常夏の島に響け勝利の打杭 第4章
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「Nileロボットアーツコンテスト」の監視のためにハワイに訪れていた
大会当日、匠海が試合を監視していると、決勝戦でアンソニーの操るロボットが〝裂け目〟を作り瞬間移動を始める。
その〝裂け目〟が突然大きく広がり、向こう側から管理帝国を名乗るロボットが現れ、人々を襲い始める。
空が作った〝裂け目〟からハワイ島に逃れた三人は管理帝国の宣戦布告を聞き、侵略を阻止しなければ、と考える。
その作戦の一環として、アンソニーが趣味で開発していた全高6メートルの大型ロボットが役に立つのではないか、という話になり、一同はロボットのもとに移動、匠海がその改修を開始する。
改修が終了したタイミングで空が「砂上のハウンド団」というコマンドギア使いの傭兵を連れてくる。
作戦が始まり、まずはハワイコンベンションセンター外縁部にロボギアと四足歩行ロボットを引き寄せたアレックスが交戦を開始する。
アレックスがレイACでハワイコンベンションセンターの敵を誘引し、交戦を始めたのを匠海たちも確認する。
指揮車のレーダーのデータを共有してもらった匠海は、ハワイコンベンションセンターを占拠していた敵の大半と、現時点でこちら側に来ているロボギアが一機を除いて全てレイACに向かっていることを確認して、よし、と小さくガッツポーズをとった。
「俺の予想通り、管理帝国は俺たちを完全に舐めているな。レーダーを見る限り――ロボギアは一機だけ動いていないが、これは多分指揮官だろう」
「ほほう」
匠海と同じく、指揮車からデータの共有を受けた空も、視界に映るレーダーの状況にふむふむと頷いている。
「もうちょっと引き寄せたら突入する感じ?」
「そうだな――あまり時間をかけすぎると〝裂け目〟から増援も来るだろうし、ここは多少のリスクを負ってでも突入した方がいい。アンソニー、やれるか?」
匠海が、シートに座り操縦桿を握るアンソニーに声をかける。
「俺はいつでも行ける。そっちも大丈夫か?」
「こっちは大丈夫だ。理論値だが、設定範囲のロボットは全て沈黙できるはずだ」
空中のキーボードに指を走らせ、敵のロボットに送り込むウィルスの調整を行いながら匠海が答えた。
「あとは指揮官がどう出るか、ってのと増援にロボギアが含まれていた場合、どこまでやれるかだな――一応、ロボギア用のウィルスも作ってあるが、向こうも電子戦くらい想定しているだろうからあとは現地で状況に応じてゲリラ戦を仕掛ける」
「ゲリラ戦って……。即席でウィルスを作るのか?」
アンソニーが振り返り、匠海を見る。
そうだが? と匠海が当たり前のように頷いた。
「そのためのタンデムだ。ただウィルスを送り込むだけならここにいるだけでもできる。だが、状況によって即応するには俺も現場にいたほうがいい」
『まぁ、それにわたしの補助がないとこの子まともに動けないし』
アンソニーの目の前、HUDのあたりを陣取った妖精がふふん、と腰に手を当ててドヤる。
『いやー、いいデータがどんどん取れるから面白くなってきた。アンソニーにもデータ共有してあげるからもっといいロボット作りなよ』
「……はは、人型ロボットは懲り懲りだよ」
そんなことを言いながら、アンソニーは操縦桿を握り直し、大きく息を吐いた。
「タクミ、タイミングは任せる」
「了解、空、お前は大丈夫か?」
《こっちはいつでも行けるよ!》
ロボットの肩に取り付いた空も大丈夫、と頷き、〝裂け目〟を作り出す体勢に入る。
「アレックス、そっちの状況はどうだ?」
突入を前に、匠海がアレックスに通信を繋ぐ。
《こちらはほぼ消化試合だ。残りは隊長機だけだろうが――行ってこい!》
アレックスの言葉に、匠海も大きく息を吐き、作戦の開始を宣言した。
「〝裂け目〟撤去作戦、アンソニー班、出撃!」
匠海の宣言と同時に、空が空中に指を走らせて〝裂け目〟を作り出し、アンソニーがペダルを踏み込んでロボットを〝裂け目〟に突入させる。
〝裂け目〟を潜り抜け、空を肩に乗せたロボットがハワイコンベンションセンター、アンソニーが作り出した〝裂け目〟が広がるコンテストの決勝戦会場に出る。
『
スピーカーを通じて、三人に声が投げかけられる。
「敵の大将のお出ましだ。アンソニー、気を引き締めていけよ」
オーグギアの同時通訳機能で相手の言葉を聞き取った匠海がアンソニーに声をかける。
「分かってる。こっちも負けてられないんだよ」
視界に映る敵の隊長機を見据え、アンソニーが武者震いを抑えながら呟く。
敵は〝裂け目〟の前にロボギアが一体、周囲に数機の四足歩行ロボット。
匠海が改修したアンソニーのロボットで戦えない数ではない。
どうする、と匠海の脳裏にそんな言葉がよぎるが、それを考える時間はもう終わっていた。
匠海が素早く空中のキーボードに指を走らせる。
敵のロボギアがこちらに向けて駆け出してくる。
「行け、アンソニー!」
エンターキーを叩きながら、匠海が叫んだ。
「了解!」
アンソニーも操縦桿を倒し、ペダルを踏み込む。
ロボギアに向けて駆け出すロボット。
その周りの四足歩行ロボットもアンソニーのロボットに銃口を向ける。
その瞬間、
「その程度のセキュリティで俺を止められると思うなよ!」
匠海の叫びと同時に、周囲のロボットが、いや、ハワイコンベンションセンターを占拠していたロボットとレイACと交戦していた全てのロボットが停止した。
「データリンクも何もない
そんなことを言いながら、匠海がキーボードを操作し次のコードを呼び出す。
「え、効かない可能性あったの!?!?」
ロボギアに向けて機体を走らせながらアンソニーが声を上げる。
「いいからお前はロボギアに集中しろ!」
コードの微調整を行いながら匠海が叫ぶ。
「電波通信で、なおかつノイマン式使ってるから侵入自体は楽なんだが、やっぱり微調整は必要なんだ。二十秒、時間を稼いでくれ」
「了解!」
アンソニーが操縦桿を横に倒しつつペダルを踏み込む。
ロボットが横にステップし、正面から放たれたショットガンを回避する。
とはいえ、ショットガンの弾は散弾、全てを避けきれずに、拡散した弾のいくつかが被弾してもあまり問題がない箇所を掠めていく。
「うわ、紙装甲!」
妖精からの報告でダメージを確認した匠海が思わず声を上げる。
「しゃーねーだろ! こちとら戦争を前提としてないんだって!」
こっちだって小遣いの範囲で作ってるんだしそりゃー安物の素材になるって、と喚くアンソニーに、匠海はそれなら、と指示を出した。
「だったら全て回避しろ! 当たらなければどうということはない!」
「某赤い彗星かよ!」
『それ、伏せてない!』
そんな会話がコクピット内で繰り広げられる。
「ったく、無茶言うよ!」
「こちとら二年前に死ぬ思いしてんだよ! その時に『当たらなければ大丈夫』と思い知ったんだよ!」
そう言いながらも匠海が再びエンターキーを叩く。
「だが――
匠海が電波に乗せてロボギアに送り込んだウィルスは、通信回線からシステム回路に潜り込み、そのまま動作制御システムを混乱させる。
敵のシステム自体が把握できない以上、匠海はめちゃくちゃなコードを組み込んだシステムファイルを送り込み、動作そのものをバグらせたのだ。
ロボギアの動きが止まり、バランスを崩して地面に膝をつく。
「やった!」
アンソニーが叫び、ロボギアに肉薄する。
「落とし前は、つけてもらう!」
「待て!」
アンソニーが右手の操縦桿を引きつつペダルを踏み込んだ瞬間、匠海がアンソニーを制止した。
同時に妖精を通じて制御システムにキャンセルコマンドを送り込み、ロボットの動きを止め、一歩後ろに下がらせる。
「なんで!」
今ならあのロボットを撃破できたのに、と抗議するアンソニー。
だが、匠海は首を振ってロボギアに視線を投げた。
「緊急時とはいえ、お前を殺人者にはしたくない」
「な――」
匠海に言われ、アンソニーが絶句する。
確かに、アンソニーはロボギアのコクピットにパイルバンカーを撃ち込もうとしていた。ロボギアのコクピットの装甲がどれほどのものかは分からないが、アンソニーのロボットのパイルバンカーは土木工事で使われていた重機に使われていたものを流用したもの、もしかしたら装甲を撃ち抜いていたかもしれない。
だとすればどうなるか――パイロットは無事では済まないだろう。
しかし、ロボギアはあくまでも制御システムに異常が発生して停止しただけ、すぐに次の手を打たなければシステムの再起動なり何なりを行なって再び動き出すだろう。
「だったらどうすれば!」
「今、OSに侵入してる。OS自体を殺せば――」
そう言いつつも、匠海はいつの間にかロボットの肩から飛び降りて〝裂け目〟に向かっている空に視線を投げた。
「空! 今のうちにやってくれ!」
《分かってる! ちょっと待って!》
そう言いつつも空は巨大な〝裂け目〟に向かって走り、手を伸ばす――。
が、手が〝裂け目〟に触れる直前に、空は咄嗟に横に跳んだ。
『侵攻部隊の隊長をやると言うから行かせたら、大した活躍だな!』
そんな言葉と共に、数機のロボギアと多数の四足歩行ロボットが〝裂け目〟から出現する。
「まずい、増援だ!」
匠海が声をあげ、先ほど四足歩行ロボットに送り込んだウィルスを再展開する。
あのロボットは生身の人間を優先的に、次いで生体反応のある場所を攻撃する。そう考えると真っ先に狙われるのは空だ。
銃弾を斬り落とせる空の実力なら、そこまで心配しなくていいかもしれない。だが、いくら空が強いと言っても多数のロボットを同時に相手にするのは骨が折れるだろう。
広範囲にウィルスを散布し、すぐに匠海はロボギアを停止させたコードを呼び直す。先ほど、隊長機を止めるために調整した部分は記録されているため、送り込めればまとめて停止できる。
しかし、匠海がコードを送り込むよりも早く、新たなロボギアはアンソニーのロボットに向けてショットガンを撃ち込んだ。
「く――っ!」
アンソニーがショットガンを回避する。その動きに揺さぶられ、エンターキーを叩こうとした匠海の手が空を切る。
「っそ!」
アンソニーの回避行動が激しく、狙ったキーが叩けない。
新手のロボギアが目の前に立ち、こちらに銃口を向ける。
その間にも隊長機がシステムの再起動を終え、立ち上がる。
「マズいな……」
匠海が低い声で呟く。
こちらはウィルスさえ送り込めれば勝ちだが、向こうはその隙を与えてくれない。
しかもアンソニーが回避しきれなかったベアリング弾は少しずつ、確実にロボットの各部を傷つけていた。
このまま回避し続けていれば各部モーターも限界を迎える。それが先か、被弾によるダメージの蓄積で停止するのが先か。
ここまでか、とアンソニーが唸る。
「諦めるな!」
何とかしてコードを送り込もうと「
喝を入れながら、匠海はちら、と〝裂け目〟を見た。
〝裂け目〟からは多数の四足歩行ロボットが出現しようとしていたが、匠海が送り込んだウィルスで停止したロボットが〝裂け目〟に引っかかり、詰まっている状態になっているようだった。
その、停止したロボットを足がかりに、空は〝裂け目〟に接触していた。
幸い、ロボギアのパイロットたちは空が〝裂け目〟に接触していることに気づいていない。
それなら空が〝裂け目〟を閉じれば、ひとまず増援は完全に食い止められるだろう。〝裂け目〟を閉じるのにどれだけの時間がかかるかは分からないが、閉じさえすればこちらの勝ちだ。いざという時はアレックスが撃破してくれるだろう。
――だが、俺たちはここまでかもな。
ふと、そんな思考が匠海の脳裏をよぎる。
諦めるなとは言ったが、この状況を自力で逆転できるほど匠海には手が残されていなかった。せめて、数秒ほど落ち着いてキー操作できる余裕があれば。
そう匠海が思った時、不意に頭上から光が差した。
えっと思って頭上を見る。
近年改装され、開閉式になったホール天井が開け放たれ、虚空から一機のティルトジェット機が出現する。
『な――!?!?』
匠海とアンソニーが同時に声を上げる。
ティルトジェット機自体は
それはまるでゲームに登場するような光学迷彩のようで、それはまだゲームの世界だけの話だと誰もが思っていた。その光学迷彩が実現され、実装されているのか。
『タクミ、アレ見て!』
妖精が叫び、匠海が妖精の指示する場所を注視する。
それはティルトジェット機の尾翼。
そこには、アサルトライフルと桜の花が意匠されたエンブレムが描かれていた。
「
《違うよ、事態の収拾に来たなら、ティルトジェット機一機なんておかしいし、特殊第四部隊のエンブレムがついているはず。あれは一般部隊だからこの世界生まれの輸送部隊だよ。一体何しに……》
匠海の呟きに、空が即座に否定する。
様々な世界を渡り歩いていた空なら分かる。この事態は特殊第四部隊でないと鎮圧できない、と。
そう考えるとたった一機で飛来したカグラ・コントラクターの一般部隊は一体何のために。
そんなやりとりをしている間に、ティルトジェット機の扉が開く。
「そこまでだ! 異世界からの侵略者!」
しわがれているが、凛とした声が会場に響く。
誰だ、と匠海がティルトジェット機を注視した。
そこに、一人の老人が立っていた。
老人? と匠海が思わず声を上げる。
見た目だけでは白狼をはるかに上回っている、百歳に届こうかと思われる老人。いや、そもそも白狼も単純な年齢は百歳を超えているのに六十代前後にしか見えないので比較対象にしてはいけないが、それでもごくごく普通の老人が一体こんなところに出張って何を。
それとも、管理帝国にすら影響を与えるほどの発言力を持った人間だというのか。
そう考えて、匠海はそんなことがあるかと首を振った。
管理帝国は先程、何の前触れもなく現れた異世界からの侵略者である。そんな侵略者に影響を与えるほどの発言力を持った人間がいるはずもない。
だったら何だ。
見ていると、老人は開かれたドアから飛び降りようとしているようにも見える。
「やめろ! ジジイがどうこうできる相手じゃないだろ、無茶だ!」
思わず匠海が叫ぶ。
その声が聞こえたわけではないだろうに、老人はティルトジェット機にショットガンを向けるロボギアたちと、匠海たちが乗るロボットを見た。
「よくここまで耐えたな。あとは任せろ、異世界からの侵略者は、この正義のヒーローが許さない!」
そう、声高らかに叫び、老人は右腕を胸の前に掲げた。
その手首に、何らかの機械が出現する。
「あれは――!」
ロボットのカメラアイによるズームで老人を見ていた匠海が声を上げる。
老人の手首に現れた機械、それに匠海は見覚えがあった。
「あれは、さっき空が持っていたやつ!?!?」
あの機械は、先ほど空が渡してきたアフロディーネデバイスとかいう代物。匠海は使い方が分からず突き返したが、あの老人は使い方を知っているというのか。
《Please Set Orb.》
デバイスから機械音声が響く。
その時になって、ロボギアも危険を感じたのだろうか。
『今すぐ着陸して投降しろ! さもなければ撃つ!』
ティルトジェット機に向けていたショットガンが、老人に向け直される。
だが、老人はそれに構うことなく右手首の機械に何かを差し込んだ。
《Warning! Warning! Your device has been fitted with an unknown unit!》
手首の機械が明滅し、警告を発する。
それに構わず、老人はティルトジェット機から身を躍らせた。
「な――!」
匠海が声を上げるが、老人は平然としたまま声高らかに叫ぶ。
「変身!」
叫んだ直後、老人は機械に鍵のようなものを差し込んだ。
《Chaos key confirm.》
『何だあいつは! 撃て! 黙らせろ!!!!』
隊長の指示と同時に、ロボギアたちが一斉に老人に向けてショットガンを撃つ。
「しまっ――」
発砲したロボギアたちに、匠海は我に返り、自分の判断のまずさに舌を打つ。
あの時、ロボギアたちは動きを止めていたし、アンソニーも攻撃が止まったことで動きが止まっていた。
動作制御システムを落とすには絶好のタイミングを、匠海は乱入者に注意を払ってしまったことで逃してしまった。
駄目だ、あれを避けることはできない、と匠海が絶望の眼差しでティルトジェット機から落下する老人を見る。
目を逸らすことはできなかった。何故か、見届けなければいけない、と感じていた。
《convert the data from data space to manifestation space.》
機械音声がショットガンの発砲音に負けず、響き渡る。
次の瞬間、匠海は信じられない光景を目の当たりにした。
老人の前面に展開される無数の赤いオーブ。
無数のオーブがショットガンから放たれたベアリング弾を全て受け止め、老人には、そしてその背後のティルトジェット機には一発も当たらない。
「今日も頼むぜ、相棒!」
落下しながら、老人が不敵に笑う。
《ムサシ!》
展開された無数のオーブのうちの一つが老人に向けて飛翔し、左手に収まる。
そのオーブを、老人は右手首の機械に装着した。
《属性:切断! 戦いを決断! 外国人でも和の心! ピグマリオン:ムサシ! いざ、一、二、三の太刀!》
派手な音声と光の演出、それに負けないアナウンスが響きわたり、次の瞬間、老人の姿は全く別のものへと変化していく。
直後、地面を凹ませながら老人が着地する。
「なんだ……?」
呆然として呟く匠海。
着地した老人が、ゆっくりと立ち上がる。
いや、老人と呼ぶには語弊があるだろう。
その姿はもはや老人ではなかった。
二十歳くらいの黒髪の青年が、そこに立っている。
髪は短めのポニーテール、青い和装束に、左右の腰には刀が刺さっていない鞘が二本。
それなりの高所から飛び降りたにもかかわらず、老人、いや青年が平然と立ち、ロボギアたちを見据えている。
「
そんなことを言いながら、青年は腰に手をやり、抜刀の動きを取る。
その手に、ネオングリーンに輝く刀が握られる。
いや、匠海が目を凝らすと、その刀はまるで
戦場に降り立った謎の人物、しかし明らかに味方に見えるその青年に、頼もしさを覚える。
青年が刀を構え、次の瞬間、地を蹴ってロボギアの一機に接近した。
ロボギアもショットガンを撃つが、放たれたベアリング弾を、青年はただ睨む。
「
青年がその言葉を放ち、一睨みすると同時に、青年の周りに無数の風の刃が出現し、ベアリング弾を弾き飛ばす。
『な――!?!?』
ロボギアのパイロットが声を上げる。
いきなり現れた老人が若返ったと思ったらただ一睨みしただけでこちらの攻撃を防いだのだ。あまりにもあり得なさすぎる展開に、思考が追い付かない。
パイロットが呆然とする間に、青年はロボギアに肉薄し、刀を両手でしっかりと握り締めた。
「
地を蹴り、青年が大きくジャンプした。
両手で構えた大太刀を最上段に振りかぶり、目の前のロボギアに縦一文字に振り下ろす。
光のワイヤーフレームでできた大太刀が、ロボギアの頭頂部から足元までを切り裂き、ロボギアが左右に分かれて倒れていった。
「……す、すげえ……」
先に声を上げたのはアンソニーだった。
青年の乱入により動きが止まった隙に妖精が各部のダメージチェックと動力部の最適化を行っていたが、その間に青年はロボギアを一機、真っ二つにしてしまった。
「なんなんだ、あいつ――」
アンソニーの後ろで、匠海も呆然として呟く。
変身した青年の姿、というか衣装にうっすらと見覚えがあるような気がするが思い出せない。
一体あいつは何なんだ、と匠海が考えていると、ロボギアを真っ二つにした青年は大太刀を構え、次のロボギアを睨みつけた。
「フレイのピグマリオンを使うべきか悩んだが、この程度なら相棒の力で行けそうだな」
そんなことを言いながら青年が二機目のロボギアに突撃する。
『我々がたかが人間一人にやられるだと!?!? ふざけるな、撃て!』
ロボギアたちが青年を取り囲むように動き、ショットガンを放つ。
それを軽い身のこなしと無数の風の刃で防ぎながら、青年が攻撃の隙を窺う。
『タクミ、何ぼーっとしてんの!』
ロボットの調整を終えた妖精が、青年の戦いを食い入るように眺めている匠海に声をかける。
その言葉に、匠海が我に返り、キーボードを展開した。
「アンソニー!」
「おうよ!」
青年を援護するため、アンソニーがロボギアの一機に横から突撃し、右腕を叩き込む。
直後、右腕のパイルバンカーに仕込まれた杭がロボギアに撃ち込まれ、ロボギアの右腕を破損させる。
「アンソニー、いいぞ!」
キーボードに指を走らせながら匠海が声を上げる。
呆然とする時間もあったが、匠海もただ状況を眺めていただけではない。
アンソニーがロボギアの右腕を破壊し、反撃を避けるために横へ跳んだタイミングで、匠海は最後のコマンドを入力、エンターキーを叩いた。
「
通信回線を介して、匠海が送り込んだウィルスが発火、ロボギアたちの動作制御システムをダウンさせる。
一斉に動作不能になるロボギアたち。
そこを、青年が大太刀を手に追撃を行う――が、動かなくなったロボギアを守るかのようにロボットの残骸で塞がりかけた〝裂け目〟の隙間を潜り抜けてきた四足歩行ロボットが攻撃を仕掛ける。
「く――っ!」
横からの攻撃に、咄嗟に後方に跳んで回避する青年。
匠海が周りを確認し、即座にウィルスを送り込んで動作不能にさせる。
「空!」
まだか、と匠海が叫ぶ。
「これで――おしまい!」
〝裂け目〟に触れていた空が手を下から上に振り上げた。
その動きに合わせ、〝裂け目〟が閉じ、空中に浮かんだ線も消失する。
『〝裂け目〟が閉じただと!?!?』
ロボギアを率いている隊長が、システムを再起動しつつそんな馬鹿なと叫ぶ。
〝裂け目〟が閉じられれば管理帝国から増援を送ってもらうことができない。同時に、自分たちも管理帝国へと帰還できなくなる。
ここまでか、と思いつつも隊長と他のパイロットたちはロボギアのシステムを再起動する。
ロボギアのカメラアイ部分が赤く光り、機体が再び動き出す。
――そこへ、
「さっきのはオードブルなんだよ! メインディッシュを喰らえ!」
匠海が再びエンターキーを叩いた。
再度送り込まれるウィルス。
ふざけるな、と隊長が素早くシステムの予備プログラムを起動し、再度のシステムダウンを回避しようとする。
しかし、コクピットに鳴り響いた警告音に隊長は、いや、ロボギアのパイロット全員が驚愕した。
――何だこれは!
HUDとメインモニターいっぱいに浮かび上がる【
パイロットたちが幾つものスイッチを操作し、停止させようとするが文字列はモニターを埋め尽くし、そしてブラックアウトする。
「な――」
ブラックアウトしたメインディスプレイに、一つの警告が浮かび上がる。
【
「あ――あぁ……」
予想すらしていなかった敗北。
敵の勢力は大したことがなかったはずだ。つい先ほどまではこの世界の軍隊ですら圧倒していたはずだ。それなのに。たった一機のコマンドギアと、吹けば飛ぶようなロボットと、二人の人間に敗北してしまった。
何が。一体何を間違えたのだ。
現状に絶望したロボギアのパイロットたちが座るコクピットのハッチが強引にこじ開けられる。
光が差し込むと同時に、影がコクピット内に伸び、パイロットたちを引きずり出した。
「お前らは――」
パイロットたちを引きずり出したのは遅れて到着した
一度は蹴散らされたものの、
たった一つの、匿名の出撃要請によって。
「終わった~……」
コマンドギア部隊によってロボギアのパイロットが引きずり出され、拘束されるのを確認したアンソニーが安堵の息を吐く。
〝裂け目〟は閉じ、敵はすべて排除された。
戦いの終わりにほっと一息、アンソニーが脱力すると、各駆動部が限界を迎えていたロボットもその仕事を終え、地面に膝をつく。
二人でコクピットにいるのも狭いから、と匠海とアンソニーはハッチを開け、ロボットの装甲を伝って地面に降りる。
「お前たちが、こいつらを?」
コマンドギア部隊の数人が二人に駆け寄り、そう声をかけてくる。
「あ、あぁ、まぁ……」
歯切れ悪く頷く匠海。
そうだ、ここで個人作成のロボットで戦ったとなると、確実に事情聴取コースは免れない。それはアレックス達も同じはずだ。
一体どう説明すればいいんだ、と匠海が考えていると、空から通信が入る。
《匠海、お疲れ様! 空ちゃんは『砂上のハウンド団』をこっそり元の世界に送り届けるので、その間言い訳よろしく~☆》
「……は?」
思わず匠海が声を上げるが、空の選択は正しい。
ここでこの世界の人間ではないアレックスと、この世界には存在しない技術で作られたロボットが目に留まれば大変なことになる。
とりあえずコマンドギア部隊はアレックス達には気づいていないようだったので、匠海は適当に話をごまかすことにした。
「とりあえず、詳しく話を聞かせてもらってもいいか?」
そう言ってくるコマンドギア部隊に、匠海は小さく頷いて応じた。
「まさかユグドラシルのカウンターハッカーがハッキングで止めてしまうとはな……」
そんなことを言いながら、事情聴取に当たった人物が現場で膝をついているアンソニーのロボットを見る。
「しかし、高校生が人間が乗り込んで操縦するロボットを作り、それが戦闘したとは信じられないな」
実際はアレックスがほとんどのロボギアを撃破し、そして謎の男が助太刀してくれたおかげで事態を収束させることができた。アレックスは存在を知られると危険なので空がこっそりと帰還させたが、謎の男は匠海たちとは少し離れた場所でコマンドギア部隊と少しだけ言葉を交わし、さっさと乗ってきたカグラ・コントラクターのティルトジェット機に乗って帰ってしまった。
「結局、何者だったんだあいつ……」
老人の姿に戻ってティルトジェット機に乗り込む老人の後ろ姿を見送り、匠海が呟く。
その匠海に、事態が収拾したからと事後処理にやってきた
「――で」
「はい」
匠海とアンソニーが調査員に向き直る。
「まぁ、本来なら戦闘可能なロボットを個人で開発したということで色々と問題になる話なんですけどね――一応憲法では国民が武器を保有し携行する権利は認められている、といってもこれは流石に限度というものが」
「……すみません」
コーヒーのカップを抱え、アンソニーが謝罪する。
「とはいえ、このロボットが事態を収束させる一端になっているのですから、単純に兵器を開発して所持していたと逮捕することもできないでしょう。むしろこのロボットがあったから、世界は救われた、ともいえる」
そう言い、調査員も手にしたコーヒーを一口すする。
「それと、タクミ・ナガセ、貴方はよくこのロボットのシステム改修をした上で管理帝国とやらのロボットをハッキングしましたね。向こうの主張が正しいなら異世界からの侵略者じゃないですか。よくハッキングできましたね」
「まぁ、侵入してみたら侵入できて、システムも既存のものに酷似していたからたまたまハッキングできただけだ」
超絶大雑把な匠海の説明。
実際のところは相手が量子コンピュータでなくノイマン式コンピュータを使用していたからオールドハックで対処できた、つまり匠海がオールドハックできたから収拾できた事態だったが、そこを詳細に説明するのは単純に面倒だった。
オールドハックの件はあまり詳しく知られたくない。
ARハックが主流となった現代にオールドハックが拡散することを匠海は望んでいない。
だから、誤魔化せるところは極限まで誤魔化していた。
「とにかく、二人は一般人ということもありますしこれからしばらくは色々お話を伺うことはあると思いますがここまでということで。あ、ロボットに関しては調査のため我々が回収させていただきます」
「まぁ、どうせもう動かないけど」
各駆動系はもう限界で、そもそも匠海が使い切り前提で改修したため妖精がいなければそもそもまともに動かすことができない。そんなロボットに執着するほどアンソニーは物持ちがいい人間ではなかった。
それでも、共に戦った相棒ということで名残惜しそうにロボットに視線を投げ、アンソニーが小さく頷く。
「ま、どうせもっといい奴を開発すればいいだけだし」
「何か言いましたか?」
アンソニーの呟きを耳聡く聞きつけた調査員がじろり、と睨む。
「い、いえ何でもありません」
「ならよろしい」
その後暫く会話が続き、漸く匠海とアンソニーが解放される。
暫くは事後処理が続くと言われていたが、アンソニーは「大会で使ったロボットだけは持ち帰りたい、どうせ今回の戦いには関係なかったしいいだろ」とごねて決勝戦で使っていたロボットだけはちゃっかり回収し、匠海とハワイコンベンションセンターの外に出た。
「……終わったんだな」
よいしょ、とロボットを地面に置いたアンソニーがぽつりと呟く。
「ああ、お前のおかげだ」
ようやく気が抜けたのだろう、匠海がその場に腰を下ろしてため息を吐いた。
「まったく、とんでもない目に遭った」
「ほんそれ」
アンソニーも匠海の隣に腰を下ろし、頷く。
「結局、アレックスに挨拶できなかったな」
ハワイコンベンションセンターの外に転がるロボットの残骸を眺めながら、匠海は「砂上のハウンド団」の二人を思い出していた。
アレックスの戦いは前半しか見られていないが、レイACは本当に素晴らしいロボットだった、とふと思う。そしてそれを華麗に操るアレックスに、俺たちはどうだっただろう、と考える。
アンソニーが作ったロボットも、この世界の、この時代の技術力にしてはよくできた方だと思う。かなり無茶をした俺の改修に最後まで耐えたんだ、アンソニーもきっといい技術者になれる、そう考えながら匠海はアンソニーが持ち出した大会に出場していたロボットを見る。
発端はこのロボットだ。本来なら現場に残して
それなのに「関係ないだろ」と持ち出したことに、匠海はアンソニーに何か考えがあることを見抜いていた。
〝裂け目〟を作り出した機構を知られたくないのか、と考え、アンソニーに声をかける。
「なあアンソニー、お前のロボットが〝裂け目〟を作り出したの、あれ一体どういう原理だったんだ」
そう、匠海が声を掛けたタイミングで二人の後ろに〝裂け目〟が生じ、空がひょっこりと現れる。
「お、事情聴取終わってたか、お疲れ~☆」
これなら空ちゃんも面倒なことにならなくて済みそう、よかったよかったと呟く空に、匠海は「ああ、お前もお疲れさん」と声をかける。
「まぁ、これで何とか終わったからな。こっちはまだ暫く色々ありそうだが、お前は認知されてないし大丈夫だろ」
「だといいけどね~。ところで、アンソニーが作った〝裂け目〟が気になるって?」
どうやら匠海の質問はしっかり聞いていたらしい。
空も興味深そうにアンソニーを見る。
「あ、あぁあれ。偶然、フォルトストーンを手に入れたからさ、それを使った」
「フォルトストーン?」
聞きなれない単語に、匠海が首をかしげる。
「うん、空間転移には欠かせない石。それを使って、コクセー博士の研究資料を元に空間転移機構を構築してこいつに組み込んだんだ」
そう言ってアンソニーがポンポンとボロボロになったロボットを叩く。
「なるほど、フォルトストーン手に入れちゃったんだ……。そりゃ使いたくなるよね」
「痛いところ突くなあ……。でも実際、瞬間移動出来たら面白いだろうな、って思って転移機構を組み込んだんだけど、やっぱり人工的に瞬間移動を実現するのは人間の手には持て余す技術だったんだよ」
「と、いうことはもう転移機構は開発しないってことか?」
アンソニーが転移技術について否定的な言葉を発したため、匠海が思わず確認する。
うん、とアンソニーが頷いた。
「やっぱり転移機構なんて危ない技術を使うんじゃなくて、俺はあのロボギアみたいに自由自在に動けるロボットが作りたいなって。ってところで相談なんだけど――」
ロボットを見ながらアンソニーが呟く。
「ん? どうしたの?」
「このフォルトストーンの処分、どうしようかなって」
フォルトストーンは転移技術を実現するには必須のアイテムである。逆に言うと、あのような事件の後に考えるとフォルトストーンは「転移しないのであれば不要の長物、危険な物体」なのである。
アンソニーが転移機構をもう作らないというのであれば、その手元にフォルトストーンがあるのは危険だ。今後、悪意を持った何者かが悪用しようと画策するかもしれない。
「ま、そうだねー……。必要ないなら処分した方がスッキリするよね」
空が何故か納得したように呟く。
「かといって、その辺に捨てるわけにも行かないし……」
と、アンソニーが呟いたその時。
ちら、と視界の隅で何かが動いたような気がした。
次の瞬間、正面のモニュメントの陰から鎖が飛来し、ロボットを穿つ。
「な――!」
思わず立ち上がる匠海とアンソニー。
ロボットに突き刺さった鎖が引かれ、中からピンクがかった紫に光る石を絡めて放たれた場所へと戻っていく。
「フォルトストーンが!」
アンソニーがそう声を上げ、走り出そうとするが、匠海は慌ててそれを引き留めた。
「やめろ! 相手が何者かも分からないのに動くな!」
「何奴!?!?」
空も〝裂け目〟から刀を取り出し、構える。
「何奴と訊かれたら答えないわけにはいかないなあ」
そんな声が響き、モニュメントの陰から人影が現れた。
白地にマゼンタのラインの入ったローブ姿の人間。フードを目深にかぶっているので男性か女性かは判別できない。
声の具合から男性ではあるようだが、声だけで確定できるわけではないのは今の世の中である。
ローブ姿の人物が、手にフォルトストーンを握り満足そうにうなずく。
「ボクは『ダイバー』。このフォルトストーン処分に困ってるんでしょ、なら、ボクが有効に活用してあげるよ。だってボクは正義の味方だからね」
「『ダイバー』……」
名乗ったローブ姿の人物に、匠海が唸る。
突然現れて、フォルトストーンを奪って、こいつは一体何をするつもりだ。
『ダイバー』は「正義の味方」と言っていた。匠海には敵か味方かは判別できなかったが、こちらに敵意を向けてくるなら、敵だ。
だが、『ダイバー』はフォルトストーンを手に入れたことで用は済んだとばかりに三人に背を向ける。
「ボクは君たちと敵対する気はないよ。目的のものは手に入ったしね」
そう言い残し、『ダイバー』がフードを右手で深く被る動作をすると、『ダイバー』の姿がふっと掻き消える。
「――」
誰も、言葉が出せなかった。
フォルトストーンの存在を知っており、それを奪い、消え失せた『ダイバー』。
何者なんだ、と三人はそれぞれ心の中で呟く。
ふわり、と潮風が三人の髪を揺らす。
まるで、三人の心を逆撫でするかのように。
しばらく呆然とたたずんでいた三人だったが、夕陽が辺りを照らし始めたことで夜が近いことを悟った。
「あー、もうこんな時間か。空ちゃんの休暇もそろそろ終わりかな~」
うーん、と伸びを一つして空が呟く。
「空、今回はお前に助けられた。感謝する」
匠海が、そう言って空に右手を差し出した。
「おー、空ちゃんが役に立ったなら幸いだよ」
匠海の手を握り返し、空が笑う。
今回の事件は、作戦に参加した誰かが欠けていても解決することはなかった。
アレックスがロボギアを蹴散らさなければアンソニーのロボットは成すすべなく破壊されただろうし、空がいなければそもそも〝裂け目〟を閉じることができなかった。アンソニーがいなければ空を〝裂け目〟に連れていくことはできなかっただろうし、あの男性が来なければ匠海たちは死んでいただろう。
そして、匠海がいなければあの無数のロボットを、そしてロボギアを停止させることはできなかった。
確かにアレックスなら一機で全てのロボットを蹴散らせたかもしれないが、どうやら無線で聞こえてきた「ブルー・レイモード」はレイACにかなりの負担がかかるらしく、戦闘の終盤でアレックスを罵倒するヘルの声が聞こえてきたので、もしかすると稼働時間に制限があったかもしれない。
そう考えると、様々な偶然が必然となって、今回匠海たちは勝利を掴むことができた。
その勝利に貢献してくれた空とここで別れるのは、なんだか少し悔まれるような気がした。
匠海の手を握った空が笑い、言葉を続ける。
「世界の真実なんて知ろうとしちゃ駄目だよ。白狼が悲しむからね」
「それは――」
匠海が言葉に詰まり、空を見る。
空の言葉の意味が分からない。世界の真実? どこかの可能性の俺は何かを知ったのか、という考えが脳裏を巡る。
同時に、言いようのない不安が胸を締め付け、匠海は空から手を離した。
妖精が不思議そうに匠海の顔を見る。
その、妖精の顔を見た瞬間、匠海の不安は一気に大きくなる。
――和美、
何故、ここで彼女の名前が浮かんだのかも分からない。
ただ、何となく、感じ取ってしまった。
作戦前にも空は言っていた。「やっぱ復讐の力ってすごいね」と。
まさか、と匠海が呟く。
――どこかの可能性の世界の俺は、もしかして――。
だめだ、と匠海は拳を握る。
だめだ、そんなことを和美は望んでいない、復讐は、何も生み出さない。
ほんの一瞬、映像の一フレームほどの刹那、匠海の脳裏に可能性の自分の姿が差し込まれたような錯覚を覚える。
たった一人で、復讐に燃えた瞳でこちらを見る自分の姿を見たような気がして、違う、と匠海は首を振った。
もしかしたらこれは空が見たどこかの可能性の自分かもしれない。
どうしてそんな眼ができるんだ、俺は何を知ったんだ、世界の真実とは何なんだ、と可能性の自分に問いかける。
やめてくれ、そんなことをしないでくれ、そう呟いた匠海の肩をアンソニーが掴んだ。
「タクミ……?」
「っ」
思考が現実に戻る。
そうだ、あれはあくまでも「可能性」の自分だ。未来の自分ではない。
あの自分は「復讐」という可能性を掴んだだけだ。今ここにいる自分はその可能性を、掴まない。
「……大丈夫だ、俺は、道を踏み外さない」
そう呟き、匠海は海がある方向に視線を投げた。
「じゃ、空ちゃんはここまで。もう会うこともないだろうけど、多分どこかの可能性の君とはまた会うんだろうね」
そんなことを言いながら空が振り返ることなくどこかへ歩み去っていく。
空の姿が建物の向こうに消え、建物の隙間から見える日没のビーチに、改めてこの世界を守ることができて良かった、と匠海は思った。
やっぱりこの世界は見せかけの平和が一番だよ、と匠海が考えていると、アンソニーが匠海と同じようにビーチを眺めて口を開く。
「俺のせいで大変なことになった。やっぱり、ロボット開発なんてするもんじゃないな」
このロボットを作ってしまったばかりに、と足元の残骸を眺め、アンソニーが呟く。
「何言ってるんだ、人間誰しも失敗くらいする。だが、お前のおかげでこの世界は救えたんだから差し引きゼロ、どころかお前の功績は大きいぞ」
「そうかな」
不安げなアンソニーの言葉。あんなことをしなければこんなことにならなかったという後悔が言葉の端々に現れ、すっかり意気消沈しているのが分かる。
その背中を、匠海は勢いよく叩いた。
「った!」
「自信持て。今回はこんなことになったかもしれないが、お前が作ったロボットが今後人を守る可能性だってできているんだからな」
「そうかな」
若干涙目になりながら呟くアンソニー。
そんなアンソニーに、着信のアラートが表示される。
「あ――」
「出ろよ」
匠海がすぐに着信に気付き、アンソニーを促す。
出る直前にアンソニーが発信元を特定すると――
そんなところが電話をかけてくるとは――やはり、ロボットのことか。
恐る恐る通話ボタンをタップし、アンソニーが通話に応じる。
暫くアンソニーの相槌が続き、それから「えぇっ!?!?」や「そんな、僕なんかが」という言葉が混ざり始めてくる。
それを眺めていた匠海だったが、アンソニーの言葉に「それはシステムを改修した人がいて」という者も交じり、どきりとする。
おい待て俺のことを話すつもりかと匠海がアンソニーの目の前でおぶおぶと手を振るが、匠海の名前こそは出ないものの話はどんどん進んでいく。
話が進んでいくうちにアンソニーの顔つきが明るくなり、声も弾んだものになっていく。
これはいい話か、さてはオファーでも来たか、と微笑ましく見守っているうちに通話を終えたアンソニーが目を輝かせて匠海を見た。
「タクミ、DARPAにスカウトされた!」
「マジか」
そりゃーあのレベルのロボット作ったらスカウトくらい来るか、そもそも「Nileロボットアーツコンテスト」も二足歩行する人型ロボットの技術を磨くためのコンテストだったもんな、コンテスト自体は中止になってしまったが、アンソニーがロボット開発の腕を認められたのなら目的は達成しただろう。
そう、匠海が考えていると、匠海の視界にも着信のアイコンが浮かび上がる。
発信元を特定すると、アンソニーと同じくDARPAから。
「……え」
どうして俺に電話がかかってきた、俺の名前はアンソニー言ってないだろと思いつつも匠海が通話ボタンをタップする。
《突然のお電話失礼いたします。タクミ・ナガセさんですね》
落ち着いた男性の声に、匠海の心臓が跳ね上がる。
嫌な予感しかしない。今すぐ通話を切りたい。
《今回お電話した理由はもうお分かりかと思いますが》
「……は、はぁ……」
心当たりはある。心当たりしかない。アンソニーのロボットのシステム改修の件だ。
約十分という時間で、匠海は歩くのがやっとだったアンソニーのロボットを戦闘行動が可能なまでに改修してみせた。そのサポートに妖精や自分のリアルタイム調整があったのだ、DARPAとしては喉から手が出るほど欲しい人事だろう。
《貴方はロボットのシステム周りの開発をしたことが?》
「いや、アンソニーのシステムを見て最適化しただけですが」
そこは別に伏せるべき内容でもないので正直に答える。
なるほど、と電話の向こうの相手は小さく頷いた。
《それにしてもあのロボットの制御系システムの構築は素晴らしい。我々も各社と共同で大型ロボットの開発を行っていますが、あそこまでのシステムを短時間で構築したのは称賛に値します》
「それはどうも」
《つきましては、貴方をDARPAの技術者としてスカウトさせていただきたい》
来ると思った言葉。
そうでなければDARPAがNile社に勤務する元犯罪者に電話をかけてくるはずがない。
《メディアでちらほらお見掛けしますから知っていますが、貴方はユグドラシルサーバのカウンターハッカーじゃないですか。それも、ユグドラシルへのハッキングを不問とする代わりに採用されたという》
匠海が小さく頷く。
確かにメディアの露出はあったが、しかし匠海が入社した経緯は伏せられていたはず。
そこまでの情報をもう仕入れているのか、と思いつつ匠海は次の言葉を待った。
《DARPAはこれでも政府系列の機関ですからね、
「それは――」
《Nile社との契約は、Nile社がそれを打ち切った瞬間に貴方は犯罪者に逆戻りする。しかし、その罪を完全になかったものにすることも可能です》
DARPAの提案。確かに、「ユグドラシルサーバを攻撃した」という実績をなかったことにする、という提案は魅力的なものかもしれない――匠海以外にとっては。
だが、匠海は自分の罪を消したいとは全く思っていなかった。
匠海がユグドラシルを攻めたのは和美が死んだ真実を知りたかったからだ。その気持ちを、なかったことにはしたくない。
だから、匠海は首を振ってその申し出を拒絶した。
「私は、自分の罪を消すつもりはありませんので。それに、Nile社との契約はそんなぬるいものではない。Nile社だって私との契約を反故にすることはありませんよ。何しろ、私はユグドラシルにとっての抑止力ですから」
《な――》
まさか、断られるとは思っていなかったのだろう。男性の言葉が途切れる。
「別にNile社に対して不満も持っておりませんし、自分のこの技能をこれ以上軍用技術に使いたくない。だから、この話はお断りさせていただきます」
匠海の返答に、横で聞いていたアンソニーがえっと声を上げる。
DARPAからのスカウトを断るのか、あんたのその技術を活かせる最高の場じゃないか、と思うが、匠海は匠海で何か考えがあるのだろう、と考え直す。
その後も男性は匠海を説得しようといくらか言葉を重ねていたようだが、その全てを匠海は躱し、徹底的に断りの言葉を繰り返す。
それに根負けしたか、男性も「そうですか」と残念そうに呟いた。
《貴方ほどの天才がその芽を埋もれさせるのはもったいない。気が変わりましたらいつでもまた連絡して下さい》
「いや、俺は凡人ですよ――ただ、興味を持ったことにのめり込みやすいだけの、ね」
それでは、と匠海が言葉を締めくくり、通話が終了する。
「なんだよ、折角のスカウト断るのかよ」
通話が終了した途端、アンソニーがそう声を上げるが、匠海は苦笑してアンソニーの肩を軽く叩いた。
「俺の技術は戦争のためのものじゃない。人知れず埋もれさせておくのがいいんだよ。ま、お前の技術は今後人助けにもつながるからしっかり研究してこい」
「……うん!」
アンソニーが頷き、一つ大きく伸びをする。
「ところで、タクミ……」
「ん? どうした?」
アンソニーに呼ばれ、匠海が首をかしげる。
「元の服に着替えたいんだけどさ……着替え、どこ」
「あ」
すっかり失念していた。
あの戦闘からすぐに事情聴取を受けていたから着替える時間も余裕もなかった。
やっと今元の服に着替えられそうだが、よくよく考えれば、二人は「砂上のハウンド団」の指揮車の中で着替えていた。当然、元の服は指揮車の中。
嘘だろ、と匠海が呟く。
「……あいつら、元の世界に帰ったぞ」
「……デスヨネー」
匠海とアンソニーが顔を見合わせる。
「……ホテルまでは、このままだな」
「……恥ずかしいな、これ……」
ボディラインがくっきり出る、とまではいかないが、体型はしっかり分かる、体にフィットしたパイロットスーツ。
避難が解除され街に戻ってきた人々の視線が痛い。
「うぅ……」
アンソニーが真っ赤になった顔を手で覆うが、もうどうしようもない。
「とりあえず、ホテルまでの辛抱だ。じゃ、俺はここで」
匠海も羞恥心自体はあったが、恥ずかしいからと動けないでいたらいつまでも好奇の目に晒されるだけである。
開き直り、匠海はホテルに向かって歩き出した。
「……タクミ!」
その背に、アンソニーが声をかける。
「また、俺のメカのプログラム手伝ってくれよ! あんたのプログラム、ほんと凄かったからさ!」
その言葉に、匠海が右手を挙げる。
「お前も
「無茶言うよ! でも、俺、頑張る!」
そんなアンソニーの言葉を背に、匠海はふっと笑みをこぼし、ワイキキリゾートホテルへと戻っていった。
疲れた、と部屋に戻った瞬間にパイロットスーツを脱ぎ捨て、匠海がシャワールームに足を踏み入れる。
熱いシャワーを頭からかぶり、汗や土埃を流していると、その視界に着信のアイコンが表示された。
「あー……」
疲れすぎてオーグギア外すの忘れてた、と思いながら発信者を見ると
ああ、とうふなら後でいいやと「拒否」をタップしようとし、匠海はぼんやりと「通話」をタップしていた。
「げ」
《ああ
慌てて通話を切ろうとするものの、とうふは開口一番に匠海を労ってくる。
「ああ、全くだよ」
だが、全ての仕事は終わったから明日にはサンフランシスコに戻れる、と匠海が言うと、とうふはいやいやと首を横に振った。
《その件で電話したんだ、とにかく話を聞け。お前がまた世界を救ったということでCEOが大層お喜びだ》
「情報早いな」
匠海がアンソニーのロボットに乗って事態を収拾したことはまだ報道されていないはずである。それを知っているとはやはり蛇の道は蛇、とうふも「第二層」を歩く
《とにかく、CEOが『今回の働きには最大限の報酬で報いたい。手始めに一週間の特別有給休暇を与える』と言っているぞ》
「マジか」
いや待てそれ俺にとっては報酬どころか罰ですが? 俺はやっぱりどこにもいかずユグ鯖で働きたいんですが? と匠海が抗議するがそれを聞くとうふではない。
《お前は! 普段! 働きすぎ!!!! 休めこのワーカーホリック!》
「俺はワーカーホリックじゃない! 俺がいないとユグ鯖ガバガバだろ!」
普段仕事に疲れている人間が聞いたら確実に激怒する罵り合いを二人が展開する。
「俺は帰るぞ! 休みがなんだ、出勤してやる!」
《大丈夫だ、ユグ鯖にはガウェインとアーケインがいるから! ああ、一週間出禁処理しておいたから帰って来るなよ》
「はぁ!?!?」
またかよ! と匠海が叫ぶ。
そうだった、二年前のクリスマスもとうふがユグドラシルへの出禁処理を施したから匠海は休暇を取らざるを得なくなった。その結果、「
《とにかく一週間帰ってくんな。妖精そこにいるだろ?》
「妖精?」
オーグギアを付けたままシャワーを浴びているのだから妖精もいるはず、と匠海が視線を巡らせると、妖精はシャワールームの隅で顔を覆い、匠海に背を向けて蹲っている。
「……いるわ」
《なら、妖精にこまごましたデータ送っておくからあとで確認よろしく》
「あ、ちょっと待て!」
一方で気に通話を切られ、匠海ははぁ、とため息を吐いた。
しかしユグドラシル出禁を言い渡された今、サンフランシスコに帰ってもすることがない。
仕方ない、と匠海は諦めてシャワーを浴び、頭を拭きながらベッドに腰かけた。
「……」
とりあえずは、ガウェインには釘を刺しておくか、と考える。
ガウェインとアーケインの二人はダメだ。ユグドラシルの中でも屈指の問題児二人に任せてはおけない。
確かにカウンターハッカーとしての技量は匠海ほどではないがトップクラスの二人ではある。しかし、侵入者のオーグギアを爆破して逆探知を妨害したり罰金をものともせずユグドラシル内のデータを破壊するのでこの二人にだけは任せたくない。
匠海の指が空中を滑って連絡先を呼び出し、
数コールの後、通話に応じるガウェイン。
《おー、アーサーか。お前、やるなぁ》
「やるなぁ、じゃない! いいか! 絶対に!!!! 大人しくしてろよ!!!!」
開口一番、匠海がガウェインに釘を刺す。
釘を刺されたガウェインがあはは、と警戒に笑う。
《何言ってるんだよ、俺とアーケインがいればユグ鯖は安泰だよ。だからお前はしっかり休め!》
逆に一喝され、匠海が一瞬怯む。
しかし、ここで引いてはいけない。
大きく息を吸い込み、匠海は口を開いた。
「それが一番信用ならないんだよ!!!!」
ユグドラシルは今日も通常運行。
ハワイでは大変な事件が起きたが、それでも戻ってきた平和は当たり前の日常を今日も刻んでいくのであった。
The End
おまけ
「パイスー姿の匠海&アンソニー(妄想)」
この作品を読んだみなさんにお勧めの作品
AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。
この作品の更新を待つ間、読んでみるのも良いのではないでしょうか。
世界樹の妖精-Fairy of Yggdrasill-
本作と同じ作者、蒼井 刹那による作品です。
オーグギアと呼ばれるARデバイスが普及した世界で、世界樹と呼ばれるメガサーバを守るカウンターハッカーである主人公のタクミが、「妖精」と呼ばれるAIを巡る戦いに巻き込まれる物語です。
虹の境界線を越えて
世界を股にかける大泥棒、虹野 空。
そんな彼女の始まりの物語がこちらとなります。
世界樹の妖精-Serpent of ToK-
世界樹の妖精-Fairy of Yggdrasill-の別の可能性。
「Nileロボットアーツコンテスト」に参戦したアンソニーがこの作品では「Team SERPENT」の一員として様々なガジェットを作っています。
そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。
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