charm charm charm 第7章 攻防と魔法と
ホラー映画を観ていた少女・リナは魔法を使ってしまい、通報され、科学統一政府から追われていた。
逃亡の最中、森で動く死体の少女・サラと出会い、共に逃げることに。知られている神秘とは違う様子のサラの正体に近づくため、ドイツの黒い森に住む魔女イアンを訪ねることにした。
サラのことを知るために、魂の魔女・イアンの元を訪れた二人は、目的が決まるまでイアンの小屋に逗留することに。
そこでイアンが魔法で出していた人魂に、リナは絶叫してしまうのだった。
リナの絶叫により軋む小屋。そんな現状を見てイアンはリナに魔法を制御する訓練を提案する。
リナを落ち着かせるために気絶させたイアンは、「家族に会いたい」という自分の願いに疑念と戸惑いを抱くサラに語り始めた。
弟を亡くした過去を。
イアンの指導の下、リナの魔法訓練が始まるのだが、不意にサラが意識を失ってしまう。
原因不明の昏倒から目覚めたサラは、口にした。
「——思い出した」
サラの口から語られたのは、祖母が魔術師として科学統一政府に処刑されたというもの。
不可解な点が多いこの点、生前よりサラも解明したかったというのもあり、イアンはとある提案をした。
それは神秘についてのノウハウをイアンに教えた魔術師「
安曇救出作戦のため、協力者を募ったリナとイアン。
ナイ神父、
(まあ、私の顔が割れてるのは当たり前。やることは変わんないよね!)
幹部らしき女性に一瞬で見抜かれ、びっくりしたリナだったが、これはまだ想定内の出来事。そもそも指名手配されているのがリナだ。魔女狩りが専門でないとしても、知っていておかしいことはない。
有名人なのも織り込み済みで、リナは役割を請け負っている。
「まずはごちゃごちゃいる人たちに退いてもらおうかな!」
「魔女め、神秘根絶委員会で好き勝」
「えい!」
リナの投げた瓦礫が神秘根絶委員会の戦闘員に当たる。ただの手のひら大の小石にしては、鈍い音を立てた。引力の魔法を応用してついた速度や重さが、「たかが小石」では済まない威力を発揮させているのだ。
けれど、相手は統制の取れた部隊。魔女のみならず、神秘を相手にしてきた精鋭だ。この程度のハプニング、蚊に刺されたようなものである。トゥクルの槍を構え、リナに飛びかかる。
リナはその動きを見極め、身のこなしで回避しつつ、引力魔法で兵士同士を引き寄せ合わせるなどして、昏倒させていく。トゥクルの槍が味方に刺さったり、勢いよく頭同士をぶつけ合ったり。なかなか愉快な惨状が広まっていく。
そんな中、幹部の女性が鋭くてきぱきと指示を出す。
「引力魔法相手に多勢でかかるのは悪手です。この者たちの目的はおそらく投獄者の奪還。魔女アイザックにかまわず、牢の方へ向かいなさい」
アイザックは私が討ちます、と宣告し、トゥクルの槍を振るう女性。その長い黒髪をひらひらと靡かせながら、無駄のない動きでリナに接近、その喉を槍で突こうとする。
がちん、とその槍を弾くものがあった。
「さすが、噂に名高い幹部のアンジェ・キサラギさんだ。リナじゃちときついだろうな」
「……その脇差、『にっかり青江』の写しですか」
「そーそ。神秘兵装も根絶対象なんだろ? 無視できないよな?」
飄々とした様子でアンジェを煽る中国。アンジェは「ええ、そうですね」と槍を構え直す。
「討伐対象が一人増えただけです。問題ありません。他の者は牢へ」
アンジェの指示に従い、駆け出そうとする兵士たち。だが、それらを薙ぎ倒すように、リナが引力魔法を駆使した広範囲の飛び蹴りを繰り出す。
「行かせないよ!」
「く、魔女め!」
「進め、進め、かーらーの、戻れ!」
リナを討たんと突撃する兵士たちだが、リナは移動用の引き寄せる力と引き離す力を他者に作用させ、隊列を乱し、翻弄していく。
(厄介ですね。指名手配の原因はコントロールのない引力の魔法によるものですが、長年逃げ慣れているだけあって、足止めのための魔法には長けているというわけですね)
魔女狩りが手こずるわけです、と納得しつつ、中国を退けるべく槍を振るうアンジェ。焦りはない。他の幹部が牢の方に回った報告を受けている。
アンジェたちの足止めを考えた動きをしているようだが、リナの足止め技術は牢の方に向かわれても困る。つまり、こちらも足止めをし、向こうに加勢させない、という思考で行くのが最善策。
「考え事かい? 余裕だな」
横面を殴り付けるような角度でアンジェの首を狙う中国の夜霧。アンジェは槍で受け止めつつ、距離を取る。リーチの点ではアンジェ側にアドバンテージがある。が、それは相手に致命の一撃を与えられるほどのものではない。
それに、剽軽な印象のある中国だが、その体捌きはきちんと刀を「使っている」者のそれだ。たまたま手に入れたから使ってみようというノリではない。
それに、踏み込むときの迷いのなさ、剽軽さの奥に滲む強い何かをアンジェは感じ取っていた。
「やはり神秘は全て滅ぼすべきです。特に、あの魔女は危険すぎる」
「やらせないさ」
得物越しに、二人は睨み合い、同時に踏み込んだ。
◆◆◆
リナと中国の戦う部屋から、そう遠くない廊下。
「こっち」
手に入れた資料と道を照らし合わせ、サラを戦闘に牢獄へ向かっている。イアンとナイ神父を導きながら、サラは作戦を思い返す。
わざとリナが派手に壁や部屋を壊して侵入、そちらに多くが気を取られている隙に、サラたちが牢へと向かい、安曇を連れてリナたちと合流する、という流れ。
リナの補助に中国が残ったのは、イアンがこちらの補助としてナイ神父の方を選んだからだ。ナイ神父は道具を使って魔法を使うことができるらしい。それで、試したいことがある、と。
合流する都合もあるため、安曇の監禁場所とリナたちの交戦場所はそう遠くない。二、三角を曲がれば辿り着くことができた。
「ここ。鍵は」
壁にかけてある。が、サラが手を伸ばそうとしたのを、イアンが引っ張る。戸惑う間もなく、サラの眼前をかなりの速さで駆け抜けたのは
ほう、と興味深そうな声を出すナイ神父。イアンはアンクが飛んできた方に頭を巡らす。
「安曇狙いとはまた大胆なやつらだ。が、陽動に戦力を割きすぎたんじゃないか?」
現れたのは精悍な顔立ちの男性。中東人だろうか。顔を横切る傷痕がその佇まいに威厳を与えている。
「アンジェを抑えているのは、さすが指名手配魔女というべきか」
「あれは呆れていいやつです」
すっぱりと切るイアン。きっとリナがいたなら「ひど!?」と悲鳴を上げたにちがいない。ちなみに、サラもうんうんと頷いている。
まあ、アンジェを抑えているのはリナ一人の力ではないが。この男はそれも踏まえて言っているようだ。
「アンジェは神秘根絶委員会において一騎当千の最強戦力。それをたった二人で足止め。字面は無謀だが成しているのだから、その強さは認めるべきだろう。ネズミの一匹や二匹くらいは俺が請け負うさ」
「三匹ですけど?」
イアンが挑発する。サラがなんで煽るの、と言いたげな表情をしたが、イアンはどこ吹く風。男はふっとニヒルに笑う。
「戦力にもならない動くだけの死体のことを言っているのか? それとも自己紹介か? ネズミの方が頑丈そうだが」
イアンが色白で細身なことを揶揄しているのだろう。激昂する様子もなく、イアンはにこにこと穏やかな笑みを絶やさない。
「魂の魔女、イアンと申します。人のことをどうこう言うのはご勝手に。ヒョロガリ云々はアイザックからも散々言われていることですし、今更頭にくることもないですよ」
「強がりが下手だな。そういうのは怒ってるやつが言うもんだ」
「それはそうと、こちらが名乗ったんですから、そちらも名乗るのが礼儀では? 神秘根絶云々以前に僕たちは人間ですから、最低限の礼儀くらいは守られて然るべきかと」
「俺を騎士か何かと勘違いしているだろ。だがまあ、名前を知られて困ることもない」
口先三寸による言の葉の応酬。男は少し肩を竦め、にこりとも笑わぬイアンに答えた。
「俺はカシム・イブラヒム。神秘根絶委員会の幹部だ。魔女狩りはあまり気が進まないが」
「進まないのなら退いてください」
「言うじゃないか。退いて安曇が解放されるくらいなら討つさ」
いくつものアンクがふわりと浮かび上がる。イアンも軽く右手を胸元に持ってきて、臨戦態勢の気配を漂わせた。
カシムが腰からナイフを抜き放ち、首を傾げる。
「まさか、安曇がどんな神秘使いだったか、知らないわけじゃないだろう?」
「それが全然知らなかったんですよねぇ、彼」
ナイ神父が割って入る。その介入と言葉に、カシムからはすっとんきょうな声が零れた。
神秘に携わる者の間で「安曇」と聞いたら、迷わず白髪に眼鏡の
神秘があるから、人間はその力を悪用する。神秘そのものをなくしてしまえば、神秘の悪用はなくなり、神秘により引き起こされた事故や事件もなくなる。そんな思想の下、活動しているのが神秘根絶委員会だ。
神秘を世のため人のために使っていようと関係ない。汎ゆる神秘は等しく滅ぶべきである。悪しき神秘などもってのほかだ。――神秘により成してきた悪行の方が目立つ安曇を処すのは必然の理。
そんな安曇を助けようとするなど、大人しそうな顔をしてこの魔女もなかなか、と思っていたカシムに、ナイ神父の指摘は衝撃的だった。
「あはははは……先生がどんな人か全然知らなかったので、協力者募るの大変でした」
「先生? 師事してたのか? 逆によく知らないでいられたな?」
「わりとドライな関係でしたので」
アンクが漂い、イアンとナイ神父を標的に定める。
二人?
「おいで!」
カシムが気づくのと同時、イアンが叫ぶ。その声に呼応して、ひゅるひゅると白い何かが空間を覆っていく。
可視化された人魂だ。煙のように朧気な白い塊。顔はない。だが、量がある。空間を埋め尽くすほどの白い煙たち。実体はないため、息苦しさや狭さを感じることはないが……視界が奪われる。
カシムはすぐさまナイフを大きく振るい、人魂たちを薙ぎ払う。実体がないため、手応えはないが、存在しているのは確かなのだ。人魂も切られたくはないのだろう、避けていく。
少し拓けた白の合間から、黒い影が見える。見失ったのは死体の少女。黒いワンピースを着ていた記憶を頼りに捕まえる。
アンクもカシムを援護するように、その人物に狙いを定めた。
けれど、黒いのは、服だけの話ではなかった。目がすっぽり隠れるほどに深く被られた帽子も、神父として身にまとうカソックも、肌も。全てが黒く黒い。チェシャ猫のように弓なりに歪んで、にいっと出された歯の白さが際立った。
「飛んで火に入る夏の虫、ですね」
サラではないものの、一人確実に削ろうとナイフを突き出すカシム。にぃ、と笑んだナイ神父の手元には、箱があった。宝石が吊り下げられている箱。宝石を支えているのは金属でできた帯と奇妙な形をした七つの支柱だ。多面結晶体の宝石は血管のような赤い線を走らせながら、妖しく黒光りする。
「ナイ神父!」
「【属性:引力】」
イアンの声を合図に、ナイ神父が発動させたのは「魔法」だ。魔女の魔法。「引き寄せる力」が生まれ、カシムも引かれそうになる。目を見開いて、飛び退いた。
けれど、イアンが呼んだらしい魂たちは急には避けられない。引力に引かれて、また空間を白く埋め尽くす。
ふっと短く息を吐き、カシムは人魂の群れから逃れた。
その驚嘆はナイ神父の使用した宝石に向けられる。
「バカな。なぜそれがそこにある。それはこのヴァチカンの地下深くに封印されているはずだ」
「さて、なぜでしょう」
霧のように立ち込める人魂の群れの向こうから、ナイ神父の声が聞こえる。人魂に遮られて見えはしないが、変わらずにいっと口元を笑ませているのがわかる声色だ。
「どうかここはその疑問に気を取られて、見逃していただければ、それが終わる頃には答えが出るかもしれませんね」
「そうはいかない」
人魂の厄介さとナイ神父の持つ宝石の謎に、カシムは軽く舌打ちをしながら、口笛を吹く。合図にてちてちと駆け寄ってきたのはハツカネズミだ。カシムはよじ登ってきたそれに、躊躇いなくナイフを突き立てる。
血が滴り落ちるのを掬うように、風が生まれ、人魂たちを払っていく。壁にかけられた鍵は消えていた。サラの姿はない。
「人魂を可視化して視界だけを奪う。なるほど、魔法の使い方をきちんと考えているようだ」
「先生に教わっていましたからね。……生贄を使う魔術ですか」
イアンの表情が曇る。無理もない。ネズミとはいえ、生き物が殺されていい気分になる人間などそういない。魔女とはいえ健全なティーンエイジャーだ。生き物の死に悲しみを持つ感性があるようで、カシムは少し安堵する。
安曇に教示するような人間だ。人柄が壊れていてもおかしくはない。
カシムは魔女の存在、それを狩らねばならないことに、罪悪感を覚えている。魔女とは「そう生まれてしまった」だけだ。生まれただけで狩られる定めにあるというのは理不尽きわまりない。だから、快くないのだ。半分人外の血が流れており、神秘根絶を達成するのに自分の命すら睹すことを決めているアンジェとは違って。
だから、普通の人間らしさを見られたことに安堵する。本当は殺すべき相手ではない、カシムの心の中に燻る罪悪感を正常なものとできるから。
それで剣を鈍らせることはしないが。
カシムは顔を翳らせるイアンに刹那の間で肉薄、鳩尾に拳を叩き込む。違和感のある手応え。緊張感のないふにゃりとした感触を一瞥すると、そこには形を持った人魂が一つ。可視化だけでなく、実体化もできるらしい。
ならば、と回し蹴りをする。人魂を実体化しようとするイアンだったが、カシムの蹴りの方が速く、強かに横面を蹴り飛ばされてしまう。可視化より難易度が高いのか。ラグがあるとわかれば、速度で追い立てるのみ。
どう見ても十六歳ではないが魔法を使えるナイ神父がいることも頭に入れつつ、と思ったがいない。
死体の少女と違って体温があるため、気配はわかる。牢の方へ向かったか。
なら、とイアンに攻撃しながら床を引っ掻き、ハツカネズミを呼ぶ。人懐こく、賢く、警戒心の薄いハツカネズミは、生贄として訓練するにはうってつけの小動物である。
カシムがネズミにナイフを突き立てるのに、思わず手を伸ばすイアン。その手を捕まえ、地に伏させながら、カシムは黒魔術により、黒い雷光を呼び出す。
生贄を媒介に展開された魔法陣はネズミの死体と牢の方に浮かび上がり、バチバチッと激しく火花を散らす。
「うっ」
少女の呻き声がした。死体でも痛覚はあるのだろうか、と明後日のことを考えかけたところで、轟音。
牢の壁が出入り口もろとも崩れた。引力の魔法か、とカシムは目を眇める。安曇を逃がしてはいけない。牢の方へ駆け出すカシム。「おいで」と微かな声がした。
漂い始める白い人魂。視界を覆うほどでない代わり、実体化されたものも含まれているようだ。
ハツカネズミをもう一匹。黒魔術でイアンを捕縛、抵抗できなくしようとナイフを立てようとしたが、カシムが殺すより先に、ハツカネズミはぐったりと動かなくなっていた。
……死んでいる?
「生贄は『生きている』からこそ、贄としての価値がある、ですよね?」
制止してしまったカシムに、イアンは短く告げた。
「魂を抜きました。そうしたら、生き物は死ぬので」
ふつり。
カシムの中から、イアンへの同情や憐れみが急速に冷めていくのがわかった。魔女の存在に思うところがあるのは変わらないが、こいつは。
魂の魔女は、許してはならない。
「魂を抜く、か。魔女とはよく言ったものだな。人畜無害そうな顔をして、正体を現したと言えるほどのおぞましいことをする」
カシムはイアンへつかつかと歩み寄った。立ち上がろうとしたイアンの頭を乱雑に掴み、地面に叩きつける。そのままナイフをイアンに突き立てようと振り上げた。
「よそ見する余裕があるとは、さすが神秘根絶委員会の幹部様。安曇さんのことはよかったのですか?」
悠然と、大袈裟なまでに余裕を見せ、ナイ神父が牢の方から姿を現す。その後ろには白髪の日本人――今回、彼らが救出対象としている安曇の姿があった。
「私はもう
「イアン!」
カシムの神経をわざわざ逆撫でするように選り抜かれた言葉。カシムを振り向かせるには至らなかったが、少し動きを鈍らせることが叶う。
それを見計らい、よたよたと覚束ない足取りだが、サラがカシムに飛びつく。体術もへったくれもないただの突撃。結果カシムを押し倒し、イアンの上にべしゃあ、と広がることになった。
だが、それでいいのだ。
ナイ神父の持つ箱の中の宝石が、妖しく輝き、起動する。【属性:引力】――リナのそれに匹敵する引き寄せる力で、壁を、部屋を、倒壊させていく。
ただ、リナと違い、「自分が潰れないように、引き離す力で瓦礫を寄せない」という芸当はできないため、崩れた瓦礫は無差別に降り注ぐ。
ナイ神父の背後から、安曇が神父の使う宝石を覗き込み、思案するように呟く。
「ゲートの魔石? まさかこの場所で見ることになるとは、因果なものですね。しかしどこで手に入れたのやら」
そんな独り言に気を配る余裕はなかったが、カシムはナイ神父の駆使する「魔法」が元となる魔女ほどではないと理解し、敢えてサラを振り払わなかった。
サラは瓦礫を受ける肉壁となっているのだ。イアンを庇うつもりだったのだろう。痛みを感じるはずなのに、自分は死体だから、と。健気なことだ。
が、瓦礫もほどなくして降り注がなくなる。物音がなくなったのを感知し、カシムはサラをはね除けた。
「こうなるのですか」
少し呆れの滲むアンジェの声。
どうやら、ナイ神父とリナが互いの魔法を感知し――派手な音がするのでわかったのだろう――タイミングを合わせて、引力魔法を展開したようだ。相乗効果で牢からアンジェたちが戦っていた部屋までが吹き抜ける。
ナイ神父が伴う安曇の姿を一瞥するアンジェに、カシムが謝罪を述べた。
「面目ない」
「いえ。安曇以外は殺す方向で」
「わかった。あの魂の魔女を請け負おう」
アンジェとカシムが短く言葉を交わす。
「まずは一人」
サラの前にアンジェが移動した。断罪者然とした佇まいでトゥクルの槍を振り下ろす。が、槍は明後日の方向に飛んでいった。
「サラは殺させない!」
引力でリナが引き寄せたらしい。トゥクルの槍を手にしたことになんだか複雑な面持ちをしつつも、リナはアンジェに迫った。
「殺させない? 死んでいるでしょう、彼女は。死者は眠らせるべきです」
「それはそうだけど、未練は晴らしてあげなきゃ! そういうの蔑ろにするの、良くないと思う!」
「今時珍しい神秘に寄った考えですね」
「ホラー映画が好きなもので!」
槍の扱いに困りつつ、リナは移動の引力でアンジェに一直線。直線的な動きしかできない代わり、速度と勢いが凄まじい。アンジェは半身でかわす。
「ホラー映画がハッピーエンドにならないのって、死者や人でないものの想いを人が汲まないからだと思うな。とてもナンセンス。あれは創作物だからいいけど、現実でナンセンスはよくないよ、絶対」
「……」
閉口するアンジェ。呆れたのかもしれない。
「ナンセンスなのはお前だろうが」
「ぴ!?」
飛来したアンクが、リナに光線を放つ。直線的な動きしかしないとわかっているのなら、リナはいい的でしかない。
が、人魂がまた空間を埋めようとする。
「こっちが先か」
「イアン、なかなか男前になってるじゃねえか」
イアンに振り向き、ナイフを繰り出すカシムを中国の夜霧が弾く。そこから激しい切り合いが始まった。
男前、と言われるほどにわかりやすくぼろぼろのイアンはカシムから距離を取り、カシムの指示か、侵入者を足止めすべく、足元をチョロチョロと動き回るハツカネズミから魂を抜く。
ふむ、と助け出された安曇が興味深そうに目を細める。
(魂を抜く。どういった心境の変化でしょうか)
禁忌に触れるのを怖がる子だったのに、と。
白い光を集め、刀の形に形成したものを握り、リナを追うアンジェ。リナはまともにやりあわず、逃げに徹する。
ナイ神父がアンジェに引力魔法をかけ、妨害をしてくれるため、リナは逃げ回ることができていた。槍術のみならず、武術の一つも覚えのないリナ。覚えがないながらも魔法を乗せて槍を振り、壁に叩きつける。ぴし、と亀裂が走った。
一つ一つは大した大きさではないが、既に大々的な引力魔法などで部屋、壁、廊下が倒壊させられている。これ以上、破壊行為を許すわけにはいかない。
(魔法には効きづらいですが、効かないわけではありません)
白い光の太刀を構え、リナに接近するアンジェ。リナは破壊にリソースを割くため、スピードを落としていた。
ナイ神父も魔法を使うようだが、リナほどの精度はない。まず討つのなら、本家本元だ。
アンジェが己の一ツ太刀を振るう。リナは慣れない槍を上手く振るうこともできず、死の恐怖に晒された。
そう、恐怖。
「ひっぎゃあああああああっ!!」
それはリナの最大の欠点であり、最高威力の武器だった。
コントロールのない引力魔法が「引き離す力」で命の危険を吹き飛ばす。手加減などあるはずのない魔法は、アンジェだけでなく、カシムも、カシムと交戦中だった中国やイアンも吹き飛ばす。
悲鳴のせいで締まりがないが、ご愛嬌だろう。ちゃっかり引力魔法でリナの力を相殺していたナイ神父とそのそばにいた安曇だけが無事だ。
みし、と壁が軋む。崩壊はしなかったが、時間の問題だ。咄嗟の一撃だったが、あと一押しで、物理的にも道が拓けそう、と思ったが。
「あ、魔法が途切れた!?」
リナの魔法とナイ神父が発動していた魔法が途切れ、崩壊が止まる。イアンが呼んだ人魂も霧消していた。
少年が一人、入ってくる。聖職者らしい白を基調とした装いの似合う、清廉な面差し。リナたちと同じくらいの年齢だろうか。一見では性別を断定しづらい独特の雰囲気が漂う。
ただ一言。
「魔女狩りを始めましょう」
険しい光を宿し、異端審問官マシューがそう告げた。
To Be Continued…
第8章へ!a>
AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
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神秘について知りたいと思ったなら、この作品がうってつけです。
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是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。
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