常夏の島に響け勝利の打杭 第3章
分冊版インデックス
「Nileロボットアーツコンテスト」の監視のためにハワイに訪れていた
大会当日、匠海が試合を監視していると、決勝戦でアンソニーの操るロボットが〝裂け目〟を作り瞬間移動を始める。
その〝裂け目〟が突然大きく広がり、向こう側から管理帝国を名乗るロボットが現れ、人々を襲い始める。
空が作った〝裂け目〟からハワイ島に逃れた三人は管理帝国の宣戦布告を聞き、侵略を阻止しなければ、と考える。
その作戦の一環として、アンソニーが趣味で開発していた全高6メートルの大型ロボットが役に立つのではないか、という話になり、一同はロボットのもとに移動、匠海がその改修を開始する。
アンソニーのロボットの改修が終わったタイミングで、空が傭兵「砂上のハウンド団」を連れて戻ってくる。
匠海がウィンドウを操作し、データを展開する様を眺めながら、アンソニーは「すごい魔術師に協力することになるんだな」と噛み締めた。
「今回の最終目標は空が〝裂け目〟を閉じること。そのためには空が〝裂け目〟に一定時間触れている必要があるが、その間の空は無防備だ」
匠海がハワイコンベンションセンターの見取り図と、そこに展開された大型の〝裂け目〟の位置を表示させながら作戦の概要を説明する。
「あんたらを雇わなければこちらの戦力は俺とアンソニー、そして空だけ。俺とアンソニーはアンソニーが作ったロボットにタンデムすることになるが、多分それより空単体の方が圧倒的に強い。俺たちにとっての最大戦力が〝裂け目〟を閉じるキーパーソンとなるわけだから俺たちだけだとどれだけ不利かは分かると思う」
「こちらの世界ではコマンドギア――お前たちの言うロボギアが存在しないようだからな。平和なのはいいことだ、とは思うがこんな事態になればあっという間に瓦解してしまうんだな」
アレックスが呟く。
「で、少しでも戦力を増強したい、と空が俺たちを雇った、というわけか。任せろ、先にも言った通り管理帝国の『ノーマル』は俺たちの敵ではない」
「……うん、これダメなやつだ……」
アレックスの横でヘルが呟き、それにいささかの不安を覚えた匠海だが、純粋に戦力が増えていることは事実なので聞き流すことにしておく。
「とにかく、あんたたちが来てくれたおかげで管理帝国と対等に渡り合う戦力は手に入れた。あんたたちには管理帝国のロボギアと四足歩行の雑魚を蹴散らしてもらいたい」
「お前たちは?」
アレックスが匠海を見る。
匠海の側にもロボットがあるが、コマンドギアのように自由自在には動かないということは匠海から聞いている。それでもアンソニーとタンデムすると言っているのだからロボットに乗って参戦することは確定だろうが、作戦行動としては別の動きをするということだろう。
ああ、と匠海が頷く。
「俺たちはできても降りかかった火の粉を払うので精一杯だ。だが、俺には最強の武器がある」
「……ハッキングか?」
先ほど、匠海のハッキングを目の当たりにしたヘルが確認する。
そうだ、と匠海は頷いて次のスライドを展開した。
「さっきレイとこの指揮車間の回線に割り込んだことと、レイにとって管理帝国のロボギアが旧式という話で確信した。一応確認しておくが空、管理帝国のロボギアと四足歩行のやつは量子通信は使えないという認識で合っているな?」
モニターには管理帝国のコマンドギアと四足歩行ロボットのワイヤーフレーム画像が表示されている。
それを見ながら質問してきた匠海に、空は「そうだね」と頷いた。
「管理帝国のロボットは量子コンピュータじゃなくてノイマン式コンピュータを搭載してる。この指揮車に搭載されているコンピュータもノイマン式で、それをハッキングした匠海ならもう気付いているんじゃない?」
「ああ、今回巻き込まれたのが俺でよかったな」
聞き手によっては自意識過剰にも聞こえる匠海の発言。
だが、アンソニーは何故か頼もしさを覚えた。
ユグドラシル最強のカウンターハッカーなら管理帝国のロボットたちをハッキングしてしまえばこちらのものだ、と理解し、匠海を見る。
ところが、匠海はそんなアンソニーの期待に満ちた顔に顔をしかめることで返答する。
「アンソニー、お前、俺がユグ鯖最強のハッカーだから余裕だ、と思ってるだろ」
ずばり、言い当てられアンソニーが目を白黒させる。
「それな、半分間違ってるから」
「え」
アンソニーが思わず声を上げる。
ユグドラシル最強だから管理帝国のロボットに対しても余裕なのでは、と考えるアンソニーに、匠海は違うな、と説明した。
「巻き込まれたのが俺でよかった、というのはこの場にいたのが俺じゃなくてそんじょそこらのカウンターハッカーだったら手も足も出なかった、ということだ」
「どういうことだよ」
話が飲み込めず、アンソニーが首をかしげる。
匠海がアンソニーの目の前に一枚のウィンドウを送り込む。
「ハッキングは大きく分けて二つある。オーグギアを使ったARハックと、ノイマン式コンピュータを使った
アンソニーの目の前のウインドウに量子コンピュータとノイマン式コンピュータの比較図が現れる。
「オールドハックはノイマン式コンピュータを使った昔ながらのコマンド式ハッキングだが、実はこのハッキングができる人間ってのが限られていてな……
「マジで」
ロボットのシステム構築も今ではコマンドをブロック状にしたパーツを積み上げるビジュアルプログラミングがメインである。キーボードで言語を打ち込む昔ながらのプログラミングの存在はアンソニーも知っていたが、ハッキングに明るくないアンソニーはハッキングにもそんな種類分けがされていたとは全く知らなかった。
それでも、電子工作で多少はプログラミングをかじっているアンソニーには何となく理解できた。
匠海がこの指揮車のシステムに侵入したのも、管理帝国のロボットに対して行おうとしていることも並の魔術師にはできない、オールドハックである、ということに。
同時に、匠海がオールドハックを行う魔法使いである、という事実と、この事態に対応できる魔法使いがこの場にいる、という偶然に驚愕する。
匠海が「巻き込まれたのが俺でよかった」という意味をようやく理解する。
匠海もただ自分が腕のいいハッカーだからよかったと言ったのではない。ノイマン式コンピュータに対応できる数少ない魔法使いだからよかったと言ったのだと。
「とにかく、管理帝国のロボットたちがノイマン式コンピュータを積んでいるなら俺の出番だ。俺がハッキングして動きを止める。OSを破壊するまで徹底的にやっておきたいがそれには時間がかかるから何段階かの足止めからの完全停止、それまでの時間稼ぎと敵勢力の排除をアレックスに頼みたい」
「え、じゃあ俺のロボット改修した意味は」
匠海の作戦だと管理帝国のロボットたちは全てアレックスに任せて自分たちは離れたところからハッキングを行えばいい。わざわざロボットに乗って戦場に出る必要もないように思えるが。
意味はあるぞ、と匠海が続ける。
「アレックスに対応してもらうと言ってもそれには限度がある。俺たちは空のサポートとして空を攻撃しようとする奴を排除する」
アレックスが大半を引き付けてくれるならこちらに来る数は少ないだろうし、それならアンソニーのロボットでもある程度は対応できるはずだ、と言う匠海に、アンソニーはなるほどとうなずいた。
それならタンデムという提案も頷ける。
アンソニーがメインパイロットとして操縦し、匠海がそれをサポートしながらハッキングを行う、確かに一番確実な方法だろう。
「まとめると、アレックスが陽動及びメイン戦力で、海岸から上陸した風を装ってオアフ島の外縁部、どこかのビーチから敵ロボギアを攻撃、注意を惹きつけてくれ、その間に俺たちは空の〝裂け目〟でハワイコンベンションセンター内部に突入。空が〝裂け目〟を閉じている間の露払いはアンソニーが、俺がハッキングで敵の無力化を図る、という作戦だが、戦闘のプロとして『砂上のハウンド団』はどう思う?」
そう言って匠海がアレックスとヘルを見る。
二人は顔を見合わせ、「そうだな」と頷いた。
「作戦としてははっきり言ってただの概要だろとしか言えないが、戦力を考えるとこれくらい大雑把でないと不測の事態に対応できない。まぁ、悪くないんじゃないか?」
ヘルが率直な感想を述べる。アレックスもそれに頷く。
「あとは敵の戦力的なものがもう少し分かればいいが、それは現地に行って確認すればいいか」
「流石にハッキングで全体の配置を確認するには数が多いからな……それに、そっちの装備の方が索敵には向いているだろう」
匠海も自分のハッキング能力の限界くらいは心得ている。十人や二十人程度のオーグギアを把握するなら朝飯前だが、現場と、その後ニュースで見た〝裂け目〟周辺の敵の数はそれどころではない。その全ての反応をレーダーに投影するのは流石に無理があるし、第一それはアレックスのレイACのレーダーがなんとかしてくれるだろう。
そう考えると匠海にできるのは広範囲に無差別でウィルスをばらまくことだけ、そうするとレイACも巻き込まれるので事前に対策を施しておく、という程度である。
それでも何も考えていないよりははるかにマシ、と「砂上のハウンド団」は判断したようだ。
「細かいことは現地で打ち合わせしよう。空、現地まで連れて行ってくれるか?」
ヘルが空に言うと、空は「ちょっと待って」と匠海とアンソニーを見た。
空と目が合った匠海は、何故かぞっとするような不安を覚える。
いや、作戦失敗の恐怖ではない。この際作戦が失敗して死ぬことになろうが、匠海にとっては和美のもとに逝けるだけなので大した問題ではない。確かにこの世界が管理帝国に支配されるのは許しがたいことだがやれるだけのことをして負けたのなら仕方ない、とも思う。
だが、匠海が感じた不安はそんなものではなかった。こう、もっと途轍もない、空が何かしらとんでもないことを企んでいるのではないかという、そんな不安。
ハッカーとしての勘が逃げろと叫ぶレベルで匠海は嫌な予感を覚えていた。
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