Legend of Tipaland 第6章
第5章のアルの足跡
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「なぜ、ここにいる? お前は平原の争いを平定するようにと」
後に争いを止めた英雄と呼ばれる事になる青年が問う。
「争いの原因はそこにはない。僕は止めに行かないとならないんだ。だから、頼む、平原には君に行って欲しい」
〝勇者"は答える。後の英雄は"勇者"と、その背後に控える"槍使い"と"女剣士〟の真剣な表情を見て、理解する。
「どうやら、止めても無駄らしいな」
〝勇者"の同期であった彼は、そうなった"勇者〟がもはや誰にも止められないと理解していた。
三人は無言の首肯で答えた。
後の英雄は首肯し、馬に乗った。後に英雄の武器として語られる剛剣を携えて。
「ドラゴニア平原に向かう。本部長への連絡は任せたぞ!」
後の英雄は近くにいた連絡役に伝えるや否や、馬を走らせる。
歴史には語られない、英雄の出立のシーンであった。
* * *
《2007/Cancer-31 北西州-州都〝ルプス〟 - 炭酸屋》
「どう言うことなんだ……」
炭酸屋で顔を隠したアルが口火を開く。
「少なくともお前がコンクエストの対象にされてるってのは間違い無いな」
ジルが返事する。
コンクエスト。コンクエスターが総出を上げて行う一大作戦。
ここ500年は非常に平和で、コンクエストが発令されることは全くと言っていいほどなかった。
平均寿命が150年程度であるチパランドのほとんど人々にとって馴染みのない出来事である。
「こうなったら、ギルド本部長に直接直会って確かめるしかないんじゃないか? それにしても、やっぱ夏はサイダーだよなー」
ジルが緊張感のない調子で提案する。
とはいえ、コンクエストの発令はコンクエスターギルドの本部長のみが行える。コンクエスト発令の真意を問いただすにせよ、解除してもらうにせよ、本部長に会わなければ始まらないのは確かだ。
「私は炭酸屋に入ったのは初めてだが……。とはいえ、ギルド本部長に会うなんて危険すぎる。コンクエスター本部に何人のコンクエスターがいると思う? まして、ギルド本部長がこちらを捕まえにきたら? かの英雄の中の英雄に勝てる訳がない。逃げるべきだ」
スペンスが反論する。
こちらも至極真っ当な意見だ。
ギルド本部長とは即ちコンクエスターのトップ。それに会うまでにこちらを捕まえようとする無数のコンクエスターと交戦する事になるのは疑うべきもない。まして、本部長は戦力的な意味でもコンクエスターのトップ。その前に自ら姿を現すなど、自殺するも同然である。
詰まるところ、この二人の主張は、コンクエスト発令という事態に対し、コンクエスト撤回を目指すか、撤回は諦めて逃げ回るか、というアルに提示された選択肢なのである。
「アル君、どうする? コンクエスターのルールに則るなら、このチームのリーダーはアル君だよ。アル君の判断に従う」
ジルとスペンスが直接お互いに反論しようとしたところを、ラインが制し、アルに尋ねる。ジルとスペンスもラインの意見を支持し、黙って頷いた。
「本部長に会おう。ブラッドを放置することは出来ない。けどブラッドへの対処は僕らだけでは出来ない。まして、逃げ回りながらなんて不可能だ」
三人が確かに、と肯く。
「だから、本部長に会う。それで捕まるようなら、その時は仕方ない。あるいは罪人扱いでも、ブラッドの存在くらいは伝えられるかもしれない」
行こう。と、アルが立ち上がる。
「なんだかんだ直情的なのは悪い事ではないけど、ピンチこそ、状況を俯瞰して見るべき時ですよ、兄さん」
その肩を誰かが掴んだ。アルとよく似ているが青い制服が特徴的だ。
「け、警察!?」
スペンスが反応する。その制服はどう見ても警察のそれであった。
「僕はコワス。アルの弟です。兄らしき目撃証言をたまたま僕が受けられたので、その情報を握り潰して、駆けつけてきました」
バレたら懲戒じゃすみませんけどね、と笑う。
「コワスってのも神聖語だっけか」
「えぇ。破壊する、だめにするって意味の言葉ですね。まぁ僕の場合、しがらみとかそういうのに囚われないようにって意味でつけられたみたいですけど」
ジルの質問にコワスが答える。ジルはほー、名前に意味ねぇ、なんて呟いている。
「いや、そんなことより、目撃証言を握りつぶしてって、大変じゃないか! はやく警察署に戻った方がいいよ」
落ち着きを取り戻したアルが正面からコワスの肩をつかむ。
「えぇ。ですがそれは兄さん達をコンクエスターギルドに送り込んでからです」
「なんだと? そこまで協力してくれるのか?」
スペンスが聞き返す。スペンスはてっきり自首の勧告か、あるいは良くてルプスから逃してくれる程度だと思っていた。
「もちろん。此度のコンクエスト発令は奇妙だ。まず、人間相手のコンクエストは過去に数回程度しか例がない。そもそも基本的に人間を取り締まるのは私達警察側の仕事だからな」
突然コワスの口調が変わりアルを除く一同がざわつくが、コワスは意に介さず話し続ける。
「過去の人間相手のコンクエストは全て、まず警察側が手配していて、警察では抑えられない程度の力を持っていると判断された場合に限られる。ところが今回はどうだ。警察側は兄さんが犯罪者であるとすら掴んでいない」
「なるほど。だが、今回のアルはコンクエスターだ、その辺の事情もあるんじゃないか?」
「その反論を壊そう」
「?」
コワスが妙なことを決め顔で言った。一同が首を傾げる。
「過去にコンクエスターを離反した実力に対して、をコンクエスターギルドが追っ手をかけたことが数回ある。だが、いずれもクエスト扱いだ。離反したコンクエスターがどれほどの実力者でも全コンクエスターを動員するほどではないからな」
「確かに……」
アルはコンクエスターの中では標準より少し上程度の実力しか持っていない。そのためにわざわざコンクエスターを総動員するだろうか?
「いや、アル単独ならそうかもしれないが、アルのパーティーには、ラインがいる。ドラゴン退治はものによってはコンクエストクラスだろ?」
ジルが反論する。
「それだ!」
我が意を得たり、とコワスが口角を上げる。
「まさにその通り。アルがクエストではなくコンクエストの対象になった理由。それはライン君の存在しか考えられない。事実、コンクエスターギルドはそう説明している」
「ほらな、さっきまでのやりとりはなんだったんだよ」
「だが、ライン君はいつ仲間になった? それをコンクエスターギルドが知る機会はあったのか?」
「む」
ジルがほれみろ、と言わんばかりだったところにコワスはついに本題をぶつける。一同はその内容に考え込む。
「ない」
しばらく考えていたアルが顔を上げて断言し、続ける。
「ラインが仲間になった後に寄った町はランバージャックだけ。そしてランバージャックにはコンクエスターの支部はないし、本部に連絡を取ろうにも、既に列車は運行を停止していた。僕らがトブに乗って北西州に入るまで、ラインの動向がコンクエスターギルドに伝わるはずがない」
「そして、北西州に入ってからは一直線にルプスを目指してたからな。その間にラインを連れた俺たちを見かけたとしても、コンクエスターギルドのコンクエスト発令が俺たちの到着より早いってことはまずないだろう」
スペンスがアルの言葉に頷く。
「そういうことだ。つまり、この一件は明らかに被疑者の行動を阻害するために工作された出来事だ」
「被疑者?」
「失礼。つい癖で、つまり兄さんの事ですね」
即ち、このコンクエスト発令はアルの行動を阻害するため、コワスはそう言っているのだ。
「それは、こういうことか? アルのブラッド封印を好ましく思ってないやつがいる、と?」
「あぁ。被疑者の目的がそのブラッド封印にあるのなら、そういうことになるだろうな。あるいは、ブラッド封印の過程で必要となる工程の中で不利益を被る人間がいるのかもしれない。ずっと昔に隠匿したはずの情報が明るみに出る、とかな」
「いずれにせよ、アルの行動を邪魔したいやつがいる。だからこのコンクエストでさえ、そいつからすると手段に過ぎない、そういうことだな?」
「そういうことだ。このコンクエスト自体が壊すべき壁なのは明らかだが、それは場当たり的対応に過ぎない。次なる策を打たれないためにも、障害となる壁は全て破壊してでも、裏に潜む人間を発見し、対処しなくてはならない」
コワスは一度一息ついて、そして続ける。
「ここに理解を阻む壁はすべて破壊された。私が被疑者をかばい、コンクエスター本部への侵入を助ける理由がわかってもらえたと思う」
ジルを除く一同が頷く。
「よし、ではさらなる確認役が来る前に動くぞ。表に警察車両を待機させてある。知っての通り警察車両のキャリッジは中に乗ってる人間が見えない作りになっている。まずはこれでコンクエスター本部に接近する」
コワスが炭酸屋を出てキャリッジの扉を開ける。アル達は導かれるままキャリッジに入る。
「出発します」
コワスが御者台に座り、馬に拍車をかける。警察車両が走り出す。
「随分頼りになる弟だな、アル」
馬車の中でスペンスがアルに声をかける。
「うん。昔は僕よりもよっぽどへっぴり腰だったんだけどね。弁護刑事になってからいい意識の変化があったみたい。仕事モードに入るとがらっと口調が変わるんだよ」
「あぁ、それはそうみたいだな」
スペンスが先程の口調の変化を思い出し苦笑する。
「本部よりユニットR-584、ストリート54を理由なく高速移動中との連絡が入っている。理由を申告せよ」
魔術で空気中に波を発生させ、それを送受信することで言葉を送り合うことが出来る道具「無線機」に通信が入る。
「こちらユニットR-584。不審な車両を追跡中。ナンバーは不明。こちらの停止命令を無視。そちらの認識通り、ストリート54を南下中」
「本部よりユニットR-584。了解。パトロールユニットを急行させる。進行方向が変化した際にはすぐに連絡せよ。また、今後は追跡開始と同時に情報共有を心がけよ」
よくあそこまで堂々と嘘をつけるものだ。ちなみに現状、この車両はストリート54を北上している。
キャリッジの中のアル達に突然右から左へ強い力が襲う。コワスが半ばドリフトさせるように違う道に入り、その慣性が襲いかかったのだ。
「やば」
コワスのそんな声が聞こえた直後、拡声魔術で周囲にサイレンの音が鳴り響く。
「前方のユニットR-584! お前はストリート54にて不審車両を追跡中ではなかったのか。直ちに車両を路肩に寄せて停止せよ!」
そんな声が拡声魔術によって聞こえてくる。
「ユニットR-648より本部並びに全ユニットへ。ユニットR-584は自位置を虚偽申告していた。こちらの停止命令を無視し高速でストリート43を東へ移動中……いや、逃走中!」
「本部より近隣のパトロールユニットへ。ユニットR-648の援護に急行し、早急に事実確認をせよ。本部よりユニットR-584、応答せよ。ユニットR-648の主張は事実か?」
「さて、これは困ったな……」
コワスが唸る。
直後、路肩から飛んできた何かが
ユニットR-648はそれによりスリップし、その場で回転しながら停止した。
「あれは……小麦粉の生地? ……まさか!」
「こちらユニットR-510。現場に到着した。ユニットR-684は単独で暴走、操縦ミスによってかスリップして停止したのを確認した。ユニットR-584の姿は見えない。これ以上のユニット派遣の理由はないと吾輩は判断するが、如何か」
「本部よりユニットR-510、ユードゥン刑事、本日は非番のはずでは?」
「いやなに、たまたま近くを通りかかったものでね。ストリート43には良い小麦粉店があってね。先程からずっといたが、高速移動する警察車両など、ユニットR-468以外見なかったよ」
「本部より全ユニット。ユニットR-584背信疑惑は虚偽と判明した。追跡を中断せよ」
キャリッジの中で安堵の吐息が漏れる。
「今のは?」
「ユードゥン刑事ですね。検察刑事なので僕とはライバルに当たりますが、何でもうどんに例える変な癖を除けばとても優秀な刑事です。多分、今回に関しては僕と同じ見解にたどり着いたんでしょう」
お前だって、やたら壁や破壊に例えるじゃないか、とスペンスは喉まで出かかったがこらえた。
「こちらユードゥン。お前の無線機にだけ聞こえるように送っている。今回、私がこね上げた小麦粉の生地は君のそれと同じ形になったようだ。ユニットR-468については吾輩に任せろ、うまくやっておく。もうスープは完成済み。あとは肝心の麺を作るだけだ。そのための最適な小麦粉を見つける仕事は君と、その仲間に任せることにするよ。頼んだぞ」
スペンスはそれを聞いて、想像以上に意味不明だ、と思った。
《2007/Cancer-31 チパランドのどこか》
「ユグヂヤヤホヂドンノノロホユゼゲ?」
ブラッドが問いかける。
ブラッドの部下達が顔を見合わせる。
「ヅノ・モグゾゼデ」
その言葉に白い少女が応じる。
「マギ・ウムムムヅハノノノギグラニヒギウヨグネネ」
「ガホラニザ」
「ネデデギゴゼイゾリラヅ?」
「ゴ・ギゼザ!」
石壁のような腕を持つ少女が正面で拳をぶつけあわせてみせる。
「ラナナナ・ガーゼホドンダダギユウヂネマギズハギ・ガーゼリヌズマギヂヂヨヨデヨ」
「ガーゼ……」
「ワナヂヒゴラザデ・ヅリヤザヒガーゼマヌヌヌズンヂラヂヨヨグ」
縦に二枚一対の透明な羽を持つ男がニヤリと笑う。
「ノアギ……・ヨザオグヤヌヌヌネリヨ」
そしてその様子を遠くから見つめる影もまた一つ。
「モルスはほぼ完全復活か。こちらも急がねばな……」
《2007/Cancer-31 北西州-州都〝ルプス〟 - 最東端》
「よし。私が案内できるのはここまでだ」
「おいおい、ここは下水道じゃないか。こんなところで止まってどうする?」
ジルの言う通り、ここは街の東西の外縁部に存在する下水道の大きな流れ、その果ての大きなトンネルへの入り口だった。日本で見かける側溝がそのまま大きく存在しているのをイメージすればいいだろうか。
「このトンネルはコンクエスター本部の地下とつながっている」
「あぁ。下水道に強力な魔物や野生生物が住み着いた場合に、街と下水道をつなぐ道をすべて封鎖して、本部から直接下水道網に侵入できるようにって作られたあれか」
「ご名答、さすが兄さん」
「なるほど。ここから侵入すれば正面から侵入するよりは楽に内側に侵入できるってわけだ」
「よし、行こう!」
アルが駆け出し、ジル、ライン、スペンスと続く。
「さて、私も負けてはいられないな。私は私のルートで、真相という壁の向こうを覗きに行くとしよう」
そしてコワスもまた、自分の戦いのために警察車両に戻っていった。
《2007/Cancer-31 北西州-州都〝ルプス〟 - 地下下水道トンネル》
「さて、と、このあたりのはずだけど……」
アルは一度下水道を利用したことがあるらしく迷いなく歩いていく」
下水道トンネルの雰囲気はマンホールの中をイメージすればだいたいその通りだ。中央に水路があり、左右に側道がある。
そして十字路に差し掛かった時。
「ここに来ると思ってたぜ、アル」
その声は、とアルが反応するより早く、スペンスが刀を抜刀し、飛んできた矢を弾き飛ばす。
「へぇ、いい腕だ」
「常時暗視で周囲を警戒していた。そんなことより貴様、頭を狙ったな?」
あえて言及するまでもないことだが、頭を射抜かれれば人は死ぬ。足とか手ではなく頭を狙った、それは一切の言い逃れの余地なく、こちらに対する殺意の現れである。
「思ったより用意周到なもんだ」
シュタッと目の前に降り立ったのは。
「ライアー!」
アルが駆寄ろうとする。が、ジルはそれにクロスボウを向ける。
「おっと、動くなよ、お前に対してコンクエストが発令されてる。まさか知らないわけはないよな? 知ってるからここに来たんだろ?」
「そうだ。これはなにかの間違いなんだよ、ライアー。だから、本部長に直談判しないといけない。僕を信じてくれ」
「ほほう、なるほど。目的は本部長暗殺か。コンクエスターの一員として、それは看過できねぇな」
クロスボウの引き金に力が入る。
「させるかよっ!」
アルのすぐ横を風が通り過ぎる。ジルがコワスに調達してもらった新しい槍で、クロスボウを貫通……する寸前に、ライアーが左手で懐から抜いたナイフが防いだ。
「ふんっ」
ライアーは即座に後ろに飛び下がる。
「くっ、どこに消えた?」
黒い色のローブを身にまとったライアーは下水道の中という暗闇の空間において、非常に視認性が悪い。
「スペンス、暗視!」
「……だめだ、なぜか暗視が使えなくなった。対策された。……! アル、後ろだ!」
スペンスが警告を飛ばす。アルは慌てて横に飛ぼうとしてそこが水路なことに気づき、とっさにしゃがむ。
その判断は正解。矢は先程までアルの頭があった場所を通過していった。
「あいつ、本当に容赦なしかよ!」
「イグニ、炎!」
三角形の陣が空中に浮かび上がり、炎が撒き散らされる。
「そこだ!」
その炎に一瞬だけ照らされたライアーにスペンスが斬撃を飛ばすが、大ぶりなその攻撃がその場所に到達する頃にはもうライアーはそこにはいない。
「アル。この状況で速射を行えるのはお前だけだ。さっきからなぜつったっている」
「なぜって……ライアーは僕の仕事仲間だ。相手に素早く迫る攻撃じゃ、殺さないように撃てるかどうか」
「バカを言うな、やらなきゃ殺されるだけだぞ!」
「どうした? さっきの以外に打つ手がないなら、もうこっちのもんだぜ!」
続け様に三発。
「トニング!」
ラインが叫び、三角の陣から雷が放たれる。雷の筋が闇に紛れて飛来してきていた矢を迎撃する。
「なんだアル、お前魔女の知り合いがいたのか。ずるいよなぁ、俺の知らない手札ばっかり隠し持ちやがって。じゃ、俺もお前の知らない手札を切るとしようか」
「くっ、声から位置を測定できりゃいいんだが、あちこちで反響しててとてもじゃねぇが」
ジルが悪態をつく。
「よっと。
一瞬、紫色の光が見える。
「全員、構えろ!」
しかし、何も起こらない。
「なんだ?」
「どっち見てるんだ?
「右だ!」
全員がアルをかばうように右を向く、が紫色の輝きが見えただけで、何も起こらない。
「アル!」
「で、でも……」
「おいおい、本当に何もしてこないのかよ。拍子抜けだな。
直後、三方向から矢がアルに向けて飛来する。
「ぐっ」
防ぐもののない一撃。三本の矢がアルに突き刺さる。
「先端を尖らせただけで矢じりはなしだ。まだやれるだろ? 次は矢じりありでいくぜ。
「アル! 本当にこのままむざむざ殺されるつもりか」
「そうだ。ブラッドのことを知ってるのは俺達だけだ。俺達がここで死んだら、ルプスの、いや、世界の平和は誰が守る?」
「……ファイア!」
アルが腕を正面に突き出し、紫の輝きに向けて火の玉を発射する。決断が遅かったためその一撃は外れる。しかし、その火の玉によってライアーの姿が映し出されたことで、今の一撃が間一髪だったことがわかる。
「やっとやる気になったか、アル! まってたぜ、この時をよ! ずっとずっと思ってたんだ。第七十六期生のツートップなんて言われる俺たち、果たしてどっちが強いのか、ってなあ!!」
続け様に三発。
「マトエ!」
風をまとわせて剣を振り、矢をまとめて撃ち落とす。
「
確実にライアーがそこにいると判明しているタイミングだったが、風魔術を使った直後で、集中が間に合わない。
「先程は、フリーズが行われた箇所と射音がした箇所から同時に矢が飛んできた。ラインは射音に警戒、俺は一つ目の方向を警戒する。ジル、お前は二つ目だ」
「了解」「わかったわ」
スペンスはそのまま、アル、お前は……といいかけて、目をつぶり詠唱を行っているアルを見て、何も言わないことを選んだ。
「こっちの動きはバッチリってわけだ! けど、
「いいや、僕の勝ちだ、スパーク・ロングレンジ」
三人が同時に飛来する矢を迎撃する。
「おい、さっきの詠唱は何だったんだ? 何も起きてないぞ」
「いいや、もう終わったよ」
向こうの方から人が倒れる音が聞こえる。アルがそちらに急行する。
「おぉ、アル。いや、参ったよ、体がしびれて全く動かねぇ。俺の負けだな」
倒れたままのライアーがアルをみてぎこちなく微笑む。
「まさか、見えない攻撃とはな。隠し玉を持ってるのはそっちだけじゃなかったってことか。それでもあくまで非殺傷ってところはアルらしいや」
「威力が未検証だったから、死なないかどうかはわからなかったんだけどね。無事みたいで安心したよ」
アルもそれにほほえみ返す。
「じゃ、僕は行くから」
「あ、待て待て。俺のクロスボウ、持ってけ。あるいは、なにかに使えるかもしれん」
ライアーのクロスボウ。一発一発をハンドルを回転させて弦を引絞らなければならない代わりに強力な一撃を放つことが出来る、というのがクロスボウだ。ライアーのクロスボウはそれに加え、ベルト状のチェーンと呼ばれる機構に矢を装填することで連射を行うことも出来る。ライアーはこれらをそれぞれ強撃モードと連射モードと呼んでいた。
「あぁ。ありがとう」
今回の戦いで遠距離戦闘に弱いことが明らかになったところだ。アルはしゃがんで、ありがたくクロスボウを手に取る。
直後、ライアーが小声で何かを言った。それはすぐそばのアルにしか聞こえない本当に小さな声。
「本部長は明らかに何かを知ってる。表を警備しておけば内部には入られないと言って、本部の中は一人として警備もいない、しかも、これは俺だけが知ってることだが、本部長は部屋の鍵を開けっ放しにしている」
それは気になる情報だ。
「気をつけろよ、相棒」
アルは小声で話しかけるというライアーの行動に何かを感じたのか、小さく頷くにとどめた。
ゆっくりと立ち上がり、この場を去る。
「へっ、反逆者め、俺を倒したとて。本部長は万全の体制でお前を待ってる。英雄王と呼ばれた彼に勝てるなんて思わないことだな!」
そして、ライアーは去りゆくアルに、そんな表向きの言葉を投げつけた。
to be continued...
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「Legend of Tipaland 第6章」の大したことのないあとがきを
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