縦書き
行開け
マーカー

常夏の島に響け勝利の打杭 第3章

分冊版インデックス

3-1 3-2 3-3 3-4

 


 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 「Nileロボットアーツコンテスト」の監視のためにハワイに訪れていた匠海たくみは前日の観光でからと名乗る女性と出会う。
 大会当日、匠海が試合を監視していると、決勝戦でアンソニーの操るロボットが〝裂け目〟を作り瞬間移動を始める。
 その〝裂け目〟が突然大きく広がり、向こう側から管理帝国を名乗るロボットが現れ、人々を襲い始める。
 空が作った〝裂け目〟からハワイ島に逃れた三人は管理帝国の宣戦布告を聞き、侵略を阻止しなければ、と考える。
 その作戦の一環として、アンソニーが趣味で開発していた全高6メートルの大型ロボットが役に立つのではないか、という話になり、一同はロボットのもとに移動、匠海がその改修を開始する。

 

アンソニーのロボットの改修が終わったタイミングで、空が傭兵「砂上のハウンド団」を連れて戻ってくる。

 

作戦を打ち合わせる一同。「砂上のハウンド団」が敵を引き付けている間に空が〝裂け目〟を閉じるという匠海の作戦に、一同は同意する。

 

 
 

 

 匠海とアンソニーを見た空が「ふむ」と低く呟く。
「なるほどなるほど……このサイズなら……」
「このサイズ?」
 空の発言にアンソニーも違和感を覚えたのか不安そうに匠海を見る。
 匠海がうん、と小さく頷いた。
「逃げるなら今だぞ」
「なんか、そんな気がする」
 逃げてはいけない状況なのに、逃げ出したい。
 敵と戦うのが怖いわけではないのに、今この場にいたくない。
 そんな二律背反に二人が戸惑っていると、空は空中を切り裂いて〝裂け目〟を作り、そこから何かを取り出した。
「はい、お着替えたーいむ!」
『やっぱりぃ!!!!』
 匠海とアンソニーの声が重なった。
 空が取り出したのは二着の衣装。アレックスが着ているのと同じような、ダイバースーツのようなもの。
 ロボットアニメでよく見かけるパイロットスーツだと認識したのは匠海が先だった。
 伊達にアンソニーより長く生きて、魔術師仲間からロボットアニメの手ほどきを受けている、と自慢するどころではない。
 はっきり言って嫌だ。確かに動きやすいだろうとは思うが体のラインが出てしまう。それに匠海はもう三十代も半ばの「いい大人」である。コスプレなんてしたくない。いや、キャラクターになりきり夢を与える人間に年齢制限などないがコスプレ経験など皆無の三十代の男がいきなりコスプレをしろと言われてできるわけがない、というのが本音である。そう言いつつも、コスプレに全く興味がないわけではなかったが。
「いやいくらなんでもパイスーはないだろ! 俺は着ないぞ!」
「んー? パイスー……?」
 匠海の言葉の、妙なところに反応する空。
「ほほう、匠海くん、意外と履修している感じ?」
「なっ」
 空の鋭い指摘に匠海が呻く。
 そうだ、匠海は最近ガウェインに勧められてとある日本のロボットアニメを追いかけていた。
 だからこそ今回の「Nileロボットアーツコンテスト」も楽しんでいたのだが、今この瞬間だけは「観るんじゃなかった」と後悔した。
「えー、ロボアニメ履修してるならパイスーは男の子のロマンでしょー、着ちゃお、着ちゃお♪」
「嫌だァー!」
 絶叫する匠海。それを冷めた目で見るアンソニー。
 匠海って、意外と大人げないんだなぁ、という思いがアンソニーの胸を過るがパイロットスーツに関しては自分も巻き込まれている案件である。
 やっぱり着るのは恥ずかしいよなあ、と思いつつもアンソニーはパイロットスーツ姿のアレックスを見た。
 すらりとした手足、その関節部を守るように付けられたアーマーも、スーツ自体のデザインも洗練されていて、アレックスの顔の良さも相まってびしり、と決まっている。
 まさに戦う男の戦闘服、という感じで、アンソニーはほう、とため息を吐いた。
「……まぁ、いいんじゃないかな……」
 口を突いて出たアンソニーのその言葉に、着よう、いや着ないとパイロットスーツを押し付け合いながら押し問答をしていた空と匠海がアンソニーを見る。
「……ほほう?」
「……本気か……?」
 興味津々の空と絶望に満ちた目の匠海。
 アンソニーは自分の無責任な発言にようやく気付いたが時すでに遅し。
「というわけで二人とも、着ようねー!」
 はい、空ちゃんたち外で待ってるからちゃんと着てねー! と空がアレックスとヘルを連れて指揮車の外に出た。
「……」
「……」
 空に押し付けられたパイロットスーツを手に、匠海とアンソニーが顔を見合わせる。
「……ご、ごめん」
 アンソニーが謝る。匠海はため息を一つ吐き、パイロットスーツをモニターテーブルに置き、着ていたアロハシャツのボタンに手をかけた。
「……着るんかい!」
「こうなったら毒喰らわば皿までなんだよ」
 する、と匠海の腕からアロハシャツが落ち、引きしまった上半身が露になる。
「ハッカーでも鍛えてるんだ」
 魔術師といえば家に引きこもってピザを食べながらハッキングをしている、という不摂生なイメージを持っていたため、アンソニーが意外そうに呟く。
 その言葉に、匠海は「魔術師舐めんな」と返した。
「ARハックは場合によっては激しいモーションが必要になるからな。実力のある魔術師だと逆に下手なチンピラより腕っぷしが立つぞ。まぁ、俺が捕まえたド三流の何人かはピザ野郎だったが」
 そう言いながらもさっさとハーフパンツも脱ぎ、パイロットスーツを手に取る匠海。
 「どうやって着るんだこれ」と呟きながらも足と腕を通し、ジッパーを上げ、グローブを手に嵌めた匠海はアンソニーにどうだ、と尋ねた。
「カッコいいじゃん」
「マジか」
 体をひねり、全身のフィット具合を確認する匠海。
 想像通り動きやすいし通気性もいいのか蒸れる感じもない。
 ふむ、意外と悪くないな、と思ってしまったのは現在の状況に当てられたからだろうか。
 アンソニーもパイロットスーツを身に着けグローブを手に嵌め、匠海を見た。
「おかしくない?」
「ああ、決まってるぞ」
 匠海がふっと笑い、指揮車から出る。
「着替えたぞ」
 匠海の声に、ガレージの中でアンソニーのロボットを見ながら打ち合わせをしていた空たちが視線を投げる。
「おおー、決まってるじゃん!」
 指揮車から出てきた二人を見て、空が嬉しそうに笑う。
「準備した甲斐があったよ、うんうん、二人とも似合ってる」
 三人のもとに歩み寄り、匠海とアンソニーもロボットを見上げた。
「基本的な動かし方は変えていないからアンソニーなら問題なく動かせると思う。ただ、急ごしらえだし複数回の出撃を想定していないからリアルタイム演算は妖精だより、その他微調整は俺がリアルタイムでやることになる」
 時間がないから簡略化できるところは簡略化した、と説明する匠海だが、アンソニーは「それでいいよ」と頷いた。
「どうせ無傷で持って帰れるとは思ってないし、パーツの耐久性とか考えるとこの戦闘で使い物にならなくなると思う。それなのに再利用前提で構築されてたらその手間が申し訳なかったよ」
 そう言い、アンソニーは匠海の肩にちょこんと座る妖精を見た。
 妖精もいつの間に用意したか、匠海と同じデザイン、色違いのパイロットスーツ姿にフォームチェンジしている。
 匠海、アンソニーが紺を基調としたパイロットスーツであることに対して妖精はピンク基調のそれで、アンソニーはうっすらと「日本アニメジャパニメーションの影響かな」と考えてしまう。
「準備はいいか?」
 アレックスが、その場にいる全員に確認する。
「俺たちは大丈夫だ」
 匠海の言葉に合わせてアンソニーも頷き、二人で足場に向かおうとする。
「あ、ちょっと待って」
 その二人を、空が止めた。
 なんだ、と足を止めた匠海に歩み寄り、空が何かを手渡す。
「はいこれアフロディーネデバイス。あると便利でしょ」
 空が匠海に手渡したのは何やら機械が付いたブレスレットのようなものだった。
 何らかのインターフェースを差し込むものと思われるポートが目立つところについているのを見るに、オーグギアかブースター辺りと接続するものなのだろうか?
 とはいえ、こんなボタンとスピーカーがついた程度のブレスレットにオーグギアやブースターを接続して何になるというのか。
 これが一体何なのか皆目見当もつかず、匠海は困惑した目で空を見る。
 おやぁ、と空が首を傾げた。
「これがあれば便利だと思ったんだけど、分からない?」
「ああ、これが何なのかさっぱり」
 匠海の返答に、空がふむ、と呟く。
「あれ、前に白狼さんに頼まれて君と戦った時は、これでワールドハッキングしてたんだけどな……。全部の世界で世界の真実を知るわけじゃないのか」
「?」
 空の言葉の意味が分からない。ジジイに頼まれて俺と戦った? どこかの並行世界では俺はジジイと敵対したのか? いや、その前にワールドハッキングとはなんだ? と疑問が次々に浮かび上がるが、その一つ一つを訊いている時間はないし、訊いたところで理解できる気もしない。
「そっか。やっぱ復讐の力ってすごいね。うん、いいのいいの、知らないなら忘れて」
 匠海が考えているうちに、空はそっかそっかと勝手に納得して「アフロディーネデバイス」と呼んだブレスレットを回収し、片付けてしまう。
「ごめんごめん、時間とらせたね。それじゃ、行きますか」
 気を取り直した空が、その場の一同に声をかける。
 ああ、とアレックスが頷いてトレーラーのコンテナに乗り込み、匠海とアンソニーも足場からロボットのに乗り込む。
 コクピットのシートにはアンソニーが座り、その後部の隙間に匠海が身体を収めた。
「……やっぱり、狭いな」
「そりゃ二人乗りなんて考えてないからな」
 そんなことを言いながらアンソニーがロボットのシステムを起動させ、妖精が各パラメータを確認、微調整してロボットを動作モードに切り替える。
《そっちは動ける?》
 匠海たちと共に〝裂け目〟に向かう都合で、ロボットの外装に取り付いた空から通信が入る。
「ああ、いつでも行ける」
《アレックスはどう?》
《こちらもレイAC、正常に起動した》
 アレックスからも通信が入り、空はそれなら、と声を上げた。
《管理帝国撃退及び〝裂け目〟撤去作戦、開始!》

 

第3章-4へ

Topへ戻る

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する