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charm charm charm 第4章 属性と記憶と

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 ホラー映画を観ていた少女・リナは魔法を使ってしまい、通報され、科学統一政府から追われていた。
 逃亡の最中、森で動く死体の少女・サラと出会い、共に逃げることに。知られている神秘とは違う様子のサラの正体に近づくため、ドイツの黒い森に住む魔女イアンを訪ねることにした。
 サラのことを知るために、魂の魔女・イアンの元を訪れた二人は、目的が決まるまでイアンの小屋に逗留することに。
 そこでイアンが魔法で出していた人魂に、リナは絶叫してしまうのだった。
リナの絶叫により軋む小屋。そんな現状を見てイアンはリナに魔法を制御する訓練を提案する。
 リナを落ち着かせるために気絶させたイアンは、「家族に会いたい」という自分の願いに疑念と戸惑いを抱くサラに語り始めた。
 弟を亡くした過去を。

 

 
 

 

 暖色の蛍光灯が照らす中、微笑み合う家族団欒。
「マックス、誕生日おめでとう!!!!
 銀髪の男の子が、自分よりも一回りほど小さい弟に、そう笑いかけた。
 兄が笑いかけるのに合わせて、父親が小さなクラッカーを鳴らす。母親が誕生日ケーキを切り分けるのに、ケーキナイフを手に取った。
 兄からの祝福と抱擁に、まだ言葉をあまり覚えていないらしい子どもが、きゃいきゃいと笑う。
 今はもう少し遠い、祝福の光景。

 

◆◆◆

 

「イアンっていうのは魔女としての名前だって話はしたっけ」
 過去語りの前置きとして、イアンはサラにそう尋ねる。
 サラはこくりと頷いて、付け加える。
「リナはリナが本名で、魔女名がアイザックなんだよね?」
「そうそう。魔女は普通、本名じゃなくて、魔女名名乗るんだけど」
「……そういうものなの?」
 サラは軽く顔をひきつらせた。出会ったとき、リナは確かに「魔女名はアイザック」と言ってはいた。が、それはすぐに「可愛くないから」という理由で呼び名として却下されていた。
 イアンの口振りからするに、可愛い可愛くないという個人の嗜好云々よりよほど重要な事情があるのでは、と察する。
「うん、だから、僕にも元の名前はあって……クラウスっていうんだ。クラウス・ツェラー。弟は、マックスって名前だった」
「……おとうと」
 サラにいたのは妹だった。年下の兄弟がいる、という点では、イアン――クラウスに親しみを持てるような気がする。
 マックスの名を口にするクラウスは、とても愛おしげな顔をしていたから。
 記憶が大きく欠落しているサラでも、兄弟のことを愛おしく思う気持ちはよくわかるし、兄弟の話を尊ぶように口にするクラウスのことを信用できると感じた。
 サラにとって、魔女というのは魔法使いというより、超能力者のような感覚に近い。人智の及ばないという点ではどちらも同じように感じるが、魔女や魔法使いは童話など別世界の創作物というイメージが強い。一方で超能力者は、創作物は創作物でも、現代社会の延長線上に存在するような、妙な身近さがある。それが「忌避」まではいかないが、現実との噛み合わなさへのむず痒さを加速させる。
 実際、超常現象に見える魔女の魔法を見せられたから、超能力者のように感じるのかもしれない。これを現実の力だと、受け入れるのが怖い。
 魔女である彼らを親しむのは難しい。けれど、すぐにびっくりしてしまうリナや、弟を愛おしむクラウスを人間だと思いたかった。
「僕はマックスと二人兄弟でね。サラちゃんには、妹さんがいたんだっけ?」
「うん。まだ顔は思い出せないけど……可愛かったのを覚えてる」
「わかる。年下の兄弟って、なんだか可愛いよね」
 兄弟のことで、普通と何も変わらないように歓談するこの少年が、人魂を操るような力を持つとはとても信じられない。クラウスはあまりにも普通の少年だ。サラにはそう見えた。
「お年寄りなんかが孫を捕まえて『目に入れても痛くない』とか表現することがよくあるでしょう? そんなことあるもんか、なんて思っていたけど……生まれたてのマックスが、僕を見て笑ったときは、本当にそんなことあるんだって思っちゃった」
 あれは本当に目に入れても痛くないよ、とクラウスは朗らかに笑う。
「父さんや母さんも、マックスのことを可愛がってた。僕のこともちゃんと、気にかけてくれていたよ。僕たちは平々凡々とした幸せを享受してた。平凡でも、たまらなく愛おしくて、幸せだなぁって。それ以外の言葉が見つからないくらい、普通だったんだ」
 普通の家庭に生まれて、普通の生活をしていた。当然自分が「魔女」ということも、幼いクラウスは知らなかった。きっとクラウスが魔法を使ったとしても、両親はクラウスを大切にしてくれただろう。そう確信できるほどの優しさを受けて、クラウスは育った。
 そんな父母に育てられたなら、きっと弟のマックスも、優しさと思いやりに満ちた、素敵な子になったはずだ。
 死んでしまわなければ。
「誰かに殺されたとか、不幸な事故があったとか、そういうんじゃ、なかったんだ。マックスは風邪を拗らせて死んだ。風邪だって立派な病気だ。でも、医療技術が発展して、風邪で死ぬ人間なんて、今じゃほとんどいない。でも、マックスは厄介なウイルスや感染症じゃなくて、風邪で、死んだんだ」
 マックスが死んだのは、寒い寒い冬のこと。熱を出した二歳の子どもを、両親は看病した。医者にもかかって、薬も処方された。幼いから、あまりたくさんの薬は出せないし、強い薬も出せないけれど、ありふれたただの風邪だから大丈夫、と誰もが思っていた。
 風邪がうつってしまわないように、とクラウスはマックスから遠ざけられていた。寂しくはあったけれど、クラウスは当時五歳。幼いにがらも、それくらいの分別はついたし、それが思いやりだとも知っていた。
 だから、マックスの最期には立ち会えなかったし、風邪を拗らせた以上の詳しい状況は聞いていない。五歳の子どもに話すには、難しい内容だったのだろう、と噛み砕いてはいる。
 噛み砕いたけれど、飲み込めないまま、年月は過ぎ、その最中で、マックスの葬式に訳もわからず参列して、マックスがもう存在しないことだけを、いつも思い知らされていた。
「何かのウイルスとか、凶悪な感染症だったなら、仕方ないねって噛み砕けたのかもしれない。でも、そうじゃなかったから……マックスがいなくなったことが、どうしても受け入れられなくて、悲しくて、寂しくて、僕はきっと、願ってしまった。祈ってしまった。たぶん、その結果が『魂の魔女』っていう今なんだ」
「……魔女の属性? って、そういう経験に関わりがあるものなの?」
「そうらしいよ。まあ、これは先生から聞いたことなんだけど。属性は人格形成や趣味嗜好を基に形が定まるんじゃないかって話だった。そうでなきゃ、僕らは自我が芽生える前に魔法を発現して、その時点で処分されるはずだ」
 自我がなければ、魔法のコントロールもできないし、処分に対する抵抗もできない。有無を言わさず、魔女たちは処分され、「魔女」という言葉すら生まれることなく、闇に葬り去られたはずだ。
「それに、僕の魂って属性はもちろん、リナの引力で例えると、先生の仮説はえらく納得がいくんだ。寂しがりのリナの魔法が、人や物を引き寄せる引力って、よくできた話だと思わない?」
「……たしかに」
 リナが寂しがりということは短い交流の中でよくわかった。寂しいからと有無を言わさず引き寄せるのは、コントロールしてほしいし、びっくりして引き寄せてしまうのは勘弁してほしいが。
「僕は、もう一度、弟に会いたいって思った。生き返ってほしいという意味もあるけど、最後に、立ち会えなかったからかな。会いたい、顔を見たい、姿を見たいって気持ちが強くて。それが魂を呼ぶ魔法になったんだ」
「イアンが呼び出してるあれって、本当に人間の魂なの?」
 魔法の話になったからか、サラが呼び名を戻したことに、イアンはお、と感心する。そういう細かいところに気を回すタイプの子なんだ、と思った。
「人間の魂だよ。死んだ人間のだけど」
 魂、所謂、イメージとしての人魂は霊魂であり、神秘の弱まった現在でも消えることのない「死んだ人間」の概念である「幽霊」としてある意味実在する。
「死んだ人間が行く、幽霊界っていうのが存在して、幽霊界は僕たち人間の住む世界と重なって存在はするけど、交わっていないんだ。僕の力はその幽霊界にアクセスして、魂を呼び出しているんじゃないかって言われてるけど……実際どうなのかはわからない」
 説明しながら、イアンは不意に人差し指を掲げ、「マックス」と紡ぐ。すると、白くふよふよとした人魂が、イアンの指にまとわりつくように、姿を現し始めた。
 どうやらリナを気絶させた人面を持つ気味の悪い形態と使い分けができるようだ。あの人面人魂が来たら、リナでなくとも悲鳴の一つや二つ、上げてしまうだろう、とサラは遠い目をした。正直サラも、それが理由で一瞬身構えてしまったから。
「人間の魂から、更に特定の魂に限定するのに、僕は『名前を呼ぶ』って工程を取り入れてるんだけど、マックスに会えたことはないな」
「……『マックス』ってよくある名前だもんね」
 名前で呼び出す魂を絞り込んでいるようだが、効果は今一つのようだ。
 マックスというのはありふれた男性名である。ドイツだけでもそれなりの数がいるだろうし、「マックス」という名前はドイツ人に限らない。愛称にも使われる呼称であるため、そこまで含めると途方もない数の魂が集まりそうだ。
 それにしても、とサラは疑問を口にした。
「人魂の姿の弟さんに会えたとして、イアンにはそれが弟本人だってわかるものなの? えらく確信しているように聞こえるけど」
「それは」
「それは、家族だもん! びびっとくるもんがあるでしょ!!!!
 イアンを遮り、得意げに代弁したのは、お調子者らしいどこか軽薄な空気を纏ったリナである。目が覚めたらしい。
 あまりにも楽天的なリナの思考に、サラは目を平坦にした。
「それで見つかれば私も苦労はしないんだけど」
「えー?」
 サラの言葉に、リナは不満げに唇を尖らせた。
「家族って特別なものでしょう? 特別ってことは他と違うってことじゃん。違いくらいわかるって」
「考え方がオカルト……」
「そりゃ、ホラー大好きですからね☆」
 語尾に「☆」がつく勢いで胸を張るリナ。そんなところで威張られても、とサラは微妙な顔をした。
 というか、怖がりのくせに怖いものが好きだから、自他共にこの上なく困っているはずである。何も解決策がないのに異様に前向きなのは何なのだろうか。
「なになにー? サラちゃんホラーの良さがわからないってカオしてるねぇ。今度おすすめの映画一緒に見に――」
「そんなの命がいくつあっても足りない」
「ひどーい!」
 サラはぶんぶんと首を振った。既に死体だが、生きている人間と遜色なく動けている以上、再び死体にうごけなくなるのはごめんだ。
 と、言葉を交わしていると、なんだか室内の気温が若干下がったように感じた。サラが目を開け、首を傾げようとし、固まる。
 室内を無数の白い人魂が揺蕩っていた。ふよふよと朧気な輪郭の人魂がほとんどだが、ふと異様な存在感を感じて振り向いた先には、リアリティ溢れる人面を持つ人魂が。
 揺蕩う人魂は、時折思いついたようにリナとサラの隙間を縫って飛ぶ。彼らに声はないが、けたけたと笑い声まで聞こえてきそうだ。もし笑い声が聞こえたなら、サラは悲鳴を上げていたかもしれない。
 が。
「ひっぎゃあああああああっ!!!!
 笑い声なんてなくても、悲鳴を上げるのがリナという少女、自称ホラー映画好きである。
 木造の小屋がきしきしと音を立て、リナの引力によってか、人魂たちの姿がぶれる。相変わらずの出鱈目な威力。
 スパァンッ!
「いてっ」
「はいはい、リナは普通に映画が見られるように、魔法の訓練を始めましょうね」
 いつの間にリナの背後に回っていたのか、イアンが音楽の指揮棒より少し長めの棒を持って立っていた。リナを叩いたのはその棒のようだ。
 リナは涙目になりながら、憤然とイアンに反目する。
「教鞭! 教鞭は痛いって!!!!
「教え諭すんだからちょうどいいでしょ」
「教鞭は『教え諭す(物理)』なのよ」
「引力って結構物理的な観念だよね? 魂よりずっと」
「魂と比較したらどんなもんでも物理じゃわ!!!!
 打てば響くようなやりとり。サラは半ば置いてきぼりの状態で眺めながら、こういうの、なんて言うんだっけ、と知識を手繰った。
 やはり、リナとイアンは仲がいいのだな、と思う。交わす言葉もそうだが、距離の近さや気軽なボディタッチなどを見ていると、二人の仲の良さを根拠づけるだけの年月が存在するのが読み取れる。
 まあ、リナはこれでも魔法を制御するための訓練をイアンの下で行っていたというから、年月以外の要因もあるのだろうが。……潰された小屋の数とか。
「あ、思い出した」
「何を!?!?
 サラの呟きに、リナが食いつく。イアンもリナほど大きなリアクションはないが、瞳に興味の色を灯していた。
 えー、とサラは若干気まずく思う。大したことを思い出したわけではないのだ。二人はもしかしたら、記憶が戻った、みたいなのを期待しているのかもしれないが……
「……二人みたいなの、『メオトマンザイ』っていうんだよ」
「へ?」
 予想外の回答だったのだろう。リナは狐につままれたような顔をした。無理もない。予想外というか、耳馴染みのない言語だったのだ。
「『メオトマンザイ』って何? ドイツどころかこの辺の言葉でもなくない?」
調べろゴグれよ」
 思わずサラは口にするが、気づく。オーグギアがないのだった。だからこそ、「メオトマンザイ」も翻訳されなかったわけだが。
 とはいえ、振り向いているリナの後方で、頭を抱えているイアンは意味を察していそうだ。
「『メオトマンザイ』は、どこの言葉か忘れたけど、確か、『とても息の合った男女のどこか笑えるやりとり』みたいな意味だったと思う」
「へえ」
「……メオトは夫婦、マンザイは二人組でやるお笑いのことだよ」
「おやイアンきゅん、知ってるの? 語学が堪能で羨ましいねえ。どこの言葉?」
「日本だよ」
 イアンの言葉に、そういえば「先生」とやらが日本人だと言っていたのを思い出した。魔法以外に関しても、イアンはちょっとした手解きを受けたのかもしれない。
 イアンの「先生」についても気になるところだが、とリナはついっと視線を動かす。サラは能面を貼りつけたような無表情で佇んでいる。
「どうしてサラが日本の言葉を知ってるの?」
「え?」
「そういえば、そうだね」
 イアンも不思議そうな目を向ける。
 イアンの住むこの森はシュヴァルツヴァルトと呼ばれており、ドイツの南西に位置する。サラとリナが出会ったのは違う場所だが、少女二人がいかに人と異なる性質や力を持とうと、生身で移動できる範囲は限られている。しかも、世界人口のほとんどがつけているオーグギアを避けてとなると、国外に行くのは難しい。徒歩であっても。
 つまり、リナもイアンもドイツの人間なわけだ。ドイツ国内で見つかったサラもおそらく。サラの体である少女はサラとは別人という説も踏まえると、ドイツ人でない可能性もあるが、サラと別人ならサラの記憶、サラの身に染み着いた習慣とは関係ないだろう。
 ドイツから見て日本は直線距離にしても九〇〇〇キロメートル以上離れた場所にある。日本等を指して使われる「極東」という表現はヨーロッパが基準となっているのだ。遥か東。それは確かに遠い。つまり、普通に生活していたら、日本の文化――特に言語の知識が身につくことはまずない。
 それくらい離れた国の言葉を知っているということは、身近に日本語を喋る人間がいたということだ。その「身近」には家族が含まれる確率が高い。だから、サラに記憶が戻ったのか、と二人は期待したのだ。
 しかし、サラは首をこてんと傾げる。
「なんでだっけ」
 抑揚なく告げられた返答に、リナはずっこけ、イアンは疑問を深めた。
「……にしても、私とイアンが『夫婦』ねえ」
「な、なに」
 リナがちら、とイアンを見る。イアンはどこか固い表情となった。リナはその緑の目を二回ほどぱちくりとすると、肩を竦めた。
「ないわー」
「まあ、僕も、リナが奥さんっていうのはないと思う」
「ひど!?!?
「お互い様でしょ」
 そういう意味で言ったんじゃないんだけど、と思いながら、サラは二人から視線を外す、ふと、近くに気配を感じ、そちらを見た。
 白くてふよふよした人魂。イアンの魔法だ。サラはかわいいと思うので、叫んだりしないのだが。
「ひえっ!?!? なんか人魂多くない!?!?
「それはリナの訓練のためだからね」
 イアンがおいで、というと、人魂の一つがふよふよと漂い、イアンの方へ泳いでいく。わざとなのか、リナの首筋を抜けていった。リナが「ひやっ」と短い悲鳴を上げる。
 リナが悲鳴を上げた瞬間、サラは少し引っ張られたような感覚がして、驚いた。小屋を潰すには程遠いが、この程度の驚きで、リナは引力を発生させるというのか。
 ……そのせいで、着々と数を増やしていた人魂が、リナの周りに集い始める。
「ひえ、ひぎゃ、ひぎゃ!?!?
「おいで」
「なんで寄せるの!?!?
「いや、リナに寄ってるのはリナの引力のせいだからね?」
 イアンは冷静に説明する。立てた人差し指にしゅるんと人魂の一つが絡む。
「僕は魂の魔女。つまり、ここにいる魂たちは魔法の性質上、僕の制御下にあるのが普通なんだ。でも今はリナの引力が勝ってる。これはリナの訓練でもあるけど、僕の修行でもあるわけだ」
「なんでイアンの修行に私が付き合わなきゃならないのぉ!!!!
「いや、大前提、君の訓練だからだよ」
 夫婦はあり得ないとか言っていたが、仲がいいことに変わりはないな、とサラは二人を眺めていた。いい夫婦になるかはともかく、息の合い方はそんじょそこらの熟年夫婦にも負けないだろう、と思う。
 こういうのをなんて言うんだっけ、とサラは再び考えた。以前はオーグギアを使っていたから、検索サービスなどで調べれば、すぐに解消された疑問。使い慣れた便利な道具がない不安があったけれど、こうして考える時間も嫌いじゃないな、とサラは少し、楽しみ始めていた。
 そうだ、アウンノコキュウだ、と思いついて、ふと疑問が生まれる。確かに、「メオトマンザイ」も「アウンノコキュウ」も日本語の発音だ。何故自分が母国語でもない言葉を知っているのだろう?
 リナはかなりさらっとスルーしたが、これはサラのルーツ、つまり生まれに関わる問題だ。家族のことを思い出したいのなら、これについてもっと真剣に考えるべきである。
「ひぎゃあああ! 人面!!!!
「愛嬌があるって言ってなかった?」
「それはそれとしてキモイの!」
「女の子の感性ってわかんない……」
 例えば、物忘れなんかを解消するのにも使われる方法。探しているものを最後に使ったのはいつか、や、一緒に使いそうなものは今、どこにあるか、など。関連性のあることを思い出すことで、紐付けて本命の記憶を取り戻すことができる、というもの。
 リナやイアンも頑張っているのだ。自分も目的のために努力をしなければ。「日本語を知っている」という違和感を簡単に見過ごしてはならない。
「いやっ、いやあっ!?!? なんで寄ってくるの!?!?
「だから、力の制御ができてないんだって。まず落ち着いて。そんなに怖い?」
「怖くなかったらホラーじゃないでしょ」
「なんでそこは冷静な受け答えなの」
 メオトマンザイとアウンノコキュウ。こういう表現を自分はどうやって知ったのか。本やネットで知ったわけではないような気がする。
 だとすると、身近な人物に聞いたというのが一番あり得る話。――そこまで整理して、何か閃きそうな気がした。
 閃く、というか、思い出す、というか……そう、たしか。
「そもそも怖いならなんで引き寄せるの? 引き離すのも引力の魔法のうちだよね?」
「たしかに」
「お、離れた。その調子その調子」
「よ、よし……うぎゃあああ!?!?
 たしか。
「人面人魂ぁ!!!!
「ほら、なんでまた引き寄せてるの」
「イアン、厳しくない!?!?
「どんなに有用な能力でも制御できなきゃ役立たずと同じだから」
「制御できるもん!!!!
 たしか……。
 ……………………
 ……………………
 ……………………
「まじでっ、なんでこんなにキモイ人魂作れるの!?!? そんな綺麗な顔してさあ!!!!
「顔関係なくな」
「うっるさぁーーーーーい!!!!!!!!!」
「ひっぎゃあああああああ!!!!!!!!!」
 イアンの言葉を遮るように、サラの怒号が飛び、それまで沈黙を保っていた物静かな人物の怒声に驚いたリナの悲鳴が轟き――小屋を成す木材がきしきしと耳障りな音を立て、イアンから顔色が失われる。外で驚いた鳥がばさばさと派手な羽ばたきをして逃げた。動物の危機察知能力は凄まじい。
 どうにか小屋は倒壊を免れたものの、余波のためか、木々が震えさざめく音は絶えなかった。
 外がそれくらいなのだから、中で何も起こらないわけもなく。
 リナの引力魔法に頭を抱えて蹲っていたイアンが顔を上げると、すぐそこには倒れ伏す栗色の髪の少女。既に慌てた様子でリナが駆け寄っている。
 倒れたサラの脈拍や呼吸を確認し、リナはさっと顔を青ざめさせ、イアンに振り向いた。
「息してない! 脈もないよ!」
 イアンは思った。
 次のリナのセリフはこうだ。
「『どうしよう、サラが死んでる!!!!』」
 予想と全く違わぬ言葉の羅列が飛び出て、イアンは頭が痛くなってくる。
「いや、元からでしょ」
「そんな! さっきまで普通に喋って動いてたのに!!!!
「だから、サラちゃんはそもそも死体だったでしょ。息も脈もないよ」
「普通に喋って動いてたのに?」
「生きている人間が普通に喋って動いているのなら、サラちゃんはこんな青白い顔のままじゃないよ。わかりやすい説明をするなら、血液が体を巡ってないんだ。血が巡ってないから心臓も動いてないし、呼吸をする意味もないの」
 心臓は血液を全身に送り届けるために動いている。呼吸は酸素を取り込み、二酸化炭素を排出するのが主な目的だが、酸素と二酸化炭素のやりとりにも、血液の循環が必要なのだ。サラはそれが行われていないから異常なのであり、「生きていない」ことになる。
 一応、説明の理解はできたのか、リナは苦味が多分に含まれた複雑な表情をする。サラが異常だろうが、追われる存在だろうが、彼女に入れ込んだ分の情は簡単に消えてなくならない。だからこそ、「普通の人間じゃない」ことを示されると、どうにもならない感情が渦巻いてしまう。
 それはそれとして。サラがつい先程まで、普通に喋って動いていたのは事実。叫びまくりのリナを「五月蝿い」と怒鳴り付けるくらいには元気だったはずなのだ。それがどうして突然倒れたのか。
(まあ、僕は心当たりがあるけど……リナには言わない方がいい)
 イアンは微かに瞑目してから、リナを見る。
「とりあえず、ベッドに寝かせよう。リナは訓練継続ね」
「ええ? サラの看病は?」
「訓練しながらでもできるでしょ。リナが小屋を壊さなきゃ」
「う。はーい」

 

 夜明けの木漏れ日が小屋に射し込む。
 リナの訓練を一旦終了し、リナを寝かせたイアンは、サラが起きそうになければ、戸締まりを確認して、仮眠をとろうと考えていた。
 サラの肉体は「サラ」の魂があるから動いている。その見立ては最初から変わっていない。倒れたとき、魂が肉体から離れたという可能性を危惧したが、そういうことではないようだ。
 イアンは魂を「視」ることができる。サラの魂は肉体から離れていない。ただ、イアンが視られるのはそこまでだ。魂がどんな状態かまではわからない。
 故に、サラが目覚めるタイミングなんて、全くわからなかった。
 覗き込んだら、目をぱっと開くなんて、思いもしなかった。リナだったらあまりのホラー現象に叫んで、今度こそ小屋を潰したかもしれない。
 それくらい唐突に目覚めて、サラは口にした。
「――思い出した」

 

To Be Continued…

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 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
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