Legend of Tipaland 第2章
第1章のアルの足跡
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“勇者〝がまだ、その運命を知る前、”勇者〟は仕事仲間である女剣士と槍使いと共に、魔物退治に明け暮れていた。
「最近妙に多くない?」
と、仕事と仕事の間の移動時間に女剣士。
「全くだな。この前なんか、本来なら絶対によそ者を招き入れない〝森の民〟の依頼だぜ、普通じゃない」
と、槍使い。〝森の民〟は、尖がった耳が特徴の排他的な種族である。そんな彼らが、わざわざよそ者を呼び寄せて魔物退治を依頼するほど、強い魔物の発生が多くなっていた。
「ねぇ、次の依頼の鉱山ってあそこだよね?」
“勇者”が指差した先、鉱山では戦火の炎が、煙が上がっていた。
* * *
《2007/Cancer-6 “ザ・マウンテン”第十三採掘場》
「ミダヂムムイホレダダレナナハ」
目の前の中心の真っ黒い穴とそこから浮かび出てくる無数の赤い触手のようなヒダで構成されるその奇妙な〝何か〟――クリスタルから出現した――がそのような音を放つ。
「デヌヌヌザゼホレダダレナナドドンムムンヒガママエダデネロアゴグネネマハギザ」
相対する三人――アルとスペンスと名も知らぬフードの男――は、突然の出来事に全員が思考を停止していた。
「な、なんだこいつは!」
「とりあえず、対魔物用の魔術を使います!」
「皆さん逃げて! ここはボクが食い止めますから!」
そして、三人は同じくらいに立ち直った。一人は
「喰らえ!」
腕を真っ黒い穴に向けて突き出す。アルの中を魔法陣に記録された憎しみにも負の感情が駆け抜け、突き立てた腕の延長線上、黒い穴の付近で、真っ白い光が爆発した。
光の魔術と呼ばれる魔術は、魔力の構造を破壊することで発生する白い光からそう呼ばれている、純粋な破壊の力である。その性質上、魔力で構成された物体に対して有効で、当然、魔力で構成された存在である魔物に対してはほぼ確実に無視できない強大な影響を与える。
「ハンホヌロイナナドホネギノノホゾグズズジネネマザユリヒヅアハアフワ」
「効いてない!?」
「リエママジダラガホゴノゾホニゴヌゼゼロホザ……ヨザオグゾゾネネゾオヂネゴゾグ」
赤いヒダが激しく動き、まぶしいばかりの光があふれる。
「強力な光の魔術!?」
人間は決して魔力だけで構成された存在ではないが、破壊の力そのものである光をあれだけ浴びれば、人間の体もまず保たないだろう。その光はとどまることなく、そして……
「くっ、まずい、吸い込まれるぞ……」
その光に接触させようと、強力な引き寄せる力が発生する。スペンスがその刀を地面に突き刺し、それに耐えようとする。アルもそれに倣って自らの剣を地面に突き刺す。
「ここはボクが押さえます。皆さんは逃げてください!」
名も知らぬフードの男は二人のいる場所からさらに一歩前に踏み出す。
「アリアケノ ツレナクミエシ ワカレヨリ アカツキバカリ ウキモノハナシ」
男は神聖語の呪文を唱える。しかしほぼ単語でした使われないはずの神聖語による詠唱にしてはあまりに長く。この場にいる誰もその意味を分からなかった。
詠唱によって現象が発生する。それはまたしても光であった。しかし、破壊の光が真っ白なのに対して、それは太陽の光のように黄色く、温かかった。
「アルさん。そのクリスタルをお願いします。適当な研究所に持ち込めば、道が開けるはずです」
男の魔術によってか、引き寄せる力が消滅する。
「さぁ、行ってください!」
「分かった、感謝する」
「でも……」
躊躇なく逃げるスペンスに対して、つい男を心配してしまうアル。
「まったく、噂通りですね」
男はため息一つ。
「セヲハヤミ イワニセカルル タキガワノ ワレテモスエニ アハムトゾオモフ」
暴風といって差し支えない風が発生し、アルを一気に吹き飛ばす。そして、吹き飛ばされてきたアルをスペンスは迷いなくキャッチし、そのまま駆け出す。
《2007/Cancer/-6 北東州-“ザ・マウンテン”物資集積所》
採掘場を出てすぐ、スペンスは馬車に急いで出るように命じ、飛び乗った。
「しっかりしろ、アル。集積所についたらそのまま下山して、砦に向かうぞ。砦の中にはこの近辺で採掘された見慣れない鉱石の分析なんかができる研究施設がある」
「あの人は……どうなったでしょうか……」
諭すように言うスペンス、アルは質問する。
「分からん。だがあの男の使った見慣れない魔術はあの妙な奴に確実に影響を与えていた。あいつ一人なら何とかできる自信があってのことだろう」
「そう、ですね」
それが希望的観測であることはアルにも分かったが、しかしそれを指摘することはできなかった。スペンスが気遣ってくれていることが分かったからだ。何より、あの〝何か〟のことをコンクエスターギルドに伝えなければ。
「よし。おい、物資集積所についても止まるな。そのまま下山し、砦へと向かう」
「分かりました」
ふぅ、とスペンスが息を吐く。
「これからどうなると思う?」
スペンスがアルに問う
「分かりません、ですがあれほどの敵ですから……。コンクエストが発令されるかも」
「そうか……。コンクエスト……。俺が生まれてから今まで一度も発令されたことがなかったが」
「もっとですよ。コンクエストはこれまで500年発令されてこなかった。500年前ならコンクエスト案件だったことも、今では4人程度のコンクエスターで対応できるようになりましたからね」
コンクエスターは魔物退治を主とする何でも屋である。彼らはクエストという形で魔物退治をはじめとした依頼を引き受け、そして依頼主から報酬を受け取る。コンクエスターギルドは仲介料を得る。しかし、コンクエスターの仕事はクエストのほかにもう一つある。それがコンクエストである。コンクエストはいうなればコンクエスターギルドが依頼主となって発生するクエストで、全コンクエスターの参加が求められる。逆に言えば、コンクエスターの総力を以て当たらねば解決困難である、と判断された事案について、発生する特殊事項のようなものだ。
しかし、世界の壁ができて1500年、世界に戦争のような悲劇が起きることもなく、またここ500年はクエストという形では困難というほどの魔物の大規模発生もなかった(これはコンクエスターを取り巻く様々な技術の向上も関係している)。もし、あの謎の存在についてコンクエストが発生すれば、ほとんどの存在が初めて見る、500年ぶりのコンクエストということになるのだった。
「そろそろ夜だ。寝ておけ」
「はい、失礼します」
《2007/Cancer/-7 北東州-砦〝オリハルコン〟》
「急停止します!」
という御者の声で、慌てて飛び起きる二人。直後に急停止に伴う衝撃。
「何事だ!」
「砦から……砦から狼煙が!」
馬車から顔を出すと、確かに砦から狼煙が上がっていた。
「色は赤……襲撃を受けているのか……」
「行きましょう!」
アルが馬車から飛び降りる。
「でしたら、この馬を使ってください。この馬車は馬一匹でも引けるようにできてますから」
「感謝する。お前は街に向かって警告を。アル、馬の操縦は任せた」
「了解しました。お二人ともお気をつけて」
馬車が走り去っていく。アルはすぐ馬に乗り、そして、スペンスとタンデムする。
砦はすごい数の魔物に襲撃されていた。砦の兵士も槍と盾、そして蒸気機関銃で頑張っているようだが、多勢に無勢といった様子だ。
「アル、魔術で一掃できないか?」
「さすがにそんな強力な魔術は難しいですが……。できうる限り強力な魔術を試してみます。時間稼ぎをお願いします」
スペンスの提案に頷くアル。そして、即座に精神集中を開始する。精神集中、チャネリングとは、単純に想いを力に変えるのではなく、より具体的にどう原子を動かすかを意識する工程のことを言う。
そして、その魔力の動きに魔物は敏感に反応する。
「アルには触れさせないぞ!」
スペンスが刀を構える。刀にスペンスの魔力が浸透する。刀の原料である特殊な製鉄技術で作られた鋼が、それを可能にするのである。
今回、スペンスが刀に付与した力は射程拡張。刀を一振りすると、刀が届かなかったはずの距離の敵までもがまとめて切断される。おおよそ三倍、恐ろしい攻撃範囲であるといえる。
「あんまり長時間は使えないが……、なんとかアルの魔術が発動するまでは耐えて見せる」
圧倒的に見えた射程拡張された刀であったが、指揮官となる魔物がいるのか、対策として、剣と盾を武器として使う魔物を差し向けてくる。射程拡張されていても刀は刀、実体あるものである。受け止められてしまえば、それ以上ふるうことはできない。
そしてその間に、他の二足歩行の敵やハウンド系の敵がアルに向かっていく。
「まずい、くそ……」
スペンスは目の前の盾と剣を構えた二足歩行のトカゲ型魔物、リザードソードマンに苦戦を強いられる。確実にこちらの攻撃を盾で受け止めてくる守りの姿勢に対して、スペンスの射程拡張は無力だ。
「ならば」
刀を構え直し、魔力を通し直す。そして、リザードソードマンに対して突きを実行。当然盾に防がれるが、魔力により鋭さを強化した刀はその盾を貫通し、破壊する。そのまま本体に突き立て、そして、縦一文字に両断する。
「アル!」
スペンスがアルのほうに向くが、スペンスにはとても間に合わない距離に魔物。すでに攻撃態勢。
「
と、次の瞬間、その魔物が吹き飛んで、黄金の欠片を残して消滅した。直後、風が周囲を襲う。
「間に合ってよかったぜ」
そこにいたのは槍を構えた戦士だった。風の魔術で一気に加速し、貫いた、といったところだろうか。
そして、その直後、アルの魔術が完成し、アルが剣を空高く掲げる。その剣から、雷があふれ、周囲の地面ごと魔物を焼いていく。
「ごめん、全然だね」
「いや、この群れの中に指揮官がいる。アイツだ。お前が一掃したからわかった」
見ればひときわ大柄で周囲に目を走らせている魔物が一匹、何やら叫び声をあげて周りの魔物を動かしている。
「でも、ここからじゃ遠すぎる!」
「あいつだな、任せろ」
それを聞いた槍使いが槍を構え、そして……。
「
すごい風と同時に、槍使いの姿が掻き消え、次の瞬間には指揮官と思われる魔物を貫いていた。
そして、魔物の動きが明らかに乱れた。
「よし、一気に行くぞ」
「あれ、今のって、ジルの風圧突撃?」
首をかしげるアル。
「さっきの槍使い、知り合いか?」
「多分……。まぁ話はあいつらを倒しえ終えてからかな」
何とか魔物を掃討し、砦の中の研究施設にクリスタルを渡して、ようやく槍使いと再会できた。
「やっぱりジルか、なんでここに?」
「おぉ、アル。いや、ちょっと里帰りにカナリアに来てたんだが、砦が襲撃を受けてるって知らせを聞いてな」
「そっか、そういえば、ジルはこっちの生まれだっけ。助かったよ、ありがとう」
再会を喜ぶアルとジル。
「知り合いか?」
「うん、養成学校の同期でね、ちょっと変わってるけど……。ジル、この人はスペンス、ザ・マウンテンの……」
と、ジルにスペンスを紹介しようとした次の瞬間……。
「おぉぉぉぉぉぉぉ、それは刀だな! 結構使い込まれてるがまだまだ使える、しっかりと手入れしてるんだな。どこの工房のものだ? いや、言わなくていい、当てて見せる。刻印はない、鍔の作りは……。分かったぞ、レオン工房の刀だな!」
「……正解だ」
なんなんだこいつは、という顔でアルに視線を向けるスペンス。
「ちょっと、武器マニアなところがあってね……」
「武器マニアというより刀剣マニアだな。刀剣をコレクションするのが趣味なんだ」
えっへん、と胸を張るジル。
「その割に
「分かってないなぁ。コレクションをわざわざ傷つける奴がどこにいるんだよ。刀剣は飾るものなんだよ。いや、もちろん使われてこそって考えの人がいるのも分かるんだけどな」
「そ、そうか……。その、確かにちょっと変わってるな……。これであれだけ風を操る『援助の人』なのが、不思議だ」
コメントに悩んだスペンスはそんなことを呟いた。
「ジルは、結構面倒見がいいんだよ」
チパランドの魔術は精神を調律して放つ魔術だ。その関係上、個人の持つ個性によって得意な属性が異なる。こうした背景から、チパランドでは性格診断と得意な魔術を結びつける傾向が強く、特に神話の時代から使われたと言われているエニアグラム性格診断がよく用いられる。
そして、風属性はエニアグラム性格診断で言うところの『援助の人』が得意とするとされており、ジルのここまでの性格を見ると、そうは見えないな、とスペンスは感じたのであった。
ちなみに火を得意とするアルは『情熱の人』、雷を得意とするスペンスは『挑戦の人』に分類される。
「これでも結構面倒見が良いんだよ」
「それで、アルはこんなところで何を?」
「うん、実は………」
「なるほどな、事情は分かった。俺も手伝うぜ、同期のアルの抱えてる問題だし、その妙な奴の登場とさっきの魔物の大量発生、偶然とは思えねぇ」
ね、付き合いが良いでしょ? とアルがスペンスに視線をやる。
と、なにやら荷物袋を地面に置くジル。
「じゃ、このゴールドは山分けだな」
「ちゃっかり集めていたのか…………」
「もしかして、僕らが研究施設で色々話している間に、ずっと集めてたの?」
あきれる二人に首をかしげるジル。
「分析の結果が出ました。こちらへどうぞ」
と、そこへ、研究施設の人がやってきて、三人はそれについていく。
「まず、このクリスタルは、人の手で作られたものです。といっても、一般的に知られている技術ではありませんから、おそらく魔法によるものでしょう。それから、年代ですが、約1500年前ということになります」
「魔法使いの手によるもので、1500年も昔のもの……」
スペンスが呟く。ふと「スペンスは魔女とは言わないんだな」とアルは思った。魔法使いとはチパランドの外から来た者のことを言う。魔法とはそんな外からもたらされたチパランドの魔術とは違う不思議な現象の総称を言う。昔は、魔法の事を外法、魔法使いの事を魔女、と蔑む時代があった。今も特に悪意なく(悪く言えば無神経に)そう呼ぶ者もいる。もちろん、悪意をもって呼ぶ者もいる。
ちなみに、錬金術や占星術など、当たり前のようにチパランドで浸透している魔法も多くある。外法という言葉は、そういったチパランドに浸透している魔法と区別して、異端な何かを使う者、という意味が込められている場合もある。どちらにせよあまり良い意味ではない。
「そして、このクリスタルの内部には巨大な空間が存在するようです。外側から衝撃を与えない限り内側からは出られないような仕掛けにもなっているようですね。つまり、このクリスタルは一種の牢屋のようなものということになります。とはいえ、閉じ込める方法も中に入る方法も分かりませんが」
「つーことはあれか? アルたちが見たっていう敵を1500年前の奴らは倒すことができなくて、そのクリスタルの中に封印したってことか?」
「状況をみるとそう取れるな」
「それじゃあ、ここでそのまま閉じ込める方法とかを調べていただければ」
「いえ、我々ではこれ以上分析するのは不可能です。ルプスか、コンビナートの研究施設が必要ですね」
ルプスは北西州の州都で元チパランドの首都である大都市、コンビナートは南東州の州都で今やルプスに次ぐ規模を持つ大工業都市だ。そのどちらかであれば、可能かもしれないというのは現実的な話であると言える。
「それじゃ、次はカナリアまで行って列車で移動か」
「だな」
「うん」
ジルの言葉に頷く二人。と、そこに。
「大変です!」
砦の兵士が走ってくる。
「その……なんて報告申し上げればいいのか分からないのですが……、黒い穴のような大型の何かが突然現れました!」
「まさか!?」
三人が、厳密にはアルとスペンスが駆け出し、ジルが続く形で駆け出す。
「リヌズナドドガホゴノゾホニゴヌゼゼロホヨ」
砦の外に飛び出たアル達の前に現れたのは、やはりあのクリスタルから現れた謎の生物。
「ガホヨグホニザアゴロヌロホマノイヒザザヂナザザガホゴノゾホニゴヌゼゼハンヂヂナナズマヒザザダフ」
再びあふれんばかりの光が輝き始める。そして、吸い込む力も。三人はすぐに地面に武器を突き刺し、耐えようとするが。
「ゾナミミマヨグホロホホニザアゴロヌロホホナヅズマハギラゲホヨグヒホザザエウゾノマザハワフドド」
吸い込む力はどんどん強くなり、地面に刺した武器は抜け、体が宙に浮く。三人の背後から、砦の壁がミシミシと音を立てているのが聞こえる。
「くぅ」
アルは覚悟をきめて、クリスタルを強く握りしめる。かつてこの敵がこのクリスタルで封印されていたというのなら、もう一度、このクリスタルで封印できるかもしれない。方法も分からないが、ここで無為に死ぬくらいなら、挑戦しよう、と。
そして三人の前に光が近づき……。
「まだ死んでもらっては困ります、ね」
三人と光の間に、魔法陣のようなものが出現し、そして、その魔法陣と触れた三人はどこかで消滅する。
「ハンナナノノノゾヒジゲナユウダフワエザアマヒザザダフドド」
困惑と怒りをたたえた音を発しながら、光と吸引を中止する敵。
そこから少し離れた丘の上で、フードの男――背丈から採掘場であった男とは別人だとわかる――がふっと笑った。
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