charm charm charm 第5章 日本語と魔術師と
ホラー映画を観ていた少女・リナは魔法を使ってしまい、通報され、科学統一政府から追われていた。
逃亡の最中、森で動く死体の少女・サラと出会い、共に逃げることに。知られている神秘とは違う様子のサラの正体に近づくため、ドイツの黒い森に住む魔女イアンを訪ねることにした。
サラのことを知るために、魂の魔女・イアンの元を訪れた二人は、目的が決まるまでイアンの小屋に逗留することに。
そこでイアンが魔法で出していた人魂に、リナは絶叫してしまうのだった。
リナの絶叫により軋む小屋。そんな現状を見てイアンはリナに魔法を制御する訓練を提案する。
リナを落ち着かせるために気絶させたイアンは、「家族に会いたい」という自分の願いに疑念と戸惑いを抱くサラに語り始めた。
弟を亡くした過去を。
イアンの指導の下、リナの魔法訓練が始まるのだが、不意にサラが意識を失ってしまう。
原因不明の昏倒から目覚めたサラは、口にした。
「——思い出した」
「思い出した」
「な、なにを」
突然起き上がったサラにもびっくりしたが、全ての記憶がぼんやりとした様子だったところからの「思い出した」という明瞭な一言に、イアンの眠気は吹き飛ぶ。
反射的に放たれたイアンの問いに、サラはすっとイアンの目を見た。死者の目が開かれているだけなので、瞳孔が開き気味だが、深い青の眼差しが、しっかりとイアンを見つめる。輪郭を捉えているような確信のこもった眼差しは、背筋を正したくなるほど、凛と透き通っていた。
「家族のこと。なんで日本語知ってたのかとか。……魔術師のこと、とか」
「え」
耳を疑う。今「魔術師」と言ったか? 科学統一政府により、神秘が駆逐された時代、「魔術師」なんて用語の意味はおとぎ話の登場人物程度の認知しかないだろうに。サラの言い様はどう考えても、「神秘」に属する「魔術師」という存在を知っているようにしか思えない。
事実、倒れる前のサラは「魔法使いはおとぎ話に出てくる人物」という認識だったはず。「思い出した」と言っているが、肉体と同一の魂じゃない可能性も踏まえ、この子は一体何者なんだ? イアンの中に、疑問ばかりが募っていく。
サラは勢いのまま、イアンに語るべく、小さく息を吸った。
が。
「だぁかぁらあ~、金魚は金色じゃないってばあ~」
前後関係を測れる要素が全くない、意味不明の寝言が、穏やかな小鳥の囀りを受けながら、サラとイアンの前を横切っていく。もちろん、寝言を言ったのはリナだ。
チベットスナギツネのような顔になったサラが、並べた椅子の上で寝るリナの顔を覗き込む。リナは年頃の女の子にあるまじき鼻ちょうちんに涎を垂らしただらしない表情で眠っていた。
実はリナ、二〇三二年のティーンではなく、一九七〇年くらいのカートゥーンアニメのキャラクターなのでは、というくらい、絵面がユーモアに溢れている。
「……鼻ちょうちんなんて、今時日本のマンガでも見なくない?」
「そうだね。まあでもリナはこういう子だよ」
「鼻ちょうちんって、割れば起きるんだよね?」
イアンがサラの言葉をいまいち理解できないでいると、サラは返事を待つことなく、えい、とリナの鼻ちょうちんを突いた。
「へっくしょい! ……うう、なんだか鼻がむずむずするよぉ……」
毛布にくるまり、重たげな瞼を持ち上げつつ、話の輪に加わったリナ。案の定というか、サラの想定通り、鼻ちょうちんを割られたことで目覚めたので、イアンが「まじか」と呆気にとられたのは内緒である。
それはさておき。まだ眠い中、リナがちゃんと起きたのは、サラの記憶が戻った、と聞いたからだ。
リナは、これでも一応、サラを無理矢理連れてきた自覚があるので、一緒に旅をしたいけれど、サラの望みがあるなら、それも重んじようとは思っていた。
家族に会いたい、というサラの気持ちは、リナには痛いほどよくわかる。リナは、幼い頃に家族をなくしているから。
「まず、わたしの名前はサラ・ノイアー。年齢は思い出せないけど、たぶん、リナたちと同じくらいだと思う。お母さんが、ホットチョコレートにダークラム入れてくれたことあるから」
「え、いいなあ!? 私は保護者いないから、まだお酒飲めたことないよ。遠慮なしに飲めるのは、二年先かなぁ」
ドイツでは、保護者同伴なら、十四歳から飲酒は許されている。といっても、アルコール度数の低いもので、アルコールを入れたホットドリンクくらいだが。ホットチョコレートにダークラムは定番だが、香る程度だろう。それでも、酒を入れてから、アルコールを飛ばす工程を経ているわけではないので、飲酒扱いにはなる。
ドイツでは、少し早くから飲酒が許されるが、その分取り締まりは昔から厳しい。ちょっとくらいバレないから飲め飲め、があり得ない程度には。
故に、一口に酒を飲んだといっても、飲むことが許されている酒の程度で年齢を推測することはできる。保護者同伴で、フレーバー程度の酒が許されたのなら、サラの元々の年齢は十四歳から十六歳くらいとみていいだろう。
もう少し上の可能性もあるが、もう少し確証が得られる情報があるらしい。
「妹が二人いた。三姉妹の長女だったの。あんまり年は離れてなくて、ホットチョコレートにラム入れてもらったとき、妹が『お姉ちゃんいいなあ』って眺めてた。そのとき、あと二年したらねって妹に声かけたと思う」
「結構細かいこと、思い出したんだね」
イアンが関心した様子で、顎に手を当てていた。サラはちょっと苦笑いし、明確な時期はわからないけどね、と付け足す。
「たぶん、最近の記憶だと思う。自分の姿が、この体と同じなのかは確認できなかったけど、手の大きさは、おんなじくらいだった」
サラが自分の手を見下ろし、確かめるように、ぐーぱーと握っては開く。
サラの体となっている肉体。茶髪の少女は、見た目からして、リナやイアンと同年代くらいに見える。
特に違和感なく過ごしていたが、自分の体でないかもしれない肉体を違和感なく動かすことができている、ということは、サラの元の体と全体的なサイズは同じなのだろう。それがサラ自身の肉体であるという確証には……残念ながらならないが。
違うかもしれない、ということを忘れていなかっただけ、サラはちゃんとしている。なんだかちゃんとしすぎていて、怖いな、ともイアンは思ったが、現実を受け入れられなくて癇癪を起こされるよりはずっといい。
というか、「ちゃんとしている」の比較対象がリナなので、深く考えるのをやめた。
リナはかなりがっつり当事者の割にお気楽で楽天的で行き当たりばったりなところがあるので、イアンは度々、「先生」から教わった「極楽蜻蛉」というのを思い出す。これほどリナに似合う言葉もない。
イアンの苦々しい思考回路をよそに、サラは続けていく。
「お父さんとお母さんがいて、男兄弟はいなかったけど……普通の一般的な家庭だった。おじいちゃんとおばあちゃんも一緒に暮らしててね、おじいちゃんは、わたしも妹もちっちゃいうちに亡くなったんだけど、おばあちゃんは長生きだったんだ」
「へえ、大家族じゃん! 賑やかそうでいいね」
兄弟もなく、両親と三人暮らしだったリナがどこか羨ましそうな顔をする。大家族というのは一般の認識だと、十人以上の血縁で一緒に暮らしていることを指すのだが、核家族世帯だったリナからすると、親兄弟に加え、祖父母も一緒というだけで、大家族に映るようだ。
サラはにこやかに続ける。
「うん、妹たちとは仲良く三人で、両親も交えておままごとをすることもあったし、そこにおばあちゃんが加わってくれることもあった。
おばあちゃんはね、すごくたくさんのことを知っていて、本屋さんの絵本とか、オーグギアで調べてもすぐには出てこないようなことを、教えてくれて、とても楽しかった。おばあちゃんすごいって思ってたし、わたしも、妹たちもおばあちゃんが大好きで、おばあちゃんのこと、自慢に思っていたの」
メオトマンザイとか、アウンノコキュウとか、日本語を教えてくれたのも、おばあちゃんだったんだ、とサラは自慢気に語る。サラの祖母には、日本人の友人がいたらしい。
だが、徐々に、祖母の話をするサラの表情が翳っていく。
「でもね、おばあちゃんは死んじゃったの。わたしは、死に目に会えなかった。……おばあちゃんは、処刑されたの。魔術師として」
リナがえ、と声を上げる。昨日話した段階でサラは、神秘使いとしての「魔術師」なんて用語は初めて聞いた様子で、おとぎ話の存在としか思っていなかったはずなのに、家族が魔術師だったというのは驚きだ。
いくら記憶喪失しているとはいえ、血の繋がりのある家族のそんな重要なことを忘れてしまうものなのだろうか、と感じたが、それをサラに指摘するのは酷だろう。家族のことを思い出せなくて不安がっていた姿を思い出す。忘れたくて忘れたわけではないだろう。
イアンも、魔法や神秘について教えてくれた「先生」が科学統一政府に捕まっている。他人事とは思えなかったため、少し眉根を寄せる。声を低くして問いかけた。
「どんな魔術師だったの?」
「知らない。魔術師だったなんて、お父さんたちも寝耳に水だったって。少なくとも、わたしたちはおばあちゃんが魔術? を使うところや、そういうことに関する文献を持ってる、とかは見たことがない」
サラの言葉に、リナもイアンも怪訝な表情を浮かべ、顔を見合わせる。
「根拠もないのに、連行なんてできるもん? ましてや、処刑なんて」
「最初は、参考人って言われたの。聴取が終わったらすぐ帰ってくるって言ってたのに……おばあちゃん、全然帰ってこなくて、お母さんが問い合わせても、『聴取が長引いてる』っていうだけで……それで、三ヶ月くらいかな。おばあちゃんが死んだって……」
「そんな、わけもわからないまま、処刑されちゃったの? おばあちゃんは何か残していかなかったの?」
「わたしの記憶の限りだと、何も」
サラの失意を慮って、リナは寄り添うように手を握ったが、サラは決然と顔を上げていた。
「でも、わたしもお酒を飲む許可が降りるくらいの年になって、できることが増えた。おばあちゃんが死んだときは、調べるにしても、何を調べたらいいかわからなかったし、どうやって調べたらいいかの選択肢も少なかった。できることが増えて、目処も立ったから、おばあちゃんの死の真相について、調べようとしてたの」
決然と、はきはきとした様子で考えを語るサラの様子に、リナは息を飲み、イアンは関心を寄せていた。厳密に何年前の出来事、というのはまだ思い出せていないのか、語られていない。けれども、サラはしっかり前を向いている。
立ち直りが早くて、決断力のある子なのだな、と思うと、イアンは少し苦味を帯びた表情になる。十年以上も弟の死を引きずっている自分とは大違いだ、と自嘲した。
「それ以上のことは思い出せない。忘れたっていうより、そこから先の記憶がないんだと思う。そういう決断をした矢先に……死んだのかな、たぶん」
サラの顔も苦々しく歪む。悔しいけれど、どうしようもないもどかしさが宿るその面はとても、もう血の通っていない人間とは思えなかった。
「なんで死んだかは覚えてないの?」
「うん。事故か病気かもわからない」
「殺された……とかは?」
イアンの言葉に、リナが勢いよく「それだ!」というが、サラは「ないよ」と冷めた声で言った。
「この体とわたしが同一人物って確証があるなら、遺棄されてるし、殺人一択だろうけど、違うかもしれないし。何より、わたし、人に殺される心当たりがないよ」
普通は誰だって殺される心当たりはない。
「で、でも、ほら! 科学統一政府がおばあさんのみならずサラまでとか」
「いや、魔女なら無差別に狩るけど、サラちゃんは魔女じゃないし、何も知らなかったんだから、さすがにそこまで横暴なことはしないよ。いくら科学統一政府でも」
敵対しているとはいえ、科学統一政府を何だと思っているのだろう、とイアンはリナから若干距離を置く。
「おばあさんと関わりのあったヤヴァイ人物が口封じに!!」
「はいはい、映画の観すぎ。何も知らない人を殺したところで口封じにはならないからね」
「真実を探ろうとする者は闇に
「はいはい、終わり終わり」
「あまりにも適当!!」
「適当ならいいじゃない。適当って『ちょうどいい』って意味だもの」
屁理屈! と反論するリナを遮るように、それに、とイアンは続け、何やら小さいケースを取り出す。まだ成人していないため、リナにもサラにも見慣れないものであるそれはどうやら名刺入れのようだった。
「おばあさんが連行されたの、最初は参考人としての聴取だったんだよね? それなら、おばあさんは魔術師だと思われてたんじゃなくて、おばあさんの知り合いに魔術師がいた可能性もある。例えば、日本人のご友人さんがそうだった、とかね」
イアンはわりと枚数のある名刺の中から、漢字の使用されている一枚を選び、サラに手渡す。
「それで、もしかして、なんだけど……『安曇』って名前に、聞き覚えはない?」
「アズミ?」
サラは渡された名刺を受け取り、文字を見る。漢字というのは生まれは中国のあたりだが、日本に渡ってからは独自の進化を遂げ、ひらがなやカタカナの元になったという話がそこそこに有名だ。日本語は言葉もそうだが、文字も種類があるので難解なことが多く、「日本語が使いこなせる」だけで、かなりの知識人、文化人と思われるほどの代物である。
祖母が日本人の友人からもらったという本を見かけたことはあるが、サラは日本語が読めるというわけではなかった。
そういうことも想定してか、名刺には「AZUMI」というアルファベットもあった。名刺だから、名前の読みくらいは書いてあるのだろう。
「アズミっていう人は、聞いたことない。でも、この文字は見覚えある」
サラは「安」の文字を示した。読めはしなくとも、画数の少ない文字の形なら、覚えられたのだろう。日本人の知り合いがいた、というのは確かなようだ。
「他の文字とかは見たことある? 図形とかでもいいけど」
「うーん……あ、こういう星って、ゴボウセイっていうことあるんだよね?」
名刺に大きく印字してあった一筆書きで書いた星の図形を示して、サラは言った。イアンの眉が跳ねる。
「ゴボウセイ? これも日本語?」
「うん。それに、五芒星は魔術的な意味合いの強い図形の一つだよ。魔術とか神秘について詳しくない一般人が見たら、普通はただ『星』って呼ぶはずなんだ」
それに、
他にも、サラの話には、不可解な点や不自然な点がいくつかある。それらを紐解いていくために、イアンは提案を持ちかけた。
「僕の魔術の先生、安曇さんに会ってみないかい?」
「でも、捕まってるんでしょ? 科学統一政府に。おばあちゃんにも会えなかったんだから、その先生に会うのも難しいんじゃない?」
サラの懸念は当然のものだ。魔女狩りの徹底はもちろんのこと、科学統一政府は魔女以外の「神秘」についても根絶を目指している。魔術師を捕まえ、処刑するのもその一環だ。
イアンに神秘について教えた「安曇」という人物は当然魔術師。魔術師なら、サラの祖母と同じく処刑されてしまってもおかしくない。まだ処刑されていないのは何故かわからないが、それも時間の問題だ。
処刑される罪人は、身内との面会も叶わない。それなら、見ず知らずのサラが会えようはずもない。……なんて懸念は、イアンとて予想済みのこと。
本命の提案はここからだ。
「そうだね。だから、会いに行こう。僕たちで捕らえられた安曇先生を助けるんだ」
To Be Continued…
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AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
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作中で『
AWs共通世界観における神秘と呼ばれる現象の一種です。
神秘について知りたいと思ったなら、この作品がうってつけです。
そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。
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