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charm charm charm 第1章 魔女と死体と

 

 
 

「ひっぎゃあああああああ!!」
 少女の絶叫が暗い森に轟く。
「うるさい」
 その合間に応じる別な声。少女の悲鳴が一旦止む。平穏な中を山鳩の声が間抜けに吹き抜け
――
「ひっぎゃあああああああ!!」
 またしても、少女がとんでもない悲鳴を上げるのだった。

 

 第0章 遭遇

 

 少し、時を遡り、順を追って、説明しよう。
 二〇三二年夏、とある映画館にて。
 そこでやっていたのは、ホラー映画だった。ホラーといっても、不朽の名作と呼ばれるようなものではない。絶叫系アトラクションのような感覚で楽しめる程度のものだ。
 科学統一政府により、ありとあらゆるオカルト現象は科学により解決され、「ホラー」と呼ばれるジャンルは「ファンタジー」のような生温さを持つようになった。謂わば、この映画館で、今、公開されている映画そのものが「B級映画」と呼ばれるものに分類されるのである。
 だが、B級と揶揄されようと、好きな者は存在する。客席の埋まり具合は程々、こじんまりとしたこの映画館も、利益目的というよりは、こういう物好きたちを満たすために開かれているところはある。
 さて、映画は佳境を迎え、巨大な黒い怪物に、主人公が丸呑みされようとしているところが、まさしく主人公の視点で描かれていた。怪物の歯並び、ねっとりとした唾液、暗がりに続く喉の奥までが生々しく、この手の作品には褒め言葉となる「気持ち悪さ」で描かれていた。カメラワーク、グラフィックス、サウンドが気持ち悪さを加速させ、主人公、もとい、観客たちの恐怖を煽る。
 食われる!!
 思わず目を閉じたり、叫ばないように口元を手で覆ったり、隣席のパートナーの手を握りしめたり。観客が最高に「ホラー」を感じたとき、一人の人物は、違うものを見ていた。
 というか、欠伸をしてもバレないように、と隅の席を取って、見ていたはずなのに、何故か怪物の口が真正面。何事か、と誰もいないはずの隣席を確認すると、直後に警告画面が表示される。耳につけたウェアラブル端末「オーグギア」からだ。
「あっ」
 警告の正体を理解するかしないかのタイミングで、隣席になっていた少女が席を立ち上がる。
 怪物が主人公を丸呑みする。
「ごめんなさいーーーーーー!!」
 少女は訳のわからない青年を置き去りに、逃げた。

 

◆◆◆

 

 逃げた少女は映画館から颯爽と駆け出す。茶髪のウィッグをぽい、と投げ捨て、今時古めかしい「魔女」のとんがり帽子を目深に被った。直前に見えた派手な赤毛を隠すためだろうか。
 赤毛を隠したところで、とんがり帽子も却って目立つというものだ。
「いたぞ!!」
「映画館からの通報、魔女アイザックだな」
「あのとんがり帽子は間違いない」
 集まってきたフードの男たちが、口々に叫ぶ。
 魔女アイザック、と女なんだか、男なんだかわからない呼び方をされた少女は、当惑しながらも、「魔女」と呼ばれる所以と言える力を使った。
「進め!」
 手を伸ばし、祈るように唱える。すると、手の先にあった高い塔に一直線に少女は動いた。地面を蹴ったにせよ、ただの人間には届き得ない位置だ。
 少女は止まらない。止まっていては、彼らが追ってくる。そのことをよく知っていた。
「進め! 進め、進め、戻れ! 進め! 方向転換今度はあっち! 進め!!」
 何かの力を利用して、縦横無尽に街を駆ける。少女はパルクールにものすごい機動力をつけた速さで移動する。が、その動きは直線的だ。
「来たな、魔女め!」
「嘘! 先回り!?」
 先回りではない。少女の手口を知っているなら、少女が移動の中継地点に使いそうな場所を張っていればいいだけだ。それに、少女はほとんどの中継地点を高層建造物に取っている。
「でもごめん! 離れろ!」
 少女は両手を男の前に突き出し、突き飛ばした。が、それはただ突き飛ばしただけの飛距離ではなかった。男は向こう側の壁へ、べたん、と叩きつけられる。
 少女は自信なさげに口元をぽりぽりと掻き、呟く。
「やりすぎたかなぁ……」
 ぼやいたものの、次の瞬間には「ま、いっか!」と朗らかな声で次の地点へと進んでいった。

 

「やっぱり映画館行くの、やめた方がいいよなぁ……」
 夜、森の中で少女は一休みをしていた。幸い、追っ手は振り切れたようだ。それに、夜の森は動物の時間であり、人間が安易に立ち入っていいものではない。
 ――それは、少女とて、例外ではなかった。
「いやぁ、でも、やっぱり映画館で観ると迫力が違うんだよなあ。怪物の歯ぐきとか、あの大画面じゃないと味わえない」
 グルルルル……
「ん?」
 ガリ、ガリ……
「え?」
 恐る恐る、振り向くと、そこには。
 月光の下、黒く冴える体毛、敵意剥き出しの目は吊り上がり、少女を見据えている。唸る中、ぎらめく鋭い牙が生え揃い。――狼は少女の次なる敵になろうとしていた。
「ひ」
 少女は悲鳴を飲み込
「ひっぎゃあああああああ!!」
 ……めなかったようだ。エコーが森の静寂の中に際立った。
 べたん。
「え?」
「がる?」
 続いた音に少女と狼は仲良く首を傾げる。
 見ると、少女の腕に、人間がへばりついていた。ただの人間ではない。血の気が通っておらず、冷たい死んだ人間だ。
「ひっぎゃあああああああ!!」
 再び絶叫。
「うるさい」
 と、知らない第三者の声がし、少女の頭がすっと冷える。
 この声、どこから? と見回しても人はいない。視線を死体に戻すと、ぱちり、と目が合った。夜空のような青色をしている。――ではなく。
 死体が、動いて喋っている。
「ひっぎゃあああああああ!!」
「だからうるさいってば」
 狼を前に呑気なやりとりが繰り返され、少女はすぐさま自分の力を起動した。
「離れて!!」
 しかし、少女にくっついた死体は微動だにしない。
「魔法が効かない!? なんで!? 引き寄せる魔法と間違えてないよね!?」
「魔法? 何それ」
「ええとね……って、喋ってる場合じゃない!」
 存在を忘れられかけていた狼にぺこり。何故か丁寧に頭を下げる少女。張り付いたままの死体のことは諦めたらしい。
「お邪魔しました! 戻れ!」
 斜め上方に手を伸ばし、木に飛びついて、場を離れる少女。死体は浮遊感に驚きながら、相変わらず、少女に引っ付いていた。

 

 第1章 魔女と死体と

 

 少女は「進め」「戻れ」の呪文を繰り返しながら、器用に森を抜けていく。死体は少女の腕に引っ付きながら、それを眺めていた。
 少女は森を抜け、そこそこ高いビルの上に降り立つと、そこでふう、と一息吐くことにしたらしい。屋上の角に腰を下ろした。
「危なくない?」
 死体が言う。声色からして、幼い女の子だろうか。体は少女と同じ年頃の少女のもののように見える。
「確かに、ここから落ちたら危ないかもね。でも、私の魔法があるから大丈夫。下にいる方が魔女狩りってやつらがいて、危ないから」
「あなた、魔女なの?」
「うん。私はリナ……じゃないや、魔女名はアイザックっていうんだっけ。まあ可愛くないからリナって呼んで」
「魔女名?」
「ん? ああ、普通は知らないんだっけ。魔女には魔女の名前が――」
「見つけたぞ! 魔女め!!」
「うげ」
 リナが立ち上がり、女の子を抱える。抱えなくとも、リナの魔法で落ちないのだが、気分の問題だ。
「しっかり掴まっててね。ええと……」
「わたしはサラ。どうやって逃げるの? ここ高いよ」
「そう、サラ。じゃあ、魔女らしく、空でも飛びましょうかね」
 言うと、リナは一歩空中に踏み出す。当然、地面はそこになく、リナの体は落ちる。リナを追っているらしい男たちが息を飲んだ。サラも生きた心地がしなくなる。
「進め!」
 リナの唱えに、落ちていく軌道が斜めになる。それからリナは続ける。
「戻れ!」
 眼下に建物が見えてきたところで、戻れの呪文を使うと、落ちる速度が弱まり、ふわりと建物の上に着地する。
「ここ、低いからすぐ追いつかれるな。まだ行くよ!」
「まだ行くの!?」
「追いつかれたら、処刑されちゃうからね!」
 リナの魔法は空を飛んでいるような気分になるが、上に行ったり、下に行ったりするのが激しく、サラは少し疲れたような気がしていた。
 それはリナも同じようで、顔色があまり良くない。呪文以外に言葉を発することがなくなる。
 ようやく地上に降り、人気のない方へ逃げていくと、リナははっと一つの建物を見つける。
「星の智慧教会だ。助かった」
「……教会?」
 リナの言葉にサラが呟く。
 リナが入っていくのにサラが続く。二人が入ったのを確認したかのようなタイミングで扉が閉まった。
「ナイ神父、いますか?」
 リナが問いかけると、すぐさま肌が黒く、帽子を目深に被った神父のような男が出てくる。リナがほっとしている辺り、この人物がナイ神父というらしい。
「やっと一息つけるよ、サラ」
「ここ、安全なの? この神父、怪しくない?」
「おやおやリナさん。お連れ様がいるとは珍しい。見るに普通の人間ではありませんね。それはそうと、魔女狩りに追われて、お疲れのご様子。どうぞ楽にしてくださいな」
 訝しげにするサラをよそに、リナは手近な椅子にへたり込んだ。
「サラ、ここは安全だよ。ここにはどうしてか、魔女狩りあいつらは踏み入って来ないんだ」
「不思議なこともあるものね」
「ははは、サラが言う?」
 リナはからからと笑いながら、警戒して、座ろうとしないサラに歩み寄る。それからボディチェックをして、サラの心臓の辺りに刺し傷があるのを見て、悲しげな顔をした。サラは服についている土埃を払っていて、リナの表情には気づかない。
 この場において、最も説明できない「不思議なこと」がサラである。
「相互理解の始まりはまずはお互いの名前を知るところからと申します。私はエジプト生まれのナイ神父と呼ばれています。そちらのお嬢さん、お名前は?」
「サラ」
「ではサラさん。困惑でいっぱいでそこから抜け出したいであろうサラさんのために、リナさんの身に起こっていることを説明致しましょう」
「そうね、それがいいわ」
 リナが帽子を畳んでポシェットに仕舞いながら頷く。そんなリナに導かれて、サラは座った。
「まず、魔女っていうのはね、生まれつき、魔法っていう不思議な力を使える人のことを言うの」
 そういうと、リナはポシェットからペンを出し、床に放る。サラが不思議そうに見ていると、リナは手のひらをペンの方に向けた。すると、ペンは吸い寄せられるようにリナの手の方に一直線に飛んでくる。
 リナはペンを握り、くるっと一つ回す。
「これがリナさんの魔法です。属性は『引力』」
「属性?」
「魔法は世界を書き換える超常が如き力ですが、魔女は魔法といってもある分野に特化したものしか使えません。どの分野に特化しているのかを言い表したのが『属性』ですね。リナさんは引き寄せる力である『引力』を操る魔法が扱えます」
「空を飛んだのも、引力?」
「正しくは飛んでないんだけどね。魔法は魔女の発想力次第で、どんな風にもなるの。私は私自身に引力を強く発生させて、物を引き寄せたり、自分が引き寄せられたりするようなのが主ね」
「建物の間、飛んでたのは?」
「自分が建物に引き寄せられるようにしていたからよ。でも、あれってスピードはすごいんだけど、一直線にしか進めないのよね」
「それでも、移動方法としては画期的ですよ。場合によっては自動車より速く移動できるんですから」
 それはすごい、とサラも素直に感嘆する。リナは少し照れて、頬を掻いていた。
「でも、魔女ってことはいいこととは限らないんだ」
「……魔女狩り?」
 サラもうっすら気づいていた。ナイ神父が一度口にした「魔女狩り」という単語。追いかけてきた男たちがリナのことを「魔女め」と言っていたことを合わせると、リナ個人への悪意ではなく、魔女と呼ばれるものへの悪意に取れた。
「この世界は表向き、科学統一政府の科学技術によりあらゆる問題が解決され、世界は平和になった、ということになっていますね。ですが、実はその裏側で、まだ生き残る神秘……まあ、科学では説明できないものたちを排除するために暗躍しています。その一つが『魔女狩り』です。
 未知の力を持つ彼女らが、民衆に危害を与える前に、刈り取ってしまえ、という法律がありましてね」
「ひどい……」
「まあ、私が追われてるのは、他にも理由があるんだけどね」
「ふふ、それを言ってしまうのですか?」
 だって、と言いかけて、リナは躊躇う。サラの表情をちら、と窺った。静かな青い瞳がそこに存在する。
 リナは躊躇ったものの、言わないのもサラのためにならないので、さらっと告げる。
「サラは誰かに殺されたんだよ。それでもって、死体を森に埋められた」
「え」
 サラの表情が凍りつく。血の通わない白い肌であるためか、いっそう凍って見えた。
 やっぱり、自覚していなかったのか、と苦い思いがリナの中に渦巻く。
「穏やかではありませんね。普通なら警察に通報する案件です」
「通報したらいいじゃない」
「それが、できないんですよ、リナさんは」
 うぐ、とリナは言葉に詰まる。俯いて、両手を上げた。
「実は私、指名手配されてるんだよね……」
 沈黙が落ちる。とくとくと時が流れていき、たっぷり時間をかけて、サラが出した言葉は、
「何やらかしたの?」
 である。
「あんまり驚かないね」
「驚いてるけど……色々、まだ追いついてなくて」
 自分が死んでいる存在だという衝撃からも抜け出せていないのに、二つ目の衝撃告白をされても、反応が追いつかない。
 ただ、指名手配されている、というのなら、警察に行けないのも納得だ。自ら捕まりに行くようなものである。
「魔法の制御ができない頃があってね、その頃に、映画館潰しちゃって
「? 映画館が潰れたのは潰れた映画館の責任では?」
「ははは、潰すの意味が『閉館になる』という意味であれば、それはサラさんの言う通りですねえ」
「え?」
「いや、物理的に潰れちゃったんだよね。引力で」
「……は?」
 サラはリナを二度見した。リナの苦笑いに、何笑とんねん、と三度見した。
 物理的に、引力で、の二つのワードが揃えば、サラもさすがに意味がわかった。だが、それは同時に映画館以外のものも潰していることになる。
「お客さんや、管理人さんも……?」
「うん」
 ころした。それが故意でなかったにせよ、人殺しは人殺しだ。警察に捕まる理由としては、あまりにも真っ当すぎる。
 それが罪だとわかっているからこそ、リナも苦い表情を浮かべるのだろう。それを感じるから、サラは思わず問いかけた。
「なのに、逃げるの?」
「うん」
「どうして?」
「私はね、もう誰にも責められたくないの」
 身勝手だわ、とサラは思ったが、俯いて、どことも知れぬ場所を見ているリナの表情に、喉元まで出かけた声が引っ込む。リナが泣きそうに見えたのだ。今、泣かせてはいけないような気がした。
 それでも、わかった、とは言えないが、サラは話を進めようと口を開く。
「警察に行けないのはわかった。でも、じゃあ、わたしの今の状態って、何?」
「まあ、妥当な疑問ですね。死人が生き返った、という単純な話でもなさそうです」
「やっぱり?」
 ナイ神父の言葉に、リナが顔を上げる。先ほどまでの儚さはなく、冷静にサラを観察する。
「これは勝手なイメージだけど、生き返ったっていうんなら、肌の色とか元に戻りそうだよね。サラは一発で『この人、生きてない』ってなるもん」
「かつて神秘を知る人々が『動く死体ムービングコープス』と呼んだ神秘とも、違う気がしますねえ。『動く死体ムービングコープス』には、こんなにはきはき喋るような自我はないとされています」
「死体に自我があるなんて……」
「いや、サラ、それ、今のあなたの状態だからね? 気味悪がる場面じゃないからね?」
 ぞっとするサラに、思わずツッコミを入れるリナ。そう、サラの状態は前代未聞なことだった。
「リナさんはこれからどうするんです? サラさんと一緒に行かれるんですか?」
「そう考えてる。見つけちゃった以上、放っておけないし。霊害としてサラが狩られるのを見るのも嫌だし、サラを殺したのが誰なのかだけでも知っておきたいし」
「どうして? 自分のことじゃないのに」
 サラの指摘に、リナは軽く考えてから、語る。
「殺人犯が捕まってないと、落ち着かないじゃん?」
 サラは思った。お前が言うな、と。
 だが、それを言ったら、リナが傷つくだろう。せっかく行く宛のないサラを保護してくれるというのだ。細かいことにはある程度、目を瞑っていこう。
「んで、私と一緒だと、逃亡生活になっちゃうけど、大丈夫?」
「大丈夫」
「結構体力使うよ?」
「大丈夫。リナの方が疲れてる」
「優しい子やー!!」
「わあ!? いきなり抱きつかないで!?」
 こうして、二人の旅は始まった。

 

◆◆◆

 

 リナは逃亡生活のことを「旅」と呼ぶらしい。少しでも気楽に行きたいのだという。
「サラは生前の記憶とかないの?」
 教会の椅子にごろんと横になりながら、リナが聞く。サラはんーっと目を瞑って思い出そうとしたが、どんなに頑張っても、得られるのは名前と家族構成くらいなものだった。
「わたしの名前はサラ。三姉妹の長女で、お父さんとお母さんと妹たちと暮らしてた。……これ以上は何も思い出せない」
苗字ファミリーネームも駄目?」
「うん」
 本当に行く宛がないな、と思ったが、すぐ、まあいっか、となる。できることはまだある。
「図書館行くよ」
 目を白黒とさせつつ、サラは疑問を口にした。
「入れるの?」
 指名手配犯と動く死体である。目立つのではないだろうか。
「そこでこれです!」
 ババーン、と得意げにリナが鞄から出したのはウィッグである。ありふれた茶髪のウィッグだ。
「これで髪を隠せば大体の目は誤魔化せるし、カラコンもつければ、目の色も隠せる。重宝してるんだ」
「わたしの分もあるの?」
「サラはね、ワンピース買おうか。現金払いのところだと、案外見つからないもんよ」
「現金払いなんてしてるの?」
「オーグギアをしてると、場所を特定されちゃうからね。便利だけど、魔女にとっては厄介だよ」
「わたしのオーグギアは?」
 オーグギアとは、スマートフォン以上に普及した耳掛け式のウェアラブル端末である。今時は決済方法などもオーグギアを介してのものが多く、現金払いの店は少ない。
 そして、科学統一政府はオーグギアを用いて、世界中へ監視の目を届かせている。それを魔女狩りも利用しているため、オーグギアの前に出ること、もしくはオーグギアを持つこと自体が魔女にとって、命取りになる。
 そのため、
「だーめ!」
「そんなぁ」
 と、なるわけだ。
 サラは殺害されているため、犯人がオーグギアを処分したと思われる。新たなオーグギアをリナはサラに買ってあげられない。警察に行かないのと同じ、自殺行為だからだ。
 記憶がないと言っていたが、オーグギアのことは覚えているんだな、とリナはふと気づいた。いつも身につけていただろうから、いざ、ないとなると、不安にもなるのだろう。
 もしかしたら、常識的な事柄は覚えているのかもしれないし、ふとした拍子に何か思い出すのかもしれない。思い出してくれるのなら、話が早くて助かる。
 その後、サラになるべく布面積のある服を買い、着替えたところで、次なる目的地、私立図書館へ向かった。
 入館に特殊な許可のいらない田舎の図書館だが、情報は手に入る。科学統一政府は図書館を全て電子化してしまったが、田舎にはこのような偏屈な人間による私立図書館が残っており、オカルト本なども案外こういった場所の方が残っていたりする。
 リナはそれらしい項目の本を手に取る。
 一つ目は「人体錬成」という本だ。錬金術の本で、小難しくてわからなかった。本の概要は人体を錬成するのに必要なもののレシピや、人体錬成の危険性についてである。目的の本ではなかったが、よくこんなものが残っていたな、と思った。
 続いて「死後の世界からの復活」という本だが、これはありとあらゆる神話の死後の世界に関わる話がまとめてあるものだった。死後の世界の食べ物を口にしてはいけない、という定番の話で、それは魂が死後の世界に馴染んでしまうからだ、とのこと。
 それから、「人体蘇生」というド直球なタイトルの本を手に取ったら、それは魔術でも、オカルトでもなく、救急救命に関する知識本だった。ためになる本ではあるが、置く場所を間違えているのではないだろうか。
「なかなか見つからないなあ……まあ、根気よくっていうのはわかるけどね」
「この本、読み終わった? 返してくるね」
「ありがと」
 三姉妹の長女というだけあって、気の回るサラ。感心感心、とどこから目線で頷いていたリナだが、そこでトラブルが発生する。
「きゃ」
「わ、ごめんなさい……って、お嬢ちゃん、顔色が随分悪いね」
「だ、大丈夫です」
「そう? 医務室に案内しようか」
「大丈夫です」
 サラが人とぶつかり、絡まれたのだ。絡まれた、と表現するには相手は好意的だが、これは大問題だった。顔色が悪いことから、死体だと見抜かれるまで、そう時間はかからないだろう。
 リナは立ち上がり、サラに歩み寄る。それからそっと、行こう、と呟いて、図書館から出ることにした。
 ところが。
「嘘……警察と、魔女狩り!?」
「動く死体を連れている不審者がいると通報があったが、お前たちだな?」
 そう、既に通報され、包囲されていたのだ。死体が人と会話しているとも報告されたのだろう。そのような超常現象は魔女絡みと判断され、魔女狩りも派遣されたにちがいない。
 リナは図書館を潰す気はない。驚きこそしたが、屋内に突入されていなければ、やりようはある。
「サラ、私から離れないように」
「うん」
 サラが頷き、リナの腕にぎゅ、とすがる。そのサラを引力で離れないよう固定し、リナは本格的に逃げに入る。
「進め!」
「! これは、指名手配の魔女アイザックの!」
 見抜かれたところで大した痛手ではない。が、今回は周りに高い建物が少ないため、人の間を縫っていかなければならないだろう。集中しないと、とリナは深呼吸を一つした。
「進め! 戻れ! 方向転換! 進め! 方向転換、方向転換、戻れ! 進め! 方向転換、進め、進め! 方向転換、進め!」
 縦横無尽にリナは駆け回る。サラは目が回りそうだった。リナの一瞬一瞬の判断力が凄まじい。
 一歩間違えれば、人にぶつかり、怪我をさせかねない動きだ。それに、建物にかけるより弱めてはいるが、人にも引力をかけている。加減を間違えれば、人を潰してしまいかねない。だが、慣れた様子で切り抜けていく。
 恐ろしい人、とサラは思った。これは魔女狩りが「魔女め」と忌むのもわかる。人が持っていていい力ではない。ましてや、軽々しく使っていい力でもない。
 そう感じるのに、サラはリナにしがみついていると、何故だか安心してしまうのだ。
「よし、抜けた」
 呪文ばかり唱えて、魔法を操っていたリナの肩の力が抜ける。人混みを抜けたので、魔法は解かないが、もう危険なことはしなくていいという安堵からだろう。
 更に遠く、より遠くへ。リナの魔法はどうやら目的を持って進んでいるようだった。
「どこに行くの?」
「知り合いのところ。私が引力の魔女なら、今から行くのは『魂の魔女』のところね」
「たましい……」
 また難しそうな言葉が出てきたぞ、とサラは眉をひそめる。リナはからから笑った。
「そんなに身構えなくていいよ。映画館を押し潰すような凶悪犯じゃないから」
「凶悪犯罪の自覚、あったんだね」
 サラの指摘にぎく、としながらも、リナは続ける。
黒い森シュヴァルツヴァルトって知ってる? そう呼ばれている深い森に住んでいるんだ。魔女だとバレたら大変だからね」
 深い森に暮らす魔女。いよいよ絵本の魔女のようだ。
「どんな人なの?」
「優しい人だよ。ちょっと気弱そうだけど」
 優しい人なら安心、とサラは思った。
 今回の件でわかったが、やはりサラは存在そのものが異常なようだ。人と関わるときはもっと慎重にいかないといけない。
 リナはそういうところを深く考えないようなので、自分がしっかりしなくては、とサラは決意を新たにするのだった。

 

◆◆◆

 

 道中のお喋りもそこそこに、リナとサラは黒い森に着く。
「暗いけど、綺麗なところだね」
「うん、空気も美味しいし。だけど、迷いやすいから、はぐれないようにしないと」
 話しながら歩いていると、森の奥から影のような、淡い光のようなものが漂ってくる。
 それは円らな瞳のついた人魂であった。
「かわいい」
「ぎゃー! 人魂」
 サラとリナの反応には、歴然とした差があった。サラがリナを二度見する。
 が、リナはふっと我に返り、人魂を凝視した。
「あ、これイアンの案内人魂だ」
「イアン? 案内?」
「後でまとめて説明するよ。とりあえず、この子たちが魂の魔女のところまで案内してくれるから、ついて行こう」
「うん」
 素直に頷いたサラだったが、よくよく考えると、魂の魔女とリナは知り合いで、訪ねるたびに人魂の出迎えがあったはずだ。それなのにリナはどうしてこうも驚くのだろうか。
 それに、びっくりした割には、怖がっていないというか、楽しそうである。不思議な人だ。
 やがて、ただ歩いただけでは見つけられないであろうこじんまりとした小屋が見えてくる。広大な森の中を歩いてきたからか、やけに小さく見えた。
 人魂が我先に、と小屋の中に入っていく。すると、ほどなくして、小屋の中から少年が一人、出てきた。
「やあ、リナ。久しぶりだね」
「うん、イアン、元気してた?」
「え、イアンって……魔女の名前……」
 そうだよ、とリナは少年を示し、紹介した。
「サラ、こそが魂の魔女、イアン。さっきの人魂はイアンが魔法で見えるようにしたものだよ」

 

To Be Continued…

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