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常夏の島に響け勝利の打杭 第3章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 「Nileロボットアーツコンテスト」の監視のためにハワイに訪れていた匠海たくみは前日の観光でからと名乗る女性と出会う。
 大会当日、匠海が試合を監視していると、決勝戦でアンソニーの操るロボットが〝裂け目〟を作り瞬間移動を始める。
 その〝裂け目〟が突然大きく広がり、向こう側から管理帝国を名乗るロボットが現れ、人々を襲い始める。
 空が作った〝裂け目〟からハワイ島に逃れた三人は管理帝国の宣戦布告を聞き、侵略を阻止しなければ、と考える。
 その作戦の一環として、アンソニーが趣味で開発していた全高6メートルの大型ロボットが役に立つのではないか、という話になり、一同はロボットのもとに移動、匠海がその改修を開始する。

 

 
 

 

「できたぞ」
「はっや!」
 アンソニーが時計を見る。作業開始から九分あまりしか経過していない。
「マジで十分で片付けたよこの人」
『そりゃータクミはやるときはやる子だから!』
 ふふん、と作業が始まった時にメカニックのようなつなぎ姿にフォームチェンジしていた妖精が自慢げに言う。
「まぁ、十分はハッタリだったかなとは思ったがお前の補足のおかげでデータの把握はやりやすかったからな」
 そう言いながら、匠海が視界のキーボードを格納、両手を伸ばしてコクピットの前方左右から伸びる操縦桿を握る。
「少し動作テストをする。アンソニー、危ないから下がってろ」
「お、おう」
 足場から身を乗り出していたアンソニーが身を引くと、匠海がパネルを操作してコクピットのハッチを閉じる。
「妖精、アシスト頼む」
『らじゃー!』
 妖精が敬礼すると、頭部カメラからの映像がオーグギアを通じて匠海の視界に映し出される。
「……それじゃ、いっちょやりますか」
 ニヤリと一笑い、匠海はフットペダルを踏み、操縦桿を動かした。
 先ほど、アンソニーが動かしたのとは比べ物にならないほどの滑らかな動きでロボットが足場から離れる。
 まずは歩行。続いて走行。
「す、すげえ……」
 ロボットの動きに、アンソニーが思わず声を上げる。
 歩行だけがやっとだったロボットが少し動きは重いものの自由に動いているところを見ると、本当に自分が開発したロボットなのか、と思いたくなる。
 続いて匠海は助走をつけてのジャンプ、そこからさらにパイルバンカーを繰り出す。
 そのモーションも流れるように繰り出され、重心バランスも崩れることなく安定した姿勢を保っている。
『タクミ、やるねー』
 各種パラメータをチェック、リアルタイムで補正を行いながら妖精が匠海に声をかける。
『もうちょっと滑らかに動いて欲しいけど、流石にこれはパーツの限界ねー』
「まぁ、電子パーツ系はオーバークロック含めて調整しているから多分今回の戦闘限定だ。アンソニーには悪いがこいつは使い捨てることになる」
 視界に映し出される外部の状況や各種データを確認しながら、匠海が呟いた。
「実際の軍用機ならこの程度で使い捨てるなんてことはあり得ないが、元々こいつは戦闘を想定されていない。それにパーツも市販品を使っているんだ、必要以上に負荷をかければすぐに壊れてしまう。まぁ――実際の戦闘中にそうならないことを祈るだけだな」
 流石に俺もこいつと心中はしたくないな、などと呟く匠海に、妖精がまさか、と尋ねる。
『タクミ、もしかしてこれに乗って戦う気?』
最初ハナっからそのつもりだ――と言いたいが、アンソニーとタンデムする」
 え? と声を上げる妖精。
 そもそもこのロボットのコクピットは二人乗りを想定されていない。確かに隙間に一人入り込むくらいのスペースはあるだろうが、それでもかなり狭くなるだろう。
 それでもアンソニーとタンデムすると言った匠海には、恐らく何か策があるということか。
 一通り動作確認を行なった匠海が足場の横にロボットを横付け、ハッチを開ける。
「アンソニー、お前も乗れ」
「いいのか?」
 匠海がかなり自由自在に操縦していた様子から、パイロットは匠海で決まりかと思っていたアンソニーが声を上げる。
「いや、多分メインパイロットはお前だ。俺はコ・パイロットとしてサポートと電子戦に専念する」
 電子戦? とアンソニーが首を傾げる。
 ああ、と匠海が説明しようとしたタイミングで〝裂け目〟が開き、空が戻ってきた。
「ただいまー! 傭兵雇ってきたよー!」
 意気揚々と報告する空。
 匠海とアンソニーがロボットと足場の上から空を見下ろすが、空が誰かを連れている様子はない。
 ガレージの外に待たせているのか? と二人が外に視線を向けると、ちょうど外の道路に一台の大型トレーラーが〝裂け目〟を通って現れたところだった。
「……え?」
「なんだあれ!?!?
 匠海とアンソニーが驚いて地上に降りてトレーラーに駆け寄る。
 トレーラーのドアが開き、二人の男が降りてくる。
 一人は体にフィットしたダイバースーツのような衣装を身に纏った男。
 もう一人はつなぎを着た整備士のような男。
 空が四人の間に立ち、それぞれを紹介する。
「匠海、こっちは『砂上のハウンド団』のアレックスとヘル。匠海が言うところのロボギアのパイロットと整備士兼ナビゲーター。アレックス、こっちは匠海とアンソニー。自作ロボで管理帝国に立ち向かおうとしてるからフォローよろしく」
 超絶ざっくりな紹介を行う空。
 アレックスが右手を差し出し、匠海も握手に応じる。
「空からざっくりと説明は聞いた。管理帝国の注意を引き付け、空が〝裂け目〟とやらを閉じる時間を稼げばいいんだな」
「まあ、そんなところだ。こっちのロボは最適化はしたがそれでも動きに限界があるから、メインは任せることになると思う」
 匠海は確かにアンソニーのロボットを現時点でできる最高の状態には仕上げたが、それは各種パーツが軍用ではない以上、どうしても自由自在とは言い難い。このような状態で敵の只中に突っ込めばあっという間に中身諸共スクラップだろう。
 その点で、空が雇ってきた傭兵、というのが敵と同じようなコマンドギアロボギアを扱う人物でよかった。これなら大半の注意を引き付けてくれるだろうし、動作テストの間に考えていた作戦の成功度も格段に上がるだろう。
「問題ない。俺達のレイにとって管理帝国全盛期のコマンドギア『ノーマル』は旧式機だ。非カスタム機に苦戦する事はない」
「皆聞いてくれ。傭兵には素人考えと怒られるかもしれないが、多数の相手に対してたった二機という状況を覆せるかもしれない作戦を俺は持っている。まず、その作戦を説明するから空とアレックスはそれが実現可能かどうか考えてくれ」
 そう言い、匠海は空中をスワイプしてウィンドウを開き――それから、アレックスを見た。
「あんた、この世界の人間じゃないんだろ。オーグギアは持ってないよな」
「オーグギア? なんだそれは」
 匠海の質問に首をかしげるアレックス。
 だよな、と頷いた匠海は少し考え、
「傭兵でもブリーフィングで色々映像確認するだろうからタブレットか何か端末はあるだろ」
 と、ヘルに訊ねるが、ヘルは「ない」と即答する。
「そもそも外部との通信技術なんて廃れてるんだ。一応、指揮車とレイACは通信がつながるが、まぁ映像を共有したいなら指揮車のブリーフィングルームでやった方がいい」
 そう言い、ヘルが匠海たちをトレーラーの頭部分、装甲車のブリーフィングルームに案内する。
 大型のモニターテーブルが設置されたブリーフィングルームに踏み込み、匠海はぐるりと見まわし、ヘルに一言断りを入れて空中に指を走らせる。
 ヘルはというと匠海に「少し借りるぞ」とは言われ、とりあえず同意はしたが匠海が設備を触ることなく空中に指を走らせたことで首をかしげる――と、モニターテーブルに映像が投影され、目を見開いた。
「え、どうやって」
「この指揮車とレイとやらをつなぐ回線に割り込んで、システムを同期させた」
 平然と答える匠海に、アンソニーとヘルが驚きを隠せず声を上げる。
「え、異世界の設備だよな!?!?
「この指揮車のシステムに割り込むだと!?!?
 言っていることはそれぞれバラバラだが、「匠海がハッキングで割り込んだ」事実には変わりないので異世界人同士顔を見合わせる。
「なんでハッキングできるんだよ」
「まぁ、空の説明を考えれば基本的に並行世界なんだからシステムの基本も似通っているだろう。実際、普通のノイマン式コンピュータだったし」
「いや待てOSとか色々あるだろ!」
 アンソニーが目を剥いてそう声を上げるが、匠海は相変わらず平然として「それが何か?」と嘯いている。
「個人が細々と作ったようなマイナーなOSでない限り大体分かる」
「マジかよ……」
 アンソニーが額に手を当て、唸り声を上げる。
 そういえばこの永瀬 匠海という男はNile社が運営する世界樹メガサーバ「ユグドラシル」を悪意あるハッカーの手から守るカウンターハッカーである。技量がとにかく高く、他の追随も許さないためかメディアへの露出も度々あり、存在自体がユグドラシルの抑止力となっているほどである。
 二年前の「木こりのクリスマスランバージャック・クリスマス」も阻止したという話はアンソニーの耳にも届いており、「すごい魔術師マジシャンだな」とは思っていたが、まさか並行世界異世界のコンピュータにまで易々と侵入してしまうとは。
 そこまで考えてから、アンソニーははた、と気づく。
 二年前の「ランバージャック・クリスマス」だけでなく、今回の管理帝国の侵略にも巻き込まれた匠海、彼はもしかして巻き込まれ体質なのではないのか、と。
 実際のところ、匠海が「ランバージャック・クリスマス」を阻止したのは巻き込まれたからというよりもテロリストが運転していた軍用トラックに雪を掛けられ、その腹いせに基地のシステムに侵入したらテロを発見した、というものなので「巻き込まれた」というよりは「首を突っ込んだ」という方が正しいかもしれないが、アンソニーはそんなことを知る由もない。
 ただ、「ランバージャック・クリスマス」を阻止した魔術師なら今回の事件もきっと解決してしまうんだろうな、という根拠のない安心感が胸を支配する。
 とりあえず、匠海が考えている作戦とやらを聞いてみたい。
 匠海がウィンドウを操作し、データを展開する様を眺めながら、アンソニーは「すごい魔術師に協力することになるんだな」と噛み締めた。
「今回の最終目標は空が〝裂け目〟を閉じること。そのためには空が〝裂け目〟に一定時間触れている必要があるが、その間の空は無防備だ」
 匠海がハワイコンベンションセンターの見取り図と、そこに展開された大型の〝裂け目〟の位置を表示させながら作戦の概要を説明する。
「あんたらを雇わなければこちらの戦力は俺とアンソニー、そして空だけ。俺とアンソニーはアンソニーが作ったロボットにタンデムすることになるが、多分それより空単体の方が圧倒的に強い。俺たちにとっての最大戦力が〝裂け目〟を閉じるキーパーソンとなるわけだから俺たちだけだとどれだけ不利かは分かると思う」
「こちらの世界ではコマンドギア――お前たちの言うロボギアが存在しないようだからな。平和なのはいいことだ、とは思うがこんな事態になればあっという間に瓦解してしまうんだな」
 アレックスが呟く。
「で、少しでも戦力を増強したい、と空が俺たちを雇った、というわけか。任せろ、先にも言った通り管理帝国の『ノーマル』は俺たちの敵ではない」
「……うん、これダメなやつだ……」
 アレックスの横でヘルが呟き、それにいささかの不安を覚えた匠海だが、純粋に戦力が増えていることは事実なので聞き流すことにしておく。
「とにかく、あんたたちが来てくれたおかげで管理帝国と対等に渡り合う戦力は手に入れた。あんたたちには管理帝国のロボギアと四足歩行の雑魚を蹴散らしてもらいたい」
「お前たちは?」
 アレックスが匠海を見る。
 匠海の側にもロボットがあるが、コマンドギアのように自由自在には動かないということは匠海から聞いている。それでもアンソニーとタンデムすると言っているのだからロボットに乗って参戦することは確定だろうが、作戦行動としては別の動きをするということだろう。
 ああ、と匠海が頷く。
「俺たちはできても降りかかった火の粉を払うので精一杯だ。だが、俺には最強の武器がある」
「……ハッキングか?」
 先ほど、匠海のハッキングを目の当たりにしたヘルが確認する。
 そうだ、と匠海は頷いて次のスライドを展開した。
「さっきレイとこの指揮車間の回線に割り込んだことと、レイにとって管理帝国のロボギアが旧式という話で確信した。一応確認しておくが空、管理帝国のロボギアと四足歩行のやつは量子通信は使えないという認識で合っているな?」
 モニターには管理帝国のコマンドギアと四足歩行ロボットのワイヤーフレーム画像が表示されている。
 それを見ながら質問してきた匠海に、空は「そうだね」と頷いた。
「管理帝国のロボットは量子コンピュータじゃなくてノイマン式コンピュータを搭載してる。この指揮車に搭載されているコンピュータもノイマン式で、それをハッキングした匠海ならもう気付いているんじゃない?」
「ああ、今回巻き込まれたのがでよかったな」
 聞き手によっては自意識過剰にも聞こえる匠海の発言。
 だが、アンソニーは何故か頼もしさを覚えた。
 ユグドラシル最強のカウンターハッカーなら管理帝国のロボットたちをハッキングしてしまえばこちらのものだ、と理解し、匠海を見る。
 ところが、匠海はそんなアンソニーの期待に満ちた顔に顔をしかめることで返答する。
「アンソニー、お前、俺がユグ鯖最強のハッカーだから余裕だ、と思ってるだろ」
 ずばり、言い当てられアンソニーが目を白黒させる。
「それな、半分間違ってるから」
「え」
 アンソニーが思わず声を上げる。
 ユグドラシル最強だから管理帝国のロボットに対しても余裕なのでは、と考えるアンソニーに、匠海は違うな、と説明した。
「巻き込まれたのが俺でよかった、というのはこの場にいたのが俺じゃなくてそんじょそこらのカウンターハッカーだったら手も足も出なかった、ということだ」
「どういうことだよ」
 話が飲み込めず、アンソニーが首をかしげる。
 匠海がアンソニーの目の前に一枚のウィンドウを送り込む。
「ハッキングは大きく分けて二つある。オーグギアを使ったARハックと、ノイマン式コンピュータを使った旧世代オールドハック。ARハックはオーグギアや量子コンピュータに対して行うハッキングだが、これはノイマン式コンピュータには通用しない」
 アンソニーの目の前のウインドウに量子コンピュータとノイマン式コンピュータの比較図が現れる。
「オールドハックはノイマン式コンピュータを使った昔ながらのコマンド式ハッキングだが、実はこのハッキングができる人間ってのが限られていてな……魔術師マジシャンに対して魔法使いウィザードって呼ばれてるんだが、ほとんど絶滅危惧種だぞ」
「マジで」
 ロボットのシステム構築も今ではコマンドをブロック状にしたパーツを積み上げるビジュアルプログラミングがメインである。キーボードで言語を打ち込む昔ながらのプログラミングの存在はアンソニーも知っていたが、ハッキングに明るくないアンソニーはハッキングにもそんな種類分けがされていたとは全く知らなかった。
 それでも、電子工作で多少はプログラミングをかじっているアンソニーには何となく理解できた。
 匠海がこの指揮車のシステムに侵入したのも、管理帝国のロボットに対して行おうとしていることも並の魔術師にはできない、オールドハックである、ということに。
 同時に、匠海がオールドハックを行う魔法使いである、という事実と、この事態に対応できる魔法使いがこの場にいる、という偶然に驚愕する。
 匠海が「巻き込まれたのが俺でよかった」という意味をようやく理解する。
 匠海もただ自分が腕のいいハッカーだからよかったと言ったのではない。ノイマン式コンピュータに対応できる数少ない魔法使いだからよかったと言ったのだと。
「とにかく、管理帝国のロボットたちがノイマン式コンピュータを積んでいるなら俺の出番だ。俺がハッキングして動きを止める。OSを破壊するまで徹底的にやっておきたいがそれには時間がかかるから何段階かの足止めからの完全停止、それまでの時間稼ぎと敵勢力の排除をアレックスに頼みたい」
「え、じゃあ俺のロボット改修した意味は」
 匠海の作戦だと管理帝国のロボットたちは全てアレックスに任せて自分たちは離れたところからハッキングを行えばいい。わざわざロボットに乗って戦場に出る必要もないように思えるが。
 意味はあるぞ、と匠海が続ける。
「アレックスに対応してもらうと言ってもそれには限度がある。俺たちは空のサポートとして空を攻撃しようとする奴を排除する」
 アレックスが大半を引き付けてくれるならこちらに来る数は少ないだろうし、それならアンソニーのロボットでもある程度は対応できるはずだ、と言う匠海に、アンソニーはなるほどとうなずいた。
 それならタンデムという提案も頷ける。
 アンソニーがメインパイロットとして操縦し、匠海がそれをサポートしながらハッキングを行う、確かに一番確実な方法だろう。
「まとめると、アレックスが陽動及びメイン戦力で、海岸から上陸した風を装ってオアフ島の外縁部、どこかのビーチから敵ロボギアを攻撃、注意を惹きつけてくれ、その間に俺たちは空の〝裂け目〟でハワイコンベンションセンター内部に突入。空が〝裂け目〟を閉じている間の露払いはアンソニーが、俺がハッキングで敵の無力化を図る、という作戦だが、戦闘のプロとして『砂上のハウンド団』はどう思う?」
 そう言って匠海がアレックスとヘルを見る。
 二人は顔を見合わせ、「そうだな」と頷いた。
「作戦としてははっきり言ってただの概要だろとしか言えないが、戦力を考えるとこれくらい大雑把でないと不測の事態に対応できない。まぁ、悪くないんじゃないか?」
 ヘルが率直な感想を述べる。アレックスもそれに頷く。
「あとは敵の戦力的なものがもう少し分かればいいが、それは現地に行って確認すればいいか」
「流石にハッキングで全体の配置を確認するには数が多いからな……それに、そっちの装備の方が索敵には向いているだろう」
 匠海も自分のハッキング能力の限界くらいは心得ている。十人や二十人程度のオーグギアを把握するなら朝飯前だが、現場と、その後ニュースで見た〝裂け目〟周辺の敵の数はそれどころではない。その全ての反応をレーダーに投影するのは流石に無理があるし、第一それはアレックスのレイACのレーダーがなんとかしてくれるだろう。
 そう考えると匠海にできるのは広範囲に無差別でウィルスをばらまくことだけ、そうするとレイACも巻き込まれるので事前に対策を施しておく、という程度である。
 それでも何も考えていないよりははるかにマシ、と「砂上のハウンド団」は判断したようだ。
「細かいことは現地で打ち合わせしよう。空、現地まで連れて行ってくれるか?」
 ヘルが空に言うと、空は「ちょっと待って」と匠海とアンソニーを見た。
 空と目が合った匠海は、何故かぞっとするような不安を覚える。
 いや、作戦失敗の恐怖ではない。この際作戦が失敗して死ぬことになろうが、匠海にとっては和美のもとに逝けるだけなので大した問題ではない。確かにこの世界が管理帝国に支配されるのは許しがたいことだがやれるだけのことをして負けたのなら仕方ない、とも思う。
 だが、匠海が感じた不安はそんなものではなかった。こう、もっと途轍もない、空が何かしらとんでもないことを企んでいるのではないかという、そんな不安。
 ハッカーとしての勘が逃げろと叫ぶレベルで匠海は嫌な予感を覚えていた。
 匠海とアンソニーを見た空が「ふむ」と低く呟く。
「なるほどなるほど……このサイズなら……」
「このサイズ?」
 空の発言にアンソニーも違和感を覚えたのか不安そうに匠海を見る。
 匠海がうん、と小さく頷いた。
「逃げるなら今だぞ」
「なんか、そんな気がする」
 逃げてはいけない状況なのに、逃げ出したい。
 敵と戦うのが怖いわけではないのに、今この場にいたくない。
 そんな二律背反に二人が戸惑っていると、空は空中を切り裂いて〝裂け目〟を作り、そこから何かを取り出した。
「はい、お着替えたーいむ!」
『やっぱりぃ!!!!』
 匠海とアンソニーの声が重なった。
 空が取り出したのは二着の衣装。アレックスが着ているのと同じような、ダイバースーツのようなもの。
 ロボットアニメでよく見かけるパイロットスーツだと認識したのは匠海が先だった。
 伊達にアンソニーより長く生きて、魔術師仲間からロボットアニメの手ほどきを受けている、と自慢するどころではない。
 はっきり言って嫌だ。確かに動きやすいだろうとは思うが体のラインが出てしまう。それに匠海はもう三十代も半ばの「いい大人」である。コスプレなんてしたくない。いや、キャラクターになりきり夢を与える人間に年齢制限などないがコスプレ経験など皆無の三十代の男がいきなりコスプレをしろと言われてできるわけがない、というのが本音である。そう言いつつも、コスプレに全く興味がないわけではなかったが。
「いやいくらなんでもパイスーはないだろ! 俺は着ないぞ!」
「んー? パイスー……?」
 匠海の言葉の、妙なところに反応する空。
「ほほう、匠海くん、意外と履修している感じ?」
「なっ」
 空の鋭い指摘に匠海が呻く。
 そうだ、匠海は最近ガウェインに勧められてとある日本のロボットアニメを追いかけていた。
 だからこそ今回の「Nileロボットアーツコンテスト」も楽しんでいたのだが、今この瞬間だけは「観るんじゃなかった」と後悔した。
「えー、ロボアニメ履修してるならパイスーは男の子のロマンでしょー、着ちゃお、着ちゃお♪」
「嫌だァー!」
 絶叫する匠海。それを冷めた目で見るアンソニー。
 匠海って、意外と大人げないんだなぁ、という思いがアンソニーの胸を過るがパイロットスーツに関しては自分も巻き込まれている案件である。
 やっぱり着るのは恥ずかしいよなあ、と思いつつもアンソニーはパイロットスーツ姿のアレックスを見た。
 すらりとした手足、その関節部を守るように付けられたアーマーも、スーツ自体のデザインも洗練されていて、アレックスの顔の良さも相まってびしり、と決まっている。
 まさに戦う男の戦闘服、という感じで、アンソニーはほう、とため息を吐いた。
「……まぁ、いいんじゃないかな……」
 口を突いて出たアンソニーのその言葉に、着よう、いや着ないとパイロットスーツを押し付け合いながら押し問答をしていた空と匠海がアンソニーを見る。
「……ほほう?」
「……本気か……?」
 興味津々の空と絶望に満ちた目の匠海。
 アンソニーは自分の無責任な発言にようやく気付いたが時すでに遅し。
「というわけで二人とも、着ようねー!」
 はい、空ちゃんたち外で待ってるからちゃんと着てねー! と空がアレックスとヘルを連れて指揮車の外に出た。
「……」
「……」
 空に押し付けられたパイロットスーツを手に、匠海とアンソニーが顔を見合わせる。
「……ご、ごめん」
 アンソニーが謝る。匠海はため息を一つ吐き、パイロットスーツをモニターテーブルに置き、着ていたアロハシャツのボタンに手をかけた。
「……着るんかい!」
「こうなったら毒喰らわば皿までなんだよ」
 する、と匠海の腕からアロハシャツが落ち、引きしまった上半身が露になる。
「ハッカーでも鍛えてるんだ」
 魔術師といえば家に引きこもってピザを食べながらハッキングをしている、という不摂生なイメージを持っていたため、アンソニーが意外そうに呟く。
 その言葉に、匠海は「魔術師舐めんな」と返した。
「ARハックは場合によっては激しいモーションが必要になるからな。実力のある魔術師だと逆に下手なチンピラより腕っぷしが立つぞ。まぁ、俺が捕まえたド三流の何人かはピザ野郎だったが」
 そう言いながらもさっさとハーフパンツも脱ぎ、パイロットスーツを手に取る匠海。
 「どうやって着るんだこれ」と呟きながらも足と腕を通し、ジッパーを上げ、グローブを手に嵌めた匠海はアンソニーにどうだ、と尋ねた。
「カッコいいじゃん」
「マジか」
 体をひねり、全身のフィット具合を確認する匠海。
 想像通り動きやすいし通気性もいいのか蒸れる感じもない。
 ふむ、意外と悪くないな、と思ってしまったのは現在の状況に当てられたからだろうか。
 アンソニーもパイロットスーツを身に着けグローブを手に嵌め、匠海を見た。
「おかしくない?」
「ああ、決まってるぞ」
 匠海がふっと笑い、指揮車から出る。
「着替えたぞ」
 匠海の声に、ガレージの中でアンソニーのロボットを見ながら打ち合わせをしていた空たちが視線を投げる。
「おおー、決まってるじゃん!」
 指揮車から出てきた二人を見て、空が嬉しそうに笑う。
「準備した甲斐があったよ、うんうん、二人とも似合ってる」
 三人のもとに歩み寄り、匠海とアンソニーもロボットを見上げた。
「基本的な動かし方は変えていないからアンソニーなら問題なく動かせると思う。ただ、急ごしらえだし複数回の出撃を想定していないからリアルタイム演算は妖精だより、その他微調整は俺がリアルタイムでやることになる」
 時間がないから簡略化できるところは簡略化した、と説明する匠海だが、アンソニーは「それでいいよ」と頷いた。
「どうせ無傷で持って帰れるとは思ってないし、パーツの耐久性とか考えるとこの戦闘で使い物にならなくなると思う。それなのに再利用前提で構築されてたらその手間が申し訳なかったよ」
 そう言い、アンソニーは匠海の肩にちょこんと座る妖精を見た。
 妖精もいつの間に用意したか、匠海と同じデザイン、色違いのパイロットスーツ姿にフォームチェンジしている。
 匠海、アンソニーが紺を基調としたパイロットスーツであることに対して妖精はピンク基調のそれで、アンソニーはうっすらと「日本アニメジャパニメーションの影響かな」と考えてしまう。
「準備はいいか?」
 アレックスが、その場にいる全員に確認する。
「俺たちは大丈夫だ」
 匠海の言葉に合わせてアンソニーも頷き、二人で足場に向かおうとする。
「あ、ちょっと待って」
 その二人を、空が止めた。
 なんだ、と足を止めた匠海に歩み寄り、空が何かを手渡す。
「はいこれアフロディーネデバイス。あると便利でしょ」
 空が匠海に手渡したのは何やら機械が付いたブレスレットのようなものだった。
 何らかのインターフェースを差し込むものと思われるポートが目立つところについているのを見るに、オーグギアかブースター辺りと接続するものなのだろうか?
 とはいえ、こんなボタンとスピーカーがついた程度のブレスレットにオーグギアやブースターを接続して何になるというのか。
 これが一体何なのか皆目見当もつかず、匠海は困惑した目で空を見る。
 おやぁ、と空が首を傾げた。
「これがあれば便利だと思ったんだけど、分からない?」
「ああ、これが何なのかさっぱり」
 匠海の返答に、空がふむ、と呟く。
「あれ、前に白狼さんに頼まれて君と戦った時は、これでワールドハッキングしてたんだけどな……。全部の世界で世界の真実を知るわけじゃないのか」
「?」
 空の言葉の意味が分からない。ジジイに頼まれて俺と戦った? どこかの並行世界では俺はジジイと敵対したのか? いや、その前にワールドハッキングとはなんだ? と疑問が次々に浮かび上がるが、その一つ一つを訊いている時間はないし、訊いたところで理解できる気もしない。
「そっか。やっぱ復讐の力ってすごいね。うん、いいのいいの、知らないなら忘れて」
 匠海が考えているうちに、空はそっかそっかと勝手に納得して「アフロディーネデバイス」と呼んだブレスレットを回収し、片付けてしまう。
「ごめんごめん、時間とらせたね。それじゃ、行きますか」
 気を取り直した空が、その場の一同に声をかける。
 ああ、とアレックスが頷いてトレーラーのコンテナに乗り込み、匠海とアンソニーも足場からロボットのに乗り込む。
 コクピットのシートにはアンソニーが座り、その後部の隙間に匠海が身体を収めた。
「……やっぱり、狭いな」
「そりゃ二人乗りなんて考えてないからな」
 そんなことを言いながらアンソニーがロボットのシステムを起動させ、妖精が各パラメータを確認、微調整してロボットを動作モードに切り替える。
《そっちは動ける?》
 匠海たちと共に〝裂け目〟に向かう都合で、ロボットの外装に取り付いた空から通信が入る。
「ああ、いつでも行ける」
《アレックスはどう?》
《こちらもレイAC、正常に起動した》
 アレックスからも通信が入り、空はそれなら、と声を上げた。
《管理帝国撃退及び〝裂け目〟撤去作戦、開始!》
 空がロボットの肩で手を振り、〝裂け目〟を展開する。
 レイACを搭載した大型トレーラーが〝裂け目〟に突入していく。
 〝裂け目〟の向こうはオアフ島。戦場となるハワイコンベンションセンターから少し離れたカハナモク・ビーチに、トレーラーが出現した。
 本来なら観光客でにぎわっているカハナモク・ビーチだが、管理帝国の襲来で避難勧告が出た今、そこに観光客の気配は、それどころか人の気配すらない。
 これなら一般人を巻き込む心配はしなくていいか、とヘルが考えていると、空から通信が入った。
《それじゃ、アレックス、派手にやっちゃって!》
 空の声がアレックスとヘルに届く。
 了解、とアレックスが操縦桿を握り締めた。
《扉を開放及び、リフトアップする》
 指揮車にいるヘルの声が届き、コンテナが左右に開き、レイACが起き上がる。
《リフトアップ完了、アレックス、発進を許可する》
「了解。アレックス、レイAC、発進する」
 アレックスがペダルを踏み込む。
 レイACが足を踏み出し、前進し始めた。
 トレーラーから降りたレイACが一度停止し、その頭部パーツを展開する。
 消費電力は多いが様々な複合センサを搭載した「Eye of TruthEoT」を露出させ起動、ハワイコンベンションセンターに展開する敵の配置や規模を確認する。
 アレックスの目の前のモニタにレーダーウィンドウが展開、収集したデータから構築された地形及び敵の配置が表示される。
 必要な情報を収集したレイACのダミーフェイスが閉じられ、アレックスは右手の操縦桿にあるボタンに指をかけた。人差し指部分にあるボタンの二回クリックを二回、長押しして武装を確定。
 レイACが腰のハードポイントに搭載されたアサルトライフルを手に取り、構える。
《データは確認した。現在地と敵の配置から、運河を挟んで南側から射撃で先制、敵を引き付けるのがよさそうだ》
 レイACとデータを共有したヘルが、マップに攻撃のための最適ルートを表示させる。
「了解。目標に向かい、任務を遂行する」
 アレックスが再びペダルを踏み込む。レイACがビーチと市街地を駆け抜け、指定された場所に移動する。
 ダミーフェイスに搭載された光学センサで敵を視認、レイACがアサルトライフルの引き金を引いた。
 銃声、直後、コマンドギアロボギアの頭部とジェネレータが撃ち抜かれ、爆発する。
「敵襲!?!?
 攻撃をたまたま免れたロボギアがどこからだ、とダミーフェイスからEoTを展開、攻撃してきた「敵」を探す。
 EoTに搭載された高性能センサが運河の向こうに一機のコマンドギアが存在する、とパイロットに告げる。
 ロボギアのパイロットが、データリンクでレイACの所在地を共有する。
「不可視の雲反応、だと……。あのロボット……コマンドギアか? 見たことのないコマンドギアだが――敵が一機なら問題ない、排除する!」
 管理帝国側がそうデータを共有している間にも、レイACは何機もの四足歩行ロボットを撃破している。
 これ以上被害を大きくしてはいけない、とロボギアのパイロットも操縦桿を引き、ペダルを踏み込んでレイACに突撃した。
「よし、予定通りこちらに来たな!」
 こちらに向かって動き始めた管理帝国のロボットたちを前に、アレックスは口元をわずかに釣り上げた。
 空や匠海から共有してもらった情報を考慮すると、管理帝国は「この世界には自分たちに立ち向かえる戦力は存在しない」と認識しているようにも感じる。
 それが、匠海たちにとってのアドバンテージであり勝利へのカギだった。
 「立ち向かえる戦力がない」と思っているところに攻撃してくる敵が現れればそれの掃討に当たる。「戦力がない」と思っているからこそ増援の可能性を考慮しない。
 いや、考慮したとしても出現した敵が一機だけなら増援があったとしても大したことはない、と考えるだろう。実際のところ、一機だけで陽動を行うのは常識的にあり得ない。たった一機を陽動に使い、背後から圧倒的物量で押し寄せるのは管理帝国としても過去の経験上、あり得ないことだった。
 だから今回の敵は一機、増援があったとしても大したことはない。むしろこちら側に既にいくらかの被害が出ている、ということを考えるとこの一機こそが管理帝国にとっての脅威だった。
 管理帝国のロボギアがアサルトライフルを構え、レイACを攻撃する。
 それを軽い動作で回避し、アレックスはペダルを踏み込んだ。
 同時に人差し指のボタンを二回クリック、そして長押しして装備を光刃に変更する。
【right arm active : Laser Blade】
 レイACがアサルトライフルを左手に持ち替える。
 空手になった右腕の、前腕、手背側に装着された棒状の装置がぐるりと百八十度回転する。
 その装置の、指先側に向いた部分から光の刃が展開された。
「レーザーブレード!?!? 猟犬部隊だとでも言うのか!?!?
 バカな、とロボギアのパイロットが声を上げる。
 管理帝国の量産型ロボギアコマンドギア「ノーマル」にはそんなものは搭載されていない。基本的に銃火器とごく一部の物理攻撃装備だけだ。高出力レーザーで物体を切断するレーザーブレードは猟犬部隊と呼ばれる一部のエースのみが装備する極めて珍しい装備だ。だが猟犬部隊から裏切り者が出たと言う話は聞かない。
 敵はコマンドギア一機だと思っていたが、これはコマンドギアではないのか? いや、あの頭部の構造は明らかにEoTを格納しているダミーフェイス。ましてジェネレータからは不可視の雲が発生している痕跡がある。
 だが、知らない、こんな敵、知らない。
 驚愕するロボギアのパイロットの目前、モニターにレイACの姿が大写しになる。
 その、レイACの右腕が大きく振り払われる。
 次の瞬間、レイACから伸びた光の刃は管理帝国のロボギアの胴体と背面のコクピットを真っ二つに両断した。

 

 自軍のコマンドギアが撃破されたという情報はデータリンクを通じてマップの表示が【Lost】になったことで即座に知ることとなった。
 開かれた〝裂け目〟を通り、この世界に最初に降り立ったコマンドギアのパイロット――侵略部隊の隊長は【Lost】の表示にまさか、と呟いた。
 戦況を把握するため、味方間の回線は開いたままでいた。その際、最後に聞こえてきた「レーザーブレード!?!?」という言葉に敵の武装は自分たちのものよりはるかに強力なものであることを理解する。
「……だが」
 隊長は呟く。
 確かに光刃レーザーブレードは切断力が高い。だが、あくまでも近接武器であるため接近されなければ使用されることはない。敵はアサルトライフルも装備していて、その射撃精度も高いがこちらのコマンドギア部隊の練度は決して低くなく、呼び寄せた殺戮用ロボットの数を考慮してもこちらが殲滅される要素はない。敵はたった一機、この世界の戦力を考えればあのコマンドギアさえ排除してしまえば相手は手も足も出ないだろう。
 それなら、と隊長が部隊の面々に声をかける。
「全機、敵コマンドギアを排除せよ。念のため、私はこの場で敵の増援に備える」
 隊長も一瞬は思ったのだ。「自分も出れば確実に敵を排除できるだろう」と。
 しかし、この場に残る選択をしたのは、いくらこの世界の戦力が微々たるものでもそれで油断してはいけない、と判断したから。
 もしかすると、何かしらの反撃の手は隠し持っているかもしれない。その時に自分がここにいなければ、そしてこの世界の人間に〝裂け目〟を閉じる手段があった場合、自分たちの計画は瓦解する。
 それは他の隊員も理解したようで、隊長がこの場にとどまることに異議を唱えることもなく「了解Mi komprenas」と返し、外にいる敵の排除に向かう。
 数基の殺戮用ロボットと共に〝裂け目〟を見ながら、隊長は「さぁ、どこから来る?」と呟いた。
 来れるものなら来てみろ。返り討ちにしてやる。
 コマンドギアのコクピット内に、その言葉が響いて消えていった。

 

 匠海の思惑通り、管理帝国の勢力の大半がこちらに意識を向けたことで、アレックスは低く「よし」と呟いていた。
 EoTを展開し、レーダーを見ると、いくつかの反応は建物内部に残っているがかなりの数の反応がこちらに向かってきている。
 どうやら敵はこちらが一機であることをいいことに物量で圧倒しようとするつもりだ、まんまと作戦に引っかかって、とアレックスは考えた。
 敵の数は非常に多い。だがさっさと殲滅するだけだ、とアレックスが両手の操縦桿を前に倒しつつ、両足のペダルを踏み込む。
 レイACが左手でアサルトライフルを、右手で光刃を構えた状態で迫りくる敵に突撃する。
 先頭のロボットの目前で左足のペダルを踏んで左に跳び、右手の光刃で両断、そのまま前進して次のロボットに光刃を突き立てる。
 ロボットの動きが止まるのを最後まで見届けずに、アレックスはレイACの上半身をひねり、左手のアサルトライフルでレイACに飛びつこうとジャンプした四足歩行ロボットを撃ち抜く。
 その様子を見た管理帝国のロボギアのパイロットはやるな、と呟いた。
 これだけの数を相手にして、あのコマンドギアはよく立ち回る、と。
「だが、無双できるのも今のうちだ!」
 ペダルを踏み込み、操縦桿を前に倒す。
「行くぞ!」
 応、と応える仲間たちと、レイACに突撃する。
 数の利を活かし、複数の方向からレイACを取り囲む管理帝国のロボギアたち。
 その動きを光学センサで確認し、アレックスがアサルトライフルでロボギアたちを牽制する。
 だが、敵も慣れたものでそれを易々と回避し、レイACを取り囲み、腕部ショットガンを向けた。
「チィ!」
 アレックスがペダルを踏み込みレイACが大きくジャンプする。
 ロボギアたちのショットガンのベアリング弾が迫るがそれは空中で機体をひねり、回避する。
 少々強引な姿勢にはなったものの機体のバランサーその他諸々をうまく制御し、着地したレイACは即座に体勢を立て直し、ロボギアの一機にアサルトライフルを向ける。
 ロボギアたちもそれに対応して再度レイACを取り囲む。
「ち……っ、近寄らせてはくれないか」
 近寄ってきた四足歩行ロボットを蹴り飛ばしながらアレックスが呟く。
  アサルトライフルの攻撃も易々回避する練度に、アレックスは相手の実力を認識する。
 近づきさえすれば光刃であっさり打ち破れるだろうが、そうさせてくれないとなると――。
「サンドボードを使えないのが響いてきたな」
 アレックス達のいた世界はそのほとんどが砂漠化しており、サンドボードと呼ばれる装備で高速移動しながら戦闘するのが基本であった。
 当然、アスファルトの大地であるこの地形では出来ない戦術。先ほどまで順調に戦っていたアレックスであったが実は普段出来ない戦法を強いられていたのだ。
 だが、相手を圧倒するほどの機動力なら逃げる隙を与えることなく撃破することは可能。
 そして、その方法はレイACにあった。
《! おいアレックス、まさか!》
 ヘルの声が聞こえるが、それを無視してアレックスが両方の操縦桿の全てのボタンを長押しする。
「俺は、あいつらを危険な目に遭わせるわけにはいかない」
【CAUTION! Blue Ray Mode】
 レイACの周囲の装甲に隙間が生じ、隙間から蒼い光が覗く。
 なんだ、とレイACを取り囲むロボギアたちが警戒する。
【3】
「この機能は――」
《バカ、ここでブルー・レイモードを使うのは――!》
 ヘルの罵声が聞こえてくるが、アレックスはボタンを押す手を緩めない。
【2】
「ブルー・レイモードは――」
 モニター越しに、ロボギアたちが、「ノーマル」が、右手をレイACに向けて手首に格納された有線の杭を射出する。
【1】
「仲間を守るために使わずして、いつ使う!」
 アレックスが両足のペダルを強く踏み込む。
【Ouranos Drive Limited Boot】
「ナルセ・ドライブ、全開」
 アレックスがそう宣言した瞬間、レイACの姿が蒼白い光の軌跡を残し、その場から掻き消えた。
 ロボギアたちが放った有線の杭サンダーランスが何もない空間を穿つ。
!?!?
 ロボギアのパイロットたちが声にならない声を上げる。
 なんだ、何が起こった。
 ロボギアのパイロットの視点では、レイACは瞬間移動したようにしか見えなかった。
 レイACを取り囲んでいたはずのロボギアの一機が、一瞬で両脚と両腕を切断され、地面に倒れ込む。
「いくら数が多かろうと、その数だけを過信すれば勝てるものも勝てなくなる」
 そんな声が聞こえただろうか。
 二機目のロボギアがあっさりと両断され、爆発する。
「く、くそっ!」
 残りのロボギアもアサルトライフルを構え、光の軌跡を追うように射撃を開始するが、そんなものが当たるほど今のレイACは鈍重ではなかった。
 あっと言う間に一機、また一機とロボギアが両断されていく。
「お前たちの敗因は――相手が一機だけだという慢心と油断だ」
 光の軌跡がロボギア最後の一体を両断する。
「さて、後は消化試合か――」
 ブルー・レイモードを起動したまま、アレックスが呟く。
 それから、匠海たちが向かっているはずのハワイコンベンションセンターに視線を投げる。
「雑魚は俺に任せろ。〝裂け目〟とやらを、閉じてみせろ」
 そう言い、アレックスは改めて、自分に押し寄せる四足歩行ロボットたちを睨みつけた。

 

To Be Continued…

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