら鍛錬を重ねてきた。
 そして最後の試練の日。アンジェは瘴気から実体化した怪異「黄泉還よみがえり」と戦い、これを討滅。討魔組のトップである月夜つきや家当主から正式に討魔師として認められた。
 翌日、月夜家を訪ねてきた生徒会長、中島なかじまアオイは、自身が宮内庁霊害対策課の一員であると明かし、「学校が狙われている。防衛に協力しろ」と要請してきたのだった。
 アオイから明かされた事実、それはアンジェ達の学校が「龍脈結集地りゅうみゃくけっしゅうち」と呼ばれる多くの霊害に狙われる場所であると言うことだった。
 早速学校を襲撃してきた下級悪魔「剛腕蜘蛛悪魔ごうわんくもあくま」と交戦するアンジェだったが、体術を主体とする剛腕蜘蛛悪魔の戦法に対処出来ず苦戦、アオイに助けられる結果に終わった。
 アオイから恐怖心の克服を課題として言い渡されるアンジェ。玉虫色の粘液生物と戦ったアンジェはヒナタの何気ない助言を受けて、恐怖心の一部を克服、再びアンジェを助けた白い光を使って、見事学校を覆う謎の儀式を止めることに成功したのだった。
 しかし儀式を試みた魔術師は諦めていなかった。それから一週間後、再び学校が今度は完成した儀式場に覆われていた。アオイは母・ミコトの助けを借り、儀式場の中心に到達するが、そこに待ち受けていた邪本使いマギウス安曇あずみの能力の前に為すすべなく、その儀式は完遂されようとしていた。
 そこに現れたのは「英国の魔女」と呼ばれる仮面の女性。彼女は事前にルーンと呼ばれる文字を床一面に刻むことで儀式の完遂を妨げたのだ。そして、英国の魔女は「この龍脈の地は私が治める」と宣言した。逃げる安曇。追う英国の魔女。蚊帳の外の二人。アオイは安曇は勿論、英国の魔女にも対抗することをしっかりと心に誓った。
 ある晩、アキラから行きつけの古本屋を紹介してもらった帰り、アンジェとアキラは瘴気に襲われる。やむなくアキラの前で刀を抜くアンジェ。しかし、一瞬の不意を撃たれ銃撃されてしまう。謎の白い光と英国の魔女に助けられたアンジェはアキラの部屋に運び込まれ、週末に休みの期間をもらう。
 休みの時間をヒナタと街に出て遊ぶのに費やすアンジェ。そこで剛腕蜘蛛悪魔を使役する上級悪魔らしきフードの男と謎の魔術師と遭遇する。追撃することも出来たが、アンジェは怪我人の保護を優先した。
 アンジェは父が亡くなった日の夢を見る。時折見るその夢、しかしその日見えた光景は違った。見覚えのない黒い悪魔の姿があったのだ。そしてその日の昼、その悪魔とその使役主である上級悪魔、悪路王あくじおうを名乗る存在、タッコク・キング・ジュニアが姿を現す。アンジェはこいつらこそが父の仇なのだと激昂するが、悪路王は剛腕蜘蛛悪魔を掃討すると即座に離脱していってしまう。
 そして同時にアンジェはアオイから知らされる。父が死んだその日は「大怪異」と呼ばれる霊害の大量発生の日だったのだ、と言うことを。
 イブリースが大攻勢をかけてきた。悪路王と英国の魔女は陽動に引っかかり、学校にいない。アオイとアンジェだけでは学校への侵攻を防ぎきれない。最大級のピンチの中、アンジェは自身の血の力と思われる白い光を暴走させる。それは確かにイブリースごと全ての悪魔を消滅させたが、同時に英国の魔女が封じていた安曇のトラップを起動させてしまい、学校を大きく損傷、死者まで出してしまう。
 アンジェはその責任を取るため、討魔師の資格を剥奪されることになるところだったが、突如乱入してきた悪路王がアンジェの血の力と思われる白い光を強奪。最大の懸念点だった力の暴走の危険は無くなったとして、引き続き討魔師を続けて良いことになった。
 アンジェの力の暴走、通称「ホワイトインパクト」の後、長門区ながとくは瘴気の大量発生に見舞われていた。アオイは一時的に英国の魔女と同盟を結ぶことを決意。アンジェと英国の魔女はタッグを組み、御手洗町みたらいちょうを守ることとなった。
 ホワイトインパクトに対処する中、英国の魔女は事態収束後も同盟を続けようと取引を持ちかける。アンジェは取引は断りつつも、英国の魔女の座学から様々な知識を学ぶのだった。
 英国の魔女に連れられ、ロアの実例と対峙するアンジェ。しかしそこに、ロア退治の任を受けた討魔師・柳生やぎゅうアキトシが現れ、アンジェを霊害と誤認。交戦状態に入る。それを助けたのはまたしても悪路王であった。
 父の仇である悪路王は如月家の血の力を盗んだ。そして如月家について、明らかに何か知っている。アンジェはそれを問いただすため、そして可能ならば討ち倒すため、アンジェは悪路王のいるとされる達達窟たっこくのいわやに向かう。そこでアンジェを待ち構えていたのは浪岡なみおかウキョウなる刀使いだった。アンジェはウキョウとの戦いに敗れ、その右腕を奪われる。
 アンジェの右腕は英国の魔女の尽力により復活した。悪路王はアンジェの血の力について、ウキョウを倒せるレベルにならなければ返却できないと語り、あのアオイでさえそれに同意した。そしてアオイはアンジェについてしまった及び腰を治療するため、ある人物とアンジェを引き合わせることを決める。
 アンジェは竈門町かまどちょう片浦かたうら家の討魔師・カリンを鍛えるためにやってきた宝蔵院ほうぞういん家の討魔師・アカリと模擬戦形式の鍛錬を行うことになった。アカリに一太刀浴びせれば勝ちだが、アカリは短期未来予知の血の力を持ち、彼女に触れられるものは殆どいない。
 討魔仕事の帰り、アンジェを迎えに大きなバイクに乗ったフブキが現れる。フブキは言う。「崎門神社さきかどじんじゃの蔵に盗人が入った。蔵には神秘的な守りがある。それを破ったということは、神秘使いだ」。そういって差し出された写真に写っていたのは、最近知り合った女性、ベルナデット・フラメルの姿だった。
 ベルナデットは魔術師だった。
 フブキと共にベルナデットと交戦するアンジェ。
 だが、フブキが作ったベルナデットの隙をアンジェは殺害を躊躇したため逃してしまう。
 ベルナデットが盗んだのは『象棋百番奇巧図式しょうぎひゃくばんきこうずしき』。江戸時代に作られた詰将棋の最高峰と言われる本だった。
 アンジェが回収したカードから、ベルナデットは錬金術師と判明するが、目的は見えない。
 そして、自身の覚悟不足によりベルナデットを逃したことを後悔し、こんなことでは復讐も成せないと感じたアンジェはアオイと真剣での鍛錬を行う事を決める。
 アオイとの真剣での鍛錬の中、アオイの持つ刀、弥水やすいの神秘プライオリティに苦戦するアンジェは、その最中、頭の中で響く声を聞く。
 それはそれとして、1/25はアンジェの誕生日。アキラとヒナタ、そして当主から祝われる中、当主は宮内庁に「現在日本にいる英国の魔女を本物の英国の魔女だと承認する」事をアンジェに伝える。
 誕生日は同時に父の命日でもある。墓参りを終えた英国の魔女は頭の中に響く声について意見を求める。
 英国の魔女は「神秘使いの中には得意分野ごとに人格を作り、それを使い分ける者がいる」と伝え、アンジェもそれではないかと考察する。
 そんな中、「賢者の石」作成を目的にしていると思われるベルナデットの今後の行動指針を探るため、英国の魔女の知り合いである錬金術師に会うことが決まる。
 足尾銅山跡に工房を構え、盗掘しながら生活している錬金術師「ウンベグレンツ・ツヴァイツジュラ」、通常「アンリ」は言う。
 「将棋とは錬金術の一種であり、詰将棋とはそのレシピである。その最高峰たる『象棋百番奇巧図式』には、錬金術の最奥の一つ、賢者の石に類する何かのレシピが含まれている可能性が高い」
 そして、将棋とは盤上で行うもの。「龍脈結集地で行われる儀式魔術の可能性が高い」と。
 かくして、二人は慌てて学校に戻るのだった。
 準備万端で迎えたベルナデットとの戦い。
 しかし、ベルナデットは賢者の石の失敗作、愚者の石を用いて、こちらのルーンによる陣地を完全に無効化した。
 苦戦するアンジェとアオイ。アンジェは自分の内にいる何者かを解き放つことを決める。
 内にいるもう一人のアンジェにより、ベルナデットは敗北するが諦め悪く逃走を試み、アンジェはやむなくベルナデットを殺害してしまう。
 それをトリガーに永瀬ながせクロウが怒り出す。
 彼はアンジェの起こしたホワイトインパクトにより、恋人を失っていた。しかし、記憶操作を受けていたはずだが。
 クロウとの問答の末、アンジェはついに英国の魔女がヒナタだと知ってしまう。
 初の直接的な人殺しに、クロウからの非難。英国の魔女の正体。ただでさえいっぱいいっぱいなアンジェだが、ハヤノジョウは、月夜家が何かしらの企てを行なっている可能性を示唆する。
 ヒナタという信用出来る戦友を得つつ、謎だらけのままにアンジェ最初の一年は終わった。

 

 
 

 

「どうしました、そんな様子では私に触れることさえ出来ませんよ!」
「うふふ、よく逃げるわね、中島なかじまアオイ」
 登校前の道場。ではの内にいたもう一人の私……『エス』と、私の師匠であるアオイさんが鬼ごっこをしている。
 季節はめぐり、春も初夏も終えてまもなく本格的に夏が始まろうとしている七月の頭。
 いくらかの悶着の末、私は週に一度、『エス』に体を預け、アオイさんと鍛錬をしてもらうことになった。
 私にも正確な事情は分かっていないのだが、私は人為的に作られた「多重人格者」であるらしい。私には今の私の他に、いま表に出ている『エス』という人格がある。
 私としては『エス』を鍛錬するのは未だに反対だ。何より彼女は信頼できない。それにはいくつか理由がある。
「いきなさい、ナイトゴーント」
「まだ分かりませんか? そんな単純な使役の仕方では、斬られて終わりですよ!」
 『エス』が呼び出した真っ黒い人型の怪物をアオイさんが早々と刀で斬り払う。
「あらほんと」
 『エス』が持つ判明している特殊能力は三つ。
 一つ目が、触れた相手から触れている面積に応じた生命力を吸収する能力。
 二つ目が、下級悪魔、ナイトゴーントを召喚する能力。
 三つ目が、対象に眠気を与える能力。
 「判明している」という言い方になるのは、『エス』が私にすら何も明かさない秘密主義だからだ。
 つまりこれが第一の理由。何も明かしてくれない秘密主義の『エス』は信じるには値しない。
 そして第二の理由は、二つ目の能力。
 このナイトゴーントという下級悪魔は私の父の仇である悪路王あくじおうと同じものだ。
 下級悪魔とは本来、上級悪魔が魔力を与えて形成し使役する存在で、基本的に上級悪魔ごとに異なる下級悪魔がいる。
 悪路王と同じ下級悪魔を使役する『エス』は、何かしらの形で悪路王と関わりがある。
 父の仇と何かしら関係があるらしい存在をどうして信じられるだろうか。
 そのうえ『エス』は、悪路王は仇ではない、とまで言い放つのだ。しかも理由は言えないという秘密主義ぶりだ。
 考え出すと、だいたい、『エス』という名前すら気に入らない。
 アオイさんや、私の戦友であるヒナタが「もうひとりのアンジェ」やら「裏アンジェ」やら呼ぶものだから、『エス』は違う名前で呼ぶことを要求した。
「そうね……。サ……、いえ、『エス』。『エス』と呼んで頂戴」
 と言ったのだ。
 明らかに何かを名乗ろうとして頭文字を偽名として名乗ったのは明白だ。
 そんなわけで、私は私の内にいる――今は表にいるが――『エス』の事を私は基本的に嫌いだった。
 そもそも、私は、そりゃまだあと二ヶ月してやっとデビュー一周年になる新米だけれど、一人前の討魔師とうましだ。
 『エス』の力など借りなくても戦える。なのに、アオイさんと来たら。
「使える手札が大いに越したことはありません。この前のように、いざ『エス』を頼ろうとしたら、『エス』が自分の能力を活かせないようではせっかくの手札を弱くしてしまいます」
 だなんて。
 確かに去年度の暮れ、私は自分ではどうしようもなく『エス』を頼った。しかし、生まれてから16年、一度も表に出てきたことのなかった『エス』は体を動かすのにさえ苦労し、苦戦した。
 やはりあの時、『エス』なんか頼るんじゃなかった……。
「アンジェちゃん? ずっと黙ってるけど大丈夫」
「へ?」
 内にいる時の遠い聞こえ方ではなく、すごく近くで親友の鈴木すずき アキラの声を聞いた気がして顔を上げる。
「あれ、アキラ……。そしてヒナタ」
 そこにいたのは、アキラとヒナタだった。どちらも私の親友だ。
「なになにー? オートパイロットで無意識に歩いてた?」
 ヒナタが茶化すように笑う。
 ――出発しないといけない時間なのに、あなたの意識が上の空だったから。私が代わりに歩いておいてあげたのよ。
 それはどうもありがとう、『エス』。
 勝手なことを、とも思うが、遅刻は避けるべき事態なので感謝はしておく。
「えぇ、少しぼーっとしていたみたいです。それでもこうして歩けてるのですから不思議なものです」
「本当にオートパイロットだったかぁ」
 ヒナタが笑う。ウインク一つ飛んでくるのは、「私には分かってるよ」のサインだ。
 ヒナタは先に触れた通り私の戦友であり、『エス』のことを含めた私の事情のほとんどを知っている。
「まぁ、アンジェちゃん、先月の球技大会では練習含めて大活躍だったしね。疲れてるんだよ」
「確かに、一ヶ月頑張りっぱなしだったもんね」
 三人で校門をくぐる。
 直後、猛烈な違和感が襲ってくる。
 私はヒナタと顔を見合わせて、頷きあう。
「すみません、二人とも。私は用事を思い出したのでお先に失礼します」
 私はアキラとヒナタに向けてそう言う。ヒナタは本当は戦友だが、そのことはアキラは知らないのでこう言う形で伝えなければならない。
「"刀"の件なの?」
「はい」
 すると心配そうに、アキラが小声で話しかけてくる。
「分かった。先生にはいい感じに言っておくね」
 以前、アキラには戦うところを見られており、私が討魔師である事を知っており、密かにサポートしてくれている。
 ちなみにアキラはヒナタの事は知らないし、内緒にするよう言われているので伝えていない。
 私は急いで違和感の元である屋上への階段へ向かう。
剣よ、来いアポート・マイ・ソード!」
 階段を登りながら呪文コマンドワードを唱えると、手元に私の刀、如月一ツ太刀きさらぎひとつのたちが出現する。
 ヒナタの得意なルーン魔術を腕に刻んでもらい、それを呪文コマンドワードで起動出来るようにしてもらったものだ。あるルーンを刻んだ物を手元に引き寄せるだけの簡単な魔術、とのことだ。
 そして、屋上へ向かう階段で遭遇したそれは。
「剛腕蜘蛛悪魔!?」
 腕のような足を持つ黒い大きな蜘蛛のような見た目の下級悪魔、剛腕蜘蛛悪魔だった。
 剛腕蜘蛛悪魔は去年の九月辺りに、この学校を狙っていた上級悪魔、イブリースが使役していた下級悪魔だ。
 先程、『エス』のナイトゴーントについて触れたときにも説明したが、この世界を舞台に遊戯ゲームと呼ばれる陣取り合戦を繰り広げる上級悪魔は、その多くが魔力で構成された使い魔たる下級悪魔を作り出して戦わせる。
 だが、イブリースは消滅させたはず。ヒナタの話でも、核が残っていたとしても再生には一年以上かかるとのことだった。
 いや、事情は後で考えれば良い。今考えるべきは、目の前に人に害を為さんとする神秘、霊害れいがいが存在するということだ。
 私は刀を抜刀し、構える。
 剛腕蜘蛛悪魔もこちらが武器を抜いたということで、階段を降りるのを中止し、こちらとの距離を維持するためか、じりじりと後ろに下がる。
 去年戦った剛腕蜘蛛悪魔と少し様子が違う。奴らはもっとアクティブに攻撃してきたはずだ。
 直後、剛腕蜘蛛悪魔は思わぬ攻撃に出た。
 自身の腹を晒し、そこから糸を射出してきたのだ。
「!」
 慌てて私はそれを切り払う。が、刀は糸でベトベトしたままだ。このまま受け止め続けると、切れ味が落ちてしまいそうだ。
 そうか、距離を置いたのは、糸を用いて有利な遠距離から攻撃をするためか。
 続けて顔に向けて放たれた糸を私は姿勢を低くして回避し、そのまま階段を駆け上がる。
 階段で距離が離れているのと、廊下で距離が離れているのではまるで意味が違う。
 階段のほうが高低差があり、敵の攻撃は高所からの攻撃になる上、下からの攻撃は容易ではない。その上、登るのはただ走るより大変だ。
切り裂けスラッシュ!」
 左手を上げて呪文コマンドワードを唱え、風を放ち、飛んできた糸を迎撃しつつ、その糸を貫通してその背後にいる剛腕蜘蛛悪魔の一体を撃破する。
 敵の射撃の狙いは足。階段での転倒狙いだ。
跳べジャンプ!」
 私は両脚のルーンを起動して、思い切って跳躍して、これを回避する。
 ルーンによって強化された跳躍は驚くべきほど高く体を持ち上げてくれる。
 まだ、敵との距離はあるが、跳躍したこの瞬間、敵の高低差の有利は消えた。なら、あれを使うか。
 ヒナタからは「そんなことのためにつけたルーンじゃないよ」と怒られるが、使えるものは使わずして勝てない。
 私は自身の大切な刀を勢いよく敵の剛腕蜘蛛悪魔群に向けて投擲した。
 投擲した刀が見事に剛腕蜘蛛悪魔に突き刺さる。
 ――こっそり練習した甲斐があった。
刀に転移せよテレポート・マイ・ソード!」
 視界が一瞬光に飲まれ、気付けば手元に刀がある。
 先程の引き寄せアポートと似ているが、違うのは、刀が剛腕蜘蛛悪魔に突き刺さったままであること、そしていつの間にか周囲に剛腕蜘蛛悪魔がたくさんいること。
 そう、これは刀の存在する位置に即座に転移する魔術。
 本当はいざという時、刀を遠くに放り投げてそこに転移してその場を逃げる、という目的で用意してもらったルーンなのだが。
「アンジェ、そのルーンはそういう使い方ではないと言ったでしょう!」
「アンジェ、武士の魂たる刀を放り投げるとは何事ですか!」
 ちょうど増援に来たらしい二人から同時にお叱りの言葉が飛ぶが、勝てば良いのだ。
 私は刀を一閃し、その場にいた剛腕蜘蛛悪魔を一掃した。
 全ての剛腕蜘蛛悪魔が消滅したのを確認し、私はポケットから白地のハンカチを取り出し、刀を拭ってから鞘にしまう。
 これが私の仕事。人に仇為す神秘たる霊害を討滅する、討魔師だ。
「アンジェ!」
 二人の女性が私に詰め寄る。
「え、えーっと、まずは一人ずつ……」
「アンジェ、テレポートのルーンは緊急離脱用だと私は説明したはずですが」
 二人が同時に口を開こうとするので、慌てて制すると、一瞬止まった末に、仮面をつけた白い髪の女性、英国の魔女が口を開く。実は彼女こそがヒナタである。魔術師としての身分を隠しているので、普段はこのように英国の魔女という存在として私に力を貸してくれている。
「すみません、ですが、攻撃をかいくぐって距離を詰めるために便利そうだったので……」
 というか、そうでないと、あの糸攻撃をかいくぐって攻撃するのは無理だった。
「アンジェ、そこの魔女の力を借りて戦うのはこの際だから諦めましたが、刀を投げるとは何事ですか!」
 そしてそこに追撃を駆けてくるのは、今朝、『エス』と鍛錬をしていた私の師匠であるアオイさんだ。
 私では未だに勝てない程に強い人だが、大変お硬い人なので、私の「勝てば良い」戦い方とは時折衝突する。これでも、英国の魔女が付与してくれたルーン魔術を併用した戦い方を許してくれるようになっただけ丸くなったほうだ。
 ちなみにアオイさんは大変お硬い人のため、未登録魔術師である英国の魔女を認めたがらない。今ここで並んで立っていてくれるだけでありがたい。
 前は顔を合わせれば即一発即発だったのだ。
「それはそれとして、先程の敵は剛腕蜘蛛悪魔?」
「それは私も気になりました」
 ひとしきり二人の説教を聞き流したところで、英国の魔女が暖簾に腕押しに気付いたのか、話題を変える。すると、アオイさんもすぐにそちらに関心が移行する。
「ヒ……英国の魔女、あなた、イブリースが再生するには一年以上かかると言っていませんでしたか? まだ一年も経っていませんよ」
 イブリースを倒したのは九月の末だ。対する今はまだ七月の頭。一年以上、というにはあまりに早い。
「えぇ、アンジェの白い光は相手のこの世界での仮初の体だけを破壊します。そして、仮初の体を失った悪魔はこの世界で再び魔力を集め仮初の体を再構成します。ですがそれは簡単ではありません。基本的に悪魔に同盟相手はいませんからね。単独で僅かな魔力を少しずつ集めます。どう頑張っても一年は絶対にかかります」
 私の白い光、魔力を分解するらしい。恐らくは如月家の家に代々伝わる特殊能力血の力。だが、今は父の仇である悪路王なる悪魔に奪われている。
「では、同盟相手がいた、という可能性は?」
「それは宮内庁のほうが詳しいはずでは? この学校の周囲の龍穴は悪路王が、その外側はいくつかの上級悪魔が従えていますが、そのどれもが、他者と同盟するような上級悪魔ではありません。可能性は低いと言わざるを得ませんね」
 二人が唸る。
「よく似ているけど別種という可能性はないのですか? こいつら、糸を飛ばしてきました。イブリースの剛腕蜘蛛悪魔はそんなことをしてこなかった」
「なるほど。考えられない可能性ではないですね」
「確かに。イブリースが謎の裏技や未知の同盟相手と共闘していると考えるよりは、有り得る話だと思います」
 私の発言に二人が頷いた。
 かくして、これまでの剛腕蜘蛛悪魔は剛腕蜘蛛悪魔甲、今回現れた剛腕蜘蛛悪魔は剛腕蜘蛛悪魔乙と呼称されることになった。
 結局、真相は不明だが、剛腕蜘蛛悪魔に類似した下級悪魔を使う上級悪魔が現れた、という結論に落ち着いた。
 ありえない話ではないらしい。兄弟や親子などの関係性を構築し、同じ原型の下級悪魔をそれぞれカスタマイズして使う、というケースがあるようだ。
 ただ、と、英国の魔女が去り際に言った。
「蜘蛛、という見た目は少し気になります。イブリースからは蜘蛛要素はそんなに感じませんでしたので。なにかもう少し裏があるかもしれません」
 という言葉は気にかけておいたほうが良いかもしれない。
「あ、アンジェちゃん、なんとかなった?」
「えぇ。先生にはうまく言っておいてくれたようですね、ありがとうございます、アキラ」
 教室に戻るとアキラが出迎えてくれた。
「ううん。無事そうで良かったよ」
 一歩下がってこちらの全体を確認した後、アキラが微笑む。
 思えばアキラに討魔師の事がバレた時は怪我してしまったから、心配させているのだろう。
 私も強くなった。英国の魔女という仲間もいるし、もうあのときのようなヘマは簡単には犯さない。
 そんな思いを込めて、笑顔とお礼を返しつつ、私は席につく。
 ちらり、と永瀬ながせ君の方を見る。向こうはこちらに気を払う様子もない。
 永瀬クロウ君は、先程話に上がったイブリースからこの学校を守るために暴走させてしまった私の力の影響で恋人を失った。記憶操作でそれは単なる事故ということになっているはずなのだが、彼はなぜかそれを覚えていて、ずっと我慢していたらしい私への敵愾心を露わにした。
 恨まれる道理はある。それ自体は構わないが、記憶操作が効かなかったのは不可解だ。そんなわけで、時折私はついつい彼の様子を気にしてしまう。
 なんにしても、昨年度末の魔術師の襲撃以来平和だった学校に、再び霊害が現れるようになった。
 今度こそ、この学校を守らなければならない。今度こそ、誰一人死なないように。

 

 しかし、その数日後。そんな覚悟とは裏腹に、次なる脅威は学校の外で起ころうとしているのだった。
「アンジェ、井処いどころ町の刀剣展に刀泥棒です。近隣の討魔師を総動員して捕まえます。あなたも急いでください!」

 

to be continued...

 

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「退魔師アンジェ 第2部第1章」の大したことのないあとがきを
こちらで楽しむ(有料)ことができます。

 


 

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