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Legend of Tipaland 第3章

 
 

 

第2章のアルの足跡

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 やがて〝勇者〟は知る。近年の魔物の大量発生。それは、「ブラッド」と呼ばれる存在によるものである、と。
「はい。私達はこれまで、彼らを倒すために準備をしてきました。これがその集大成です。そして、あなたにも力を貸してほしいのです。その剣をライトと、そしてこの世界の希望ミラキュラスへと変えられる、あなたに」
 賢者と呼ばれる彼は言う。その背後に浮かぶ人工の翼を持つ鋼鉄の巨体を示しながら。
 そうして、〝勇者”と、女剣士と、槍遣いは、三人の賢者と共にそれに乗り込んで、”壁〟を超えていく。
 まだその果てに何が待っているかを知らぬままに。

 

* * *

 

 アルが目を覚ますと、そこは木々が視界を支配する……つまり平原であったはずの最後の記憶とは全く一致しない場所であった。
「こ……こは……」
「アル! 気が付いたか!」
 ジルが駆け寄ってくる。見れば、スペンスが焚火の準備をしていた。
「燃えろ」
 スペンスの腕の先から小さな炎が出て、焚火が完成する。
「ここ……南西州? なんで……」
「アル、ここを知ってるのか?」
 アルの発言に、ジルが反応する。
「うん、今は霧払いの魔術でも使ってるのかな? 普通はもっと霧が多いと思うんだけど、違う?」
「いや、違わねぇ。俺が冒険用の石に入れてた霧払いの魔術を使ってる。目覚めたときは霧で全然視界が通らなかった」
「やっぱり。ここは南西州の雲霧林、ドラゴニア平原だよ。ここから南にポトフって集落があって、東にはウィバン山。北に行けば州都のランバージャック」
「なんでわかるんだ?」
「来たことあるからね。この木はこのドラゴニア平原にしか生えてないんだって、ラインが言ってた」
「ライン? あの落伍者の? あいつここの出身だったのか。そいや、お前、幼馴染だって」
「おーい。二人だけで話してないで、こっちに来て情報共有してくれ」
 スペンスが声をかけてきたので、一度、アルとジルの会話はそこで中止となった。

 

《2007/Cancer-7 南西州-ドラゴニア平原》

 

「なるほど、そのラインちゃんって、アルのガールフレンドの出身地ってわけか、ここは」
「ガールフレンド……っていうか……えっと」
「あいつ、養成学校中退した後はこっちに帰ったんだよな?」
 アルが反応に困っているのを知って知らずか、ジルがまた身内向けの質問をする。
「そうだよ。そもそも中退したのも、家業を継ぐことになったからだしね」
「そうだったんかぁ。んで、雲霧林に詳しいってことはポトフに住んでるのか? ならここから南に行けばいいわけだな」
「何を言ってる。はやくこのクリスタルをルプスに持ち帰らなければならない。北に進んで、ランバージャックから列車に乗るべきだ」
 ジルとスペンスの意見が対立する。
「それより、多分東に……」
 と、アルが間に入ろうとしたとき、突然乱入者が現れた。
「魔物!」
 三人が武器を抜く。
「おい、狭いんだ、槍の扱いには気を付けろよ」
「そっちの刀も長さそれなりだろうが」
「二人とも、こいつらはライガー。群れて行動する上に、ハウンドより凶悪だ。気を付けて」
 三匹が一斉に飛びつく。三人が同時にそれを受け止める。アルは慣れた風にそれを払い、ジルはそれを逆に利用して、棒術風に地面に叩きつける。一方、スペンスは、十分に構えて魔力をためる前に攻撃され、受け止めるので精一杯のようだ。
「ジル、叩きつけるだけじゃそいつの戦闘力は奪えない。気を付けて」
 払ったライガーと剣と体の追いかけっこを演じながら、アルがジルに警告する。
「おうよ」
 返事を返すと同時、ジルはライガーを地面に叩きつけたその槍を使って棒高跳びの要領で高く体を浮かせ、落下の勢いでライガーを貫く。
「動きが早くて牙が鋭いだけだな。これなら余裕だ」
 と、言いながら、さらに現れたライガーの足を槍の反対側で払い、動きを封じて突き刺す。そうしてジルが二匹を仕留めるうちに、ようやくアルが一匹を仕留める。一方、スペンスの元にはライガーが殺到し、鎧に噛みつかれていた。
「これ以上手こずっているまずい! 血の匂いを嗅いで、ワイバーンが襲ってくる!」
「ドラゴンはやべぇ!」
 アルが警告を発する。それを聞いて、合わててジルがスペンスの援護をする。適格な突きで、スペンスに食いつくライガーを払いのけていく。
「これを使う!」
 アルが魔法陣を展開する。合わせて風が吹き荒れ、襲い来るライガーを転倒させる。
「スペンスは今のうちに」
「助かった!」
 スペンスが刀を構えて魔力を通す。
「っていうかっ、こういう状況に備えて、何か魔法陣とか……持ってないのかよ」
「魔術はからっきしで……なっ!」
「だったらっ、速攻魔術インスタントマジックを買うとかっ……よぉ!」
「人間相手ばっかりの仕事だったから、ついっ、なっ」
「それもっ、嫌な話だ、なっ」
 スペンスも刀に魔術さえ通せば余裕が出てくるらしい。ジルとスペンスはそんな無駄話をしながらライガーと戦闘する。

 

「なんだってこんなに魔物が多いんだ、しかも強い。ただのジャングルじゃないのか?」
 なんとかライガーの群れを全滅させ、スペンスが質問する。
「ここがドラゴニア平原って呼ばれてることと関係があるんだけど、ここ、昔は本当にいろんなドラゴンが見える平原だったんだって。まぁ、今と同じくほとんどがワイバーンだったんだけど」
「それは興味深いな。何で今みたいに熱帯雲霧林に?」
 スペンスがさらに聞く。ちなみに、ジルはゴールド集めに必死だ。
「なんでもサーキュレタリィリソースが湧き出す場所があるらしいんだよ。だからここはこんなに自然豊かだし、魔物も多くて、しかも強いんだって」
「サーキュレタリィリソースが湧き出す? そりゃあ……魔物も多くなるのも当然か」
「うん。だから、ここの木々をできるだけたくさん切って、いろんな場所にたくさん循環させないといけないんだけど……」
「現状うまくはいってない、と。むしろ敵の強さを見れば、うまくいってないどころか、まるで足りてないようだな」
「そんな感じ。湧き出してくるサーキュレタリィリソースが多すぎるみたい。このままじゃいつか南西州は森に埋もれちゃうかもね。ポトフの周辺には遺跡とかも多いんだけど、このままじゃ森に侵食されて埋もれてしまうかもって心配されてるって聞くよ」
 アルとスペンスが真面目にそんな話をしているところに、能天気に「終わったぞー」とジルが声をかけてくる。
「それで、どうするんだ?」
 何か方針があるらしいアルに意見を仰ぐスペンス。
「このまま東に向かって、ウィバン山を登りたい」
「ウィバン山に? それは……」
 どう考えても目的から遠のいている、という顔のスペンス。
「このジャングルの中でまっすぐ北に行くのは無理。だけど、ウィバン山なら、ここからでも見えてる。そして、ウィバン山からなら、ランバージャックに行く方法もある」
「なるほど! それは確かにもっともだ。不確かな方に歩いて迷うより、道筋が見えている方に行く方が理にかなっている。あればウィバン山だな」
 感心するスペンス。
「そう。じゃあ行きましょう」
「ラインに会うのはいいのか?」
 と、ジルがいったそれにアルは。
「大丈夫、それも叶うから」
 と、意味深に返事をする。

 

《2007/Cancer-9 南西州-ドラゴニア平原》

 

「結構遠いな、ウィバン山」
「大分近づいてますよ。そして……」
「また魔物か」
「時間かかってるのは遠いんじゃなくて魔物のせいじゃないんか、これ」
「まぁそれもあると思うけど」
 ライガーが飛びかかってくる。そしてシニと呼ばれている巨大な蜂型の魔物も。
「シニはジルが。僕はスペンスの準備が終わるまでスペンスの守備。それが終わったら二人でライガーを倒す」
「あいよ」
「了解、頼んだ」
 何度目になるかわからない戦い。連携はばっちりになっていた。が。
「なにっ!?」
 飛びかかってきたライガーと思しき何かを切った時、真っ赤な液体がブシャッっと飛んだ。
「しまった、野生生物が混じっていたのか」
 見ればそれは虎だった。
 甲高い鳴き声が空から響き、一気に急降下してくる。
「空からワイバーン! スペンス、受け止めて!」
「了解!」
 一直線に急降下してくるワイバーンを受け止める。ギザギザの歯ががっちりと刀に噛みつく。
「任せろ!」
「ジル、ダメだ!」
 ジルが槍を使ってジャンプし、胴体を貫く。貫通した先から赤い血が流れ、地面を赤く染める。甲高い鳴き声が発され、さらに上空から同じ鳴き声が返ってくる。
「ワイバーンを傷つけたらより血の匂いが広がって、新しいワイバーンを呼ぶだけだ。それに、ワイバーンは胴体を貫くくらいじゃ死なない」
 ジルが槍を突き刺した、ワイバーンが大きく翼を羽ばたかせ、飛び上がろうとする。
「うわ、こいつ、この……」
 まだワイバーンの上にいたジルが慌てる。
「このっ……、ウィンド・プレッシャー・チャージ風圧突撃!」
 ジルが一気に地面まで降り立ち、ワイバーンはより大きな穴をあけられて、流石に倒れる。もちろん、その代償には大きな血だまり。上空からはたくさんの甲高い鳴き声。
「まずいぞ、この場を離れるべきだ」
 スペンスがそう進言するが。こちらを狙う魔物たちはそれを許さない。
「アル、この前の風は!」
「あんなの流石に何発も持ってきてないよ」
 アルは魔法陣石を3枚腰に下げている。うち1枚はアンチマジックシールド用で、既にただの石。残り2枚は様々な状況を想定した魔術の魔法陣が1枚ずつ。逆に言えば魔法陣を使って同じ魔術を使うことは新しくセットしない限り無理だ、ということになる。
「ザ・マウンテンから補給もせず今に至るんだ、どうしようもないな」
「ワイバーンを倒せない時点で無理だ、ワイバーンはどう捌けばいい?」
「額のクリスタル。それだけを破壊して。剥がすのでもいい、他は無傷で。ワイバーンは任せたよ、ジル」
「畜生、っても、慌てて風圧突撃したのは俺だかんな、自業自得か」
「ジルがワイバーンを相手している間に、こちらは東へ一点突破を図る。行くよ!」
 アルは騎士剣を片手で構え、もう片手から炎の玉を放って、周りをけん制しつつ、ウィバン山に向かう方向のライガーに突撃する。ワイバーンも魔物と戦い始めたため、ある程度隙が出来たようで、少しずつ、東へ進んでいく。
「よし、このままいけば行ける!」
「うん!」
 東への道を塞ぐのは後一体。
「ていっ!」
 それを今、スペンスが倒し、道は開かれた。
「スペンス、上からくるよ!」
 アルの警告で、素早くワイバーンを受け止めるスペンス。
「ジル、頼む」
 そう声をかけようとした次の瞬間、二人の目に映ったのは、ワイバーンのブレスを食らって、落下してくるジルの姿だった。ワイバーンのブレスは命中した相手を麻痺させる恐ろしいブレスだ。獰猛なワイバーンは相手と戦い、そして倒した相手を醜く弄ぶ。相手をしびれさせるそのブレスはそんな彼らにふさわしいと言えるかもしれない。
 ブレスを命中させたワイバーンがジルに急降下していく。射程拡張を使えば届くかもしれないスペンスは、他のワイバーンにその武器を封じられていて、そして、アルは、とても届く距離にはいなかった。
「ファイ……」
 苦し紛れに炎で攻撃を図ろうとしたアルの後ろから。
「おっと、間一髪かな」
 水色の髪の女性が現れる。木々の間を飛んで、スペンスの武器を封じるワイバーンの上に着地。その片手剣でクリスタルを弾いて、そしてもう一度飛んで。
「よっと」
 今度はジルとワイバーンの間に。ワイバーンの攻撃を片手剣で受け止め。
「イグニ」
 その呪文と共に、空中に白い線の三角形が描かれる。その三角形から炎が打ち出され、ワイバーンが灰と消える。
「ま、魔法……」
 スペンスが驚きの声を放つ。
「トニング、上にいるワイバーンを」
 指揮棒のように片手剣を振る。上空で雷の音が響いて、ワイバーンが散っていく。
「コルド、蹴散らして」
 また三角形が出現して、魔物を凍らせていく。
「終わり」
 パリン、と氷が砕けて、そこに何もいなくなった。
「ふぅ。大丈夫だった?」
 と、女性がジルに振り返る。
「ライン! 久しぶり」
 アルがそこに横槍を入れる。
「え、アル君? なんでここに? 里帰り? それだったら、先に言ってくれればランバージャックまで迎えに来たのに―」
「なるほど、その女性が、ラインさんだったか」
「あ、うん。私がラインです、その人は? って、こっちの麻痺ってるのジル君かぁ。キュレイ、よろしく」
 ジルのそばに再び三角形が描かれて、ジルにキラキラしたものが吹きつけられる。
「まさか、ラインが、魔法使いだった、とは」
「久しぶり、ジル君」
「おう。その片手剣、結構な業物だな。見たことない意匠だ。どこの工房のものだ?」
「これ? うちの家で作られたものだよ」
「なんだって!? その家に案内してくれ」
「んー。いいよ。それに、こんなウィバン山に近づいてきたってことは、元々そのつもりだったんでしょ? えーっと……ファット、来て」
 大きな三角形が出現し、そこから、大きなドラゴンが姿を現した。
「ま、まさか、竜使い?」
 スペンスが驚いたように声をあげる。
「あれ、まだアル君から聞いてなかったの? そうだよ、私は竜使い。それを継ぐことになったから、学校を途中でやめたんだけど。まぁいいや、とりあえず、乗って」
 竜使いとは、チパランドにおいて、それなりに古くから存在する魔法使いの一つである。ドラゴンを育て、絆を結び、そして使役する。かつて住んでいた世界を失い、ドラゴンと共にこの世界にやってきたと言われている。
 魔女への迫害を時代を経て、ほとんどの竜使いがこの世界を出たため、今となってはラインの「ライナ家」のみとなっている。といっても、ラインは「姓なし」として学校に入ったので、ジル達が知らなかったのも無理はない。
 ファットと呼ばれた巨大なドラゴンが翼を大きく羽ばたかせ、空中へと浮かび上がる。
「それでどうする? 一気にランバージャックまで行っちゃう?」
「いや、せっかくここまで来たんだし、そっちに寄らせてよ。へとへとだし、休憩が必要だ。ジルはその剣のこと気になるみたいだし」
「オッケー。あ、じゃあついでだから、そっちの事情も教えてよね」
 人神契約語で了解という意味のその言葉で答えた後、そう続けるライン。
 ファットはどんどん高度を上げていき、雲を突き抜ける。障害物一つない雲の上で、ウィバン山の頂上が雲から突き出ているのが見える。
「あれが目的地、私達の牧場がある、ウィバン山よ」
「高いなぁ。ってかこんな一気に高度を上げて高山病にならないのか?」
「うん。ドラゴンは空気抵抗を軽減するために透明な壁を作る魔法を使うでしょ? この乗るためのドラゴンは、その魔法に気圧を一気圧で維持する効果を付与させてるの。あの牧場も同じ。だから平気よ」
「ん? ねぇ、ライン。ドラゴンの使う不思議な力は僕たちの魔術と原理的には同じだって聞いたんだけど。魔法なの?」
 アルがふと気になったことを聞く。
「うーん……。そうね、額のクリスタルで空中のサーキュレタリィリソースを取り込んで、作用を起こすというのは確かに同じ。でも、私達が使う魔術のように感情を媒介とするわけでもなければ、原子に働きかけるわけでもない。だから、使うエネルギーとその出所が同じって感じかしら。だから空中のサーキュレタリィリソースに影響を及ぼす対魔術師用の魔術の効果を受けるし、先んじて大きな魔術を使うことで敵が魔術を使うためのサーキュレタリィリソースを残さない、といった対魔術師用の戦術も有効。だから、見かけの上では、『同じモノ、ただし私たちでは行えないようなもの出来る模様』という感じになるのね」
「なるほどなぁ」
 ラインの返事に納得したように応じる。
「さ、そろそろ到着よ」
 ドラゴンが緩やかに牧場と呼ばれているそこに着地する。
「お疲れ様、ファット。ゆっくり休んでね」
 全員が下りるのを手伝ってから、ファットの頭をなでるライン。
「じゃあ、今日は一日ここで休んで、明日、ランバージャックに向かおうか」
「あぁ、そうだな」
 スペンスが頷く。ジルはラインの案内に従って工房を見に行った。

 

「なぁ、アル」
「ん?」
 ベッドに腰掛けたスペンスがシャワーから出てきたアルに声をかける。
「あ、その前に、そのシャワー、どうやって水をくみ上げてるんだ? 魔術結晶でも流石にこの高さは難しい気がするんだが」
「あぁこれ? この山、いつも雲がかかってるから、その雲かららしいよ。雲を吸い取って、冷やして使ってるんだって」
「なるほど。こんな俗世から離れたように見える場所でもしっかりとそういう技術が使われてるのか」
「だね。それで、本題は?」
 納得して頷いてそのまま話を終えようとするスペンスに、アルが話を戻そうとする。
「あぁ。ラインはここで竜使いを継ぐ必要があったんだろ? じゃあなんで、養成学校に入ったんだ? 結局中退しているようだが」
「うん……。ライナ家って伝統的な竜使いの家なんだけど、ずっと男が継いできたんだって。ところが、今の夫婦の下にラインしか生まれなくてね。竜使いとしての教育をするには一定の年齢を超えると大変らしくて、ラインがいよいよそれを超えるってタイミングで、『このまま待って、完全に跡継ぎの可能性をなくすくらいなら』って、ラインを跡継ぎとして認めることにしたんだって」
「なるほど、一子相伝の家系なりの悩みだな。竜使いなんてライナ家以外ほとんど聞かないし、養子をとるという訳にもいかないだろうし」
「そういうことみたいだよ」
 水を一杯飲んで、そしてアルも自分のベッドに腰掛ける。
「ただいまー。すごかったぜー。ドラゴンの力も借りた工房なんて最高だな。なんとかこの技術が使えたらいいんだけどなぁ」
 ジルがとても上機嫌に部屋に入ってくる。
「おかえり、ジル。上機嫌だね」
「おう、最高だったぜ。なによりあれ、竜の魔力が武器に乗るんだってよ。だからできる武器は精霊武器に並ぶくらい魔力が内包された武器になるらしい」
「精霊武器に!? それはすごいな……」
 ジルの言葉に、スペンスが驚愕する。
 精霊とは魔力を糧に生きる生命体である。……厳密には「一般的に生命体と思われている存在」というべきかもしれない。
 精霊にはマナとエレメントの二つの状態がある。エレメントは固体となっている状態で、結晶のような見た目をしている。魔力が枯渇すると周囲の様々な物体や生命体を攻撃し、魔力を奪う。
 一方、マナは精霊が気体になっている状態を指し、精霊の持つ魔力が励起している状態を指す。精霊武器はそんなマナ状態の精霊が封じ込められている武器で、単なる武器と違い、それ単体で魔術が常時発動、あるいは使用者の任意によって発動する、極めて珍しい武器だ。所有者を選ぶと言われていて、見つけたから必ず使えるというわけでもない。神がかつて使っていた武器という伝承があったりもする。
 ともかく、そんな精霊武器に匹敵する、というのはとてもすごいことだ。実際にはウィバン山の牧場にいる関係者しか所持していないが、ここの工房の武器が一般に流通するようなことがあれば、チパランドの武器市場は大きく変化するだろう。実際には、魔法を使った技術は魔女差別によって不当に扱われる可能性もあるため、そう簡単ではないが。
「じゃあ、寝ようか。明日はランバージャックに行って、その後はルプスだ」
 

《2007/Cancer-10 南西州-ウィバン山-ライナー牧場》


 ゴゲゴッゴー。
 ドラゴンの鳴き声で目を覚ました。なんだか神話に出てくるニワトリという鳥のようだ。
「おっはよー、三人とも。朝ご飯で来てるよー。って言ってもベーコンエッグだけどねー」
「ありがとう、ライン」
「おぉー。……なぁ、これ本当に卵か? なんか、その、でかくね?」
「ドードラゴンの卵だからねー。普段食べるガダックの卵とはちょっと違うかなー」
「ドードラゴンの卵は、ハンマーじゃないと殻を割れないんだよ。味は素朴な感じだけど」
 ジルの疑問に、ラインとアルが答える。
「ほえー。このベーコンも何かのドラゴンなのか?」
「ううん、それはただのベーコン。燻製で長持ちするから。食用の肉はこういうの頼りがおおいかな。ドラゴンを育ててさばいて食べるのは効率が悪すぎるし」
 さらなるジルの疑問にラインは答えるが、まだジルは首をかしげる。
「そうなんか? 大きいから一匹さばくだけでたくさん食べられそうだけど」
「そうだね。大きさだけで言えばその通り。だけど、まぁその大きさにするまでの食料とか考えると……」
「あー。そっか」
 納得したように頷くジル。
「まぁまぁ、ほら、食べた食べた」
 ラインが三人に席に座るように勧め、そして自分も座る。

 

「なるほどね、そういうことなら、私も手伝うよ、アル君。その変な奴に私の竜たちがやられても困るし、何より、竜のクリスタルから現れたっていうのが、無関係とは思えないし」
 ランバージャックに向かって飛行するファットの上で、ラインはアルへの協力を約束する。
「しかし、こんくらい高く飛んでも、世界の壁はしっかりと封じてんだなぁ」
 雲の上、ほとんど視界を遮るものがないこの空間でさえ、黒い壁が進行方向とそして右手に見えた。世界の壁。戦争を止めるために賢者たちが作り上げたと言われる、世界を4つに分かつ壁だ。現状、これを超える手段は列車しかない。四つの州がそれぞれバラバラなのはまさしくこの壁に起因している。貨物列車「ハコブ」が運航を開始し、ようやく物資がいきわたるようになったのさえまだ最近のことだ。とはいえ、貨物列車の恩恵はすさまじく、ザ・マウンテンをはじめとした北東州の鉱山で採掘される多くの魔術結晶のような鉱石類や、南西州の森林で伐採される優れた木材たち、南東州の強大な工業力に、北西州の範囲の広い高い技術力。様々な特徴が、ようやく混ざり合い始めている。それは、列車技術の恩恵があってこそ、そして、壁による戦争の停止があってこそである。
「そろそろ降りるよー。ランバージャックに直接降りるのは流石にまずいからね」
 ラインが声をかける。すると、ファットが一鳴きして、降下を始める。

 

《2007/Cancer-10 南西州-州都〝ランバージャック〟》

 

「大変ご迷惑をおかけしております。フォトンライナーが現在運航を停止しております。次回運航の再開は未定となっております。貨物車両の運行再開も現在未定となっており、関連します皆様には大変ご迷惑をおかけしております」
 そんなアナウンスが駅で流れていた。
「うそ……」
 列車が運行を停止するなんて、まるで初めてのことだ。
「コンクエスターです。何があったんですか?」
「どうもこうもないよ。カナリア駅が破壊されてね、フォトンラインを形成できないんだ」
「そんな!?」
 カナリア駅が破壊された。それはつまり、北東州の州都が攻撃を受けた、ということだ。
「くそっ、あの魔物たちか!」
「それかあの妙なやつかもな」
「どうしよう、アル君?」
「どうしようといっても……、列車が動かない以上、僕らは壁を超えられないし……」
 ひとまず駅から離れ、考え込む4人。
「見つけた!」
 そこに小柄なフードの男が走ってくる。
「君は、ザ・マウンテンで助けてくれた!?」
「はい。そうです、ボクです」
 どうしてここに、と思ったが、そもそも自分たちもここに来た理由が分からないのだった。もしここに来た理由があの妙な敵の仕業であるのなら、彼がここに飛ばされている理由も一応説明がつく。
「やっと、再会できましたね。手掛かりは、得られましたか?」
「いや、それはまだ。このクリスタルが、あれを封印するためのものなんだろうってことくらいで、その方法までは」
「そうですか……」
 露骨に落ち込んだ様子のフードの男。
「でも、君が知っているなら話が早い、教えてくれないか」
 それを見て思いついたように質問するスペンス。
「いえ、ボクも方法までは。方法を調べる方法にめぼしはついているんですか?」
「うん。ルプスの研究機関ならより詳しい調査が出来るって」
「そうでしたか! では、ルプスに向かいましょう!」
 それを聞いてぱぁっと目を輝かせるフードの男。
「いや、それは無理だ。列車が止まってる」
「……そう、ですか。でしたら、お手伝いできるかもしれません」
 一瞬悩んでから、意を消したようにフードを取って、特徴的な白い髪を晒しながらフードの男。……というより少年は言う。
「世界の壁を越えられればいいんですよね。でしたら、あります。そして、あなたなら、それを使えるはずです」

 

そして、そこから離れた少し高い建物の屋上で。
「よし、順調だ。さぁ、私も案内してもらおうか。トブの場所まで、な」

 

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