常夏の島に響け勝利の打杭 第2章
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「Nileロボットアーツコンテスト」の監視のためにハワイに訪れていた
大会当日、匠海が試合を監視していると、決勝戦でアンソニーの操るロボットが〝裂け目〟を作り瞬間移動を始める。
その〝裂け目〟が突然大きく広がり、向こう側から管理帝国を名乗るロボットが現れ、人々を襲い始める。
「お前は!」
どこからか取り出した二振りの刀を振るい、銃弾を斬り捨てる空に匠海が叫ぶ。
「何か知ってるのか!?!?」
「うーん、今の状況は分かってないけど、なんとなく想像がつくんだよね。こんな無茶苦茶な展開考えるのアモルさんくらいだよ」
空の言葉の意味が理解できない。空の口ぶりは、まるでこの襲撃自体が何かの物語で見知ったかのようなものだったが、そんなことがあるはずがない。
空が言う「アモル」とやらが今回の黒幕なのか、と考えつつも匠海は注意深く周りに視線を投げる。
大きな〝裂け目〟から現れる四足歩行ロボットは脅威だが、はじめに出てきた三機の二足歩行ロボットが量子通信ではなく電波通信でやり取りをしていたことを考えると四足歩行ロボットも恐らく電波通信による戦術データリンクを構築しているだろう。
と、なると
そう考えるものの、量子通信が一般的になった今の世の中、ECMがすぐに発生できるほどの設備はあっても軍事施設にしかないだろう。今頃
そこまで考えて、匠海は「俺がやるしかないか」と呟いた。
「ん? 匠海、なんか言った?」
「あのロボットをハッキングしてみる」
「やる気? 相手は異世界の兵器だよ!?!?」
「だが、やらないよりはマシだ! エスペラント語を使ってるようだが、逆に地球に存在する言語で会話してるならプログラム言語は恐らく――」
ウェポンパレットから「
「そもそも無線が傍受できた時点で向こうが使ってるシステムの言語は英語だ。それならいくらプログラム言語が異世界のものでもパターンさえ掴めればシステムは掌握できる」
「マジで言ってる?」
素早くキーボードに指を走らせる匠海に、空が驚きの声を上げる。
匠海の判断力と決断力の速さは「
しかし、初めて遭遇する異世界からの襲撃者に対してここまで冷静に分析、ハッキングで対抗しようとは自分の腕に余程の自信がないとできないことである。あと、あるとすれば自分の命が脅かされるような経験。
(あーそっか、『光舞う』ね……)
「
いずれにせよ、匠海がこの状況を一人で打開しようとしているのは事実だ。そして、それがあまりにも無謀であることを空は分かっている。
立ち向かうにしても反撃の準備を整えてからでないと守れるものも守れなくなる。
『タクミ、落ち着いて! 今何の準備もなく対抗したって大した効果にならないよ! ここは一旦退いて、作戦練り直した方がいいって!』
妖精がそう言って匠海の腕を引く。
妖精のその言葉に、匠海もはっと我に返った。
「確かに、今ここにいる奴らを何とかしてもどんどん湧いてきてるな」
全てのロボットを一瞬で全て行動不能にすることができれば一旦は落ち着くことができるだろう。だが、〝裂け目〟からどんどん敵が出現している状態ではこちらの対抗手段もすぐに対策されジリ貧になるだけである。
分かった、と匠海がさらにキーボードに指を走らせる。
「ここの電源設備を一旦暴走させる。その時に発生する電磁波で一瞬は混乱させられるだろう」
「オーケー! その間に離脱するよ!」
匠海の提案に、空が頷いた。
周りの被害と避難状況を見ながら匠海がさらにコマンドを打ち込もうとするが、その手が止まる。
「――あいつ!」
匠海が思わず声を上げて手を伸ばす。
空も匠海の視線の先に目をやり、えっと声を上げた。
「あの子、逃げないの!?!?」
匠海が見た場所は匠海からそう遠くない、会場の隅だった。
そこにボロボロになった人の背丈ほどのロボットと、それを盾にするように一人の少年が立っている。
両腕にパイルバンカーを装備したロボットと少年、今回の「Nileロボットアーツコンテスト」の決勝戦に出場したアンソニーとそのロボット。
アンソニーは自分のロボットを使って四足歩行ロボットからの機関銃攻撃から身を守りつつ反撃の隙を窺っているようだった。
無茶だ、と匠海が叫ぶ。
「逃げろ! 殺されるぞ!」
匠海の声に、アンソニーが視線を上げて匠海を見る。
「だけど! 俺がアレを使ったから――」
「うるせえ、そのポンコツでこいつら全員伸せると思ってんのか!」
アンソニーを助けようと、匠海がキーボードを格納しようとする。
その手を空が止めた。
「匠海は続けて! 空ちゃんがなんとかするから!」
そう言い、空が空中に指を走らせるとそこに〝裂け目〟が出現する。
同じような〝裂け目〟がアンソニーの側にも現れ、空が〝裂け目〟に飛び込むと次の瞬間、アンソニーの前に転移する。
「な――」
俺が作った〝裂け目〟と同じ!?!? と驚くアンソニーに構うことなく、空が刀を振るう。
「ほいっと!」
アンソニーに迫っていた四足歩行ロボットが空の一振りであっさりと斬り捨てる。
「大丈夫? 空ちゃんが助けてあげるからねー!」
「いや、俺は――」
アンソニーが拒もうとするものの、空は周りを取り囲む四足歩行ロボットをあっという間に蹴散らし、アンソニーを抱えて〝裂け目〟を通り戻ってくる。
「ほい、連れてきたよー!」
『こっちも準備できたよ! タクミ、やっちゃって!』
匠海のオーグギア経由でハッキングのサポートをしていた妖精も声をかけてくる。
「OK、瞬断に備えろ!」
空が自分の横にアンソニーを下ろしたのを確認し、匠海がツールのボタンをタップする。
「とうふ、賠償金の交渉はお前に任せた!」
次の瞬間、会場内の、いや、ハワイコンベンションセンターの全ての電源設備が暴走した。
各電源設備が火花を散らし、続いて爆発する。
その爆発の瞬間に発生した高密度の電磁波がハワイコンベンションセンターを包み込み、それによって全ての四足歩行ロボットと会場内に残っていた二足歩行ロボットが停止する――かと思われたが、ロボットたちは電源設備の爆発と、それに伴う照明の消失に何事か、と反応するだけで停止する様子はない。
「ダメか!」
「見た目明らかに軍用のやつがその程度の電磁波で止まると思ってんのかよ!」
アンソニーが眼下の自分のロボットを見る。
流石に何の電磁波対策も行っていない自分のロボットは停止しているようだが、このままでは手も足も出ず蜂の巣になるだけである。
「くっそ、とにかく撤退を……!」
とはいえ、出口は全部封鎖されているも同然、逃げられる気がしない。
だが、そこで空が元気よく手を上げた。
「はいはーい! 空ちゃんにお任せー!」
その、空の言葉に、匠海とアンソニーが「できるのか?」と空を見る。
確かに、空は四足歩行ロボットを斬り捨てたくらいには戦闘能力がある。ハッキングしかできない匠海とロボットがなければ何もできないアンソニーに比べたら十分戦力になるだろう。
しかし、相手は〝裂け目〟からどんどん湧き出てくる状態で、自分たち二人を庇って活路を開くことができるのか、と匠海は半信半疑だった。
「んー? 空ちゃんがあの通路をぶち破ると思ってる? 無理無理、流石に多すぎてむーりー!」
そうは言っているが、空は自信たっぷりの顔で二人を見ている。
「まぁ、見ててって」
そう言い、空は空中にすっと指を走らせた。
何もない空中に線が一本入り、それが左右に広がって〝裂け目〟を作る。
「じゃ、避難口はこちらでーす」
「おま、それはあいつらが出てきたのと同じ――」
匠海が声を上げるが、空は「そんなの気にしない」と匠海の腕を引く。
空の誘導に、匠海が分かった、と〝裂け目〟に飛び込んだ。
「……ええい!」
自分が作り出したものと同じ〝裂け目〟を前にしてアンソニーが少し怯むが、すぐに意を決して飛び込んでいく。
殿を空が務め、周りのロボットたちの射撃を刀で切り払いつつも〝裂け目〟に飛び込む。
空の開いた〝裂け目〟が閉じ、残されたのは逃げ遅れた観客とロボットたち、そしてロボット達が出てきた巨大な〝裂け目〟のみ。
電源設備のダウンに少しは反応したものの、それ以上何も起こらないと判断した二足歩行ロボットは、そのまま行動を続行することにした。
◆◇◆ ◆◇◆
〝裂け目〟に飛び込んだ三人が次に現れたのは目の前に海が広がるビーチだった。
「ここ……は……?」
周りを見回し、匠海が呟く。
先ほどまでのハワイコンベンションセンターの惨劇から一転、波の音が響き、それなりに観光客が日光浴を楽しんでいるこのビーチはワイキキビーチとは違う気がする。
あー、と空が呟いた。
「ここはカイルア・コナだねー」
「カイルア・コナって、ハワイ島の?」
匠海の質問に空がうんうんと頷く。
「流石にオアフ島内部だったら色々危険かなーって思って、とりあえずハワイ島に逃げてきた。これくらいの距離は空ちゃん、朝飯前だし」
空の言葉に顔を見合わせる匠海とアンソニー。
〝裂け目〟を通って、ハワイコンベンションセンターのあるオアフ島からハワイ州最南端のハワイ島まで一瞬で移動するとは一体どういう原理なのか、と匠海は考えるが今はそんなことを考えている場合ではない。
アンソニーは〝裂け目〟に何かしら思い当たる節があるようだが、それはさておき、匠海は視界に映るUIを操作してニュースチャンネルを呼び出し、他の二人に共有した。
あれだけの騒ぎ、全く報道されていないはずがない。
匠海がそう思った通り、ニュースチャンネルはどこもハワイコンベンションセンターに突如現れた謎のロボットについての速報を流していた。
《エスペラント語を使用する、『管理帝国』と名乗るロボットの集団はハワイコンベンションセンターを占拠し、さらにホノルル市内へと侵攻している模様です――》
映し出される映像は、ハワイコンベンションセンターから溢れ、観光客を襲う四足歩行ロボットたち。
匠海が見ていると、ハワイコンベンションセンター上空に、
「
そんなコマンドギアが現在の
コマンドギア部隊が手にした20mm機関砲で四足歩行ロボットを破壊しつつ、その指揮を執っている二足歩行ロボットに攻撃を仕掛ける。
しかし、コマンドギア部隊の20mm機関砲は二足歩行ロボットの装甲を撃ち抜くことはできず、逆に二足歩行ロボットの大口径ショットガンになすすべなく打ち倒されてしまう。
直後、報道ヘリに向けて、二足歩行ロボットの腕からワイヤー付きの槍のようなものが射出され、映像が一瞬乱れる。
「あちゃ~……。派手にやられたねえ…….。ヘカトンケイルならうまく立ち回れば戦えそうなもんだけど、この世界は平和だから練度も下がってるのかなぁ」
いずれにせよだめだこりゃと呟く空、「
「見ただろ。お前一人立ち向かったところで死体が一つ増えただけだ」
「でも……」
それでもまだ俺が戻らないと、と呟くアンソニーに匠海がおい、と肩を掴む。
「思い上がってんじゃねえよ。お前一人でなんとかできると思ってんのか」
「でも、俺があんな瞬間移動させたから、あんなことに……」
実際、アンソニーが〝裂け目〟を使って瞬間移動させなければあの巨大な〝裂け目〟は出現しなかっただろう。だが、それを今悔んだところでどうすることもできない。
だから、匠海は自分が冷静にならなければ、と自分に言い聞かせていた。
映像の乱れが回復したと思ったら、そこには一機の二足歩行ロボットが大写しにされていた。おそらく、カメラを奪われたのだろう。
『我らは異世界より来た管理帝国。人を不幸にする自由主義に反発し、人々を管理により幸福にする国家だ。自由主義諸国よ、我らに降伏し、恭順せよ。さもなければ、これよりこのオアフ島を起点に、侵攻を開始することとなるだろう』
それは紛れも無い、全世界への宣戦布告だった。
「管理帝国とやらは本気でこの世界を支配する気だな」
聞こえてくる宣戦布告に、匠海が低い声で呟く。
自由主義が人を不幸にするという主張も、管理こそが幸福という主張も、匠海には理解できなかったし理解する気もなかった。自由に生きてこそ人々は幸福を感じるだろうし、不幸があるからこそ幸福のありがたみが分かるものだと感じた匠海は、管理帝国の野望は何としても阻止しなければいけない、と考える。
「流石に、俺も管理されて生きるのはなんか嫌だな」
アンソニーも匠海に同意し、それから「俺があんなことをしたから」と再度呟く。
「済んだことを悔やんでも仕方ない。今はとにかく状況を把握して事態を打開する方法を考えるだけだ」
冷静にそう言い放ち、匠海は、さて、と腕を組んだ。
「……どう思う?」
「どう思うって?」
匠海の言葉に首をかしげる空。
ああ、と匠海が言葉を続けた。
「敵――もう敵と言って差し支えないだろう、あいつらは『管理帝国』とか名乗ってたし異世界から来たとも言ってたな」
とはいえ、異世界なんて存在するのか? と半信半疑の匠海に、空がなんだそんなこと、と頷いた。
「異世界は存在するよ? なんなら空ちゃん、その異世界から来てるし」
『なんだって!?!?』
空の言葉に匠海とアンソニーの言葉が重なる。
うんうん、いい反応、と空は機嫌よく頷く。
「まぁ、その点を考えると匠海も反撃の可能性は残ってるってわけ。空ちゃん、色々知ってるよ?」
『なんだって!?!?』
二度目の「なんだって」があたりに響く。
「ふふーん、驚いてるね。まぁ、状況の全部が全部を知ってるわけじゃないけどあのロボットのこととかある程度分かるかなあ」
「マジか」
アンソニーが唸り、それに合わせて空がもう一度ふふんと笑う。
「まぁ、巻き込まれちゃったし手を貸さないでもないよ? 多分空ちゃん一人ではどうしようもできないし、第一こういう事態を解決するのは元の世界の人間って相場が決まってると思うし」
「……分かった」
空の言葉に、匠海が頷いた。
「知っているなら教えてくれ。あれは一体何なんだ」
「え、こいつに助けてもらうの?」
匠海が空に協力を仰いだことで、アンソニーが驚いて匠海と空を交互に見る。
いくら情報を持っているといってもそれが味方であるとは言い切れない。敵が、作戦の一環として一見重要そうだがどうでもいい情報を提供することで信頼を得て、後ろから攻撃することも考えられる。ましてや空はアンソニーが開いたものと同じような〝裂け目〟を利用して戦っている。どちらかというと敵勢力に近いと考えた方が無難だろう。
だが、匠海はそんな空を信じるというのか。
アンソニーが狼狽えたことで、匠海があのなあ、と口を開く。
「まぁこいつはある程度信用できると思う。俺の
「そんな信用方法が……」
アンソニーとしては呆れるような内容ではあったが、それで信じられるというのなら信じるしかないだろう。実際のところ、空に助けられたからアンソニーもここにいるわけで、命の恩人を敵だと断じるほどアンソニーも人間不信ではなかった。
匠海に「教えてくれ」と言われたことで、空がよし、と両手を叩く。
「りょうかーい。空ちゃんの異世界教室、はっじまっるよー!」
そう言い、空は空中に指を走らせ、〝裂け目〟を開くと、そこから一枚のキャスター付きホワイトボードを取り出した。
ホワイトボードマーカーも同じように取り出した空は、ホワイトボードに「異世界とは?」と書き始めた。
「まずはそもそも言葉の定義について。『異世界』って言うけど、厳密には並行世界なんだよね。多世界解釈、分かる?」
突然始まった、空による異世界についての授業。
それに関しては匠海から教えてくれと頼んだことなので異論はないが、空の言葉に匠海とアンソニーは顔を見合わせた。
多世界解釈、と言ったが、空はその前に「並行世界」とも言っている。そして、「異世界」は厳密には「並行世界」と言っていることも考えると導き出される答えは――。
匠海が少し考え、答えようとしたところで空が口を開く。
「世界は無数の可能性により分岐した並行世界、パラレルワールドで出来てるの。そのうち、あまりに元の世界と異なる姿になった世界を、ある人たちは便宜上、アナザーワールド、異世界って呼んでる」
「つまり、俺たちがいるこの世界は元を辿るととある世界にたどり着くし、そこから枝分かれした世界では俺が全く違うことをしているかもしれない、ということか?」
先ほど口にできなかった解釈も含めて匠海がそう確認すると、空は「おお、理解が早い」と手を叩いた。
「そうそう、実は空ちゃん、匠海の別の可能性も知ってたりするかもよ?」
「……」
空の言葉に、匠海の口が一度開き、閉じる。
「別の並行世界では和美は生きているのか」と訊こうとして、寸前で言葉を飲み込む。
そんなことを訊いてどうするのだ。「和美が生きている」可能性の世界から連れてくる、とでもいうのか。
そんなことをすればその世界の俺はどうなる、と匠海は踏みとどまった。
俺は和美を救えなかった、その事実を背負って生きていくしかないのだと自分に言い聞かせる。
「……とにかく、並行世界ではそれぞれの世界の俺がそれぞれ何かをしているということか」
匠海の言葉に、わずかに苦みが含まれていくことに気が付いた空だったが、すぐに気づかなかったふりをして頷く。
「そうだね。だから基本的には、異世界って言うけど、どこかでこの世界から分岐した並行世界なんだってことを頭に入れておいて」
「はー……並行世界、ねえ……」
空の説明に、アンソニーも特大のため息を吐く。
「つまり、あのロボットもどこかで分岐した並行世界で作られたものって、ことか」
「そうそう。ちなみに、最初に出てきた二足歩行ロボットの名前は『コマンドギア』だよ」
『えっ』
匠海とアンソニーの声が重なる。
コマンドギアと言えば
しかし、これではっきりと並行世界と多世界解釈という言葉が理解できた。
完全に異なる世界であればこのような名前被りなどよほどの偶然が重ならない限り起こらないだろう。
しかも、こちらはパワードスーツ、向こうは人が乗っていると思しきロボット、とかけ離れているようだが共通点も存在する。多世界解釈による可能性を考慮すれば十分あり得る話だ。
「とにかく、管理帝国を名乗る奴らが使っている二足歩行ロボットは『コマンドギア』。コクセー博士が気まぐれで二足歩行ロボットの技術を開発しちゃったがゆえに作られた、管理帝国の主力兵器」
「ちょっと待て、コクセー博士って……。確か、空間転移技術を開発したあのコクセー博士だよな?」
匠海が「コクセー博士」という名前に反応する。
匠海の記憶が正しければコクセー博士は空間転移技術を開発した天才と言われている。しかし、その空間転移技術には大きなデメリットがあったはずだ。
「そうそう、コクセー博士の空間転移技術って、転移の規模の割にコストが全然合わないってやつじゃなかったっけ」
アンソニーもコクセー博士の名前は知っていたようで、うんうんと頷きながら話に加わってくる。
「でもまさかコクセー博士の名前が出てくるなんて……。一応、言っとくけど俺たちの世界ではとっくに死んでる人だぞ? それとも管理帝国ではまだ生きてるのか?」
コクセー博士の名前は科学を学ぶ人間で知らない者はいない。たぐいまれなる頭脳をもった天才で、コクセー博士でなければ空間転移技術は開発できなかっただろう、と言われている。
アンソニーに言われ、空が「うーん」と首をかしげる。
「空ちゃんも管理帝国の事情は知らにゃいからなァ……。一応、管理帝国に幽閉されたとは聞いたけど……」
「は? あの世界のコクセー博士も誘拐、ってか幽閉されてたのか!?!?」
事情は知らないといいつつも「管理帝国に幽閉された」と説明する空にアンソニーが目を剥く。
「こっちの世界でもコクセー博士はアンチ・アメリカに誘拐されてカグラ・コントラクターに救出されるまでの20年間ずっと行方不明だったんだぞ」
「アンチ・アメリカ……。そういやあったなそんな組織。確か反自由主義のテロ組織……だったか」
匠海も思い出しつつそんなことを呟く。
アンチ・アメリカと言えば自由主義を掲げる
「しかし、こっちは反自由主義を掲げたアンチ・アメリカ。向こうも反自由主義を掲げる管理帝国……ふむ……」
「お、気付いたね。そ、アンチ・アメリカがコクセー博士開発の新型コマンドギアを手に入れたことで、アメリカを打ち倒して建国されたのが管理帝国だよ」
匠海の呟きをフォローするかのように空が説明する。
「それにしても、カグラ・コントラクター、ね。そういえばピグマリオンオーブの問題を解決するために一時期この世界にいたんだっけ。まだこの世界のカグコンにトクヨンとの連絡手段が残ってるなら、放っておいてもトクヨンが解決してくれるかもしれないけど……」
「俺が知っている限りカグラ・コントラクターが世界最強のPMCだったというのはもう何十年も前の話だぞ。それにそのトクヨンとやらが解決してくれるならそもそも……」
そう言いかけて再び口を閉じる匠海。
カグラ・コントラクターが本当に最強のPMCで、恐らくは部隊名であるトクヨンがこのようなとんでもない事態を解決してくれる、というのであれば二年前の「
だが、そんな泣き言を言っていても仕方がないので匠海は黙っていたが、今回のこの事態をカグラ・コントラクターが解決できるとは到底思えない。
匠海が言葉を濁したことで空もははぁ、と察したらしく、ぽん、と匠海の肩を叩いた。
「んー、今、カグコンが陳腐化した扱いになっちゃってるのは、カグコンを設立した本隊がこの世界からいなくなっちゃったからなんだけど……、まぁ説明しても仕方ないか。それに今ここにいるメンツで解決しちゃった方が楽しいよね。空ちゃんが脇役とか悲しいし」
「いや待って『本隊がこの世界からいなくなった』って、カグコンって異世界から来たPMCだったわけ?」
「まぁまぁまぁ、その辺は、また別の機会に。読者の皆さんは『虹の境界線を越えて』を読んでねってことで」
空の言葉に、「あ、こいつ話変えやがった」と思う匠海とアンソニー。
しかし、今はそんなことを議論している時間が惜しいので素直に話を戻すことにする。
「とにかく、可能性の分岐がコクセー博士の興味を変えたのかコクセー博士の興味が世界を分岐させたのか、世界が分岐した結果、管理帝国の手にコマンドギアが渡り、それが今この世界を脅かしてるってことか」
匠海がざっくりと話しをまとめる。
「まあ、そんなところかな。コクセー博士、天才だったからねえ……。ついでに気まぐれ」
そんなことを言いながら、空はホワイトボードに「管理帝国を追い払う方法」と書き込んだ。
「とりあえず、管理帝国を追い払わなきゃこの世界は管理帝国に征服されちゃう。そのためには管理帝国から送り込まれたコマンドギアと取り巻きの四足歩行ロボットを何とかしなきゃだけど――」
『はーい、提案!』
突然、今まで黙って話を聞いていた妖精が手を上げた。
その場にいた全員が、妖精を注視する。
「どうしたの、妖精ちゃん」
空がそう尋ねると、妖精はぷくー、と頬を膨らませながら三人の目の前に「こちらの世界」のコマンドギアと「管理帝国の世界」のコマンドギアの映像を映し出した。
『どっちも「コマンドギア」で判別しづらーい!』
「おま、言うに事欠いてそれかよ!」
妖精の発言に、匠海ががっくりと肩を落とす。
「いやいや、これは
妖精の言い分、分かるわー、と空が頷き、そう発言するが匠海たちには意味が全く分からない。
分からないながらも「やっぱり混乱するんだ」と納得してしまう。
確かに、二つの種類の「コマンドギア」が存在するのは問題である。全く違うものなのに同じ呼び方ではどちらのコマンドギアを指しているのか分からず混乱する。
これから管理帝国を追い払おうというところでこの混乱はよくない。
どうする? と空が匠海を見る。
あ、これ俺に任せる気だ、と察した匠海はふむ、と呟いてから改めて口を開いた。
「一応
『ネーミングぅ!』
「今後ファンの間ではこの名前が定着するのかなぁ……」
妖精と空が口々に呟くが、匠海はそれをスルーする。
「とにかく、俺たちはロボギアをなんとかしなくてはいけない。
「そうだね。あの大きな〝裂け目〟を閉じなきゃ管理帝国からどんどんコマンド……ロボギアが出てくる」
匠海の言葉に同意する空。
空の口から具体的に〝裂け目〟の言葉が出てきて、匠海は一つ質問することにした。
「そういえば、お前は〝裂け目〟を作れたよな? ってことは逆に閉じることもできるのか?」
「できるよ。ただ、過去に隙間女とかと戦った経験から言うと、他人の作った〝裂け目〟を閉じるのは簡単じゃない。ある程度の時間、触れ続けている必要がある。当然、その間、空ちゃんは無防備になっちゃう」
なるほど、と匠海が頷く。
空の言葉から考えるに、要するに空が〝裂け目〟を閉じる間、彼女を守り切ればいい。
それが簡単にはいかないことも分かっているし、こちらには戦力となる物はない。
空が動きを止めている間は俺のハッキング頼りになるか、と呟き、匠海はアンソニーを見た。
「というわけで俺と空で〝裂け目〟は閉じる」
「え、俺も連れて行ってくれよ!」
匠海が自分を戦力から外したことに憤りを覚え、アンソニーが抗議する。
「俺だって何かできるかもしれないだろ! 俺が原因であんなことになったんだ、俺には手伝う義務がある」
「じゃあ、お前には何ができるんだ」
匠海の目が鋭くアンソニーを射抜く。
だが、アンソニーはそれに怯むことなく匠海を睨み返し、それからちら、と空を見た。
「ええと、カラだっけ? カラに頼めば武器は用意できるかもしれない」
「は?」
アンソニーの発言に思わず声を上げる匠海。
武器が用意できるかもしれない? こんな高校生が、武器を所持しているというのか? という考えが匠海の脳内を回る。
いや、用意できたとしても親の猟銃程度だろう、そんなもので太刀打ちできるはずがない。
しかし、アンソニーはにやりと笑い、人差し指を立ててみせた。
「カラ、俺の家まで〝裂け目〟作ることできる?」
「んー、できるけど、どこなの?」
「フィラデルフィア」
アンソニーの回答に、空が「りょうかーい」と軽く返事する。
「それくらいなら楽勝楽勝。ほいっと」
空が空中に指を走らせる。
開く〝裂け目〟に、三人は飛び込んだ。
次の瞬間、三人は郊外の廃研究所の前に立っていた。
「あー、この研究所潰れたんだー、まぁもう前の持ち主死んでるもんなー」
「ここどこだよ」
何となく見覚えのあるような景色の場所に転移し、アンソニーが首をかしげる。
「うん、ここはフィラデルフィアの郊外かな。流石に君の家の住所までは分からないからそこはご愛敬」
「どうせ目的のものは家じゃなくてレンタルのガレージだ。えっと、こっちだ」
アンソニーが空中に指を走らせオーグギアを操作し、移動を始める。おそらくマップアプリの道案内を開始したのだろう。
それについて歩くと、とあるレンタルガレージの前に到着する。
アンソニーがパネルを操作するとガレージのシャッターがガラガラと音を立てて開く。
「――っ!」
ガレージの中を見た匠海が思わず息を呑む。
そこには、一機のロボットが鎮座していた。
全高は管理帝国のロボギアと同じくらい、と考えると約6メートルか。
両腕は、ロボギアと違ってマニピュレータ上の手ではなく、「Nileロボットアーツコンテスト」でアンソニーが使っていたロボットと同じように
その背部に小型のコンテナのようなユニットが取り付けられている。
そう言えばロボギアも背面にこんな感じのものが付いていたな、ということは、と考え、匠海はアンソニーを見た。
「おいアンソニー」
「ん? ってかあんた、俺の名前知ってたんだ」
ツッコむところはそこではなかったが、アンソニーがついそう声を上げる。
「そりゃあ俺だって大会運営に携わってる人間だぞ。決勝戦に上がった選手の名前くらい把握してる」
そう言いながら、匠海はガレージ内のロボットを親指で指した。
「あれ、人が乗れるのか?」
うん、とアンソニーが即答する。
「勿論、そのつもりで設計した。人が乗れる大型二足歩行ロボット、夢があるじゃん!」
目を輝かせて熱弁するアンソニー。
あ、こいつも
「ぱっと見、ロボギアに構造が似てるな。やっぱりこのサイズの二足歩行ロボットとなるとどうしても背面にコクピットを付ける感じになるのか……」
「うーん、胴体にコクピットを付けるってのは昔観たジャパニメーションであったから不可能じゃないとは思うんだけど、そうなると構造が複雑になるのと、胴体の装甲がどうしても薄くなるんだ。こいつは一応アサルトライフルの弾くらいなら防げるだろうけど戦闘なんて想定してないし、コマンドギアの20mm機関砲だったら簡単に抜けるくらいの紙装甲だな」
アンソニーが説明しながら二人を連れてガレージに入る。
『ほへー……これ、ガウェインが見たら泣いて喜ぶんじゃない?』
確かガウェインってロボットアニメ大好きだったよね、と言いながら妖精が匠海から離れ、ロボットの周りを飛ぶ。
飛びながら情報収集をしていたのか、匠海の視界に妖精が収集したロボットの情報が映し出される。
「確かに、ガウェインは『早くアニメの時代が来い』とか言ってたからな……。しかし、こいつ動くのか?」
ガレージ内に組み立てられた足場からコクピットに乗り込むアンソニーを見ながら、匠海が訊ねる。
「一応、二足歩行するところまでは動作確認した。けど、戦闘となるとバランサーとか重心移動とかの計算がうまく行くかどうか」
コクピット内でスイッチを操作し、ロボット路起動するアンソニー。
ロボットがゆっくりと足を踏み出し、匠海と空の前で歩き始めた。
「おおー、歩いてる!」
空が感嘆の声を上げる。
しかし、それを見る匠海の目は厳しいものだった。
「お前、それでロボギアと戦うつもりか?」
「んー? やっぱり匠海もそう思った?」
険しい匠海の顔を見て、空も言う。
「少なくともロボギアは人間の動きと遜色ない動作をしていた。ただ歩けるだけ、激しい動作を必要とする戦闘での重心移動を不安に思うほどの動作しかできないこいつで前線に飛び込んでみろ、こいつはデカい棺桶になるぞ」
「……やっぱり無理か」
ロボットのコクピットから聞こえるアンソニーの声は落胆したものだった。
もしかすると、とは思ったが役に立てそうにない、と気付き、自分の無力さを呪っているのだろう。
だが、匠海は意外な言葉を口にした。
「アンソニー、こいつのシステムはお前が組んだのか?」
「え? まぁ、そうだけど」
「こんなものを戦場に出すな」と言われると思っていたアンソニーが驚いたような顔をする。
匠海は妖精に指示を出しながらロボットの周りをぐるりと歩く。
「動作のための諸元の元データは大会に出したあのロボットから取ったものか?」
歩きながら何かしらの操作をしているのだろう、匠海が空中に指を走らせ、時々ロボットに視線を投げながら確認する。
「そうだね。そもそも、大会に出したあのロボットはこいつを動かすためのデータ収集のためのやつなんだ。俺の最終目標はこいつを自由に動かせるようにすること。だけどデータが少なすぎて」
「そうか……」
ぐるりとロボットの周りを歩いた匠海が納得したように頷き、足場に上る。
「アンソニー、そいつに乗っても?」
「え? でも、歩かせるのは俺じゃないと多分バランスを崩す」
「いいから、少し交代しろ」
やや強めの口調で、匠海がアンソニーに指示を出した。
「……まぁ、いいけど……」
アンソニーがロボットを操縦し、足場の隣に横付ける。
慣れた動作でコクピットから降り、匠海を見ると、匠海も驚くほどスムーズにコクピットに滑り込んだ。
「なんでそんなに慣れてんだよ」
「お前の乗り降りの動きを見ていたからな」
そう言いながらも匠海はモニターを確認し、それから自分のオーグギアを操作し、ロボットのシステムに接続した。
「……ふむ、少しシステムを触れば動作関連はかなり改善しそうだな」
「分かるの!?!?」
匠海が自分のロボットのシステムに接続したらしい、とは気づいたが何をしているかは分からなかったアンソニー。しかし、匠海の言葉に反応したアンソニーの声はほんの少し希望を取り戻したようだった。
ああ、と匠海が頷く。
「少しシステムを触っていいか? 俺も前職はシス管だったし、それ以外でもプログラミングには心得がある。この規模なら俺でも調整できそうだ」
「マジか、お願いしてもいいか?」
「ああ、具体的には動力伝達系のプログラムの改修と重心制御周りの計算の最適化、あとロボギアの動きは映像データがあるから妖精にモーションデータに変換してもらってそれを利用すればもっとスムーズに動くようになると思う」
匠海の指が空中を滑る。と、アンソニーの視界にも匠海が展開した各種ウィンドウが共有され、様々なデータが表示された。
「細かいところはお前に聞くことになるが、全体的な改修は俺がやってもいいか?」
「んー? でもあんまり悠長なことは言ってられないよ~? 今こうやってる間もオアフ島はどんどん占領されてっちゃうし、手に負えなくなるのも時間の問題だよ?」
匠海とアンソニーのやり取りを聞いていた空が口を挟む。
それに対して、匠海は「大丈夫だ」と即答した。
「これくらいのシステム、十分もあれば改修できる」
「マジでか!」
思わず空が素っ頓狂な声を上げる。
『世界樹の妖精』で匠海が常人にあるまじきハッキング能力を有しているのは知っていたが、ここでその能力を発揮する宣言を聞かされるのは頼もしい、の極みである。
匠海が言うなら間違いないだろう、十分は流石に話を盛っているかも知れないが、それでも匠海のことだから短時間で改修してしまうのだろう。
アンソニーも、匠海の「十分」という宣言に目を剥きつつも「そ、それなら」と頷く。
「多分俺が改修したら数日はかかるだろうから、あんたに任せた」
「オーケー。それじゃ、時間が惜しいから早速始める。妖精、サポート頼む」
匠海が空中をスワイプすると、その手元にキーボードが出現する。
アンソニーの視界にも映り込んだそのキーボードに、匠海は指を走らせ始めた。
すさまじい勢いで叩かれるキーに、アンソニーが目を剥く。
このご時世、基本的にオーグギアのモーション操作や音声入力が当たり前となっているのに匠海は昔ながらのUSキーボードを使用している。
勿論、アンソニーもこのロボットのシステム構築のためにキーボードを使用することはあったが匠海のタイピング速度はアンソニーのそれと比較にならないくらい速い。
「プログラミングの心得がある」とは言っていたが、幼いころからプログラミングに慣れ親しんでいましたと言わんばかりのその速度に、アンソニーは舌を巻かざるを得なかった。
時々妖精に指示を出したり音声入力を併用していることも考えるとAIによるコード構築補助もある程度は行っているのだろうが、それでも匠海が宣言した「十分」はハッタリではないと思わせるような速度だった。
「んー……でも、このロボットが使えるようになったとしても一機だけじゃ心許ないよねー」
手持無沙汰で匠海の様子を眺めていた空が突然呟く。
「そうだな、こいつがあと何機かあればもう少し心強かったかもしれないが……」
キーボードに指を走らせながら匠海が頷く。
いくらこのロボットがある程度自由に動けるようになったとしても敵は圧倒的な物量で襲い掛かってくるはず。一機だけではあまりにも心許なさすぎるというのは匠海も感じていることだった。
せめて味方がいれば、という匠海の呟きに、空がうん、と両手を叩く。
「そうだね、空ちゃん、頼りになりそうな傭兵に心当たりがあるから呼んでくるね」
「え? 傭兵?」
空の言葉にアンソニーが思わず空を見る。
うんうん、と空が頷いた。
「どうせ空ちゃん、このロボットの改修には何の力にもなれそうにないからねー。それに味方は多い方がいいんでしょ? だったら連れてくれば一発解決! じゃ、呼んでくるねー」
二人はロボットの改修、がんばってー! と声援を送った空が空中を切り裂いて〝裂け目〟を作り、飛び込んでいく。
空の姿が〝裂け目〟の向こうに消え、〝裂け目〟も消えたことを見届けて、匠海は改めてキーボードに指を走らせた。
To Be Continued…
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